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「ハングル」の版間の差分

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# '''儒教関連書''':李氏朝鮮が儒教を国教としたことにより、儒教関連書は李朝を通して盛んに刊行された。四書五経などの翻訳本として『翻訳[[小学]]』(1517年)、『[[大学 (書物)|大学]]諺解』(1590年)、『[[周易|易経]]諺解』(1606年)、『[[詩経]]諺解』(1613年)などがあり後世に重刊本も刊行された。また『[[三綱行実図]]諺解』(1481年)は儒教の民衆教化書として各種の版本が李朝後期まで何度も重刊されている。
# '''儒教関連書''':李氏朝鮮が儒教を国教としたことにより、儒教関連書は李朝を通して盛んに刊行された。四書五経などの翻訳本として『翻訳[[小学]]』(1517年)、『[[大学 (書物)|大学]]諺解』(1590年)、『[[周易|易経]]諺解』(1606年)、『[[詩経]]諺解』(1613年)などがあり後世に重刊本も刊行された。また『[[三綱行実図]]諺解』(1481年)は儒教の民衆教化書として各種の版本が李朝後期まで何度も重刊されている。
# '''実用書''':『[[救急方諺解]]』(1466年)、『[[救急簡易方]]』(1489年)、『[[牛馬羊猪染疫治療方]]』(1541年)、『[[分門瘟疫易解方]]』(1542年)などの医書・家畜防疫書がたびたび刊行されている。また、通訳官養成所である司訳院からは日本語学習書『[[伊路波]]』(1492年)、中国語学習書『[[翻訳老乞大]]』(16世紀)、[[満州語]]学習書『[[清語老乞大]]』(1704年)、[[モンゴル語]]学習書『[[蒙語老乞大]]』(1741年)などハングルで音を示した外国語学習書が刊行された。
# '''実用書''':『[[救急方諺解]]』(1466年)、『[[救急簡易方]]』(1489年)、『[[牛馬羊猪染疫治療方]]』(1541年)、『[[分門瘟疫易解方]]』(1542年)などの医書・家畜防疫書がたびたび刊行されている。また、通訳官養成所である司訳院からは日本語学習書『[[伊路波]]』(1492年)、中国語学習書『[[翻訳老乞大]]』(16世紀)、[[満州語]]学習書『[[清語老乞大]]』(1704年)、[[モンゴル語]]学習書『[[蒙語老乞大]]』(1741年)などハングルで音を示した外国語学習書が刊行された。
#'''文学作品''':ハングル創製初期以降にも『[[杜詩諺解]]』(1481年)などの翻訳漢詩集が刊行されている。ハングル使用が国家レベルで禁止された[[中宗 (朝鮮王)|中宗]]以降にも、{{Lang|ko|[[金絿]]}}(1488年-1534年)の「花田別曲」、[[李賢輔]]の「漁夫歌」、[[李滉]]の「陶山十二曲」の詩歌、{{Lang|ko|[[許イン|許筠]]}}の小説『[[洪吉童伝]]』、また日記文学『[[癸丑日記]]』『[[春香伝]]』『[[沈清伝]]』など[[パンソリ]]を起源とする小説がハングルによる書籍として刊行された。
#'''文学作品''':ハングル創製初期以降にも『[[杜詩諺解]]』(1481年)などの翻訳漢詩集が刊行されている。ハングル使用が国家レベルで禁止された[[中宗 (朝鮮王)|中宗]]以降にも、{{Lang|ko|[[金絿]]}}(1488年-1534年)の「花田別曲」、[[李賢輔]]の「漁夫歌」、[[李滉]]の「陶山十二曲」の詩歌、{{Lang|ko|[[許筠]]}}の小説『[[洪吉童伝]]』、また日記文学『[[癸丑日記]]』『[[春香伝]]』『[[沈清伝]]』など[[パンソリ]]を起源とする小説がハングルによる書籍として刊行された。


=== 近代開化期におけるハングル ===
=== 近代開化期におけるハングル ===

2020年8月27日 (木) 22:30時点における版

ハングル
ハングル
類型: 表音文字 (素性文字)
言語:

朝鮮語

チアチア語(Baubau市、廃止)
発明者: 世宗
時期: 1443年-1444年創製/1446年公布-現在
Unicode範囲: U+1100-U+11FF(ハングル字母)
U+3130-U+318F(ハングル互換字母)
U+AC00-U+D7AF(ハングル音節)
ISO 15924 コード: Hang
注意: このページはUnicodeで書かれた国際音声記号 (IPA) を含む場合があります。
テンプレートを表示
ハングル
チョソングル(チャ) / ウリグル(北)
各種表記
ハングル 한글
조선글(자)
우리글
漢字 韓㐎
朝鮮㐎(字)
우리㐎
発音
チョソ(チャ)
ウリグ
2000年式


MR式
Hangeul
Joseongeul(ja)
Urigeul
Han'gŭl
Chosŏn'gŭl(cha)
Urigŭl
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ハングル: 한글)は、朝鮮語を表記するための表音文字である。1446年李氏朝鮮第4代国王の世宗が「訓民正音」(: 훈민정음Hunmin Jeong-eum、略称: 正音)の名で公布したとされている。

意味は「偉大なる(ハン)·文字(グル)」である[1]が、「ハン」を「大韓帝国」の「ハン」とする説もある[2]

呼称

現在、大韓民国では「ハングル」、朝鮮民主主義人民共和国では「チョソングル(チャ)」(조선글(자)、「朝鮮文字」の意)もしくは「ウリグル」(우리글、「我々の文字」の意)と呼ぶ。

ハングル制定時の正式名称は「訓民正音」であったが、当初から卑語(朝鮮語)の文字という意味で「諺文オンムンハングル表記: 언문)」と呼んだ[1][3]。また、知識のない平民たち、女や子供が使う卑しい文字として「アムクル(女文字)」、「アヘグル(아해글、「子供文字」の意)」とも卑下されてきたといわれるが[3]、解例本に「諺」が通常語彙としてあるように、必ずしも卑称ではないとする見解もある[1]

諺文という卑下した名前を嫌って[4]「ハングル」の語が使われるようになったのは、1900年代である[5]周時経は1913年に、朝鮮語の研究会の名前を「ハングルモ」としている[6]。朝鮮語のローマ字表記の1つであるM-R式を考案したマッキューンライシャワーは、1939年当時に朝鮮語学会が「ハングル」、朝鮮語学研究会が「チョンウム(正音)」の語を使っていると述べている[7](なお、この論文ではハングルのハンを「一」と解釈して、Unified System と翻訳している)。

ラテン語表記では「Hangul」と表記されることが多いが、近年は2000年式に準拠した「Hangeul」という表記も使われている。英語圏では「Korean Alphabet」と呼ぶこともある。

中国では「諺文(簡体字: 谚文; 拼音: yànwén; 注音: ㄧㄢˋㄨㄣˊ)」もしくは「韓文」「朝鮮文字」と呼ぶ。

日本は古くから「諺文(げんぶん[8]、オンモン、언문)」また「朝鮮文字」と呼んでいたが、現在では「ハングル」という呼称が一般的である。

歴史

ハングルの創製

朝鮮半島では、15世紀半ばまで、自民族の言語である朝鮮語を表記する固有の文字を持たず、知識層は漢字を使用していた。口訣(こうけつ・くけつ)・吏読(りとう)など漢字を借りた表記法により断片的・暗示的に示されてきた。

李氏朝鮮第4代王の世宗は、朝鮮固有の文字の創製を積極的に推し進めた。しかし、その事業は当初から事大主義保守派に反発を受けた。世宗が設立した諮問機関の集賢殿副提学だった崔萬理は1444年に上疏文で、「昔から中国の諸地は風土が異なっても方言に基づいて文字を作った例はない。ただモンゴル西夏女真日本チベットのみが文字を持つが、これらはみな夷狄(野蛮人・未開人)のなすことであり、言うに足るものではない」「漢字(中国文字)こそ唯一の文字であり、民族固有の文字など有り得ない」と反対した。しかし、世宗はこのような反対を「これは文字ではない(中国文化に対する反逆ではない)、訓民正音(漢字の素養がないものに発音を教える記号)に過ぎない」と押し切り[9]鄭麟趾など集賢殿内の新進の学者に命じて1446年に訓民正音の名でハングルを頒布した。「民を訓(おし)える正しい音」の意である。 しかし使臣らの反発もあって押し通してまで創製したハングルはそれを広める機関も無く当時はあまり広まらなかった。

1543年、王命[10]によって刊行された『列女伝』のハングル翻訳版

1504年燕山君の暴政を誹謗するハングルの張り紙が各地で発見され、燕山君はハングルの教育や学習を禁止し、ハングルの書籍を焼却、ハングルを使用する者を弾圧した[11]。世宗時代に設置されていた正音庁は中宗年間の1507年に閉鎖されたが、ハングルの使用は禁止されることなく、民衆の書記手段として広まることになる。1490年に軍官の羅臣傑 (1461年~1524年) が妻の孟氏に送ったハングル書簡は現存最古のハングル書簡であり[12]、1998年に慶尚北道安東で発掘された李応台(1556年~1586年)の墓で亡くなった夫の死を悼む妻からのハングル書簡が発見された。『ウォンの父へ・・・丙戌 (1586年) 6月』と始まる長文の手紙である。 また17世紀に宋奎濂が自分の下男のキチュック(己丑の意)に書いた書簡などが残っている。

一方、ハングルは支配層でもよく使われ、王室をはじめ王・王妃の勅令や臣民への伝言、王・王妃と公主のハングル書簡・王族同士のやりとりしたハングルの手紙も残っている[13]。 また、宮廷や両班階級におけるハングルの使用もあり、国王の記したハングル書簡としては宣祖の『御筆諺簡』(1603年)筆写文献が現存している。 両班では李珥権好文金尚容ら両班の文化人が時調(詩歌)を詠む際にも、ハングルが利用された。文定王后仁穆王后などの諺文勅令や 明聖王后が都落ちする儒学者の宋時烈を引き止めるハングル書簡、1839年に憲宗の祖母・純元王后によるキリスト教禁止令である『斥邪綸音』をハングルで書いて公布した。

孝宗と三女・淑明公主のハングル書簡のやり取り。左側は淑明公主が父の孝宗に、右側は娘への返事
正祖が8歳の時に叔母・閔氏(洪楽仁の妻)に書いたハングル書簡

ハングルでの出版

ハングルはまず、発案者である世宗のもと国家的な出版事業において活用された。ハングルの創製直後1447年には王朝を讃える頌歌『竜飛御天歌』、仏を讃える頌歌『月印千江之曲』、釈迦の一代記である『釈譜詳節』が相次いで刊行され、次いで1448年には韻書『東国正韻』を刊行した。その後も国家によるハングル文献の刊行は続き、諺解書(中国書籍の翻訳書)を中心にその分野は仏典・儒教関連書・実用書など多岐にわたる。刊行された書籍は各地で覆刻され版を重ねることが少なくなかった。世祖の書簡『上院寺御牒』(1464年)もハングルである。


  1. 仏典:李朝初期には刊経都監が設置(1461年)され仏典翻訳が盛んに行われた。その後、国家によって仏教が弾圧されはじめたにもかかわらず、『楞厳経諺解』(1461年)、『法華経諺解』(1463年)、『金剛経諺解』(1464年)、『般若心経諺解』(1464年)、『円覚経諺解』(1465年)など、15世紀中頃に多くの仏典が刊行された。
  2. 儒教関連書:李氏朝鮮が儒教を国教としたことにより、儒教関連書は李朝を通して盛んに刊行された。四書五経などの翻訳本として『翻訳小学』(1517年)、『大学諺解』(1590年)、『易経諺解』(1606年)、『詩経諺解』(1613年)などがあり後世に重刊本も刊行された。また『三綱行実図諺解』(1481年)は儒教の民衆教化書として各種の版本が李朝後期まで何度も重刊されている。
  3. 実用書:『救急方諺解』(1466年)、『救急簡易方』(1489年)、『牛馬羊猪染疫治療方』(1541年)、『分門瘟疫易解方』(1542年)などの医書・家畜防疫書がたびたび刊行されている。また、通訳官養成所である司訳院からは日本語学習書『伊路波』(1492年)、中国語学習書『翻訳老乞大』(16世紀)、満州語学習書『清語老乞大』(1704年)、モンゴル語学習書『蒙語老乞大』(1741年)などハングルで音を示した外国語学習書が刊行された。
  4. 文学作品:ハングル創製初期以降にも『杜詩諺解』(1481年)などの翻訳漢詩集が刊行されている。ハングル使用が国家レベルで禁止された中宗以降にも、金絿(1488年-1534年)の「花田別曲」、李賢輔の「漁夫歌」、李滉の「陶山十二曲」の詩歌、許筠の小説『洪吉童伝』、また日記文学『癸丑日記』『春香伝』『沈清伝』などパンソリを起源とする小説がハングルによる書籍として刊行された。

近代開化期におけるハングル

開化期になると民族意識の高揚とともにハングルが広く用いられるようになる。慶應義塾の留学生多数を含む開化派福澤諭吉の高弟井上角五郎の協力により、朝鮮初の近代新聞(官報)である『漢城旬報』が1883年に刊行され[14]、その続刊である『漢城周報』(1886年創刊)では漢文のほかに漢字ハングル混合文、ハングルのみによる朝鮮文が採用された。16世紀初頭のハングル禁止令以来、それまで公的な文書においてハングルが正式に用いられることがなかった朝鮮において、政府の関与した文書にハングルで記された朝鮮文が採用された意義は大きい。

また、『漢城周報』では漢文的要素の強い朝鮮文である「国漢文」と呼ばれる新たな文体も同時に創作・採用された。国漢文の創作・採用に当たっては日本の漢文書き下し文の文体を参考にしたと見られるが、そのような経緯には福澤諭吉門下の井上角五郎の助力があったと見られる[14]。しかしながら、国漢文は漢文の素養を必要とする文体であったため、一般に広く流布するには至らなかった。

1896年に創刊された『独立新聞』はハングルと英文による新聞であった。これは分かち書きを初めて導入した点でも注目される。公文書のハングル使用は、甲午改革の一環として1894年11月に公布された勅令1号公文式において、公文に国文(ハングル)を使用することを定めたことに始まった。

1890年代後期に訪朝したイザベラ・バードは、その当時諺文(En-mun)と呼ばれていたハングルについて、いまだ知識層からは蔑視されてはいるが、1895年1月に漢文諺文混合文が官報に現れて以来、国王による独立宣誓文をはじめ、一部を除く公式文書に正式に採用され、諺文による書物も徐々に増えつつあると描写し[15]、今後、諺文による教科書と教師の育成が待たれるとしている[16]。また、上流階級の女性は諺文が読めるが、女性の識字率は極めて低く、1000人に2人であろうとする一方[17]漢江沿いで出会った下層階級の男たちの多くは諺文が読めたと述べている[18]

1906年に周時経が『大韓国語文法』を、1908年に『国語文典音学』を出版した。また崔光玉の『大韓文典』と兪吉濬の『大韓文典』(崔光玉の『大韓文典』と同名)、1909年に金熙祥の『初等国語語典』、周時経の『国語文法』などが出版された。 「ハングル」という呼称が文献上に初めて現れるのは大日本帝国による韓国併合以降の1912年のことであり、周時経に始まる[19][注 1]韓国併合時代の朝鮮総督府は「諺文」(おんもん)と呼び、1912年に普通学校用諺文綴字法[20]を制定し、1921年には周時経の弟子らが朝鮮語研究会を結成し、総督府と協力して1930年には正書法諺文綴字法を制定した[21]。 1920年からは併合下でタクチ本が多数出版され、読書が朝鮮半島で大衆化・近代化する決定的な契機になった。 [22][23]1933年、朝鮮語綴字法統一案が出され、これが韓国でのハングル正書法(1988年)のもととなった。北朝鮮では1954年に朝鮮語綴字法、1987年に朝鮮語規範集が出された。

創製原理

ハングルの創製の原理を記した『訓民正音解例本』ではハングルの母音と子音を陰陽五行に基づいて創っていると記されている。 また同書の序文では「賢い者は朝の間に、愚かな者だとしても十日なら十分に学んで習うことができる」と記されている。

母音

陰陽の原理に基づいて創られた。

  • 基本母音は‘・、ㅡ、ㅣ’で、‘・’は陽にあたる「天」を‘ㅡ’は陰にあたる「地」を、‘ㅣ’は陰と陽の中間にあたる「人間(人)」の形から模っている。
  • 天地人は檀君思想から由来したもので宇宙や万物を構成する主要な要所の「天(・)」と「地(ㅡ)」と「人(ㅣ)」を意味する。
  • 『訓民正音解例本』によると‘ㅏ、ㅑ、ㅗ、ㅛ’は‘・’系列の母音である。
  • ‘・’の属性は陽であり、陽の特性は上に上昇、外への拡張であるので上と外に点(・)を打つ。
  • ‘ㅓ、ㅕ、ㅜ、ㅠ’は‘ㅡ’系列の母音で音の属性に沿って下降と収縮を意味するので中と下に点(・)を打つ。

子音

五行に基づいて創られた。

  • 『訓民正音解例本』では方位と発音器官を結びつけ、該当の発音器官から音がするのを方位と結び付けている。方位は季節と結ばれ、結局音は季節と結ばれる。
  • 「春夏秋冬の変化」のとおりに子音は牙音(ㄱ、春)・舌音(ㄴ、夏)・唇音(ㅁ、晩夏)・歯音(ㅅ、秋)・喉音(ㅇ、冬)の順に配列する。
  • 『訓民正音解例本』で基本子音をㄱ、ㄴ、ㅁ、ㅅ、ㅇ、ㄹの順に配列するのは五行の原理である。
  • 基本子音は発音器官の形から来ており、基本子音以外の字形は基本子音を元に加画・並書して作られた。ㄹは字形としてはㄴの変形から出たが、半舌音という特別な分類となっている。
子音と五行の関係
属性 季節 方位 音声 五音
牙音(ㄱ、ㅋ、ㄲ)
舌音(ㄴ、ㄷ、ㅌ、ㄸ)
季夏 中・無定 唇音(ㅁ、ㅂ、ㅍ、ㅃ)
西 歯音(ㅅ、ㅆ、ㅈ、ㅊ、ㅉ)
喉音(ㅇ、ㅎ)

字母と文字構成


ハングルの字母

ハングルは表音文字である。ひとつひとつの文字が音節を表す文字体系だが、子音と母音の字母(자모チャモ)を組み合わせて文字を構成する。このような文字体系を素性文字と呼ぶ研究者もいる。

子音字母は基本字母が14個、合成字母が5個の計19個、母音字母は基本字母が10個、合成字母が11個の計21個であり、合成字母を含めた字母の総数は40個である。それぞれの字母は以下の通りである。

なお、1446年訓民正音創製当時と現在とでは文字の構成要素も変化している(古ハングル)。創製当時には中期朝鮮語の音韻を表す子音字母( [z], [ŋ], [ʔ])、母音字母( [ʌ])があったが、現代では用いられない。

子音字母

字母 発音(初声) 発音(終声) ローマ字[24] 名称(韓国) 名称(北朝鮮)



k/ɡ [k̚] g 기역 giyeok 기윽 gieuk geu
n n n 니은 nieun neu
t/d [t̚] d 디귿 digeut 디읃 dieut deu
ɾ l r/l 리을 rieul reu
m m m 미음 mieum meu
p/b [p̚] b 비읍 bieup beu
s/ɕ [t̚] s 시옷 siot 시읏 sieut seu
(無音) ŋ (ng) 이응 ieung eu
t͡ɕ/d͡ʑ [t̚] j 지읒 jieut jeu
[t͡ɕʰ] [t̚] ch 치읓 chieut cheu
[kʰ] [k̚] k 키읔 kieuk keu
[tʰ] [t̚] t 티읕 tieut teu
[pʰ] [p̚] p 피읖 pieup peu
h/ɦ [t̚] h 히읗 hieut heu



[kʼ] [k̚] kk 쌍기역 ssanggiyeok 된기윽 doen-gieuk kkeu
[tʼ] - tt 쌍디귿 ssangdigeut 된디읃 doendieut tteu
[pʼ] - pp 쌍비읍 ssangbieup 된비읍 doenbieup ppeu
[sʼ/ɕʼ] [t̚] ss 쌍시옷 ssangsiot 된시읏 doensieut sseu
[t͡ɕʼ] - jj 쌍지읒 ssangjieut 된지읒 doenjieut jjeu

この表の終声の発音は、語末や無声子音の前での発音である。

字母「」は音節頭の位置にあるときには子音がないことを表し、音節末にあるときには鼻音[ŋ]を表す。

消失子音字母

字母 発音(初声) 発音(終声) 名称
[z] - 반시옷 bansiot
[ŋ] [ŋ] 옛이응 yennieung
[ʔ] - 여린히읗 yeorinhieut

母音字母

字母 発音 ローマ字[24] 名称



a a a
[ja] ya ya
ɔ eo eo
[jɔ] yeo yeo
o o o
[jo] yo yo
u u u
[ju] yu yu
ɯ eu eu
i i i



ɛ ae ae
[jɛ] yae yae
e e e
[je] ye ye
[wa] wa wa
[wɛ] wae wae
ø/we oe oe
[wɔ] wo wo
[we] we we
y/wi wi wi
[ɯi] ui ui

合成字母の配列順序は韓国の順序によった。

消失母音字母

字母 発音 名称
[ʌ] 아래아 araea
[ʌi] 아래애 araeae

字母の組合せ

字母(チャモ)を2つ以上組み合わせて1文字を成す。1文字の構成は子音字母 + 母音字母あるいは子音字母 + 母音字母 + 子音字母のどちらかである。音節頭の子音字母を初声、母音字母を中声、音節末に来る子音字母を終声またはパッチム(받침。「支えるもの」の意)と呼ぶ。

初声と中声の組み合わせ方には3つのタイプがある。

ga 中声が縦長の字母(具体的には「」)のときは、初声を左に、中声を右に配置する。
go 中声が横長の字母(具体的には「」。古ハングルでは「」も含む)のときは、初声を上に、中声を下に配置する。
中2
中1
gwa 中声が横長と縦長の字母の組み合わせ(具体的には「」)のときは、初声を左上に、中声を下から右にかけて配置する。

終声があるときは、これらの下に終声を置く。

中2
中1

gan

gon

gwan

このハングルの字母の組み合わせ方の由来については、契丹小字から取られたとする説が西田龍雄によって唱えられている。

終声について

終声として用いることのできる子音字母は、 dd, bb,ㅉ jjを除いた16個である。また、朝鮮語の形態音素表記のために、終声では2つの子音字母を左右に組み合わせる(二重終声、二重パッチム)ことがある。正書法で認められている組み合わせは、 gs, nj, nh, lg, lm, lb, ls, lt, lp, lh, bsの11種類である。これらの二重終声は、語末の場合や後に子音の続く場合、基本的にㄺ・ㄻ・ㄿは右側を、それ以外は左側を発音するが、ㄼのみはㄹと発音する語とㅂと発音する語がある。

終声は二重終声を含めると表記上は合計27種類あるが、発音としてはㄱ・ㄴ・ㄷ・ㄹ・ㅁ・ㅂ・ㅇの7種類しかない。それにもかかわらず激音字母や濃音字母などを終声に用いたり、二重終声を用いるなど様々に書き分ける理由は、主に形態素を明示するためである。形態素を明示するために前述の7種類以外の終声字母(二重終声含む)を用いるケースは、具体的には、大きく次の3パターンに分けられる。

  1. 語幹末音の直後に母音が来ることによって、語幹末音が初声として発音される場合は激音や濃音、ㅅやㅈなどの音として現れるが、語幹末音が終声として発音される場合には平音ㄱ・ㄷ・ㅂに中和される。
  2. 語幹末に子音が2つ連続している場合、語幹末の子音が初声の位置に立つときは連続する2つの子音が両方とも現れるが、語幹末の子音が終声の位置に立つときは2つの子音のうち一方が脱落する。
  3. 接尾辞・語尾の頭音の平音が激音で現れる用言の場合。

1.は終声ㅅ・ㅈ・ㅊ・ㅋ・ㅌ・ㅍ・ㄲ・ㅆが該当し、例えば옷[옫]-옷이[오시]、밭[받]-밭에[바테]、밖[박]-밖에[바께]といった具合に、直後に母音が来たときに次の音節の初声として発音される音を示す。

2.は二重終声のうち9種(ㄳ・ㄵ・ㄺ・ㄻ・ㄼ・ㄽ・ㄾ・ㄿ・ㅄ)が該当し、例えば넓다[널따]-넓어[널버]、삶[삼]-삶이[살미]といった具合に、直後に母音が来たときに終声として発音される音と、次の音節の初声として発音される音の両方を示す。ただし、ㄳ・ㅄの場合は、実際の発音変化が[넉]-[넉씨]、[갑]-[갑씨]となるので、本来ㄱㅆ・ㅂㅆと書くべきと考えられるところを、これでは表記が煩雑なので、終声ㄱ・ㅂの次に来る初声ㅅは濃音ㅆで発音されることから便宜上表記をㄳ・ㅄ(넋[넉]-넋이[넉씨]、값[갑]-값이[갑씨])としている。

3.はㅎ・ㄶ・ㅀが該当し、実際の発音変化が[조아]-[조코]、[마나]-[만치]、[구러]-[굴타]のようになる場合で、

  • 第1の例では아が後続したときは語幹の次の音節に子音が現れないのに対して、고が後続したときに激音の코として発音されている。
  • 第2の例では아が後続したときは語幹のㄴが初声で発音されるのに対して、지が後続したときは激音の치として発音されている。
  • 第3の例では어が後続したときは語幹のㄹが初声で発音されるのに対して、다が後続したときは激音の타として発音されている。

このような場合、それぞれ語幹を조・만・굴と書いたのでは、そのまま続けて고・지・다など平音の字を書いたときに激音化が表現できない。そこでこのようなケースにあっては、便宜的に語幹末のㅎを想定して終声をㅎ・ㄶ・ㅀと表記し、좋아[조아]-좋고[조코]、많아[마나]-많지[만치]、굻어[구러]-굻다[굴타]といった具合に、平音が後続した場合は平音とㅎが融合して激音で発音すると考える一方、母音が後続して新たに子音が現れない場合は、そのㅎがあたかも他の終声と同様にいったん初声となった上で語中なので聞こえなくなっている(そして単語によっては二重終声の左側であるㄴ・ㄹが初声化している)と見なしたような(좋아→[조하]→[조아]、많아→[만하]→[만아]→[마나]、굻어→[굴허]→[굴어]→[구러]と見なしたような)書き方となる。つまり激音化を表現するためにㅎを終声に利用するのである。

音価 終声字 複合終声字
, ,
, , , , , ,    
, (),
, , , , ()  
,  
 
   

ハングルの由来をめぐる諸説

ハングルの由来をめぐって諸説があるが、1446年9月上旬に発刊した『訓民正音解例本』にはハングルを創製した理由と陰陽の原理に基づいて子音と母音を造ったと明らかにしている。今更ハングルの字形の由来に関する直接的な論争はないが漢字パスパ文字の起源説がある。

漢字の影響

ハングルの音体系は子音字母が三十六字母に対応するように作られているなど、中国音韻学に則っており、『訓民正音』にはハングルの字形について「象形而字倣古篆」、宋・鄭樵の『六書略』の「起一成文図」を起源とする説もある[25]。字母の字形などについては、『訓民正音』の「制字原理」に書かれていることが全てか、更に原形となるものがあるのかについて議論がある[要出典]

パスパ文字の影響

ハングルの字形そのものの起源は上述の『訓民正音解例』の通り、象形によるもの[26][27]だが、その他の点ではパスパ文字の影響があるという主張もある[27]。パスパ文字は1269年にフビライ・ハンがラマ僧のパスパ(八思巴)に命じて作らせたもので、モンゴルから支配された高麗時代以降、李氏朝鮮の時代の知識人もこのパスパ文字を習得していた[27]コロンビア大学名誉教授ガリ・レッドヤード英語版は、「古篆」は当時「蒙古篆字」の名で知られていたパスパ文字を指すとしている[28]。 レッドヤードによれば、『訓民正音』での基本的な子音字母は(k) (n) (m) (s) (ʔ)であるが、ㅇ系を除く字母で基礎になっているものは(k) (t) (l) (p) (ts)であり、これらはパスパ文字のꡂ(k) ꡊ(t) ꡙ(l) ꡎ(p) ꡛ(s)に由来し、チベット文字のག(ga) ད(da) ལ(la) བ(ba) ས(sa)に由来するとしている。チベット文字はブラーフミー系文字の一つで、その起源はフェニキア文字とされるため(さらに遡ればヒエログリフにたどり着く)、ハングルはフェニキア文字から派生したギリシア文字ラテン文字とも同系統とされる。ㄱ ㄷ ㄹ ㅂはおそらくギリシア文字のΓ Δ Λ Β、ラテン文字のC/G D L Bと同系統であろうとしている(ㅈについては、チベット文字とラテン文字とで同系統の文字を抽出するのが困難)。また、ゼロ子音を表すㅇについては、ハングルにおいて独自に発明された字母だとしている。なお、フェニキア文字にはハングルのㅇに似た機能を持つ文字としてアレフ(𐤀)やアイン(𐤏)があり、それぞれラテン文字のAOの由来となっている。しかし、フェニキア文字がインドに伝わりブラーフミー文字となった段階でこれらに相当する文字は消失しており、ハングルのㅇは独自に再発明されたことになる。ただし、古ハングルで唇軽音を表した に現れるㅇはパスパ文字にならったもの(音価はw)としている。以上よりハングルの子音字母は、ブラーフミー系文字(究極的にはヒエログリフ)に由来するㄱ ㄷ ㄹ ㅂ ㅈと独自に開発されたㅇの計六つの字母を基本とし、中国音韻学に基づいて他の字母をそれらの変形により派生させたものとなる。母音字母については、朝鮮語の音韻にあわせて独自に作られたものとしている。

ハングル成立に先立って契丹文字女真文字西夏文字、パスパ文字等の様々な民族文字が先行・成立していたことが重要であり、ハングルはそれら民族文字の最終走者であり、特にパスパ文字はアジア初の体系的表音文字であるため、その表音文字という発想がハングル成立に巨大な刺激を与えており、ハングルがパスパ文字の巨大な影響を受け作成されたのは、モンゴル帝国に支配されていた記憶が生々しい李氏朝鮮初期にハングルが作成されたことが傍証であるという[26][29]

南北朝鮮における表記の違い

南北朝鮮では、字母の扱いや、辞書における見出し語の配列などが異なる。韓国はソウル方言に、北朝鮮は平壌方言に依拠しているため、発音も若干異なる[注 2]

ローマ字表記

文化観光部2000年式マッキューン=ライシャワー式、北朝鮮1992年式などがある。

文字コード

完成型と組合型

字母を組み合わせて作られる文字の理論上の組み合わせは11,172文字だが、実際に使用されるのはその半分以下である(1987年に韓国の国家標準となったコンピュータ用の文字セット(KS完成型、KS C 5601-1987)には日常の99%が表記できる範囲として2,350字しか含まれなかった)。なお、1994-1995年ごろまでは11,172文字全部を表現できる文字セット(組合型、johab)が圧倒的に多く使われていたが、Windows 95でKS完成型を拡張した文字セット(拡張完成型、UHC (Unified Hangul Code))を採用し、後のWindowsにも使用されたため、現在は組合型文字セットはほとんど使われていない。なお、Windows NT系ではUnicode 2.0(KS C 5700、現:KS X 1005-1)以降をサポートしている。

Unicode

ハングルのキーボード

Unicode にはハングルを符号化するための文字が数種類あり、標準的に使用されるものは、ハングル字母 (U+1100-11FF) とハングル音節文字 (U+AC00-D7A3) である。ハングル字母はハングルを構成する字母で、これらを合成する事により15世紀から現代までのハングル音節文字を作成できる。U+1100-115F は初声子音、U+1160-11A2 は中声母音、U+11A8-11F9 は終声子音が定義されている。ハングル音節文字は、2 つの字母からなる音節 399 文字、3 つの字母からなる音節 10,773 文字の合計 11,172 文字で構成されている。この他にハングル互換字母 (U+3130-318F) があるが、KS完成型(KS C 5601-1987、現:KS X 1001:1998)との互換性のために存在する。

Unicode では、Unicode 1.1 以前と Unicode 2.0 以降ではハングルを定義する領域が異なっており互換性がない。Unicode 1.1 までは U+3400-4DFF にハングルが定義されていたが、Unicode 2.0 制定時に、新しく U+AC00-D7AF にハングルが定義され旧領域は破棄された。その際、韓国の要求により KS C 5601-1992 の組合型文字セットに基づく現代ハングル音節文字 11,172文字 が網羅されている。なお Unicode 2.0 で破棄された領域は、Unicode 3.0 制定時にCJK統合漢字拡張 A 集合として U+3400-4DBF に定義され、Unicode 4.0 制定時に易経記号集合として U+4DC0-4DFF に定義されている。

2019年3月現在,現代韓国語を表現するのに,Microsoft系のOS(Windows 10など)では完成型(U+AC00-D7AF)が,Mac系のOS(iOSmacOS Mojaveなど)では組合型(U+1100--11F9)が用いられており,Mac系で作成されたファイルのファイル名のハングル部分が,Windows系のエクスプローラで初・中・終声で分かれて表示されることがある。

子音番号


0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18

母音番号

0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20

パッチム番号

*

0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27

ハングルのユニコード番号は 0xAC00 * (子音番号 * 21 * 28) + (母音番号 * 28) + (パッチム番号) で求めることができる。 パッチムの表にある * はパッチムが何もつかないことを表す。

その他

ハングルに関する誤解

「ハングルは世界中の言語を表記できる文字である」とする主張[30]があるが、例えば英語のfとp、zとjがともに(p)、(j)と表記されるように、少なくとも現行の外来語表記法ではこれらを原音通りに表記するのは不可能である。

また、ハングルがユネスコ世界の記憶(記憶遺産)に登録されていると報じられることがあるが、世界の記憶に登録されているのは「ハングル」という文字自体ではなく「訓民正音解例本」である。

インドネシア少数民族チアチア語へのハングル導入

2009年には、ハングル世界化プロジェクトによって、インドネシアの少数民族チアチア族チアチア語の文字表記にハングルを導入した[31]。韓国の訓民正音学会が中心となって、チアチア語のハングル表記をすすめた[1]

チアチア語にはアルファベットやアラビア文字では表せない音があるが、ハングルなら表記が可能であるかもしれないと採用された[32]。チアチア語は「固有の文字を持たず、固有語を失う危機にあった」ため、韓国の団体が提案し、2009年7月、バウバウ市にてハングル普及覚書を交わした[1]。しかし、これらの表記法はチアチア語の音韻を反映するものではなく、朝鮮語の事情にあわせて作成されたものであり、趙義成は「アジアの一半島とその周辺でしか用いない文字をあえて採用する必要はない」として、世界的に汎用性のあるラテン文字でチアチア語を表記した方がはるかに合理的で効率的であるとした[1]

バウバウ市はインドネシア政府と相談せずに導入を決定しており[1]、インドネシア政府もハングルを公式文字として採用していないと発表している[33]世界日報も、実際には現地に韓国教師は派遣されていない上、ハングルがチアチア族の公式文字に採択されたという事実もないとしている[34]

2011年10月、このプロジェクトが頓挫していると報じられた[35]黒田勝弘は、これらの情報は実際には現地の学生がハングルを学習する程度の話であったのであり、同市が公式文字を採択したという韓国マスコミの報道は、ハングルの優秀性を示す「ハングル愛国主義」のために誇張された虚報だったとした[36]

だが2018年放送された韓国の番組「ソンナンムルゴギ」によると村の看板や教科書などいまだに使われている[37]

脚注

注釈

  1. ^ 1927年にはハングル社から雑誌『ハングル』が刊行された。
  2. ^ 例:有声歯茎破擦音は一律平音の「[j]」で表記し、有声歯茎硬口蓋破擦音は「」の後に「[i]」か点が2つある母音字 [y] で表記する。日本語で言うなら北朝鮮ではザとジャを区別するが韓国では区別しないということである。無声歯茎破擦音は激音の「[c]」で表記し、無声歯茎硬口蓋破擦音は「」の後に「[i]」か点が2つある母音字 [y] で表記する。日本語で言うなら北朝鮮ではツとチュを区別するが韓国では区別しないということである。

出典

  1. ^ a b c d e f g 東京外国語大学・趙義成「チアチア語のハングル表記体系について」学術論文集28、2011.朝鮮奨学会
  2. ^ 野間秀樹『ハングルの誕生:音から文字を創る』平凡社新書、2010年、22頁
  3. ^ a b 大宅京平「南のハングル教育、北の漢字教育」こた朝鮮難民救援基金NEWS,May 2013,No.82.
  4. ^ 河野六郎「朝鮮の漢文」『河野六郎著作集』 3巻、1980年、416頁。 
  5. ^ 姜信沆 (2003) p.5
  6. ^ 李善英「植民地朝鮮における言語政策とナショナリズム - 朝鮮総督府の朝鮮教育令と朝鮮語学会事件を中心に -」『立命館国際研究』第25巻第2号、2012年、508頁。 
  7. ^ McCune, G. M; Reischauer, E. G (1939). “Romanization of Korean” (pdf). Transactions of the Korea Branch of the Royal Asiatic Society 29: 6. http://www.nla.gov.au/librariesaustralia/files/2011/07/ras-1939.pdf. 
  8. ^ 『日本国語大辞典』
  9. ^ 井沢元彦『逆説の朝鮮王朝史』週刊ポスト、2011年12月16日。 p22-p25
  10. ^ 『中宗実録』8卷12年丁丑・正德12年6月 27日(辛未)http://sillok.history.go.kr/inspection/inspection.jsp?mTree=0&id=kka
  11. ^ 4. The providing process of Hangeul”. 国立国語院 (January 2004). 2008年5月19日閲覧。
  12. ^ http://news.donga.com/3/all/20150420/70806327/1
  13. ^ 朝鮮王室のハングル書簡 http://hangeul.naver.com/hangeul2
  14. ^ a b 稲葉継雄「井上角五郎と「漢城旬報」「漢城周報」: ハングル採用問題を中心に」『文藝言語研究. 言語篇』第12号、筑波大学文藝・言語学系、1987年、p209-225、ISSN 03877515NAID 110000330622 
  15. ^ "Korea and her neighbors" p21Isabella Bird, 1898
  16. ^ "Korea and her neighbors" p391
  17. ^ "Korea and her neighbors" p342
  18. ^ "Korea and her neighbors" p79
  19. ^ 1981年12月11日付 中央日報
  20. ^ 大澤宏紀「朝鮮総督府による朝鮮語教育」教育史・比較教育論考, 19: 1-15、北海道大学、2009
  21. ^ 植民地下朝鮮における言語支配の構造三ツ井崇 2002年3月13日一橋大学博士論文
  22. ^ http://www.chosunonline.com/news/20100718000004 [リンク切れ]
  23. ^ http://www.chosunonline.com/news/20100718000005 [リンク切れ]
  24. ^ a b ローマ字は2000年大韓民国文化観光部告示第2000-8号「国語のローマ字表記法국어의 로마자 표기법)」による。
  25. ^ 姜信沆『ハングルの成立と歴史』 (大修館)
  26. ^ a b 岸本美緒宮嶋博史『明清と李朝の時代 「世界の歴史12」』中央公論社、1998年。ISBN 978-4124034127 p41
  27. ^ a b c 「訓民正音、モンゴル‘パスパ文字’の影響受けた」…高麗大教授
  28. ^ Ledyard, Gari K. (1998、1997)
  29. ^ 伊藤英人「朝鮮半島における言語接触」東京外国語大学語学研究所論集、第18号、p80
  30. ^ 世界最高の文字、ハングル イ・サンギュ(李相揆、国立国語院院長)
  31. ^ インドネシアの少数民族、ハングルを公式文字に採択 聯合ニュース 2009/08/06。東亜日報2009/8/12
  32. ^ 「インドネシア 文字持たぬ少数民族 ハングル採用」読売新聞2009年10月17日
  33. ^ インドネシア政府、ハングルを公式文字として採用せず コリアンタイムズ 2010/10/07
  34. ^ 찌아찌아족 한글 도입 2년… 그동안 어떤 일이 - 世界日報(朝鮮語)2011年4月14日
  35. ^ チアチア族へのハングル教育がピンチに 朝鮮日報日本語版 2011/10/10
  36. ^ ソウルからヨボセヨ 「ハングル輸出」は虚報 産経新聞, 2012年10月20日
  37. ^ 한글 도입한 인도네시아 `찌아찌아족` 요즘은 - 매일경제” (朝鮮語). mk.co.kr. 毎日経済新聞「매일경제신문」. 2019年4月22日閲覧。

参考文献

  • 小倉進平増訂 朝鮮語学史』刀江書院、1940年https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1869842 
  • 野間秀樹『ハングルの誕生:音から文字を創る』平凡社新書、2010年
  • 金東昭 著、栗田英二 訳『韓国語変遷史』明石書店、2003年。ISBN 4750317144 
  • 姜信沆『ハングルの成立と歴史』大修館書店、1993年。ISBN 4469211796 
  • 趙義成「チアチア語のハングル表記体系について」学術論文集28、2011.朝鮮奨学会
  • Ledyard, Gari K. (1998). The Korean Language Reform of 1446. Seoul: Shingu munhwasa.
  • Ledyard, Gari K. (1997). "The International Linguistic Background of the Correct Sounds for the Instruction of the People". In Young-Key Kim-Renaud, ed. The Korean Alphabet: Its History and Structure. Honolulu: University of Hawai'i Press.

関連項目

外部リンク