通り魔
通り魔(とおりま)とは、瞬間的に通り過ぎて、それに出会った人に災害を与えるという魔物(通り悪魔)。転じて通りすがりに人に不意に危害を加える者をいう[1]。通り魔による事件は通り魔事件と呼ばれる。
警察庁の定義で通り魔事件とは、人の自由に出入りできる場所において、確たる動機がなく、通りすがりに不特定の者に対し、凶器を使用するなどして殺傷等の危害を加える事件をいう[2]。 近年では、欧米各国で発生しているローンウルフによるテロ事件との区別がつきにくくなっているとされ、無差別殺傷事件などと呼ばれることも多い。
概要
[編集]一般に「通り魔的犯行」とされるものには、以下の3種類がある[3]。
- 人の多いところに出向いて犯罪を行う『単発犯』
- 複数の被害者に手当たり次第に犯行を行う『スプリー犯』
- 時間的に一連の犯行ではなく、散発的に行う『連続犯』
- 単発犯
- 薬物などの影響や、幻覚・妄想などの陽性症状、感情の平板化など陰性症状等の精神症状、脆弱な自我や反社会性など人格の問題などにより特徴づけられる。
- スプリー犯
- ストレス耐性の低さや肥大化した自己愛、未熟な人格の問題、自我を守るための社会への怒りや恨み、防衛機制、刑事司法システムを利用した社会的自殺等に特徴づけられる。
- 連続犯
- 未熟な人格や反社会性等の人格の問題、生の実感の喪失、それにともない力を確認したいという感覚に特徴づけられる。若い女性を対象とする場合には性的な動機が背景にある場合が多い。また、加害者の行動にはしばしばマスコミの報道が影響を与え、他の事件の報道から犯行の方法や動機、社会の反響などを学ぶことがある。
都市化と通り魔
[編集]これに類する犯罪は、一般に都市など人が多い反面で人間関係が希薄な地域に限定されると考えられがちだが、過去の通り魔犯罪や連続殺傷事件などの例を見ても、都市化と必ずしも関連しない。
都市に於ける匿名性の増大は確かに現行犯逮捕以外での犯人特定に至りにくい側面を持つが、発生要因自体が都市化との関連性が無い以上、都市型犯罪ではないといえる。しかしそれを抜きにしても、自暴自棄になっている犯人が無差別かつ他人から目撃されるのも厭わずに犯行に及んでいるケース(スプリー犯)では、過去の事例に於いても人の集中しやすい都市部・繁華街のほか、学校やショッピングモールなどといった施設において被害が拡大しやすい傾向が見られる。
しかしその一方で、長期化しやすい散発的な連続殺人の場合、郊外型犯罪に類されるケースが散見される。これらのケースでは、都市周辺部で人口密度が高すぎず低すぎず、犯人が被害者を「調達しやすい」という傾向が見られる。こちらは殺害することが目的であり、加えて犯人が特定層にのみ執着している場合も、そうでない場合でも、たまたま犯行への欲求を感じている犯人の目にとまった人物が被害に遭っている。
通り魔と凶器
[編集]銃社会問題の深刻なアメリカなどでは銃を使った犯行が見られる。銃規制により銃の使用割合が低い日本でも刃物を使った犯行が見られる。これらの事件の影響もあってそれら道具の所持に対する規制が強化される傾向もあるものの、不審尋問などの形で調べなければ所持が分かりにくいことや、またどこにでもある道具を使った場合には予防しきれるものではない。
また自動車を使って次々に人を撥ねたケースもあり、物品の規制による予防は困難である。ただし通り魔事件を発端として、所定の器物が規制対象となったケースもあり、アメリカではコロンバイン高校銃乱射事件以降に銃規制が強化されたなどの動向がみられる。日本ではダガーが秋葉原通り魔事件を契機として、従来のナイフ(汎用の刃物)から、小型の剣(武器・武具の類)へと法的な扱いが改められ、規制対象となっている。
通り魔事件の特徴
[編集]法務総合研究所の報告によると、通り魔事件は以下の特徴を持つことが多い[4]。
加害者
[編集]- 主に20代から40代の男[5]
- 親族や友人・交際相手との人間関係が希薄で、社会的に孤立している[4]
- 無職あるいは不安定な就労状況にあり、経済的に困窮している[4]
- 住所不定など、長期的に安定した住居を得ていない[4]
これらの特徴はローンウルフによるテロリストにも当てはまる。また、「無敵の人」とも重なることが多い。
犯行の動機
[編集]被害者
[編集]- 男女比は同程度であるが、一般殺人と比べると、女性と子供の割合が高い[4]
つまり、反撃するだけの体力が無い人物が襲われやすいといえる。
主な通り魔事件
[編集]本項では、日本国内で起きた通り魔事件についてのみ記述する。なお太字で示した被疑者は裁判の結果、死刑判決を宣告された者である。
2000年以前
[編集]発生日 | 発生現場 | 被疑者(年齢は犯行当時) | 被害詳細 | 備考・参照記事 |
---|---|---|---|---|
1920年 | 東京府淀橋警察署管内 | 不明 | 15人殺傷(4人即死) | 家族を日本刀で殺害した後、通行人を襲撃したもの[6] |
1925年6月 | 東京府田無警察署管内 | 不明 | 14人殺傷(3人即死) | 精神病者が薪割りで通行人を襲撃したもの |
1959年1月27日 | 東京都荒川区 | 15~16歳程度の少年 | 1人死亡/9人負傷 | 参照:荒川連続自転車通り魔殺傷事件 |
1980年8月19日 | 東京都新宿区の新宿駅西口バスターミナル | 38歳男 | 6人死亡/14人負傷 | 参照:新宿西口バス放火事件 |
1981年6月17日 | 東京都江東区森下二丁目の路上 | 覚醒剤中毒の29歳男 | 4人死亡/2人負傷 | 参照:深川通り魔殺人事件 |
1982年2月7日 | 大阪府大阪市西成区山王 | 覚醒剤中毒の47歳男 | 4人死亡/3人負傷 | 参照:西成区覚醒剤中毒者7人殺傷事件 |
1985年9月2日 | 北海道札幌市 | 42歳男 | 1人死亡 | 参照:札幌もみじ台通り魔殺人事件 |
1985年9月19日 | 山口県下関市 | 37歳男 | 4人死亡/6人負傷 | 参照:日本刀10人殺傷通り魔事件 |
1990年2月17日 | 長野県松本市 | 21歳男 | 3人死亡/1人負傷 | 参照:松本市ゲートボール場殺人事件 |
1996年7月6日 | 福岡県北九州市の小倉駅構内 | 21歳男 | 15人負傷 | 参照:小倉通り魔事件 |
1997年2月10日・3月16日 | 兵庫県神戸市須磨区の路上 | 14歳少年 | 1人死亡/2人負傷 | 参照:神戸連続児童殺傷事件 |
1998年1月8日 | 大阪府堺市の路上 | シンナー中毒の19歳少年 | 1人死亡/2人負傷 | 参照:堺市通り魔事件 |
1999年9月8日 | 東京都豊島区東池袋 | 23歳男 | 2人死亡/6人負傷 | 参照:池袋通り魔殺人事件 |
1999年9月29日 | 山口県下関市の下関駅構内 | 35歳男 | 5人死亡/10人負傷 | 参照:下関通り魔殺人事件 |
2000年代
[編集]発生日 | 発生現場 | 被疑者(年齢は犯行当時) | 被害詳細 | 備考・参照記事 |
---|---|---|---|---|
2000年9月5日・2002年7月18日 | 東京都北区・板橋区 | 29歳男 | 2人死亡 | 参照:東京連続通り魔殺人事件 |
2001年4月30日 | 東京都台東区浅草の路上 | 知的障害者の29歳男 | 1人死亡 | 参照:レッサーパンダ帽男殺人事件 |
2001年6月8日 | 大阪府池田市の大阪教育大学附属池田小学校校内 | 37歳男 | 児童8人死亡/児童,教諭15人負傷 | 参照:附属池田小事件 |
2002年6月23日 | 愛知県岡崎市福岡町の路上 | 17歳少年 | 1人死亡 | 参照:岡崎通り魔殺人事件 |
2003年3月21日・29日 | 神奈川県足柄上郡大井町金子・松田町松田 | 40歳男 | 1人死亡(松田町)/2人負傷(大井町) | ほぼ同時期に発生した名古屋の通り魔事件とともに社会に衝撃を与えた[7]。 |
2003年3月30日・4月1日 | 愛知県名古屋市北区・千種区 | 38歳女 | 1人死亡/1人負傷 | 参照:名古屋市連続通り魔殺傷事件 |
2005年2月4日 | 愛知県安城市の商業施設 | 34歳男 | 幼児1人死亡/2人負傷 | 参照:安城市幼児殺傷事件 |
2005年12月6日 | 香川県高松市 | 精神障害者の36歳男 | 1人死亡 | 参照:香川町会社役員刺殺事件 |
2006年9月23日 | 神奈川県川崎市宮前区梶ヶ谷のトンネル内 | 37歳男 | 1人死亡 | 参照:川崎トンネル内女性殺人事件 |
2007年1月15日 | 京都府京都市左京区岩倉幡枝町の歩道 | 20~30歳ぐらいの男 | 1人死亡 | 参照:京都精華大学生通り魔殺人事件 |
2008年3月19日・23日 | 茨城県土浦市 | 24歳男 | 2人死亡/7人負傷 | 参照:土浦連続殺傷事件 |
2008年3月25日・4月14日 | 福岡県福岡市 | 25歳男 | 1人死亡/1人負傷 | 参照:福岡連続殺傷事件 |
2008年6月8日 | 東京都千代田区の秋葉原駅近く | 25歳男 | 7人死亡/10人負傷 | 参照:秋葉原通り魔事件 |
2008年7月22日 | 東京都八王子市の京王八王子駅駅ビル内 | 33歳男 | 1人死亡/1人負傷 | 参照:八王子通り魔事件 |
2010年代
[編集]2020年代
[編集]発生日 | 発生現場 | 被疑者(年齢は犯行当時) | 被害詳細 | 備考・参照記事 |
---|---|---|---|---|
2020年5月31日 | 福島県三春町 | 50歳男 | 2人死亡 | 参照:三春町ひき逃げ殺人事件 |
2020年7月27日 | 愛知県豊橋市 | 27歳男 | 1人死亡/2人負傷 | 草刈り作業員に車突っ込み3人死傷 豊橋、殺人未遂容疑で男逮捕 |
2020年8月28日 | 福岡県福岡市の商業施設 | 15歳少年 | 1人死亡 | 参照:福岡商業施設女性刺殺事件 |
2021年8月6日 | 小田急小田原線の車両内 | 36歳男 | 10人負傷 | 参照:小田急線刺傷事件 |
2021年10月4日 | 川崎市多摩区の路上 | 40歳男 | 3人負傷 | 「殺してあげたかった」川崎・多摩区の3人刺傷で男供述 |
2021年10月15日 | 東京都台東区の上野駅 | 45歳男 | 2人負傷 | JR上野駅構内で2人刺されけが 45歳容疑者を殺人未遂容疑で逮捕 |
2021年10月31日 | 京王電鉄京王線の車両内 | 24歳男 | 17人負傷 | 参照:京王線刺傷事件 |
2022年1月15日 | 東京大学の本郷キャンパス | 17歳少年 | 3人負傷 | 参照:東京大学前刺傷事件 |
2024年12月14日 | 福岡県北九州市の飲食店 | 43歳男 | 1人死亡/1人負傷 | 北九州 中学生2人殺傷 近くに住む43歳の男 逮捕 |
脚注
[編集]- ^ 小学館・大辞泉「通り魔」
- ^ “昭和57年版犯罪白書 第1編/第3章/第1節/2 通り魔犯罪”. 2019年5月28日閲覧。
- ^ 「新たな行動計画策定に関する有識者ヒアリング」渡邉和美(科学警察研究所捜査支援研究室長) (PDF)
- ^ a b c d e f g h “無差別殺傷事犯に関する研究”. 法務省. 2019年9月2日閲覧。
- ^ 連続殺人と、大量殺人、通り魔事件その犯罪心理の違い、心の傷
- ^ 深夜、猟銃と日本刀で荒れ回る『東京日日新聞』(昭和13年5月22日夕刊)『昭和ニュース辞典第6巻 昭和12年-昭和13年』p232 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年
- ^ 『神奈川新聞』2003年12月21日朝刊A版社会面22頁「回顧'03かながわ 取材ノートから 8 松田・大井町連続通り魔 やりきれない思い」(神奈川新聞社 渡辺渉)
参考書籍
[編集]- 福島章『犯罪心理学入門』666号(初版)、中央公論社〈中公新書〉、1982年10月22日。ISBN 978-4121006660。 NCID BN0056212X。NDLJP:12287987 。
関連項目
[編集]- 無敵の人 - 社会的に失うものが何も無いために、犯罪を起こすことに何の躊躇もない人。
- スプリー・キラー - 通り魔的大量殺人者。日米で定義は異なる。
- 快楽殺人 - 主に性的興奮目的で被害者を惨殺する(拷問なども多用)。
- 大量殺人 - 一回の行為で大量の殺戮を行う(飛行機爆破なども含む)。
- ハッピー・スラッピング - 無差別に行きずりの人を暴行する行為。
- 辻斬 - 武士が無差別に刀で通行人を斬りつける行為。
- 通り悪魔 - 江戸時代の随筆に見られる「日本の妖怪」。
- 献忠学 - 中国で無差別殺人を意味するインターネット・ミーム。
- 路上での嫌がらせ
- ぶつかり男 - 駅構内で女性にわざと体当たりをする男性。
- 街頭犯罪