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荒井昭博

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

荒井 昭博(あらい あきひろ、1962年(昭和37年)11月5日 - )は、日本テレビプロデューサーBSフジ常務取締役(編成・報道・広報・メディア開発担当)。

フジテレビにて編成制作局長、フジ・メディア・ホールディングス総務局長、ストーリアLLC合同会社職務執行者代表を歴任した。

東京都練馬区出身・在住。入社時は営業部。

来歴・人物

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東京学芸大学教育学部附属高等学校の同級生に脳科学者茂木健一郎がいる。1985年慶應義塾大学経済学部卒業後、フジテレビに入社し、営業局に配属される。スポット営業部に3年間所属した。1985年の日航ジャンボ機墜落事故の生存者情報を墜落現場からスクープした山口真(現・コンテンツ事業局長)や部下のきくち伸(現・ペイTV推進部ゼネラルプロデューサー)はフジテレビの同期である。

その後制作に転属となり、1992年に『夢がMORI MORI』を立ち上げ、デビュー直後のSMAPを起用した。1994年、『笑っていいとも!』をディレクターとして担当していた時代、当時直属の上司であり『笑っていいとも!』プロデューサーだった佐藤義和に「SMAPはお昼に絶対に受ける!」と起用を直訴し、メンバーの中居正広香取慎吾、後に草彅剛をレギュラーに抜擢している[1]

1996年より、関西テレビとの共同制作による『SMAP×SMAP』の立ち上げに関わる。初回23.5%でスタートし最高視聴率33%というお化け番組に導いた。

『笑っていいとも!』、『SMAP×SMAP』プロデューサーとして一番繁忙だった1999年に夫人を肺癌で亡くしている。夫人が亡くなるまでの間、彼女の病気を荒井は同僚に一切告げずに激務をこなしていた。上司だった佐藤は、荒井本人から夫人の死を知らされた直後にかなりショックを受け、胸が痛んだという[2]

文藝春秋(2001年2月号)「この100人に投資せよ」でNHK総合テレビプロジェクトX〜挑戦者たち〜』のプロデューサー・今井彰と共に選ばれた。

また2002年7月に編成局に異動。編成副部長に就任したため、これまでプロデューサーとして担当していた番組は坪田譲治石井浩二らが引き継いだ(ただし、『サタ☆スマ』・『デリバリー・スマップ デリ!スマ』や『スマ夫』など、一部番組は受け継がれなかった。最後にプロデュースしたのは2003年3月終了の『スマ夫』であった)。

編成局では、『トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜』や『さんま・木村拓哉のサンタク』『爆笑おすピー大問題!!』、『タモリのスーパースーパーニュース』、『タモリの未来予測TV』、『忘文』(稲垣吾郎出演)、『FNS5000番組10万人総出演 がんばった大賞』等のバラエティ番組をはじめ、SMAP出演ドラマ(『犬神家の一族』や『X'smap〜虎とライオンと五人の男〜』(2004年12月25日放送の『プレミアムステージ』特別企画))等の編成担当をしていたほか、『金曜エンタテイメント』で放送された『浅見光彦SP』『十津川警部夫人の事件簿シリーズ』『真珠夫人SP』、『牡丹と薔薇完結版』などテレビドラマの企画担当プロデューサー、『冬の輪舞』特別版や『さんま・玉緒・美代子のいきあたりばったり珍道中』シリーズの編成担当も務めた。

2005年7月に編成部企画担当部長に昇格し、編成現場から離れた。2007年に編成制作局編成部長に昇進し、2009年からは編成制作局次長兼任。2010年6月29日付で編成制作局制作担当局長兼編成開発部長[3][4]。2011年6月29日付で鈴木克明の後を引き継ぎ編成制作局長に就任[5]。2013年6月27日付でフジ・メディア・ホールディングス総務局長に就任。

2016年6月29日付でBSフジに出向し、取締役編成報道担当に就任[6]。 2017年6月28日付でBSフジ常務取締役に昇進した[7]。2020年6月26日付の役員人事でフジテレビ執行役員に就任[8]

温厚な人柄で知られているが、極楽とんぼ加藤浩次が本番寸前にスタジオに到着した時には、加藤も驚くほどの剣幕で激怒するなど、厳しい一面も持っている。

手がけた番組

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AD・ディレクターとして手がけた番組。

以下は、番組プロデューサーとして手がけた番組。(現在も編成として関わっている)

AD→1990年10月-1995年9月29日はディレクター。1995年10月2日-2002年7月2日にはプロデューサー。

深夜番組

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その他

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特別番組

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BSフジ

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荒井班

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フジテレビジョンの編成制作局では必ず何かの班に所属し、番組を作る。かつて荒井昭博が率いていた「荒井班」は編成部・制作部の枠・垣根を超えて最大勢力を誇っていた。

第二制作部

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現・編成局制作センター第二制作室(旧・バラエティ制作センター→制作局第二制作センター)。

編成部

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広報部

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関連人物

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脚注

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外部リンク

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