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「金華府」の版間の差分

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== 概要 ==
== 概要 ==
[[1358年]]、[[朱元璋]]により[[婺州路]]が'''寧越府'''と改められた。[[1360年]]、寧越府は金華府と改称された。[[明]]のとき、金華府は浙江省に属し、[[城区|金華]]・[[蘭谿市|蘭谿]]・[[金東区|東陽]]・[[義烏市|義烏]]・[[永康市|永康]]・[[武義県|武義]]・[[浦江県|浦江]]・[[城区|湯渓]]の8県を管轄した<ref>『[[明史]]』地理志五</ref>。
[[1358年]]、[[朱元璋]]により[[婺州路]]が'''寧越府'''と改められた。[[1360年]]、寧越府は金華府と改称された。[[明]]のとき、金華府は浙江省に属し、[[城区|金華]]・[[蘭谿市|蘭谿]]・[[金東区|東陽]]・[[義烏市|義烏]]・[[永康市|永康]]・[[武義県|武義]]・[[浦江県|浦江]]・[[城区|湯渓]]の8県を管轄した<ref>『[[明史]]』地理志五</ref>。


[[清]]のとき、金華府は浙江省に属し、金華・蘭谿・東陽・義烏・永康・武義・浦江・湯渓の8県を管轄した<ref>『[[清史稿]]』地理志十二</ref>。
[[清]]のとき、金華府は浙江省に属し、金華・蘭谿・東陽・義烏・永康・武義・浦江・湯渓の8県を管轄した<ref>『[[清史稿]]』地理志十二</ref>。

2021年3月1日 (月) 05:16時点における版

中国地名の変遷
建置 1360年
使用状況 金華府
三国東陽郡
西晋東陽郡
東晋十六国東陽郡
南北朝東陽郡
縉州
婺州
東陽郡
婺州
東陽郡
婺州
五代婺州
北宋/婺州
南宋/婺州
婺州路
寧越府
金華府
金華府
金華府
中華民国金華道
現代第八行政区
金華専区
金華地区
金華市

金華府(きんかふ)は、中国にかつて存在した末から民国初年にかけて、現在の浙江省金華市一帯に設置された。

概要

1358年朱元璋により婺州路寧越府と改められた。1360年、寧越府は金華府と改称された。のとき、金華府は浙江省に属し、金華蘭谿東陽義烏永康武義浦江湯渓の8県を管轄した[1]

のとき、金華府は浙江省に属し、金華・蘭谿・東陽・義烏・永康・武義・浦江・湯渓の8県を管轄した[2]

1913年中華民国により金華府は廃止された。

脚注

  1. ^ 明史』地理志五
  2. ^ 清史稿』地理志十二