あきた十文字映画祭
この記事のほとんどまたは全てが唯一の出典にのみ基づいています。 (2018年8月) |
あきた十文字映画祭 Jumonji Cinema Festival | |
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十文字文化センター(2021年まで) | |
イベントの種類 | 映画祭 |
開催時期 | 毎年2月 |
初回開催 | 1991年 |
会場 | 十文字コミュニティセンター |
主催 | 十文字映画祭実行委員会 |
最寄駅 | JR東日本奥羽本線十文字駅 |
公式サイト |
あきた十文字映画祭(あきたじゅうもんじえいがさい)は、秋田県横手市十文字地域(旧平鹿郡十文字町)で毎年2月上旬から中旬にかけての時期に開催される映画祭。1991年に始まった[1]。
概要
[編集]1991年、自主上映サークル「夜間飛行」のメンバーを中心に、スクリーンで映画を観る場が少なくなってきていた秋田県南部地区で「映画のある町づくり」を目指して企画された[1]。第1回は1991年12月31日から1992年1月5日まで行われた。12月31日は『波の数だけ抱きしめて』『稲村ジェーン』をドライビングシアターで、1月1日から5日までは『ウホッホ探険隊』『サード』『砂の器』『遠雷』『ビルマの竪琴』『ダイ・ハード2』『男はつらいよ/ぼくの伯父さん』『ちびまる子ちゃん/ドラえもん』を上演した[1]。4日には根岸吉太郎(監督)、永島敏行(俳優)、荒井晴彦(脚本家)、東海林良(作詞家)、白鳥あかね(スクリプター)、大高真寿美(NHKFM パーソナリティ)をゲストにまねき、シネマフォーラムがひらかれた[2][注釈 1]。
第2回以降は、開催月を2月に変更した。第2回は、1993年2月11日から2月14日までの4日間開催された。日本映画では『寝盗られ宗助』『阿賀に生きる』『天空の城ラピュタ』『喜びも悲しみも幾歳月』『ファンシイダンス』『無能の人』『空がこんなに青いわけがない』『シコふんじゃった』、外国映画では、『ヒンドとカミリアの夢』(1988年、インド、ムハマド・カーン監督)、『ざくろと笛』(1989年、イラン、サイード・エブラヒミファル監督)、『ジャッカルの夜』(1989年、シリア、アブドラルラティフ・アブドルハミド監督)、『ビレッジボーイ』(1990年、マレーシア、アザド・カーン監督)、『スワミー』(1987年、インド、シャンカール・ナグ監督)などを上演している[3]。シネマフォーラムは、周防正行(監督)、柄本明(監督・俳優)、永島敏行(俳優)、清水美砂(女優)、白鳥あかね、荒井晴彦、寺脇研(映画評論家)がゲストとして参加した[3][注釈 2]。
以後、現在まで最新の邦画、新人監督、アジア圏映画の3つが映画祭の柱となっている[1]。
ゲスト俳優一覧
[編集]男性
[編集]- 奥田瑛二、永島敏行、豊川悦司、柄本明、塩屋俊、大杉漣、阿部寛、佐藤浩市、北村一輝、高岡蒼佑、役所広司、國村隼、松重豊、山本浩司、柳葉敏郎、若林豪、袴田吉彦、チョウ・バンホウ、大和武士、岡田義徳、草野慶太、柄本佑、奥村公延、島田達樹、木下ほうか、伊藤淳史、新井浩文、三浦誠己、久野雅弘、斎藤歩、浅利陽介、細川茂樹、関裕也、山下徹大、山田キヌヲ、川瀬陽太、綾田俊樹、田口トモロヲ、桐山漣、西島秀俊、伊勢谷友介、品川徹、田中洋之助、柄本時生
女性
[編集]- 清水美砂、江口のりこ、余貴美子、山口智子、松坂慶子、服部妙子、吉行和子、安部聡子、渡辺美佐子、大竹一重、藤本喜久子、大路恵美、佐藤仁美、佐藤康恵、岡元夕紀子、粟田麗、三輪明日美、小沢まゆ、須之内美帆子、ひふみかおり、西田尚美、唯野未歩子、黒川芽以、齋藤桂子、村松恭子、松本夢子、重村真智子、安藤さくら、宮田早苗、藤真美穂、山崎ハコ、菜葉菜、森下くるみ、白都真理、志田未来
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b c d あきた十文字映画祭公式サイト - ウェイバックマシン(2004年2月4日アーカイブ分)
- ^ 第1回 あきた十文字映画祭 ヒストリー - ウェイバックマシン(2004年2月14日アーカイブ分)
- ^ a b 第2回 あきた十文字映画祭 ヒストリー - ウェイバックマシン(2004年2月14日アーカイブ分)