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奥山駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
奥山駅
おくやま
Okuyama
中村 (1.9 km)
地図
所在地 静岡県引佐郡引佐町(現・浜松市浜名区引佐町)奥山
北緯34度50分50.0秒 東経137度37分23.5秒 / 北緯34.847222度 東経137.623194度 / 34.847222; 137.623194座標: 北緯34度50分50.0秒 東経137度37分23.5秒 / 北緯34.847222度 東経137.623194度 / 34.847222; 137.623194
所属事業者 遠州鉄道
所属路線 奥山線
キロ程 25.7 km(遠鉄浜松起点)
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1923年大正12年)4月15日
廃止年月日 1963年昭和38年)5月1日
備考 奥山線部分廃線に伴い廃駅
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奥山駅(おくやまえき)は、静岡県引佐郡引佐町奥山(開業時は旧・引佐郡奥山村奥山、現・浜松市浜名区引佐町奥山)にあった遠州鉄道奥山線廃駅)である。奥山線の部分廃線に伴い1963年昭和38年)5月1日に廃駅となった。

歴史

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駅構造

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廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅であった[4]。ホームは線路の北側(奥山方面に向かって右手側)に存在した[4]。そのほか側線として、本線から南に分岐する機回し線と、機回し線遠鉄浜松方から南に分岐し東側の末端部分に車庫を有する行き止りの車庫線を1線有していた[4]。1963年(昭和38年)4月時点では車庫にはボギー貨車が格納されていたという[4]

職員配置駅となっていた[4]。駅舎は構内の北側に位置しホーム中央部分に接していた[4]。古い木造駅舎であった[4]。車庫線の分岐部附近に給水塔が設置されており[4]、その隣には倉庫、さらにその隣にの木があった[4]

駅周辺

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奥山半僧坊方広寺の玄関口で、かつて当駅は門前駅として栄えた時期もあったという[4]。浜松鉄道の奥山への延伸は、方広寺から延長要望も出されたことがあった[5]

駅跡

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1997年平成9年)時点では、遠鉄バス車庫になっていた[6]。2007年(平成19年)8月時点[7][8]、2010年(平成22年)時点でも同様であった[9]。1997年(平成9年)時点では構内は未舗装であった[6]が、2010年(平成22年)時点では舗装されていた[9]

また、1997年(平成9年)時点では、駅跡地の中村方にあった神宮寺川を渡る鉄橋が、再利用されずに放置されていた[6]。2010年(平成22年)時点でも同様であった[9]

隣の駅

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遠州鉄道
奥山線
中村駅 - 奥山駅
かつて中村駅と当駅との間に小斎藤駅が存在した(1923年(大正12年)4月15日開業、戦時中休止、1946年(昭和21年) - 1952年(昭和27年)の間に廃止[2](あるいは戦時中に廃止[1])。

脚注

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  1. ^ a b c d 書籍『新 鉄道廃線跡を歩く3 北陸・信州・東海編』(JTBパブリッシング2010年4月発行)216ページより。
  2. ^ a b c 書籍『日本鉄道旅行地図帳 全線全駅全廃線 7 東海』(監修:今尾恵介新潮社2008年11月発行)35ページより。
  3. ^ a b c 書籍『新 消えた轍 6 中部』(著:寺田裕一、ネコ・パブリッシング2011年5月発行)71ページより。
  4. ^ a b c d e f g h i j k 書籍『RM LIBRARY 10 追憶の遠州鉄道奥山線』(著:飯島嚴、ネコ・パブリッシング、2000年5月発行)26-27ページより。
  5. ^ 書籍『今は昔 しずおか懐かし鉄道』(編:静岡新聞社静新新書2006年6月発行)91ページより。
  6. ^ a b c 書籍『鉄道廃線跡を歩くIII』(JTBパブリッシング、1997年5月発行)93-94ページより。
  7. ^ 書籍『私鉄の廃線跡を歩くII 関東・信州・東海編』(著:寺田裕一、JTBパブリッシング、2008年1月発行)44-47ページより。
  8. ^ 『新 消えた轍 6』77ページより。
  9. ^ a b c 『新 鉄道廃線跡を歩く3』129ページより。

関連項目

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