WWF世界マーシャルアーツ・ヘビー級王座
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WWF世界マーシャルアーツ王座 | |||||||||||||||
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詳細 | |||||||||||||||
管理団体 |
新日本プロレス WWWF / WWF | ||||||||||||||
創立 | 1978年12月18日 | ||||||||||||||
廃止 | 1990年 | ||||||||||||||
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WWF世界マーシャルアーツ王座(WWF World Martial Arts Heavyweight Championship)は、新日本プロレスが管理、WWFが認定していた王座。WWFの団体名がWWWFとなっていた時代にはWWWF世界マーシャルアーツ王座と呼ばれていた。
歴史
[編集]新日本プロレスが行っていた異種格闘技戦に用いられた王座。1978年12月18日、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンにおいて、数々の異種格闘技での功績を称え贈呈するという形でWWFがアントニオ猪木を初代王者に認定[1]。同日、テキサス・レッドを挑戦者に防衛戦が行われた[1]。形式上はWWFが認定する王座ではあるが、実際には新日本プロレスが管理しており、その後、WWFのエリアではタイトルマッチが行わることはなかった。
1985年、WWFは新日本プロレスとの業務提携を解消して新日本プロレスが管理、WWFが認定していたWWFインターナショナル・ヘビー級王座、WWFインターナショナル・タッグ王座、WWFジュニアヘビー級王座は封印されたが、当王座はWWFからの贈呈という形になっていたので、そのまま王者である猪木が保持。WWFではなく新日本プロレスが認定する世界マーシャルアーツ王座として防衛戦が行われたが、猪木の引退に伴い王座は封印された[2][3]。その後、チャンピオンベルトはグレーテスト18クラブ王座のチャンピオンベルトに再利用されている。
歴代王者
[編集]歴代 | 選手 | 戴冠回数 | 防衛回数 | 獲得日付 | 獲得場所 (対戦相手・その他) |
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初代 | アントニオ猪木 | 1 | 8 | 1978年12月18日 | マディソン・スクエア・ガーデン ビンス・マクマホン・シニアが王者に認定 |
第2代 | ショータ・チョチョシビリ | 1 | 0 | 1989年4月24日 | 東京ドーム |
第3代 | アントニオ猪木 | 2 | 0 | 1989年5月25日 | 大阪城ホール 1990年封印 |
脚注
[編集]- ^ a b 『アントニオ猪木50years 燃える闘魂50年 上巻』p44(ベースボール・マガジン社、2010年4月22日、ISBN 4583616775)
- ^ “猪木が巻いたベルトの歴史 WWF格闘技世界ヘビー級選手権”. www.asahi-net.or.jp. 2022年7月18日閲覧。
- ^ “プロレス選手権変遷史 WWF格闘技世界ヘビー級選手権”. Wrestling-Titles.com. 2021年1月3日閲覧。