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三股駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
東都城駅から転送)
三股駅*
駅舎(2009年7月)
みまた
Mimata
餅原 (3.6 km)
(4.3 km) 都城
地図
所在地 宮崎県北諸県郡三股町大字樺山[1]
北緯31度44分1.67秒 東経131度07分11.29秒 / 北緯31.7337972度 東経131.1198028度 / 31.7337972; 131.1198028座標: 北緯31度44分1.67秒 東経131度07分11.29秒 / 北緯31.7337972度 東経131.1198028度 / 31.7337972; 131.1198028
所属事業者 九州旅客鉄道(JR九州)
所属路線 日豊本線
キロ程 385.6 km(小倉起点)
電報略号 マタ
駅構造 地上駅
ホーム 1面2線[1]
乗車人員
-統計年度-
260人/日(降車客含まず)
-2015年-
開業年月日 1914年大正3年)2月11日[1]
備考 無人駅[1](自動券売機 有)
* 1972年 - 1986年の間は東都城駅[1]
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三股駅(みまたえき)は、宮崎県北諸県郡三股町大字樺山にある、九州旅客鉄道(JR九州)日豊本線である[1]事務管コードは▲940510[2]

『みまたんえき』(方言で「三股の駅」を意味する)の愛称を持つ。

歴史

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1913年(大正2年)にこの地域で日豊本線の測量が行われた際には、都城駅から山之口駅へ直行する経路が選択され、途中では前目を経由するものとなっていた。当時の郡会議員宮田盛儀と岩切信一の2名が、三股村中心部を経由することが有利であると運動を行い、鉄道当局を説得し上京して関係者と直接面会して説明するなど、村民からの熱心な運動が行われた。この結果三股経由に線路を迂回させることが決定され、地元の林業会社と村で折半する形で土地購入費2,000円を負担した[3]。1914年(大正3年)2月11日に開業となり[1]、これを記念して駅前広場には駅設置記念碑が建てられた[3]

1972年(昭和47年)、都城地区の貨物集約のために貨物扱い施設を拡充した。このときに、全国との貨物輸送の便宜上知名度の高い都城の名前を入れることになり、東都城駅と改称した[4]西都城駅付近の連続立体交差事業に伴い、西都城駅の貨物扱い施設を移転整備することになり、1977年(昭和52年)5月19日にコンテナ基地が整備された[5]。ところが1984年(昭和59年)2月の貨物輸送大削減により一転して貨物扱いは廃止となり、コンテナ基地は都城駅に移転した。駅所在地の三股町では、駅名を元に戻すように運動を行い、貨物扱い廃止から2年後の1986年に三股の駅名に復した[4]

年表

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駅構造

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島式ホーム1面2線を有する地上駅[1]。貨物設備の跡が残る[1]

無人駅となっている[1]。1914年(大正3年)2月開業時からの古い木造駅舎があったが、駅舎を三股町が購入し、2008年(平成20年)末から2009年(平成21年)春にかけて徹底的に改築された。これにより日豊本線では南日向駅に続く2番目の自治体経営の駅となった。町運営のコミュニティバス『くいまーる』の事務所と、介護予防教室や健診も開催する多目的室が設置され、更に改築前にはなかった監視カメラと冷暖房が常備された。

当駅が都城地区の貨物集約駅であった頃には、駅前広場から見て右側の、後に物産館・商工会・駐車場などとなるスペースにコンテナ基地が、左側に車扱い貨物の扱い所、駅舎と反対側に砂利積み込み基地とプロパンガス積み替え施設の専用線が設けられていた[4]

のりば

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のりば 路線 方向 行先
1 日豊本線 下り 都城鹿児島中央方面
2 上り 南宮崎宮崎方面

利用状況

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近年の1日平均乗車人員は以下の通り。

年度 1日平均
乗車人員
1996年 217
1997年 217
1998年 206
1999年 213
2000年 199
2001年 231
2002年 226
2003年 252
2004年 247
2005年 232
2006年 223
2007年 232
2008年 71
2009年 256
2010年 237
2011年 234
2012年 258
2013年 279
2014年 277
2015年 260

駅周辺

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  • 三股町役場
  • 三股町産業会館
  • 三股町立三股小学校
  • 三股郵便局
  • 勝岡温泉
  • 都城東高等学校

バス路線

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隣の駅

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九州旅客鉄道(JR九州)
日豊本線
餅原駅 - 三股駅 - 都城駅

脚注

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n 『週刊 JR全駅・全車両基地』 44号 宮崎駅・都城駅・志布志駅ほか80駅、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2013年6月23日、25頁。 
  2. ^ 日本国有鉄道旅客局(1984)『鉄道・航路旅客運賃・料金算出表 昭和59年4月20日現行』。
  3. ^ a b 『三股町史』三股町、1961年、406 - 407頁。doi:10.11501/2993981 
  4. ^ a b c 岩成政和「凋落のメインライン 1. 日豊本線」『鉄道ジャーナル』第676号、鉄道ジャーナル社、2023年2月、68 - 83頁。 
  5. ^ a b 有川竜哉「都市計画街路事業・国鉄日豊本線都城地区連続立体交差事業」『新都市 都市計画全国大会特集』第35巻第10号、都市計画協会、1981年10月、113 - 120頁、doi:10.11501/2737130 
  6. ^ a b c d e f 石野哲(編)『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 Ⅱ』JTB、1998年、760頁。ISBN 978-4-533-02980-6 
  7. ^ 『三股町史』三股町、1961年、408 - 409頁。doi:10.11501/2993981 
  8. ^ “通報 ●福知山線石生駅ほか147駅の駅員無配置について(旅客局)”. 鉄道公報号外 (日本国有鉄道総裁室文書課): pp. 15-16. (1985年3月12日) 
  9. ^ JR九州が組織強化へ 名称変更し「宮崎支社」発足”. 宮崎 NEWS WEB. NHK (2022年4月1日). 2022年4月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年5月1日閲覧。
  10. ^ 広報みまた 令和5年5月号”. 2024年3月20日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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  • 三股駅(駅情報) - 九州旅客鉄道