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横河武蔵野アトラスターズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アトラスターズから転送)
横河武蔵野アトラスターズ
原語表記 横河武蔵野アトラスターズ
クラブカラー  
愛称 武蔵野アトラスターズ
創設年 1946年
代表 岡部正俊(部長)
監督 山崎豪
所属リーグ トップイーストリーグAグループ
ファースト
ジャージ
公式サイト
https://atlastars.yokogawa-musashino-sc.tokyo/
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横河武蔵野アトラスターズ(よこがわむさしのアトラスターズ、: Yokogawa Musashino Atlastars)は、東京都武蔵野市を本拠地とする社会人ラグビーチームである。トップイーストリーグAグループに所属。母体は横河電機。ホームグラウンドは、横河電機武蔵野グラウンドである[1]

概要

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チーム名の「アトラスターズ(Atlastars)」は、「Atlas」と「Stars」からなる造語であり、最後に勝ち残るという思いを込めて「At last」も掛けている[2]

2008年トップリーグ昇格時に現名称となった。クラブチーム化した後にNPO法人を立ち上げた同社のサッカー部(→横河武蔵野FC→東京武蔵野シティFC→現・東京武蔵野ユナイテッドFC)とは違い、2016年度までは横河電機本社のラグビー部(企業チーム)としての位置づけだったが、2017年2月24日にラグビー部の運営を一般社団法人横河武蔵野スポーツクラブ」に委託した。これは企業スポーツ活動の新しい在り方として、地域密着型の総合地域スポーツクラブを目指して設立された[3]

2020年8月現在は、男女社会人チーム(男子:アトラスターズ、女子:アルテミスターズ)のほか、男女の15歳以下を対象としたアカデミーチーム、女子の18歳以下を対象としたユースチームを保有している[3]。なお上述の通りNPOが別途運営していた東京武蔵野シティFCが、2020年8月にJリーグ昇格を正式に断念したことを受け、同サッカークラブの運営を2021年度から2022年度までに段階的に「横河武蔵野スポーツクラブ」に移譲し、同クラブのサッカー部として運営することが決まっていた[3] が、その後2021年1月に、東京ユナイテッドFCを運営する一般社団法人CLUB LB&BRBとの合弁による新法人「株式会社東京武蔵野ユナイテッドスポーツクラブ」を設立し、その中で東京武蔵野ユナイテッドFCを運営することになったが、2023年7月に解消され、再び横河武蔵野スポーツクラブの単独運営に戻った[4]

歴史

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1946年、横河電機製作所ラグビー部(呼称は横河電機または横河)が創部。2006年にラグビー部を「フラッグシップスポーツ」と定め、2008年にはチーム名を横河武蔵野アトラスターズに変更した[2]

1960年に発足した関東社会人リーグ[注 1] の1部リーグに初年度から参加。翌1961年の秋季トーナメント[注 2] では優勝も果たした古豪である。関東社会人リーグが東日本地域における社会人ラグビーのトップカテゴリーだった1960年から1987年までの間[注 1]全28シーズンで1部リーグに在籍した唯一のチームである。1988年に発足した東日本社会人リーグにも初年度から参加したが、3年目の1990年シーズンを最下位で終えると、関東社会人リーグ1部[注 1] に降格した[2]

1955年度には全国社会人大会に初出場した。以降、1989年度までの間に13回[注 3] の出場を果たし、ベスト4を4回(1955、1960、1962、1963年度)記録した。

2003年トップリーグ開幕後は、2部リーグに相当するトップイースト10に所属した。初年度は10チーム中9位に終わったが、2004年に元日本代表吉田義人がコーチに就任するとチームの成績は毎年向上し、2007-2008シーズンにトップイースト11(2006年にトップイースト10から改称)で全勝優勝してトップリーグ初昇格を決めた。しかし、2008-09シーズンのトップリーグを最下位で終え、わずか1年で自動降格した。

横河ヒューレット・パッカード

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1963年横河電機ヒューレット・パッカードの合弁会社として横河ヒューレット・パッカード株式会社が設立された。親会社である横河電機との関係でラグビー部の強化が図られ、全国社会人大会への出場実績もある。元社員には、ラグビー日本代表ラグビー協会役員もいた。特に早稲田大学ラグビー部で主将および監督として日本一を獲得した木本建治が有名である。

横河ヒューレット・パッカード(呼称は横河ヒューレット横河HPYHPなど)のラグビー部は、1963年の関東社会人リーグ(4部)に参加。1967年には1部リーグ昇格を果たした。1部リーグには通算8シーズン在籍し、最高成績は1977年の3位タイ[注 4] であった。

全国社会人大会には1964年度の第17回大会に出場(初戦敗退)した実績がある。

タイトル

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最上位リーグ

なし

下位リーグ
カップ戦

成績

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横河電機の戦績

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年度 地区 成績 備考
8 1955 関東 ベスト4 2 1 0 1 21 16 5 横河電機のチーム名で出場
9 1956 東京 ベスト8 2 1 0 1 11 23 -12
10 1957 東京 1回戦敗退 1 0 0 1 6 17 -11
11 1958 東京 ベスト8 2 1 0 1 30 6 24
13 1960 東京 ベスト4 3 2 0 1 23 32 -9
15 1962 東京 ベスト4 3 2 0 1 47 25 22
16 1963 東京 ベスト4 3 1 1 1 24 29 -5 準々決勝は引分(抽選で上位進出)
19 1966 東京 1回戦敗退 1 0 0 1 15 16 -1
20 1967 東京 1回戦敗退 1 0 0 1 3 34 -31
30 1977 東京 1回戦敗退 1 0 0 1 12 28 -16
31 1978 東京 ベスト8 2 1 0 1 58 22 36
42 1989 東日本 1回戦敗退 1 0 0 1 35 44 -9

横河ヒューレット・パッカードの戦績

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年度 地区 成績 備考
17 1964 東京 1回戦敗退 1 0 0 1 10 14 -4 横河ヒューレット・パッカードのチーム名で出場

リーグ戦戦績

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トップリーグ創設以前

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年度 所属リーグ Div. 順位 試合 勝利 引分 敗戦 得点 失点 得失差 備考
1960 関東社会人リーグ 秋季トーナメント 準優勝 5 4 0 1 55 28 27 1回戦・2回戦は不戦勝
関東社会人リーグ 春季リーグ 1部 1部 4位 9 6 0 3 145 77 68  
1961 関東社会人リーグ 秋季トーナメント 優勝 5 5 0 0 131 39 92 2回戦から登場
関東社会人リーグ 春季リーグ 1部 1部 4位 9 5 0 4 200 110 90  
1962 関東社会人リーグ 秋季トーナメント 準優勝 5 4 0 1 ≥111 ≥41 不明 2回戦から登場
3回戦のスコア不明
関東社会人リーグ 春季リーグ 1部 1部 3位 7 4 1 2 ≥89 ≥56 不明 1試合のスコア不明
1963 関東社会人リーグ 秋季トーナメント ベスト4 4 3 0 1 86 35 51 2回戦から登場
関東社会人リーグ 春季リーグ 1部 1部 6位 7 2 0 5 68 123 -55  
1964 関東社会人リーグ 秋季トーナメント ベスト8 3 2 0 1 74 18 56 2回戦から登場
関東社会人リーグ 春季リーグ 1部 1部 4位 7 2 2 3 91 98 -7  
1965 関東社会人リーグ 秋季トーナメント ベスト8 4 3 0 1 ≥42 ≥23 不明 1回戦のスコア不明
関東社会人リーグ 春季リーグ 1部 1部 4位 7 3 1 3 85 85 0  
1966 関東社会人リーグ 秋季トーナメント ベスト8 4 3 0 1 30 43 -13 1回戦・2回戦は不戦勝
関東社会人リーグ 春季リーグ 1部 1部 4位 7 3 0 4 105 99 6 3チーム同率4位
1967 関東社会人リーグ 秋季トーナメント 3回戦 3 2 0 1 87 34 53 2回戦は不戦勝
関東社会人リーグ 春季リーグ 1部-A 1部 4位 4 1 0 3 43 90 -47  
1968 関東社会人リーグ 秋季トーナメント ベスト4 5 4 0 1 ≥23 ≥22 不明 2回戦から登場
2回戦・3回戦・4回戦のスコア不明
関東社会人リーグ 春季リーグ 1部-A 1部 1位 4 3 0 1 ≥25 ≥25 不明 1試合のスコア不明
3チーム同率1位
優勝決定戦は実施されず
1969 関東社会人リーグ 1部-A 1部 2位 4 3 0 1 ≥84 ≥31 不明 1試合のスコア不明
1970 関東社会人リーグ 1部-A 1部 4位 4 1 0 3 47 89 -42  
1971 関東社会人リーグ 1部-A 1部 3位 4 1 0 3 50 78 -28 3チーム同率3位
1972 関東社会人リーグ 1部-B 1部 2位 4 2 0 2 58 108 -50 3チーム同率2位
1973 関東社会人リーグ 1部-B 1部 2位 4 2 0 2 38 54 -16 3チーム同率2位
1974 関東社会人リーグ 1部-A 1部 4位 5 2 0 3 53 136 -83 同率4位
1975 関東社会人リーグ 1部-A 1部 4位 5 2 0 3 85 169 -84  
1976 関東社会人リーグ 1部-A 1部 4位 5 2 0 3 117 104 13  
1977 関東社会人リーグ 1部-A 1部 4位 5 2 0 3 87 141 -54  
1978 関東社会人リーグ 1部-A 1部 1位 5 4 0 1 137 111 26 3チーム同率1位
優勝決定戦に進出できず
1979 関東社会人リーグ 1部-B 1部 1位 5 5 0 0 178 34 144 優勝決定戦でリコーに敗戦
1980 関東社会人リーグ 1部-A 1部 1位 5 5 0 0 106 42 64 優勝決定戦で東京三洋に敗戦
1981 関東社会人リーグ 1部-A 1部 3位 5 3 0 2 93 80 13  
1982 関東社会人リーグ 1部-B 1部 4位 5 1 1 3 52 108 -56  
1983 関東社会人リーグ 1部-B 1部 4位 5 2 0 3 50 111 -61 同率4位
1984 関東社会人リーグ 1部-B 1部 3位 5 2 0 3 117 114 3 3チーム同率3位
1985 関東社会人リーグ 1部-B 1部 2位 5 4 0 1 84 45 39  
1986 関東社会人リーグ 1部-A 1部 3位 5 3 0 2 100 88 12  
1987 関東社会人リーグ 1部-B 1部 3位 5 3 0 2 109 128 -19  
1988 東日本社会人リーグ 1部 8位 7 0 0 7 75 258 -183  
1989 東日本社会人リーグ 1部 6位 7 1 0 6 148 276 -128 3チーム同率6位
1990 東日本社会人リーグ 1部 8位 7 0 0 7 67 314 -247  
1991 関東社会人リーグ 1部 2部 優勝                
1992 関東社会人リーグ 1部 2部 2位                
1993 関東社会人リーグ 1部 2部 3位                
1994 関東社会人リーグ 1部 2部 5位               同率5位
1995 関東社会人リーグ 1部 2部 8位                
1996 関東社会人リーグ 1部 2部 8位 7 0 0 7        
1997 関東社会人リーグ 1部 2部 8位 7 1 0 6        
1998 関東社会人リーグ 1部-A 2部 5位 7 3 0 4        
1999 関東社会人リーグ 1部-A 2部 7位 7 1 0 6        
2000 関東社会人リーグ 1部-B 2部 4位 7 5 0 2        
2001 関東社会人リーグ 1部-B 2部 5位 7 4 0 3        
2002 関東社会人リーグ 1部-B 2部 4位 7 4 0 3        

トップリーグ創設以降

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  • 2003-2004シーズン トップイースト10 9位(1勝8敗)
  • 2004-2005シーズン トップイースト10 8位(2勝6敗1分)
  • 2005-2006シーズン トップイースト10 6位(3勝6敗)
  • 2006-2007シーズン トップイースト11 4位(7勝3敗)
  • 2007-2008シーズン トップイースト11 優勝(10勝)、トップチャレンジ1・2位、トップリーグに自動昇格
  • 2008-2009シーズン トップリーグ 12位(1勝12敗)トップイーストリーグに自動降格
  • 2009-2010シーズン トップイーストリーグ 2位(10勝1敗)、トップチャレンジ2・1位、トップリーグ入替戦・敗戦、トップイーストリーグ残留
  • 2010-2011シーズン トップイーストリーグ 6位(6勝5敗)
  • 2011-2012シーズン トップイーストリーグDiv.1 9位(1勝8敗[注 5])、順位決定戦・1位、トップイーストリーグDiv.1残留
  • 2012-2013シーズン トップイーストリーグDiv.1 7位(3勝6敗)
  • 2013-2014シーズン トップイーストリーグDiv.1 2位(8勝1敗)、トップチャレンジ2・1位、トップチャレンジ1・4位、トップリーグ入替戦・敗戦、トップイーストリーグDiv.1残留
  • 2014-2015シーズン トップイーストリーグDiv.1 6位(4勝5敗)
  • 2015-2016シーズン トップイーストリーグDiv.1 8位(2勝7敗)
  • 2016-2017シーズン トップイーストリーグDiv.1 6位(4勝5敗)
  • 2017-2018シーズン トップイーストリーグDiv.1 3位[注 6](7勝2敗)
  • 2018-2019シーズン トップイーストリーグDiv.1 3位(6勝3敗)
  • 2019-2020シーズン トップイーストリーグDiv.1 2位(8勝1敗)、リーグ再編に伴いトップイースト-Aへ参入
  • 2021-2022シーズン トップイーストリーグAグループ 4位(2勝6敗)、トップイーストリーグ入替戦・勝利、トップイースト-A残留
  • 2022-2023シーズン トップイーストリーグAグループ 3位(5勝3敗)

2021年度スコッド

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2021年度のスコッドは次の通り[5]太字は今年度からの新加入選手。

2022年4月加入予定選手

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過去の所属選手

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所属選手の不祥事

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2011年9月25日、試合中にスクラムの組み方を巡ってもめた際、東日本大震災の被災地・岩手県釜石市を拠点とする釜石シーウェイブスの選手に対し、横河の選手が「お前ら、震災で頭おかしくなったんちゃうか」と暴言を吐き[6][7]、試合翌日から30日間の対外試合出場停止処分を受けた。その後の半月間も活動自粛したため、都合4試合を欠場することとなった[8]。。

脚注

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注釈

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  1. ^ a b c d 1960年度-1987年度の関東社会人リーグは東日本における社会人ラグビーのトップカテゴリー。1988年度以降は、東日本社会人リーグトップリーグ等の下位リーグとなっている。
  2. ^ a b 1960年度-1968年度の関東社会人リーグは、秋季トーナメントと春季リーグが開催されていた。
  3. ^ 第17回大会の横河ヒューレット・パッカードとしての出場を含む。
  4. ^ ただし当時の関東社会人リーグの1部リーグはA・Bブロックの2ブロックに分かれて開催されており、当チームはBブロックの3位タイであった。なお、2つのブロック間に優劣はない。
  5. ^ 活動自粛による4試合の不戦敗を含む成績。
  6. ^ 清水建設ブルーシャークスと勝ち点で並んでいたが、総得失点差により3位。

出典

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  1. ^ 横河電機武蔵野グラウンド
  2. ^ a b c チーム情報”. 横河武蔵野アトラスターズ. 2021年1月16日閲覧。
  3. ^ a b c 【お知らせ】東京武蔵野シティフットボールクラブ運営法人の変更について(サッカー・東京武蔵野シティフットボールクラブリリースより)
  4. ^ チーム運営に関する提携解消について』(プレスリリース)一般社団法人横河武蔵野スポーツクラブ、2023年7月12日https://fc.yokogawa-musashino.jp/view/1322023年11月6日閲覧 
  5. ^ 選手・スタッフ
  6. ^ 釜石の選手に暴言=「震災で頭おかしくなった」 - 時事ドットコム 2011年10月12日
  7. ^ 社会人ラグビー:釜石戦で震災絡め暴言…横河電機選手処分”. 毎日jp. 毎日新聞. 2011年10月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年8月1日閲覧。
  8. ^ 試合中の不適切な言動に対するお詫びと対応について

関連項目

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外部リンク

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