ニシアフリカワニ
ニシアフリカワニ | |||||||||||||||||||||||||||
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保全状況評価 | |||||||||||||||||||||||||||
ワシントン条約附属書II[1] | |||||||||||||||||||||||||||
分類 | |||||||||||||||||||||||||||
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学名 | |||||||||||||||||||||||||||
Crocodylus suchus Geoffroy, 1807 | |||||||||||||||||||||||||||
英名 | |||||||||||||||||||||||||||
West African crocodile desert crocodile sacred crocodile |
ニシアフリカワニ (学名:Crocodylus suchus) は、クロコダイル科に分類されるワニの一種。セベクワニとも呼ばれ、その名の通り種小名は「セベク」を意味する[2]。西アフリカから中部アフリカにかけて分布し、河川や湿地に生息する。以前はより大きく攻撃的なナイルワニと同種とされており、現在も混同されることがある[3][4]。
分類
[編集]1807年にエティエンヌ・ジョフロワ・サンティレールによって記載された。彼はミイラ処理された本種の頭蓋骨とナイルワニの頭蓋骨の違いを発見した。しかし長い間ナイルワニのシノニムとみなされていた。2003年の研究で有効な種として復活し[3]、2011年から2015年にかけて行われた他のいくつかの研究でも確認された[5][6][7]。遺伝子的にはナイルワニと特に近縁ではないことが明らかになった。ナイルワニに最も近縁な系統はアメリカ大陸のクロコダイルだが、本種はナイルワニとアメリカのクロコダイルの基部系統である[8][9][10]。
系統
[編集]以下は2018年の年代測定に基づく系統樹である。形態学的、分子学的、地層学的データが同時に使用されている[9]</ref>。また2021年のヴォアイから抽出したDNAを使用したゲノム研究も参考とした[10]。
クロコダイル亜科 |
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形態
[編集]吻は太短く、眼と吻端の間の距離は、吻幅の1.5-2倍であり、幼体の場合は1.2-1.5倍である。体色は茶色からオリーブ色。幼体はより淡く、尾に黒い縞模様が入る。目は夜間に光を反射するため、懐中電灯で簡単に見つけることができる。昼夜を問わず活動する。30分以上水中に潜ったり、短時間だが時速30kmで移動することもできる。陸上では口を大きく開けて動かずに日光浴をしている姿がよく見られる[11]。全長5mを超えるナイルワニと比較すると小型である。全長は通常2-3mで、雄はまれに4mを超える[12]。成体の体重は90-250kgで、大型の雄では体重300kgを超える[13][14]。
分布と生息地
[編集]西アフリカと中部アフリカの大半に分布し、東は南スーダンとウガンダ、南はコンゴ民主共和国にまで及んでおり、これら3か国ではナイルワニと分布が接触する可能性がある[6][15]。モーリタニア、ベナン、リベリア、ギニアビサウ、ナイジェリア、ニジェール、カメルーン、チャド、シエラレオネ、中央アフリカ共和国、赤道ギニア、セネガル、マリ、ギニア、ガンビア、ブルキナファソ、ガーナ、ガボン、トーゴ、コートジボワール、コンゴ共和国などにも分布する。1920年代になっても白ナイル川から標本が得られていたが、今日ではこの川から姿を消している[6]。
モーリタニアではサハラ砂漠-サヘルの乾燥した砂漠環境に適応しており、乾季には洞窟や巣穴の中で夏眠をするため、別名「desert crocodile(砂漠のワニ)」と呼ばれている。雨が降るとゲルタに集まる[16][17]。他のワニと分布が重なることもあり、ある程度の棲み分けをしている。ナイルワニはサバンナや草原を流れる大きな季節河川を好み、本種は森林地帯のラグーンや湿地を好む[4][7]。この棲み分けの詳細については、まだ確実に確認されていない[4]。リベリアでの生息地に関する研究では、本種は河川流域やマングローブの湿地からなる大きく開けた水路に生息し、汽水に耐性があることも判明した。クチナガワニは森林内部の河川に生息し、ニシアフリカコビトワニは森林内の小川に生息する[18]。
生態と行動
[編集]生態については不明な点が多い。夜行性の傾向が強く、無脊椎動物、魚類、爬虫類、鳥類、哺乳類といった様々な獲物を捕食する。雌は水場付近に深さ約40-60cmの穴を掘り、約40-60個の卵を産む。産卵は集団で行われ、毎年同じ場所で産卵する雌も知られている。孵化期間は70-90日で、母親は幼体の声を聞いて巣穴を掘り、孵化を助ける。母親は幼体を数ヶ月間保護する。10歳以上で性成熟し、寿命は40-50年と推定される[2]。
人との関わり
[編集]ナイルワニほど攻撃的ではないが[4]、人間への攻撃が何度か記録されており、致命的な被害も含まれている[20]。モーリタニアの伝統的な人々は、ワニを崇拝し、危害から守っている。ワニにとって水が不可欠であるように、ワニも水に不可欠であり、ワニがいなければ水は永久に消滅してしまうと考えられている。ここではワニと人間は明らかに平和に暮らしており、泳いでいる人を襲うことは知られていない[16]。
古代エジプト
[編集]古代エジプトの人々は、豊穣、守護、ファラオの権力と関連づけられたワニの神、セベクを崇拝していた[21]。彼らはセベクを敵対する神と位置付けていたが、その逆とされることもあった。時にはワニを狩ってセベクを罵り、時には守護者でありファラオの権力の源泉とみなしていた。本種はナイルワニよりも大人しく、古代エジプト人によってミイラ化を含む宗教的儀式の対象に選ばれた。DNA検査の結果、テーベなどのグロット、上エジプトから採取されたミイラ化されたワニはすべてこの種であったことが判明したが[6]、クベット・エル=ハワの埋葬地から発見されたミイラは本種とナイルワニの両方が含まれていると考えられている[22]。セベクはワニ、ミイラ化したワニ、またはワニの頭を持つ人間として描かれた。彼の崇拝の中心地は、ギリシア人によって「クロコディロポリス」と呼ばれていた、ファイユームのアルシノエという中王国の都市であった。もう一つの主要な神殿はコム・オンボにあり、他の神殿は国中に点在していた。歴史的に、ナイルワニとともに下エジプトのナイル川に生息していた。ヘロドトスは、エジプトの司祭がワニを選ぶ際に慎重であったと書いている。司祭は2種の違いを認識しており、本種の方が小型で従順なため、捕まえたり飼いならしたりするのが簡単であった[6]。ヘロドトスは一部のエジプト人がワニをペットとして飼育していたことも示している。アルシノエのセベク神殿では、神殿の池にワニが飼われ、餌を与えられ、宝石で覆われ、崇拝されていた。ワニが死ぬと防腐処理され、ミイラ化されて石棺に入れられ、神聖な墓に埋葬された。エジプトの墓からは、ミイラ化した本種の標本や卵が多数発見されている。古代エジプトではワニを鎮めるために呪文が使われており、現代でもヌビアの漁師は邪悪なものから身を守るために玄関の上にワニを飾っている。
飼育下
[編集]2011年になってから有効種として広く認知されるようになった。飼育下個体は特にナイルワニと混同されることが多い[15]。ヨーロッパでは本種の繁殖ペアがコペンハーゲン動物園、リヨン動物園、ローザンヌ動物園で飼育されており、最初のペアの子孫はダブリン動物園とクリスチャンサン動物園で飼育されている[23]。2015年に行われた研究では、米国の6つの動物園で飼育されているナイルワニとされていた16頭を対象に調査が行われ、1頭を除いてすべて本種であることが判明した[15]。
出典
[編集]- ^ “Appendices CITES”. cites.org. 2024年12月4日閲覧。
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