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湧別駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
下湧別駅から転送)
湧別駅
跡地に建った消防署(2009年8月)
ゆうべつ
Yūbetsu
四号線 (1.9 km)
地図
所在地 北海道紋別郡湧別町栄町
北緯44度13分26.1秒 東経143度37分10.3秒 / 北緯44.223917度 東経143.619528度 / 44.223917; 143.619528
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 名寄本線(支線)
キロ程 4.9 km(中湧別起点)
電報略号 ユツ
シユ(改称前)
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1916年大正5年)11月21日[1]
廃止年月日 1989年平成元年)5月1日[1]
備考 名寄本線廃線に伴い廃駅
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湧別駅(ゆうべつえき)は、かつて北海道網走支庁紋別郡湧別町栄町にあった北海道旅客鉄道(JR北海道)名寄本線支線)の廃駅)である。事務管理コードは▲122141[2]

歴史

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1977年の湧別駅と周囲約500m範囲。下が中湧別方面。単式ホーム1面1線の他に、駅裏側に2本の副本線、駅舎横に貨物ホームと引込み線を有した。この時点では副本線は1本に見える。周囲にはまだ多くの木材が野積みされ、貨物ホームには貨車が留置されているが、この1年後には貨物の取扱いが廃止されている。駅構外の北側にあった木工場へ、本線から真っ直ぐ引込み線が伸びているのが確認できる。かつてはそこからさらに現在のマルハニチロ北日本湧別事業所の北東側付近にまで軌道が伸びていた[3]国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成

中湧別駅から分岐する支線の終着駅であった。この支線は湧網線の運行当時平行するバス路線は10本程度あったものの、1962年(昭和37年)から旅客列車が朝夕の2往復しかなく、国鉄時代には清水港線(1往復/日、1984年廃止)に次いで旅客列車の少ない区間であった。しかしながら1986年(昭和61年)11月1日国鉄ダイヤ改正まで駅員配置、その後廃止時まで簡易委託駅であった。

年表

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駅名の由来

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開業当初、湧別川の下流に位置することから「下湧別」と命名されたが、所在する下湧別村が1953年(昭和28年)に町制施行し名称を湧別町と改めたため、翌年に駅名も改称された[6]

駅構造

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もともと、旅客用の単式ホーム1面1線(有効長50 m[7])に加え、貨物用の側線を2線(駅舎側から1、2、3番線)、1番線の延長上から遠軽方に戻る形で駅舎側に分岐し駅舎北側の貨物ホーム(有効長30 m[7])に至る側線を1線を有する配線であり、1975年(昭和50年)3月時点ではこの形態であった[7]

しかし、貨物用の側線はいずれも1981年(昭和56年)3月時点までには撤去されており[7]、廃止時点では前述の旅客用単式ホーム1面1線のみの棒線駅となっていた[8]

駅舎とホームは構内の北西側(湧別方面に向かって左手側)に位置し、通路で連絡した[8]。駅舎は開業当初からの木造平屋建ての建物であった[7][9]

簡易委託駅時代は、駅前のハイヤー会社で乗車券販売が行われており、駅スタンプも設置されていた[10]

利用状況

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乗車人員の推移は以下のとおり。年間の値のみ判明している年については、当該年度の日数で除した値を括弧書きで1日平均欄に示す。乗降人員のみが判明している場合は、1/2した値を括弧書きで記した。

年度 乗車人員 出典 備考
年間 1日平均
1978年(昭和53年) 61 [11]

駅周辺

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バス路線

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駅跡

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駅跡地には遠軽地区広域組合消防署湧別出張所及び湧別町文化センターさざ波が建設されており[12]、消防署前の歩道には「湧別駅の跡」の記念碑が建立されている[13]

隣の駅

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北海道旅客鉄道(JR北海道)
名寄本線(支線)
四号線駅 - 湧別駅

脚注

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  1. ^ a b c d e f g h i 石野哲 編『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 II』(初版)JTB、1998年10月1日、913頁。ISBN 978-4-533-02980-6 
  2. ^ 日本国有鉄道営業局総務課 編『停車場一覧 昭和41年3月現在』日本国有鉄道、1966年、242頁。doi:10.11501/1873236https://doi.org/10.11501/18732362023年3月21日閲覧 
  3. ^ 1952年撮影航空写真(国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス)
  4. ^ 日本交通公社「北海道各線時刻表1962年10・11月号」
  5. ^ 「通報 ●飯田線三河川合駅ほか186駅の駅員無配置について(旅客局)」『鉄道公報号外』日本国有鉄道総裁室文書課、1986年10月30日、12面。
  6. ^ 『北海道 駅名の起源』(第1版)日本国有鉄道北海道総局、札幌市、1973年3月25日、199頁。ASIN B000J9RBUY 
  7. ^ a b c d e 書籍『廃線終着駅を訊ねる 国鉄・JR編』(著:三宅俊彦JTBパブリッシング2010年4月発行)40ページより。
  8. ^ a b 書籍『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』(小学館1983年7月発行)212ページより。
  9. ^ a b 書籍『終着駅 国鉄全132』(雄鶏社1980年10月発行)26-27ページより。
  10. ^ 弘済出版社鉄道ダイヤ情報』1989年5月号(No.61)51・53ページより。
  11. ^ 藤田, 稔 編『国鉄全駅大事典』藤田書店、1980年4月30日、907頁。doi:10.11501/12065814https://dl.ndl.go.jp/pid/12065814 
  12. ^ 書籍『鉄道廃線跡を歩くVIII』(JTBパブリッシング、2001年8月発行)36-37P
  13. ^ 書籍『北海道の鉄道廃線跡』(著:本久公洋、北海道新聞社2011年9月発行)128P

関連項目

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外部リンク

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