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僐子内親王

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
僐子内親王
続柄 二条天皇第一皇女

全名 僐子(ぜんし/よしこ)
出生 平治元年(1159年
死去 嘉応3年3月1日1171年4月7日)(享年13)
父親 二条天皇
母親 中原師元
役職 賀茂斎院
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僐子内親王(ぜんし(よしこ)ないしんのう、平治元年(1159年) - 嘉応3年3月1日1171年4月7日))は、平安時代後期の皇族賀茂斎院。名は繕子あるいは僖子とも表記される。二条天皇の第1皇女で、母は大外記・中原師元の娘。上西門院統子内親王猶子

嘉応元年(1169年)10月20日、叔父・高倉天皇の賀茂斎院に卜定される。同3年(1171年)2月22日に病のため退下、3月1日に13歳で薨去(『玉葉』では2月29日戌刻薨去と記載)。