ノート:都道府県の人口一覧/過去ログ1
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万桁から千桁への変更の提案
現在この項目の統計表は、半角アラビア数字と万表記の混ざった万桁表記となっておりますが、こちらの項目を半角アラビア数字と半角コンマ(,)を用いた千桁表記へ改正することを提案します。
確かに日本語の文章では千桁表記は馴染みのない表記法ですが、
- 今日公文書・会計などでは、アラビア数字を使う限りは圧倒的に千桁表記が一般的である。
- 統計表をコンマを用いた千桁表記にすることによりwikitableが使え、順番通り並び変えることができる。
例えば『日本の市の人口順位』では、現在千桁表記に改訂されており、wikitableを使った表によりより便利になっております。私としては、自分が同様に改訂しました英語版の『List of Japanese prefectures by population』のような表に変えることにより、明治以降の人口をより細かく表に加えたいと思っております。本表においては明治21年の人口の表がありますが、甲種現住人口、乙種現住人口が混ざったおかしな表となっており、こちらも修正しようと思います。
なお、私は『歴史上の推定地域人口』、『歴史上の推定都市人口』、『国勢調査以前の日本の人口統計』、『近代以前の日本の人口統計』、『近代以前の日本の都市人口統計』などの項目を作成し、『世界の都市圏人口の順位』、『世界人口』などの項目を大幅改訂した者です。私個人は、表内では『5,590,601』、本文中では『559万0601人』という表記を併用しております。Orichalcum 2010年5月4日 (火) 04:38 (UTC)
- 訂正:『日本の市の人口順位』は最初から千桁表記だったようです。Orichalcum 2010年5月4日 (火) 04:51 (UTC)
- 賛成 私は、Orichalcumさんの意見のほか、今の状態よりも容量を削減できるだろうという点からも千桁表記に賛成です。ただし、推計人口に関しては、2010年の10月に国勢調査があり、今後の方針によっては、編集しても消される可能性があることを考慮に入れてもらえると、幸いです。--CosA 2010年5月4日 (火) 13:41 (UTC)
- 賛成 より一般的な表記方法で、今後の編集に関しても扱いやすい3桁区切り表示への移行に賛成です。2010年10月1日には国勢調査が行われ2011年以降の推計人口はこれが基になりますから2006年から2009年の推計人口をどう扱うかも決めておかなければなりませんね。--As6022014 2010年5月10日 (月) 08:02 (UTC)
推計人口について
推計人口について、今後どうすればいいのでしょうか。推計人口は、年ごとの比較ができますが、国勢調査ほど正確でないのと、載せ続けると、年を重ねるごとに容量が大きくなってしまいます。私個人としては、2010年の国勢調査が出た時点で、過去の推計人口を消し、2011年の推計人口から作り直し、過去の推計人口は、必要ならば過去の資料として別記事で作るのがいいのではないかと思っております。--CosA 2010年5月4日 (火) 13:55 (UTC)
- 推計人口として、本項目では都道府県が発表する数値を採用しておりますが、なぜ統計局の数字を用いないのでしょうか?統計局の数字は以下に1の桁まで発表されています。
- http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/Xlsdl.do?sinfid=000001191685
- http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/Xlsdl.do?sinfid=000002630574
- http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/Xlsdl.do?sinfid=000007552580
- 統計局発表と都道府県発表の推計人口を以下にまとめます(都道府県発表の推計人口については、北海道と高知県以外の元データの確認はしていません、全国の総人口は都道府県公表の推計人口を足し直して再計算)
以下に最新の国勢調査(2005年10月1日調)以降、過去4年間の推計人口を以下に示す。昼間人口による順位は昼間人口による都道府県の順位を参照。以下の表の内、左側は総務省統計局が発表する推計人口、右側は各都道府県が発表する推計人口であり、両者は数値がかなり異なる。
各年の推計人口は原則として10月1日現在の常住人口だが、都道府県が公表する推計人口の内、北海道と高知県については9月30日現在の住民基本台帳人口である。
- ■ : 前年と比べて人口が減少している都道府県。北海道と高知県が公表する人口については住民基本台帳人口で比較。各年の推計人口による順位は、各項目名にあるボタンを数回クリックすることで得られる。
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- まとめて気付きましたが、本項目記載の都道府県別人口の合計と全国の推計人口が一致しません。統計局と都道府県発表の推計人口を比較すると:
- 統計局発表の人口の利点: 情報源が一元化、算出方法が一元化、欠点: 速報性に劣る、都道府県発表の人口を加工している?出国者数の取り扱いに問題あり?
- 都道府県発表の人口の利点: 速報性が高い、欠点: 情報源が複数、一部基礎データが異なる、算出方法が複数
- 推計方法にはどちらも多少の問題がありそうですが、私自身は統計局の数字の方がより情報源としてクリアだと思います。都道府県別に発表されている推計人口がより確かだというのなら反対はしませんが、その場合全国の推計人口が単純に加算したものとことなるのは何故なのでしょうか?Orichalcum 2010年5月5日 (水) 09:20 (UTC)Orichalcum 2010年5月5日 (水) 09:22 (UTC)
- ↑の表のスタイルを変えてみました。青字は人口減少都道府県です。北海道の2005年9月30日の住民票人口は565万4249人なので、住民票人口でも減少です。高知県の方は・・・2005年9月30日の住民票人口についてはまだ確認が取れていませんが、多分減少で間違いないはずです。統計局発表の数字と都道府県発表の数字とでは順位すら変わってしまう箇所があります。最近鳥取県の人口が60万人を切ったという報道がありましたが、都道府県公表の数字ではまだ60万人以上です。また大阪府、兵庫県などは人口の増減が完全に逆転しています。Orichalcum 2010年5月9日 (日) 07:51 (UTC)
- 都道府県の発表を基に作られているのは、単に、最初の人が作ったスタイルをそのまま引き継いだ結果だと私は思います。--CosA 2010年5月5日 (水) 16:02 (UTC)
- 統計局発表の推計人口は出生、死亡、入国、出国数などを基に算出し、各都道府県については日本人は出生、死亡、転入、転出を基に推計人口を算出しているわけですが、特に外国人は外国人登録数および抹消数を基にしています。ここで外国人登録をしながらそのまま帰国している例があるようです。統計局発表の人口も不法入国や強制退去などはどれだけ考慮されているか不明です。2005年国勢調査直前では統計局発表の推計人口は国勢調査より少なめ、各都道府県推計人口の合計は多めで今回もその傾向が出ていると考えられます。あくまで推計で誤差は付きものです。今日のように人口全体が停滞し日本人、外国人の出入国が頻繁な状況ではより誤差は顕著に目立つようになります。
- 2005年9月30日の北海道の住民基本台帳人口は5,654,249人、高知県は
810,514人(これは2004年)804,943人で何れも地方は国勢調査よりも多く、首都圏は少ない傾向があります。住民票を出身県に置いたまま都会に出ている学生などがいるようです。日本全体の合計を算出するなら国勢調査の人口に住民基本台帳の増減を加えた人口の方が妥当と考えます。ただし住民基本台帳は外国人は考慮されていませんが。--As6022014 2010年5月10日 (月) 08:02 (UTC)修正--As6022014 2010年5月10日 (月) 08:34 (UTC)- 国勢調査人口の速報値が揃い次第、過去4年間の推計人口は消去して構わないと思いますが、現状では推計常住人口を二種類列挙しておくこと(可能であれば、更に住民基本台帳人口?)のは案外良いかもしれません。Orichalcum 2010年5月10日 (月) 16:04 (UTC)
- 過去4年間の住民基本台帳人口をまとめておきました。ただ、本当は9月30日調の数字でまとめたかったのですが、本として出版されている統計はすべて3月31日調のまとめられていること、ネット上でも必ずしもすべての都道府県が毎日の住民基本台帳人口を公表していないこと、統計局の動態統計だけでは各月の住民基本台帳人口を計算できないことなどの理由により、3月末日の数字でまとめます。だだ、これはこれで住民基本台帳人口という項目を別個に立ててまとめるべきかも知れません。Orichalcum 2010年5月15日 (土) 09:14 (UTC)
- 国勢調査人口の速報値が揃い次第、過去4年間の推計人口は消去して構わないと思いますが、現状では推計常住人口を二種類列挙しておくこと(可能であれば、更に住民基本台帳人口?)のは案外良いかもしれません。Orichalcum 2010年5月10日 (月) 16:04 (UTC)
都道府県
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2009年 3月31日 |
2008年 3月31日 |
2007年 3月31日 |
2006年 3月31日 |
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全国 | 127,076,183 | 127,066,178 | 127,053,471 | 127,055,025 |
東京都 | 12,548,258 | 12,462,196 | 12,361,736 | 12,273,376 |
神奈川県 | 8,848,329 | 8,798,289 | 8,741,025 | 8,693,373 |
大阪府 | 8,676,622 | 8,670,302 | 8,665,105 | 8,663,719 |
愛知県 | 7,218,350 | 7,185,744 | 7,145,614 | 7,106,585 |
埼玉県 | 7,096,269 | 7,067,336 | 7,042,044 | 7,019,919 |
千葉県 | 6,124,453 | 6,090,799 | 6,058,248 | 6,035,658 |
兵庫県 | 5,586,254 | 5,582,230 | 5,580,497 | 5,576,784 |
北海道 | 5,543,556 | 5,571,770 | 5,600,705 | 5,629,970 |
福岡県 | 5,031,870 | 5,030,818 | 5,030,311 | 5,028,026 |
静岡県 | 3,773,694 | 3,775,400 | 3,775,367 | 3,775,903 |
茨城県 | 2,979,639 | 2,982,000 | 2,986,115 | 2,988,533 |
広島県 | 2,859,300 | 2,864,167 | 2,867,423 | 2,870,907 |
京都府 | 2,555,650 | 2,558,542 | 2,562,282 | 2,566,420 |
新潟県 | 2,401,803 | 2,413,103 | 2,425,683 | 2,438,482 |
宮城県 | 2,330,898 | 2,334,874 | 2,340,485 | 2,344,569 |
長野県 | 2,168,926 | 2,176,806 | 2,184,596 | 2,190,874 |
岐阜県 | 2,089,413 | 2,095,484 | 2,100,413 | 2,105,011 |
福島県 | 2,063,769 | 2,075,555 | 2,089,439 | 2,100,851 |
群馬県 | 2,008,842 | 2,012,151 | 2,016,236 | 2,020,037 |
栃木県 | 2,003,954 | 2,006,701 | 2,006,363 | 2,009,498 |
岡山県 | 1,943,864 | 1,948,250 | 1,951,420 | 1,954,919 |
三重県 | 1,854,050 | 1,856,282 | 1,857,090 | 1,857,456 |
熊本県 | 1,839,309 | 1,844,644 | 1,852,073 | 1,858,522 |
鹿児島県 | 1,728,554 | 1,739,075 | 1,751,510 | 1,759,650 |
山口県 | 1,471,715 | 1,479,840 | 1,489,176 | 1,499,002 |
愛媛県 | 1,464,307 | 1,471,510 | 1,479,775 | 1,486,946 |
長崎県 | 1,458,404 | 1,469,197 | 1,482,146 | 1,494,879 |
青森県 | 1,417,278 | 1,430,543 | 1,445,592 | 1,460,144 |
奈良県 | 1,414,970 | 1,419,626 | 1,425,308 | 1,430,366 |
沖縄県 | 1,397,812 | 1,391,215 | 1,387,518 | 1,381,820 |
滋賀県 | 1,382,321 | 1,377,886 | 1,371,577 | 1,365,393 |
岩手県 | 1,355,205 | 1,366,652 | 1,377,666 | 1,388,164 |
大分県 | 1,211,042 | 1,215,388 | 1,218,066 | 1,221,714 |
山形県 | 1,185,100 | 1,194,071 | 1,204,099 | 1,212,163 |
石川県 | 1,165,013 | 1,167,151 | 1,169,249 | 1,171,106 |
宮崎県 | 1,155,844 | 1,161,026 | 1,167,509 | 1,172,402 |
秋田県 | 1,118,735 | 1,130,823 | 1,143,829 | 1,156,356 |
富山県 | 1,101,637 | 1,106,340 | 1,110,713 | 1,114,714 |
和歌山県 | 1,038,729 | 1,045,973 | 1,053,896 | 1,061,559 |
香川県 | 1,016,540 | 1,019,333 | 1,023,074 | 1,026,088 |
山梨県 | 867,122 | 871,481 | 875,621 | 879,239 |
佐賀県 | 862,156 | 864,738 | 868,562 | 872,302 |
福井県 | 812,444 | 815,344 | 818,443 | 821,073 |
徳島県 | 800,825 | 805,951 | 811,678 | 816,321 |
高知県 | 777,080 | 784,038 | 792,419 | 799,121 |
島根県 | 727,793 | 733,123 | 739,080 | 744,677 |
鳥取県 | 598,485 | 602,411 | 606,695 | 610,434 |
Orichalcum 2010年5月15日 (土) 09:14 (UTC)
北海道の支庁の人口
2010年4月を以て、北海道の支庁は振興局に移行しましたが、今後も支庁の人口を掲載しますか?
参考までに国勢調査、常住人口調査、臨時国勢調査、人口調査、日本帝国人口静態統計における支庁の人口の変遷をまとめておきます。
- 1948年~2005年 常住人口
- 1948年は常住人口調査、他は国勢調査
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- 1920年~1947年 現在人口
- 1944年,1945年,1946年は人口調査、1947年は臨時国勢調査、他は国勢調査。1944年の人口調査は一部調査表散逸による不備があり、合計が一致しない。人口は現在人口(de facto population)
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- 1898年~1918年 現住人口
資料は『日本帝国静態人口統計』による。人口は戸籍に基づく現住人口(甲種)で、戦後の常住人口に相当するが、外国人や戸籍遺漏の人口を含まない。また戸籍抹消に関する手続きの不備により、実際の人口よりも多くカウントされている。統計局のサイトでは推計人口である現住人口(乙種)が採用されているが、乙種現住人口は統計によって若干異なり、乙種現住人口による都道府県別人口を合算しても推計人口とはほど遠い数字になるので、ここでは生データである甲種現住人口を載せてみた。なお乙種現住人口自体、都道府県別でしか算出されていないので、支庁別人口は算出不能。
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Orichalcum 2010年5月8日 (土) 07:17 (UTC)Orichalcum 2010年5月8日 (土) 07:33 (UTC)
- ↑スタイルを少し変え、文字のサイズも少し大きくしました。これで画面を縮小しても、左右の表がずれないはずです。Orichalcum 2010年5月8日 (土) 16:50 (UTC)再修正Orichalcum 2010年5月10日 (月) 16:09 (UTC)
- 北海道の支庁の人口した人(もね~るmonerさん)は、北海道の支庁ごとの人口も参考として付記する(支庁の順位は斜体で示す)[1]。と書いており、あくまで参考なので、不都合になるなら、掲載しなくていいと思います。(本人に聞くという手がありますが、最近活動を行っていないようで、答えてくれるかはわかりません。)--CosA 2010年5月8日 (土) 09:21 (UTC)
- 上のような表を都道府県で作成すると、どうしても複数の順位を混ぜることが困難なので、支庁を残すとしても別表になります。ただ国勢調査で採用されている北海道の支庁の人口は、地図に掲載されている支庁から市部を除いた、郡部のみの人口であり、「どこまでが北海道の支庁の範囲だったのか」というのには曖昧な点が残ります。
- いずれにせよ本項目の修正まではあと一ヵ月程度間隔を明けてからにします。Orichalcum 2010年5月8日 (土) 16:50 (UTC)
- どうしても複雑になるなら、「都道府県の人口一覧」の参考としての役割を果たせなくなり、不必要になると思います。しかし、逆に複雑なら、「北海道の区分」を扱うような記事において、理解を助けるための資料になりうると思われます。--CosA 2010年5月9日 (日) 10:25 (UTC)
過去の都道府県別人口
どうせなら過去のセンサス等をすべて載せてしまった方が良いと思い、以下の表を作ってみました。現在の項目は人口で色分けされていますが、人口は数字を見ればすぐ分かるので、「順位」で色分けしてみました。Orichalcum 2010年5月10日 (月) 17:27 (UTC) 幾つか誤りが見つかったので修正しました。改称だけの項目の他、一部表を統合しました。Orichalcum 2010年5月11日 (火) 08:15 (UTC)
1948年~2005年
以下に1950年(昭和25年)から2005年(平成17年)まで10月1日に実施された国勢調査と、1948年(昭和23年)8月1日に実施された常住人口調査による都道府県別の常住人口をまとめる。常住人口とは当該地区(常住地)に3か月以上にわたって住んでいるか、又は住むことになっている人口であり、常住地を持たない者についても調査時現在居た場所における常住人口に含む。沖縄県は1972年(昭和47年)5月15日に日本国へ復帰しているが、それ以前に米軍占領下で実施された国勢調査の結果については別表にまとめる。
■ : 人口最大の都道府県
■ : 人口上位2位~5位の都道府県
■ : 人口上位6位~15位の都道府県
■ : 人口下位6位~15位の都道府県
■ : 人口下位2位~5位の都道府県
■ : 人口最少の都道府県
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- 1952年(昭和27年)2月10日、トカラ列島南部(大島郡十島村)が日本へ復帰し、鹿児島県に編入される。
- 1953年(昭和28年)12月25日、奄美群島が日本へ復帰し、鹿児島県に編入される。
- 1960年(昭和35年)10月1日の国勢調査においては、長野県西筑摩郡山口村と岐阜県中津川市の境界紛争地域人口73人は全国に含まれ、長野県及び岐阜県の人口には含まれない。
- 1968年(昭和43年)6月26日、小笠原諸島が日本へ復帰し、東京都に編入される。
- 1972年(昭和47年)5月15日、沖縄が日本へ復帰し、沖縄県が発足する。
- 沖縄においては、琉球列島米国軍政府(1945年(昭和20年)4月1日~1950年(昭和25年)12月14日)、琉球列島米国民政府(1950年(昭和25年)12月15日~1972年(昭和47年)4月14日)の下で国勢調査(1950年(昭和25年)12月1日、1960年(昭和35年)12月1日、1970年(昭和45年)10月1日)と臨時国勢調査(1955年(昭和30年)12月1日、1965年(昭和40年)10月1日)が合計5回実施されている。以下に調査結果をまとめる。1950年の国勢調査には、復帰前の奄美群島(十島村を含む)の人口21万6110人が含まれ、また調査対象は常住人口ではなく現在人口である。
地区
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1970年 10月1日 |
1965年 10月1日 |
1960年 12月1日 |
1955年 12月1日 |
1950年 12月1日 |
---|---|---|---|---|---|
沖縄/全琉球 | 945,111 | 934,176 | 883,122 | 801,065 | 914,937 |
沖縄群島 | 839,787 | 812,339 | 759,341 | 678,017 | 580,223 |
奄美群島 | 216,110 | ||||
宮古群島 | 60,953 | 69,825 | 72,339 | 75,392 | 74,618 |
八重山群島 | 44,371 | 52,012 | 51,442 | 47,656 | 43,986 |
- 以下に北海道の支庁別人口をまとめる。なお国勢調査では郡部の人口の集計のみを支庁の人口として扱っているが、ここでは北海道が公表している様式である、市部の人口を含めた値を支庁の人口とする。
- ここに上の表を挿入する
1920年~1947年
以下に1920年(大正9年)から1940年(昭和15年)まで10月1日に実施された国勢調査と、1944年(昭和19年)2月22日、1945年(昭和20年)11月1日、1946年(昭和21年)4月26日に実施された人口調査、1947年(昭和22円)10月1日に実施された臨時国勢調査による都道府県別の現在人口をまとめる。現在人口とは、調査日の午前零時における当該地区(現在地)の人口のことであり、宿泊中・入港中の人員は外国人を含めすべて調査時現在居た場所における現在人口に含む。樺太は1943年(昭和18年)4月1日に樺太庁として内地へ移管されており、1944年の人口調査では樺太庁として項目が設けられた。1945年(昭和20年)の終戦以降、沖縄県と樺太庁は日本政府の管轄を離れる。
なお1945年中頃から1946年始め頃まで、東京都を抑えて北海道庁が全国一人口の多い都庁府県となる。
■ : 人口最大の都道庁府県
■ : 人口上位2位~5位の都道庁府県
■ : 人口上位6位~15位の都道庁府県
■ : 人口下位6位~15位の都道庁府県
■ : 人口下位2位~5位の都道庁府県
■ : 人口最少の都道庁府県
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- 1940年(昭和15年)10月1日の国勢調査、1944年(昭和19年)2月22日、1945年(昭和20年)11月1日の人口調査では軍人・軍属等の人口が除外されている。また1945年(昭和20年)11月1日と1946年(昭和21年)4月26日の人口調査では韓国・朝鮮・台湾以外の国籍の外国人の人口が除外されている。
- 1943年(昭和18年)4月1日、樺太が内地へ樺太庁として移管されるが、1945年(昭和20年)8月28日までにソビエト連邦に占領され、以降日本の管轄を離れる。
- 1943年(昭和18年)7月1日、東京府が廃止され、東京都が発足する。
- 1944年(昭和19年)2月22日の人口調査においては、調査結果の散逸があり、都道府県別人口と内地の全国人口が合致しない。
- 1945年(昭和20年)11月1日以降の調査では、樺太全域、北海道国後郡、色丹郡、紗那郡、択捉郡、蘂取郡、得撫郡、新知郡、占守郡、花咲郡歯舞村のうち志発島・多楽島・水晶島・勇留島・秋勇留島、東京都小笠原島、鹿児島県大島郡、沖縄県全域が除外される。
- 1946年(昭和21年)10月3日、トカラ列島北部(大島郡三島村)が日本へ復帰し、鹿児島県に編入される。
- 1947年(昭和22年)5月3日、北海道庁が廃止され、北海道が発足する。なお北海道庁時代も通常は北海道庁とは呼ばずに北海道と称していた。以下に北海道/北海道庁の支庁別人口をまとめる。
- ここに上の表を挿入する
- 以下に1920年(大正9年)から1944年(昭和19年)までの大日本帝国の人口をまとめる。
統治区
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1944年 2月22日 |
1940年 10月1日 |
1935年 10月1日 |
1930年 10月1日 |
1925年 10月1日 |
1920年 10月1日 |
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内地 | 73,456,141 | 73,114,308 | 69,254,148 | 64,450,005 | 59,736,822 | 55,963,053 |
樺太 | 内地編入 | 414,891 | 331,943 | 295,196 | 203,754 | 105,899 |
台湾 | 6,220,199 | 5,872,084 | 5,212,426 | 4,592,537 | 3,993,408 | 3,655,308 |
朝鮮 | 25,917,881 | 24,326,327 | 22,899,038 | 21,058,305 | 19,522,945 | 17,264,119 |
帝国 | 105,594,221 | 103,727,610 | 97,697,555 | 90,396,043 | 83,456,929 | 76,988,379 |
関東州及満鉄附属地 (租借地) |
n.a. | 1,889,123 | 1,656,726 | 1,328,011 | 1,054,074 | 939,952 |
南洋群島 (委任統治領) |
n.a. | 131,258 | 102,537 | 69,626 | 56,294 | 52,222 |
租借地及委任統治領 を含む帝国全土 |
n.a. | 105,747,991 | 99,456,818 | 91,793,680 | 84,567,297 | 77,980,553 |
1884年~1918年
以下に1884年(明治17年)1月1日調から1897年(明治30年)12月31日調まで内務省によって毎年まとめられた『日本全国戸口表』(明治17年1月1日調、明治18年1月1日調)、『日本全国民籍戸口表』(明治19年1月1日調)、『日本帝国民籍戸口表』(明治19年~30年12月31日調)、及び1898年(明治31年)12月31日調から1918年(大正7年)12月31日調まで内閣統計局によって5年毎にまとめられた『日本帝国人口統計』(明治31年12月31日調)、『日本帝国人口静態統計』(明治36年~大正7年12月31日調)に記載された現住人口(甲種)をまとめる。現住人口(甲種)とは、本籍人口より出入寄留者、逃亡失踪者、陸海軍の兵営艦船に在る者、監獄に在る者、外国行きの者を加除して得た人口であり、戸籍から遺漏した人口は含まれない。また戸籍抹消の手続きの不備により、実際の人口は現住人口よりも少ないとみられる。
なお1883年(明治16年)中頃から1887年(明治20年)11月3日までは大阪府が、大阪府から奈良県が分離した1887年(明治20年)11月4日から1893年(明治26年)3月31日までは新潟県が、神奈川県より多摩三郡が東京府に移管された1893年(明治26年)4月1日以降は東京府が庁府県別人口1位であった。
■ : 人口最大の庁府県
■ : 人口上位2位~5位の庁府県
■ : 人口上位6位~15位の庁府県
■ : 人口下位6位~15位の庁府県
■ : 人口下位2位~5位の庁府県
■ : 人口最少の庁府県
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- 1885年(明治18年)と1886年(明治19年)は出入寄留者と逃亡失踪者、1884年(明治17年)は出入寄留者のみの加除で現住人口(甲種)が計算されている。
- 1886年(明治19年)1月26日、札幌県、函館県、根室県が廃止、統合され、北海道庁が発足する。
- 1887年(明治20年)5月25日、福島県東蒲原郡が新潟県に移管される。
- 1887年(明治20年)11月4日、大阪府の大和国域が分離し、奈良県が再発足する。
- 1888年(明治21年)12月3日、愛媛県の讃岐国域が再分離し、香川県が再々発足する。
- 1893年(明治26年)4月1日、神奈川県の多摩三郡(北多摩郡、西多摩郡、南多摩郡)が東京府に移管される。
- 以下に北海道庁の支庁別人口をまとめる。
- ここに上の表を挿入する 1897年以前の北海道庁の支庁別人口は、現住人口による集計が見つかりません。
1872年~1883年
以下に1872年3月8日(明治5年旧暦1月29日)調から1883年(明治16年)1月1日調まで内務省によってまとめられた「日本全国戸籍表」(明治5年~9年)、「日本全国戸口表」(明治10、11年)、「日本全国郡区分人口表」(明治12年)、「日本全国人口表」(明治13、14年)、「日本全国戸口表」(明治15、16年)に記載された本籍人口をまとめる。
なお行政の区割りが流動的であったため、廃藩置県が行われた1871年8月29日(明治4年旧暦7月14日)から1871年12月25日(明治4年旧暦11月14日)までは金沢県が、1871年12月26日(明治4年旧暦11月15日)から1872年1月1日(明治4年旧暦11月21日)までは名古屋県が、1872年1月2日(明治4年旧暦11月22日)から1872年12月26日(明治5年旧暦11月26日)までは広島県が、額田県が愛知県に吸収された1872年11月27日(明治5年旧暦11月27日)から1873年(明治6年)2月19日までは愛知県が、香川県が名東県に吸収された1873年(明治6年)2月20日から1873年(明治6年)6月9日までは名東県が、柏崎県が新潟県に吸収された1873年(明治6年)6月10日から1876年(明治9年)8月20日までは新潟県が、敦賀県が石川県に吸収された1876年(明治9年)8月21日から1881年(明治14年)2月6日までは石川県が、石川県から福井県が分離した1881年(明治14年)2月7日から1883年(明治16年)中頃までは再び新潟県が最大の人口を有する使府藩県となっている。
第一次府県統合(1使3府72県)は1872年1月2日(明治4年旧暦11月22日)に完了しており、本項目における使府藩県別人口の変遷はこれ以降を対象とする。
■ : 人口最大の使府藩県
■ : 人口上位2位~5位の使府藩県
■ : 人口上位6位~15位の使府藩県
■ : 人口下位6位~15位の使府藩県(小笠原島を除く)
■ : 人口下位2位~5位の使府藩県(小笠原島を除く)
■ : 人口最少の使府藩県(小笠原島を除く)
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- ここに記載した本籍人口は皇族を含むが、1872年3月8日(明治5年旧暦1月29日)の本籍人口に関しては皇家3人が集計より脱落しているものの、そのまま記載した。なお本籍人口に関しては「日本帝国人口静態統計」(明治41年)や「新以後帝国統計材料彙纂」(大正2年)、あるいは「日本帝国統計年鑑」などに修正された人口が幾つか記載されているが、何れも修正内容に一貫性がないため、原表と原表に書き込まれた修正の跡のみを参考にした。
- 1872年3月17日(明治5年旧暦2月9日)、松山県が石鉄県に改名する。1872年4月4日(明治5年旧暦2月27日)、長浜県が犬上県に改名する。1872年4月24日(明治5年旧暦3月17日)、安濃津県が三重県に改名する。1872年5月8日(明治5年旧暦4月2日)、名古屋県が愛知県に改名する。1872年7月4日(明治5年旧暦5月29日)、伊万里県が佐賀県に改名する。1872年7月12日(明治5年旧暦6月7日)、深津県が小田県に改名する。1872年7月19日(明治5年旧暦6月14日)、熊本県が白川県に改名する。1872年7月28日(明治5年旧暦6月23日)、宇和島県が神山県に改名する。なお1872年3月8日(明治5年旧暦1月29日)調の「日本全国戸籍表」では改名前の松山県、長浜県、安濃津県、名古屋県、伊万里県、深津県、熊本県、宇和島県ではなく、改名後の石鉄県、犬上県、三重県、愛知県、佐賀県、小田県、白川県などの呼称が使われており、本表中にも改名前の呼称を掲載しなかった。
- 1872年9月19日(明治5年8月17日)、佐賀県の対馬国域が長崎県へ移管される。なお1872年3月8日(明治5年旧暦1月29日)調の佐賀県、長崎県の本籍人口は、移管後の領域で算出されている。
- 1872年10月16日(明治5年旧暦9月14日)、明治政府は琉球国を廃して琉球藩を設置する。なお1872年3月8日(明治5年旧暦1月29日)調の琉球藩の本籍人口は、1873年(明治6年)2月調の琉球藩の本籍人口で代用されている。
- 1872年10月25日(明治5年旧暦9月23日)、青森県の渡島国四郡(爾志郡、檜山郡、津軽郡、福島郡)が開拓使に移管される。なお1872年3月8日(明治5年旧暦1月29日)調の開拓使の本籍人口は、1873年(明治6年)1月1日調の開拓使の本籍人口で代用されている。また1872年3月8日(明治5年旧暦1月29日)調の青森県の本籍人口には、これらの移管された地域の人口が加算されていない。
- 1872年10月27日(明治5年旧暦9月25日)、七尾県が廃止、分割され、越中国域が新川県の、能登国域が石川県の管轄となる。
- 1872年10月30日(明治5年旧暦9月28日)、犬上県が廃止され、滋賀県の管轄となる。
- 1872年12月27日(明治5年旧暦11月27日)、額田県が廃止され、愛知県の管轄となる。
- 1873年(明治6年)1月4日、足羽県が廃止され、敦賀県の管轄となる。
- 1873年(明治6年)1月15日、八代県が廃止され、白川県の管轄となる。同日、美々津県と都城県が廃止され、日向国域が宮崎県として発足し、大隅国域が鹿児島県の管轄となる。
- 1873年(明治6年)2月20日、香川県が廃止され、名東県の管轄となる。同日、石鉄県と神山県が廃止され、愛媛県が発足する。
- 1873年(明治6年)6月10日、柏崎県が廃止され、新潟県の管轄となる。
- 1873年(明治6年)6月15日、印旛県と木更津県が廃止、統合され、千葉県が発足する。同日、群馬県と入間県が廃止、統合され、熊谷県が発足する。同日、宇都宮県が廃止され、栃木県の管轄となる。
- 1875年(明治8年)5月7日、新治県が廃止、分割され、常陸国域が茨城県の、下総国域が千葉県の管轄となる。同日、千葉県の結城郡、豊田郡、岡田郡、猿島郡、西葛飾郡、北相馬郡が茨城県に、千葉県中葛飾郡が埼玉県に移管される。同日、千島・樺太交換条約により開拓使は樺太を失い、千島列島を編入する。
- 1875年(明治8年)8月31日、酒田県が鶴岡県に改名する。
- 1875年(明治8年)9月5日、名東県の讃岐国域が分離し、香川県が再発足する。
- 1875年(明治8年)11月22日、水沢県が磐井県に改名する。
- 1875年(明治8年)12月10日、小田県が廃止され、北条県の管轄となる。
- 1876年(明治9年)2月22日、白川県が熊本県へ再び改名する。
- 1876年(明治9年)4月18日、足柄県が廃止、分割され、相模国域が神奈川県の、伊豆国域が静岡県の管轄となる。同日、度会県が廃止され、三重県の管轄となる。同日、磐井県が廃止、分割され、陸中国域が岩手県の、陸前国域が宮城県の管轄となる。同日、奈良県が廃止され、堺県の管轄となる。同日、新川県(現在の富山県に相当)が廃止され、石川県の管轄となる。同日、相川県が廃止され、新潟県の管轄となる。同日、浜田県が廃止され、島根県の管轄となる。同日、北条県が廃止され、岡山県の管轄となる。同日、岡山県の備後国域が広島県に移管される。同日、小倉県が廃止され、福岡県の管轄となる。同日、佐賀県が廃止され、三潴県の管轄となる。
- 1876年(明治9年)5月25日、青森県二戸郡と宮城県気仙郡が岩手県に移管される。
- 1876年(明治9年)8月21日、熊谷県が廃止され、上野国域が群馬県として再発足し、武蔵国域が埼玉県の管轄となる。同日、栃木県の上野国域が群馬県に移管される。同日、浜松県が廃止され、静岡県の管轄となる。同日、筑摩県が廃止、分割され、信濃国域が長野県の、飛騨国域が岐阜県の管轄となる。同日、若松県が廃止され、福島県の管轄となる。同日、磐前県が廃止、分割され、大部分が福島県の、刈田郡、伊具郡、亘理郡が宮城県の管轄となる。同日、鶴岡県と置賜県が廃止され、山形県の管轄となる。同日、敦賀県(現在の福井県に相当)が廃止され、越前国域の大部分が石川県の、若狭国域と越前国敦賀郡が滋賀県の管轄となる。同日、豊岡県が廃止、分割され、但馬国域と丹波国氷上郡、多紀郡が兵庫県の、丹後国域と但馬国天田郡が京都府の管轄となる。同日、飾磨県が廃止され、兵庫県の管轄となる。同日、鳥取県が廃止され、島根県の管轄となる。同日、名東県が廃止、分割され、阿波国域が高知県へ、淡路国域が兵庫県の管轄となる。同日、香川県が再び廃止され、愛媛県の管轄となる。同日、福岡県の下毛郡、宇佐郡が大分県へ移管される。同日、三潴県が廃止され、肥前国域が長崎県の、筑後国域が福岡県の管轄となる。同日、宮崎県が廃止され、鹿児島県の管轄となる。
- 1878年(明治11年)1月11日、静岡県伊豆七島が東京府に移管される。
- 1879年(明治12年)3月11日、琉球藩が廃止され、沖縄県が発足する。なお1879年(明治12年)1月1日調の「日本全国郡区分人口表」では琉球藩ではなく、まだ成立前の沖縄県の呼称が使われている。1879年(明治12年)1月1日調の沖縄県の本籍人口は、1880年(明治13年)1月1日調の沖縄県本籍人口で代用されている。明治政府の人口調査により、それ以前の琉球藩時代は、人口のほぼ半分が未登録であったことが判明した。
- 1880年(明治13年)3月2日、高知県の阿波国域が分離し、徳島県が発足する。
- 1880年(明治13年)10月8日、小笠原島が東京府の管轄となる。
- 1881年(明治14年)2月7日、堺県が廃止され、大阪府の管轄となる。同日、石川県と滋賀県の越前国域と若狭国域が分離し、福井県が再発足する。
- 1881年(明治14年)9月12日、島根県の因幡国域、伯耆国域が分離し、鳥取県が再発足する。
- 1882年(明治15年)2月8日、開拓使が廃止、分割され、札幌県、函館県、根室県が発足する。
- 1883年(明治16年)5月9日、石川県の越中国域が分離し、富山県が発足する。同日、鹿児島県の日向国域が分離し、宮崎県が再発足する。
- 1883年(明治16年)8月21日、長崎県の基肄郡、養父郡、三根郡、神埼郡、佐賀郡、小城郡、杵島郡、藤津郡、東松浦郡、西松浦郡が分離し、佐賀県が再発足する。Orichalcum 2010年5月10日 (月) 17:27 (UTC)Orichalcum 2010年5月11日 (火) 08:15 (UTC)
- 私は、基本的に過去の統計を載せることには、反対です。その主な理由は、多くのものを載せるのと、見にくくなるからです。私個人としては、基本的に国の人口順リスト、日本の市の人口順位、日本の町の人口順位、日本の村の人口順位の記事と同じように、新しい統計だけで十分で、必要なら過去の差分や、推移を別記事として作るというスタイルがベストだと考えております。(ただし、都道府県は、国や市などよりも数が少ないので、参考程度に過去の統計を載せるのはありだと考えております。)--CosA 2010年5月11日 (火) 12:02 (UTC)
- 昼間人口や都道府県庁所在地と政令指定都市の人口順位では過去の統計による人口が表にまとまっています。少なくとも昼間人口よりは都道府県別人口の方がも過去の統計の要求が多いと思われますが、現状では一部の限られた時期の人口が、都道府県の範囲が異なることが意識されずに引用されています。
- ただ、本項目が煩雑になるというのであれば、別項目を作って、2005年以前の人口変遷をまとめようと思います。Orichalcum 2010年5月15日 (土) 09:21 (UTC)
過去の都道府県別人口(2)
ご勝手ながら、恐らく文章量と私のパソコンスペックの影響でうまく書き込めなくなったので、新しいセクションで書かせていただきます。
昼間人口と都道府県庁所在地と政令指定都市の人口順位を見ました。私個人の意見としては、昼間人口はいいのですが、都道府県庁所在地と政令指定都市の人口順位は、最初見た時若干見づらいと感じました。ただし、表示方法が工夫されており、煩雑さをある程度解消しているように思えます。
都道府県の範囲による問題は、注意書きで対応できると思います。また、別に2005年以前の人口変遷をまとめるとのことですが、そのときは、人口変遷のセクションとTemplate:Seeを使うことで、過去の統計の要求にも対応できるのではないかと思います。--CosA 2010年5月15日 (土) 14:56 (UTC)
大分予定よりも遅れましたが、過去の都道府県の人口一覧という項目を新規に作成しました。これに伴い、本項目の過去の比較の表の一部を削除しました。また過去4年間の国が発表の推計人口(10月1日)、都道府県が発表の推計人口(10月1日)、住民票による人口(3月31日)に分類して、別個にまとめたいと思うのですが、どうでしょうか?Orichalcum 2010年12月4日 (土) 09:20 (UTC)
- お疲れ様です。都道府県の人口一覧と過去の都道府県の人口一覧の2種類の記事が存在することで、都道府県の人口一覧が情報過多で見難くならなくなるうえに、現在の情報が知りたい人、過去の推移を知りたい人のどちらの側にもより分かりやすくなるであろうというメリットがあり、いいことだと思います。
- 推計人口に関してですが、都道府県の人口一覧の記事としては、最新(2009年or2010年)だけあればいいと思いますので、別個の記事としてまとめるのはいいことだと思います。また、別個にするのなら過去4年間にこだわる必要性もなく、例えば、2000年代を全ての統計があるのなら、2000年代の都道府県の推計人口としてまとめるなんてこともできると思います。私個人としても、2010年の国勢調査の結果が発表された後、2006年から2009年の推計人口を別記事としてまとめようかなと考えておりましたので、Orichalcumさんがそれをやっていただけるのだとしたら、こちらとしても助かります。--CosA 2010年12月4日 (土) 11:38 (UTC)