音の大きさ
音の大きさ(ラウドネス、英: loudness)はヒトの聴覚が感じる音の大小を示す心理量である[1]。
解説
[編集]空気中の音圧の変化が耳に達すると、音がするという感覚が得られる。耳では音圧の振幅の大小により基底膜の振幅が定まり、それに応じた数のインパルスをコルチ器官が発して大脳へ伝えることで、知覚される音の大きさの大小が定まる。一方で、基底膜の振動部位は音の周波数によって異なるため、音の大きさは周波数によっても左右される[2]。
こうした音の知覚的な大きさを表す音の大きさ(ラウドネス)は、感覚量であり、物理的に直接測定することはできないが、基本的には音のエネルギーと対応しており、音の強さが増せば音は大きく感じられる。音の大きさは、音の強さのほかに音の時間構造、また後述のとおり周波数スペクトル構成にも依存する[3][4]。
同じ周波数の音であれば音圧が増大するほどヒトは音を大きく感じる。しかしヒトの聴覚の感度は周波数によって異なるため、同じ音圧であっても周波数が異なればヒトの感じる音の大きさは異なる。音の大きさが一定となる純音の音圧レベルを結んで得られる周波数と音圧レベルの関係を図示したものが等ラウドネス曲線である。
推定
[編集]ラウドネスは心理量であるため、本来的には個々人が感じた「音量」を調査することでしか記録できない。一方、ラウドネスは物理量である音圧と強い関係性があることから、音量測定・操作においては、心理量であるラウドネスを補正した音圧により表した尺度が用いられている(騒音レベル(A特性音圧レベル)、Moore-Glasberg法[5]など)。
ラウドネスレベル
[編集]ラウドネスレベル (あるいは音の大きさのレベル 英: loudness level)は、ある音の大きさについて、同じ大きさ(ラウドネス)に聞こえる周波数1,000ヘルツ[Hz]の純音の音圧レベル(単位:デシベル[dB])の数値で表したものである。単位はフォン[phon][6]。
同じ音圧の音であっても周波数が異なれば、その音の大きさ(音の知覚的な大きさを表す感覚量)は、必ずしも同じではなく[7]、 概して、低い周波数領域では、最も感度の良い1 - 5 kHz付近に比べて、相対的に高い音圧レベルでないと同じ大きさに聞こえない[8]。
この周波数による音の大きさの違いについて、同じ大きさに聞こえる周波数の純音の音圧レベルを線で示したものが等ラウドネス曲線である[7]。等ラウドネス曲線の測定は古くから測定が繰り返されており、フレッチャー=マンソンによるものが著名であるが、近年では、鈴木と竹島によるものがISO 226:2003として規格化されている[7][8]。
この曲線において、周波数1000ヘルツ[Hz]の純音のラウドネスレベル(フォン[phon])の値は、その音圧レベル(単位:デシベル[dB])の値に等しく、これ以外の周波数では、同じラウドネスに聞こえる1000ヘルツの純音の音圧レベルに等しい[6]。したがって、同じフォン値のラウドネスレベルの音は(個人差等もあるがほぼ)同じ大きさに聞こえる。
ラウドネスレベルは、聴覚の特性に合わせて音圧レベルを周波数補正し標準化した物理量である[9]といえるが、 等ラウドネス曲線が等間隔でないため、同じ周波数で音圧レベルが1デシベル増えてもラウドネスレベルが1フォン増えるとは限らず、後述の騒音レベルとは異なり、ラウドネスレベルのフォン値のみが判明している2つの音について、それらの音を合成したラウドネスレベルの値を算定することはできない。
算定ラウドネスレベル
[編集]同じ音圧であっても、純音のラウドネスがその周波数によって変わる事実に基づき、等ラウドネス曲線などにより音声信号からラウドネスレベルを計算することができる。このように計算によって求めたラウドネスレベルをJISでは算定ラウドネスレベルといい、単位は同じくフォン (phon)である。計算方法はISO 532に示されている[10][11]。
周波数によらずラウドネスレベルが等しければラウドネスも近似的に等しい[12]。例えば [Hz] の純音に関して、補正係数を 、計測された音圧レベルを [dBSPL]とすると、この純音のラウドネスレベルは [phon] である。[要出典]
ラウドネスレベルは、同じ値であれば周波数が異なる場合でも、純音のラウドネスが等しくなるように補正された尺度である。ゆえに複合音に外挿してもラウドネスとの関係が保たれる保証はない。例えば近い周波数の純音2つからなる複合音の場合、マスキング効果によりラウドネスが抑制される、すなわち実際のラウドネスレベルが純音のラウドネスレベル和より小さくなる可能性がある[要出典][13]。
ソーン(sone)
[編集]ラウドネス「レベル」ではない、ラウドネスの単位にソーン、ソン(sone)がある。
音圧レベル40[dB]・周波数1,000[Hz]の純音をヒトが聴いた際に感じる音の大きさが1ソン[sone]と定義される[14]。1 soneから、ヒトの感じる音の大きさが2倍になれば2 sone、半分になれば0.5 soneと表される[15]。
ラウドネスとラウドネスレベルの尺度関係は明確でない。フォンとソーンには「フォン[phon] ÷ 10 - 4 = log2ソーン[sone]」の関係があるという知見に基づき、比率尺度として、すなわち10[phon]で2倍のラウドネスが得られる(等比)という研究[16]、間隔尺度として10[dB]で騒音カテゴリが1つあがる(等差)という研究が存在する[17]。
騒音レベル(A特性音圧レベル)
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さまざまな周波数により構成される音の大きさの評価について、周波数による感覚的な音の大きさの違いを踏まえて、周波数による聴感補正を行った音圧を用いる。通常用いられるサウンドレベルメータ(騒音計)には、このような周波数による聴感補正を行う周波数補正回路が、音の大きさのレベルを近似的に測定する目的で挿入されている[19]。
騒音の測定に用いる聴感補正は、A特性によるものが一般的である。A特性は、フレッチャー=マンソンの40 phonにおける等ラウドネスレベル曲線を逆にしたものに近似される。このA特性により周波数重みづけを行った音圧pAを用いて算定した音圧レベル(A特性音圧レベル)LAを、騒音レベルといい、騒音の大きさの評価に用いられる[20]。
利用
[編集]音量調整
[編集]音響機器・オーディオソフトウェアが発する音声信号の音量調整/volume control(音量正規化)にラウドネスは用いられる。
異なる2つの楽曲の音量について、最大振幅において出力される音圧のパワーレベルが同じになるように制御しても、ラウドネスは音圧のみによらず周波数成分などにも左右されるため、それぞれの楽曲のピークレベルの音に対して聞き手が感じる音の大きさ(ラウドネス)が一致しない場合がある。聞き手のラウドネスを一致させたいのであれば、機材側での音量調整段階でラウドネスを揃えればよい。すなわちラウドネスレベル等の聴感補正が行われた値を用いて、複数の音声信号間でラウドネスを均一化することをラウドネス正規化という。
脚注
[編集]出典
[編集]- ^ 「音の大きさ,ラウドネス」聴覚にかかわる音の属性の一つで,小から大に至る尺度上に配列される。(備考)音の大きさは,主として刺激の音圧に依存するが,周波数,波形及び継続時間にも依存する。(JIS Z 8106:2000)
- ^ 山本・高木『環境衛生工学』 1988, pp. 72–77, 80.
- ^ 安藤・鈴木・古川『基礎音響学』 2019, p. 111.
- ^ 『音の百科事典』 2006, p. 97, 「音の大きさ」.
- ^ 鵜木 (2021).
- ^ a b 「音の大きさのレベル、ラウドネスレベル」ある音について,正常な聴力をもつ人がその音と同じ大きさであると判断した自由進行波の1,000Hzの純音の音圧レベルに等しい値。指定された回数の判断を行い,その中央値を採る。単位は,フォン。 (備考)音の提示方法,例えば,ヘッドホン再生か拡散音場で再生したのかなどを記述する必要がある。音の提示方法は,その音の特性の一つである。(JIS Z 8106:2000)
- ^ a b c 山本・高木『環境衛生工学』 1988, p. 80.
- ^ a b 安藤・鈴木・古川『基礎音響学』 2019, p. 112.
- ^ "ラウドネスレベルは聴覚の特性に合わせて周波数補正され標準化された物理量である。" 難波 (2017)
- ^ 「算定ラウドネスレベル」指定された方法によって計算された音の大きさのレベル。 備考 計算方法は,ISO 532:1975による(JIS Z 8106:2000)。
- ^ 「フォン」ラウドネスレベルの単位で,“ラウドネスレベル”又は“算定ラウドネスレベル”の定義で指定されている方法によって判断又は計算される値に付して用いる(JIS Z 8106:2000)。
- ^ "周波数を異にする純音でもラウドネスレベルが同じならラウドネスもまた同じと見なされる。" 難波 (2017)
- ^ "音源が複数あってその周波数成分が相互に異なる場合,マスキング効果の相違によってラウドネスが変化する可能性がある。" 難波 (2017)
- ^ "ソン 音の大きさの単位。1ソンは,平面波として前方から提示された音圧レベル40dB,周波数1000Hzの純音の大きさに等しい。 備考 評定者によって1ソンのn倍と判断された音の大きさが,nソンである。"(JIS Z 8106:2000)
- ^ 日本音響学会編、音響用語辞典
- ^ "だいたい音のレベルが10[dB]上がると二倍の大きさに聞こえる" 千葉祐弥. 音響特徴量ってなんですか Answer2. 音響学入門ペディア
- ^ "被験者が音の強さの変化に対して量的に対応する能力のあることの妥当性を示すが,この心の中のラウドネス尺度が距離尺度か比率尺度か判明しない" 難波 (2017)
- ^ 前川・森本・阪上『建築・環境音響学』第3版 2011, p. 23-24.
- ^ 山本・高木『環境衛生工学』 1988, pp. 81, 82.
- ^ 山本・高木『環境衛生工学』 1988, p. 82.
参考文献
[編集]- 日本産業規格『JIS Z 8106:2000(音響用語)』 。
- ISO 226:2003 Acoustics — Normal equal-loudness-level contours
- 難波精一郎「知っているようで知らないラウドネス」『日本音響学会誌』73 巻 12 号、765–773頁、2017年。doi:10.20697/jasj.73.12_765 。
- 鵜木祐史「新しいラウドネス計算法・ISO 532-2:2017 Moore-Glasberg method」『日本音響学会誌』77 巻 12 号、790-797頁、2021年。doi:10.20697/jasj.77.12_790 。
- 音の百科事典編集委員会 編『音の百科事典』丸善、2006年。ISBN 4-621-07660-4。
- 安藤彰男; 鈴木陽一; 古川茂人『基礎音響学』コロナ社、2019年。ISBN 978-4-339-01361-0。
- 前川純一・森本正之・阪上公博『建築・環境音響学』(第3版)、2011年。ISBN 978-4-320-07707-2。
- 西巻正郎『電気音響振動学』 9巻(改版)、コロナ社〈電子通信大学講座〉、1978年2月。ISBN 4-339-00076-0。
- 山本剛夫; 高木興一『環境衛生工学』朝倉書店、1988年。ISBN 4-254-26123-3。