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六浦雄太

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 六浦雄太 八段
名前 六浦雄太
生年月日 (1999-05-01) 1999年5月1日(25歳)
プロ入り年 2014年
出身地 愛知県
所属 日本棋院中部総本部
師匠 羽根泰正九段
段位 八段
概要
タイトル獲得合計 1
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六浦 雄太(むつうら ゆうた、1999年平成11年)5月1日 - )は、日本囲碁棋士愛知県出身、羽根泰正九段門下、日本棋院中部総本部所属、八段。阿含・桐山杯全日本早碁オープン戦優勝など。

経歴

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愛知県名古屋市生まれ。5歳の頃から囲碁を始める[1]。アマ五段ほどの父親や近所の碁会所の常連客との対局を重ね、小学1年生時に羽根泰正主催の泰正会に入った[1]。2009年、小学4年生時に少年少女囲碁大会で準優勝。2010年4月、小学5年生時に日本棋院中部総本部の院生となる。2011年、小学6年生時の中部総本部入段試験では6勝8敗、翌年は7勝7敗。2013年、14戦全勝でプロ入りを果たす。

2014年4月1日、14歳で入段。同年11月に入段初年ながら第9回若鯉戦で準優勝(決勝戦で本木克弥三段に敗退)[2] するなど活躍し、年間16勝4敗の好成績を挙げた[3]

2015年、LG杯世界棋王戦20周年記念新鋭挑戦者杯に出場しベスト8。7月17日、勝ち星対象棋戦通算30勝にて二段に昇段。

2016年10月14日、勝ち星対象棋戦通算40勝にて三段に昇段。

2017年、第24期阿含・桐山杯全日本早碁オープン戦の本戦で安斎伸彰七段・趙治勲名誉名人山田規三生九段に勝利し決勝進出。決勝で高尾紳路九段を破り、一般棋戦初優勝[4]。18歳5ヶ月での全棋士が参加する棋戦の優勝は史上3番目の若さ。これにより七段に飛付昇段[5]愛知県図書館では、六浦の色紙、優勝を報じる『週刊碁』などの新聞記事が展示された。同年王冠戦挑戦者、棋道賞新人賞、日本囲碁リーグで古都インフレンスに加入。阿含・桐山杯日中決戦では柁嘉熹に敗れる。

2018年、棋聖戦Cリーグ入りするも1-3で陥落。11月8日、第44期名人戦リーグ入り(自身初の三大棋戦リーグ入り)[6]。同年12月から翌2019年8月まで行われたリーグ戦では、3勝5敗の7位に終わりリーグ陥落[7]

2019年11月、第14回若鯉戦で決勝戦まで進出するも、平田智也七段に敗れ準優勝[8]

人物

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  • 当初は全日制の高校に進学したが、囲碁の勉強に集中できないことから半年で通信制高校に転校した[1]。2018年9月に卒業[1]
  • 囲碁の勉強は、囲碁AIを用いた研究やネット対局などを中心に主に自宅で行っている[1]
  • 自身の棋風については「地が多くて厚い碁」を理想とした、確定地を好む碁だと語っている[3]
  • 2015年のインタビューでは、最も多く対局し、最も影響を受けた棋士として同い年の芝野虎丸を挙げ、実力差を認めたうえで「もっとも負けたくない相手」だと語っている[3]

棋歴

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獲得タイトル

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良績等

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受賞歴

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昇段履歴

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  • 2014年4月1日 入段
  • 2015年7月17日 二段(勝星規定)
  • 2016年10月24日 三段(勝星規定)
  • 2017年10月8日 七段(第24期阿含桐山杯優勝)
  • 2023年9月15日 八段(勝星規定)

脚注

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  1. ^ a b c d e 白井康彦 (2018年3月25日). “囲碁棋士 六浦雄太さん「暗い青春だとはまったく思っていません」”. 東京すくすく 東京新聞web. 2019年11月25日閲覧。
  2. ^ 第9回 広島アルミ杯・若鯉戦”. 日本棋院. 2019年11月25日閲覧。
  3. ^ a b c 『月刊碁ワールド 2015年11月号』日本棋院、86-87頁。 
  4. ^ 六浦雄太が初優勝!【第24期阿含・桐山杯全日本早碁オープン戦決勝】
  5. ^ 六浦、七段に昇段
  6. ^ 六浦、初のリーグ入り
  7. ^ 第44期 名人戦”. 日本棋院. 2019年11月25日閲覧。
  8. ^ 第14回 広島アルミ杯・若鯉戦”. 日本棋院. 2019年11月25日閲覧。

参考文献

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  • 碁ワールド』2015年11月号「ザ・プロファイル 15 六浦雄太二段」
  • 『碁ワールド』2018年1月号「第24期阿含・桐山杯」

外部リンク

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