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郡津

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
日本 > 大阪府 > 交野市 > 郡津
郡津
郡津の位置(大阪府内)
郡津
郡津
郡津の位置
北緯34度47分43.5秒 東経135度40分28秒 / 北緯34.795417度 東経135.67444度 / 34.795417; 135.67444
日本の旗 日本
都道府県 大阪府
市町村 交野市
面積
 • 合計 0.862752 km2
人口
2024年〈令和6年〉3月31日現在)[2]
 • 合計 6,621人
 • 密度 7,700人/km2
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
576-0053[3]
市外局番 072(寝屋川MA[4]
ナンバープレート 大阪[5]

郡津(こうづ[3]、こおづ[6])は、大阪府交野市の地名。1丁目から5丁目まである。郵便番号は576-0053。

地理

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交野市の北部に位置する[7]。北から東にかけて枚方市・幾野、南に私部、西に京阪交野線を挟んで梅が枝・松塚と隣接している[7]

河川

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歴史

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室町時代河内国交野郡の郷として郡戸郷があった[6]

長禄2年(1458年)9月、『経覚私要抄』に「コウツト云里ヲハ悉被焼払了」とあり、郡津が焼き払われている[6]石清水八幡宮神人が下知に従わず新関を設けるなどしたため、幕府の命で神人の地が焼き払われており、郡津も同様に焼かれたとみられる[6]

天正11年(1583年)8月の豊臣秀吉判物には「河州交野郡郡戸村五百三十三石六斗」と記されており、片桐貞隆が郡津などに知行を与えられていることが分かる[6][10]

江戸時代の村名は郡津村といった[6]。なお、村名の表記について、文化元年(1804年)に大坂町奉行の命で「郡津」に改めるまでは郡門村と書いたともされる[11]

郡津村は、寛永年間(16241644年)以降、大和小泉藩片桐氏山城淀藩永井氏相給で、正保年間(16441648年)の村高783石のうち、550石が小泉藩領で、233石が淀藩領だった[6]。小泉藩領は延宝2年(1674年)より旗本下条氏領(下条氏は寛保3年〈1743年〉に片桐に改姓)となっており、淀藩領は万治元年(1658年)に旗本永井氏領、貞享4年(1687年)に幕府領、元禄7年(1694年)に相模小田原藩大久保氏領となっている[6]

郡津の集落を南北に東高野街道が通り[6]貝原益軒の『南遊紀行』に「香津の茶屋」と出てくる[6][12]。また、『五畿内志』には「郡門」という表記が見られる[6]

1881年明治14年)、郡津村は大阪府の所属となり、1889年(明治22年)、交野村の大字郡津となった[6]

地名の由来

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古代交野郡の郡衙の門前の村だったことに由来するという[6][11]。当初は「郡門村」と書いて「こうど村」と読んだとされ、その後「こうづ」に変化した後、表記も「郡津」に改められたとされる[11]

沿革

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世帯数と人口

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2024年令和6年)3月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

丁目 世帯数 人口
郡津1丁目 897世帯 2,025人
郡津2丁目 540世帯 1,299人
郡津3丁目 504世帯 1,109人
郡津4丁目 375世帯 919人
郡津5丁目 594世帯 1,269人
2,892世帯 6,621人

学区

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市立の小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[20]

町丁 番・番地等 小学校 中学校
郡津1丁目 1–3番、37–43番 交野市立交野みらい小学校 交野市立第一中学校
郡津1丁目 4–36番、44–70番 交野市立郡津小学校 交野市立第二中学校
郡津2–5丁目 全域

郡津1丁目1–3番、37–43番は、2025年(令和7年)4月より郡津小学校区となる[20]

施設

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交通

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鉄道

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バス

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  • おりひめバス - 2024年9月より実証運行中[30]

道路

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脚注

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  1. ^ 大阪府交野市 (27230) | 国勢調査町丁・字等別境界データセット”. Geoshapeリポジトリ. ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター. 2024年11月4日閲覧。
  2. ^ a b 住民記録 人口世帯集計表”. 交野市ホームページ. 交野市の人口・世帯数(令和5年度分). 交野市 (2024年4月3日). 2024年11月4日閲覧。
  3. ^ a b 大阪府 交野市の郵便番号”. 日本郵便株式会社. 2024年11月4日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2024年11月4日閲覧。
  5. ^ 運輸支局等・自動車検査登録事務所と管轄地域”. 近畿の運輸支局・自動車検査登録事務所の管轄地域. 近畿運輸局 (2023年6月8日). 2024年11月4日閲覧。
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1983, p. 475.
  7. ^ a b c GoogleマップおよびMapionによる。2024年11月4日閲覧。
  8. ^ がらと川 (8606040150) 淀川水系 地図 | 国土数値情報河川データセット”. Geoshapeリポジトリ. ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター. 2024年11月4日閲覧。
  9. ^ 免除川 (8606040152) 淀川水系 地図 | 国土数値情報河川データセット”. Geoshapeリポジトリ. ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター. 2024年11月4日閲覧。
  10. ^ 東京帝国大学文学部史料編纂所 編『大日本史料 第十一編之四東京帝国大学、1932年、848–849頁。全国書誌番号:73016139https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3450627/469 
  11. ^ a b c 交野市史編纂委員会 編『交野市史 民俗編』交野市、1981年、352–353頁。全国書誌番号:82023560 
  12. ^ 柳田国男 校訂『紀行文集博文館〈帝国文庫(第二十二篇)〉、1930年、130頁。全国書誌番号:47025220https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1181378/75 
  13. ^ a b 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1983, p. 365.
  14. ^ 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1983, pp. 189, 475, 1124.
  15. ^ 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1983, pp. 112, 475.
  16. ^ Ⅰ地勢”. 交野市ホームページ. 交野市統計書「統計時報」. 交野市 (2024年5月17日). 2024年11月4日閲覧。
  17. ^ 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1983, pp. 365, 442, 475.
  18. ^ 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1983, pp. 475, 1124.
  19. ^ 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1983, pp. 189, 475.
  20. ^ a b 交野市立小・中学校 校区表”. 交野市ホームページ. 交野市 (2022年4月1日). 2024年11月4日閲覧。
  21. ^ 交野市立交野みらい小学校”. 2024年11月4日閲覧。
  22. ^ 交野みらい学園について”. 交野市ホームページ. 交野市 (2024年10月7日). 2024年11月4日閲覧。
  23. ^ 郡津小学校”. 交野市ホームページ. 交野市 (2024年2月20日). 2024年11月4日閲覧。
  24. ^ 園について”. かたのようちえん. 交野幼稚園. 2024年11月4日閲覧。
  25. ^ 交野女子学院”. マピオン電話帳. 株式会社ONE COMPATH. 2024年11月4日閲覧。
  26. ^ 郡津神社”. マピオン電話帳. 株式会社ONE COMPATH. 2024年11月4日閲覧。
  27. ^ 明遍寺”. マピオン電話帳. 株式会社ONE COMPATH. 2024年11月4日閲覧。
  28. ^ 極楽寺”. マピオン電話帳. 株式会社ONE COMPATH. 2024年11月4日閲覧。
  29. ^ 郡津(こうづ):駅情報”. 京阪グループ. 2024年11月4日閲覧。
  30. ^ 交野市北部巡回バス実証運行「おりひめバス」の開始について”. 交野市ホームページ. 交野市 (2024年8月14日). 2024年11月4日閲覧。

参考文献

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