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内部駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
内部駅
駅舎(2016年5月)
うつべ
UTSUBE
小古曽 (0.7 km)
地図
所在地 三重県四日市市小古曽三丁目5-29
北緯34度55分32.06秒 東経136度35分12.55秒 / 北緯34.9255722度 東経136.5868194度 / 34.9255722; 136.5868194座標: 北緯34度55分32.06秒 東経136度35分12.55秒 / 北緯34.9255722度 東経136.5868194度 / 34.9255722; 136.5868194
所属事業者 四日市あすなろう鉄道
所属路線 内部線
キロ程 5.7 km(あすなろう四日市起点)
電報略号 ウツ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
乗車人員
-統計年度-
590人/日(降車客含まず)
-2019年-
乗降人員
-統計年度-
861[1]人/日
-2019年-
開業年月日 1922年大正11年)6月21日[2]
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内部駅(うつべえき)は、三重県四日市市小古曽三丁目にある、四日市あすなろう鉄道内部線で同線の終着駅である。

歴史

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駅前広場の整備に併せて駅舎の小規模リニューアルが行われた(2022年10月)

駅構造

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単式ホーム1面1線[2][10]を持つ地上駅。ホームは線路北側にあり、有効長は3両。駅舎(改札口)はホーム北側にある。改札は電車到着後に行われ、改札口にはICカードに対応するためのIC改札機が設置されている[8][9]。電車の発着時には地域活性化を意図して2016年(平成28年)に作詞・作曲された「うつべ音頭」と「はばたけ!うつべ」(オルゴール調)が交互に流される[6]

駅構内に四日市あすなろう鉄道の内部車庫・検修庫(施設の管轄は近鉄名古屋輸送統括部)がある[10]。内部・八王子線の車両はすべてここに所属する。重要部全般検査の際は、車体は車庫内で行い、床下機器・台車などはトラックで近鉄の塩浜検修車庫に輸送して行う[10]

かつては当駅から鈴鹿市の伊船地区までの延伸計画があり[10]、実際に工事にも着手していたため、駅周辺にその遺構がある。なお、車止めの先には高架構造の国道1号国道25号との重複区間)があり、延伸は実質的に不可能な状態である。

利用状況

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「三重県統計書」によると、1日の平均乗車人員は以下の通りである[11]

年度 一日平均
乗車人員
1997年 846
1998年 833
1999年 836
2000年 840
2001年 787
2002年 777
2003年 753
2004年 747
2005年 750
2006年 762
2007年 772
2008年 823
2009年 810
2010年 844
2011年 828
2012年 844
2013年 862
2014年 815
2015年 773
2016年 669
2017年 626
2018年 603
2019年 590

内部駅の利用状況の変遷を下表に示す。

  • 輸送実績(乗車人員)の単位は人であり、年度での総計値を示す。年度間の比較に適したデータである。
  • 乗降人員調査結果は任意の1日における値(単位:人)である。調査日の天候・行事等の要因によって変動が大きいので年度間の比較には注意を要する。
  • 表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。
年度別利用状況(内部駅)
年 度 当駅分輸送実績(乗車人員):人/年度 乗降人員調査結果
人/日
特 記 事 項
通勤定期 通学定期 定期外 合 計 調査日 調査結果
1958年(昭和33年) 170,064 ←←←← 79,009 249,073      
1959年(昭和34年)   ←←←←          
1960年(昭和35年)   ←←←←          
1961年(昭和36年)   ←←←←          
1962年(昭和37年)   ←←←←          
1963年(昭和38年)   ←←←←          
1964年(昭和39年)   ←←←←          
1965年(昭和40年) 185,610 ←←←← 79,049 264,659      
1966年(昭和41年) 183,240 ←←←← 86,878 270,118      
1967年(昭和42年) 191,760 ←←←← 85,071 276,831      
1968年(昭和43年) 197,130 ←←←← 99,695 296,825      
1969年(昭和44年) 192,600 ←←←← 105,961 298,561      
1970年(昭和45年) 198,600 ←←←← 100,681 299,281      
1971年(昭和46年) 194,310 ←←←← 91,363 285,673      
1972年(昭和47年) 178,980 ←←←← 76,706 255,686      
1973年(昭和48年) 188,040 ←←←← 74,344 262,384      
1974年(昭和49年) 201,690 ←←←← 77,983 279,673      
1975年(昭和50年) 220,500 ←←←← 97,776 318,276      
1976年(昭和51年) 211,410 ←←←← 90,337 301,747      
1977年(昭和52年) 204,150 ←←←← 77,190 281,340      
1978年(昭和53年) 200,010 ←←←← 80,721 280,731      
1979年(昭和54年) 188,370 ←←←← 71,694 260,064      
1980年(昭和55年) 183,810 ←←←← 76,216 260,026      
1981年(昭和56年) 173,880 ←←←← 71,446 245,326      
1982年(昭和57年) 176,970 ←←←← 77,824 254,794 11月16日 1,049  
1983年(昭和58年) 174,690 ←←←← 85,632 260,322 11月8日 1,420  
1984年(昭和59年) 164,490 ←←←← 79,881 244,371 11月6日 1,095  
1985年(昭和60年) 152,850 ←←←← 81,441 234,291 11月12日 931  
1986年(昭和61年) 166,650 ←←←← 91,185 257,835 11月11日 1,083  
1987年(昭和62年) 170,190 ←←←← 86,714 256,904 11月10日 985  
1988年(昭和63年) 178,050 ←←←← 93,081 271,131 11月8日 1,019  
1989年(平成元年) 189,660 ←←←← 93,123 282,783 11月14日 1,061  
1990年(平成2年) 196,920 ←←←← 95,772 292,692 11月6日 1,161  
1991年(平成3年) 197,070 ←←←← 101,600 298,670      
1992年(平成4年) 196,560 ←←←← 105,499 302,059 11月10日 1,119  
1993年(平成5年) 208,620 ←←←← 111,962 320,582      
1994年(平成6年) 215,130 ←←←← 109,607 324,737      
1995年(平成7年) 226,680 ←←←← 110,698 337,378 12月5日 1,271  
1996年(平成8年) 217,590 ←←←← 104,490 322,080      
1997年(平成9年) 212,220 ←←←← 96,586 308,806      
1998年(平成10年) 210,270 ←←←← 93,705 303,975 11月10日 1,126  
1999年(平成11年) 211,770 ←←←← 94,140 305,910      
2000年(平成12年) 210,990 ←←←← 95,560 306,550      
2001年(平成13年) 193,230 ←←←← 93,985 287,215      
2002年(平成14年) 191,490 ←←←← 92,093 283,583      
2003年(平成15年) 187,140 ←←←← 88,579 275,719 11月11日 912  
2004年(平成16年) 186,480 ←←←← 86,163 272,643      
2005年(平成17年) 185,610 ←←←← 88,149 273,759 11月8日 916  
2006年(平成18年) 191,730 ←←←← 90,859 282,589      
2007年(平成19年) 189,090 ←←←← 89,075 278,165      
2008年(平成20年) 212,370 ←←←← 88,183 300,553 11月5日 1,105  
2009年(平成21年) 212,790 ←←←← 82,852 295,642      
2010年(平成22年) 225,750 ←←←← 82,331 308,081 11月9日 1,199  
2011年(平成23年) 221,880 ←←←← 81,349 303,229      
2012年(平成24年) 220,560 ←←←← 87,614 308,174 11月13日 1,235  
2013年(平成25年) 226,050 ←←←← 88,714 314,764      
2014年(平成26年) 207,570 ←←←← 89,932 297,502      
2015年(平成27年)   ←←←←         四日市あすなろう鉄道に移管
2016年(平成28年)   ←←←←          

駅周辺

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駅南側を通る国道バイパスを境に風景が変わる。バイパスの北側は民家が多く、商店が点在する。自動車教習所・公立小学校・内部線の線路終端(車止め)もこちら側にある。バイパスの南側は工業地となっているが、スーパーセンターやコンビニもある。ちなみに、内部川は駅から少し離れた所を西から(南を通って)東へ蛇行しながら流れる河川のことをいう。

駅前と三重県道407号線の間にはタイヤ販売店や一軒家があったが、駅前広場の整備が行われた後は駅前ロータリー(送迎車用)と駐輪場(460台収容)となった[注釈 1][7]

バス路線

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三重県道407号線沿いにある「内部駅前」停留所が最寄りとなる。同停留所は三重交通の53系統(四日市平田線近鉄四日市 - 平田町駅)が経由する。かつては同事業者の51系統(四日市長沢線:近鉄四日市 - 和無田改善センター)も経由していたが、2020年9月30日の運行をもって路線廃止となった。

隣の駅

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四日市あすなろう鉄道
内部線
小古曽駅 - 内部駅

脚注

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注釈

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  1. ^ (備考:駅前広場を整備するため、タイヤ販売店は内部線の線路終端付近に移転した)

出典

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  1. ^ 令和元年度移動等円滑化取組報告書(鉄道駅)” (PDF). 四日市あすなろう鉄道. 2021年4月18日閲覧。
  2. ^ a b c d e 鼠入昌史『終着駅巡礼』イカロス出版、2016年12月25日、84頁。ISBN 978-4-8022-0259-6 
  3. ^ a b c d 曽根悟(監修)『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 大手私鉄』 2号 近畿日本鉄道 1、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2010年8月22日、18-23頁。ISBN 978-4-02-340132-7 
  4. ^ 岩間 2016, p. 118.
  5. ^ 「ナローゲージ 再出発 四日市あすなろう鉄道」朝日新聞2015年4月1日付夕刊、名古屋本社版1ページ
  6. ^ a b c 曽田晋太郎 (2017年3月17日). “内部駅発着音に「地元の歌」 あすなろう鉄道、住民ら「守りたい」”. 中日新聞. 2017年3月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年3月18日閲覧。
  7. ^ a b 四日市あすなろう鉄道内部駅 駅前広場完成披露式典について”. 令和3年3月24日 記者発表資料. 四日市市 (2021年3月24日). 2021年3月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年12月27日閲覧。
  8. ^ a b 交通系ICカードシステムの導入について”. 四日市あすなろう鉄道 (2021年8月3日). 2021年8月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年9月19日閲覧。
  9. ^ a b “四日市市 あすなろう鉄道 ICカードシステム導入、21日から 三重”. 伊勢新聞. (2021年8月4日). オリジナルの2021年8月4日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210804032145/https://www.isenp.co.jp/2021/08/04/63160/ 2021年9月19日閲覧。 
  10. ^ a b c d 岩間 2016, p. 119.
  11. ^ 三重県統計書 - 三重県
  12. ^ 医療法人社団 山中胃腸科病院【公式ホームページ】”. 山中胃腸科病院. 2023年12月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年12月27日閲覧。
  13. ^ とろすぱうつべ四日市. “とろすぱうつべ四日市(公式Instagram)”. Instagram. 2023年12月27日閲覧。 “(近況報告は鉄道模型工房とろりぃすぱーく とろすぱうつべ四日市(公式Facebook)を参照)”

参考文献

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関連項目

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