Wikipedia:井戸端/subj/新聞出典について
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新聞出典について
[編集]新聞による出典は新聞名と発行日を示せば、本来なんの問題もなく認められるものだと思っておりますが、それに対し「出典のほどんどがウェブ上に見当たらず、「Wikipedia:検証可能性」を満たすかどうか疑問」とのご意見を利用者:Dumpty-Humpty様より伺いました。ネット上に全文掲載する新聞社などほとんど無く新聞掲載をこのように否定され記事削除されるのであれば新聞出典とはなんなのでしょう?版によって掲載ページも違いますしページ数そのものも違います。総合面とか社会面とか政治面とかまで書けばよいのでしょうか?自分の見た版のページ数まででよいのでしょうか?それとも紙の新聞はもう出典としては認められないのでしょうか?--58.90.8.16 2016年7月27日 (水) 07:00 (UTC)
- 信頼できるとされている新聞社によるものなら、どちらでもいいですよ。ただし、ネット配信につきましては、ほとんどの場合において、早期に記事が消えてしまうと見てよいですよね。これでは後で検証しようとする人が困りますよね。ですから、どちらが好ましくないかと問われれば、ネット配信の方です。すぐ検証困難になるのですから。あえて申し上げますが、ネット出典の方がイレギュラー。出来得れば基本は紙。これでいいです。
- そこで、「Internet Archive: Wayback Machine」[1]です。画面右下に記事のurlを入力すれば、ミラーを保存しておいてくれます。これはそう簡単な事では消えません。そして出典として添付する時に、使い方がやや難しいですがTemplate:Cite news を用い、urlには新聞記事を、archiveurlには「Internet Archive: Wayback Machine」でミラーリングしたurlを入れておけば、これがベストに近いのではないかと思います。少なくとも3日で出典が消えるなどということは考えなくて良くなります。
- でですね。えー、「新聞による出典は新聞名と発行日を示せば、本来なんの問題もなく認められるものだと思っておりますが」、これは正解です。全くの正解です(ページ番号や見出しも有った方がより親切ではありますが)。少し大きな図書館にいけば50年後でも100%検証が可能と申し上げても過言ではありません。ネット出典については、「Internet Archive: Wayback Machine」が何年継続するのか誰にもわかりません。同等もしくは同様の内容であれば、「保存性の問題」により、ネットのデータより紙の文献を用いた方が好ましい事は論ずるまでもありません。未も蓋も無いことを申し上げれば、図書館へ足を運ぶことを面倒くさがる人など、所詮は図書館へ足を運ぶことを面倒くさがる人です。よって、全く気にする必要はありません。まともな執筆者全員があなたの肩を持つと思いますよ。
- ただし椅子から立たずに済むネット出典はネット出典で便利ですので、紙の出典とネットの出典を併記しておくのが一番親切ではあります(一つの記述に複数の出典を付けても構いません)。ですが、ウィキペディアにおいては執筆者にそこまでの義務は課せられていないはずです。いずれかだけで十分です。そしてどちらかを選べるなら、紙の文献です。ですから堂々と、紙の新聞を出典に用いてください。なお、jawpには対話拒否と言う概念がありますが、対話する必要すら無い場合においての「スルー」で投稿ブロックなどはされません。私も往時は大概で「スルー」致しましたが、ブロックされたことなど一度もありません。逆にそれを見かけてもブロックしようなどと考えたことすらありません。むしろスルー対象者を「方針に対する無理解」として、方針の熟読を促しそれを説明するために短期ブロックを検討するくらいです。ですからこの点はご安心を。管理者の全てが高いスキルと常識を持ち合わせている保証はありませんが、ほとんどの方はこの程度の判断は付きます。
- 新聞の版につきましては、とりあえずは何も考えなくていいです。今日ポストに入っている新聞が何版かだなんてほとんどの人はわかりません。将来その新聞がCD/DVDによるDB化、縮刷版化、マイクロフィルム化された時でないとわからないでしょう(大規模な図書館ではいずれかの方法で、明治大正の新聞すら閲覧できます)。いちいち新聞社に問い合わせる訳にも参りませんしね。スマホにメモでもしておき、必要なら何かの調査のついでに、くらいでよろしいでしょう。今後とも困ったことがありましたら、まずは井戸端で相談してみてください。直接やりあう必要などまるでありません。時間の浪費です。--133.232.161.160 2016年7月27日 (水) 11:15 (UTC)
- コメント まず問題になった編集を確認させていただきましたが、「検証可能性」の問題は半分で、「中立的な観点」や「独自研究は載せない」ということから、記述の内容を問題視したように見受けられます。
- 次に本論に入りますと、紙媒体というよりも書誌情報が足りないという点が問題視されたように感じました。自分が編集した例では、記事「中村修二」や「多田隈建二郎」において
- “いたずら好きでやんちゃ-徳島大の恩師「感激」”. 四国新聞: p.23. (2014年10月8日)
- “(ミチをひらく)球状車輪ロボ 進む先は? - 宇宙探査・防災・医療・応用は自在 - 大阪大学大学院研究科助教 多田隈建二郎さん(上)”. 朝日新聞(10版): p.18. (2014年4月17日)
- のように、記事の表題を合わせて記載しました。また、新聞は版によってページ数(第何面か)が違いますが、
- 畠山哲郎 (2014年7月18日). “「教授らに重大責任」”. 毎日新聞(12A版): p.26
- 八田浩輔 (2014年7月18日). “(解説)真相に迫れぬまま”. 毎日新聞(12A版): p.26
- 大場あい、須田桃子 (2014年7月18日). “小保方氏博士号取り消さず 早田調査委「6カ所不正」は認定”. 毎日新聞(12A版): p.26
- 大場あい (2014年7月18日). “総長「学内で検討」”. 毎日新聞(12A版): p.26
- という書き方なら大丈夫ではないでしょうか(「ノート:小保方晴子/過去ログ1# 完成版の正確な不正箇所についてのソースをお願いします」より)。
- ただ前述の記事「中村修二」では、
- 四国新聞、2014年10月8日、23面。および徳島新聞、2014年10月8日、29面。
- 愛媛新聞、2014年10月9日、6面。
- という出典は問題視されずに残っています。ですが、これは地方新聞なので版を気にすることがなかった、ということでしょうか……。
- あと関連する井戸端の話題として、「Wikipedia:井戸端/subj/オリジナルの書籍を出典とする際に、オリジナルと明記する必要があるのかについて」という議論がありました。最低限の情報を書いておけばあとは調べれば分かるとは思うのですが、検証可能性についてはいろいろな見方がありますので、トラブルを避けるためにも細かな情報を載せるべきなのかもしれません(新聞の版についてはこちらやこちらに詳しいですが、きちんと書かないと図書館で見つけられなさそうですね……)。
- 取り急ぎ、以上ご参考になれば幸いです……m(_ _)m。--Assemblykinematics(会話) 2016年7月27日 (水) 11:51 (UTC)
- 基本的には、わかるかわからないかで考えればいいと思います。新聞の版により多少ページ番号が前後したとしても、まあ、わかるでしょう(地域版の取り扱いはまた別のお話ですが)。文庫版も再装丁版も出ていないし出る予定も無いのにオリジナルと明記することに意味が無いことなどもわかります。何も書いていなければオリジナルと見てよい。つまり、まともな分別を持っている大人であれば、わかるのですから。高校生にはわかるように書きたいですが、小学生向けに書く必要は無いでしょう。検証可能性およびその容易性、保存性については大切なことです。ですが、あまりにもがんじがらめでは、相当偏執的なヘビーユーザーでない限り何も書けなくなってしまいますよね。わかればいい、それなりに容易に探せればいい。それ以上を求める必要は無いんじゃないでしょうか。ウィキペディアは規則主義ではない。そうですよね。もう新規参加者なんか要らない。今でも執筆者が多すぎだ。FAも取れないような奴はすぐ出て行け!FA書いた俺が正義!・・・って言うなら別ですけどネ。実際問題、ってものをちゃんと考え、バランスを取っていかないといけませんからね。この辺りの意識統一はjawpの課題でしょう。これ以上くだらないことで現役の執筆者を逃したくないなら。--133.232.161.160 2016年7月27日 (水) 12:02 (UTC)
- コメント 版次は不要、問題になってから検討すればよいかと。基本的には (1)紙名、(2)全国紙なら地域本社名、(3)朝刊または夕刊、(4)年月日、(5)ページ、(6)地方面ならその地域名、は書いていただきたいところですが。もし可能なら、原紙よりも縮刷版やデータベースに収録のものを優先的に使ったほうが、検証可能性という点ではより望ましいでしょう。--Hisagi(会話) 2016年7月27日 (水) 12:26 (UTC)
- コメント この問題を提起した本人です。Assemblykinematicsさんも指摘しているように、質問主さんの本件記述を私がコメントアウトした理由は主に、ウィキペディアの三つの方針のうち「中立的な観点」と「独自研究は載せない」に関わりますが、ここではお尋ねの「検証可能性」に関して補足します。
- 質問主さんの本件記述において、列記された紙媒体の各出典のデータは、標題すら不明であるなど、その出典を特定するには不十分であると思われす。また、記述内容については、数日中にウェブ上で出典を取れると見込まれます。このため、あえて記述内容の検証が困難なままにはせず、出典をチェックしやすい状況になったら適切な出典を選ぶのが良いと判断し、この記述を一旦、コメントアウトした次第です。(その後、質問者さんがこの記述を復活させています。)
- ウィキペディア記事における記述の根拠となる出典中の情報が誤っていたり、その記述内容と符合していなかったりしているのだが、出典を素早くチェックすることができないために、そうしたミスが見落とされる、という事態は、避けたいものです。この点、ウェブ上のニュース資料は次々と修正・改稿版が出されますし、ウィキペディア利用者にとってアクセスが比較的容易ですから、(たとえばアーカイブを介して)特定版を持続的に出典とすることができれば、ウィキペディア記事における記述の内容の「検証可能性」を担保しやすいというメリットはあるでしょう。
- 他方、紙媒体の印刷資料が持つ、情報が安定して記録されているという特徴がメリットになる場合もあります。たとえば、特定の時期または時点にメディアにおいて、どのような記述がされていたかを知りたい場合。過去の法令集はその好例です。
- これは必ずしも一人の編集者が完璧にこなす必要はない作業ですが、ウェブ上の資料であれ、紙媒体の印刷資料であれ、ウィキペディア記事における記述の出典とするに当たっては、読者がその出典になるべく早くかつ確実にたどり着けるだけのデータを添えておきたいものです。今回は、質問者さんが示した出典について十分なデータをすぐに補うことができないため、記述を丸ごとコメントアウトさせていただきました。--Dumpty-Humpty(会話) 2016年7月27日 (水) 17:36 (UTC)
- 直接的なお話でもなくまた個人的な考えですが、新聞を出典とする場合において、常に表題の記述を全員に義務付けるというのは、現時点では無理があります。通りがかりのIP利用者でも書いても良いのがjawpです。一般的にはページ番号のみでOK、としておくのが現実的ではないかと存じますが。ページ番号さえ合致していれば、実際に新聞なり縮刷版なりを開いた瞬間、数分とせずに見つかるでしょう。これは検証困難とは申しません。執筆作業は当然ですが、検証作業にも十分な手間隙をかけるべきものですから。ですからその辺りは、慣れた人たちのための努力目標、何もせずともお咎め無し、くらいの扱いが良いのではないでしょうか。新聞の過去版のデジタル化は今や当然であり、表題を記しておくと検索が容易である事には間違いないんですけどね。恐るべきほど版を重ねているその筋のバイブルなどは、また扱いを変えねばなりませんが(年次または版、ページ番号、表題をそれなりに示しておかねば、本当に特定が難しいです。特定の版を手に入れる/閲覧することも難しい。理数系の分野で多いですね)。義務化を行うには議論と全体合意、およびガイドラインの書き換えが必要な所でしょう。現状で合意により義務化がなされていないなら、義務化されているかのように取り扱うべきではありません。私はウィキペディア参加者ではありませんので、現役のお若い方にお任せするよりありませんが、まあこの辺はかつて記事を書いていた年寄りからの一言とでも思っておいてください。
- 検証可能性以外の点に付きましては、今回の質問事項ではございませんので、触れません。あしからず(触れると私も編集する羽目になりかねない)。ですが、C/Oの理由に「出典のほどんどがウェブ上に見当たらず」と書いてしまったのは、誤解を産んで当然の表現だったのではないかと考えます。もし誤解でないのであれば、全体合意の無いままでの先走った言動でしょう。
- まあ、一連のお話において最も根源的な問題は「ウィキペディアは百科事典でありニュースサイトではない」と言う当たり前の事実が周知されず、それを前提とした編集が徹底されておらず、いわゆるところの「速報厨」が跋扈している所にありますが(記事は当然ぐちゃぐちゃ。誤報が発覚しては書き直し。数ヵ月後にまとめて書き直す方の身にもなるべきです)。新聞でもニュースサイトでもないんですから、極端な話、半年くらい記事がなくても全然いいわけなんですけどね。jawpにおいて、必要とされるのは速報性などでなく正確性です。信頼性があるとされる新聞にせよ、初期段階で憶測や誤報が乱れ飛ぶことが日常茶飯事であることは、誰でも知っていることです。間違っている可能性があると知りながら、新聞に書いてあるからいいじゃーん、は、これは無責任な編集と言えるでしょうね。jawpのシステム作りも色々な意味で、まだまだですね。遺憾ながら。これも現役世代にお任せするよりありません。--133.232.161.160 2016年7月27日 (水) 18:35 (UTC)
特別:差分/60569182を見てみましたが――結果的にはこの除去について支持するものの、その理由として検証可能性を挙げることについては大いに問題だと思います。
- 中国新聞2016年7月27日朝刊コラム
- 中日新聞2016年7月27日朝刊
- 西日本新聞2016年7月27日朝刊3面
- 中国新聞2016年7月27日朝刊3面
- 琉球新報2016年7月27日朝刊
と書かれた出典について
- 「ほどんどがウェブ上に見当たらず、「Wikipedia:検証可能性」を満たすかどうか疑問」
- 「標題すら不明であるなど、その出典を特定するには不十分」
- 「数日中にウェブ上で出典を取れると見込まれます。」
と主張してコメントアウトですか。――これがもし、「検証可能性のみの問題」であったなら、除去するのは純粋に荒らしや悪戯にすぎませんよね。Dumpty-Humptyさんは、今後も、上記のような出典を「検証可能性に疑問あり」としてコメントアウトするのでしょうか? そうであれば、すぐにでも(コメント依頼は飛ばして)ブロック依頼を出そうかと思いますが。--Hisagi(会話) 2016年7月28日 (木) 11:38 (UTC)
- 私も「新聞紙面を出典の元にするのが望ましい」立場です。理想はそう思いつつも、ネットの方が短期的には拾いやすい側面が有り、多用されていると言ったところでしょうか。反面、ネットはいつ消えるか分からない部分もあります。そのことから、出典として理想で無いとされています。
- 新聞の紙面は、国会図書館などでも保管されており、確認したいと思えば半永久的に使える出典です。注文を付けるとしたら、新聞名・ページだけでは無く、記事名も欲しいと思います。新聞出典を追うときに、紙面ベースで追うとは限らないからです。大きめの図書館にはエレクトロニック・ライブラリーなど電子化された新聞データの閲覧が出来ます。そのことから、地元で無い新聞も読むことが出来ます。ただし、あらかじめスクラップした形なので、記事名が無いと追いにくいです。
- と愚痴を言いつつも、新聞紙面の方が出典として安定していますので、許されるなら新聞紙面ベース出典の方が望ましいです。--Taisyo(会話) 2016年7月28日 (木) 12:00 (UTC)
- 当然ですけど、新聞名・発行日・ページのみでも、紙面を見ることが出来るところであれば十分に出典確認できますので、出典として有効です。欲を言えば、版数・記事名を入れてもらえたら完璧です(そこまでは言えない部分もありますし、版数は殆ど見ません)。記事名は拾い方次第で変わる物であるのは認めます。システムでの検索方法に「部分検索」があります。結果として間違いになっても、書いてもらえたらありがたい部分はあります。--Taisyo(会話) 2016年7月29日 (金) 23:58 (UTC)
- コメント Dumpty-Humptyさんの発言にあります「見出しは最低限必須」というのはWEB情報源として検索する場合、見出しがなければHITしづらい発想から出たものではないかと感じます。図書館に赴いて新聞社と発行年月日を元に調べた場合に、個人で目的の内容まで辿り着くことが困難なほど多種大量の類似情報源が出てくるという状況は想定しづらいですし、その紙面内容を全ページ読み解いても新聞紙一部でしかないのですから大した時間はかかりませんことから「新聞社名と発行年月日のみの情報」は「必要最低限の目的に辿り着くことが可能な情報」と言い換えることも可能で、IPさんのご質問がウィキペディアの検証可能性に照らして著しい問題点をはらんでいるようには思えません。
- もちろん、見出しの情報があることで情報元に辿り着く一助となることは期待出来ますし他編集者の労力を軽減する親切であること疑いようもありませんが、単なる一助が無いだけのことを以て情報源として無価値、と断ずるのは少々無理のある説明に思えます。
- そして、上記コメントで最大の違和感として残るのは「記述内容の検証が困難」「出典を素早くチェックすることができない」「質問者さんが示した出典について十分なデータをすぐに補うことができない」といった理由で、失礼ながらこれらは全てDumpty-Humptyさんの情報収集能力の低さ、特に図書館などWEB検索のみで情報源に辿り着くことが出来ない個人的な情報収集力の不足を表明されておられるもので、それによって他者の提示した出典情報源の価値を(自分が検証出来るかどうかによって)決めてしまっておられるのは少々乱暴なのではないでしょうか。--Nami-ja(凪海) (会話 / 履歴) 2016年7月28日 (木) 13:34 (UTC)
- 追記 この話は昔どっかで議論してどっかに全部まとめて記述してたはず。と探したんですが全部Wikipedia:出典を明記する#書誌情報の書き方(新聞)に書いてありました。--Nami-ja(凪海) (会話 / 履歴) 2016年7月28日 (木) 14:19 (UTC)
新聞記事の見出しというのは、1つの記事で縦に横に、大きく小さく、いくつも書かれますので、そもそも「どれを」「どの順で」見出しとすれば良いのかはっきりしないことも多々ありますし、地域本社や版によってビミョーに変わったり、そしてオンラインデータベースに収録されるときにも変更や調整が加わることがあります。(ついでに言うと、昭和以前の記事はスキャン画像から人間が文字データに起こしていますので、検索用インデックスには誤字脱字も意外と多いです) まぁ要するに、本のタイトルで一意に出典が特定できないように(それ以上に)新聞記事の記事名はあてにならないということです。もちろんページと記事名両方あればそれが良いのですが、もし片方だけとするなら、私は記事名よりもページのほうを推奨しますね。--Hisagi(会話) 2016年7月28日 (木) 13:49 (UTC)
Dumpty-Humptyさんからの返答がないため、利用者‐会話:Dumpty-Humptyにて問題となった発言の撤回を求めてきました。--Hisagi(会話) 2016年8月3日 (水) 17:17 (UTC)