度会郡
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人口38,413人、面積651.1km²、人口密度59人/km²。(2024年11月1日、推計人口)
以下の4町を含む。
郡域
1879年(明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記4町から大紀町の一部(錦)を除き、伊勢市の全域および志摩市の一部(磯部町桧山・磯部町栗木広・磯部町山原)と多気郡明和町の一部(大淀・有爾中の各一部・明星字妻ヶ広)を加えた区域にあたる。
現在の南伊勢町は、かつて志摩国英虞郡の一部であったが、天正10年(1582年)に伊勢国の守護大名の北畠氏により本郡に編入された。
歴史
町村制以前の沿革
幕末の知行
知行 | 村数 | 村名 | |
---|---|---|---|
幕府領 | 幕府領(信楽代官所) | 2村 | 小林村、上条村 |
幕府領(山田奉行) | 2町 9村 |
横輪村、下村、上村、土路西条村、菖蒲村、床ノ木村、植山新開、有滝村、樫原村、宇治町[2]、山田町[2] | |
藩領 | 紀伊和歌山藩 | 1町 119村 14浦 8竈 |
大倉村、上野村、津村、佐八村、神薗村、棚橋村、当津村、立岡村、岡出村、中楽村、久保村、野村、宮古村、中角村、岩出村、平生村、大久保村、上田辺村、●田宮寺村[3]、蚊野村、吉祥寺村、別所村、谷村、坂本村、岡村、田間村、中須村、佐田村、大野木村、山岡村、小社村、曽根村、川端村、粟野村、昼田村、矢野村、妙法寺村、新村、長更村、上地村、富岡村、牧戸村、南鮠川村、鮠川村、上久具村、下久具村、野篠村、東原村、積良村、●山神村[3]、勝田村、葛原村、門前村、井倉村、湯田村、長原村、坂井村、麻加江村、田口村、注連指村、黒坂村、野原村、野添村、打見村、金輪村、古里村、藤村、神原村、三瀬川村、船木村、阿曽村、柏野村、注連小路小屋、崎村、笠木木屋新田、錦木屋、駒村、間弓村、川口村(現・大紀町)、中野村、米ヶ谷村、川口村(現・度会町)、柑子垣内村、栗原村、中ノ郷村、日向村、五ヶ町村、奥河内村、木越村、火打石村、駒ヶ野村、小萩村、柳村、市場村、脇出村、川上村、中村(現・度会町)、和井野村、押淵村、始神村、斎田村、伊勢路村、内瀬村、船越村、五ヶ所浦、切原村、飯満村、泉村、神津佐村、栗木広新田、山原村、檜山村、下津浦村、木谷村、中津浜浦、宿浦、田曽浦、相賀浦、相賀竈、礫浦、迫間浦、大江村、道行竈、大方竈、円座村、阿曽浦、道方村、慥柄浦、贄浦、奈屋浦、東宮村、河内村、赤崎竈、村山村、神前浦、方座浦、小方竈、栃木竈、古和浦、棚橋竈、新桑竈、田丸城下[4] |
志摩鳥羽藩 | 2村 | 東大淀村、村松村 | |
和歌山藩・鳥羽藩 | 2村 | 野依村、小俣村 | |
幕府領・藩領 | 幕府領(山田)・和歌山藩 | 1村 | 柏村[5] |
幕府領(山田)・鳥羽藩 | 1村 | 中郡村 | |
その他 | 伊勢神宮領 | 28村 | 西村、荘村、三津村、溝口村、江村、山田原村、今一色村、神社村[6]、竹ヶ鼻村、小木村、下野村、馬瀬村、大湊村、中村(現・伊勢市)、楠部村、一宇田村、朝熊村、鹿海村、松下村、黒瀬村、神田村、久志本村、田尻村、通村、高向村、長屋村、新開村、王中島村 |
伊勢神宮領・和歌山藩 | 3村 | 下田辺村、世古村、野後村 | |
伊勢神宮領・幕府領(山田) | 1村 | 一色村[7] | |
久志本式部領[8] | 1村 | ●磯村 |
- 慶応4年
- 明治元年(1868年) - 神社村が改称して神社港となる。(4町168村14浦8竈)[10]
- 明治2年
- 明治4年
- 明治初年(4町170村14浦8竈)
- 小社村・曽根村が合併して小社曽根村となる。
- 神田村・久志本村が合併して神田久志本村となる。
- 中村(現・伊勢市)が改称して北中村となる。
- 明治6年(1873年) - 奥河内村・木越村が合併して小川村となる。(3町169村14浦8竈)
- 明治7年(1874年)(3町168村14浦8竈)
- 吉祥寺村・別所村が合併して玉川村となる。
- 寒川村が改称して田丸村となる。
- 明治8年(1875年) - 南鮠川村が鮠川村に、注連小路小屋が柏野村に、柑子垣内村が川口村(現・度会町)に、相賀竈が相賀浦に、赤崎竈が赤崎浦にそれぞれ合併。(3町165村14浦6竈)
- 明治9年(1876年)(3町160村14浦6竈)
- 明治11年(1878年) - 笠木木屋新田・錦木屋が崎村に合併。(3町158村14浦6竈)
- 明治12年(1879年)
- 明治15年(1882年)(4町156村14浦6竈)
- 田丸村が改称して田丸町となる。
- 中郡村が多気郡中大淀村に合併。
- 明治22年(1889年) - 世古村の一部が多気郡有爾中村に合併。
町村制以降の沿革
- 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。(4町31村)
- 宇治山田町 ← 宇治町[12]、山田町[13](現・伊勢市)
- 神社町 ← 神社港、竹ヶ鼻村、小木村、下野村、馬瀬村(現・伊勢市)
- 大湊町(大湊村が単独町制。現・伊勢市)
- 田丸町 ← 田丸町、佐田村、下田辺村、上田辺村(現・玉城町)
- 東二見村 ← 松下村、江村、三津村(現・伊勢市)
- 西二見村 ← 山田原村、溝口村、荘村、西村、今一色村(現・伊勢市)
- 宮本村 ← 勢田村、旭村、藤里村、前山村、大倉村、佐八村、津村(現・伊勢市)
- 沼木村 ← 円座村、神薗村、上野村、横輪村、上村、下村、菖蒲村、床ノ木村(現・伊勢市)
- 四郷村 ← 北中村、楠部村、一宇田村、朝熊村、鹿海村(現・伊勢市)
- 浜郷村 ← 黒瀬村、神田久志本村、田尻村、通村、一色村(現・伊勢市)
- 御薗村 ← 高向村、長屋村、新開村、王中島村、上条村、小林村(現・伊勢市)
- 豊浜村 ← 磯村、野依村、樫原村、土路西条村、植山新開(現・伊勢市)
- 北浜村 ← 有滝村、村松村、東大淀村、柏村、野村(現・伊勢市)
- 小俣村(単独村制。現・伊勢市)
- 有田村 ← 湯田村、新村(現・伊勢市)、井倉村(現・玉城町、多気郡明和町)、長更村、中楽村、久保村、妙法寺村、岡村、谷村、門前村、坂本村、玉川村、世古村(現・玉城町)
- 東外城田村 ← 東原村、蚊野村、野篠村、矢野村、積良村、山神村、田宮寺村、勝田村(現・玉城町)
- 城田村 ← 上地村、中須村、川端村(現・伊勢市)
- 下外城田村 ← 宮古村、岡出村、富岡村、小社曽根村、山岡村、中角村、岩出村、昼田村(現・玉城町)、粟野村(現・伊勢市)
- 内城田村 ← 葛原村、大野木村、棚橋村、牧戸村、平生村、大久保村、立岡村、鮠川村、当津村、田間村、上久具村、下久具村(現・度会町)
- 中川村 ← 長原村、坂井村、麻加江村、田口村、注連指村(現・度会町)
- 七保村 ← 野原村、野添村、金輪村、永会村、打見村、神原村(現・大紀町)
- 滝原村 ← 三瀬川村、船木村、野後村、阿曽村(現・大紀町)
- 柏崎村 ← 柏野村、崎村(現・大紀町)
- 大内山村(単独村制。現・大紀町)
- 島津村 ← 新桑竈、棚橋竈、古和浦、栃木竈、小方竈、方座浦(現・南伊勢町)
- 吉津村 ← 村山村、神前浦、河内村(現・南伊勢町)
- 鵜倉村 ← 東宮村、奈屋浦、贄浦、慥柄浦(現・南伊勢町)
- 中島村 ← 道方村、大江村、道行竈、阿曽浦、大方竈(現・南伊勢町)
- 一之瀬村 ← 南中村、川上村、脇出村、市場村、和井野村、小萩村、柳村(現・度会町)
- 小川郷村 ← 駒ヶ野村、小川村、火打石村、日向村、栗原村、五ヶ町村、中ノ郷村、川口村(現・度会町)
- 穂原村 ← 押淵村、始神村、斎田村、伊勢路村、内瀬村(現・南伊勢町)
- 南海村 ← 迫間浦、相賀浦、礫浦(現・南伊勢町)
- 五ヶ所村 ← 船越村、中津浜浦、五ヶ所浦、切原村、飯満村(現・南伊勢町)
- 宿田曽村 ← 宿浦、田曽浦(現・南伊勢町)
- 神原村 ← 泉村、神津佐村、下津浦村、木谷村(現・南伊勢町)、栗木広新田、檜山村、山原村(現・志摩市)
- 明治30年(1897年)9月1日 - 郡制を施行。
- 明治39年(1906年)9月1日 - 宇治山田町が市制施行して宇治山田市となり、郡より離脱。(3町31村)
- 明治41年(1908年)5月1日 - 東二見村・西二見村が合併して二見町が発足。(4町29村)
- 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
- 大正15年(1926年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
- 昭和3年(1928年)11月3日 - 小俣村が町制施行して小俣町となる。(5町28村)
- 昭和15年(1940年)2月11日(7町26村)
- 昭和16年(1941年)5月5日 - 神社町が宇治山田市に編入。(6町26村)
- 昭和18年(1943年)12月1日 - 大湊町・宮本村・浜郷村が宇治山田市に編入。(5町24村)
- 昭和29年(1954年)9月10日 - 吉津村が町制施行して吉津町となる。(6町23村)
- 昭和30年(1955年)
- 1月1日 - 豊浜村・北浜村・城田村・四郷村が宇治山田市に編入。宇治山田市は即日改称して伊勢市となる。(6町19村)
- 2月11日 - 神原村が分割。五ヶ所町・穂原村・南海村・宿田曽村および神原村の一部(泉・神津佐・下津浦・木谷)が合併して南勢町が発足。神原村の残部(檜山・栗木広・山原)が志摩郡磯部村に編入。磯部村は即日的矢村と合併して磯部町が発足。(6町15村)
- 4月1日(6町8村)
- 4月10日 - 有田村が分割。田丸町・東外城田村および有田村の一部(長更・世古・門前・坂本・谷村・玉川・岡村・妙法寺・中楽・久保および字妻ヶ広を除く井倉)が合併して玉城町が発足。有田村の残部(湯田・新村および井倉字妻ヶ広)が小俣町に編入。(6町6村)
- 昭和31年(1956年)9月30日(6町4村)
- 滝原町・七保村が合併して大宮町が発足。
- 下外城田村が玉城町に編入。
- 昭和32年(1957年)
- 昭和43年(1968年)1月1日 - 度会村が町制施行して度会町となる。(8町2村)
- 平成17年(2005年)
変遷表
自治体の変遷
明治22年以前 | 明治22年4月1日 | 明治22年 - 大正15年 | 昭和1年 - 昭和19年 | 昭和20年 - 昭和64年 | 平成1年 - 現在 | 現在 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
宇治山田町 | 明治39年9月1日 市制 |
宇治山田市 | 宇治山田市 | 昭和30年1月1日 改称 伊勢市 |
平成17年11月1日 伊勢市 |
伊勢市 | |
神社町 | 神社町 | 昭和16年5月5日 宇治山田市に編入 | |||||
大湊町 | 大湊町 | 昭和18年12月1日 宇治山田市に編入 | |||||
宮本村 | 宮本村 | ||||||
浜郷村 | 浜郷村 | ||||||
四郷村 | 四郷村 | 四郷村 | 昭和30年1月1日 宇治山田市に編入 | ||||
豊浜村 | 豊浜村 | 豊浜村 | |||||
北浜村 | 北浜村 | 北浜村 | |||||
城田村 | 城田村 | 城田村 | |||||
沼木村 | 沼木村 | 沼木村 | 沼木村 | 昭和30年4月1日 伊勢市に編入 | |||
東二見村 | 明治41年5月1日 二見町 |
二見町 | 二見町 | ||||
西二見村 | |||||||
御薗村 | 御薗村 | 御薗村 | 御薗村 | ||||
小俣村 | 小俣村 | 昭和3年11月3日 町制 |
小俣町 | 小俣町 | |||
有田村 | 有田村 | 有田村 | 昭和30年4月10日 小俣町に編入 | ||||
昭和30年4月10日 玉城町 |
玉城町 | 玉城町 | 玉城町 | ||||
田丸町 | 田丸町 | 田丸町 | |||||
東外城田村 | 東外城田村 | 東外城田村 | |||||
下外城田村 | 下外城田村 | 下外城田村 | 昭和31年9月30日 玉城町に編入 | ||||
内城田村 | 内城田村 | 内城田村 | 昭和30年4月1日 度会村 |
昭和43年1月1日 町制 |
度会町 | 度会町 | |
中川村 | 中川村 | 中川村 | |||||
一之瀬村 | 一之瀬村 | 一之瀬村 | |||||
小川郷村 | 小川郷村 | 小川郷村 | |||||
神原村 | 神原村 | 神原村 | 昭和30年2月11日 志摩郡 磯部町の一部 |
平成16年10月1日 志摩市の一部 |
志摩市 | ||
昭和30年2月11日 南勢町 |
南勢町 | 平成17年10月1日 南伊勢町 |
南伊勢町 | ||||
五ヶ所村 | 五ヶ所村 | 昭和15年2月11日 町制 | |||||
宿田曽村 | 宿田曽村 | 宿田曽村 | |||||
穂原村 | 穂原村 | 穂原村 | |||||
南海村 | 南海村 | 南海村 | |||||
吉津村 | 吉津村 | 吉津村 | 昭和29年9月10日 町制 |
昭和30年4月1日 南島町 | |||
島津村 | 島津村 | 島津村 | 島津村 | ||||
鵜倉村 | 鵜倉村 | 鵜倉村 | 鵜倉村 | ||||
中島村 | 中島村 | 中島村 | 中島村 | ||||
滝原村 | 滝原村 | 昭和15年2月11日 町制 |
昭和31年9月30日 大宮町 |
平成17年2月14日 大紀町 |
大紀町 | ||
七保村 | 七保村 | 七保村 | |||||
大内山村 | 大内山村 | 大内山村 | 大内山村 | ||||
柏崎村 | 柏崎村 | 柏崎村 | 昭和32年2月1日 紀勢町 | ||||
北牟婁郡 錦村 |
北牟婁郡 錦村 |
昭和15年11月10日 町制 |
行政
- 歴代郡長
代 | 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 | 備考 |
---|---|---|---|---|
1 | 日比重知 | 明治12年(1879年) | ||
2 | 山内俊徳 | 明治14年(1881年)12月14日 | 心得 | |
3 | 久留清義 | 明治15年(1882年)3月6日 | ||
4 | 浦田長民 | 明治17年(1884年)9月27日 | ||
5 | 満岡勇之助 | 明治20年(1887年)7月15日 | ||
6 | 岡耕三郎 | 明治32年(1899年)4月27日 | ||
7 | 川田茂通 | 明治35年(1902年)11月10日 | ||
8 | 今村真橘 | 明治39年(1906年)6月16日 | ||
9 | 北野孝一 | 明治45年(1912年)6月22日 | ||
10 | 須田松太郎 | 大正8年(1919年)8月21日 | ||
11 | 渡辺恒三郎 | 大正11年(1922年)5月13日 | ||
12 | 瓜生精一 | 大正12年(1923年)3月 | 大正15年(1926年)6月30日 | 郡役所廃止により、廃官 |
脚注
- ^ 但し、隣接する多気郡との境界変更は未反映
- ^ a b 宇治町は伊勢神宮内宮、山田町は伊勢神宮外宮の門前町。無高のため「旧高旧領取調帳」には記載なし。それぞれ宇治会合・山田三方が自治を行っていたが、公事裁判・警備は山田奉行が行った。本項では便宜的に山田奉行の管轄とした。
- ^ a b 寺社領は後に度会県が管轄。
- ^ 無高のため「旧高旧領取調帳」には記載なし。本項では便宜的に1町に数える。
- ^ 幕府領も後に和歌山県が管轄。
- ^ 本村以下21村は石高不明のため「旧高旧領取調帳」には記載なし。
- ^ 幕府領の鶴松新田のみ記載。伊勢神宮領は石高不明のため「旧高旧領取調帳」には記載なし。
- ^ 伊勢神宮首位祠宮度会氏分系。
- ^ 閏4月25日(1868年6月15日)とする資料もあるが、ここでは「角川日本地名大辞典」の記述によった。
- ^ 本項では便宜的に1町に数える。
- ^ 宇治山田町は明治22年(1889年)の発足のため、前身の町に設置されたと見られるが、「角川日本地名大辞典」の度会郡の項の記述のままとした。
- ^ この時点では宇治館町、宇治今在家町、宇治中ノ切町、宇治浦田町、宇治桜木町、宇治中ノ町、宇治古市町、宇治久世戸町が存在。
- ^ この時点では山田倭町、山田尾上町、山田岡本町、山田岩淵町、山田吹上町、山田河崎町、山田船江町、山田一ノ木町、山田豊川町、山田田中中世古町、山田宮後町、山田一志久保町、山田大世古町、山田曽祢町、山田八日市場町、山田下中ノ郷町、山田常磐町、山田浦口町、山田二俣町、山田辻久留町、山田中島町、山田宮川町が存在。
参考文献
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典』 24 三重県、角川書店、1983年6月1日。ISBN 4040012402。
- 旧高旧領取調帳データベース