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麟州 (神木市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

麟州(りんしゅう)は、中国にかつて存在した唐代から金代にかけて、現在の陝西省神木市一帯に設置された。

概要

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724年開元12年)、唐により勝州連谷銀城の2県を分割して麟州が置かれた。726年(開元14年)、麟州は廃止された。742年天宝元年)、再び麟州が置かれた[1]。同年、麟州は新秦郡と改称された。758年乾元元年)、新秦郡は麟州の称にもどされた。麟州は関内道に属し、新秦・連谷・銀城の3県を管轄した[2]

967年乾徳5年)、北宋により麟州に建寧軍節度が置かれた。988年端拱元年)、建寧軍節度は鎮西軍節度と改称された。1114年政和4年)、連谷・銀城の2県が廃止され、新秦県に編入された。麟州は河東路に属し、新秦県と大和寨と大和堡を管轄した[3]

金のとき、麟州と新秦県は廃止され、晋寧軍に編入された。1182年大定22年)、晋寧軍は晋寧州に昇格した。1184年(大定24年)、晋寧州は葭州と改称された。

脚注

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  1. ^ 新唐書』地理志一
  2. ^ 旧唐書』地理志一
  3. ^ 宋史』地理志二