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翻訳

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
言語学上の未解決問題
日本語の文を英語に翻訳した例

翻訳(ほんやく、: translation)は、ある形で表現された対象を、異なる形で改めて表現する行為である。

特に、自然言語において、起点言語(source language、原言語)による文章を、別の目標言語(target language、目的言語)による文章に変換する行為をさす[2]。例えば、英語文から日本語文へ翻訳された場合は、起点言語が英語であり、目標言語が日本語である。起点言語による文を原文といい、目標言語による文を訳文・翻訳文と言う。一方で、プログラミング用語としては形式言語の変換という意味でも用いられる[注釈 1]。なお、ではなく発話を翻訳する行為は、通訳とも呼ばれる[2]

翻訳という行為自体を研究する学問として、翻訳学(翻訳研究、英語: translation studies)がある[3]

直訳と意訳

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単純な逐語的な置き換えや、熟語単位の置き換えだけで済ませている翻訳などで、文章が状況や文脈ごとに持っている機能に十分に注意を払っていないような翻訳を「直訳[要曖昧さ回避]」と言う。初心者や不完全な機械翻訳では、起点言語から目標言語へ、個々の語彙水準で辞書などにある目標語に置き換えてしまうことで目標言語における表現の体系(コロケーションや多義性など)を無視することがある。

これに対して、文章が発話された状況や文脈[要曖昧さ回避]において果たす機能や本当の意味(意図)に焦点を当てて、目標言語でほぼ同等の機能や意味作用を持つ文章を、多数の文章の記憶(言語の使用経験に裏打ちされた、文脈ごとの、適切な発話事例に関する記憶)の中から見つけ出して翻訳文とすることを「意訳」と呼ぶ。

このように2種類の翻訳が現れるのは、両言語から直訳しようと対応するを選定するとき、単語は言語間で1対1に対応するとは限らない点が原因である。例えば、起点言語で1語で表される概念が目標言語では複数の語(複数の概念)にまたがっていたり、逆に起点言語では複数語であり目標言語では1語となる場合がある。これは、文学作品でニュアンスや語感の再現や、言語による色の表現などで顕著になる問題である。例えば、の色の数は、日本では7色とされているが、他の地域や文化によっては7色とは限らない。また、日本語で「」と呼ばれるものに緑色の植物や緑色の信号灯が含まれるのも、単純に単語を置き換えることができない顕著な例である[独自研究?]

機械翻訳と自動翻訳

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機械翻訳は、実用的な汎用コンピュータ開発が始まった1960年前後から研究を続けてきた分野であるが、近年は[いつ?]一般の利用が可能になったこともあり、機械翻訳に対して人による翻訳を「人力翻訳」や「人手翻訳」と呼ぶ場合もある[独自研究?]

グーグルDeepLなど各社が機械翻訳(自動翻訳)を提供しているが、その精度は言語のペアによってまちまちである。日本語と英語のように文法が大きく異なる言語間では難易度が高くなる。完全な自動翻訳は難しく、似通った言語間においても利用者による修正は、ある程度は必要となっている[要出典]

歴史

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ロゼッタ・ストーン紀元前196年の製作
『ターヘル・アナトミア』はドイツ語原本からオランダ語訳した例

翻訳はある言語圏から別の言語圏へと知識を移転することを意味する。重要な知識が翻訳を介してある文化圏から別の文化圏へと伝達され、移入先の文化レベルを上昇させる例は歴史上、何度も見られ、以下に例を示す。

古代ギリシア語の翻訳は、文化に大きな影響を与えた例に挙げられる。古代ギリシアで花開いた文化はローマ帝国へと継承され、ローマの上流階級のほとんどはギリシア語も解したため、科学に関するラテン語文献は多くが通俗なものにとどまっていた[要出典]。しかし西ローマ帝国の衰退と命運を共にして、ギリシア語使用者がラテン語圏で減ったため、西ヨーロッパにおけるギリシアの知識の多くは中世初頭までに失われた[4]

ただし、その文献はローマの継承国家でありギリシア語圏である東ローマ帝国において保持され、ギリシア語の文献として残った。また、5世紀から6世紀にかけてはネストリウス派によってこうしたギリシャ語文献をシリア語に訳した[5]。複数の文献は8世紀以降アッバース朝統治下においてアラビア語に訳す翻訳事業の成果であり、医学ヒポクラテスガレノス哲学アリストテレスプラトンの知識がイスラム世界にもたらされ、イスラム科学の隆盛をもたらした[6]。さらにこれらのアラビア語文献は、12世紀に入るとシチリア王国の首都パレルモカスティーリャ王国トレドといった、イスラム文化圏と接するキリスト教都市においてラテン語へと翻訳されるようになる[7]。これは古いギリシア科学だけでなく、フワーリズミーイブン・スィーナーといったイスラムの大学者の文献も含まれており、また15世紀に入るとアラビア語だけでなく東ローマなどから入手したギリシア語の文献の直接翻訳も行われた[8]。「大翻訳時代」とも呼ばれるこの翻訳活動を通じて、一度は失われていた古代世界の知識が西ヨーロッパに再び流入し、12世紀ルネサンス、さらにはルネサンスを引き起こすきっかけとなった[独自研究?]

言語自体に影響を与えた例として、マルティン・ルターによる聖書ドイツ語訳が挙げられる。それまでもドイツ語訳聖書は存在したものの、ルターは日常言語を元にした理解しやすい表現を心がけ、出版されたルター聖書はドイツ人に広く読まれてドイツ語そのものにも[要説明]大きな影響を与えた[9]

日本でも翻訳は重要な役割を果たした。日本は古代以降、隣接する大国の中国の文献を翻訳して摂取し文明レベルを向上させてきた。一部では[誰?]サンスクリット語(梵語)も研究された。1774年の『解体新書』の翻訳出版を一つのきっかけとして、18世紀後半以降、盛んにヨーロッパの科学文献が翻訳されるようになった[10]。この翻訳はヨーロッパ諸国のうちで唯一、日本との通商関係のあったオランダ語からおこなわれており、そのためこうした翻訳者、さらに転じて西洋科学を身につけた学者たちは蘭学オランダ学、らんがく)者と呼ばれるようになった。この動きは江戸幕府が崩壊し明治維新が起きるとより加速され、オランダ語のみならず英語フランス語ドイツ語など西洋の諸言語から膨大な翻訳が行われるようになった。この翻訳においてはさまざまな訳語が漢語の形で考案され、いわゆる和製漢語として盛んに流通するようになった[10]。この新漢語は新しい概念を表すのに好都合であったため、一部は中国に逆輸入もされた[いつ?]

重訳

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重訳とは、たとえるならA言語→X言語→B言語と、いったん他の言語に翻訳された版を参照し、さらに他の言語へ重ねて翻訳する方法である。何らかの事情[注釈 2]により、起点言語であるA言語から直接、目標言語であるB言語へ訳すことが困難な場合に行われる。N対Nの複数言語間の変換をおこなう場合、いったん軸(ピボット)となる言語に変換し、またそこから多言語へ変換する、いわゆるピボット翻訳を行うことが多い[独自研究?]。ピボット言語には通常は英語が用いられる[12]

宗教書を例にとると、仏典の場合はサンスクリットパーリ語の版から漢訳し、さらに日本語へ重訳されている。

分野

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グローバリゼーションの進展により多言語間の交流が増大し、それにともなって交わされる文書なども増大しているため、翻訳の重要性は高まっている[13]。翻訳はその専門分野によって、文学翻訳、産業翻訳、法務翻訳、特許翻訳、医学翻訳、行政翻訳などに分かれる[14]。翻訳文学が一つのジャンルとして確立しているように、日本では文学翻訳は社会的に高い評価を得ているものの、それは必ずしも経済的な成功を伴ってはいない[15]。日本国内における2009年度の翻訳売上のうち出版はわずか1%にすぎず、技術やコンピュータ、ビジネス文書といった産業翻訳が約69%、特許翻訳が15%を占め主流となっている[16]

社会貢献

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職業としての翻訳家であるか否かを問わず、高度な語学力を有する者は、地方公共団体特定非営利活動法人ジャーナリストなどに対して翻訳ボランティア活動を行うことが可能である。 たとえば、名古屋市における名古屋国際センターは、在日外国人の支援活動の一環として翻訳・通訳ボランティアを募集している[17]。 また、東日本大震災の発生時に東京外国語大学の有志の学生たちにより「地震発生時緊急マニュアル」が作成され、40ヵ国以上の言語に翻訳された[18]

脚注

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注釈

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  1. ^ コンピュータプログラミング言語におけるコンパイル[要曖昧さ回避]など、形式言語における変換を指して「翻訳」という語をあて、特に、以前は多出するカタカナ語の言い換え語を指した。自然言語の翻訳と、形式言語の変換は本質的に異なる。言い換え語では、読者は理解したと誤解した状態にとどまる。
  2. ^ 現代の事例では、サダム・フセインの小説を和訳する際に戦下の版権所有者と連絡がとれず、フランス語版からフランス文学者が翻訳した例がある[11]

出典

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  1. ^ Spence, Robert (2004). "A Functional Approach to Translation Studies.". New systemic linguistic challenges in empirically informed didactics (PDF) (Thesis) (英語). p. [要ページ番号]. ISBN 3-89825-777-0. 2014年2月22日時点のオリジナル (PDF)よりアーカイブ。
  2. ^ a b 鳥飼 2013, p. 2
  3. ^ 鳥飼 2013, p. 110
  4. ^ リンドバーグ 2011, p. 158
  5. ^ リンドバーグ 2011, pp. 175–177
  6. ^ リンドバーグ 2011, pp. 182–184
  7. ^ 梶田 2003, p. [要ページ番号]
  8. ^ 樺山 2011, p. 57
  9. ^ 鳥飼 2013, p. 38
  10. ^ a b 鳥飼 2013, pp. 18–19
  11. ^ 『王様と愛人』 2004, p. 4
  12. ^ 鳥飼 2013, p. 69
  13. ^ 鳥飼 2013, pp. 8–9
  14. ^ 鳥飼 2013, pp. 74–78
  15. ^ 鳥飼 2013, pp. 74–75
  16. ^ 鳥飼 2013, pp. 76–77
  17. ^ 登録ボランティア制度について”. 名古屋国際センター. 2012年7月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年9月11日閲覧。
  18. ^ 東京外国語大学の学生 (2012年3月3日). “Japan earthquake how to protect yourself(地震発生時緊急マニュアル)” (ja, en, multi). 2012年9月11日閲覧。

参考文献

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本文の典拠、主な執筆者、編者の順。

  • 梶田昭『医学の歴史』(第1刷)講談社〈講談社学術文庫〉、2003年9月10日。 全155頁。
  • 樺山紘一 編『図説 本の歴史』(初版)河出書房新社〈ふくろうの本/世界の文化〉、2011年7月30日。ISBN 4309761690, 978-4309761695 
  • 鳥飼玖美子 編著『よくわかる翻訳通訳学』(初版第1刷)ミネルヴァ書房〈やわらかアカデミズム・わかるシリーズ〉、2013年12月10日、2頁。 
  • サダム・フセイン 著、山辺雅彦金光仁三郎 訳『王様と愛人』(初版第1刷)ブックマン社、2004年8月5日。ISBN 9784893085559, 4-89308-555-7 
  • デイビッド・C・リンドバーグ 著、高橋憲一 訳『近代科学の源をたどる:先史時代から中世まで』(初版第1刷)朝倉書店〈科学史ライブラリー〉、2011年3月25日。 

関連項目

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外部リンク

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