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松尾泰宏

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
松尾泰宏
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 佐賀県
生年月日 (1937-03-17) 1937年3月17日(87歳)
身長 163cm
体重 53kg(現役時)
選手情報
所属 佐賀支部
登録番号 1203
選手実績
記念優勝  17 回
SG優勝   2 回
GI/PGI優勝  15 回
通算勝率  6.65
通算勝利  2718勝
主要獲得タイトル
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松尾 泰宏(まつお やすひろ、1937年3月17日 - )は、佐賀県出身の元ボートレーサー

来歴

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1961年第7回モーターボート記念競走宮島)で四大特別競走・SG級レース初制覇[1]1979年第14回鳳凰賞競走浜名湖)では松野寛を破って[2]17年7ヶ月ぶり[3] [4]のSG2勝目を挙げるなど、瀬戸康孝と共に佐賀と九州を牽引[5]1971年には第6回鳳凰賞競走(蒲郡)で弟の幸長が制しており[6]2021年現在も唯一の兄弟SGレーサーとなっている。1973年の第19回モーターボート記念競走(下関)では初の兄弟SG優出を果たし話題になったが、優勝は同郷の瀬戸で、泰宏は4着、幸長は5着に終わった[7]。21年後の1994年児島で行われた第40回モーターボート記念競走でも林通が兄弟SG優出を果たしたが、優勝は同郷の関忠志で、通は4着、貢は5着に終わった[8]平成に入っても7点レーサーとして君臨し、特にホームプールの唐津では周年3連覇を含む7勝(1959年, 1962年, 1971年, 1975年1977年-1978年[9], 1983年[10]と無敵を誇った[11]1998年7月28日住之江「一般競走」が最後の優出(4号艇3コース進入で3着)となり[12]2000年3月13日戸田一般戦最終日2Rで最後の勝利(5号艇2コースからまくり勝ち)を挙げ[13]26日唐津一般戦「スポーツニッポン杯争奪戦競走」最終日10Rが最後の出走(1号艇1コース進入から3着)となった[14]2009年、ボートレースの殿堂入りを果たした[15][11]

獲得タイトル

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太字は四大特別競走を含むSG級レース

  • 1959年 - 唐津開設6周年記念競走
  • 1961年 - 第7回モーターボート記念競走(宮島)
  • 1962年 - 唐津開設9周年記念競走
  • 1967年 - 徳山開設14周年記念競走
  • 1971年 - 唐津開設18周年記念競走
  • 1972年 - 下関開設17周年記念競走
  • 1975年 - 唐津開設22周年記念競走、下関開設20周年記念競走
  • 1977年 - 唐津開設23周年記念競走
  • 1978年 - 唐津開設24周年記念競走、若松開設28周年記念競走
  • 1979年 - 第14回鳳凰賞競走(浜名湖)、九州地区選手権競走芦屋)、若松開設29周年記念競走
  • 1983年 - 唐津開設29周年記念競走、鳴門開設30周年記念競走

親族

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弟の幸長[注釈 1]も元ボートレーサーで、引退後はスポーツニッポン西部本社評論家を経て、1995年頃から2008年まで14年間も唐津市議会議員を務めた。2012年死去。

脚注

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注釈

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  1. ^ 「こうちょう」と読む。

出典

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関連項目

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外部リンク

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