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楠渓町駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
スターリーヴァクサール駅
楠渓町駅
全景(2016年
о.п. Старый вокзал
コルサコフ (1.3 km)
地図
所在地 ロシアの旗 ロシア
極東連邦管区サハリン州
コルサコフ市
北緯46度38分40秒 東経142度45分46秒 / 北緯46.64444度 東経142.76278度 / 46.64444; 142.76278 (スターリーヴァクサール駅
楠渓町駅
)
駅番号 990062
所属事業者 ロシア鉄道
極東鉄道支社サハリン地域部
駅種別 停留場 остановочные пункты
駅名変遷 1906年-1908年 : コルサコフ
1908年-1913年 : 大泊(おおどまり)
1913年-1946年 : 楠渓町(なんけいちょう)
所属路線 コルサコフ - ノグリキ線
キロ程 3.9 km(ポールトコルサコフ起点)
電報略号 АСУЖТコード:990062
Express-3コード:2068536
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1906年12月1日
備考 駅員無配置
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楠渓町駅(なんけいちょうえき)は、かつて樺太大泊郡大泊町楠渓町に存在した鉄道省樺太東線である。現在はロシア鉄道極東鉄道支社サハリン地域部スターリーヴァクサール駅о.п. Старый вокзал)である[1]。一般的に"Корсаков (старый вокзал)"(コルサコフ・スターリーヴァクサール)と呼称される。

歴史

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  • 1906年(明治39年)12月1日 - 軍需輸送を目的に600mm軌間の軍用軽便鉄道の当駅 - ウラジミロフカ駅(豊原駅)間(43.3km)に開通により開業。当時の駅名はコルサコフ
  • 1907年(明治40年)
  • 1908年(明治41年)4月1日 - 大泊駅(おおどまりえき)に改称[2]
  • 1910年(明治43年)11月3日 - 1,067mm軌間に改軌
  • 1913年(大正2年)8月15日 - 楠渓町駅に改称[2]
  • 1943年(昭和18年)4月1日 - 南樺太の内地化により、鉄道省(国有鉄道)に編入。
  • 1945年(昭和20年)8月 - ソ連軍が南樺太へ侵攻、占領し、駅も含め全線がソ連軍に接収される。
  • 1946年(昭和21年)
    • 2月1日 - 日本の国有鉄道の駅としては、書類上廃止。
    • 4月1日 - ソ連国鉄に編入し「スターリーヴァクサール」に改称。
  • 2019年 - 広軌(1520mm)に改軌。

現在の駅構造

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単式ホーム1面1線を有する停留場駅員無配置で、駅舎は設けられておらず直接ホームに入る構造である。

駅名の由来

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日本名は当駅の所在する地名からであり、地名はアイヌ語の「クシュン・ウシ・コタン」(山を越えた所の川向かいの村)、「クシュョン・コタン」(波の静かな村)、「クシュ・ウン・コタン」(通路のある村)に由来。クシュンに楠、コタンに渓のそれぞれの字を当てた[3]久春古丹の項も参照。

ロシア語の現名称は「古い大規模駅」の意で、当駅が旧・コルサコフ駅および旧・大泊駅であったことにちなむ。

運行状況

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現在

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  • ピャーチ・ウグロフ - ユジノサハリンスク間の近郊列車(Д2系気動車列車、コルサコフ方面1本・ユジノサハリンスク方面2本)が平日のみ停車する。

画像

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駅周辺

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  • 表忠碑

隣の駅

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1944年当時

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鉄道省樺太鉄道局
樺太東線
大泊駅 - 楠渓町駅 - 一ノ沢駅

現在

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ロシア鉄道極東鉄道支社サハリン地域部
コルサコフ-ノグリキ線
エレクトリーチカ(各駅停車)
コルサコフ駅 - スターリーヴァクサール駅 - ピェルヴァヤ・パーチ駅

※朝に運行される6017列車はエレクトリーチカであるが、当停留所を通過する。

脚注

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  1. ^ ソ連国鉄編入後の名称を「スタルィ駅」とする資料もあるが、実際の名称"Старый вокзал"の記述を「Старый駅」と誤解したためと思われる。
  2. ^ a b 日本鉄道旅行地図帳 滿洲・樺太(今尾恵介原武史 監修 新潮社 2009年)p.65
  3. ^ 南樺太:概要・地名解・史実(西村いわお・著、高速印刷センター内出版部 1994年)p.213
  4. ^ 南樺太:概要・地名解・史実(西村いわお・著、高速印刷センター内出版部 1994年)p.60

外部リンク

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