日月神示
日月神示(ひつきしんじ)は神典研究家で画家でもあった岡本天明、1897年(明治30年)12月4日–1963年(昭和38年)4月7日に「国常立尊」(別名、国之常立神)と呼ばれている高級神霊より自動書記によって降ろされたとされる神示、神典である。原文はほとんどが漢数字、かな文字、記号の混じった文体で構成され抽象的な絵のみで書記されている「巻」も有る[1]。
その難解さから当初は書記した天明自身もほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者の協力などで少しずつ解読が進み天明亡き後も妻である岡本三典、1917年(大正6年)11月9日–2009年(平成21年)6月23日の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われている。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれている箇所もあり[2]解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的で、その為に仮訳という副題を添えての発表も有った。なお、日月神示の構成は本巻38巻と補巻1巻の計39巻から成る。別名「ひふみ神示」または、「一二三神示」とも呼ばれる。また、上記の他にも神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻有り、天明は「これら未発表のものは、或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります。」と昭和36年に語っている[3]。日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作等により広く一般にも知られるようになって来たと言われている。
日月神示の降ろされた時代背景
第二次世界大戦も終盤に差し掛かった昭和19年(1944年)4月18日に今後の戦局を占う意味や日本の古代史の事を聞く目的もあって東京の原宿で扶乩(フーチ)実験が行われた。扶乩とは中国に昔から伝わる神霊の御神意をうかがう占い方法で、二人一組で行う一種の自動書記現象であるが、この時の参加者は日本の古代史を研究していた修史協翼会[4]のメンバーや、陸軍少将の小川喜一等、十数名であった。その場において審神者(サ二ワ)[5]兼司会進行役をつとめたのが岡本天明であったが(天明はこの頃、東京の千駄ヶ谷に在る八幡神社(鳩森八幡神社)で正神主が出征中の為、その代わりに留守神主をしていた)、この時に降臨した神霊がその後に日月神示を天明に書記させていく「国常立尊」で、これがその後に続く機縁の始まりだと言われている。ただこの時には「日月のかみ」や「天之日月神」と名乗り国常立尊とは名乗っていない。
(この「天之日月神」は「国常立尊」自身ではなく「国常立尊」と天明との間を仲介した媒介神霊または媒介天使だったという説も非常に有力である)
この扶乩実験の後、終戦直前の昭和20年の夏のある日に軍関係者(青年将校達数名)が天明のもとを訪れ、それまでに都合3度の内閣を組閣しその後も隠然とした力と、軍部の考えとは正反対に独自の終戦工作を画策していたらしい元内閣総理大臣経験者である「近衛文麿」に関して、将校達は「近衛は弱腰で役に立たない。このままでは日本は滅びるだけだ。そこで、御神霊の意見を是非うかがって、その返答によっては近衛の殺害も厭わない」と述べ、かなり殺気だった雰囲気に包まれたと言われている。しかし、それは天明の賢断によって無事に回避されたという。その判断とは「軍関係者の望んでいる答えと御神霊の答えが違っている場合はどうするのか?それを聞かなければお伺いは立てられない」と天明が語った事と、軍関係者達に神霊の言葉に従うという内容の約束をさせた事であった。神霊の答えは「それはならぬ」だったという。この頃はまだ日月神示の解読は十分されてはなかった筈だが、軍人の一部にはすでにこれを信頼し神聖視していた者もいたらしい[6]。神示にはその後の日本の敗戦を明らかに書記されている部分があり、希望を失っていた軍人の中でも、前もってそれを知っていた為に終戦時に自殺を思いとどまった者も多く居たという。
日月神示が遂に降ろされる
前述の扶乩実験の約2ヶ月後の6月10日に天明は同郷の先輩で知人でもあった高田集蔵[7]の誘いで千葉県印旛郡公津村台方(現・成田市台方)を訪れるが、そこに実験の時に現れた天之日月神を祀る延喜式内社で麻賀多神社の末社である「天之日津久神社」があった。 神典研究家で神名にも明るかった天明でも天之日月神がいかなる神なのか、また、どこに鎮座され祀られている神なのかが扶乩実験後もしばらくは分らなかったと後に述懐している[8]。
天明によると天之日津久神社を参拝し厚く御礼を申し上げ、社務所で一息ついている時に予期しない自動書記現象が起こったという。画家でもあった天明は画仙紙や矢立を常に持ち歩く習慣がありこの時も例外では無かったが、突然、額のあたりに「ピリッ」とした強い衝動と右腕に非常な激痛を感じ(天明の言葉によれば、右腕に焼火箸を突っ込まれたような激痛だったという)、矢立と画仙紙を取り出し、筆を画仙紙にのせたところ自分の意思に反して猛烈な勢いで筆が走り意味不明の殴り書きをした。
以前から霊的体験が豊富で自らも霊媒役等を務めた経験がある天明は、右腕の激痛時にこれらは自動書記の前触れかもしれないと瞬間的に思ったという。同時にこれ程強く肉体に感応する場合は従来の体験から考えて幽界からの感応ではないかと思い、少し困惑もしたという。しかし、前方(特に額部分)からきた事と(天明自身の述懐では、それまでにあった霊体験のもので幽界からの感応は、そのほとんどが肉体の背後からのものだったという)、激痛を感じながらも気分は悪くない事から、神界からのものだと思い直しこれを確信したという(神界からの感応と幽界からの感応の違いについては、「霊界と現界との関係」の節を参照)(参1)(参2)。
これ以前に天明が経験していた自動書記では天明自身が中止しようと思えば中止出来たが、今回の場合は中止しようとすれば更に右腕の激痛が耐えられぬほどになり全く自由にならなかったという。 これが後に日月神示と呼ばれる神示、神典でこの日が発現の重要な日となった。なお、書記を終えた時には先程までの右腕の激痛は嘘のように消えていたという。その後も神示が降りてくる時には右腕が痛くなり、書記が終われば治まるということの繰り返しが続いたと言われている。
なお、この時に書記されたものが日月神示の第一巻である「上つ巻」(うえつ巻)の第一帖及び第二帖であった。
日月神示原文と解釈
麻賀多神社の社務所で天明が最初に自動書記で書かされた原文は右のようなものであった。「二二八八れ十二ほん八れ ㋹の九二のま九十の㋹のちからをあら八す四十七れる」。これは次の通りに読めると言われている。 「富士は晴れたり日本晴れ 神の国のまことの神の力を現す世となれる」。続いて「卍も十も九も八きりたすけて七六かしい五くろうのない四かくるから 三たまを二たんにみかいて一すしのま九十を十四て九れ四 いま一十九十六あるか 九の九六八三たまを三かいておらぬ十こせぬ 九の四八まって二十十七一九六てある」。これについても、読み方は「仏もキリストも何もかも、ハッキリ助けてシチ難しい御苦労の無い世がくるからミタマを不断に磨いて一筋のマコトを通して呉れよ。今一苦労あるが、この苦労はミタマを磨いておらぬと越せぬ この世始まって二度とない苦労である」。
解釈としてはマコトの神が世に出現して神の力を現して、すべてを助け何の苦労もない理想的な世界に立て直していくが、その前には人類は未だかつてなかった程の大災厄や大試練を迎えなければならない。助かる為には身魂[9](心、精神、身体)を絶え間なく磨きつつ備えよ。磨いていなければ助かることが出来ない。という内容だと考えられている[10]。この身魂磨きや心の浄化、また正しい食生活で身体を健康で強壮なものに保っていく事の大切さは日月神示の主題と言っても良く、我々ひとりひとりがこの現界をより良く生きる為にも、この先に起こるとされる大峠を無事に乗り越える為にも極めて重大なことであり日月神示自体が降ろされた理由もこれに尽きると考えられる。なお、日月神示はこれらの帖を手始めに昭和19年から天明が亡くなる2年前の昭和36年まで17年間にわたり書記されていく。神示には「人間の生き方」、「正しい食生活について」、「夫婦の本当のありかた」、更には「霊界」の実相についても書記されているなど非常に広範囲にわたっての記述が見られるが、未来に関するいわゆる「予言書」的な記述部分も見られる。また、日月神示はそのほとんどが数字や記号で書記されているが、その理由を神霊自らが神示の中で
「高度の霊人の文字として、殆ど数字のみが使用されている場合もある。数字は、他の文字に比して多くの密意を蔵しているからである」(二日んの巻第十三帖)や「天人同志の文字は数字が多いぞ。天人の言葉はマコトであるから、只一言で万語を伝え得るぞ。」と「星座之巻」第十八帖、第十九帖で述べている。同様な事は18世紀の巨大な科学者にして、政治家であり、また、その後半生は霊能者として有名なスェーデンの貴族であるE.スウェデンボルグも天界探訪の事を記した自著(参3)で「天人の文字は数字ばかりであった。」と書いていて興味深いものが有る。日月神示より以前に他で出された神示類ではこのような事は見られず、神霊が「今まで他に出て居たのは皆、神示先(ふでさき)ぢゃ。ここは神示(ふで)ぢゃ。キの神示ぢゃ」(カゼの巻第六帖)と書記させている[11]。また、「アメの巻」第十三帖でも「外で判らん根本のキのこと知らす此の方の神示ぢゃ、三千世界[12]のこと一切の事説いて聞かして得心させて上げますぞや。落ち着いて聞き落としのない様になされよ。」とも語っている。
また、一方ではこの神示は単に現界に生きる人間のみならず、天界や霊界、また、その他多くの世界に住んでいる存在(神、竜神、天人、天使、霊人達)にも等しく与えられているらしい次のような記述も見られる。「この神示は、神と竜神と天人天使と人民たちに与えてあるのぢゃ」と「極め之巻」第十八帖で述べている。
三千世界の大道
日月神示の内容は極めて広範囲にわたり、そのそれぞれに多くの記述が見られるが最も大きな特徴は神霊自身が「下つ巻」第一帖や「黄金の巻」第二帖で「この道は宗教ではないぞ、教会ではないぞ、道ざから、今までの様な教会作らせんぞ。」や「今迄の日本の宗教は日本だけの宗教。この度は世界のもとの、三千世界の大道ぞ、教えでないぞ。」と述べているように神示を宗教でもなく教えでもなく三千世界の大道だと語っている事であろう。その為に既成宗教の信仰のあり方や教えとは大きく異なるものが多く、それらを否定している記述も随所に見られる。例えば既成宗教では有名な教えのひとつとされる「右の頬を打たれたら、左の頬も出しなさい」と言う教えについてでは日月神示を書記させたこの神霊は次のように述べている。
「右の頬をうたれたら左の頬を出せよ、それが無抵抗で平和の元ぢゃと申しているが、その心根をよく洗って見つめよ、それは無抵抗ではないぞ、打たれるようなものを心の中にもっているから打たれるのぞ。マコトに居れば相手が手をふり上げても打つことは出来ん、よくききわけてくだされよ。笑って来る赤子の無邪気は打たれんであろうが、これが無抵抗ぞ。世界一家天下太平ぢゃ、左の頬を出すおろかさをやめて下されよ」(極め之巻第十五帖)。
- (この帖に関しては、幼児虐待や幼児殺しをしてしまう親が度々ニュースになるなど、説得力のない文章だと考える人や意見もある。)
同様に既成宗教では神の「しるし」や「証し」として重要視される奇跡であるが、これについても完全に否定、いくつかの帖で言及し奇跡やこれらを求め信じる人に大きな警鐘を鳴らしている。「二日んの巻」第十三帖では「地獄的下級霊の現われには、多くの奇跡的なものをふくむ。奇跡とは大いなる動きに逆行する動きの現われであること知らねばならない。かかる奇跡によりては、霊人も地上人も向上し得ない。」や「黄金の巻」第二十二帖でも「奇跡では改心出来んのであるぞ」また、「龍音の巻」第十八帖では「正神には奇跡はない、奇跡ないことが大きな奇跡であるぞ、奇跡するものは亡びる。高級霊は態度が立派であるぞ。わかりたか。」と語られている。
また、他の多くの宗教が修行の一環として断食の必要性やその意義を説いているが日月神示では断食すること自体を厳しく戒めているのも注目される。「日月の巻」第三帖では「滝に打たれ断食する様な行は幽界の行ぞ。神の国のお土踏み、神国の光いきして、神国から生まれる食べ物頂きて、神国のおん仕事してゐる臣民には行は要らぬのざぞ。此の事よく心得よ。」と述べられ、滝に打たれたり、断食するような行は低い世界の行に過ぎず全く必要がないのだとされる。更に、「正しい食生活について」では「食物を食べるのも喜びであるぞ。正しき食物正しく食べよ。更に喜びふへて弥栄へるのぢゃ。悪い食物悪く食べるから悪くなるのぢゃ。何も彼も同様ぞ。人民は喜びの子と申してあろう。罪の子でないぞ。うれしうれしの道あるに、何故歩まんのぢゃ。」(春の巻第五帖)と語っている。
しかし、一方で多食や肉食についてはこれを戒めており、次のような帖もある。「食物節してこそ、ささげてこそ、運ひらけるのぢゃ。病治るのぢゃ。食物、今の半分で足りると申してあらうが。遠くて近いものヒフミの食べ方して見なされよ。運ひらけ、病治ってうれしうれしと輝くぞ。そんなこと位で、病治ったり、運開ける位なら、人民はこんなに苦しまんと申すが、それが理窟と申すもの。理窟悪と申してあるもの。低い学に囚われたメクラ、ツンボと申すものぞ。」(冬の巻捕帖)[13]「四ツ足を食ってはならん、共喰となるぞ、草木から動物生まれると申してあろう、臣民の食物は五穀野菜の類であるぞ。」(碧玉の巻第八帖)。なお肉食についてはそれを戒めつつも、次のようにも書記させている「獣の喰ひ物くふ時には一度神に献げてからにせよ、神から頂けよ、さうすれば神の喰べ物となって、何たべても大じょうぶになるのぞ」(天つ巻第五帖)。
「人間の生き方」に関しては次の記述が代表的なものであろう。
「臣民にわかる様にいうなれば、身も心も神のものざから、毎日毎日神から頂いたものと思えばよいのであるぞ、それでその身体をどんなにしたらよいかと云ふこと分かるであろうが、夜になれば眠ったときはお返ししてゐるのざと思へ、それでよく分かるであろうが。身魂みがくと申すことは、神の入れものとして神からお預りしてゐる、神の最も尊いとことしてお扱いすることぞ」(富士の巻第十四帖)。「目覚めたら其の日の生命お預りした事を神に感謝し、其の生命を神の御心のままに弥栄に仕へまつる事に祈れよ。神は其の日其の時に何すべきかに就いて教へるぞ。明日の事に心使ふなよ。心は配れよ。取越苦労するなよ。」(日月の巻第十五帖)と語っている。
更に夫婦のありかたについては次のように述べている。
「愛は養はねばならん。夫婦はいのちがけで、お互にきづき合はねばならんぞ。夫婦愛はあるのではない。築き上げねばならんぞ。つくり出すのぢゃ。そこに尊さあるぞ。喜びあるぞ。」(春の巻第二十六帖)。「家の治まらんのは女が出るからぞ。夫立てると果報は女に来るぞ。」(黄金の巻第七十二帖)、また「妻にまかせきった夫、夫にまかせきった妻の姿となれよ。信仰の真の道ひらけるぞ。一皮むけるぞ。岩戸ひらけるぞ。不二(富士)晴れるぞ。」(黄金の巻第九十九帖)、更には「夫婦けんかするでない。夫のみいかんのでない。妻のみ悪いのでないぞ。お互に己の姿を出し合ってゐるのぞ。よく会得せよ。」(月光の巻第九帖)とあり、お互いに信頼しきった夫婦関係が大切で信仰の礎であると語っている。
霊界と現界との関係
日月神示には霊界についての記述も多く見られるが、特に「二日んの巻」(ジシンの巻)や「龍音之巻」は、ほとんどがこれらについての記述である。そのなかでも、我々が住んでいる現界と関係が深いと思われるもので主なものを以下に箇条書きで記す。
- 広く霊界といっても神界と幽界に大別され、神界は天国と霊国に分けられ、幽界はそれぞれ、陽界と陰界に分けられる。
- 天国には天人が、霊国には天使が住み、幽界は陽界には陽霊人が、陰界には陰霊人が住んでいる[14]。
- 幽界は人間界と最も深い関係にあり、初期の神懸かりの殆んどはこの幽界からの感応によるものであるから注意が必要である。
- 高度の霊がただちに肉体人に感応する事はなく、それぞれの段階を経て感応するものであることを忘れてはならない。
- 参1 目に見えぬ所からの通信は高度のものほど肉体的には感応が弱くなり、暗示的なものになる。下級霊は現実界と紙一重の所に住んでいる為、その感応は極めて強く人間の目にはいかにも、もっともらしく映るので注意が必要である。
- 高度なものはその人間の心(精神)に応じてそれと同一波長の神霊に伝達され、その神霊の感応によって表現される。
- 下級霊が懸かった霊媒の態度や所作、動作、言動は高ぶったり、威張ったり、命令したり、断言したり、高度の神名を名乗ったりするものであるがこれらは良く見極めれば判る。
- 特別の使命を持つ天使は、最下級の霊界まで降って来て人間に特別な通信をしたり、指示したりする事がある。また天使の霊が母体に宿り人間として生まれて来ることもある。末世にはこの種の降誕人が沢山ある。
- 特別の使命を持つ天使は別として、人間霊以外の霊で人間に憑依するのは、日本を例にとれば神、天狗、仙人、狐、狸、猫などが大部分である。
- 先祖霊に化けて何かを企てる動物霊が多いから注意を要する。動物霊が祖先のことを知っているのは、その憑依の対象となる人間の肉体霊[15]の知っていることを、直ちに知り得るからである。
- 動物霊が人間の言葉を使うのは不可解にも思えるが、それは例えれば、他人の家に入り込んで其処に有る道具類をそのまま使うのと同じ道理である。動物霊でも他の霊でも人間に感応したならば、ある程度その人間の持つ言葉を使いこなせる。日本人に感応すれば日本語を、米国人ならば英語を語ることが出来る。
- 基本的に下級霊や動物霊は人間に感応はするが肉体の内部までは入り込めない。しかし、感応の度が強ければ入ったと同様に見える場合が有る。
- 例外として人間の魂と動物の魂が入れ替わっている事も有る。こうした場合は肉体に入り込んだと考えて良い。例えばそれが狐なら狐の様相を露呈するから、すぐ判るが悪行を積んだ霊などの場合は、その時代時代に合わせて化けているので見破る事が中々難しい。
- 少しでも、怪しいと思った場合はそれが神の言葉でも裏表の見境もなく闇雲に信じてはならない。例え神の言葉でも自分で一応考えて、審神する事が重要である。
- 人間霊の場合でも或種の霊は、自分自身が高度な神界に住んでいると誤信しているものがいるが、こうした霊が感応した場合は自信を以って断言する場合が多い。人間の知らぬ世界の事を自信を以って強く告げてくるので、判別は困難で多くの場合、審神者は参ってしまう。
- 仙人というのはどんなに高度に見えるものでも、幽界に属す。なぜなら、仙人界には戒律があるからである。神界には戒律はない。真の宗教に戒律はないのである。戒律がある宗教は亡びる。しかし、神界にも仙人的な存在はある。
- 竜体(竜神の事か?)を持つ霊は神界にも幽界にもある。竜体だからといってそれらが全て神界に属すると思うのは誤りである。
- 先祖霊が出る場合は、何か頼みたい事が有る場合が多い。浄化した高級霊ともなれば、人間の肉体に判るような感応はほとんどない。
- 先祖は現界に住んでいる肉体人を土台として修業するものである。また、同様に霊界に於ける自分は先祖との交流や交渉は深いものである。
- 下級霊や動物霊の場合は「酔いどれ」のように箸にも棒にもかからない事を言ってくる。霊の要求だからといって、そのまま受け入れるのではなく、よく判断した上で処理しなければならない。
- 霊眼で見たり霊耳で聞いたりすることは間違いが多い。霊耳は耳をふさいでも内から聞こえてくる。
- 参2 物を見るのは額で見ることが重要である。額の目に見の誤りは無く、額の判断に間違いは無い。また、悪の霊が懸かった場合は肉体の背後や首すじなどから感応し、肉体の「みぞおち」あたりに集まり、そこで頑張るものである。
- 霊覚者や行者の中には奇跡的な事や非常識な行動をする者がよくいて、一般人はそれに騙される事がよくある。これらは、いずれも下級霊の仕業である。
- 正神には奇跡はない。高級霊は態度が立派である[16]。
- どんな下級霊であっても、その霊を馬鹿にしてはならない。馬鹿にすると反射的に審神者を馬鹿にして始末に負えないことになるので思慮が必要である。特にその霊が病気に関連をもっている場合は微妙である。霊には常に愛を持って接し、柔らかく持ち掛け良い方向に導いて行こうとする努力が大切である。霊の邪道的要求を受けて一時的に病気を治すと、それに倍になってぶり返すものである。
- 悪霊自身は自身を悪だとは思っていない。
- 霊的良識は神示や神典類によって、また体験によって養われる。更には高度の科学書も参考になる[17]。
- 神界より真っ直ぐに感応する想念が正流である。幽界からや幽界を経て流れてくる想念が外流である。
- 人間界のことを良く知っている霊は人間界を去って間もない霊か地上世界に長く住んでいた動物霊か、人間に憑依していた霊である。
- 神の守護というのは人間からは全然判らないものである。判る様な守護は低い神や悪神の守護である。悪神でも大将ともなればその守護は人間には判らない[18]。
- 日本には日本の守護の神、中国には中国の、外国には外国のそれぞれの守護の神がいる。
- 今の人間は9分9厘は幽界との繋がりを持つから、よくよく自分自身を審神し反省する必要がある。
- 霊媒を通じてこの世に呼びかける霊の9分9厘は邪霊である。今後は更に激しくなる。
- 悪神が懸かった時は自分では偉い神様が乗り移ったと信じ込む場合が多い。それは自分の天狗のような高慢な心が原因である。
- 我は「天照大御神」などと名乗る霊にろくなものはいない。こうした霊に憑かれた人間は例外なく大言壮語するものであり、眉唾ものである。
- 幽界霊も時によっては正しく善なる事を言うが、それはただ言うだけである。例えるなら悪人が口先だけで善を語るようなものである。
- 良い言葉ならば、たとえ悪神が語ってもいいのでは?とも思えるが、それは理屈である。真の善言や真言は心、言葉、行ないが一致しているから直ちに力を持つが、それらが一致していないと力は出ないのである。言葉の上のみ同一であっても例えば、同じ「はい」という返事でも喜びの時と不満の時とでは違うように、偽りの言葉は落ち着いて聞けば判るものである。
- その人間の心に相応した神しか拝めない。悪い心で拝めば、どんなに立派な神前でも悪神が感応する。逆に悪神を拝んでも正しい愛や喜びがあり、善い念が通じるならば悪神は引っ込んでそれぞれの善い神が現れる。
- 2重3重人格というのは2重3重の憑き物の転換によるものであり、群衆心理とはその時の一時的な憑依霊の仕業である。また、流行病のほとんどが邪霊集団の作用や仕業によるものである。
- 霊人には何でも判っていると思うのは大きな間違いである。
- 人は死ぬ時の想念がそのまま続くので、その想念に応じた世界に住むことになるのである。この世を天国として暮らしていた人は天国へ、地獄と感じて生きていた人は自ら地獄的な想念を作り出してそのような世界に住むことになる。
- 神的自分が本守護神であり、霊的自分が正守護神である。また、幽界的自分が副守護神である。本守護神は大神の歓喜である。
- 人間の肉体は最底部をなすものであるから、肉体的動きの以前において必ず霊的動きが有る。また、肉体的には小さな行為であつても霊的には大きな意味や働きをしている場合が多い。
- 天界で起こった出来事は必ず現界にも起こる。しかし、その時の現界の状況にもある程度左右され、早くなったり逆に遅くなったりする場合がある。また、時によっては順序が違う場合もある。
- 天人や天使の行為が人間にうつるのであるが、逆に人間の自由や能力の如何によっての行為も天界や霊界に反映する。日本や外国では土地が違うように天界へのうつり方も違うのである。
- 悪い事(天災や戦争や世の中の騒動や混乱等)を待つ心は魔の心である。いつどこにそれらが来たり、起ったりするのかと待ち望んでいるような心は悪魔に使われているのである。
神の知らせと終戦
天明に日月神示が降り始めてから、まだ1年も経たない昭和20年の4月か5月のある日に(天明はこの頃は上記した東京、千駄ヶ谷の鳩森八幡神社で留守神主をしていた)、神前に座ると神霊の「天明、此所をやめい」と言うお告げが有り、これはそれから3日間にわたって連日続いたという。この後、天明が留守神主を辞職した直後の5月26日に米国軍の焼夷弾が本殿に落下し、危ういところで天明は一命を救われたという[19]。左記の事実は岡本三典が天明から直接に聞いた話として三典の著書(『日月神示はなぜ岡本天明に降りたか』)(参4)に記されている。
前述のように日月神示の書記が始まったのは、第二次世界大戦が終結する約1年2ヶ月前の昭和19年6月10日からであるが、この数日後に早くも枢軸国側と日本の敗戦を告げているらしい記述が見られる。「上つ巻」第四帖(参5)(書記日、昭和19年6月13日)では「ドイツもイタリアもあてにならぬ、世界中一つになりて㋹の国[20]に寄せて来るぞ。それなのに今のやり方でよいと思うてゐるのか。」(原文ではドイツは卍、イタリアは一十と書記されている)、更には日本が国家としての存続が危ぶまれるほどの大打撃を受け、東京もあたり一帯が焦土と化し焼け野原になってしまうらしい事が、「日本の国は一度つぶれた様になるのざぞ。一度は神も仏もないものと皆が思う世が来るのぞ。」(同巻第九帖、書記日、昭和19年6月17日)、「東京も元の土に一ときはかえるから、その積りでゐて呉れよ。神の申したこと違はんぞ。」(同巻第十一帖、書記日、昭和19年6月19日)、「江戸が元のすすき原になる日近づいたぞ。」(下つ巻第十六帖(参6)、書記日、昭和19年7月21日)で書記されている。これらについては歴史が証明しているように説明は不要であろう。
更に終戦の約2カ月前に書記された「松の巻」第七帖(参7)(書記日、昭和20年6月23日)では「偉い人皆俘虜(とりこ)となるぞ。夜明け近くなったぞ。夜明けたらなにもかもはっきりするぞ。夜明前は闇より暗いぞ慌てるでないぞ。」とあり、間もなく戦争が終わるらしい事と指導者達(政治家高官や軍事関係者上層部)が戦犯として逮捕、収監されるらしい事がこの時点ではっきりと述べられている。なお、上記した終戦時に自殺を思いとどまった軍人達の中にはこの記述を知っていた者もかなりの人数がいたと言われている。神示にはまた、敗戦後の復興や経済的な発展、そして日本人の精神的な凋落ぶりを指摘していると思われる帖も有るという。「アメの巻」第十四帖(参8)(書記日、昭和20年12月18日)では「今度の俘虜(とりこ)まだまだぞ、何れ元に帰って来るから、元に帰って又盛り返して来るなれど、またまた繰り返へすぞ。」や「|三の巻」(うみの巻)第四帖(参9)(書記日、昭和22年8月14日)でも「出てきてから、又同じ様なこと繰り返すぞ、今度は魂抜けてゐるからグニャグニャぞ、グニャグニャ細工しか出来んぞ、それに迷ふでないぞ。」とあり、これらは逮捕、収監されていた者も釈放、解放される事。また、敗戦後の復興の反面、精神的に退廃する社会や無気力な人間が多く現われて来る様子を書記させたものだと言われている。また、「黄金の巻」第五十九帖(参10)(書記日、昭和24年12月7日)では「金で世を治めて、金で潰して、地固めしてみろくの世[21]と致すのぢゃ。」と語られているが、これは近年興った「バブル景気」とその崩壊を指しているのではないかと考えられている。また、、2007年~2008年頃に米国より起ったリーマンブラザーズのサブプライムローン問題に端を発する100年に一度あるかないかと言われる全世界的な大不況を指しているとも考えられる。
未来に関しての記述
国常立尊と過去の預言者達
日月神示には未来に関しての記述も多く、上記した第二次世界大戦で主に陸軍の軍人達がこの神示を拠りどころにしていたのも戦争の行く末やその勝敗を知りたかった事も大きな理由のひとつだったと思われる。
神示の中ではこれから起こるらしい大災厄や戦乱を「大峠」や「三千世界の大洗濯」[22]と呼び、それらは現界に生きている人間のみならず霊界等も含めた全ての世界に等しく起こるとされ、神霊の別の言葉によれば「三千世界すべての大建替」になるという。また、洋の東西を問わず、預言者と称される人間が過去に幾人か現れて現在の世界が大災厄の末に終焉を迎える事と、その後にそれまでと全く異なる新しい「理想世界」の到来する事を説いているが、それらもすべて「国常立尊」と呼ばれるこの神霊の仕組みであったと神霊自身は語っている。「一火リの巻」(ヒカリの巻)第四帖で「世界国々所々に世の大洗濯知らす神柱現はしてあろが、これは皆この方の仕組ぢゃから皆仲良う手引き合ってやって呉れよ。」とあり、時代を超えて古くからこの神霊の仕組みや働きがあったものと考えられている。
なお、この先に起こるらしい未来の出来事やその対処について、神霊は「この先どうしたらよいかと云ふ事は、世界中金の草鞋(わらじ)で捜しても九九(ここ)より他分からんのざから、改心して訪ねて御座れ。」(松の巻第五帖)や「世が引繰り返って元の神世に返るといふことは、神神様には分って居れど、世界ところどころにその事知らし告げる神柱あるなれど、最後のことは九(こ)の神でないと分らんぞ。」(下つ巻第二十三帖)、「あちこちに臣民の肉体かりて予言する神が沢山出てゐるなれど、九分九厘は分りて居れども、とどめの最后(最期)分らんから、この方に従ひて御用せよと申してゐるのぞ。砂糖にたかる蟻となるなよ。」(天つ巻第四帖)と語っており、高級神霊や高級霊でも必ずしもその全てが、今後に起こる未来の正確な出来事やその結末、また救われる為にはどうすればよいのかといった対処の仕方や救済の方法を知っている訳ではないらしいという記述が見られる[23]。また、「みろくの世」と神霊が呼ぶ理想世界が来る前には我々が住むこの現界でもこうした肝心な事が何もわからない霊に憑かれた、怪しげな予言者や神懸りした宗教家(低級な神や霊が懸った宗教家)や指導者(同じく低級な神や霊が懸った霊能者やチャネラー)などが多く現れて、世の人を惑わすらしいと記されている次のような帖もある。「夜明け前になると霊がかりがウヨウヨ、勝手放題にまぜくり返すなれど、それもしばらくの狂言。」(星座之巻第十八帖)で書記され、こうした混乱も一時的で束の間のものでしかないと語られている。
しかし、一方では、「小さい事はサニワで家来の神神様から知らすのであるから、その事忘れるなよ」(下つ巻第二十六帖)や「ひむかとは神を迎えることぞ、ひむかのお役は人の病をなほして(治して)神の方へ向けさすお役ぞ」(上つ巻第五帖)と書記されている帖もあり、大きなことではなくても、国常立尊の眷属の神霊やその系統の神霊による知らせ、病気治しなどの働きとそうした仲介と役割を持つ現界の人間も存在するらしいことが述べられている。
三千世界の大洗濯と大峠
神示には過去にも世の建替は6度あったとあり、今後に起こるとされる大建替で7度目だという[24]。そして、これが最後なのだとも書記されている。過去6度のそれぞれについてはその全てが現界のみの建替でしかなかった為に、すぐに元に戻り根本的な大建替にはならなかったのだという。そして、今後に起こるとされる大建替では過去にあったそれらとは全く異なり、現界はもちろんの事、神界、霊界、幽界等も含めた全ての世界に起こり、天明が最初に麻賀多神社で書記させられたように、文字通り「この世始まって二度とない苦労」になるのだとされる。「松の巻」第十二帖では「前にも建替はあったのざが、三千世界の建替ではなかったから、どの世界にでも少しでも曇りあったら、それが大きくなって悪は走れば、苦労に甘いから、神々様でも、悪に知らず知らずなって来るのざぞ。」や「天つ巻」第二帖でも「これまでの改造は膏薬(こうやく)張りざから、すぐ元にかへるのぞ。今度は今までにない、文(ふみ)にも口にも伝えてない改造ざから、臣民界のみでなく神界も引っくるめて改造するのざから、この方らでないと、そこらに御座る守護神さまには分らんのぞ。」と述べられ、今までの建替とは違い三千世界すべてに渡って起こる大災厄と大建替になる事と国常立尊をはじめとした一部の高級神霊しか、それらの仕組みが分らないらしい事がここでも述べられている。
また、今度の建替と建直については次のように述べられている帖もある。「建替と申すのは、神界、幽界、顕界にある今までの事をきれいに塵一つ残らぬ様に洗濯することざぞ。今度と云ふ今度は何処までもきれいさっぱりと建替するのざぞ。建直と申すのは、世の元の大神様の御心のままにする事ぞ。御光の世にすることぞ。」(水の巻第十二帖)とあり、今度の大建替があらゆる世界に及ぶ事とその後の建直では想像を絶するような光の世界が到来することが書記されている。
予兆
上記の三千世界の大洗濯や大峠が来る直前にはいくつかの兆候があるのだと神示には書記されている。まず、天空に異常が現れ本来ひとつのはずの「太陽」が複数個見られる様になるという。また「月」にも異常が現れ太陽はその色が「黒く」月は「赤く」なり、空も赤く染まるのだという。また、北から軍事攻撃されるのが[25]、その始まりになるとも書記されている。これらは次のように述べられている。「北から攻めて来るときが、この世の終り始めなり、天にお日様一つでないぞ、二つ三つ四つ出て来たら、この世の終りと思へかし、この世の終りは神国の始めと思へ臣民よ、神々様にも知らすぞよ。」(富士の巻第十六帖)「月は赤くなるぞ、日は黒くなるぞ、空はち(血)の色となるぞ、流れもちぢゃ、人民四つん這ひやら、逆立ちやら、ノタウチに、一時はなるのであるぞ。」(紫金之巻第五帖)と書記されている。天空の異変については、上記以外にも「宵の明星[26]が東へ廻ってゐたら、愈々(いよいよ)だぞ。天の異変気付けと、くどう申してあろがな。」(松の巻第十九帖)、更には「天の異変気付と申してあろが冬の次が春とは限らんと申してあろが。夏雪降ることもあるのざぞ。人民の邪気が凝りて、天にも地にも、わけの判らん虫わくぞ。」(夜明けの巻第三帖)、同様に「空に変りたこと現はれたならば地に変りたことがあると心得よ、いよいよとなりて来てゐるのざぞ」と神示には複数の帖で書記されている。また、「八のつく日に気つけて呉れよ、だんだん近づいたから、辛酉(かのととり)はよき日、よき年ぞ。冬に桜咲いたら気つけて呉れよ。」(下つ巻第三十帖)などでも書記されており、冬に桜が咲いたり夏に雪が降ったりといった季節の異常なども大きな予兆になるのだという。
大峠
上記した予兆の後に起こるとされる大戦乱や天変地異についての記述は神示の中に多く見られるが、戦乱については多くの国がひとつになって日本に攻めて来るのだという。また、時を同じくして天変地異なども起こると神示には書記されている。「富士の巻」第三帖で「メリカもギリスは更なり、ドイツもイタリもオロシヤも外国はみな一つになりて㋹の国に攻め寄せて来るから、その覚悟で用意しておけよ。どこから何んなこと出来るか、臣民には分かるまいがな。」と書記されアメリカ、イギリス、ドイツ、イタリア、ロシアなどの国の軍隊が日本に攻めて来るらしい事が述べられている。また、天変地異については「下つ巻」第二十八帖で「またたきの間に天地引繰り返る様な大騒動が出来るから、くどう気つけてゐるのざ、さあといふ時になりてからでは間に合はんぞ、用意なされよ。」や、更にはそれだけにとどまらず、「人民のイクサや天災ばかりで、今度の岩戸ひらくと思ふてゐたら大きな間違ひざぞ、戦や天災でラチあく様なチョロコイことでないぞ、あいた口ふさがらんことになりて来るのざから、早うミタマ磨いてこわいもの無いやうになっておりてくれよ、肉体のこわさではないぞ、タマのこわさざぞ、タマの戦や禍は見当とれまいがな、神のミコトにきけよ、それにはどうしてもミタマ磨いて神かかれる様にならねばならんのざ。神かかりと申しても其処らに御座る天狗や狐や狸つきではないぞ。まことの神かかりであるぞ。」(磐戸(一八十)の巻第七帖)とあり、本当の怖さは人間の戦争や天災、また、肉体などではなくタマ(魂)の災禍の怖さなのだという。同様に次のように書記されている帖もある。「戦恐れてゐるが臣民の戦位、何が怖いのぞ、それより己の心に巣くうてる悪のみたまが怖いぞ。」(富士の巻第七帖))と書記され本当の怖さは魂のそれだとここでも述べられている。なお、神示の中で書記されている天変地異については次のような災いが起こるとされる。
- 世界中が唸り、陸が海となるところや、海が陸になるところもあるという[27]。(上つ巻第三帖)、(地つ巻第十六帖)
- 大地震、火の雨降らしての大洗濯になるという。(紫金之巻第五帖)
- 火と水の災難がいかに恐ろしいかを大なり小なり知らされる事になるという。(富士の巻第十九帖)
- 一時は天も地も一つにまぜまぜになるという。(富士の巻第十九帖)
- 天地がうなり、上下引っくり返るという。(上つ巻第二十七帖))
- 大風が起こり、大海原には竜巻が発生し、やがて火の雨と地震が、山は火を噴きどよめくという。(富士の巻第二十四帖)
- 富士山がいよいよ動くのだという。(上つ巻第二十一帖)
- 大地も転位、天も転位するという。(五葉之巻第十五帖)
その他エピソード等
- 天明が知人である高田集蔵の誘いで、昭和19年6月10日に千葉県印旛郡公津村台方(現・成田市台方)を訪れたのはその近くに「どぶろく」を造っている家が在り、そこに行けば「どぶろく」を飲めると言う事が最初の理由だったらしい。当時は戦時中でもあり酒には不自由していた時代であった。天明自身は酒がかなり好きだったといわれる。しかし、先方の都合で結局、酒は飲めなかったという[28]。
- 天之日津久神社に参拝し、自動書記も終えて無人の社務所で休んでいた時に籠を背負った農家風の老婆が現れ天明と親しくなり、社務所にあった御神酒を2人で平らげてしまったという。老婆はまるでここの主でもあるかのように、遠慮もなく酒瓶を持ち出して来て、天明に酒を飲むように勧めたらしい。その雰囲気は天明に勧めつつ、そしてまた自分も共に飲むといった感じで、自然で上手だったと天明は後に語っている。その後も神社近くの老婆の裕福そうな家でたらふく御馳走になったという。
- この2年後に天之日津久神社近くに天明は住むことになるが、この老婆にまず、挨拶しようと老婆の家を探したが家もなく老婆もおらず(天明の後の述懐によれば、そこに家があったと思われる痕跡すら無かったという)[29]、近所の人に聞いても分からず、浦島太郎になったような釈然としない不思議な気持ち(天明の言葉によれば、今浦島のような気持ち)だったという。
- 岡本三典によると天明は神示が降ろされてからも、しばらくの間はそれを全くと言っていいほど読む事も出来ず内容も解らなかった為、下級霊の仕業に依るものだと思っていたらしい。その為に書記された原文も放って置いたり、中には捨ててしまったものさえあったという。神示の重要性を最初に気付き天明に知らせたのは、「大本」時代からの知り合いである「矢野新(矢野シン)」(海軍大佐の矢野祐太郎の妻)だったと言われている。この矢野新は優れた霊能者であり天明から原文を見せられた時に、即座にその重大性を直感、認識し「これは正真正銘の太神様の御真筆ですよ」と顔色を変えて答えたという。
- この後、矢野が呼びかけ幾人かの霊能者や神典研究家が集まり神示の解読を目的とした研究会が誕生。神示は少しずつ解読されていったという。
- 上記の矢野以外で早い時期(三典の著書では矢野が原文を見せられる前だった可能性が高い)に神示の重要性に気付いた、もう一人の人物が天明と同じく鳩森八幡神社で留守神主を務めていた「法元」だったという。法元も陸軍大佐であり、軍人達の中(特に陸軍内)に日月神示を知っている者が多かったのはこれが理由のひとつだったと思われる。また、神示が散逸せずに無事に残ったのもこの法元のおかげであったと三典は自著で記している。おそらく法元は八幡神社で勤務していた時に、天明が自動書記で神示を書かされる場面を垣間見た事があり、その姿や雰囲気(多分、書記している時の天明の表情と書記されていく速度の猛烈な速さ)に大きく感銘を受け心を動かされたものと思われる。軍人でありながら留守神主の一人に任命されている事からも法元自身が、こうした事を目の当たりにしても、それを冷静に受け入れて認められるだけの相当な神道知識と素養(ある程度の霊能力を持っていた可能性がある)を持っていたと考えられ、この「法元」という名前自体もそれに基づく「神号」か「道号」または「雅号」だと推測される。しかも、陸軍大佐という高位の立場にあった為、陸軍内における発言力や影響力も大きく、この神示の重大性を上層部や仲間の軍人達に報告、進言し軍内に流布する大きなきっかけになったであろう事も同じく推測される。
- その後に天明自身も神示の重要性に気付き書記されたものを清書したりしていたが、清書した神示のいくつかは、神前に供えていたところ霊化して消えて無くなってしまったという。(清書したものが消えて、原文は残っていたと思われる。)
- 天明自身はもともと、かなりの小食家だったが神示が降りる前には更に少なくなり、1日に餅1個やリンゴ1個しか食べない日が続いたという。それでも本人は元気で気分は至って爽快だったらしい。
- 神示の中で「天明は神示うつす役、書かす御役」(極め之巻第十帖)(参11)や「天明は神示書かす御役ぞ、陰の役ぞ」(地つ巻第二十九帖)(参12)などと書記されている部分があるが、神霊も天明に懸かるのが難しい時や苦労した場合もあったらしい。それに関して次のように神霊が述べている帖がある。「天明阿房になりて呉れよ、我すてて呉れよ、神かかるのに苦しいぞ。」(地つ巻第十二帖)。「テンメイかいしん(改心)まだまだのまだであるぞ。」(黄金の巻第二十五帖)(参10)[30]。
- 国常立尊の姿については、「下つ巻」第三帖(参6)で「この神のまことの姿見せてやる積りでありたが、人に見せると、びっくりして気を失ふもしれんから、石にほらせて見せておいたのにまだ気づかんから木の型をやったであろうがな、それが神の或る活動の時の姿であるぞ、神の見せ物にしてはならんぞ。」や「天つ巻」第四帖(参13)でも「この方は元の肉体のままに生き通しであるから、天明にも見せなんだのぞ。」と書記されているが、天明自身も若い頃に所属していた「大本」の「出口王仁三郎」によると、その姿は光明に輝き、切れ長の深いまなじりに光をたたえた、「八握の神剣」を腰に帯刀した白髪の老神だったという。(出口和明『(実録 出口王仁三郎伝)大地の母3巻 地獄の釜』)(参14)。また、同じ「大本」の「出口なお」も霊夢で見た国常立尊の姿は純白の衣冠束帯で剣も白金の光芒を射放つ、眩いばかりの神だったという。(出口和明『(実録 出口王仁三郎伝)大地の母4巻 立春の光』)(参15)。
- 神示によると世の中が乱れたのは人間界からではなく、神界からなのだという。「んめの巻(梅の巻?運命?の巻)」第十帖で(参16)「世は神界から乱れたのであるぞ、人間界から世建直して地の岩戸人間が開いて見せると云ふ程の気魄(きはく)なくてならんのざぞ、その気魄幸はふのざぞ、岩戸ひらけるぞ。」と述べ人間界側からの努力が大切なのであると語られている。また、同巻の第二十四帖でも「人民も磨けば神に御意見される程に身魂に依ってはなれるのであるぞ、何より身魂磨き結構。」とも書記させている。
日月神示目次
本巻
- 参5 第一巻 上つ巻 (昭和19年6月10日~7月9日) (全42帖)
- 参6 参8 第二巻 下つ巻 (昭和19年7月12日~8月3日) (全38帖)
- 第三巻 富士の巻 (昭和19年8月10日~8月30日) (全27帖)
- 参13 第四巻 天つ巻 (昭和19年8月31日~9月14日) (全30帖)
- 参12 参12 第五巻 地(九二)つ巻 (昭和19年9月15日~10月11日) (全36帖)
- 第六巻 日月の巻 (昭和19年旧暦9月1日(新暦10月17日)~11月30日) (全40帖)
- 第七巻 日の出の巻 (昭和19年12月1日~12月29日) (全23帖)
- 第八巻 磐戸(一八十)の巻 (昭和19年12月30日~昭和19年旧 11月30日(新 昭和20年1月13日)(全21帖)
- 第九巻 キの巻 (昭和20年1月29日~3月20日) (全17帖)
- 第十巻 水の巻 (昭和20年旧 3月10日(新 4月21日)~6月23日) (全17帖)
- 参7 第十一巻 松の巻 (昭和20年6月17日~7月19日) (全29帖)
- 第十二巻 夜明けの巻 (昭和20年7月21日~8月10日) (全13帖)
- 参8 第十三巻 アメの巻 (昭和20年10月13日~12月19日) (全17帖)
- 第十四巻 カゼの巻 昭和20年12月25日~昭和21年2月16日) (全17帖)
- 第十五巻 一八(いは)の巻 (昭和21年旧 1月15日(新 2月16日) (全11帖)
- 第十六巻 アレの巻 (昭和21年1月19日) (全1帖)
- 第十七巻 二日んの巻(ジシンの巻) (昭和20年9月10日~10月30日) (全19帖)
- 第十八巻 一火リの巻(ヒカリの巻)(昭和21年2月24日~7月27日) (全8帖)
- 第十九巻 〇つりの巻(マツリの巻) (昭和21年8月8日~昭和21年8月31日) (全23帖)
- 参16 第二十巻 んめの巻(梅の巻?運命の巻?) (昭和21年9月28日~12月14日) (全28帖)
- 第二十一巻 三ラの巻(そらの巻) (昭和22年1月1日~4月5日) (全14帖)
- 第二十二巻 ア火ハの巻(アホバの巻) (昭和22年4月26日~8月12日) (全23帖)
- 参9 第二十三巻 |三の巻(ウミの巻) (昭和22年8月13日~8月23日) (全19帖)
- 参10 参10 第二十四巻 黄金の巻(コガネの巻)(昭和24年11月17日~昭和25年1月18日) (全100帖)
- 第二十五巻 白銀の巻(シロガネの巻) (昭和24年12月14日~昭和25年5月8日) (全7帖)
- 第二十六巻 黒鉄の巻(クロガネの巻) (昭和25年1月22日~10月18日)(全39帖)
- 第二十七巻 春の巻 (昭和27年旧 1月1日(新 1月27日)~2月15日) (全60帖)
- 第二十八巻 夏の巻 (昭和27年3月3日~3月8日) (全25帖)
- 第二十九巻 秋の巻 (昭和27年4月11日)(全28帖)
- 第三十巻 冬の巻 (昭和27年5月5日~6月9日) (1帖及び補帖1帖)
以下、第三十一巻から第三十八巻までの8巻は五十黙示録(いせもくじろく)と呼ばれている。
五十黙示録(いせもくじろく)
- 第三十一巻 扶桑の巻(昭和36年5月5日) (全15帖)
- 第三十二巻 碧玉之巻(昭和36年5月6日) (全19帖)
- 第三十三巻 星座之巻(昭和36年5月10日) (全24帖。第25帖まであるが第24帖が欠帖の為、帖数は全24帖となる)
- 第三十四巻 龍音之巻(昭和36年8月3日) (全19帖)
- 参11 第三十五巻 極め之巻(昭和36年8月5日) (全20帖)
- 第三十六巻 至恩之巻(昭和36年9月1日) (全16帖)
- 第三十七巻 五葉之巻(昭和36年9月1日) (全16帖)
- 第三十八巻 紫金之巻(昭和36年)(書記日は不明) (全14帖)
補巻
脚注
- ^ 二日んの巻(ジシンの巻)は全19帖その全てが抽象的な絵のみで書記されている。
- ^ 「|三の巻」(ウミの巻)第十五帖、「龍音の巻」第十二帖。
- ^ 平成19年現在、これらの13巻は未だ発表されていない。また、発表されている巻の中にも「星座の巻」第二十四帖のように未発表で欠帖の部分が有る。
- ^ 東京の千駄ヶ谷に在った八幡神社(鳩森八幡神社)で氏子総代を務めていた高井是空が設立した日本古代史を研究していたグループ。東京の原宿にあり、科学畑の人物が多かったといわれる。
- ^ 霊媒に懸かった霊を判定する役割の人間。神の名を語る下級霊が懸かってくる場合も多い為、それらを見分ける幅広く深い霊的知識が必要とされる。
- ^ 天明を訪れた将校は「陸軍の一部ではこの神示をガリ版にして配っているほど有名で信用されているのだ。」と天明に語ったという。
- ^ 1879年(明治12年)10月1日-1960年(昭和35年)10月10日。岡山県生まれ。宗教家、思想家。社会主義、社会運動家の「九津見房子」は高田の元妻である。
- ^ 「天之日津久神社」が千葉県印旛郡公津村台方に在る事は扶乩実験後、数日後に実験の参加者の一人がいろいろ調べて天明に知らせたという。また、天明自身に自動書記が起こるようになってからも最初の頃は自分みたいなつまらぬ人間に懸かる神霊だからさして格の高い神だとは思っていなかったという。
- ^ 「上つ巻」第十四帖で「身魂の洗濯とは心の洗濯とは、魂のばかりの洗濯でないぞ」と述べている。
- ^ 日月神示の中ではこのような大災厄や大試練を大峠と呼んで、多くの帖で書記されている。この大峠は我々の住む現界のみならず、いわゆる霊界等も含め全ての世界に等しく起こると神示には記されている。
- ^ 「日の出の巻」第十三帖では「此れまでの仕組みや信仰は方便のものでありたぞ。今度は正味の信仰であるぞ、神に真直ぐに向ふのざぞ。日向と申してあろうがな。」と語っている。
- ^ いわゆる、この世とあの世を含めたすべての世界のことである。
- ^ 「腹一杯食べてはならん、死に行く道ぞ、二分を先づ神にささげよ。流行病は邪霊集団のしわざ、今にわからん病、世界中の病はげしくなるぞ。」(五葉之巻第十四帖)、「みなみな気つかん理、気つかん病になってゐるぞ。ツキモノがたらふく食べてゐることに気づかんのか。食物節すればツキモノ改心するぞ。」(冬の巻補帖)
- ^ 一般には聞きなれない名称だが、同じく第四帖で「陽霊人とは人民の中の悪人の如く、陰霊人とは善人の如き性をもってゐるぞ。」と語っている。
- ^ 「龍音之巻」第十帖で「肉体霊、外部霊、副守護霊等の想念は、時によって動物的、幽界的となるものであるから、それと同一波長の動物的霊が感応する、感応はするが肉体の内部までは入り込めない、しかし、感応の度が強ければ入ったと同様に見える状態となるのである。先祖霊も大体同様であるぞ。」と語っている。
- ^ 「龍音の巻」第十八帖で「正神には奇跡はない、奇跡ないことが大きな奇跡であるぞ、奇跡するものは亡びる。高級霊は態度が立派であるぞ。わかりたか。」と述べている。
- ^ 「龍音之巻」第六帖で「科学を馬鹿にしてはならん。幽界の霊であっても高度のものともなれば、神界の高級神霊と区別することが六ヶ敷しい(難しい)ぞ。」と述べている。
- ^ 「日の出の巻」第二十一帖で「悪の大将の神憑は、神憑と分らんぞ、気つけて呉れよ」と述べられている。
- ^ 天明の妻である岡本三典によると、最初にこのお告げが下った時は天明自身その理由が分からず「何か粗相がございましたらどうか、お許し下さい」と、ひたすらお詫びをし許しを請うたが、許しが出なかったのだという。3日目に遂に天明は覚悟を決め、お供えの「鯛」をわざと落としその責任を取るという形で自ら留守神主の職を辞した。この事件で正神主が不在の間、天明とともに留守を預かっていた正神主の家族全員は即死だったという。
- ^ 日月神示の原文には記号が多いが、この㋹はその中でも最も多く出てくる記号のひとつである。読み方としては神や光、神霊がどっしりと鎮まった人間の事だとされる。また、真ん中で中心といった意味もあるとされる。ここでは日本の事を指していると考えられている。
- ^ 神示の中では随所に出てくるが、今後に到来する理想世界の事だと言われている。また、神の国、神の世とも書記されている。
- ^ 「天つ巻」第四帖で「今度は世界中、神神様も畜生も悪魔も餓鬼も外道も三千世界の大洗濯ざから、そんなチヨロコイ事ではないのざぞ。」や「富士の巻」第二十帖でも「日本ばかりでないぞ、世界中はおろか「三千世界の大洗濯」と申してあろうがな、神にすがりて神の申す通りにするより外には道ないぞ。」と述べている。
- ^ 同様な事を述べている帖はいくつか有り、「磐戸(一八十)の巻」第十帖でも「世界の何所さがしても、今では九九(ここ)より外に、神のマコトの道知らす所ないのざぞ。」や「何も分らん枝葉の神に使はれてゐると気の毒出来るぞ」(|三(ウミ)の巻第十四帖)、さらに「日月の巻」第三十六帖では「今度の愈々(いよいよ)の仕組は臣民の知りた事ではないぞ、神界の神々様にも判らん仕組ざから、兎や角申さずと、神の神示腹に入れて身魂磨いて素直に聞いてくれよ。それが第一等ざぞ。」などで語られている。
- ^ 「世は七度の大変りと知らしてあろう。」(黄金の巻第二十六帖)、「世はグルグルと七変り、改心の為世界の民皆、今度は引上げ一旦みなあるぞ。」(黄金の巻第七十一帖)、また、「世は七度の大変り、いよいよの段階に入ったら、何が何だか、われよしの人民にはいよいよ判らなくなり、あせればあせる程ふかみに落込むぞ。」(月光の巻第四十帖)とそれぞれ述べている。
- ^ 神示には、この北の国はロシアであるとはっきり記されている。「日の出の巻」第七帖で「おろしやにあがりておりた極悪の悪神、愈々(いよいよ)㋹の国に攻め寄せて来るぞ。北に気つけと、北が愈々のキリギリざと申して執念(くどく)気つけてありた事近ふなりたぞ。」と書記されている。また、同じ第七帖で「ろしあの悪神の御活動と申すものは神々様にもこれは到底かなはん思ふ様に激しき御力ぞ。」と述べている。これ以外でも「北から来るぞ。神は気もない時から知らして置くから、よくこの神示、心にしめて居れよ。」(上つ巻第二十五帖)、「オロシアの悪神と申すは泥海の頃から生きてゐる悪の親神であるぞ。北に気つけて呉れよ。」(日の出の巻第二十帖)と書記され北(ロシア)からの攻撃があるらしい事が複数の帖で述べられている。
- ^ 一般的には「宵の明星」は金星を指すが、ここでは金星ではない他の未知の天体を指していると考えられる。「大本」の出口王仁三郎もその口述著書である霊界物語第1巻で「ミロクの世」の到来に先立って、前兆として未知の天体が出現して、世の人が驚嘆するらしい様子を次のように語っている。「天に王星の顕はれ、地上の学者知者の驚嘆する時こそ、天国の政治の地上に移され、仁愛神政の世(みろくの世)に近づいた時なので、これがいはゆる三千世界の立替立直しの開始である。」(霊界物語 第1巻霊主体従 子の巻)で語り記させており、近未来にこの今まで未知であった天体が出現し誰の目にも目撃されるであろう事は、ほぼ確実だと思われる。また、「王星」という表現がされていることから巨大で極めて特徴を持つ天体だと考えられる。
- ^ 「上つ巻」第一帖で「日本はお土があかる、外国はお土がさかる。」と書記され外国の中には海に沈む所もあると述べている。
- ^ 天明はこの日を何より楽しみにしていた。天明はこの日は公休を取り、切符も手配し(当時は戦時中で切符を買うにも2日がかりだったという)、お弁当の「おにぎり」まで自分で作っていたほど酒が飲めることを心待ちにしていたという。しかし、こうした準備も全て終えた行く前日の夜になって高田が天明の家に訪れ、「先方から手紙が来て今回は待ってほしいと言ってきた」と今回の印旛郡公津村台方行きが急遽、中止、延期になった事を天明に告げたという。これを聞かされた天明はこの上もなく非常に残念だったと当時の心境を後に語っている。それでも結局行ったのは、この2か月前の扶乩(フーチ)実験の時に現れた神霊を祀る「天之日津久神社」がこの近くに在るという不思議な偶然さと、実験に出てきてくれたおかげで天明自身の面目が立ち、非常に助かった(そもそも、修史協翼会のメンバーに扶乩(フーチ)実験を行うことを提案したのは天明だった)ということで、この神霊に「御礼」と「感謝」の気持ちを伝えたいということで天明は1人で千葉県印旛郡公津村台方(現・成田市台方)に訪れた。なお、この話には後日談があり、この2年後に「天之日津久神社」の近くに移り住んだ天明は、しばらくしてから2年前に訪れる予定だった「どぶろく」を造っている家の主人の「小川源一郎」から「天明さん1人が飲むぐらいなら当時でも十分にあった。」と聞かされたという。
- ^ 天明によるとその場所は本殿左側奥にある大杉を右手にして少し行った所だったという。しかし、挨拶しようと訪れた時には熊笹や雑草が茂っていて小径(小道)さえなく、家がそこに在ったとはとても思えないような場所だったという。
- ^ 「地つ巻」第二十一帖でも「臣民からは阿房に見えても、素直な人には神がかかり易いのであるから、早う素直に致して呉れよ。」と述べている。
関連人物・関連項目
参考文献
- 岡本天明筆『ひふみ神示』 コスモ・テン・パプリケーション ISBN 4876660336 c0014
- 岡本天明筆『新版 ひふみ神示』 コスモ・ビジョン ISBN 4876660751
- 岡本天明筆 岡本三典編『太神の布告』 コスモ・テン・パプリケーション ISBN 4876660107 c0014
- 参4 岡本三典『日月神示はなぜ岡本天明に降りたか』 徳間書店 ISBN 4198606226
- 泉田瑞顕『日月神示 日本大預言』 静雅堂 ISBN 4915366057 c0014
- 中矢伸一『㋹日月神示』 徳間書店 ISBN 4195045592
- 中矢伸一『㋹日月神示 神一厘のシナリオ』 徳間書店 ISBN 4195048710
- 中矢伸一『㋹正釈日月神示』 徳間書店 ISBN 419860262x
- 中矢伸一『㋹日月神示 艮の戦』 徳間書店 ISBN 4198500118
- 中矢伸一『㋹日月神示 日本魂復活の日』 KKロングセラーズ ISBN 484540656X
- 中矢伸一『㋹日月神示 完全ガイド&ナビゲーション』 徳間書店 ISBN 9784198620233
- 坂口光男『21世紀の大末路』 KKロングセラーズ ISBN 4845407507
- 参3 今村光一抄訳、編『スウェデンボルグの霊界からの手記(上)』 経済界 ISBN 4766702689
- 参14 出口和明『(実録 出口王仁三郎伝)大地の母3 地獄の釜』 みいづ舎 ISBN 4900441031
- 参15 出口和明『(実録 出口王仁三郎伝)大地の母4 立春の光』 みいづ舎 ISBN 490044104x
- 出口王仁三郎『霊界物語1 霊主体従 子の巻』 愛善世界社(ISBNコード無し 平成7年刊)
- 出口なお『大本神諭 天の巻』村上重良 校注 東洋文庫347 平凡社 ISBN 4582803474
- 出口なお『大本神諭 火の巻』村上重良 校注 東洋文庫348 平凡社 ISBN 4582803482