太平府 (安徽省)
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太平府(たいへいふ)は、中国にかつて存在した府。元末から民国初年にかけて、現在の安徽省馬鞍山市と蕪湖市にまたがる地域に設置された。
概要
[編集]937年(昇元元年)、南唐により江寧府当塗県に建平軍が置かれた。957年(保大15年)、建平軍は雄遠軍と改称された。
977年(太平興国2年)、北宋により雄遠軍は太平州と改められた。太平州は江南東路に属し、当塗・蕪湖・繁昌の3県を管轄した[1]。
1277年(至元14年)、元により太平州は太平路に昇格した。太平路は江浙等処行中書省に属し、録事司と当塗・蕪湖・繁昌の3県を管轄した[2]。1355年、朱元璋により太平路は太平府と改められた。
明のとき、太平府は南直隷に属し、当塗・蕪湖・繁昌の3県を管轄した[3]。
清のとき、太平府は安徽省に属し、当塗・蕪湖・繁昌の3県を管轄した[4]。