珠崖郡
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珠崖郡(珠厓郡、しゅがい-ぐん)は、中国にかつて存在した郡。漢代から唐代にかけて、現在の海南省に設置された。
概要
[編集]珠崖郡(海南島)
[編集]前漢が南越国を滅ぼした翌年の紀元前110年(元封元年)、海南島に珠厓郡と儋耳郡が置かれた。郡が置かれてから紀元前86年(始元元年)までの間に、6回の反乱が起こった。紀元前82年(始元5年)、儋耳郡を併合した。紀元前59年(神爵3年)、珠厓3県が反乱を起こした。紀元前53年(甘露元年)、9県が反乱を起こした。紀元前48年(初元元年)、また珠厓郡が反乱を起こした。紀元前46年(初元3年)、賈捐之の提議を受けて、珠厓郡は廃止され、その地は放棄された[1]。
607年(隋の大業3年)に州が廃止されて郡が置かれると、崖州は珠崖郡と改称された。珠崖郡は義倫・感恩・顔盧・毗善・昌化・吉安・延徳・寧遠・澄邁・武徳の10県を管轄した[2]。
621年(武徳4年)、蕭銑が唐に滅ぼされると、珠崖郡は唐の崖州となった。742年(天宝元年)、崖州は珠崖郡と改称された。758年(乾元元年)、珠崖郡は崖州と改称され、珠崖郡の呼称は姿を消した[3]。
珠崖郡(雷州半島)
[編集]242年(赤烏5年)、三国呉の孫権が将軍の聶友と校尉の陸凱に3万の兵を与えて珠崖・儋耳の地を討たせた[4]。このとき珠崖郡が再び設置された。呉の滅亡後、西晋によって珠崖郡は合浦郡に編入された[5]。
431年(南朝宋の元嘉8年)、再び珠崖郡が設置された[6]。