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|学名 = ''Lucanus maculifemoratus''<br/ >{{AU|[[w:Victor Motschulsky|Motschulsky]], [[1861年|1861]]}}
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|シノニム=''Lucanus balachowskyi'' [[:w:Jean-Pierre Lacroix (entomologist)|Lacroix]], 1968 {{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}
|和名 = '''ミヤマクワガタ'''
|和名 = '''ミヤマクワガタ'''
|英名 = Miyama Stag Beetle<ref>矢野宏二 編『世界の昆虫英名辞典 vol.2 M-Z』櫂歌書房、2018年5月12日初版第1刷、715頁</ref>
|英名 = Miyama Stag Beetle
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}}
'''ミヤマクワガタ''' ''Lucanus maculifemoratus'' [[ヴィクトル・モチュルスキー|Motschulsky]], [[1861年|1861]] {{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=6}}(漢字表記: 「深山鍬形<ref>{{Cite Kotobank |word=深山鍬形 |access-date=2024-03-25}}</ref>」もしくは「深山鍬形虫<ref>{{Cite Kotobank |word=深山鍬形虫 |access-date=2024-03-25 |encyclopedia=動植物名よみかた辞典 普及版}}</ref>{{Sfn|今森光彦|荒井真紀|2010|p=44}}」)は、[[甲虫類|コウチュウ目]][[クワガタムシ科]][[ミヤマクワガタ属]]に属する[[昆虫]]の一[[種 (分類学)|種]]{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}。[[日本]]および[[東アジア]]([[中華人民共和国|中国]]・[[朝鮮半島]]・[[ロシア]]など)に[[分布 (生物)|分布]]する種として複数の[[亜種]]に分類されていたが、亜種とされていた海外産の個体群はミヤマクワガタとは別種であり、ミヤマクワガタは日本[[固有種]]であるとする学説もある([[#亜種|後述]]){{Sfn|佐藤仁|2020|p=15}}。[[和名]]のミヤマは[[深山幽谷]]を意味し、その名の通り[[山地]]に多い[[クワガタムシ]]である{{Sfn|小島啓史|1996|p=119}}。[[学名]]の種小名 ''maculifemoratus'' は「斑紋のある脚をもった」という意味である{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=6}}。
[[File:ミヤマクワガタ.JPG|thumb|採集場所:埼玉県 70mm(フジ型)]]
[[ファイル:ハルニレ樹液のミヤマクワガタ(エゾ型 北海道 道南).jpg|サムネイル|撮影地:北海道 道南 2015年7月]]<!--[[File:Lucanus maculifemoratus dybowskyi female.jpeg|thumb|200px|地上を歩く雌。赤い体色の個体もいる。]]→別種(オオクワガタ属)の写真であるため削除。-->
'''ミヤマクワガタ'''(深山鍬形 ''Lucanus maculifemoratus'')は、[[甲虫目]]・[[クワガタムシ科]]に属するクワガタムシの一種。普通種であり、いかにもクワガタムシらしい風貌から、[[ノコギリクワガタ属|ノコギリクワガタ]]とともに古来クワガタムシの代表として親しまれてきた。南西諸島や一部の離島を除く、ほぼ日本全土に分布し、旧[[環境庁]]により[[指標昆虫]]に指定されている。


日本産のクワガタムシとしては大型の種で{{Sfn|江副水城|2014|p=100}}{{Sfn|葛生淳一|2016|p=108}}、[[雄|オス]]の[[成虫]]は最大で[[体長]]{{Efn2|name="形態"}}80&nbsp;[[ミリメートル|mm]]以上に達する個体が記録されている([[#形態|後述]])<ref name="レコード2023"/><ref name="BEKUWAレコード2023"/>。特に[[北海道]]に分布するクワガタムシとしては最大種である<ref>『看護技術』メヂカルフレンド社、第45巻第11号、1999年8月20日、1頁、林直光(文・写真)「北海道四季のアングル > ミヤマクワガタ」 - 1999年8月号。{{NDLJP|3385545/2}}。</ref>。日本では北海道から[[九州]]まで分布する普通種であり{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=6}}、[[コクワガタ]]や[[ノコギリクワガタ]]とともに一般的なクワガタムシとして知られ、人気も高い{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=5}}。[[昆虫採集|採集]]や販売、[[ペット]]としての飼育の対象にもされている([[#人間との関わり|後述]]){{Sfn|林長閑|1987|p=83}}。[[本土#日本|日本本土]](北海道・[[本州]]・[[四国]]・九州)には'''[[亜種#基亜種|原名亜種]]''' ''Lucanus maculifemoratus maculifemoratus'' Motschulsky, 1861 が、[[伊豆諸島]]には亜種 ''L. m. adachii'' Tsukawaki, 1995 が分布するが{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=6}}、本項目では原名亜種を中心に解説する。
オスの体長は22.9 - 78.6mm、飼育下78.6mm(2014年)で、メスの体長は25 - 48.8mm。野外における最大個体は[[大阪府]][[妙見山 (能勢)|妙見山]]([[北摂山系]])にて採集された78.6mmの♂成虫である<ref>{{Cite journal|和書|journal=BE・KUWA(ビークワ)|title=日本のミヤマクワガタ大特集!!|page=14|date=2013-05-16|issue=47|publisher=むし社|location=[[東京都]][[中野区]]}}</ref>。


ミヤマクワガタのオスの[[性染色体]]数は n=13 であり、第1分裂でXY対を識別できる{{Sfn|阿部東|工藤貢次|近藤格|斎藤和夫|1969|pp=180-181}}。[[性決定]]様式はXY型(雄ヘテロ型)であると推定される{{Sfn|阿部東|工藤貢次|近藤格|斎藤和夫|1969|p=184}}。
なお、同名の植物にゴマノハグサ科ルリトラノオ属の[[ミヤマクワガタ (植物)]]がある。


== 特徴 ==
== 分布 ==
原名亜種である ''L. m. maculifemoratus'' Motschulsky, 1861 の場合、日本国内では[[北海道]]・[[本州]]・[[四国]]・[[九州]]および、[[択捉島]]、[[利尻島]]、[[礼文島]]、[[焼尻島]]、[[奥尻島]]、[[飛島 (山形県)|飛島]]、[[佐渡島]]、[[隠岐諸島]]、[[瀬戸内海]]島嶼部、[[五島列島]]{{Efn2|五島列島では[[福江島]]のみを分布域とする文献があるが{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=141}}、2013年時点の情報によれば、福江島以外にも園周辺の主な島には生息しているという{{Sfn|BE・KUWA編集部|2013|p=39}}。}}、[[甑島列島]]、[[大隅諸島|熊毛諸島]]の[[黒島 (鹿児島県)|黒島]]に[[分布 (生物)|分布]]する{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=5}}。また[[国後島]]を分布域に含める場合{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=141}}{{Sfn|佐藤仁|2020|p=16}}、および択捉島を除外する場合もある{{Sfn|佐藤仁|2020|p=16}}。タイプ産地は Japan (日本)である{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=141}}。
頭部に冠状の突起「(頭部)耳状突起」を有する。これはミヤマクワガタの最大の特徴である。これは小型個体では目立たないが、大型個体では発達する。耳状突起は大アゴを閉じる筋肉の付着面を限られた頭部の中で広げるのに役立っている。繁殖飼育方法の知見を初めて発表した小島啓史 (1996) によると、頭部のサイズと耳状突起は、幼虫期の頭部の幅の影響を受け、前蛹の時に寒冷な気候で過ごしたオスほど大きくなる傾向が見られるという。


[[伊豆諸島]]に分布する亜種 ssp. ''adachii'' や、かつて亜種関係にあるとされていた海外産の近縁種については後述の[[#亜種|「亜種」節]]を参照されたい{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=141}}{{Sfn|BE・KUWA|2013|pp=24-27}}。矢島稔は、ミヤマクワガタの原型と思われる種が中国大陸西部に分布している点や、ミヤマクワガタは日本では関西に多い一方で東日本にはさほど多くない点から、ミヤマクワガタは旧北区のうち中国西部から中央部を経由して日本へ侵入してきた種であろうと述べている<ref>{{Cite journal|和書|journal=[[インセクタリウム|インセクタリゥム]]|author=矢島稔|date=1968-08-01|title=こんちゅうにゅうもん こん虫の分布|volume=5|issue=8|pages=6-7|publisher=東京動物園協会|editor=インセクタリゥム編集委員会|id={{NDLJP|2367717/4}}}} - 通巻:第56号。</ref>。
オスでは体表には細かい毛が生えており、金色から褐色に見えるが、微毛は身体が霧や降雨で湿ると黒くなり、木の幹に擬態した保護色の効果と、熱線吸収率を調整するのに役立っていると思われる。老齢個体はしばしばこれらの微毛が脱落し失われている。頭の突起はオスだけにある。オスもメスも脚で踏ん張る力も強く、樹皮や人の身体にしがみついた時には、脚の爪部分から少しずつ離していかないと引き剥がせない程。


== 形態 ==
メスは背側から見るとツヤのある黒色で他のクワガタムシのメスと似ているが、腹側にはオスと同じく微毛を備え、学名の元になった長楕円の黄色紋を腿節に部分持つため、他種のメスと簡単に見分けることができる。また、メスの大顎は他のクワガタムシのメスに比べ、アゴが太くて厳つく、ニッパーのような形となっており、挟まれると大変痛く、これで樹皮に傷を付けて、樹液の出を良くしたり、身を守ったりする。
[[成虫]]の体の背面には光沢があるが、大顎と頭部前方には光沢はない<ref name="世界文化生物大図鑑"/>。[[触角]]の先端から4節目までは長く鰓状に伸びているが、綿毛がなく光沢を有する<ref name="原色昆虫大図鑑126"/>。また眼縁突起は[[複眼と単眼|複眼]]の半分に達さない<ref name="原色昆虫大図鑑126"/>。雌雄とも腹面には灰褐色の毛が生えている<ref name="世界文化生物大図鑑">『改訂新版 世界文化生物大図鑑 昆虫II 甲虫』世界文化社、2004年6月15日初版第1刷発行、64頁。</ref>。


雌雄とも各脚の腿節に黄褐色の部分があることで他種のクワガタムシと区別できる{{Sfn|横川忠司|2019|=47}}。また中脚の脛節には3 - 5本、後脚の脛節には2 - 4本の棘がある{{Sfn|上野俊一|黒澤良彦|佐藤正孝|1985|p=329}}{{Sfn|岡島秀治|山口進|黒澤良彦|1988|p=72}}。日本産クワガタムシのほとんどの種の場合、中脚・後脚の脛節に生えている棘は0 - 1本の場合が多く、この点でもミヤマクワガタを他種と区別できる{{Sfn|横川忠司|2019|=47}}。また前脛節は幅広で内側に湾曲する{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=140}}。日本産のミヤマクワガタ属であるミヤマクワガタや、[[ミクラミヤマクワガタ]] ''L. gamunus'' Sawada & Watanabe, 1960 および[[アマミミヤマクワガタ]] ''L. ferriei'' Planet, 1898 の3種に共通する特徴として、前脛節の先端に生えている2本の外歯(脛節の外側に生えている棘)が発達していることが挙げられる{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|pp=140-141}}。
オスの大アゴには、後述される様にエゾ型・ヤマ型(基本型)・サト型(フジ型)と言う3つの型がある。それぞれの型は大アゴの第一内歯と第三内歯の長さと、大型個体では先端の二叉の大きさで見分ける事ができるが中間型も見られる。


=== 体長 ===
*エゾ型:第一内歯は痕跡的で第三内歯が長い 先端の二叉はもっとも大きい
成虫の[[体長]]{{Efn2|name="形態"|[[むし社]]から発行された『世界のクワガタムシ大図鑑』では、大顎の先端部から上翅の先端部までの長さを「体長」と定義している{{Sfn|藤田宏|2010|p=9}}。}}は、[[雄|オス]]で22.9 - 78.6&nbsp;[[ミリメートル|mm]]、[[雌|メス]]で25.0 - 46.8&nbsp;mmである(いずれも2013年時点){{Sfn|BE・KUWA|2013|p=6}}。なお飼育下ではこれを上回る体長80&nbsp;mm以上のオス個体が記録されている([[#最大記録|後述]])。一般的に採集される個体の平均体長は60&nbsp;mm前後とされ、67&nbsp;mm超の個体は大型とされる{{Sfn|BE・KUWA編集部|2013|p=38}}。
*ヤマ型:第一内歯と第三内歯はほぼ同じ長さで、先端の二叉ははっきりしている
*サト型:第一内歯はいちじるしく長く、その先端を合わせると大あごの先端の二叉部が大きく離れる


オスの大顎を除いた体長を27 - 51&nbsp;mm、大顎の長さを7.5 - 22&nbsp;mmとする文献もある{{Sfn|上野俊一|黒澤良彦|佐藤正孝|1985|p=329}}。[[犬飼哲夫|犬飼哲男]]は1917年から1919年にかけ、[[北海道大学|北海道帝国大学]]の構内でノコギリクワガタとミヤマクワガタそれぞれの雌雄を多数採取し、その個体変異に関する統計を集計した{{Sfn|林長閑|1987|pp=32-34}}。同論文によれば、調査対象となったミヤマクワガタのオス320頭の大顎を除いた体長は28 - 50&nbsp;mmと連続的な変異があり{{Sfn|犬飼哲男|1924|p=91}}、44&nbsp;mmの個体が最多(42個体)だった{{Sfn|犬飼哲男|1924|pp=85-86}}。またノコギリクワガタのオス(調査個体数は1362頭)と同じく、その変異は2つの頂点を有する双頂曲線に分化する傾向があるとした上で、その原因はオスの[[内因性 (生物学)|内在性]]によるものであり、異種族の混在や外界の影響などではないと述べている{{Sfn|犬飼哲男|1924|p=91}}{{Sfn|林長閑|1987|p=34}}。メスに関しても809頭を調査した結果、変異の幅は25 - 39&nbsp;mmとオスより著しく限定されており{{Sfn|犬飼哲男|1924|p=91}}、33&nbsp;mmの個体が最多(175頭)だった{{Sfn|犬飼哲男|1924|p=86}}。犬飼はこの調査結果より、種属の原型はメス形であり、オス形はメス形から変化発達したものであると述べている{{Sfn|犬飼哲男|1924|p=91}}{{Sfn|林長閑|1987|p=34}}。なおクワガタムシの大顎の相対変異(体の特定の部分に対する他の部分の割合の変異)は「前胸の長さ+上翅の長さ」と「大顎の長さ」で示されるが{{Efn2|相対変異の関係は Y=Kx{{sup|a}} の式で表すことができ、対数にすると logY=logK + a logX という式になるが、平衡定数(a の値)が1の場合(「等調」の場合)は各部分の割合が等しく、生物形は変わらない{{Sfn|森本桂|1986|p=134}}。一方でa>1の場合は「優調」、a<1の場合は「劣調」という{{Sfn|森本桂|1986|p=134}}。}}、ノコギリクワガタの場合はいずれも優調変異を示す一方、ミヤマクワガタの場合は上翅の長さ25&nbsp;mmまで優調変異を示すが、それ以上の場合は等調もしくは低調変異となる{{Sfn|林長閑|1987|p=37}}。
上記の型の呼称は、保育社の図鑑が初めて使った呼称を踏襲しているが、黒沢は、この内サト型を、[[富士箱根伊豆国立公園]]付近に多いためフジ型とし、ヤマ型を日本全国に見られる事から基本型と呼ぶように提唱した。しかしミヤマクワガタの繁殖飼育に世界で初めて成功した、林長閑によると、どの型も日本全国に見られ、地域性は薄いと言われる。小島啓史は著書の中で、エゾ型の新成虫から得た子を東京で飼育したところ、全てサト型になった事を報告している。


このような成虫のサイズは生息環境に著しく左右されるため、大型個体が観察できる地域はミヤマクワガタの生息に適した自然環境が豊富に残っている地域と考えられる{{Sfn|BE・KUWA編集部|2013|p=38}}。また安達鉄美 (1958) は[[兵庫県]]の妙高山{{Efn2|妙高山とは、兵庫県[[氷上郡]][[市島町]](現:[[丹波市]])にある山{{Sfn|安達鉄美|1958|p=37}}。}}麓で、1957年7月から8月に約20回にわたってミヤマクワガタの雌雄成虫を採集し、ミヤマクワガタのオス123頭の出現期ごとの個体の大きさについて調査したところ、翅の長さの平均は7月前半に採取した26個体で19.5&nbsp;mm、8月前半に採取した44頭では23.9&nbsp;mmであり、メスも8月前半の方が7月前半よりわずかに大きかったと報告している{{Sfn|安達鉄美|1958|pp=37-38}}{{Sfn|林長閑|1987|p=38}}。[[サトウキビ]]に穿孔する[[カブトムシ亜科|カブトムシ]]の一種アゲノールハネナガツノカブト{{Efn2|''Podischnus agenor'' (Olivier, 1789) は[[カブトムシ亜科#サイカブト族 Oryctini|サイカブト族 Oryctini Mulsant, 1842]] のアシナガサイカブト属 Podischnus Burmeister, 1847 に属する種の一つで、'''アゲノールアシナガサイカブト'''<ref name="清水輝彦">清水輝彦『世界のカブトムシ 【上】南北アメリカ編』むし社〈月刊むし・昆虫図説シリーズ〉6、2015年9月20日発行、藤田宏(編集者・発行者)、90頁</ref>、または'''アゲノールハネナガツノカブト'''{{Sfn|長谷川道明|近雅博|荒谷邦雄|越智輝雄|1999|p=65}}という和名がある。同種は[[メキシコ]]から[[ブラジル]]にかけて分布する体長28 - 45&nbsp;mmのサイカブトの一種で<ref name="清水輝彦"/>{{Sfn|長谷川道明|近雅博|荒谷邦雄|越智輝雄|1999|p=65}}、オスの胸角は短くて先端がハート型に分岐し、その前方に黄褐色の毛が密生しているという特徴がある<ref name="清水輝彦"/>。幼虫は地中の腐植質を食べて発育、成虫は9月から12月の[[雨季]]に地上に出現する{{Sfn|長谷川道明|近雅博|荒谷邦雄|越智輝雄|1999|p=95}}。オスの成虫はサトウキビなどの茎に穿孔し、そこを訪れたメスと交尾する{{Sfn|長谷川道明|近雅博|荒谷邦雄|越智輝雄|1999|p=95}}。}} ''Podischnus agenor'' の場合、小型のオスは大型のオスより早く出現し、早い時期に交尾することで体格のハンデを克服しているという報告があることから、活動前年に羽化してそのまま地中で越冬するミヤマクワガタについてもこの傾向が当てはまると仮定した場合、同年に羽化した個体たちの中でも、小型個体の方が大型個体より早く活動を開始しているという可能性が指摘されている{{Sfn|林長閑|1987|p=38}}。
3つの型は、野生ではおおむね標高と緯度によって棲み分けており、標高1000m前後の山地や北海道ではエゾ型が多く、伊豆半島からはサト型のみが知られるが、筑波山や塩山の様に、3つの型が同所的に見られる場所もある。飼育下では、幼虫期に16℃前後で飼育された個体からエゾ型が多く得られ、23℃以上ではサト型しか羽化しない。しかし20℃の飼育では3つの型が発現することもあり、明確ではないが、低温飼育ではエゾ型が割合的には多くなる。


==== 最大記録 ====
普段見られるオスは60mm程度だが、70mmを越える大型個体が得られることがある。地中で蛹化する生態の為、[[オオクワガタ]]類などに比べてオスが大顎で鋏む力は強くないと思われがちだが、実際にはかなり強く、特に大顎先端の二叉に分かれた部分は闘争の際に威力を発揮し、同種間や、他種との闘争だけではなく、大型の個体が[[カブトムシ]]と戦った時、この二叉部分でカブトムシの胸部の後ろを締め付けてカブトムシの身体に穴を開けて深傷や致命傷を負わせる事もある。人間でも二叉部分に指を挟まれ、猛烈に締め付けられると出血だけではなく、爪部分を鋏まれた場合、そこを貫通されてしまう事すらある。
野外における成虫の最大個体は、オスは[[大阪府]][[妙見山 (能勢)|妙見山]]([[北摂山系]])で採集された体長78.6&nbsp;mmの個体{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=14}}、メスは栃木県で採集された体長46.8&nbsp;mmの個体である{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}。


[[むし社]]の調査によれば、飼育下ではオス成虫は最大体長80.8&nbsp;mm{{Efn2|かつては野外個体と同じ78.6&nbsp;mmの個体が最大個体とされていたが、2022年には8年ぶりのレコード更新となる78.9&nbsp;mmの個体が記録された{{Sfn|坂爪真吾|2023|p=159}}<ref>『BE・KUWA』第85号(2022年秋号)35頁(むし社)</ref>。}}<ref name="レコード2023">{{Cite journal|和書|journal=BE・KUWA|title=発表!第23回クワガタ飼育レコード|page=39|editor=土屋利行|date=2023-11-17|issue=89|url=|publisher=むし社}} - No.89(2023年秋号)。『月刊むし』2023年12月増刊号。</ref><ref name="BEKUWAレコード2023">{{Cite journal|和書|journal=BE・KUWA|title=日本産中〜大型種クワガタムシの飼育レコード個体(2023年度版)|page=113|editor=土屋利行|date=2023-11-17|issue=89|url=|publisher=むし社}} - No.89(2023年秋号)。『月刊むし』2023年12月増刊号。</ref>、最小体長29.9&nbsp;mmの個体がそれぞれ記録されている{{Sfn|BE・KUWA|2024|p=113}}。また、メス成虫は最大体長50.3&nbsp;mmの個体が記録されている{{Sfn|BE・KUWA|2024|p=115}}。
飼育・人工繁殖は難しく大型個体はなかなか作出されないとされていたが、繁殖方法が確立し、その後小島啓史により、メスが25℃以下でないと産卵しない事が公表されてから、繁殖飼育そのものは比較的容易になった。なお林長閑は18℃の恒温器で幼虫を飼い、成虫まで4年かかったと発表しているが、1 - 2年で羽化に至る個体がほとんどと思われる。


=== オス ===
酷暑と乾燥に弱いため、地球全体の温暖化や都市周辺のヒートアイランド現象などによって、激減、もしくは絶滅する可能性が相対的に高いクワガタムシであり、生息地域の環境調査などから指標昆虫となった。小島啓史は水没するダム湖上流のヤナギ林などでミヤマクワガタが多数生息している状況を応用動物昆虫学会等で報告している。
オスの体色は赤褐色から黒褐色で{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=140}}、体の表面には金色の微毛が密に生えている{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}。この微毛は羽化直後は全身を覆っているが、活動するに従って徐々に脱落していく{{Sfn|今森光彦|荒井真紀|2010|p=44}}{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=140}}。この微毛は乾燥時は金色だが濡れると黒っぽくなるもので、小島啓史は乾燥時は熱線を反射しやすくなって体温上昇を抑えている一方、濡れると黒っぽくなることで熱線吸収効率が上がると考察している<ref>『BE・KUWA』第80号(2021年8月13日)<!--114-117-->117頁「21世紀版 クワガタムシ飼育のスーパーテクニック (64)日本のクワガタムシと海外種の比較と考察1」(むし社)</ref>。また腹面にも毛が生えている<ref name="原色昆虫大図鑑126">森本桂(監修)『原色昆虫大図鑑 第II巻(甲虫 篇)』2007年5月10日 新訂版初版発行(1963年6月30日旧版初版発行)126頁(北隆館)</ref>。


ミヤマクワガタ属の特徴として、オス成虫の頭部後方には耳状の突起があり{{Sfn|藤田宏|2010|p=83}}、頭部後方から両側へ大きく張り出している{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=140}}。この突起を'''耳状突起'''(じじょうとっき)もしくは'''頭冠'''と呼び{{Sfn|佐藤仁|2020|p=6}}、「王冠」とも形容される{{Sfn|吉田賢治|2015|p=105}}。ミヤマクワガタの耳状突起はよく発達する傾向にあり{{Sfn|藤田宏|2010|p=44}}、特に大型個体ほど目立つ傾向にある{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=140}}。一方で小型個体では突起の張り出しが弱まり、L字型の隆条のみとなる個体もいる{{Sfn|上野俊一|黒澤良彦|佐藤正孝|1985|p=329}}。安達鉄美 (1958) によれば、上翅の長さが18&nbsp;mm以下の小型のオスではこの突起はわずかに残るのみとなる{{Sfn|安達鉄美|1958|p=38}}。土屋利行 (2014) によれば、体長約32&nbsp;mmの小型個体では耳状突起は消失する{{Sfn|土屋利行|2014|p=27}}。この耳状突起の裏側には大顎を閉じる[[筋肉]]が収まっている{{Sfn|小島啓史|2017|p=86}}。この筋肉が発達していることにより、大顎で挟む力は強力なものになっている{{Sfn|小島啓史|2017|p=86}}。耳状突起の大きさは前蛹期の気温の高低に左右され、前蛹期に涼しい環境で過ごした個体はより前蛹期間が伸び、耳状突起も大型化する傾向にある{{Sfn|小島啓史2|2019|p=84}}。また原名亜種と伊豆諸島に分布する亜種イズミヤマクワガタ ''L. m. adachii'' の2亜種のみ、大型のオスは前頭部中央に上方を向いた台形の衝立状の突起を有するという特徴がある{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}。この突起も大型個体ほど明瞭で、小型個体の場合は消失する場合もある{{Sfn|上野俊一|黒澤良彦|佐藤正孝|1985|p=329}}。[[上唇 (節足動物)|頭楯]]は細長く舌状で、先端は鋭く尖る{{Sfn|上野俊一|黒澤良彦|佐藤正孝|1985|p=329}}。また頭楯は横隆条を欠き{{Sfn|上野俊一|黒澤良彦|佐藤正孝|1985|p=329}}、前方斜め下へ伸びている{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=140}}。
他の多くのクワガタムシと同じく、振動を足の毛で察知し、付いている木に衝撃を与えると落下してくるが、[[ノコギリクワガタ]]や[[オオクワガタ]]のようなクワガタムシが落下すると脚を縮めて硬直し、擬死状態になって動かなくなる事があるのに対し、本種はそういった擬死体型は採らず、脚を伸ばしたまま硬直するか、そのまま動き出して逃走する他種と異なる特徴もある。

黒島で採取された個体の場合、本土産の個体と比して耳状突起の発達が若干悪く、頭部が丸みを帯びるほか、脛節・腿節の黄色部分が広範囲により強く現れ、跗節も長いという特徴が確認されているが、その標本を調べた土屋利行は伊豆諸島亜種よりも遥かに本土産に近い外部形態であったと評している<ref>{{Cite journal|和書|journal=月刊むし|author=土屋利行|title=KIROKU+HOKOKU > 鹿児島県黒島産ミヤマクワガタについて|page=44|date=1996-06-01|issue=304|publisher=むし社}}</ref>。

==== 大顎 ====
オスの大顎は緩やかな弓状に湾曲しており、先端で二又に分岐する{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}。大顎の基部には大きな内歯があり、その内歯から先端部にかけて3 - 5本のやや大きい棒状の内歯が並ぶが、以下のように3つの型が見られる{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}。原名亜種の場合、腿節基部には大きな黄褐色紋がある{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}。この黄褐色紋は腿節の背側と腹側の両方にあり、中脚・後脚では脛節の先端部寄りにも同様の紋がある個体もいるが、後述の「エゾ型」では発達が弱く、時にまったくない場合もある{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=140}}。

山口進は、オスの大顎は闘争時に相手を挟むことよりも土を掘ったり物を掴んだりすることに適した形であり、土中の蛹室から脱出する際に役に立つ形状であると評し{{Sfn|山口進|1989|p=77}}、またその形状から幼虫が腐葉土などの中にいることが推定され、長らく謎だった生態が解明される鍵になったと述べている{{Sfn|山口進|1989|p=78}}。またミヤマクワガタやノコギリクワガタの湾曲した大顎は戦いには便利だが、狭い場所に隠れる際には邪魔になるため、これらの種は休息する際には樹幹や枝の表面にいることが多い一方、大顎が真っ直ぐに伸びるコクワガタなどは狭い場所に隠れることができると評されている<ref>岡島秀治(監修)『原色ワイド図鑑 昆虫II・クモ』学習研究社、2002年11月30日新版初刷発行、2004年6月1日 第2刷発行、<!--54--->55頁「クワガタムシのくらし > クワガタムシの大顎の役割」</ref>。

===== 大顎のタイプ =====
オスの大顎は、大きく分けて'''基本型'''(もしくは'''ヤマ型''')、'''エゾ型'''、'''フジ型'''(もしくは'''サト型''')の3タイプが知られている{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}。このような変化は大型個体ほど顕著であるが、中型・小型個体にも認められる{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=140}}。基本型とエゾ型の中間型はよく見られるが、基本型とフジ型の中間型はあまり見られない{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=6}}。また、メスではこれらの型を区別することは困難である<ref name="原色昆虫大図鑑126"/>。

これらのミヤマクワガタの型については[[保育社]]の『原色日本昆虫図鑑』 (1969) で初めてその存在について言及がなされ、[[北隆館]]の『原色昆虫大図鑑 甲虫編』 (1981) では、2013年時点で用いられている「フジ型」「基本型」がそれぞれ「基本型」「山地型」と呼称されており、また北海道から東北に分布するとされていた「エゾ型」は別亜種{{Sfn|小島啓史|2013|p=67}} subsp.''elegans'' {{Sfn|小島啓史|2007|p=32}}とみなされ、'''エゾミヤマクワガタ'''という和名を与えられていた{{Sfn|小島啓史|2013|p=67}}。なお「エゾミヤマクワガタ」は1898年に北海道から ''L. elegans'' Planet, 1898 {{Efn2|原記載地は「[[蝦夷|Yeso]]」{{Sfn|Kurosawa|1976|p=189}}。}}として記録されていたが、1972年には中根猛彦によってミヤマクワガタのシノニムであることが確認されている{{Sfn|小島啓史|2007|p=32}}。Kurosawa (1976) は本州中央部に分布する型を ''maculifemoratus'' MOTSCHULSKY, s. str.、北海道と本州の山岳地帯に分布する型を ''hopei'' Parry, 1862 、本州・四国・九州の丘陵地帯に分布する型を ''elegants'' Planet, 1898 と述べているが、同論文では中根猛彦が1972年にモスクワ大学に保存されているミヤマクワガタのタイプ標本を調べた結果、同個体はform ''elegants'' の中型のオスに過ぎないことを発見したとして、それまで ''elegants'' とされていた個体群を ''maculifemoratus'' とした上で、それまで ''maculifemoratus'' とされていた形態には有効な名前がないとして、新たにf. ''nakanei'' の名を与えた{{Sfn|Kurosawa|1976|p=189}}。また南九州の[[向田町 (薩摩川内市)|向田]]{{Efn2|現在の[[鹿児島県]][[薩摩川内市]][[向田町 (薩摩川内市)|向田町]]。}}からはL. balachowskyi [[:w:Jean-Pierre Lacroix (entomologist)|Lacroix]], 1968 が記録されているが、同種は f. ''maculifemoratus'' のシノニムとされている{{Sfn|Kurosawa|1976|pp=189-190}}。

その後、[[双葉社]]の『最新図鑑クワガタムシのすべて』 (1983) {{Sfn|岡島秀治|山口進|山口就平|青木俊明|1983|p=132}}では「フジ型」「基本型」「エゾ型」に相当する型が、それぞれ「サト型」「ヤマ型」「エゾ型」と呼称されることになったが、保育社の『原色日本甲虫図鑑II』 (1985) では2013年と同じく「フジ型」「基本型」「エゾ型」という呼称が用いられるようになった{{Sfn|小島啓史|2013|p=67}}。現行の名称は[[黒澤良彦]]が『日本産甲虫目録 第1集 クワガタムシ科』 (1976) において提唱したもので、それまで「サト型」と呼ばれていた型を[[富士箱根伊豆国立公園]]付近に多い{{Efn2|中根猛彦による観察例より{{Sfn|Kurosawa|1976|p=190}}{{Sfn|小島啓史|2017|p=85}}。}}ことを理由として、「フジ型」と呼称したものである{{Sfn|小島啓史|2013|pp=66-67}}。

これらの形態の変化は幼虫期(特に前蛹期)の温度に左右され、温度が低いとエゾ型に、高いとフジ型になるとされる([[#気候などの影響|後述]]){{Sfn|BE・KUWA|2013|p=6}}。またこのような変化の要因の一つとして、種間競合との関係も指摘されている([[#種間競合との関係|後述]])。
{| class="wikitable" style="width:100%;font-size:90%"
|+
!名称
! style="width:30%;" |エゾ型{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}<br/>forma ''hopei'' [[:w:Frederic Parry|Parry]], 1862{{Sfn|黒澤良彦|1976|p=3}}
! style="width:30%;" |基本型{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}<br/>{{nowrap|forma ''maculifemoratus'' Motschulsky, s. str.}}{{Efn2|『原色昆虫大図鑑』では forma typica と呼称されている<ref name="原色昆虫大図鑑126"/>。}}{{Sfn|黒澤良彦|1976|p=3}}
! style="width:30%;" |フジ型{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}<br/>forma ''nakanei'' [[黒澤良彦|Y. Kurosawa]], 1976{{Sfn|黒澤良彦|1976|p=3}}
|-
!大顎先端の二又部の開き
|基本型より大きい{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=6}}。<br/>先端は鋭くかつ大きく二又に分かれ、端歯は3型で最も強く外方を向く{{Sfn|上野俊一|黒澤良彦|佐藤正孝|1985|p=330}}。
| rowspan="2" |エゾ型とフジ型の中間{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}。<br/>大顎基部の内歯(第1内歯)と第3内歯{{Efn2|大顎基部側から数えて3本目の内歯。}}はほぼ同じ長さになる{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=6}}。<br/>先端は鋭くかつ大きく二又に分かれ、端歯は細くて鋭く、外方を向く{{Sfn|上野俊一|黒澤良彦|佐藤正孝|1985|p=330}}。蛹の時点では第一内歯同士は離れている{{Sfn|小島啓史|2007|p=32}}。
|基本型より小さい{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=6}}。<br/>先端の二又は最も弱く、端歯は内方に向いていて鈍い{{Sfn|上野俊一|黒澤良彦|佐藤正孝|1985|p=330}}。また下方の歯は端歯より短い{{Sfn|上野俊一|黒澤良彦|佐藤正孝|1985|p=330}}。
|-
!{{nowrap|大顎基部の内歯(第1内歯)の大きさ}}
|小さい{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}。第3内歯より短くなる{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=6}}。
|かなり大きい{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}。第3内歯より長くなる{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=6}}。第1内歯同士を合わせると大顎の先は離れる{{Sfn|山口進|1989|p=77}}。蛹の時点で第一内歯同士がほとんど接している場合がある{{Sfn|小島啓史|2007|p=32}}。
|-
!記録地(1987年時点){{Sfn|林長閑|1987|p=21}}
|[[樺太]]南部、[[千島列島|南千島]](国後島・択捉島)、北海道、本州、九州{{Sfn|林長閑|1987|p=21}}、飛島{{Sfn|上野俊一|黒澤良彦|佐藤正孝|1985|p=330}}
|北海道南西部、本州、四国、九州、佐渡、隠岐、[[対馬]]{{Efn2|黒澤によれば対馬からメス成虫1頭が記録されているが、朝鮮半島産の別種 ''dybowskyi'' (亜種とする見解もあり、[[#亜種]]節を参照)である可能性が指摘されている{{Sfn|黒沢良彦|1970|p=290}}{{Sfn|岡島秀治|山口進|黒澤良彦|1988|p=72}}。当該標本は1930年7月25日に対馬(下島)で採取されたやや細身のメス個体だが、それから2004年時点まで74年間にわたって対馬ではミヤマクワガタが採取された記録はない<ref>{{Cite journal|和書|journal=月刊むし|author=藤田宏|title=日本の幻のクワガタムシ?3 第3話 奄美大島のオオ<!--オオ には上にそれぞれ点がつく-->ミヤマクワガタ > 「対馬」の採集ラベルが付いたミヤマクワガタ|page=69|date=2004-08-01|issue=402|pages=<!-- 68-69 -->|publisher=むし社}}</ref>。}}、五島列島、屋久島
|本州、四国、佐渡、伊豆諸島{{Efn2|伊豆大島、神津島{{Sfn|上野俊一|黒澤良彦|佐藤正孝|1985|p=330}}。}}
|-
!備考{{Sfn|林長閑|1987|pp=21-22}}
|'''エゾミヤマクワガタ'''とも{{Sfn|境野広行|1985|p=249}}{{Sfn|上野俊一|黒澤良彦|佐藤正孝|1985|p=330}}。f. ''hopei'' は、ミヤマクワガタの[[シノニム]]とされた ''L. hopei'' Parry, 1864 のタイプ標本がエゾ型と同じ型であることに由来する{{Sfn|小島啓史|2007|p=32}}。<br/>北限(南樺太・南千島)は「[[分布境界線#海峡に設定されたもの|宮部線]]」と一致する{{Sfn|林長閑|1987|pp=21-22}}。本州では[[標高]]1,000&nbsp;[[メートル|m]]程度の山地で見られる{{Sfn|小島啓史2|2019|p=83}}。<br/>腿節の黄褐色部が発達せず、個体によってはまったくない場合もある{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=140}}。頭部前縁中央の横長の突起はやや小さく、中型のオスでは消失する<ref name="原色昆虫大図鑑127">森本桂(監修)『原色昆虫大図鑑 第II巻(甲虫 篇)』2007年5月10日 新訂版初版発行(1963年6月30日旧版初版発行)127頁(北隆館)</ref>。
|'''ミヤマクワガタ基本型'''とも{{Sfn|上野俊一|黒澤良彦|佐藤正孝|1985|p=330}}。「基本型」の名前は、[[モスクワ大学]]のタイプ標本がこの型であることに由来する{{Sfn|小島啓史|2007|p=32}}。<br/>北限は北海道南西部の[[黒松内町|黒松内]]低地帯{{Sfn|林長閑|1987|pp=21-22}}。
|'''フジミヤマクワガタ'''{{Sfn|境野広行|1985|p=249}}{{Sfn|上野俊一|黒澤良彦|佐藤正孝|1985|p=330}}、'''[[関東山地]]型'''{{Sfn|大場信義|土屋裕志|坂本繁夫|石渡裕之|榎戸良裕|鈴木裕|1981|p=35}}とも。富士山周辺や伊豆諸島に多い{{Sfn|林長閑|1987|pp=21-22}}。<br/>原記載は Kurosawa (1976) {{Sfn|Kurosawa|1976|p=189}}。<br/>頭部の前方中央の突起は中型のオスでも発現する<ref name="原色昆虫大図鑑126"/>。
|}
<gallery>
ミズナラのミヤマクワガタ.JPG|撮影地:北海道(エゾ型)
ハルニレ樹液のミヤマクワガタ.JPG|撮影地:北海道(基本型)
ミヤマクワガタ.JPG|ミヤマクワガタ「フジ型」のオス成虫
Lucanus maculifemoratus maculifemoratus sjh.jpg|フジ型のミヤマクワガタの標本
</gallery>

====== 気候などの影響 ======
大まかに分ければ、温暖な地方の個体ほどフジ型に、寒冷な地方の個体ほどエゾ型にそれぞれ近い傾向があるが{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}{{Sfn|小島啓史|1996|p=214}}、地域によってそれぞれの発生温度帯は変化する{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=6}}。特に北海道の大半(道南以外)はエゾ型が、[[富士山]]周辺や[[箱根]]・[[伊豆半島]]、伊豆諸島などではフジ型のみが産出されるとされていたことから、これらの3型は亜種のようにも思えるが、多くの地域では2型が混産され、3型すべてが混産されている地域もあることから、亜種ではないとされている{{Sfn|上野俊一|黒澤良彦|佐藤正孝|1985|p=330}}。フジ型のみが産出されると言われていた伊豆半島や富士山でも、前者では[[伊豆市]]の標高400&nbsp;m程度の場所で基本型が採集されており{{Sfn|小島啓史|2017|p=85}}、後者でも[[鳴沢氷穴|氷穴]]など寒冷な場所ではエゾ型が確認されている{{Sfn|小島啓史2|2019|p=83}}。

小島啓史 (2013) によれば、3つの型の中ではフジ型のみが日本全国で見られる一方、基本型とされる型は[[広域関東圏|関東甲信越]]で著しく減少しており、かつてはエゾ型が多く見られた北海道でも同じシーズンに複数の型が交互に発生している場合もあることから、小島はむしろ「フジ型」を「基本型」と呼ぶ方が合理的ではないかと指摘している{{Sfn|小島啓史|2013|p=66}}。また3つの型すべてが出現する場所は[[標高]]600&nbsp;[[メートル|m]]以上の場所が多く、そのような場所ではまずエゾ型や基本型が早く出現し、フジ型はそれらの型より遅れ、カブトムシやノコギリクワガタといった競合種と近い時期(山梨県では7月後半以降)に出現することが多い{{Sfn|小島啓史2|2019|p=85}}。

小島 (1996) は、[[福島県|福島]]・[[新潟県|新潟]]の県境で採集したエゾ型の新成虫を[[東京都]][[目黒区]]の自宅に持ち帰って繁殖してみたところ、その子供たちは全てエゾ型ではなく基本型かフジ型になったと報告しており、またエゾ型が北海道だけでなく九州で、基本型が北海道南部で、フジ型が四国・佐渡でそれぞれ見られることなどから、形態の違いは地域型というよりはむしろ標高差もしくは[[緯度]]による周年温度の差や、植生の差が関係しているのではないかと指摘している{{Sfn|小島啓史|1996|pp=213-216}}。その後、小島は[[国立環境研究所]]博士の[[五箇公一]]に協力を得て、この型の発現理由を調べる研究を行った<ref>『BE・KUWA』第11号(2004年6月25日)、小島啓史、<!--54-59-->55頁「ミヤマクワガタはだれでも飼える!?」(むし社)</ref>。この研究は国立環境研究所の恒温室で{{Sfn|小島啓史2|2019|p=84}}、北海道・栃木県・茨城県・埼玉県・山梨県それぞれの産地で採取されたミヤマクワガタの種親たち(いずれも父親であるオスの型や採集地点の標高が異なる)から採卵した幼虫たちを、それぞれ23℃、20℃、16℃で飼育してみるというものであったが、結果は栃木県の標高1,000&nbsp;m地点で採取されたエゾ型のオスの子たちがどの温度帯で育成してもエゾ型になった例を除き、複数の地域で親とは異なる型の子も出現しており、親子の型と飼育温度の相関関係はあまり明瞭ではなかったものの、複数の型が出現した地域の個体では温度が低いほどエゾ型に近い個体が、温度が高いほどフジ型に近い個体がそれぞれ発生しやすい傾向が見られたと報告している{{Efn2|前述の栃木県の個体の子供たちを除き、23℃で飼育した個体たちはいずれもフジ型になった一方、20℃で飼育した個体たちは基本型やフジ型が混在し、16℃で育成した個体たちにはフジ型はみられず、すべて基本型やエゾ型になった{{Sfn|小島啓史|2013|p=68}}。また同じ20℃で羽化した基本型の成虫たちでも、父親はエゾ型だったりフジ型だったりする場合があった{{Sfn|小島啓史|2013|p=68}}。}}{{Sfn|小島啓史|2013|p=68}}。また谷田浩一 (1999) によれば、[[宮城県]]の産地(採集される個体はほとんどが基本型である)で採集したミヤマクワガタの子供たちをそれぞれ登記最低温度15℃と25℃の条件で飼育したところ、15℃で飼育した個体はエゾ型として、25℃で飼育した個体は基本型としてそれぞれ羽化したと述べている{{Sfn|谷田浩一|1999|p=70}}。一方、24℃に保って飼育していたエゾ型の子がエゾ型として羽化した事例もある{{Sfn|藤澤樹|2004|p=137}}<ref>『BE・KUWA』第11号(2004年6月25日)、小島啓史、<!--54-59-->55頁「ミヤマクワガタはだれでも飼える!?」(むし社)</ref>。

また同一の山系でも標高1,000&nbsp;m地点ではフジ型が多く見られた一方、そこから登りながら採集を行うと標高1,100&nbsp;m付近で基本型やエゾ型が出現し始め、標高1,300&nbsp;m近くの牧場付近ではエゾ型のみが見られたという事例や、かつては3つの型すべてが見られた地域ではフジ型と基本型しか見られなくなったり、基本型のみ見られていた地域ではフジ型のみに切り替わったりしている例から、ミヤマクワガタのオスの型の変化については「環境温度など、産卵〜幼虫〜前蛹の時期の周囲の環境によって決定される場合」「遺伝子依存だった場合」の2つの仮説を提唱した上で、型の変化が発生している地域ではより温暖な地域に多い型(フジ型>基本型>エゾ型の順に温暖な地域に多い)への入れ替わりとなっていることから、それらの地域では[[地球温暖化|温暖化]]が型の変化に影響している可能性を指摘している{{Sfn|小島啓史|2013|pp=68-69}}。

====== 種間競合との関係 ======
小島はミヤマクワガタがこのように[[多型]]になる要因として、それぞれの生息地で競合する他種のクワガタムシやカブトムシに対抗するためではないかと考察している{{Sfn|小島啓史|2017|p=86}}。

例えばフジ型は平地や低山地で見られ、出現時期もカブトムシやノコギリクワガタに近いが{{Sfn|小島啓史2|2019|p=85}}、先端の二又が小さいことから挟む力が分散しにくく、相手の外骨格を凹ませたり、場合によっては穴を開けて致命傷を負わせたりすることも可能であるため、里山で最大の競合相手と考えられるカブトムシ相手にもある程度競合できるのではないかと考察している{{Sfn|小島啓史|2017|p=86}}。実際に小島は山梨県の河畔林に生えていた1本のクヌギの木の根元で、ミヤマクワガタ(基本型)やノコギリクワガタ、コクワガタの遺骸を観察したが、その木にはフジ型のミヤマクワガタがおり、その大顎の形状と、ノコギリクワガタやミヤマクワガタの遺骸についていた咬み跡が一致していたことから、死骸になったクワガタムシたちはミヤマクワガタ(フジ型)との闘争で致命傷を負って死亡したのではないかと考えている{{Sfn|小島啓史2|2019|p=84}}。

一方でエゾ型は先端の二又が著しく大きく、大顎で挟み付けても挟む力が分散されるため相手に致命傷を与えることは難しいが、エゾ型が多産する高標高地や寒冷地ではミヤマクワガタ同種間による闘争が多いと思われるため{{Efn2|エゾ型が発生するような環境にはカブトムシは少ないと考えられる{{Sfn|小島啓史2|2019|p=85}}。}}、同種同士で必要以上に致命傷を与えないことにより、種の存続に寄与しているのではないかと考察している{{Sfn|小島啓史|2017|p=86}}。

フジ型とエゾ型の中間である基本型の大顎は下に向かって湾曲し、かつその先端付近に発達した内歯が集中するような形状になっているが、このような形状は主な競合相手であるノコギリクワガタの大歯型個体が得意とするバックドロップで投げ飛ばされるリスクを低減するため、大顎の先端で相手を挟み込むことに適した形状であると考察している{{Sfn|小島啓史|2017|p=86}}。

=== メス ===
メスは他の日本産クワガタムシのメスよりかなり大型であると評される{{Sfn|葛生淳一|2016|p=108}}。メスの体色は赤褐色から黒褐色{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=140}}、もしくは黒褐色から黒色で{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}、体表には光沢がある{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=140}}。体の腹面には毛が生えているが、オスと異なり背面には毛は生えていない<ref name="原色昆虫大図鑑126"/>。頭部は点刻に覆われたつや消し状になり、前胸[[背板]]と上翅には鈍い光沢がある{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}。頭楯は屋根型で、先端は丸い<ref name="原色昆虫大図鑑126"/>。大顎は太くて厚みがあり、外縁が湾曲する{{Sfn|横川忠司|2019|=47}}。

前胸背板の表面には多数の細かい点がある{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=140}}。前胸背板の側縁は中央よりやや後方で最も幅広くなり、後方は内側に切れ込む{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=140}}。上翅にも前胸背板と同様に多数の点刻があるが、こちらの点刻は小さくて浅いため目立たない{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=140}}。前脚外側は丸みがあり、また大きな棘がある{{Sfn|土屋利行|2014|p=29}}。各脚の腿節にはオスと同様に黄褐色の紋があるが、前腿節の腹側には黄褐色紋がない個体も多い{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=140}}。

=== 雌雄モザイク型 ===
ミヤマクワガタは1987年時点で、日本産のクワガタムシの中で最も[[雌雄モザイク]]個体が多く確認されている種であるとされる{{Sfn|林長閑|1987|pp=38-40}}。ミヤマクワガタの雌雄モザイク個体は1987年時点で8個体が{{Sfn|林長閑|1987|pp=39-40}}、1992年8月時点で9例が報告されている<ref>『[[中日新聞]]』1992年8月16日朝刊第二社会面30頁「クワガタに“ニューハーフ” 右メス、左オス」([[中日新聞社]])</ref>。林 (1987) で発表された8個体のうち、左がオスで右がメスという個体は4個体、逆に左がメスで右がオスという個体も4個体である{{Sfn|林長閑|1987|p=39}}。このうち[[箕面市|箕面]]で採取された個体が3個体いるが、これは箕面がかねてから[[関西]]におけるミヤマクワガタの多産地として知られているため、多くの個体が得られたためであると考えられている{{Sfn|林長閑|1987|p=40}}。また8個体のうちの1個体(左オス、右メス)は他の7個体と異なり、雌雄の境界が不明瞭であり、左のオスの部分にメスの部分が混在していたというが、同個体の標本は[[害虫|虫害]]により消失している{{Sfn|林長閑|1987|pp=39-40}}。8個体のうち、現物が確認できた6個体の大顎を除いた体長は31 - 46&nbsp;mmであり、林は幼虫期に大きく育ったものが少なくないと指摘している{{Sfn|林長閑|1987|pp=39-40}}。

雌雄モザイク個体の行動記録については、正常な個体に比べて動きが緩慢であり、樹幹に留まらせても右前脚の跗節が欠損しているためかすぐに落下してしまうという報告がある一方、別の個体については採集から1か月が経過していても活発で、左右非対称の大顎で盛んに噛みついてきたという報告もある{{Sfn|林長閑|1987|pp=40-41}}。


== 生態 ==
== 生態 ==
成虫の発生時期は6月から9月中旬にかけてで、ピークは地域差があるが([[#生態の地域性|後述]])、大方7月から8月上旬である{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=6}}。交尾も7月から8月にかけて行う個体が多いが、交尾行動は9月上旬ごろまで見られる{{Sfn|林長閑|1987|p=54}}。
[[File:ミヤマクワガタのメイトガード.JPG|thumb|メイトガードするオス]]
「深山」とは山奥の意味である。この言葉が示すように、ミヤマクワガタは標高の高い山間部によく見られる。これは冷涼湿潤な環境を好むためであり、成虫の飼育の際には温度や湿度の管理に注意を要する。温暖湿潤な環境を好むために低地で生息密度の高い[[ノコギリクワガタ属|ノコギリクワガタ]]と対照的である。


成虫は活動していない場合、木の根元や洞、落葉・倒木の下などで休んでいたり{{Sfn|岡島秀治|山口進|黒澤良彦|1988|p=73}}、樹上の枝葉の間、木の根元の枯れ草の下、笹などの中に隠れていることが多いが、樹上にいる個体は振動を感じると落下する性質がある{{Sfn|小島啓史|1996|p=124}}。ミヤマクワガタの場合、外敵からの攻撃や急激な震動を受けると仰向けになって体を硬直させ、[[擬死]]行動を取る{{Efn2|この時の脚の形は一定ではない{{Sfn|林長閑|1987|p=53}}。}}{{Sfn|林長閑|1987|p=53}}。また他のクワガタムシのような擬死体型にはならず、そのまま動き出して逃げることもあるという文献もある<ref name="今井初太郎"/>。この習性を利用してミヤマクワガタのいそうな木を揺らし、落ちてきたミヤマクワガタを捕獲するという採集方法がある{{Sfn|小島啓史|1996|p=124}}。なおミヤマクワガタの体型は[[コクワガタ]]や[[オオクワガタ]]など[[クワガタ属]] ''Dorcus'' の種ほど平たくないため、それらの種に比べて幹の狭い隙間に潜り込む能力は劣る{{Sfn|林長閑|1987|p=53}}。
この両者は他にも様々な点で生態の違いがあり、[[ニッチ]](生態学的地位)そのものが微妙に異なっていてそもそも生活資源の競合関係はないと考えられるため、単純にこの生息環境の違いを「住み分け」と見なすのは困難である。しかし、やや人為的な里山の環境を好むノコギリクワガタに比べ、ミヤマクワガタの方が人間の手つかずの自然が残る環境を好む傾向があるといわれる。両種が山間部や冷涼地域の平地など同所に混棲するケースもあるが、ミヤマクワガタが多い地域には、ノコギリクワガタが少ないなど生息数に偏りが見られる。また、ノコギリクワガタに比べ、全般的に体が大きめで、力でも上回る為に、両者の体格と力の差から、闘争ではミヤマクワガタが圧倒するケースがままある。


ミヤマクワガタは高温に弱く、28[[セルシウス度|℃]]以上で多湿な環境に置かれると急速に衰弱する{{Sfn|織部利信|2017|p=40}}。飼育下では高温が原因で死亡することが多く{{Sfn|葛生淳一|2016|p=108}}、生息に適した温度は17 - 18℃とされる<ref name="北國新聞20230616">{{Cite news|和書 |title=ミヤマクワガタ飼育最長310日  金沢工大・島谷教授 ●低温環境で国内記録更新 ●専門誌で紹介 |newspaper=[[北國新聞]] |date=2023-06-16 |accessdate=2024-04-08 |url=https://www.hokkoku.co.jp/articles/-/1098565 |publisher=北國新聞社 |archive-url=https://web.archive.org/web/20240407233917/https://www.hokkoku.co.jp/articles/-/1098565 |archive-date=2023年4月8日}}</ref>。また高温だけでなく乾燥にも弱い{{Sfn|小島啓史|1996|p=118}}。小島はミヤマクワガタや[[ヒメオオクワガタ]]・[[アカアシクワガタ]]、[[スジクワガタ]]といった日本では主に山地に分布するクワガタムシたちは、おそらく[[氷河時代|氷河期]]の低温な時代に日本へ侵入したため、耐寒性はあるが高温や乾燥への適応力がないのではないかと評している{{Sfn|小島啓史2|2017|p=91}}。
クワガタムシの大型種は夜行性であるものが多いが、ミヤマクワガタの場合は生息地や環境によって昼間にも活動することが知られている。灯火やトラップにも飛来し、採集は容易であり、大型のクワガタムシの中では飛翔性が高い種である。通常他のクワガタムシと同様に平地などでは[[クヌギ]]、[[コナラ]]、[[ヤナギ]]、[[ハルニレ]]、山間部などでは前述のヤナギを始めとして[[ミズナラ]]、[[イタヤカエデ]]、[[白樺]]のなどの各種広葉樹の樹液に集まるが、樹液を出す樹木自体が少ない高標高地域などでは、同じく山間部で個体数の多い[[アカアシクワガタ]]などの様に、若い樹木の枝先や細目の樹幹部をメスが強力な大顎で樹皮を齧り、傷つけて樹液を出す事が可能である。オスはそうした樹液とメスに引き寄せられたり、樹液とメスを外敵や他のオスから守る。その際オス同士の闘争も起こるが、勝ったオスが複数のメスを独占したり、体格が小柄なオスが、大型オス同士が闘争中の隙を突いてメスを獲得したり、更にはオスとの交尾を拒否したメス、もしくは交尾後のメスに対し、オスがメスを挟んで追い出すなどと、いろいろな光景が展開される。


=== 生息環境 ===
[[オオクワガタ属]]とは違い、幼虫は腐植質の多い地中や、朽木の中でも腐朽が進んで腐植化の進んだところに生息し、腐植土状になった部分を食物としている。秋に羽化した成虫は土中の蛹室内で[[越冬]]し翌年夏に活動を開始するが、活動開始後の寿命は短く、再越冬はしない。この点はノコギリクワガタ等と同様である。
ミヤマクワガタは低山地から[[山地]]にかけての[[広葉樹]]林([[ブナ]]林を含む)に生息する{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=140}}。[[分布 (生物)|垂直分布]]の範囲は広く、北海道や[[東北地方]]では[[平野|平地]]にも分布するが、[[関東地方]]以西ではやや山寄りを好む{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=6}}。日本の山地に分布するクワガタムシとしては、アカアシクワガタに並ぶ最普通種とされる<ref>{{Cite book|和書 |title=趣味の昆虫 |publisher=[[誠文堂新光社]] |date=1950-06-15 |page=17 |author=[[加藤正世]] |ncid=BC07074830 |chapter=採集編 > 昆虫の棲み家 |id={{NDLJP|1162404/16}}}}</ref>。


[[群馬県]]では[[ノコギリクワガタ]]は平地でも見つかる一方{{Sfn|葛生淳一|2016|p=109}}、ミヤマクワガタは比較的山地に多いとされる{{Sfn|葛生淳一|2016|p=108}}。石田正明は関東地方におけるミヤマクワガタについて、[[関東山地]]に当たる[[標高]]でなければ記録されていないと述べていたが、渡辺正光は1992年から1993年にかけ、埼玉県の標高約50 - 120&nbsp;[[メートル|m]]程度の複数箇所でミヤマクワガタ(死骸を含む)を確認した旨を報告している<ref>{{Cite journal|和書|journal=Lamellicornia|author=渡辺正光|title=ミヤマクワガタの埼玉県における低地の記録|page=17|date=1995-12-15|issue=10|publisher=ラメリコルニア研究会|id={{NDLJP|2348765/16}}}}</ref>。[[千葉県]]の[[房総半島]]南部では[[清澄山]]の山頂近くから、海岸線からほど近い低地([[海抜]]は数メートルから十数メートル程度)まで幅広い標高で記録されている{{Sfn|武田卓明|1996|p=21}}。伊豆半島南部の[[静岡県]][[下田市]]などでは沿岸部でも見られたという情報があり{{Sfn|BE・KUWA編集部|2013|p=38}}、同半島では冷涼な気候を好むミヤマクワガタと温暖な気候を好む[[ヒラタクワガタ]]が同所的に見られたり、ヒラタクワガタの方がミヤマクワガタより高い標高で見られたりする場合もあるが、小島啓史はその理由について、伊豆半島は森林がよく残っていることに加え、温暖な地域ではあるが[[黒潮]]の影響を受けていることから著しい高温にはならず、結果的にミヤマクワガタとヒラタクワガタの双方にとって順応しやすい環境ができあがっているためではないかという仮説を述べている{{Sfn|小島啓史|2013|p=69}}。
野生下と異なり、飼育下においては大型個体を羽化させることが難しく、幼虫期間も長めで希少性もないため採算性がないと判断され、累代飼育はあまりなされなかったものの、その飼育方法も徐々に解明されつつある。


関東の低地には多くないが、[[関西]]ではごく普通種であるとする文献<ref name="標準原色図鑑全集"/>、関西などでは平地にも多いとする文献{{Sfn|岡島秀治|山口進|黒澤良彦|1988|p=73}}、関西以西では平地などでも見られるとする文献{{Sfn|今森光彦|荒井真紀|2010|p=44}}、西日本では平地で見られることが多く、ノコギリクワガタよりも普通種であるとする文献もある{{Sfn|大林延夫|新開孝|永幡嘉之|2010|p=128}}。本郷儀人 (2012) は、自身の少年時代にはミヤマクワガタは[[京都市]]内の雑木林で最も頻繁に観察できるクワガタムシであった一方、ノコギリクワガタは珍しい種だったと述べているが、(2012年時点で)近年では京都市内でそれまで普通種であったミヤマクワガタが減少傾向にあり、逆にそれまで少なかったノコギリクワガタが増加傾向にあると述べている([[#ミヤマクワガタを取り巻く環境の変化|後述]]){{Sfn|本郷儀人|2012|pp=61-62}}。また、[[九州]]では関東と同じくノコギリクワガタのほうがミヤマクワガタより身近な種であるとも述べている{{Sfn|本郷儀人|2012|p=60}}。[[愛媛県]]ではミヤマクワガタは標高300&nbsp;m程度の低山地から標高1,800&nbsp;m程度の高地帯にかけて幅広い標高に分布しているが、標高1,300&nbsp;m以上の高地には少ないという{{Sfn|菅晃|1986|p=9}}{{Sfn|林長閑|1987|p=22}}。
なお、70mmを超す大型個体については天然、飼育限らず、繁殖が進み値がこなれた[[オオクワガタ]]をも上回る場合が多々ある。


前述のようにミヤマクワガタは高温と乾燥に弱いため、都市部や開発の進んだ場所には生息しておらず、山間部の比較的冷涼で、かつ沢や谷川が流れていて湿潤な落葉広葉樹林を好む{{Sfn|小島啓史|1996|pp=118-119}}。そのような環境が整っていれば、ブナ・[[ミズナラ]]などによる原生林にも見られるが、むしろ[[クヌギ]]・[[コナラ]]など主体の二次林、それも薪炭用などのために定期的に伐採され、人間の大人の太腿程度の太さの木が多い[[里山]]に多く分布する{{Sfn|小島啓史|1996|pp=121-122}}。一方で手つかずの自然が残る環境を好む傾向にあるという文献もある<ref name="今井初太郎"/>。
== 型 ==
[[Image:Lucanus maculifemoratus maculifemoratus sjh.jpg|thumb|フジ型|250px]]
ミヤマクワガタでは[[亜種]]のような遺伝的に固定された地域個体群ではないと考えられているが、型と呼ばれる多形が存在する。
* 基本型 f. ''maculifemoratus'' - [[モスクワ大学]]のタイプ標本がこの型となっている。第三内歯と第一内歯がほぼ同じ長さで先端の二叉はやや発達する。
* フジ型 f. ''nakanei'' - 第一内歯が第三内歯より長い。先端の内歯と外歯が作る二叉の角度も小さい。[[東海地方]]に多いとされるが、林長閑によると日本全国で見られると言う。
* エゾ型 f. ''hopei'' - 上型と反対の性質を持つ。[[北海道]]に多く見られ、他地域でも標高1000m前後より上の高標高地に生息する。尚、北海道では高地だけではなく、低地にも見られる。


後述のように、メスは土からわずかに突き出た切り株に産卵し、幼虫はその切り株を食べて成長し、羽化した成虫は切り株から伸びた新しい若木が樹液を出すようになるとそのような林に集まる――という生活環が成り立っているが、薪炭や[[シイタケ]][[原木栽培]]用のホダ木を取るために約5年周期で伐採される山地のクヌギ・コナラの雑木林はこのような生活環を有するミヤマクワガタの繁殖にとって好都合な環境となる{{Sfn|小島啓史|1996|p=123}}。里山や低山地帯の生息域では[[カブトムシ]]と競合しながらニッチを占めている{{Sfn|小島啓史|1996|p=119}}。またミヤマクワガタやノコギリクワガタは、定期的に皆伐される薪炭林において枯死した切り株を分解し、森林の再生のために欠かせない役割を担っていると考えられる{{Sfn|小島啓史2|2016|p=92}}。
また2型両方の特徴を兼ね備えたと思われる個体も散見される。この多形の発現要因として、幼虫時の温度環境などが仮説として挙げられているが、[[遺伝的多型]]だと考える者もいる。前者の論拠として、小島啓史 (1996) が蛹室から掘り出したエゾ型を東京で繁殖した子が全てフジ型だったこと、従来ヤマ型しかいなかった埼玉県[[寄居町]]・[[小川町]]・間瀬湖・円了湖で現在見られるのがフジ型だけになっている事、同所的に3つの型が確認できる場所ある事などが上げられる。
後者の論拠として、武浩がおこなった栃木県川俣湖産の個体群の繁殖では、他の地域の個体群がフジ型〜基本型になる同じ飼育場所で全てエゾ型になったと言う記録がある。また、藤澤樹 (2004) も後者の様な遺伝的多型と考えているという意見を述べた上で実態を調査中であるとしている。


ミヤマクワガタは平地性のノコギリクワガタより標高の高い場所に分布することが多く、同じ山の林道沿いでは標高の低い場所でノコギリクワガタが、より標高の高い場所でミヤマクワガタがそれぞれ採集できる場合が多い{{Sfn|小島啓史|1996|p=123}}。コクワガタやノコギリクワガタよりもミヤマクワガタの方が多数見られるような場所もある{{Sfn|土屋利行|2014|p=17}}。また比較的粘度の低いサラサラした樹液を好む傾向にあるが{{Sfn|小島啓史|1996|p=123}}、[[スジクワガタ]]や[[アカアシクワガタ]]も同じような樹液を好むため、ミヤマクワガタはこれら2種と同じような環境に生息していることも多い{{Sfn|小島啓史|1996|p=124}}。低山地では比較的涼しくて高湿度で、高木層・中層・下層・下草と4層構造を有する森林を好む{{Sfn|小島啓史|1996|p=122}}。
この型の発現理由を調べる研究は、現在つくばの国立環境研究所で五箇浩一と小島啓史によって継続中である。幼虫期の温度環境による発現型であり、その定量的な条件が確認されれば、ミヤマクワガタの型の変化を調べるだけで、その地域の周年温度の変化=地球温暖化の状況が把握できるようになるかもしれない。

=== 摂食活動 ===
ミヤマクワガタの成虫は昼夜を問わず、クヌギ・コナラ{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=6}}{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=140}}、ミズナラ{{Sfn|岡島秀治|山口進|黒澤良彦|1988|p=73}}{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=140}}、[[クリ]]{{Sfn|岡島秀治|山口進|黒澤良彦|1988|p=73}}、[[ハルニレ]]{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=140}}、[[ヤナギ]]、[[カエデ]]、[[ハンノキ]]{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=6}}、[[アカメガシワ]]、[[アオダモ|コバノトネリコ]]など{{Sfn|林長閑|1987|pp=22-23}}、[[広葉樹]]の樹液に集まる{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=6}}{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=140}}。また山地では[[ヤシャブシ]]、ヒメヤシャブシ、ハンノキ、ヤマハンノキ、[[オヒョウ (植物)|オヒョウ]]などの木にもよく集まる{{Sfn|小島啓史|1996|p=122}}。特に[[ボクトウガ]]や[[コウモリガ]]、[[カミキリムシ]]{{Efn2|[[ウスバカミキリ]]、[[イタヤカミキリ]]、[[ゴマダラカミキリ]]など{{Sfn|小島啓史|2016|pp=112-113}}。}}によって穿孔されたことで樹液を出しているような木に多い{{Sfn|小島啓史|1996|pp=122-123}}。コウモリガの幼虫はクヌギ・ヤナギ・アカメガシワなどの樹幹だけでなく、樹上の細い枝にも穿孔しており、ミヤマクワガタだけでなくノコギリクワガタ、コクワガタ、スジクワガタなどにとって主要な樹液の供給源の役割を果たしていると考えられる{{Sfn|小島啓史|2016|pp=110-111}}。また、ミヤマクワガタのメスが人間の親指程度の太さのイタドリの茎の傷口から滲み出る汁を舐めている姿が観察された事例があるが、ヒメオオクワガタ・ノコギリクワガタなどいくつかの種のクワガタムシのメスが若い木の枝をかじる事例が観察されていることから、このミヤマクワガタのメスも同様の行為を行っていた可能性が指摘されている{{Sfn|林長閑|1987|p=71}}。

オオクワガタの場合は体の大きいオスほど、その地域で樹液が最もよく出る木や場所を「縄張り」として確保できる傾向があり、縄張りに居着いたオスは他のオスによって縄張りを追われない限り、滅多に灯火に飛来することはないという報告がある{{Sfn|林長閑|1987|p=52}}。ミヤマクワガタはそのオオクワガタより移動性があるため、オオクワガタほど明確な縄張りを有することはなく、複数個体が1つの樹液に集まっていることも珍しくないが、体の大きなオスほど樹液の争奪戦には有利になると思われる{{Sfn|林長閑|1987|p=52}}。樹液が出ていなくてもミヤマクワガタがよく集まる木もある{{Sfn|横川忠司|2019|=47}}。

1本の[[スギ]]に毎日数個体のミヤマクワガタが飛来するのが目撃された事例が観察されているが<ref>{{Cite journal|和書|journal=月刊むし|author=長尾康|date=1982-06-01|title=《たんぽう》KIROKU+HŌKOKU > ミヤマクワガタの生態に関する一知見|issue=136|page=32|publisher=むし社}}</ref>、その目的は不明であり、1987年時点ではミヤマクワガタが針葉樹の樹液を摂食していたという明確な観察事例はない{{Sfn|林長閑|1987|p=71}}。

=== 飛翔行動 ===
ミヤマクワガタの成虫は活発に飛翔し{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=6}}{{Sfn|土屋利行|2014|p=17}}、また[[走光性|光に集まる性質]]が強く、灯火によく飛来する{{Sfn|岡島秀治|山口進|黒澤良彦|1988|p=74}}。[[岡島秀治]] (1985) はミヤマクワガタについて、クワガタムシの中でも特に灯火などへ飛来する性質が強いと思われる種であると述べている{{Sfn|岡島秀治|1985|p=241}}。夜間は山中にある[[ダム]]の[[水銀灯]]<ref name="読売新聞19910806"/>、雑木林の近くにあるガソリンスタンドや自動販売機の照明などにも飛来する<ref>『読売新聞』2000年9月15日東京朝刊山形県版山形2面31頁「[山形昆虫記]ミヤマクワガタ かみつき合いに迫力=山形」(読売新聞東京本社・山形支局)</ref>。特に6月下旬から8月にかけ、月が出ていない蒸し暑い晩に飛ぶことが多い{{Sfn|土屋利行|2014|p=17}}。

灯火に飛来する個体の性別は、土中から脱出した個体が樹液に飛来する発生初期はオスが、メスが交尾後に産卵場所を求めて飛翔する中期から後期にかけてはメスがそれぞれ多いとされる{{Sfn|BE・KUWA編集部|2013|p=38}}。ノコギリクワガタは体外から熱線を含んだ白色光で体を温めると、体表温度が30℃に達した時点で飛翔しようとするが、ミヤマクワガタはそれより3度程度低い温度で飛翔行動に入る{{Sfn|小島啓史2|2019|p=85}}。一方で海を越える程度の移動能力はあまりないと思われる{{Sfn|塚脇智成|1995|p=12}}。標高300&nbsp;m程度の山では、大型のオスが上昇気流に乗って山頂まで飛来してくる場合もある<ref name="読売新聞19910806"/>。

=== 生態の地域性 ===
活動時間帯は、東北地方以北や山地といった寒冷な地域ほど[[昼行性]]の傾向が強い一方、温暖な関東以西の低標高地では[[夜行性]]の傾向が強いとされる{{Sfn|横川忠司|2019|=47}}。山口進は関東以北では昼行性の傾向が、関西では夜行性の傾向がそれぞれ強いと述べている{{Sfn|山口進|1989|p=76}}。昼より夜の方が活発に活動するという文献もある{{Sfn|BE・KUWA編集部|2013|p=38}}。小島は標高1,000&nbsp;m付近に生息しているミヤマクワガタや[[ヒメオオクワガタ]]について、気温が20℃を超える10時ごろから活動を開始すると述べている{{Sfn|小島啓史2|2007|p=140}}。

ミヤマクワガタの生息域がカブトムシやノコギリクワガタの生息域と重複する場合、[[梅雨]]入りが早くてかつ梅雨の時期が長い年はカブトムシの発生が梅雨明けまで遅れることがあるが、そのような年はカブトムシより低い気温でも十分活動できるクワガタムシたちの方がカブトムシより早い時期から出現し、結果的にカブトムシと発生時期を異にすることで棲み分けが成り立つ場合がある{{Sfn|小島啓史|1996|p=121}}。一方で日照り・旱魃などによってこの3種の発生最盛期が例年より大きく重なる場合もあり、そのような場合は彼ら3種が昼夜を問わず樹液で激しく闘争することになるが{{Sfn|小島啓史|1996|p=119}}、ミヤマクワガタが昼間に、カブトムシやノコギリクワガタが夜にそれぞれ活動し、このような場合はミヤマクワガタは夕方になると樹液を離れ、カブトムシたちが樹液を離れるまで地上や木の枝の上などで休んでいるという場合もある{{Sfn|小島啓史|1996|p=121}}。一方で日当たりの良い山間部では、昼間に乾燥や暑さに比較的強いノコギリクワガタが活動し、冷え込む夜間にはミヤマクワガタが活動していたという複数の観察例もある<ref>『BE・KUWA』第34号(2010年冬号/3月増刊号、2010年2月26日発行)85-86<!--84-87-->頁、小島啓史「21世紀版 クワガタムシ飼育のスーパーテクニック 17 クワガタの雌雄比率」(むし社)</ref>。[[神奈川県]]の[[三浦半島]]では、ある1本のクヌギの木では5月から10月までコクワガタのオスの姿が見られるが、コクワガタは6月に発生のピークを迎えて7月になると減少し、8月には再び増加するという観察記録があり、7月の減少はノコギリクワガタやミヤマクワガタといった大型種の出現によって生息場所を追われたことによるものである可能性が指摘されている{{Sfn|大場信義|土屋裕志|坂本繁夫|石渡裕之|榎戸良裕|鈴木裕|1981|p=39}}。

また発生のピークは、北海道では6月下旬から7月上旬であり、[[山梨県|山梨]]の[[塩山市|塩山]]付近でもこのころに1度ピークを迎える{{Sfn|BE・KUWA編集部|2013|p=38}}。伊豆半島など本土の一部では7月下旬から個体数が増加する{{Sfn|BE・KUWA編集部|2013|p=38}}。愛媛県では6月から8月にかけて成虫が出現する{{Sfn|菅晃|1986|p=9}}。また隠岐や五島列島では7月から、甑島列島では7月下旬から、黒島では7月中旬からそれぞれ発生し始めるが、隠岐では8月以降、五島列島では7月下旬以降、甑島では8月中旬ごろにそれぞれ個体数が増え、黒島では8月上旬にピークを迎えると思われる{{Sfn|BE・KUWA編集部|2013|p=39}}。

北海道ではカバノキ類(ハンノキなど)、ブナ類(ミズナラなど)を始め、[[クルミ]]類・カエデ類・ヤナギ類など広葉樹による[[混交林]]、場合によっては[[エゾマツ]]・[[トドマツ]]といった[[針葉樹]]と広葉樹の混交林で観察されており{{Sfn|林長閑|1987|p=22}}、[[ニレ]]などの樹液でもよく採集される{{Sfn|BE・KUWA編集部|2013|p=38}}。本州・四国・九州ではブナ帯{{Efn2|本州・四国・九州のブナ帯は[[ツヤハダクワガタ]]、[[マダラクワガタ]]、[[ルリクワガタ]]、[[オニクワガタ]]などの生息域になっている{{Sfn|林長閑|1987|p=22}}。}}よりも低い丘陵地や低山帯にあるクヌギ・コナラの二次林や広葉樹の混交林などに生息しており、ノコギリクワガタ・コクワガタ・[[アカアシクワガタ]]・オオクワガタとはそれらの林で生息域が重複するが、多少の棲み分けがある{{Sfn|林長閑|1987|p=22}}。関東以西ではノコギリクワガタ・コクワガタより山地に分布している{{Sfn|林長閑|1987|p=22}}。本州・四国・九州の低山帯ではクヌギ・コナラで、それより標高の高い場所ではヤナギ類などでよく見られる{{Sfn|BE・KUWA編集部|2013|p=38}}。愛媛県では低地ではクヌギ・アカメガシワなど、高地ではカエデ類、ミズナラ・コバノトネリコなどの樹液で見られる{{Sfn|菅晃|1986|p=9}}。

山口進 (1988) の記録によれば、[[山梨県]]にある標高900&nbsp;m地点のクヌギ・コナラ林では8月上旬に、6時30分ごろから成虫たちが活動を開始し、13時過ぎまで樹液の場所をめぐって複数の個体が雌雄を問わず闘争を繰り広げていた{{Sfn|岡島秀治|山口進|黒澤良彦|1988|p=73}}。その後、14 - 15時ごろに求愛・交尾が行われ、16時ごろから18時ごろにかけてオスたちは樹液を離れて木の上部や根元の落ち葉の下で休みに入ったり飛び去ったりしたが、その後も一部のメスたちは21時過ぎまで樹液を吸い続けていたという{{Sfn|岡島秀治|山口進|黒澤良彦|1988|p=73}}。

=== 闘争 ===
ミヤマクワガタのオス成虫は非常に好戦的で、特に水槽など逃げ場のない狭い環境に複数のオスを入れると殺し合いにまで発展する場合もある{{Sfn|小島啓史|1996|p=129}}。ミヤマクワガタはノコギリクワガタや[[アマミノコギリクワガタ]]、[[ヒラタクワガタ]]とともに、日本産の大型クワガタムシの中では活発に闘争を行う種であると評されている<ref>{{Cite book|和書 |title=昆虫 |publisher=[[Gakken]] |date=2022-08-25 |page=131 |author=[[丸山宗利]](総監修) |edition=第2刷 |series=[[学研の図鑑LIVE]] |isbn=978-4052051760 |ncid=BC15610808 |volume=1 |author2=長島聖大・中峰空(副監修) |origdate=2022-07-05 |id={{国立国会図書館書誌ID|032181043}}・{{全国書誌番号|23707959}}}}</ref>。

クワガタムシのオス同士の闘争は、まず2頭のオス同士が餌場で出会い、やがて互いに大顎を広げて威嚇し合うが、約4割の確率で片方がその場を去るため、本格的な闘争にまでは至らずに終わる{{Sfn|本郷儀人|2012|p=68}}。ミヤマクワガタのオスは闘争の前、もしくは人間に手で触られた際に相手の方を向き、前脚を踏ん張って頭部を持ち上げ、大顎を上向かせることで威嚇行動を取る{{Sfn|林長閑|1987|p=54}}。それでも互いに引かない場合は互いに相手の体を大顎で挟み合う形になるが、片方が逃げようとしたところをもう片方が一方的に挟みかかることもある{{Sfn|本郷儀人|2012|p=70}}。最終的には片方がもう片方を投げ飛ばすことで決着するが{{Sfn|本郷儀人|2012|p=70}}、山口進はノコギリクワガタの闘争は相手を投げ飛ばすことが勝利条件である一方、ミヤマクワガタの闘争は相手を強く咬むことが勝利条件であると述べている{{Sfn|山口進|1989|p=63}}。

オス同士の闘争は主にメスや餌場を巡って繰り広げられるが、オス同士が闘争に夢中になると、闘争中のオスは争奪対象であるメスを含めた周囲にいるすべての個体を排除しようとすることもある{{Sfn|小島啓史|1996|p=132}}。小島啓史はこのようにミヤマクワガタのオスが好戦的な性質を有するようになった理由について、ミヤマクワガタの繁殖期間が6月から9月の3か月程度と短いことから、メスとの出会いの場である樹液およびメスそのものにありついて自身の遺伝子を残すため、競合する他のオスを排除する必要があったためであろうと考察している{{Sfn|小島啓史|1996|p=130}}。同種間の場合、小型のオスでも活発な個体であれば大型のオスに対しても積極的に戦いを挑む傾向にある{{Sfn|小島啓史|1996|p=131}}。

ミヤマクワガタはオスだけでなく、メスも大変獰猛な性質を持ち{{Sfn|小島啓史|1996|p=132}}、樹液を巡ってオスとメスが争う場合や{{Sfn|岡島秀治|山口進|黒澤良彦|1988|p=73}}、メスが襲いかかってくるオスの脚を大顎で噛みちぎる場合もある{{Sfn|小島啓史|1996|p=132}}。ただしメスによる闘争はオス同士ほど激しくはない{{Sfn|岡島秀治|山口進|黒澤良彦|1988|p=73}}。

==== 戦法 ====
ミヤマクワガタの主な戦法はノコギリクワガタと同じく、[[バックドロップ|自身の大顎で相手の前胸背板を挟み、頭越しに投げ飛ばす]]という方法である{{Sfn|小島啓史|1996|p=119}}。また戦闘時には、大顎を最大限に広げて高く掲げると同時に、[[四股|左右のうち片側だけの3本の脚で足場の樹皮に踏ん張りを効かせながら、もう片側の3本の脚を交互に高く掲げ]]、頭を左右に振りながら勢いよく前進するという姿勢を取る{{Sfn|小島啓史|1996|p=120}}。

また、ミヤマクワガタは相手に応じて戦法を使い分けることもできる{{Sfn|小島啓史|1996|p=119}}。ミヤマクワガタのオス同士が闘争に至ると、2頭のオスは互いに大顎で相手を挟み上げて戦うが、互いに力比べをするように大顎で噛み合う場合もある{{Sfn|林長閑|1987|p=54}}。小型個体が相手の場合は大顎を軽く開き、耳状突起のある大きな頭部を振りかざすことで相手を跳ね飛ばそうとする一方、ノコギリクワガタや[[カブトムシ]]などの大型個体が相手の場合は大顎で強く噛みつき、時にはカブトムシの前胸背板に穴を開ける場合もある{{Sfn|小島啓史|1996|pp=119-120}}。相手を挟み上げて空中に持ち上げると、そのままの状態で歩き出すことがあるが、これは敵の脚がすべて足場から離れているか否か確認するための行動と考えられる{{Sfn|小島啓史|1996|p=120}}。複数の敵を同時に相手にする場合も、樹皮から離れて大顎とともに掲げている脚が触角の補助として機能し、向かってくる側面の相手を捉えると同時に、その持ち上げていた脚を下ろして新たな敵の方に向き直るという戦法を取る{{Sfn|小島啓史|1996|p=120}}。一方で闘争中に気温が上昇してきた場合や、足場が大木で幹が平面に近くなっている場合はミヤマクワガタにとって不利な状態であり、そのような場合はいずれも戦いに消極的になる{{Sfn|小島啓史|1996|p=120}}。後者の理由は、ミヤマクワガタの長い脚は細い木の幹に適応したものであるため、後者の場合はミヤマクワガタはその長い脚が支障になって得意技である[[投げ技]]を使うことができず、噛みつき・締めつけ・押し出しという不得意な戦法を使うことを余儀なくされる一方、カブトムシや[[オオクワガタ]]といった脚が太くて短い種にとってはこのような環境が有利なフィールドになるためである{{Sfn|小島啓史|1996|p=120}}。

須田亨はノコギリクワガタの戦い方について、人為的に刺激を与えた際には大顎を振り上げる、左右に素早く向きを変えるなどの威嚇行動を取る他、自発的に戦う際には大顎を開いたまま相手を突き飛ばすために用い、まあまり相手を深追いしないと評している一方、ミヤマクワガタの戦い方については人為的に刺激しても足を突っ張って大顎を開いたままでほとんど挟み付けるようなことはせず、自発的に戦う際には相手を大顎で挟み、餌場から離れたところまで運んでから投げ飛ばす傾向にあり、時には逃げる相手に追い討ちをかけることもあると評している<ref>{{Cite journal|和書|journal=インセクタリゥム|author=須田亨|date=1977-08-01|title=いんせくと・ぽすと > クワガタムシの威嚇と戦いについて|volume=14|issue85|pages=18-19|publisher=東京動物園協会|editor=インセクタリゥム編集委員会|id={{NDLJP|2367682/11}}}} - 通巻:第164号。</ref>。

==== 対ノコギリクワガタ ====
{{See also|ノコギリクワガタ#対ミヤマクワガタ}}
ミヤマクワガタとノコギリクワガタが同じ環境に生息する場合、両種間で争う姿もよく観察される{{Sfn|本郷儀人|2012|p=62}}。しかし本郷儀人が2年間かけてノコギリクワガタ70個体とミヤマクワガタ32個体を採取し、台付きの止まり木を入れた飼育ケース内で人為的に闘争させる実験を行ったところ、ノコギリクワガタ同士の闘争は93回、ミヤマクワガタ同士の闘争は69回、異なる両種間での闘争は119回発生したが{{Efn2|対戦者が同じ取り組みは除外している{{Sfn|本郷儀人|2012|p=67}}。}}{{Sfn|本郷儀人|2012|p=67}}、両種間の闘争では79勝40敗でノコギリクワガタが優勢という結果が出た{{Sfn|本郷儀人|2012|p=72}}。

クワガタムシ同士の闘争は基本的には同種間・異種間を問わず、体や[[角#昆虫の角|角]]・大顎の大きい個体の方が戦闘面では有利になる傾向がある{{Sfn|本郷儀人|2012|p=88}}。これはクワガタムシ同士の闘争の場合、体が大きい個体ほど大顎も長大化して力も強くなるためである{{Sfn|鈴木良芽|2022|p=74}}。しかしノコギリクワガタ対ミヤマクワガタの場合、ミヤマクワガタの方が相手のノコギリクワガタより体格が大きい場合でもミヤマクワガタの39勝48敗、逆にノコギリクワガタの方が体が大きい場合ではミヤマクワガタの1勝31敗という結果が出ている{{Sfn|本郷儀人|2012|pp=83-84}}。特に威嚇の段階で互いに引かず、本格的な闘争に発展した場合は74回あったが、その場合ミヤマクワガタはわずか21勝に終わっている{{Sfn|本郷儀人|2012|p=75}}。

本郷はこのようにミヤマクワガタが対ノコギリクワガタの闘争で不利になる理由について、両種の大顎の長さの違い(ほぼ同程度の体長の場合、ノコギリクワガタの方が大顎の長さが優勢になり、また大顎の広げ幅でもミヤマクワガタとほぼ互角になる点)や{{Sfn|本郷儀人|2012|pp=74-75}}、ノコギリクワガタは同種間の闘争では「上手投げ」(相手を背中側から大顎で挟み込んで投げ飛ばす戦法)、対ミヤマクワガタ戦ではカブトムシの角の使い方と同じ「下手投げ」(相手を腹側から大顎で挟み込んで投げ飛ばす戦法)をそれぞれ使い分けることができる一方、ミヤマクワガタは自分の体より上から受けた刺激には反応できず、「下手投げ」の戦法が使えない可能性がある点を挙げ、ミヤマクワガタはノコギリクワガタとの闘争の際に相手を上から抑え込むような形で挟み込もうとするが、ノコギリクワガタに腹側から挟み込まれて「下手投げ」で投げ飛ばされて敗れてしまうのであろう、と述べている{{Sfn|本郷儀人|2012|pp=75-79}}。

=== 繁殖 ===
[[ファイル:ミヤマクワガタのメイトガード.JPG|サムネイル|メスをメイトガードするミヤマクワガタのオス]]
ミヤマクワガタの成虫は7月から8月にかけて盛んに[[交尾]]を行い、9月上旬まで交尾が観察できる{{Sfn|林長閑|1987|p=54}}。交尾は昼夜を問わず行われ{{Sfn|林長閑|1987|p=55}}、餌場である樹液の周りで雌雄が出会って行われることが多いが、メスがオスを[[性フェロモン]]で誘引している可能性も指摘されている{{Sfn|林長閑|1987|p=54}}。交尾の際、オスは自身の身体をメスの体の上に重ねた上で、頭を下に向けてメスの動きを封じ{{Sfn|林長閑|1987|p=55}}、腹部後方の3節を下方に曲げた上で伸ばし、その末端から[[エデアグス|交尾器]]を出してメスの交尾器に挿入する{{Sfn|林長閑|1987|p=56}}。
[[ファイル:ハルニレ樹液のミヤマクワガタ(エゾ型 北海道 道南).jpg|サムネイル|ハルニレの樹上で交尾するミヤマクワガタの雌雄]]
メスはオスが接近した際、交尾を拒否して逃げようとする場合があるが{{Sfn|林長閑|1987|p=55}}、そのような際にはオスがメスを捕らえるために大顎を用いる場合があり<ref>小田英智(文・解説)、久保秀一(写真)『クワガタ《新版》』偕成社、1988年8月(新版9刷)、〈カラー自然シリーズ〉3、19頁。</ref>、大顎でメスの体を挟んだり、前方からメスに近づいて体の下へ抱え込んだりする{{Sfn|林長閑|1987|p=55}}。後者の場合、オスは頭部を強く下に曲げ、メスを抱え込んだまま方向転換して交尾の姿勢を取るが、前方からメスを抱きかかえたまま長時間静止している場合もある{{Sfn|林長閑|1987|p=55}}。小型のオスの場合はメスの前方を十分に遮ることができないため、大顎でメスの頭部を挟む場合がある{{Efn2|ミクラミヤマクワガタにもこのような習性が見られる{{Sfn|林長閑|1987|p=55}}。}}{{Sfn|林長閑|1987|p=55}}。また雌雄の体格が著しく異なると交尾が困難もしくは不可能になる場合があり、[[ヨーロッパミヤマクワガタ]] ''L. cerves'' の場合、オスの体長に比してメスが小さすぎたり大きすぎたりすると(雌雄の体長比に4:3もしくは3:4以上の差がある場合)交尾が難しくなる傾向にあることが判明している{{Sfn|林長閑|1987|p=56}}。

オスの大顎によって体の背面に傷を負って死んだメスも観察されている{{Sfn|林長閑|1987|p=53}}。人工繁殖時にもオスとメスを一緒に飼育していると、交尾を拒否されたオスが逆上してメスを挟み殺す場合がある<ref>『BE・KUWA』第2号(2002年3月25日)、爆発栄螺、49頁<!--46-53頁-->「ミヤマクワガタの飼育 これで完璧!! その一 国産ミヤマ編」(むし社)</ref>。オスは自身が交尾した相手であるメスでも、交尾に応じなくなると攻撃するようになる{{Sfn|小島啓史|2020|p=92}}。小島啓史 (2019) は日本産のクワガタムシで、オスが自身と交尾したメスを挟み殺すような種はミヤマクワガタ以外に聞いたことがないと述べ{{Sfn|小島啓史3|2019|p=86}}、またその理由については自身と交尾しないメスを他のオスと交尾済みである、つまり自身の遺伝子を残せないメスとみなすためであると考察している{{Sfn|小島啓史|2020|p=93}}。その一方で、オスがメスを警護するような形でペアになっていることも多い{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=140}}。

また飼育容器内でミヤマクワガタのオスがコクワガタのメスと交尾した記録があり、それ以外のクワガタムシ同士(ミクラミヤマクワガタのオスとスジクワガタのメス、[[ハチジョウノコギリクワガタ]]のオスとコクワガタのメスなど)でも交尾が観察されていることから、クワガタムシのオスは他の甲虫類に比べて異種間や雌雄の識別が鈍いのではないかと考えられている{{Sfn|林長閑|1987|p=58}}。

==== 産卵 ====
メス成虫は交尾後、[[木材腐朽菌|白色腐朽菌]]によって腐朽した広葉樹の立ち枯れの根周辺の土中に産卵すると考えられている{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=140}}。自然界では地表にわずかに突き出た切り株に産卵することが多く{{Sfn|小島啓史|1996|p=123}}、また地中の朽木の樹皮が剥がれた部分の木質部と、土もしくは朽木屑の隙間に潜り込み、木質部の表面をかじり取って産卵することが多いとされ、朽木そのものに産卵することはほとんどない{{Sfn|小島啓史|1996|p=133}}。人工繁殖の場合、産卵木(産卵用の朽木)に直接産卵することは少なく、産卵木と発酵マットとの間に産卵していることが多い{{Sfn|織部利信|2017|p=40}}。土屋利行は人工繁殖の際、産卵木は産卵床というよりはメスがマットの中に潜るための足がかりであると評している{{Sfn|土屋利行|2014|p=18}}。このような産卵習性はノコギリクワガタに似ているが、ミヤマクワガタはノコギリクワガタより低温を好み、25℃以上だと産卵・孵化は難しくなる{{Sfn|横川忠司|2019|=47}}。メスは仮に産卵に適した条件が揃った環境であっても、産卵時期に林床が25℃以下になるような場所でなければ産卵しないとする報告がある{{Sfn|小島啓史2|2017|p=91}}。林長閑は、産卵が近いと思われるミヤマクワガタのメスを[[解剖]]して卵を摘出調査した結果から、ミヤマクワガタのメスは[[卵巣]]で20個程度の卵が成熟した(もしくは成熟が近づいた)段階で産卵を開始するのだろうと述べている{{Sfn|林長閑|1987|p=59}}。

またミヤマクワガタやノコギリクワガタなど、立ち枯れの地下部分や倒木の下に潜り込んで産卵する傾向が強いクワガタムシは発酵マットの代わりに黒土を産卵床として用いると産卵が誘発されるようだという文献もある{{Sfn|荒谷邦雄2|2022|p=147}}。

=== 寿命など ===
成虫の寿命は短く、活動開始から2 - 3か月程度である{{Sfn|織部利信|2017|p=40}}。自然界では9月にはほとんど見られなくなる{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=140}}。(後述の新成虫を除き)原則として成虫で[[越冬]]することはない{{Sfn|上野俊一|黒澤良彦|佐藤正孝|1985|p=329}}。出現期が短いのはこのように、成虫では越冬しないためとされる{{Sfn|大林延夫|新開孝|永幡嘉之|2010|p=128}}。

しかし飼育下で温度管理を行っていると越冬して翌年の春から夏まで生存する個体もおり{{Sfn|坂爪真吾|2023|p=159}}、2023年時点では最長飼育日数310日(2022年8月1日 - 2023年6月7日)という記録がある{{Sfn|島谷祐司|2023|p=36}}<ref name="北國新聞20230616"/>。またそれ以前の飼育最長記録(2018年10月13日 - 2019年7月5日の265日間)の場合、2018年6月上旬に採集されてから記録報告者の手に渡る(同年10月13日)までの期間を考慮すれば約390日間生存していたことになる{{Sfn|豊田哲也|2019|p=25}}。これらの長寿記録の要因としては低温環境を維持したことや、交尾させずに体力を温存させたことなどが挙げられている<ref name="北國新聞20230616"/>。2023年時点における最長寿記録保有者の島谷祐司{{Efn2|島谷はこれ以前にも244日間(2016年7月1日 - 2017年3月2日)、255日間(2018年7月22日 - 2019年4月2日)の長寿記録を樹立したことがある{{Sfn|島谷祐司|2023|p=36}}。}}は、過去に自身が飼育して長期間生存したミヤマクワガタは跗節の欠損が発生してから約1か月後に死亡していることに言及した上で、欠損した跗節の断面から雑菌が侵入することが寿命に影響している可能性を指摘している{{Sfn|島谷祐司|2023|p=36}}。島谷は2022年8月は17 - 18℃に設定した家庭用[[ワインセラー]]内で飼育を行い、同年9月から2023年6月に死亡するまではヨーロッパミヤマクワガタを[[冷蔵庫]]内で飼育して延命させたという話を参考に、実測温度約7℃(設定温度6℃)に維持したクールインキュベーター内で飼育したところ、その影響でミヤマクワガタは動きが緩慢になり、脚と飼育ケース内壁との衝突(および、それに起因する跗節の欠損)が抑えられ{{Efn2|該当個体は死亡まで跗節の欠損がまったくなかった{{Sfn|島谷祐司|2023|p=37}}。}}、長生きに繋がったのではないかと考察している{{Sfn|島谷祐司|2023|p=36-37}}。また島谷はメスよりオス、それも体長53 - 54&nbsp;mm程度の中型個体が特に長生きしやすいという結論を得ている<ref>『中日新聞』2023年11月18日朝刊三面3頁「この人 ミヤマクワガタの低温飼育に挑戦 島谷祐司さん(62.)」(中日新聞社 河野晴気)</ref>。このような特殊な温度管理を行わなかった場合でも、1986年8月3日に野外で採取した個体を自宅の玄関で飼育していたところ、翌1987年1月13日まで生存したという報告がある<ref>{{Cite journal|和書|journal=月刊むし|author=荒谷邦雄|title=KIROKU+HŌKOKU > 164日間生きたミヤマクワガタ|page=40|date=1987-03-01|issue=193|publisher=むし社}}</ref>。

小島はノコギリクワガタやミヤマクワガタについて、羽化後の生涯寿命は約1年間であるが、彼らは晩夏から秋にかけて羽化するため、翌年の初夏まで蛹室内で越冬し、結果的に寿命の大半を蛹室内で過ごしているため、繁殖のために活動できる期間は初夏から晩夏までの3か月程度になっていると考察、また彼らは短い寿命の間に子孫を残すため(長寿で温和なオオクワガタとは対照的に)好戦的な性格になり、カブトムシとの競合のために長大な大顎を有するように進化し、盛夏に出現するカブトムシより早く出現して短期間で交尾を済ませるという生存戦略を身につけたのだろうと考察している<ref>『BE・KUWA』第34号(2010年冬号/3月増刊号、2010年2月26日発行)86<!--84-87-->頁、小島啓史「21世紀版 クワガタムシ飼育のスーパーテクニック 17 クワガタの雌雄比率」(むし社)</ref>。

自然界では、成虫の主要な[[天敵]]は[[鳥類]]であると考えられる{{Sfn|林長閑|1987|pp=80-81}}。[[フクロウ]]に捕食されて頭部のみになった多数のミヤマクワガタのオス{{Sfn|吉田賢治|2015|p=106}}、[[クマゲラ]]の巣内から発見された複数のミヤマクワガタの死骸<ref>『鳥 日本鳥学会誌』第13巻第64号、日本鳥学会、1954年9月15日、永田洋平、21<!--19-22-->頁「クマゲラの蕃殖について」</ref>、[[アオバズク]]に捕食され腹部を失った瀕死のミヤマクワガタや、野鳥に食べられたと思われるミヤマクワガタの死骸といった観察記録がある{{Sfn|林長閑|1987|pp=80-81}}。

=== 卵 ===
[[卵]]は光沢を有する淡い黄褐色の俵型で、長さは約3&nbsp;mm、幅は約2&nbsp;mmである{{Sfn|林長閑|1987|pp=42-43}}。また産卵直後は長さ2.9&nbsp;mm、幅2.0&nbsp;mmだったが、適度な湿気を与えた朽木の上に並べ、気温を25℃に維持して管理したところ、産卵から5日目には産卵直後の俵型から球形に近くなり、長さ3.3&nbsp;mm、幅2.8&nbsp;mmになったとする報告がある{{Sfn|林長閑|1987|p=61}}。卵殻の表面は滑らかだが、拡大するとモザイク状の紋様が確認できる{{Sfn|林長閑|1987|p=42}}。

卵から成虫になるまでの期間は2 - 3年とされる{{Sfn|今森光彦|荒井真紀|2010|p=44}}。卵の産卵から[[孵化]]までの日数は25℃の場合、平均24日である{{Sfn|林長閑|1987|p=61}}。1齢幼虫の中胸背板には、左右各2個の微細な突起があり、「破卵器」 (egg-burster) と呼ばれる{{Sfn|林長閑|1956|p=47}}。孵化する際、幼虫はこの「破卵器」を用いて内側から卵殻を破り、途中で休息を挟みながら、卵殻が裂け始めてから約20分で卵殻から脱出する{{Sfn|林長閑|1987|p=62}}。飼育下では、幼虫は卵殻を食べない{{Sfn|林長閑|1987|p=61}}。

=== 幼虫 ===
==== 幼虫の形態 ====
幼虫の体型は[[ジムシ|C型に曲がった黄白色の円筒形]]である{{Sfn|林長閑|奥谷禎一|1956|p=8}}。幼虫の体は第10腹節の背面に肛門があり、移動する際は体を曲げることでこの第10腹節を頭部に近づけ、それを起点に体の前方へ蠕動を起こし、体を伸ばして頭部を前進させるという動作を繰り返すことで、朽木の中に自ら掘ったトンネルの中を移動している{{Sfn|林長閑|1987|p=64}}。

幼虫は3齢が終齢幼虫で{{Sfn|鈴木知之|2005|p=231}}、十分に成長したオス成虫の齢期ごとの 頭部の幅 / 体長の平均 は、1齢幼虫で 2.5&nbsp;mm / 13&nbsp;mm 、2齢幼虫で 5.5&nbsp;mm / 28&nbsp;mm 、3齢幼虫で 10.3&nbsp;mm / 65&nbsp;mm である{{Sfn|林長閑|1987|pp=47-48}}。また3齢幼虫の体長は約50&nbsp;mm{{Sfn|林長閑|奥谷禎一|1956|p=8}}ないし40 - 60&nbsp;mm{{Sfn|林長閑|1956|p=12}}、幼虫の頭部の幅は6 - 11&nbsp;mm程度{{Sfn|上亟健介|2007|p=42}}とする文献もある。このような幼虫時代の大きさには個体差があり、成虫期の大きさに影響する{{Sfn|林長閑|1956|p=47}}。また、頭蓋はオオクワガタやコクワガタに比べてやや幅広いとする文献もある{{Sfn|林長閑|1956|p=47}}。林長閑により、孵化後20日目では1.5&nbsp;mmだったミヤマクワガタ1齢幼虫の頭蓋幅が、孵化後170日目で2.52&nbsp;mm、孵化後250日目(2齢幼虫への脱皮11日前)で2.66&nbsp;mmに成長したという記録が報告されている<ref>{{Cite journal|和書|journal=月刊むし|author=林長閑|title=KIROKU+HŌKOKU > ミヤマクワガタ幼虫の頭蓋の成長|page=40|date=1987-03-01|issue=193|publisher=むし社}}</ref>。

クワガタムシ科の幼虫は[[ルリクワガタ属|ルリクワガタ類]]を除き、[[複眼と単眼|単眼]]は退化している{{Sfn|林長閑|1956|p=44}}。幼虫はノコギリクワガタなどの幼虫に似ているが、全身(特に腹端)に密に毛が生えている点で区別できる{{Sfn|山口進|1989|p=79}}。また[[気門]]は他種のクワガタムシと比較して著しく暗い茶褐色である{{Sfn|上亟健介|2007|p=42}}。頭部の色は、オオクワガタの幼虫の頭部(濃いオレンジ色)よりさらに濃い茶褐色である{{Sfn|上亟健介|2007|p=42}}。腐植物を噛み砕いて食べるという食性から、大顎は頑強で、左右で効率良く噛み合えるような形状になっている{{Sfn|林長閑|1956|p=45}}。また、大顎基部には哺乳類の臼歯に相当する「臼状部」が発達しており、上咽頭(上唇の内側)には小さな突起が、下咽頭(下唇の内側)には大顎と同様の硬さの突起をそれぞれ有し、これらの部位も大顎と同様に硬い朽木を噛み砕いて食べるために役立っている{{Sfn|林長閑|1956|p=45}}。大顎基部には10本前後の刺毛があり{{Sfn|林長閑|1956|p=12}}、この点は他属幼虫と区別できる特徴の1つである{{Sfn|林長閑|奥谷禎一|1956|p=9}}。また頭部と脚は黄褐色であるとする文献もある{{Sfn|林長閑|奥谷禎一|1956|pp=8-9}}。触角は4節で、第1節の長さは第2節の半分程度であり、刺毛はない{{Sfn|林長閑|奥谷禎一|1956|p=9}}。跗爪節の刺毛は約5本で、基部は円筒形であり{{Sfn|林長閑|奥谷禎一|1956|p=9}}、その先端は尖る{{Efn2|鋭く尖るとする文献{{Sfn|林長閑|1956|p=12}}、尖らないとする文献の両方がある{{Sfn|林長閑|奥谷禎一|1956|p=9}}。}}{{Sfn|林長閑|1956|p=12}}。また中脚基節の後方と後脚転節の前方には、「発音器」と呼ばれるヤスリ状の器官がある{{Sfn|林長閑|1956|p=46}}。発音器は1列の細かく密な歯となっており、中脚の発音器の歯は小さくて肉眼ではわかりづらいが、後脚の発音器の歯は中脚に比べて大きい{{Sfn|林長閑|1956|pp=45-46}}。この器官を「摩擦歯」 Stridulating teeth と呼称する場合もある{{Sfn|林長閑|奥谷禎一|1956|p=9}}。クワガタムシの幼虫の中脚基節の発音器は族ごとに形が異なり、ミヤマクワガタやノコギリクワガタ、[[オニクワガタ]]、コクワガタ・オオクワガタなどは1列である一方、[[ツヤハダクワガタ]]、[[マダラクワガタ]]、ルリクワガタ、[[チビクワガタ]]などは複数列になる{{Sfn|林長閑|1956|p=46}}。これらの特徴以外にミヤマクワガタ属の幼虫に見られる他属幼虫との相違点として、頭蓋や上唇が幅広い点、触角第1節が第2節の3分の1から2分の1の長さである点が挙げられる{{Sfn|林長閑|奥谷禎一|1956|p=9}}。オニクワガタの幼虫はミヤマクワガタの幼虫に類似しているが、跗爪節の先端が丸いこと、摩擦歯はミヤマクワガタのそれと異なりわずかに離れて並んでいること、またミヤマクワガタより小型である(体長20 - 30&nbsp;mm)ことから区別できる{{Sfn|林長閑|1956|p=12}}。また同属であるヨーロッパミヤマクワガタの幼虫とは、触角第1節と第2節の長さの比が1:3である点や、跗爪節の刺毛が2本である点から区別できる{{Sfn|林長閑|奥谷禎一|1956|p=9}}。

幼虫は孵化した時点で既に体内に[[生殖器|生殖腺]]が形成されており{{Sfn|林長閑|1956|p=48}}、オスの場合は[[精巣]]や[[精管|輸精管]]、メスの場合は[[卵巣]]や[[輸卵管]]などを幼虫時代から有している{{Sfn|林長閑|1956|p=49}}。コガネムシ科のオス幼虫の特徴として、第9腹節の腹面後方に輪精管とつながる小さな褐色の点があり、この点の有無で雌雄を判別することができるとされる{{Sfn|林長閑|1956|p=48}}。ミヤマクワガタのオスの3齢幼虫の場合、第9腹節の後縁近くに1&nbsp;mm未満の小さな窪みがある{{Sfn|林長閑|1956|p=49}}。またメス幼虫の場合、腹部の背側に黄色い斑紋が強く出ている{{Sfn|土屋利行|2014|p=31}}。

==== 幼虫の生育 ====
飼育下ではオスの場合、幼虫期間は12 - 18か月である{{Sfn|土屋利行2|2007|p=57}}。最も早い段階では産卵された年の秋に3齢幼虫まで成長するが、多くの幼虫は1齢幼虫後期か2齢幼虫でその年の冬を越す{{Sfn|小島啓史|1996|p=138}}。その年に3齢幼虫までならなかった幼虫は翌年の秋までに脱皮して3齢幼虫になり{{Sfn|小島啓史|1996|p=138}}、その冬は3齢幼虫で越冬する。幼虫は脱皮する際、蛹室と似たような空間を作るほか、脱皮殻や場合によっては自分の排泄した糞を食べる場合もある{{Sfn|小島啓史|1996|p=138}}。なお林長閑は野外で採集した幼虫を飼育したところ、幼虫期間に3年を要した{{Efn2|奥谷禎一は1952年7月に兵庫県篠山の山中でミヤマクワガタの幼虫2頭を採取し、うち1頭は3年後の1955年9月に蛹化したが、もう1頭は1956年4月時点でも蛹化していなかった{{Sfn|林長閑|奥谷禎一|1956|p=7}}。}}と発表しているが、通常は幼虫期間は約2年であると思われる{{Sfn|林長閑|1987|p=64}}。

幼虫の生育適温は16 - 22℃とされ、23℃以上では死亡率が上がる{{Sfn|土屋利行2|2007|p=57}}。また常時25℃の環境で飼育すると早く成長するが蛹化には至らず、やがて死亡する{{Sfn|小島啓史2|2017|p=91}}。

==== 幼虫の摂食活動 ====
卵から孵化した1齢幼虫は土中を移動して水分含有量の多い立ち枯れの地下に埋もれた腐朽部を食べる{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=140}}。また[[腐植土|腐葉土]]の中にいることもある{{Sfn|山口進|1989|p=78}}。小島啓史は朽木の中におけるクワガタムシの幼虫の行動について、まず食物となる朽木を積極的にかじってトンネルを掘った後で、木屑をゆっくり食べているようだと評している{{Sfn|林長閑|1987|p=64}}。

自然界では、幼虫は樹皮が残った立ち枯れの根の腐朽部分や、地面に埋没して湿度が高くなった倒木といった場所にいることが多く、蛹室は朽木の中ではなく地中に作ることが多い{{Sfn|小島啓史|1996|p=139}}。また鈴木知之 (2005) によれば、[[ヒラタクワガタ]]やノコギリクワガタは1つの立ち枯れの根から10頭以上の幼虫が発見されることが多い一方、ミヤマクワガタの幼虫は単独か数頭で発見されることが多く、蛹は地下2&nbsp;[[メートル|m]]から発見されることもあるという{{Sfn|鈴木知之|2005|p=231}}。

小島はヒラタクワガタ・ノコギリクワガタ・ミヤマクワガタなど、湿度の高い状態の朽木を好むクワガタムシは多少の塩分でもほとんど影響を受けないため、これらの種は幼虫が穿孔している朽木ごと海に流されても生存したまま海を渡ることができるが、乾燥した朽木を好み、過剰な湿度に弱いオオクワガタの幼虫は朽木ごと海に流されると死亡してしまい、海を渡ることはできないだろうと考察している{{Sfn|小島啓史|1996|p=237-238}}。一方で黒澤良彦 (1978) はミヤマクワガタやノコギリクワガタが[[三宅島]]にも分布していることが判明する以前の論文で、ミクラミヤマクワガタ・ミヤマクワガタ・ノコギリクワガタについて、彼らの幼虫が好むようなかなり腐朽した朽木は海水に漂流すれば分解してしまうため、いずれも海を渡ることはできない種であると述べていた{{Sfn|林長閑|1987|p=29}}。その上で、三宅島は他の伊豆諸島の島々とは異なり、海中から噴出して以来一度も古伊豆半島(および、それから分断されて誕生した他の島々)と地続きになったことがなく、その傍証として三宅島に分布するクワガタムシはすべて硬い朽木を好むクワガタムシである、と述べていたが{{Sfn|黒沢良彦|1978|p=148}}{{Sfn|林長閑|1987|p=29}}、池田清彦 (1984) は三宅島が誕生するより以前に古伊豆半島から分離した八丈島に[[ハチジョウノコギリクワガタ]](当時はノコギリクワガタの亜種とみなされていた)が分布することから、この説の矛盾を指摘していた{{Sfn|林長閑|1987|p=29}}。また林 (1987) は黒澤の説に対する反論として、容易に鉈の刃が立たないような硬い朽木からミヤマクワガタの幼虫を多数採集した自らの経験を述べている{{Sfn|林長閑|1987|pp=29-30}}。なおミクラミヤマクワガタは御蔵島・神津島でのみ存続しており、かつて伊豆半島を含む本土に分布していた個体群は絶滅したと考えられているが、ミヤマクワガタの生態(成虫は樹上性、幼虫は朽木を食べて生育する)とミクラミヤマクワガタの生態(成虫は地上性、幼虫は腐植土などを食べて生育する)は異なり、両種の共存は可能であるため、かつて本土に分布していたミクラミヤマクワガタはミヤマクワガタとの競合が要因で絶滅したのではなく、地上性昆虫の天敵となりうる[[ニホンヒキガエル|ヒキガエル]]の捕食圧が原因で絶滅した一方、ヒキガエルの侵入しなかった伊豆諸島では絶滅を免れたという仮説を述べている{{Sfn|黒沢良彦|1978|pp=150-151}}。

なお[[コガネムシ科]]の幼虫に夜間に地上に這い出て他の場所へ移動する場合があることが知られているが、ミヤマクワガタの幼虫も同様の行動を取る可能性が指摘されている{{Sfn|林長閑|1987|p=65}}。

===== 食性 =====
クワガタムシ科の昆虫の幼虫は種により、白色腐朽材(白色腐朽菌によって腐朽した木材)を食する種、褐色腐朽材(褐色腐朽菌によって腐朽した木材)を食する種、軟腐朽材を食する種があるが、ミヤマクワガタとノコギリクワガタは白色腐朽材食と腐植食の中間的な性質を持つ種とされている{{Sfn|棚橋薫彦|2022|p=117}}。同じ立ち枯れや切り株の地下部からミヤマクワガタの幼虫が、地上部からは他のクワガタムシ(コクワガタ・アカアシクワガタ・[[スジクワガタ]]・オオクワガタなど)や[[カミキリムシ]]の幼虫がそれぞれ発見される場合もある{{Sfn|林長閑|1987|p=23}}。またクヌギの切り株の根からミヤマクワガタの幼虫が、その上方からノコギリクワガタの幼虫がそれぞれ発見された事例もある{{Sfn|林長閑|1987|p=24}}。幼虫は3齢幼虫になると体が大きくなり、摂食量も増大するため、小さい朽木には1個体しか棲み着いていない場合もある{{Sfn|林長閑|1987|p=25}}。

境野広行はクワガタムシ類の幼虫について、祖先種や原始的な種の幼虫はコガネムシ科の幼虫と同じく土中で生育し、腐植土を主に摂食していたが、進化に従って生息場所や食性を変化させていき、草本の根や根塊を経て、土中に埋もれた朽木や立ち枯れた樹木の根を食するようになり、そして進化した種では比較的腐朽が進んだ倒木だけでなく、あまり腐朽が進んでいない倒木や老衰木なども食するようになっていったという仮説を述べている{{Sfn|林長閑|1987|p=75}}。小島はミヤマクワガタについて、ノコギリクワガタやヒラタクワガタと同じく土中で腐朽が進んだ高湿度の朽木を食べるが、[[マルバネクワガタ]]が主に食するような更に腐朽の進んだ泥状の朽木も食する傾向にあるとした上で、ミヤマクワガタが現代の生息域にまで分布を広げた当時は競合相手が少なかったため、それ以前からの食性を変化させる必要がなかった、すなわち比較的原始的な食性を有するクワガタムシではないかと述べている{{Sfn|小島啓史2|2017|pp=90-91}}。土屋は幼虫飼育時の適切な湿度について、幼虫の餌となる発酵マットを握って団子状になる程度に加水するのが望ましいと評している{{Sfn|土屋利行|2014|p=19}}。

ミヤマクワガタの幼虫が食べる朽木の樹種は、クヌギ、コナラ{{Sfn|林長閑|1987|pp=23-24}}、ブナ{{Sfn|今森光彦|荒井真紀|2010|p=44}}、ヤマハンノキ、ヤシャブシもしくはヒメヤシャブシ{{Sfn|林長閑|1987|p=23}}、ミズナラ、アカメガシワ、[[イタヤカエデ]]、[[アオダモ]]{{Sfn|林長閑|1987|p=73}}などの記録があり、また雑木林の中で地中に半分埋もれた古い[[原木栽培|ホダ木]]から発見された事例や{{Sfn|林長閑|1987|p=24}}、伐採から数年が経過した[[アカマツ]]の株から数頭の幼虫が採集された{{Efn2|荒谷邦雄 (1987) がアカマツとナラ類を中心とした二次林の中で、伐採後数年を経た1本のアカマツの株からミヤマクワガタの2齢幼虫2頭、3齢幼虫(終齢幼虫)7頭を採集した記録があり、成長段階の異なる幼虫たちが同じアカマツの株から同時に採集されたため、少なくとも採集時点から遡って2、3年前から複数のミヤマクワガタのメスが産卵していたものと思われる<ref>{{Cite journal|和書|journal=月刊むし|author=荒谷邦雄|title=KIROKU+HŌKOKU > ミヤマクワガタの幼虫をアカマツ朽木から採集|page=40|date=1987-03-01|issue=193|publisher=むし社}}</ref>。}}事例もある{{Sfn|林長閑|1987|p=73}}。また飼育下では広葉樹だけでなく針葉樹の朽木も食べることが確認されているため、幅広い食性を有すると考えられているが、本来はブナ類・ハンノキ類などの朽木を食べているものと思われる{{Sfn|林長閑|1987|p=73}}。林・奥谷 (1956) は[[スギ]]と思われる朽木より、広葉樹の朽木の方が発育が良いようだったと報告している{{Sfn|林長閑|奥谷禎一|1956|p=8}}。小島によれば、北海道ではミヤマクワガタの幼虫が[[牧場]]近くの[[牛糞]][[堆肥]]から出たという報告があり、また自身の採集地(本州)でも[[ウシ|牛]]の牧場近くで70&nbsp;mm以上の大型個体が複数見られたという<ref>『BE・KUWA』第11号(2004年6月25日)、小島啓史、<!--54-59-->57頁「ミヤマクワガタはだれでも飼える!?」(むし社)</ref>。

体長70&nbsp;mm程度に達したミヤマクワガタの3齢幼虫の糞は長さ9&nbsp;mm、幅7&nbsp;mm、厚さ4&nbsp;mmの長方形である{{Sfn|林長閑|1987|pp=77-78}}。クワガタムシを含め、甲虫類の幼虫は消化管に棲む[[細菌|バクテリア]]や菌などが出す酵素を利用して消化を行う種が少なくないが、林によればミヤマクワガタの3齢幼虫の糞からも約5[[マイクロメートル|ミクロン]]の微生物が多数見出されている{{Sfn|林長閑|1987|p=77}}。

飼育下では、大型個体育成のためには発酵が進んでおり、栄養価の高すぎない発酵マットによる飼育が適しているとされる{{Sfn|織部利信|2017|p=40}}。オオクワガタなどの飼育に用いられる「[[菌糸ビン]]」による幼虫飼育は不可能ではないが、特にメリットはないとする報告や{{Sfn|織部利信|2017|p=40}}、ミヤマクワガタなど地中穿孔性の強い(幼虫が立ち枯れの地下部分や倒木の下面を好む傾向が強い)クワガタムシの幼虫には菌糸ビンは不向きであり、発酵マットが向いているとする報告もある{{Sfn|荒谷邦雄2|2022|p=154}}。爆発栄螺は添加剤が多くて菌糸の勢いが強いオオヒラタケ ''Pleurotus abalonus'' の菌糸ビンではミヤマクワガタの幼虫は穿孔しなかったが、カンタケ ''Pleurotus pulmonarius'' の菌糸ビンを試してみたところ順調に生育したという結果から、菌糸ビンによる飼育は死亡率が高いものの、菌糸のライフサイクルが長くて緩やかなもので、かつおが屑の水分量が多いものならば良い成果が得られるかもしれないと述べている<ref>『BE・KUWA』第2号(2002年3月25日)、爆発栄螺、52頁<!--46-53頁-->「ミヤマクワガタの飼育 これで完璧!! その一 国産ミヤマ編」(むし社)</ref>。また、近縁種であるタカサゴミヤマクワガタ([[#かつて亜種とされていた種|後述]])の幼虫を飼育して体長86.9&nbsp;mmのオス成虫を羽化させた飼育者は、発酵マットを餌に飼育温度を季節によって10 - 21℃で管理し、割り出しから約2年で羽化に至ったと述べている<ref name="タカサゴレコード"/>。

=== 蛹 ===
2回越冬した3齢幼虫は、孵化の翌々年の初夏から初秋にかけて朽木から地下に這い出ると、土中に楕円形の蛹室を作って[[蛹|蛹化]]する{{Efn2|蛹化・羽化の時期を秋とする文献もある{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}。}}{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=140}}。林 (1987) は蛹化時期について、8月から9月が最も多いと考えられると述べている{{Sfn|林長閑|1987|p=66}}。飼育下では9月28日に蛹化、11月22日に羽化したという記録もある<ref>{{Cite journal|和書|journal=月刊むし|author=冨永幸雄|title=KIROKU+HŌKOKU > ミヤマクワガタの秋期羽化について|page=|date=1987-03-01|issue=193|pages=40-41|publisher=むし社}}</ref>。

オスの場合、蛹室の内部の長さと幅は6&nbsp;cm×3&nbsp;cm前後で、壁の厚さは1&nbsp;cm以上である{{Sfn|林長閑|1987|p=50}}。幼虫は蛹室を作る際、自らの糞で内側を平らに堅く塗り固めながら、約2週間かけて蛹室を完成させる{{Sfn|小島啓史|1996|p=140}}。蛹室は内部の壁が滑らかで一定の硬度があり、乾燥保存も可能である{{Sfn|林長閑|1987|p=50}}。蛹室は地面と水平に作られることが多いが、飼育下では湿度が異常に高い環境の場合、斜めに蛹室を作ることもある{{Sfn|小島啓史|1996|p=140}}。なお、前蛹期は他の日本産クワガタムシ類と比して死亡率が高い{{Sfn|織部利信|2017|p=40}}。小島によれば、蛹化・羽化の段階では25℃恒温で管理した個体は羽化まで至らずにすべての個体が死亡し、23℃固定でも羽化不全が頻発した一方、20℃固定ではすべての個体が無事に羽化したという<ref>『BE・KUWA』第11号(2004年6月25日)、小島啓史、<!--54-59-->57頁「ミヤマクワガタはだれでも飼える!?」(むし社)</ref>。

蛹の体色は薄い黄赤色である{{Sfn|林長閑|1987|p=50}}。蛹は蛹化から約2週間後に[[羽化]]して成虫になるが、新成虫はそのまま蛹室にとどまって越冬し、その翌年(孵化から3年目)の初夏になって地上に現れ、活動を開始する{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=140-141}}。このように蛹室内で新成虫が越冬することが判明した時期について、山口進 (1989) は1987年のことであると述べているが{{Sfn|山口進|1989|p=76}}、それ以前の1949年5月1日に北海道[[旭川市]]で今村泰二が地中約20&nbsp;cmからミヤマクワガタのオス成虫を掘り出しており、その話を聞いた常木勝次はクワガタムシ類が成虫の状態で越冬する報告はまだ見たことがないと反応している{{Sfn|今村泰二|1961|p=19}}。なお珍しい越冬例として、海岸近くの石の下で越冬していた事例がある<ref>{{Cite journal|和書|journal=甲虫ニュース|author=沢田和宏|title=ミヤマクワガタを石下より採集|page=4|date=1982-06|url=https://coleoptera.sakura.ne.jp/ColeoNews/ColeoNews057.pdf|issue=57|publisher=甲虫談話会|format=PDF|accessdate=2024-04-11}}</ref>。飼育下では羽化してから3 - 6か月間は摂食・繁殖を行わないとする文献がある一方、羽化後3か月の個体を次の繁殖に用いることも可能だが、寿命は短くなるとする文献もある<ref>『BE・KUWA』第2号(2002年3月25日)、爆発栄螺、49頁<!--46-53頁-->「ミヤマクワガタの飼育 これで完璧!! その一 国産ミヤマ編」(むし社)</ref>。


== 亜種 ==
== 亜種 ==
ミヤマクワガタは日本本土に分布する原名亜種と、伊豆諸島に分布する別亜種 ''adachii'' の2亜種が知られている{{Sfn|佐藤仁|2020|p=15}}。また日本国外に分布する複数のミヤマクワガタ属の昆虫の個体群がミヤマクワガタの亜種とみなされていたが、2020年時点ではそれらの個体群を別種とみなす学説が提唱されている{{Sfn|佐藤仁|2020|p=15}}。
[[File:ミズナラのミヤマクワガタ.JPG|thumb|撮影地:北海道(エゾ型)]]
;ミヤマクワガタ(名義タイプ亜種)''L. m. maculifemoratus'' Motschulsky, 1861 {{Sfn|BE・KUWA|2013|p=6}}
[[File:ハルニレ樹液のミヤマクワガタ.JPG|thumb|撮影地:北海道(基本型)]]
;イズミヤマクワガタ ''L. m. adachii'' Tsukawaki, 1995{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=24}}
日本には2亜種、日本国外には4亜種が存在する。
:[[伊豆諸島]]の[[伊豆大島]]・[[利島]]・[[新島]]・[[神津島]]、[[三宅島]]に分布する{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=24}}。[[御蔵島]]と[[八丈島]]からは記録されていない{{Sfn|塚脇智成|1995|p=12}}。タイプ産地は伊豆大島の[[三原山]]である{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=141}}。原記載は『月刊むし』第292号(1995年6月号){{Sfn|塚脇智成|1995|p=12}}。
:成虫の体長はオスで33.8 - 70.0&nbsp;mm、メスで25.0 - 43.9&nbsp;mmである{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=24}}。野生のオス成虫の場合、平均体長は50 - 53&nbsp;mmであり、58&nbsp;mm以上が大型とされる{{Sfn|リアル・イトー|2013|p=37}}。飼育下ではオス成虫は最大体長68.7&nbsp;mm<ref name="BEKUWAレコード2023"/>、最小体長29.9&nbsp;mmがそれぞれ記録されている{{Sfn|BE・KUWA|2024|p=113}}。
:原名亜種に比べて大顎は太短く、その先端は小さく二股に分かれる{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}。また大顎はすべてフジ型になり、原名亜種のような変異は見られないが、伊豆大島以外では体長65&nbsp;mm以上の大型個体は記録されていない{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=24}}。頭部の耳状突起も原名亜種に比べて発達が悪く{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}、外側にあまり張り出すことはなく、高くもならない{{Sfn|塚脇智成|1995|p=12}}。腹部がやや大きく{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=24}}、腹端は丸みを帯びる{{Sfn|塚脇智成|1995|p=12}}。総合的に見て上半身が小さく、下半身が大きいという体型が特徴である{{Sfn|リアル・イトー|2013|p=37}}。腹部の大きさがほぼ同程度の大きさの原名亜種の個体と比べて、やや交尾器が大きい{{Sfn|塚脇智成|1995|p=12}}。また雌雄とも腿節の黄褐色部がよく発達しており、黄色味が強くなる{{Sfn|岡島秀治|荒谷邦雄|2012|p=141}}。
:亜種名 ''adachii'' は阿達直樹に由来する{{Sfn|塚脇智成|1995|p=15}}{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=24}}。
:成虫は7月から9月にかけて発生し、8月にピークを迎える{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=24}}。発生のピークは、伊豆大島では8月中旬から下旬ごろ、利島では8月の上旬から中旬{{Sfn|BE・KUWA編集部|2013|p=38}}、神津島・三宅島では7月下旬から8月上旬とされる{{Sfn|BE・KUWA編集部|2013|p=39}}。成虫は活発に飛翔し、オオバヤシャブシ、[[カラスザンショウ]]、[[タブノキ|タブ]]、[[アカメガシワ]]などの広葉樹の樹液に昼夜問わず集まるほか、夜間は灯火にも飛来する{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=24}}。
:伊豆大島ではノコギリクワガタとは異なる標高に棲み分けており{{Sfn|リアル・イトー|2013|p=36}}、標高200&nbsp;m以上の地点に多い{{Sfn|BE・KUWA編集部|2013|p=38}}。またオオバヤシャブシの木の高いところにいることが多いが{{Sfn|リアル・イトー|2013|p=36}}、メスは樹液ではほとんど見られない{{Sfn|BE・KUWA編集部|2013|p=38}}。利島ではオオバヤシャブシやアカメガシワ、神津島・三宅島ではオオバヤシャブシやカラスザンショウの樹液に集まっているが、三宅島では個体数が少ないと思われる{{Sfn|BE・KUWA編集部|2013|pp=38-39}}。なお、神津島では[[昆虫採集]]が禁止されている{{Sfn|BE・KUWA編集部|2013|p=39}}。


=== かつて亜種とされていた種 ===
=== 日本 ===
;ミヤマクワガタ(原名亜種)''L. m. maculifemoratus''
:[[北海道]]・[[本州]]・[[四国]]・[[九州]]、[[樺太]](南部)、[[千島列島]]の[[択捉島]]・[[国後島]]・[[奥尻島]]・[[飛島 (山形県)|飛島]]・[[佐渡島]]・[[隠岐諸島]]・[[五島列島]]の[[福江島]]・[[甑島列島]](今のところ[[下甑島]]のみ)、[[熊毛諸島]]の[[黒島 (鹿児島県)|黒島]](以前は生息しないとされていた。形態に違いが見られ、亜種として記名する動きがある。)に生息する。
;イズミヤマクワガタ ''L. m. adachii''
:[[伊豆諸島]]の[[伊豆大島]]・[[利島]]・[[新島]]・[[神津島]]、[[三宅島]]に生息する。[[オオバヤシャブシ]]の樹液を好む。雄の頭部の発達が悪く、大腮が短く、耳状突起もあまり発達しない。雌雄ともに腹部末端が丸みを帯びる。それぞれの島で若干の変異が見られ、伊豆大島、利島の個体は黒味が強く、他の島では赤味がかる。雌は樹液にあまり集まらず採集しにくい。灯火にも飛来する。[[1995年]]に追加された。[[伊豆半島]]南部の一部地域で本亜種に類似した特徴を持つ個体が見つかっているが、雌雄の腹部末端、雄の耳状突起の形態が異なる。
=== 日本国外 ===
[[Image:Lucanus maculifemoratus taiwanus sjh.jpg|thumb|250px|タカサゴミヤマクワガタの雄と雌]]
[[Image:Lucanus maculifemoratus taiwanus sjh.jpg|thumb|250px|タカサゴミヤマクワガタの雄と雌]]
以下の種はかつてミヤマクワガタの亜種とされていたが、2020年時点ではいずれも別種とされている{{Sfn|佐藤仁|2020|p=15}}。
;チョウセンミヤマクワガタ ''L. m. dybowskyi''
;チョウセンミヤマクワガタ ''L. dybowskyi'' [[:w:Frederic Parry|Parry]], 1873{{Sfn|佐藤仁|2020|p=15}}
:[[朝鮮半島]]・[[アムール]]・中国北部に生息する。日本のミヤマクワガタと比べると体型がやや丸く、がっしりした印象を受ける。
:かつてはミヤマクワガタの亜種として ''L. m. dybowskyi'' の学名を与えられていたが{{Sfn|藤田宏|2010|p=95}}{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=27}}、Huang, H. & C.-C. Chen (2010) {{Efn2|Huang, H. & C.-C. Chen 『''Stag Beetles in China'' I』 (2010) {{Sfn|佐藤仁|2020|p=6}}。}}では独立種とされ、タカサゴミヤマクワガタや[[中華人民共和国|中国]]・[[四川省]]に分布する ''lhasaensis'' がこの種の亜種として扱われている{{Sfn|佐藤仁|2020|p=15}}。なお中国・[[吉林省]]からミヤマクワガタの亜種として記載された ''L .m. jiliensis'' Li, 1992 はチョウセンミヤマクワガタのシノニムとされる{{Sfn|佐藤仁|2020|p=15}}。
;チュウゴクミヤマクワガタ(シナミヤマクワガタ) ''L. m. boileaui''
:原名亜種 ''L. d. dybowskyi'' は中国(吉林省・[[遼寧省]]・[[北京市]]・[[天津市]]・[[甘粛省]]・[[陝西省]]・[[重慶市]]・[[湖北省]]・[[安徽省]]・[[河南省]]・[[四川省]])、[[ロシア]]南東部([[アムール州|アムール]])、[[朝鮮半島]]に分布する{{Sfn|佐藤仁|2020|p=15}}。体長はオスで43.0 - 68.9&nbsp;mm、メスで23.0 - 43.8&nbsp;mmである{{Sfn|佐藤仁|2020|p=15}}。日本のミヤマクワガタ原名亜種と比べると小型で、オスの耳状突起の後方はより丸みを帯びるなどの特徴がある{{Sfn|藤田宏|2010|p=95}}。また頭部中央には目立った突起はなく、オスの大顎先端はより前方を向く{{Sfn|佐藤仁|2020|p=15}}。メスはミヤマクワガタ原名亜種と十分に区別できないとする文献{{Sfn|岡島秀治|山口進|黒澤良彦|1988|p=72}}、黒味が強い体色であるとする文献がある{{Sfn|藤田宏|2010|p=95}}。
:[[中華人民共和国|中国]][[湖南省]]・[[四川省]]・[[陝西省]]・[[雲南省]]・[[チベット]]に生息する。独立種で記載された。チョウセンミヤマクワガタに似ているが大顎の先端部分の形状が異なることなどで区別できる。
;タカサゴミヤマクワガタ ''L. m. taiwanus''
:;タカサゴミヤマクワガタ ''L. d. taiwanus'' Miwa, 1936{{Sfn|佐藤仁|2020|p=15}}
::[[台湾]]に分布する{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=27}}。本種もかつてはミヤマクワガタの亜種とされていたが、 Huang & Chen (2010) ではチョウセンミヤマクワガタの亜種として再分類された{{Sfn|佐藤仁|2020|p=15}}。
:[[台湾]]に生息する。以前は独立種とされていた。顎の形状がエゾ型に似ているが、先端以外の内歯の発達が日本産のそれよりも遙かに悪くなる。体長85mm
::成虫の体長はオスで40.0 - 87.0&nbsp;mm、メスで27.0 - 50.0&nbsp;mmである{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=27}}{{Sfn|佐藤仁|2020|p=15}}。飼育個体では最大体長86.9&nbsp;mmの個体の記録がある{{Efn2|2010年時点では体長79.6&nbsp;mmの個体(2002年)が最大記録とされていたが{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}、2018年に85.3&nbsp;mmの個体が発表されている<ref name="タカサゴレコード"/>。}}<ref name="タカサゴレコード">{{Cite journal|和書|journal=BE・KUWA|title=発表!第23回クワガタ飼育レコード|page=16|editor=土屋利行|date=2023-11-17|issue=89|url=|publisher=むし社}} - No.89(2023年秋号)。『月刊むし』2023年12月増刊号。</ref><ref>{{Cite journal|和書|journal=BE・KUWA|title=外国産クワガタムシの飼育レコード個体(2023年度版)|page=116<!-- 114-116頁 -->|editor=土屋利行|date=2023-11-17|issue=89|url=|publisher=むし社}} - No.89(2023年秋号)。『月刊むし』2023年12月増刊号。</ref>。
;''L. m. jilinensis''
::原名亜種に比べてオスの頭部の耳状突起がより後方まで張り出す一方、前頭部の中央には衝立上の突起は見られず、わずかに盛り上がる程度となる{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}。大顎は細長くてより真っすぐ伸び、先端付近で湾曲し、先端で大きく二又に分かれるが、最先端部はややヘラ状に膨らむ{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}。大顎の基部にある内歯は小さく、その内歯から大顎の先端部にかけて小さな内歯(先端は角ばるか丸みを帯びている)が不規則に並ぶ{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}。
:[[中華人民共和国|中国]][[吉林省]]に生息する。他の亜種よりも流通量が極端に少ない。
::主に標高1,000&nbsp;m以上の高地に分布する{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}。成虫は4月から7月にかけて出現し、灯火によく飛来する{{Sfn|藤田宏|2010|p=94}}。
:; ''L. d. lhasaensis'' Schenk, 2006
::中国の四川省[[雅安市]]で記録されたチョウセンミヤマクワガタの亜種で、形態は原名亜種よりタカサゴミヤマクワガタに似ている{{Sfn|佐藤仁|2020|p=15}}。四川省のほか、[[湖北省]]や[[チベット自治区]]に分布するとする文献もある{{Sfn|藤田宏|2010|p=95}}。藤田宏 (2010) では独立種とされ{{Sfn|佐藤仁|2020|p=15}}、'''ラサミヤマクワガタ'''の和名を与えられている{{Sfn|藤田宏|2010|p=95}}。
::成虫の体長はオスで57.9 - 68.3&nbsp;mm、メスで32.0&nbsp;mmである{{Sfn|佐藤仁|2020|p=15}}。大顎は先端がやや短く、また最大内歯はミヤマクワガタやチョウセンミヤマクワガタ原名亜種などと比べてより基部寄りに生えており、やや上向きである{{Sfn|佐藤仁|2020|p=15}}。大顎基部の内歯が小さい点から、タカサゴミヤマクワガタと近縁な関係ではないかと指摘する文献もある{{Sfn|藤田宏|2010|p=95}}。オスの耳状突起は周縁部が上に反る{{Sfn|藤田宏|2010|p=95}}。
;ボワローミヤマクワガタ ''L. boileaui'' [[:wikidata:Q21393914|Planet]]<!--Louis-Marie Planet-->, 1897{{Sfn|佐藤仁|2020|p=16}}
:学名は[[フランス]]の昆虫学者 [[:w:Henri Boileau|M. H. Boileau]] への[[献名]]である{{Sfn|佐藤仁|2020|p=16}}。'''ボアローミヤマクワガタ'''とも表記されるが{{Sfn|藤田宏|2010|p=95}}、[[フランス語]]の発音は「ボ'''ワ'''ロー」が近い{{Sfn|佐藤仁|2020|p=16}}。
:藤田宏 (2010) などでは中国(湖北省・陝西省・四川省・[[雲南省]]・チベット自治区)に分布するとされていたが{{Sfn|藤田宏|2010|p=95}}{{Sfn|BE・KUWA|2013|p=27}}、佐藤仁 (2020) では分布域は四川省西部のみとされている{{Sfn|佐藤仁|2020|p=16}}。タイプ産地は四川省に近いチベットである{{Sfn|藤田宏|2010|p=95}}。また[[ベトナム]]南部から記録された種 ''L. bidentis'' Schenk, 2013 はボワローミヤマクワガタと同一種であると思われる{{Sfn|佐藤仁|2020|p=16}}。
:原記載では独立種として記録されたが、後にミヤマクワガタの亜種{{Sfn|藤田宏|2010|p=95}} ''L. m. boileaui'' Planet, 1897 として扱われるようになった<ref>水沼哲郎・[[永井信二]]『世界のクワガタムシ大図鑑』1999年6月1日3刷発行(1994年5月30日初版発行)、むし社</ref>。しかしオスの体が太短くて丸みを帯び、耳状突起も丸みを帯びて大きく突き出すことや、大顎がより強く湾曲し、脛節が黄褐色になるなど、ミヤマクワガタと明瞭に区別できる点が認められることから、藤田宏 (2010) では独立種として扱われている{{Sfn|藤田宏|2010|p=95}}。また原記載では ''L. boileavi'' となっていたが、これは「U」と「V」が区別されていなかった[[近世]]までの慣習に従ったもので、後に Boileau のスペルに従った学名に修正された{{Sfn|佐藤仁|2020|p=15}}。
:体長はオスで43.0 - 66.4&nbsp;mm、メスで33.0 - 37.4&nbsp;mm{{Sfn|佐藤仁|2020|p=15}}。藤田が調べた四川省産の標本は大顎の湾曲が強めで内歯も多く、基部の内歯は先端が二又状になってやや上に反っているが、湖北省産の標本はそれに比べて内歯が少なく、基部の内歯は先端が細まっていて上にそらないなどの特徴が見られることから、別亜種になる可能性が指摘されている{{Sfn|藤田宏|2010|p=95}}。

== 人間との関わり ==
ミヤマクワガタと同属であり、[[ヨーロッパ]]に分布する[[ヨーロッパミヤマクワガタ]] ''L. cervus'' の大顎は[[古代ローマ]]時代から[[お守り|護符]]や痛み・ひきつけの薬として用いられていたが、日本でも[[江戸時代]]以前から、[[青森県]]や[[岩手県]]でミヤマクワガタのオス成虫の大顎を「[[ヘビ|蛇]]の角」「蛇の冑」と呼び、好運をもたらす物として秘蔵する習慣があった{{Sfn|林長閑|1987|pp=86-87}}。ミヤマクワガタは日本全国に分布していたクワガタムシであったことから、人々との馴染も深く、1987年時点ではオオクワガタと並んで[[切手]](「昆虫シリーズ切手第4集」)の図柄にも採用されていた{{Sfn|林長閑|1987|pp=86-87}}。

またクワガタムシの体形は鎧を身に纏った戦士を思わせるものであることから、[[カブトムシ]]とともに特に子供から人気を博していた{{Sfn|林長閑|1987|p=83}}。特にミヤマクワガタのオスは立派な大顎と頭部の耳状突起が人々の心を捉えることや、「ミヤマ」という和名が「山奥に棲む珍しいクワガタムシ」という印象を与えることから、子供たちから人気を集めている{{Sfn|林長閑|1987|p=83}}。1966年時点では、[[京都]]の夏の夜店で売られているクワガタムシの中ではミヤマクワガタが最も多い種であるとされている<ref name="標準原色図鑑全集">{{Cite book|和書 |title=昆虫 |publisher=[[保育社]] |date=1966-05-01 |page=53 |author=中根猛彦 |edition=初版発行 |series=標準原色図鑑全集 |isbn= |ncid=BN01956492 |volume=2 |author2=[[青木淳一]] |author3=[[石川良輔]] |doi=10.11501/1373156 |id={{NDLJP|1373156/48}}}}</ref>。林 (1987) は、夏になると山地で採集されたミヤマクワガタが[[百貨店|デパート]]や[[ペット|ペットショップ]]で販売されていると述べている{{Sfn|林長閑|1987|p=83}}。[[むし社]]の土屋利行 (2014) によれば、日本産クワガタムシで最も人気の高い種は[[オオクワガタ]]であるが{{Sfn|土屋利行|2014|p=2}}、ミヤマクワガタはそのオオクワガタと並んで人気の高い日本産クワガタムシである{{Sfn|土屋利行|2014|p=16}}。ミヤマクワガタ1種類のみを集めているコレクターもいるという<ref>{{Cite book|和書 |title=はじめてのカブト・クワガタ昆虫採集 |publisher=[[ネコ・パブリッシング]] |date=2006-06-27 |page=50 |editor=ホリデー・クリエイツ 企画編集 |series=Neko mook |isbn=978-4777004409 |ncid= |chapter=190個体 ギネス級多数登場! [[岡村茂|ドラゴン先生]]コレクション 原寸 世界のカブト・クワガタ大図鑑 > その他の日本のクワガタ |issue=940 |id={{国立国会図書館書誌ID|000008232491}}・{{全国書誌番号|21051258}}}}</ref>。

今井初太郎はミヤマクワガタについて、いかにもクワガタムシらしい風貌から、古来からノコギリクワガタとともに代表的なクワガタムシとして親しまれてきた種であると評している<ref name="今井初太郎">{{Cite book|和書 |title=里山・雑木林の昆虫図鑑 春夏秋冬 |publisher=[[メイツユニバーサルコンテンツ|メイツ出版]] |date=2018-04-20 |page=91 |ref= |author=今井初太郎 |edition=第1版・第1刷発行 |series= |isbn=978-4780420166 |ncid=BB26099580 |chapter=コウチュウ > ミヤマクワガタ クワガタムシ科 |id={{国立国会図書館書誌ID|028908437}}・{{全国書誌番号|23050050}}}}</ref>。前田信二はミヤマクワガタについて、ノコギリクワガタとともに日本産クワガタムシの中では子供たちの人気を二分する種であり、また山間部に多いことから、都会の子供には平地で見られるノコギリクワガタ以上に憧れの存在であると述べている<ref>{{Cite book|和書 |title=東京いきもの図鑑 |publisher=メイツ出版 |date=2011-04-30 |page=99 |author=前田信二 |edition=第1版・第1刷発行 |isbn=978-4780409826 |ncid=BB06069259 |id={{国立国会図書館書誌ID|000011295757}}・{{全国書誌番号|22000545}}}}</ref>。また永幡嘉之はミヤマクワガタについて、鰓のように張り出した突起(=耳状突起)や金色の毛が子供たちから人気を集める要因であると評している{{Sfn|大林延夫|新開孝|永幡嘉之|2010|p=128}}。

『[[読売新聞]]』は1976年夏に東京都内の百貨店で販売されていた昆虫について調べたところ、子供たちに一番人気があった昆虫はミヤマクワガタであり、ミヤマクワガタは近郊農家などで養殖されていたカブトムシと比べて希少だったことから1頭あたり1,200 - 1,500円と子供たちにとっては高値で販売されていたと報じている<ref>『読売新聞』1976年7月29日東京夕刊第4版第二社会面8頁「'76昆虫記 人気一番、ミヤマクワガタ 数が少なく1500円-900円」(読売新聞東京本社)</ref>。また同紙千葉版は1991年時点で子供に一番人気のあるクワガタムシとしてミヤマクワガタを挙げ、特に60 - 70&nbsp;mmに達する大型のオスが子供に人気であると報じている<ref name="読売新聞19910806">『読売新聞』1991年8月6日東京朝刊千葉讀賣2面27頁「おもしろ不思議昆虫ワールド(4) ミヤマクワガタ 大きな雄が子供に人気」(読売新聞東京本社・千葉支局 [[千葉県立中央博物館|県立中央博物館]]学芸研究員 直海俊一郎)</ref>。クワガタブームの中にあった1994年時点では、ミヤマクワガタは2、3000円程度で取引されていたことが『[[朝日新聞]]』で報じられている<ref>『朝日新聞』1994年8月8日東京朝刊第一総合面1頁「虫売り今昔([[天声人語]])」(朝日新聞東京本社)</ref>。2014年時点では<!--雌雄ペアかオスのみかは不明-->1,000 - 2,500円程度で生体が販売されている{{Sfn|土屋利行|2014|p=17}}。

[[大正]]時代には[[大阪]]の業者が「[[漢方薬]]の材料に」と[[奈良県]]までミヤマクワガタを集めに来て、地元住民から竹の皮に包んだ飴と交換する形で受け取っていたという<ref>『読売新聞』2003年8月3日大阪朝刊セ奈良27頁「[探してみよう奈良の虫](9) ミヤマクワガタ(クワガタムシ科) けんか弱い?(連載)=奈良」(読売新聞大阪本社)</ref>。

[[シイタケ]]の[[原木栽培]]の場では、クワガタムシの幼虫(特にコクワガタ)は完熟ほだ木の内部を食害してほだ木を弱らせる[[農業害虫]]として扱われる場合がある{{Efn2|クワガタムシの幼虫に食害されたほだ木は材の中央部に大きな穴が空き、わずかな衝撃で容易に破壊されるようになる{{Sfn|藤下章男|岡田剛|枯木熊人|1967|p=16}}。}}{{Sfn|藤下章男|岡田剛|枯木熊人|1967|p=16}}。[[広島県]]立[[林業試験場]]の報告によれば、ほだ木に加害することが確認できたクワガタムシ科の昆虫として、ミヤマクワガタ・ノコギリクワガタ・コクワガタの3種が挙げられている{{Sfn|藤下章男|岡田剛|1966|p=177}}{{Sfn|藤下章男|岡田剛|枯木熊人|1967|p=10}}。

=== 地方名 ===
ミヤマクワガタの地方名には、オスの角張った頭を箱や兵隊の[[リュックサック|背嚢]]に見立てた'''ハコショイ'''、'''ハコオイ'''、'''ヘイタイ'''という呼称があるほか、その体型が勇猛な武者を思わせることから'''[[清和源氏|ゲンジ]]'''、'''[[上杉謙信|ケンシン]]'''、'''[[武田信玄|タケダ]]'''、'''[[加藤清正|カトウ]]'''という呼称がある{{Sfn|林長閑|1987|p=8}}。後閑暢夫によれば[[群馬県]]の[[松井田町横川|横川]]ではミヤマクワガタを'''タケダ'''、ノコギリクワガタを「[[上杉謙信|ウエスギ]]」と呼称していた<ref>{{Cite journal|和書|journal=インセクタリゥム|author=後閑暢夫|date=1986-05-01|title=昆虫と私:虫達と私|volume=23|issue=5|page=3|publisher=東京動物園協会|editor=インセクタリゥム編集委員会|id={{NDLJP|2367436/3}}}} - 通巻:第269号。</ref>。また[[滋賀県]][[大津市]]に'''おやじ'''、[[栃木県]][[鹿沼市]]に'''かぐら'''、[[大阪府]][[大阪市]]に'''じゅうばこ'''という地方名がある{{Efn2|鹿沼市ではクワガタムシそのものを'''おにむし'''(メスは'''おにばば''')、大阪市では'''げんじ'''(メスは'''ぶた''')と呼ぶ<ref name="毎日新聞20070413"/>。}}<ref name="毎日新聞20070413">『毎日新聞』2007年4月13日東京朝刊家庭面15頁「呼び名でわかる:動物・昆虫編 カメムシ/セミ/クワガタのメス」「クワガタの呼び名いろいろ」(毎日新聞東京本社【銅山智子】)</ref>。ただし1979年時点で長野県では、ハイノショイ(背嚢背負い)やハコショイ(箱背負い)という呼称はあまり聞かれなくなっていたという<ref name="長野県昆虫図鑑">小山長雄(監修)、信州昆虫学会(解説) > 降籏剛寛〔甲虫類〕『長野県昆虫図鑑〈下〉』[[信濃毎日新聞#信濃毎日新聞株式会社|信濃毎日新聞社]]、1979年7月25日、111頁「ミヤマクワガタ(クワガタムシ科)」</ref>。

近畿地方では、クワガタムシをゲンジと呼ぶことが多いとされる<ref name="毎日新聞20110614"/>。京都市の[[下鴨]]ではクワガタムシの総称として「ゲンジ」が用いられていたほか、ヒラタクワガタは「ベタ」、コクワガタは「トウジ」、オオクワガタは「サクラ」、ノコギリクワガタは「カジワラ」「ウシ」、ミヤマクワガタは「ヘイタイ」、メスは「ヘイケ」とそれぞれ呼称していた<ref>『教育展望』第38巻第1号(通巻:第408号)、1992年1月号、1992年1月1日、32-35頁、伊谷純一郎「随想 動植物の実名と虚名」(教育調査研究所)</ref>。今村泰二は、自身が生まれ育った[[兵庫県]][[播磨国|播磨]]地方ではクワガタムシ類の総称として「ゲンジムシ」、特にヒラタクワガタの呼称として「ヤマ」もしくは「ゲンジ」を用いていた一方で、ノコギリクワガタ・ミヤマクワガタはともに'''[[平氏|ヘイケ]]'''と呼称されていたと述べている{{Sfn|今村泰二|1961|pp=2-3}}。[[和歌山県]]の[[伊都郡|伊都]]地方<ref>『朝日新聞』2000年2月6日大阪朝刊28頁「森林復活へ協力者募る ゲンジの森実行委 和歌山 /大阪」(朝日新聞大阪本社)</ref>ないし[[高野山|高野]]地域ではミヤマクワガタのオスをゲンジと呼ぶ<ref name="読売新聞20090423"/>。一方で奈良県[[葛城]]地域ではゲンジはノコギリクワガタのことを指し、やや茶色味がかったミヤマクワガタはヘイケと呼ぶことが多い<ref name="毎日新聞20110614">『毎日新聞』2011年6月14日大阪朝刊奈良地方版21頁「なるほドリ:クワガタにもゲンジ、ヘイケがあるの? 葛城地域では呼び分け “源平合戦”がルーツに /奈良」(毎日新聞大阪本社・奈良支局 回答・山本和良)</ref>。ゲンジはミヤマクワガタのオスを指し、メスや他種のクワガタムシはヘイケと呼ぶ地方もある{{Sfn|林長閑|1987|p=8}}。また山田卓三によれば、長野県の[[諏訪地域|諏訪地方]]ではカブトムシだけでなく、クワガタムシを含めて「カブトムシ」という総称で呼称していたが、ミヤマクワガタは大顎の形が鋸の刃のようになっていることから「ノコギリッパ」、ノコギリクワガタは牛の角のような形の大顎から「ウシヅノ」と呼称していたという<ref>『採集と飼育』第39巻第9号、1977年9月号、1977年9月1日、450頁、山田卓三「古くから伝わる動物のとりかたと飼いかた」(日本科学協会)</ref>。

[[アイヌ語]]ではクワガタムシのオスを'''チクパキキリ'''(「チクパ」=[[陰茎]]を咬む、「キキリ」=虫 の意)、ミヤマクワガタのオスを'''オンネチクパキキリ'''(「オンネ」=年を取った、の意)と呼称する{{Sfn|林長閑|1987|p=8}}。またクワガタムシを「頭に木をかじる大顎を持った虫」の意味で'''エクパキキリ'''と呼称する地域もある{{Sfn|林長閑|1987|p=8}}。

=== ミヤマクワガタを取り巻く環境の変化 ===
1987年時点では、ミヤマクワガタの生息地となっていた丘陵地帯の雑木林が開発で破壊されたり、山の広葉樹林がクワガタムシの生息できない[[スギ]]や[[ヒノキ]]の[[人工林]]に変えられたりしたことで、生息域が狭まっていることが指摘されていた{{Sfn|林長閑|1987|p=87}}。[[神奈川県]]の[[三浦半島]]では1970年代以降{{Sfn|大場信義|土屋裕志|坂本繁夫|石渡裕之|榎戸良裕|鈴木裕|1981|p=36}}、宅地開発によって{{Sfn|大場信義|土屋裕志|坂本繁夫|石渡裕之|榎戸良裕|鈴木裕|1981|p=51}}雑木林(コナラ・クヌギ林)が減少し、それに伴ってミヤマクワガタも減少していると評されている{{Sfn|大場信義|土屋裕志|坂本繁夫|石渡裕之|榎戸良裕|鈴木裕|1981|p=36}}。

高温と乾燥に弱い種であるため、[[関東平野|関東]]などの平野部では都市化の進展に伴って見られなくなっており<ref name="毎日新聞20050914">『[[毎日新聞]]』2005年9月14日東京朝刊長野地方版26頁「信州・生き物探訪:/37 クワガタムシ(松本市など) /長野」([[毎日新聞東京本社]]【武田博仁】)</ref>、東京やその近郊では[[ヒートアイランド現象]]によって数を減らしているとされている{{Sfn|小島啓史|2018|p=51}}。小島によれば自身が小学生だったころ{{Efn2|小島は1958年(昭和33年)2月21日生まれ{{Sfn|小島啓史|1996|p=271}}。}}は[[品川区]]と[[目黒区]]にまたがる国立林業試験場(現:[[林試の森公園]])でもミヤマクワガタを採集することができ、また1996年時点では目黒区内の実家にあった空調のないガレージでもミヤマクワガタを繁殖することができた(=気温が25℃以下になっていた)が、2017年時点では9月下旬でも気温が30℃を超えることが多くなり、空調がなければミヤマクワガタを飼育することはできなくなっていると述べている{{Sfn|小島啓史|2018|p=51}}。また小島は、自身の少年時代にノコギリクワガタやミヤマクワガタが豊富に見られた神奈川県[[横浜市]][[青葉区 (横浜市)|青葉区]]の[[こどもの国 (横浜市)|こどもの国]]では1980年代ごろに周辺の開発が進み、乾燥に弱いミヤマクワガタが減少した後、1990年代にはカラスによる被害が社会問題化すると同時に、カラスに捕食されて頭だけになったノコギリクワガタを多数見るようになったという事例や<ref>『毎日新聞』2003年8月25日東京朝刊科学面29頁「[生き物たちのシグナル]第1部 都会に住んで/17 カブトムシ・クワガタムシ 温暖化で「南方系」進出――クワガタムシ 幼虫が作る腐葉土活用も――カブトムシ」(毎日新聞東京本社【金田健】)</ref>、かつてミヤマクワガタが生息していた[[埼玉県]][[所沢市]]のハンノキ林の近くに[[本田技研工業|ホンダ]]の工場が建設された際、山の[[湧水]]が枯れた結果、その林ではミヤマクワガタが次第に小型化していって最終的には姿を消し{{Sfn|小島啓史|2019|p=81}}、その結果として枯れ木の分解がなされなくなったことで林が乾燥して荒廃したという事例を紹介している{{Sfn|小島啓史2|2016|p=93}}。

[[長野県]]では2005年時点で、ミヤマクワガタはコクワガタやノコギリクワガタとともに普通種であり、「[[信濃国|信州]]を代表するクワガタ」と評されているが、同県でも2000年代時点では以前に比べて減少傾向にあることが報じられており<ref name="毎日新聞20050914"/>、都市化の進展や<ref>『毎日新聞』2008年9月29日東京朝刊長野地方版23頁「信州・野生の横顔(プロフィル):ミヤマクワガタ 大あご武器に争う/ 長野」(毎日新聞東京本社【武田博仁】)</ref>、里山が手入れされなくなって荒廃したこと<ref>『毎日新聞』2006年7月7日東京朝刊長野地方版25頁「ミヤマクワガタ:安曇野の雑木林に姿現す /長野」(毎日新聞東京本社【武田博仁】)</ref>、およびそれらが原因で幼虫の食物であるクヌギなどの太い朽木が減少したことが、ミヤマクワガタの減少に拍車をかけている要因とされている<ref name="毎日新聞20050914"/>。2014年時点では温暖化の影響により、ミヤマクワガタが西日本の平野部などで減少している一方、それまでミヤマクワガタの生息地だった場所にノコギリクワガタが進出している可能性が指摘されている<ref name="毎日新聞20140804">『毎日新聞』2014年8月4日大阪夕刊社会面10頁「クワガタ:異変、「ミヤマ」急減 「下手投げ」で「ノコギリ」に敗れ 温暖化で競合」([[毎日新聞大阪本社]]【斎藤広子】)</ref>。本郷はミヤマクワガタとノコギリクワガタのそれぞれの大顎のリーチの長さと得意な戦法に着目した上で、自身が行った実験結果から、ミヤマクワガタ対ノコギリクワガタの場合は仮にミヤマクワガタの方が体格で勝っていてもノコギリクワガタが勝利するケースが多いと指摘し([[#対ノコギリクワガタ|前述]])、かつてミヤマクワガタの生息域だった場所にノコギリクワガタが侵入するようになったことで、ミヤマクワガタは雌雄の出会いの場となる樹液を巡る争奪戦でノコギリクワガタに敗れて交尾の機会を失い、個体数が減少していったという仮説を述べている{{Sfn|本郷儀人|2012|p=84}}。

また希少価値の高い昆虫とみなされており<ref>『毎日新聞』2022年6月16日東京朝刊福島地方版19頁「全国クワガタサミット:今、昆虫が熱い! 「聖地」でクワガタサミット 環境問題、共生語る 田村で18、19日 /福島」(【根本太一】)</ref>、それが原因で乱獲されていることが減少の一因であるという声もある<ref>『毎日新聞』2014年8月13日大阪朝刊岡山地方版20頁「きび談語:日本の代表的クワガタムシ「ミヤマクワガタ」が… /岡山」(毎日新聞大阪本社【原田悠自】)</ref>。

和歌山県高野地域では1992年から[[高野町]]の地元住民たちが、ミヤマクワガタ(ゲンジ)などの昆虫が豊富に生息できる森の再生を目指し、「ゲンジの森づくり」と題して[[金剛峯寺]]の北約1&nbsp;kmにある転軸山森林公園脇の国有林にクヌギ・コナラ・クリ・ブナなどの広葉樹を植樹するなどの試みを行っている<ref>『[[読売新聞]]』2001年1月15日大阪朝刊セ和歌面28頁「[木の国・海の国わかやま](10)高野の森 昆虫の楽園へ(連載)=和歌山」([[読売新聞大阪本社]])</ref>。2009年4月時点で整備した「ゲンジの森」の面積は約8.2ヘクタールにおよび、この取り組みを主催している「ゲンジの森実行委員会」は子供たちの環境教育や気象動植物の保護などに力を入れていることを評価され、同年の「みどりの日 自然環境功労者[[環境大臣]]表彰」を受賞している<ref name="読売新聞20090423">『読売新聞』2009年4月23日大阪朝刊和セ2面30頁「「ゲンジの森」 環境相表彰 高野山で希少動植物保護=和歌山」(読売新聞大阪本社)</ref>。

=== 人工繁殖 ===
2022年時点ではオオクワガタやヒラタクワガタ、ノコギリクワガタなどといった他の日本産の一般的なクワガタムシと同じく、[[繁殖|累代飼育]]の方法が確立されている種である{{Sfn|荒谷邦雄2|2022|pp=136-137}}。飼育下では幼虫期間が2年近くあることに加え、大型個体を羽化させるためには低温管理が必要になること、また羽化後も半年から1年にわたる休眠管理が必要になるため、人工繁殖には手間がかかる{{Sfn|坂爪真吾|2023|p=159}}。土屋利行はオオクワガタ、コクワガタ、ヒラタクワガタ、ノコギリクワガタの4種について、いずれも飼育を「簡単」と評している一方{{Sfn|土屋利行|2014|p=2}}{{Sfn|土屋利行|2014|p=6}}{{Sfn|土屋利行|2014|p=8}}{{Sfn|土屋利行|2014|p=12}}、ミヤマクワガタの飼育は「やや難しい」と評している{{Sfn|土屋利行|2014|p=16}}。一方で、温度を25℃以下に保つことさえできれば産卵させることは難しくはないとも評している{{Sfn|土屋利行2|2007|p=57}}。

=== ミヤマクワガタが登場する作品 ===
* 『[[甲虫王者ムシキング]]』シリーズ
* 『[[くわがたツマミ]]』 - ミヤマクワガタをモデルにしたキャラクターが登場するインターネットアニメ。
* [[ビーロボカブタック]] クワジーロはバイオチップを持つ設定
* [[名探偵コナン (アニメ)|テレビアニメ版『名探偵コナン』]] - [[名探偵コナンのアニメエピソード一覧#シーズン17(2012年)|2012年7月7日に放送された第663話「ミヤマクワガタを追え」]]では、ミヤマクワガタが劇中で発生する事件のキーとなっている<ref>{{Cite web |url=https://www.ytv.co.jp/conan/archive/k20120707.html |title=ミヤマクワガタを追え<nowiki>|</nowiki>事件ファイル |access-date=2024-04-16 |publisher=[[讀賣テレビ放送|読売テレビ]] |date=2012-07-07 |website=[[名探偵コナン (アニメ)|名探偵コナン]] |language=ja |archive-url=https://web.archive.org/web/20240416142716/https://www.ytv.co.jp/conan/archive/k20120707.html |archive-date=2024-04-16}}</ref>。

=== その他 ===
元プロレスラーの「ミヤマ☆仮面」こと[[垣原賢人]]は、8歳のころに故郷の[[愛媛県]][[新居浜市]]では見られなかったミヤマクワガタを、友人に誘われて行った[[八幡浜市]]で初めて見ることができた思い出をきっかけに、プロレス引退後の2006年から「ミヤマ☆仮面」として昆虫イベントを行うようになった{{Sfn|ミヤマ☆仮面|2013|p=40}}。


== 脚注 ==
== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
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=== 注釈 ===
{{Reflist}}
{{Notelist2|30em}}


== 関連項目 ==
=== 出典 ===
{{Reflist|30em}}
* [[ミクラミヤマクワガタ]]
* [[ヨーロッパミヤマクワガタ]]
* [[くわがたツマミ]] - ミヤマクワガタをモデルにしたキャラクタ及びネットアニメ。


== 参考文献 ==
'''[[むし社]]発行の文献'''
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'''その他文献'''
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* {{Cite book|和書 |title=日本百名虫 フォトジェニックな虫たち |publisher=[[文藝春秋]] |date=2023-07-20 |pages=156-159 |ref={{SfnRef|坂爪真吾|2023}} |author=[[坂爪真吾]] |edition=第1刷発行 |series=[[文春新書]] |isbn=978-4166614158 |ncid=BD03073673 |chapter=37 ミヤマクワガタ 深山の雄鹿 |issue=1415 |id={{国立国会図書館書誌ID|032910932}}・{{全国書誌番号|23871229}}}}

== 関連項目 ==
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* [[ヨーロッパミヤマクワガタ]]

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ミヤマクワガタ
ミヤマクワガタ(オス成虫)の標本
体長70 mmの「エゾ型」の個体
分類
: 動物界 Animalia
: 節足動物門 Arthropoda
: 昆虫綱 Insecta
: 甲虫目 Coleoptera
亜目 : カブトムシ亜目 Polyphaga
上科 : コガネムシ上科 Scarabaeoidea
: クワガタムシ科 Lucanidae[1][2]
亜科 : クワガタムシ亜科 Lucaninae[3][1][2]
: ミヤマクワガタ族 Lucanini[注 1][2][4]
亜族 : ミヤマクワガタ亜族 Lucanina[1][4]
: ミヤマクワガタ属 Lucanus[3][2][4]
亜属 : ミヤマクワガタ亜属 Lucanus[5][2]
: ミヤマクワガタ L. maculifemoratus
学名
Lucanus maculifemoratus
Motschulsky, 1861
シノニム

Lucanus balachowskyi Lacroix, 1968 [6]

和名
ミヤマクワガタ
英名
Miyama Stag Beetle[7]

ミヤマクワガタ Lucanus maculifemoratus Motschulsky, 1861 [6][8](漢字表記: 「深山鍬形[9]」もしくは「深山鍬形虫[10][11]」)は、コウチュウ目クワガタムシ科ミヤマクワガタ属に属する昆虫の一[6]日本および東アジア中国朝鮮半島ロシアなど)に分布する種として複数の亜種に分類されていたが、亜種とされていた海外産の個体群はミヤマクワガタとは別種であり、ミヤマクワガタは日本固有種であるとする学説もある(後述[12]和名のミヤマは深山幽谷を意味し、その名の通り山地に多いクワガタムシである[13]学名の種小名 maculifemoratus は「斑紋のある脚をもった」という意味である[6][8]

日本産のクワガタムシとしては大型の種で[14][15]オス成虫は最大で体長[注 2]80 mm以上に達する個体が記録されている(後述[16][17]。特に北海道に分布するクワガタムシとしては最大種である[18]。日本では北海道から九州まで分布する普通種であり[8]コクワガタノコギリクワガタとともに一般的なクワガタムシとして知られ、人気も高い[19]採集や販売、ペットとしての飼育の対象にもされている(後述[20]日本本土(北海道・本州四国・九州)には原名亜種 Lucanus maculifemoratus maculifemoratus Motschulsky, 1861 が、伊豆諸島には亜種 L. m. adachii Tsukawaki, 1995 が分布するが[6][8]、本項目では原名亜種を中心に解説する。

ミヤマクワガタのオスの性染色体数は n=13 であり、第1分裂でXY対を識別できる[21]性決定様式はXY型(雄ヘテロ型)であると推定される[22]

分布

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原名亜種である L. m. maculifemoratus Motschulsky, 1861 の場合、日本国内では北海道本州四国九州および、択捉島利尻島礼文島焼尻島奥尻島飛島佐渡島隠岐諸島瀬戸内海島嶼部、五島列島[注 3]甑島列島熊毛諸島黒島分布する[19]。また国後島を分布域に含める場合[6][23][25]、および択捉島を除外する場合もある[25]。タイプ産地は Japan (日本)である[23]

伊豆諸島に分布する亜種 ssp. adachii や、かつて亜種関係にあるとされていた海外産の近縁種については後述の「亜種」節を参照されたい[23][26]。矢島稔は、ミヤマクワガタの原型と思われる種が中国大陸西部に分布している点や、ミヤマクワガタは日本では関西に多い一方で東日本にはさほど多くない点から、ミヤマクワガタは旧北区のうち中国西部から中央部を経由して日本へ侵入してきた種であろうと述べている[27]

形態

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成虫の体の背面には光沢があるが、大顎と頭部前方には光沢はない[28]触角の先端から4節目までは長く鰓状に伸びているが、綿毛がなく光沢を有する[29]。また眼縁突起は複眼の半分に達さない[29]。雌雄とも腹面には灰褐色の毛が生えている[28]

雌雄とも各脚の腿節に黄褐色の部分があることで他種のクワガタムシと区別できる[30]。また中脚の脛節には3 - 5本、後脚の脛節には2 - 4本の棘がある[1][31]。日本産クワガタムシのほとんどの種の場合、中脚・後脚の脛節に生えている棘は0 - 1本の場合が多く、この点でもミヤマクワガタを他種と区別できる[30]。また前脛節は幅広で内側に湾曲する[32]。日本産のミヤマクワガタ属であるミヤマクワガタや、ミクラミヤマクワガタ L. gamunus Sawada & Watanabe, 1960 およびアマミミヤマクワガタ L. ferriei Planet, 1898 の3種に共通する特徴として、前脛節の先端に生えている2本の外歯(脛節の外側に生えている棘)が発達していることが挙げられる[33]

体長

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成虫の体長[注 2]は、オスで22.9 - 78.6 mmメスで25.0 - 46.8 mmである(いずれも2013年時点)[8]。なお飼育下ではこれを上回る体長80 mm以上のオス個体が記録されている(後述)。一般的に採集される個体の平均体長は60 mm前後とされ、67 mm超の個体は大型とされる[35]

オスの大顎を除いた体長を27 - 51 mm、大顎の長さを7.5 - 22 mmとする文献もある[1]犬飼哲男は1917年から1919年にかけ、北海道帝国大学の構内でノコギリクワガタとミヤマクワガタそれぞれの雌雄を多数採取し、その個体変異に関する統計を集計した[36]。同論文によれば、調査対象となったミヤマクワガタのオス320頭の大顎を除いた体長は28 - 50 mmと連続的な変異があり[37]、44 mmの個体が最多(42個体)だった[38]。またノコギリクワガタのオス(調査個体数は1362頭)と同じく、その変異は2つの頂点を有する双頂曲線に分化する傾向があるとした上で、その原因はオスの内在性によるものであり、異種族の混在や外界の影響などではないと述べている[37][39]。メスに関しても809頭を調査した結果、変異の幅は25 - 39 mmとオスより著しく限定されており[37]、33 mmの個体が最多(175頭)だった[40]。犬飼はこの調査結果より、種属の原型はメス形であり、オス形はメス形から変化発達したものであると述べている[37][39]。なおクワガタムシの大顎の相対変異(体の特定の部分に対する他の部分の割合の変異)は「前胸の長さ+上翅の長さ」と「大顎の長さ」で示されるが[注 4]、ノコギリクワガタの場合はいずれも優調変異を示す一方、ミヤマクワガタの場合は上翅の長さ25 mmまで優調変異を示すが、それ以上の場合は等調もしくは低調変異となる[42]

このような成虫のサイズは生息環境に著しく左右されるため、大型個体が観察できる地域はミヤマクワガタの生息に適した自然環境が豊富に残っている地域と考えられる[35]。また安達鉄美 (1958) は兵庫県の妙高山[注 5]麓で、1957年7月から8月に約20回にわたってミヤマクワガタの雌雄成虫を採集し、ミヤマクワガタのオス123頭の出現期ごとの個体の大きさについて調査したところ、翅の長さの平均は7月前半に採取した26個体で19.5 mm、8月前半に採取した44頭では23.9 mmであり、メスも8月前半の方が7月前半よりわずかに大きかったと報告している[44][45]サトウキビに穿孔するカブトムシの一種アゲノールハネナガツノカブト[注 6] Podischnus agenor の場合、小型のオスは大型のオスより早く出現し、早い時期に交尾することで体格のハンデを克服しているという報告があることから、活動前年に羽化してそのまま地中で越冬するミヤマクワガタについてもこの傾向が当てはまると仮定した場合、同年に羽化した個体たちの中でも、小型個体の方が大型個体より早く活動を開始しているという可能性が指摘されている[45]

最大記録

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野外における成虫の最大個体は、オスは大阪府妙見山北摂山系)で採集された体長78.6 mmの個体[49]、メスは栃木県で採集された体長46.8 mmの個体である[6]

むし社の調査によれば、飼育下ではオス成虫は最大体長80.8 mm[注 7][16][17]、最小体長29.9 mmの個体がそれぞれ記録されている[52]。また、メス成虫は最大体長50.3 mmの個体が記録されている[53]

オス

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オスの体色は赤褐色から黒褐色で[32]、体の表面には金色の微毛が密に生えている[6]。この微毛は羽化直後は全身を覆っているが、活動するに従って徐々に脱落していく[11][32]。この微毛は乾燥時は金色だが濡れると黒っぽくなるもので、小島啓史は乾燥時は熱線を反射しやすくなって体温上昇を抑えている一方、濡れると黒っぽくなることで熱線吸収効率が上がると考察している[54]。また腹面にも毛が生えている[29]

ミヤマクワガタ属の特徴として、オス成虫の頭部後方には耳状の突起があり[55]、頭部後方から両側へ大きく張り出している[32]。この突起を耳状突起(じじょうとっき)もしくは頭冠と呼び[56]、「王冠」とも形容される[57]。ミヤマクワガタの耳状突起はよく発達する傾向にあり[58]、特に大型個体ほど目立つ傾向にある[32]。一方で小型個体では突起の張り出しが弱まり、L字型の隆条のみとなる個体もいる[1]。安達鉄美 (1958) によれば、上翅の長さが18 mm以下の小型のオスではこの突起はわずかに残るのみとなる[59]。土屋利行 (2014) によれば、体長約32 mmの小型個体では耳状突起は消失する[60]。この耳状突起の裏側には大顎を閉じる筋肉が収まっている[61]。この筋肉が発達していることにより、大顎で挟む力は強力なものになっている[61]。耳状突起の大きさは前蛹期の気温の高低に左右され、前蛹期に涼しい環境で過ごした個体はより前蛹期間が伸び、耳状突起も大型化する傾向にある[62]。また原名亜種と伊豆諸島に分布する亜種イズミヤマクワガタ L. m. adachii の2亜種のみ、大型のオスは前頭部中央に上方を向いた台形の衝立状の突起を有するという特徴がある[6]。この突起も大型個体ほど明瞭で、小型個体の場合は消失する場合もある[1]頭楯は細長く舌状で、先端は鋭く尖る[1]。また頭楯は横隆条を欠き[1]、前方斜め下へ伸びている[32]

黒島で採取された個体の場合、本土産の個体と比して耳状突起の発達が若干悪く、頭部が丸みを帯びるほか、脛節・腿節の黄色部分が広範囲により強く現れ、跗節も長いという特徴が確認されているが、その標本を調べた土屋利行は伊豆諸島亜種よりも遥かに本土産に近い外部形態であったと評している[63]

大顎

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オスの大顎は緩やかな弓状に湾曲しており、先端で二又に分岐する[6]。大顎の基部には大きな内歯があり、その内歯から先端部にかけて3 - 5本のやや大きい棒状の内歯が並ぶが、以下のように3つの型が見られる[6]。原名亜種の場合、腿節基部には大きな黄褐色紋がある[6]。この黄褐色紋は腿節の背側と腹側の両方にあり、中脚・後脚では脛節の先端部寄りにも同様の紋がある個体もいるが、後述の「エゾ型」では発達が弱く、時にまったくない場合もある[32]

山口進は、オスの大顎は闘争時に相手を挟むことよりも土を掘ったり物を掴んだりすることに適した形であり、土中の蛹室から脱出する際に役に立つ形状であると評し[64]、またその形状から幼虫が腐葉土などの中にいることが推定され、長らく謎だった生態が解明される鍵になったと述べている[65]。またミヤマクワガタやノコギリクワガタの湾曲した大顎は戦いには便利だが、狭い場所に隠れる際には邪魔になるため、これらの種は休息する際には樹幹や枝の表面にいることが多い一方、大顎が真っ直ぐに伸びるコクワガタなどは狭い場所に隠れることができると評されている[66]

大顎のタイプ
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オスの大顎は、大きく分けて基本型(もしくはヤマ型)、エゾ型フジ型(もしくはサト型)の3タイプが知られている[6]。このような変化は大型個体ほど顕著であるが、中型・小型個体にも認められる[32]。基本型とエゾ型の中間型はよく見られるが、基本型とフジ型の中間型はあまり見られない[8]。また、メスではこれらの型を区別することは困難である[29]

これらのミヤマクワガタの型については保育社の『原色日本昆虫図鑑』 (1969) で初めてその存在について言及がなされ、北隆館の『原色昆虫大図鑑 甲虫編』 (1981) では、2013年時点で用いられている「フジ型」「基本型」がそれぞれ「基本型」「山地型」と呼称されており、また北海道から東北に分布するとされていた「エゾ型」は別亜種[67] subsp.elegans [68]とみなされ、エゾミヤマクワガタという和名を与えられていた[67]。なお「エゾミヤマクワガタ」は1898年に北海道から L. elegans Planet, 1898 [注 8]として記録されていたが、1972年には中根猛彦によってミヤマクワガタのシノニムであることが確認されている[68]。Kurosawa (1976) は本州中央部に分布する型を maculifemoratus MOTSCHULSKY, s. str.、北海道と本州の山岳地帯に分布する型を hopei Parry, 1862 、本州・四国・九州の丘陵地帯に分布する型を elegants Planet, 1898 と述べているが、同論文では中根猛彦が1972年にモスクワ大学に保存されているミヤマクワガタのタイプ標本を調べた結果、同個体はform elegants の中型のオスに過ぎないことを発見したとして、それまで elegants とされていた個体群を maculifemoratus とした上で、それまで maculifemoratus とされていた形態には有効な名前がないとして、新たにf. nakanei の名を与えた[69]。また南九州の向田[注 9]からはL. balachowskyi Lacroix, 1968 が記録されているが、同種は f. maculifemoratus のシノニムとされている[70]

その後、双葉社の『最新図鑑クワガタムシのすべて』 (1983) [71]では「フジ型」「基本型」「エゾ型」に相当する型が、それぞれ「サト型」「ヤマ型」「エゾ型」と呼称されることになったが、保育社の『原色日本甲虫図鑑II』 (1985) では2013年と同じく「フジ型」「基本型」「エゾ型」という呼称が用いられるようになった[67]。現行の名称は黒澤良彦が『日本産甲虫目録 第1集 クワガタムシ科』 (1976) において提唱したもので、それまで「サト型」と呼ばれていた型を富士箱根伊豆国立公園付近に多い[注 10]ことを理由として、「フジ型」と呼称したものである[74]

これらの形態の変化は幼虫期(特に前蛹期)の温度に左右され、温度が低いとエゾ型に、高いとフジ型になるとされる(後述[8]。またこのような変化の要因の一つとして、種間競合との関係も指摘されている(後述)。

名称 エゾ型[6]
forma hopei Parry, 1862[5]
基本型[6]
forma maculifemoratus Motschulsky, s. str.[注 11][5]
フジ型[6]
forma nakanei Y. Kurosawa, 1976[5]
大顎先端の二又部の開き 基本型より大きい[8]
先端は鋭くかつ大きく二又に分かれ、端歯は3型で最も強く外方を向く[75]
エゾ型とフジ型の中間[6]
大顎基部の内歯(第1内歯)と第3内歯[注 12]はほぼ同じ長さになる[8]
先端は鋭くかつ大きく二又に分かれ、端歯は細くて鋭く、外方を向く[75]。蛹の時点では第一内歯同士は離れている[68]
基本型より小さい[8]
先端の二又は最も弱く、端歯は内方に向いていて鈍い[75]。また下方の歯は端歯より短い[75]
大顎基部の内歯(第1内歯)の大きさ 小さい[6]。第3内歯より短くなる[8] かなり大きい[6]。第3内歯より長くなる[8]。第1内歯同士を合わせると大顎の先は離れる[64]。蛹の時点で第一内歯同士がほとんど接している場合がある[68]
記録地(1987年時点)[76] 樺太南部、南千島(国後島・択捉島)、北海道、本州、九州[76]、飛島[75] 北海道南西部、本州、四国、九州、佐渡、隠岐、対馬[注 13]、五島列島、屋久島 本州、四国、佐渡、伊豆諸島[注 14]
備考[79] エゾミヤマクワガタとも[80][75]。f. hopei は、ミヤマクワガタのシノニムとされた L. hopei Parry, 1864 のタイプ標本がエゾ型と同じ型であることに由来する[68]
北限(南樺太・南千島)は「宮部線」と一致する[79]。本州では標高1,000 m程度の山地で見られる[81]
腿節の黄褐色部が発達せず、個体によってはまったくない場合もある[32]。頭部前縁中央の横長の突起はやや小さく、中型のオスでは消失する[82]
ミヤマクワガタ基本型とも[75]。「基本型」の名前は、モスクワ大学のタイプ標本がこの型であることに由来する[68]
北限は北海道南西部の黒松内低地帯[79]
フジミヤマクワガタ[80][75]関東山地[83]とも。富士山周辺や伊豆諸島に多い[79]
原記載は Kurosawa (1976) [69]
頭部の前方中央の突起は中型のオスでも発現する[29]
気候などの影響
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大まかに分ければ、温暖な地方の個体ほどフジ型に、寒冷な地方の個体ほどエゾ型にそれぞれ近い傾向があるが[6][84]、地域によってそれぞれの発生温度帯は変化する[8]。特に北海道の大半(道南以外)はエゾ型が、富士山周辺や箱根伊豆半島、伊豆諸島などではフジ型のみが産出されるとされていたことから、これらの3型は亜種のようにも思えるが、多くの地域では2型が混産され、3型すべてが混産されている地域もあることから、亜種ではないとされている[75]。フジ型のみが産出されると言われていた伊豆半島や富士山でも、前者では伊豆市の標高400 m程度の場所で基本型が採集されており[73]、後者でも氷穴など寒冷な場所ではエゾ型が確認されている[81]

小島啓史 (2013) によれば、3つの型の中ではフジ型のみが日本全国で見られる一方、基本型とされる型は関東甲信越で著しく減少しており、かつてはエゾ型が多く見られた北海道でも同じシーズンに複数の型が交互に発生している場合もあることから、小島はむしろ「フジ型」を「基本型」と呼ぶ方が合理的ではないかと指摘している[85]。また3つの型すべてが出現する場所は標高600 m以上の場所が多く、そのような場所ではまずエゾ型や基本型が早く出現し、フジ型はそれらの型より遅れ、カブトムシやノコギリクワガタといった競合種と近い時期(山梨県では7月後半以降)に出現することが多い[86]

小島 (1996) は、福島新潟の県境で採集したエゾ型の新成虫を東京都目黒区の自宅に持ち帰って繁殖してみたところ、その子供たちは全てエゾ型ではなく基本型かフジ型になったと報告しており、またエゾ型が北海道だけでなく九州で、基本型が北海道南部で、フジ型が四国・佐渡でそれぞれ見られることなどから、形態の違いは地域型というよりはむしろ標高差もしくは緯度による周年温度の差や、植生の差が関係しているのではないかと指摘している[87]。その後、小島は国立環境研究所博士の五箇公一に協力を得て、この型の発現理由を調べる研究を行った[88]。この研究は国立環境研究所の恒温室で[62]、北海道・栃木県・茨城県・埼玉県・山梨県それぞれの産地で採取されたミヤマクワガタの種親たち(いずれも父親であるオスの型や採集地点の標高が異なる)から採卵した幼虫たちを、それぞれ23℃、20℃、16℃で飼育してみるというものであったが、結果は栃木県の標高1,000 m地点で採取されたエゾ型のオスの子たちがどの温度帯で育成してもエゾ型になった例を除き、複数の地域で親とは異なる型の子も出現しており、親子の型と飼育温度の相関関係はあまり明瞭ではなかったものの、複数の型が出現した地域の個体では温度が低いほどエゾ型に近い個体が、温度が高いほどフジ型に近い個体がそれぞれ発生しやすい傾向が見られたと報告している[注 15][89]。また谷田浩一 (1999) によれば、宮城県の産地(採集される個体はほとんどが基本型である)で採集したミヤマクワガタの子供たちをそれぞれ登記最低温度15℃と25℃の条件で飼育したところ、15℃で飼育した個体はエゾ型として、25℃で飼育した個体は基本型としてそれぞれ羽化したと述べている[90]。一方、24℃に保って飼育していたエゾ型の子がエゾ型として羽化した事例もある[91][92]

また同一の山系でも標高1,000 m地点ではフジ型が多く見られた一方、そこから登りながら採集を行うと標高1,100 m付近で基本型やエゾ型が出現し始め、標高1,300 m近くの牧場付近ではエゾ型のみが見られたという事例や、かつては3つの型すべてが見られた地域ではフジ型と基本型しか見られなくなったり、基本型のみ見られていた地域ではフジ型のみに切り替わったりしている例から、ミヤマクワガタのオスの型の変化については「環境温度など、産卵〜幼虫〜前蛹の時期の周囲の環境によって決定される場合」「遺伝子依存だった場合」の2つの仮説を提唱した上で、型の変化が発生している地域ではより温暖な地域に多い型(フジ型>基本型>エゾ型の順に温暖な地域に多い)への入れ替わりとなっていることから、それらの地域では温暖化が型の変化に影響している可能性を指摘している[93]

種間競合との関係
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小島はミヤマクワガタがこのように多型になる要因として、それぞれの生息地で競合する他種のクワガタムシやカブトムシに対抗するためではないかと考察している[61]

例えばフジ型は平地や低山地で見られ、出現時期もカブトムシやノコギリクワガタに近いが[86]、先端の二又が小さいことから挟む力が分散しにくく、相手の外骨格を凹ませたり、場合によっては穴を開けて致命傷を負わせたりすることも可能であるため、里山で最大の競合相手と考えられるカブトムシ相手にもある程度競合できるのではないかと考察している[61]。実際に小島は山梨県の河畔林に生えていた1本のクヌギの木の根元で、ミヤマクワガタ(基本型)やノコギリクワガタ、コクワガタの遺骸を観察したが、その木にはフジ型のミヤマクワガタがおり、その大顎の形状と、ノコギリクワガタやミヤマクワガタの遺骸についていた咬み跡が一致していたことから、死骸になったクワガタムシたちはミヤマクワガタ(フジ型)との闘争で致命傷を負って死亡したのではないかと考えている[62]

一方でエゾ型は先端の二又が著しく大きく、大顎で挟み付けても挟む力が分散されるため相手に致命傷を与えることは難しいが、エゾ型が多産する高標高地や寒冷地ではミヤマクワガタ同種間による闘争が多いと思われるため[注 16]、同種同士で必要以上に致命傷を与えないことにより、種の存続に寄与しているのではないかと考察している[61]

フジ型とエゾ型の中間である基本型の大顎は下に向かって湾曲し、かつその先端付近に発達した内歯が集中するような形状になっているが、このような形状は主な競合相手であるノコギリクワガタの大歯型個体が得意とするバックドロップで投げ飛ばされるリスクを低減するため、大顎の先端で相手を挟み込むことに適した形状であると考察している[61]

メス

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メスは他の日本産クワガタムシのメスよりかなり大型であると評される[15]。メスの体色は赤褐色から黒褐色[32]、もしくは黒褐色から黒色で[6]、体表には光沢がある[32]。体の腹面には毛が生えているが、オスと異なり背面には毛は生えていない[29]。頭部は点刻に覆われたつや消し状になり、前胸背板と上翅には鈍い光沢がある[6]。頭楯は屋根型で、先端は丸い[29]。大顎は太くて厚みがあり、外縁が湾曲する[30]

前胸背板の表面には多数の細かい点がある[32]。前胸背板の側縁は中央よりやや後方で最も幅広くなり、後方は内側に切れ込む[32]。上翅にも前胸背板と同様に多数の点刻があるが、こちらの点刻は小さくて浅いため目立たない[32]。前脚外側は丸みがあり、また大きな棘がある[94]。各脚の腿節にはオスと同様に黄褐色の紋があるが、前腿節の腹側には黄褐色紋がない個体も多い[32]

雌雄モザイク型

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ミヤマクワガタは1987年時点で、日本産のクワガタムシの中で最も雌雄モザイク個体が多く確認されている種であるとされる[95]。ミヤマクワガタの雌雄モザイク個体は1987年時点で8個体が[96]、1992年8月時点で9例が報告されている[97]。林 (1987) で発表された8個体のうち、左がオスで右がメスという個体は4個体、逆に左がメスで右がオスという個体も4個体である[98]。このうち箕面で採取された個体が3個体いるが、これは箕面がかねてから関西におけるミヤマクワガタの多産地として知られているため、多くの個体が得られたためであると考えられている[99]。また8個体のうちの1個体(左オス、右メス)は他の7個体と異なり、雌雄の境界が不明瞭であり、左のオスの部分にメスの部分が混在していたというが、同個体の標本は虫害により消失している[96]。8個体のうち、現物が確認できた6個体の大顎を除いた体長は31 - 46 mmであり、林は幼虫期に大きく育ったものが少なくないと指摘している[96]

雌雄モザイク個体の行動記録については、正常な個体に比べて動きが緩慢であり、樹幹に留まらせても右前脚の跗節が欠損しているためかすぐに落下してしまうという報告がある一方、別の個体については採集から1か月が経過していても活発で、左右非対称の大顎で盛んに噛みついてきたという報告もある[100]

生態

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成虫の発生時期は6月から9月中旬にかけてで、ピークは地域差があるが(後述)、大方7月から8月上旬である[8]。交尾も7月から8月にかけて行う個体が多いが、交尾行動は9月上旬ごろまで見られる[101]

成虫は活動していない場合、木の根元や洞、落葉・倒木の下などで休んでいたり[102]、樹上の枝葉の間、木の根元の枯れ草の下、笹などの中に隠れていることが多いが、樹上にいる個体は振動を感じると落下する性質がある[103]。ミヤマクワガタの場合、外敵からの攻撃や急激な震動を受けると仰向けになって体を硬直させ、擬死行動を取る[注 17][104]。また他のクワガタムシのような擬死体型にはならず、そのまま動き出して逃げることもあるという文献もある[105]。この習性を利用してミヤマクワガタのいそうな木を揺らし、落ちてきたミヤマクワガタを捕獲するという採集方法がある[103]。なおミヤマクワガタの体型はコクワガタオオクワガタなどクワガタ属 Dorcus の種ほど平たくないため、それらの種に比べて幹の狭い隙間に潜り込む能力は劣る[104]

ミヤマクワガタは高温に弱く、28以上で多湿な環境に置かれると急速に衰弱する[106]。飼育下では高温が原因で死亡することが多く[15]、生息に適した温度は17 - 18℃とされる[107]。また高温だけでなく乾燥にも弱い[108]。小島はミヤマクワガタやヒメオオクワガタアカアシクワガタスジクワガタといった日本では主に山地に分布するクワガタムシたちは、おそらく氷河期の低温な時代に日本へ侵入したため、耐寒性はあるが高温や乾燥への適応力がないのではないかと評している[109]

生息環境

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ミヤマクワガタは低山地から山地にかけての広葉樹林(ブナ林を含む)に生息する[32]垂直分布の範囲は広く、北海道や東北地方では平地にも分布するが、関東地方以西ではやや山寄りを好む[8]。日本の山地に分布するクワガタムシとしては、アカアシクワガタに並ぶ最普通種とされる[110]

群馬県ではノコギリクワガタは平地でも見つかる一方[111]、ミヤマクワガタは比較的山地に多いとされる[15]。石田正明は関東地方におけるミヤマクワガタについて、関東山地に当たる標高でなければ記録されていないと述べていたが、渡辺正光は1992年から1993年にかけ、埼玉県の標高約50 - 120 m程度の複数箇所でミヤマクワガタ(死骸を含む)を確認した旨を報告している[112]千葉県房総半島南部では清澄山の山頂近くから、海岸線からほど近い低地(海抜は数メートルから十数メートル程度)まで幅広い標高で記録されている[113]。伊豆半島南部の静岡県下田市などでは沿岸部でも見られたという情報があり[35]、同半島では冷涼な気候を好むミヤマクワガタと温暖な気候を好むヒラタクワガタが同所的に見られたり、ヒラタクワガタの方がミヤマクワガタより高い標高で見られたりする場合もあるが、小島啓史はその理由について、伊豆半島は森林がよく残っていることに加え、温暖な地域ではあるが黒潮の影響を受けていることから著しい高温にはならず、結果的にミヤマクワガタとヒラタクワガタの双方にとって順応しやすい環境ができあがっているためではないかという仮説を述べている[114]

関東の低地には多くないが、関西ではごく普通種であるとする文献[115]、関西などでは平地にも多いとする文献[102]、関西以西では平地などでも見られるとする文献[11]、西日本では平地で見られることが多く、ノコギリクワガタよりも普通種であるとする文献もある[116]。本郷儀人 (2012) は、自身の少年時代にはミヤマクワガタは京都市内の雑木林で最も頻繁に観察できるクワガタムシであった一方、ノコギリクワガタは珍しい種だったと述べているが、(2012年時点で)近年では京都市内でそれまで普通種であったミヤマクワガタが減少傾向にあり、逆にそれまで少なかったノコギリクワガタが増加傾向にあると述べている(後述[117]。また、九州では関東と同じくノコギリクワガタのほうがミヤマクワガタより身近な種であるとも述べている[118]愛媛県ではミヤマクワガタは標高300 m程度の低山地から標高1,800 m程度の高地帯にかけて幅広い標高に分布しているが、標高1,300 m以上の高地には少ないという[119][120]

前述のようにミヤマクワガタは高温と乾燥に弱いため、都市部や開発の進んだ場所には生息しておらず、山間部の比較的冷涼で、かつ沢や谷川が流れていて湿潤な落葉広葉樹林を好む[121]。そのような環境が整っていれば、ブナ・ミズナラなどによる原生林にも見られるが、むしろクヌギコナラなど主体の二次林、それも薪炭用などのために定期的に伐採され、人間の大人の太腿程度の太さの木が多い里山に多く分布する[122]。一方で手つかずの自然が残る環境を好む傾向にあるという文献もある[105]

後述のように、メスは土からわずかに突き出た切り株に産卵し、幼虫はその切り株を食べて成長し、羽化した成虫は切り株から伸びた新しい若木が樹液を出すようになるとそのような林に集まる――という生活環が成り立っているが、薪炭やシイタケ原木栽培用のホダ木を取るために約5年周期で伐採される山地のクヌギ・コナラの雑木林はこのような生活環を有するミヤマクワガタの繁殖にとって好都合な環境となる[123]。里山や低山地帯の生息域ではカブトムシと競合しながらニッチを占めている[13]。またミヤマクワガタやノコギリクワガタは、定期的に皆伐される薪炭林において枯死した切り株を分解し、森林の再生のために欠かせない役割を担っていると考えられる[124]

ミヤマクワガタは平地性のノコギリクワガタより標高の高い場所に分布することが多く、同じ山の林道沿いでは標高の低い場所でノコギリクワガタが、より標高の高い場所でミヤマクワガタがそれぞれ採集できる場合が多い[123]。コクワガタやノコギリクワガタよりもミヤマクワガタの方が多数見られるような場所もある[125]。また比較的粘度の低いサラサラした樹液を好む傾向にあるが[123]スジクワガタアカアシクワガタも同じような樹液を好むため、ミヤマクワガタはこれら2種と同じような環境に生息していることも多い[103]。低山地では比較的涼しくて高湿度で、高木層・中層・下層・下草と4層構造を有する森林を好む[126]

摂食活動

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ミヤマクワガタの成虫は昼夜を問わず、クヌギ・コナラ[8][32]、ミズナラ[102][32]クリ[102]ハルニレ[32]ヤナギカエデハンノキ[8]アカメガシワコバノトネリコなど[127]広葉樹の樹液に集まる[8][32]。また山地ではヤシャブシ、ヒメヤシャブシ、ハンノキ、ヤマハンノキ、オヒョウなどの木にもよく集まる[126]。特にボクトウガコウモリガカミキリムシ[注 18]によって穿孔されたことで樹液を出しているような木に多い[129]。コウモリガの幼虫はクヌギ・ヤナギ・アカメガシワなどの樹幹だけでなく、樹上の細い枝にも穿孔しており、ミヤマクワガタだけでなくノコギリクワガタ、コクワガタ、スジクワガタなどにとって主要な樹液の供給源の役割を果たしていると考えられる[130]。また、ミヤマクワガタのメスが人間の親指程度の太さのイタドリの茎の傷口から滲み出る汁を舐めている姿が観察された事例があるが、ヒメオオクワガタ・ノコギリクワガタなどいくつかの種のクワガタムシのメスが若い木の枝をかじる事例が観察されていることから、このミヤマクワガタのメスも同様の行為を行っていた可能性が指摘されている[131]

オオクワガタの場合は体の大きいオスほど、その地域で樹液が最もよく出る木や場所を「縄張り」として確保できる傾向があり、縄張りに居着いたオスは他のオスによって縄張りを追われない限り、滅多に灯火に飛来することはないという報告がある[132]。ミヤマクワガタはそのオオクワガタより移動性があるため、オオクワガタほど明確な縄張りを有することはなく、複数個体が1つの樹液に集まっていることも珍しくないが、体の大きなオスほど樹液の争奪戦には有利になると思われる[132]。樹液が出ていなくてもミヤマクワガタがよく集まる木もある[30]

1本のスギに毎日数個体のミヤマクワガタが飛来するのが目撃された事例が観察されているが[133]、その目的は不明であり、1987年時点ではミヤマクワガタが針葉樹の樹液を摂食していたという明確な観察事例はない[131]

飛翔行動

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ミヤマクワガタの成虫は活発に飛翔し[8][125]、また光に集まる性質が強く、灯火によく飛来する[134]岡島秀治 (1985) はミヤマクワガタについて、クワガタムシの中でも特に灯火などへ飛来する性質が強いと思われる種であると述べている[135]。夜間は山中にあるダム水銀灯[136]、雑木林の近くにあるガソリンスタンドや自動販売機の照明などにも飛来する[137]。特に6月下旬から8月にかけ、月が出ていない蒸し暑い晩に飛ぶことが多い[125]

灯火に飛来する個体の性別は、土中から脱出した個体が樹液に飛来する発生初期はオスが、メスが交尾後に産卵場所を求めて飛翔する中期から後期にかけてはメスがそれぞれ多いとされる[35]。ノコギリクワガタは体外から熱線を含んだ白色光で体を温めると、体表温度が30℃に達した時点で飛翔しようとするが、ミヤマクワガタはそれより3度程度低い温度で飛翔行動に入る[86]。一方で海を越える程度の移動能力はあまりないと思われる[138]。標高300 m程度の山では、大型のオスが上昇気流に乗って山頂まで飛来してくる場合もある[136]

生態の地域性

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活動時間帯は、東北地方以北や山地といった寒冷な地域ほど昼行性の傾向が強い一方、温暖な関東以西の低標高地では夜行性の傾向が強いとされる[30]。山口進は関東以北では昼行性の傾向が、関西では夜行性の傾向がそれぞれ強いと述べている[139]。昼より夜の方が活発に活動するという文献もある[35]。小島は標高1,000 m付近に生息しているミヤマクワガタやヒメオオクワガタについて、気温が20℃を超える10時ごろから活動を開始すると述べている[140]

ミヤマクワガタの生息域がカブトムシやノコギリクワガタの生息域と重複する場合、梅雨入りが早くてかつ梅雨の時期が長い年はカブトムシの発生が梅雨明けまで遅れることがあるが、そのような年はカブトムシより低い気温でも十分活動できるクワガタムシたちの方がカブトムシより早い時期から出現し、結果的にカブトムシと発生時期を異にすることで棲み分けが成り立つ場合がある[141]。一方で日照り・旱魃などによってこの3種の発生最盛期が例年より大きく重なる場合もあり、そのような場合は彼ら3種が昼夜を問わず樹液で激しく闘争することになるが[13]、ミヤマクワガタが昼間に、カブトムシやノコギリクワガタが夜にそれぞれ活動し、このような場合はミヤマクワガタは夕方になると樹液を離れ、カブトムシたちが樹液を離れるまで地上や木の枝の上などで休んでいるという場合もある[141]。一方で日当たりの良い山間部では、昼間に乾燥や暑さに比較的強いノコギリクワガタが活動し、冷え込む夜間にはミヤマクワガタが活動していたという複数の観察例もある[142]神奈川県三浦半島では、ある1本のクヌギの木では5月から10月までコクワガタのオスの姿が見られるが、コクワガタは6月に発生のピークを迎えて7月になると減少し、8月には再び増加するという観察記録があり、7月の減少はノコギリクワガタやミヤマクワガタといった大型種の出現によって生息場所を追われたことによるものである可能性が指摘されている[143]

また発生のピークは、北海道では6月下旬から7月上旬であり、山梨塩山付近でもこのころに1度ピークを迎える[35]。伊豆半島など本土の一部では7月下旬から個体数が増加する[35]。愛媛県では6月から8月にかけて成虫が出現する[119]。また隠岐や五島列島では7月から、甑島列島では7月下旬から、黒島では7月中旬からそれぞれ発生し始めるが、隠岐では8月以降、五島列島では7月下旬以降、甑島では8月中旬ごろにそれぞれ個体数が増え、黒島では8月上旬にピークを迎えると思われる[24]

北海道ではカバノキ類(ハンノキなど)、ブナ類(ミズナラなど)を始め、クルミ類・カエデ類・ヤナギ類など広葉樹による混交林、場合によってはエゾマツトドマツといった針葉樹と広葉樹の混交林で観察されており[120]ニレなどの樹液でもよく採集される[35]。本州・四国・九州ではブナ帯[注 19]よりも低い丘陵地や低山帯にあるクヌギ・コナラの二次林や広葉樹の混交林などに生息しており、ノコギリクワガタ・コクワガタ・アカアシクワガタ・オオクワガタとはそれらの林で生息域が重複するが、多少の棲み分けがある[120]。関東以西ではノコギリクワガタ・コクワガタより山地に分布している[120]。本州・四国・九州の低山帯ではクヌギ・コナラで、それより標高の高い場所ではヤナギ類などでよく見られる[35]。愛媛県では低地ではクヌギ・アカメガシワなど、高地ではカエデ類、ミズナラ・コバノトネリコなどの樹液で見られる[119]

山口進 (1988) の記録によれば、山梨県にある標高900 m地点のクヌギ・コナラ林では8月上旬に、6時30分ごろから成虫たちが活動を開始し、13時過ぎまで樹液の場所をめぐって複数の個体が雌雄を問わず闘争を繰り広げていた[102]。その後、14 - 15時ごろに求愛・交尾が行われ、16時ごろから18時ごろにかけてオスたちは樹液を離れて木の上部や根元の落ち葉の下で休みに入ったり飛び去ったりしたが、その後も一部のメスたちは21時過ぎまで樹液を吸い続けていたという[102]

闘争

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ミヤマクワガタのオス成虫は非常に好戦的で、特に水槽など逃げ場のない狭い環境に複数のオスを入れると殺し合いにまで発展する場合もある[144]。ミヤマクワガタはノコギリクワガタやアマミノコギリクワガタヒラタクワガタとともに、日本産の大型クワガタムシの中では活発に闘争を行う種であると評されている[145]

クワガタムシのオス同士の闘争は、まず2頭のオス同士が餌場で出会い、やがて互いに大顎を広げて威嚇し合うが、約4割の確率で片方がその場を去るため、本格的な闘争にまでは至らずに終わる[146]。ミヤマクワガタのオスは闘争の前、もしくは人間に手で触られた際に相手の方を向き、前脚を踏ん張って頭部を持ち上げ、大顎を上向かせることで威嚇行動を取る[101]。それでも互いに引かない場合は互いに相手の体を大顎で挟み合う形になるが、片方が逃げようとしたところをもう片方が一方的に挟みかかることもある[147]。最終的には片方がもう片方を投げ飛ばすことで決着するが[147]、山口進はノコギリクワガタの闘争は相手を投げ飛ばすことが勝利条件である一方、ミヤマクワガタの闘争は相手を強く咬むことが勝利条件であると述べている[148]

オス同士の闘争は主にメスや餌場を巡って繰り広げられるが、オス同士が闘争に夢中になると、闘争中のオスは争奪対象であるメスを含めた周囲にいるすべての個体を排除しようとすることもある[149]。小島啓史はこのようにミヤマクワガタのオスが好戦的な性質を有するようになった理由について、ミヤマクワガタの繁殖期間が6月から9月の3か月程度と短いことから、メスとの出会いの場である樹液およびメスそのものにありついて自身の遺伝子を残すため、競合する他のオスを排除する必要があったためであろうと考察している[150]。同種間の場合、小型のオスでも活発な個体であれば大型のオスに対しても積極的に戦いを挑む傾向にある[151]

ミヤマクワガタはオスだけでなく、メスも大変獰猛な性質を持ち[149]、樹液を巡ってオスとメスが争う場合や[102]、メスが襲いかかってくるオスの脚を大顎で噛みちぎる場合もある[149]。ただしメスによる闘争はオス同士ほど激しくはない[102]

戦法

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ミヤマクワガタの主な戦法はノコギリクワガタと同じく、自身の大顎で相手の前胸背板を挟み、頭越しに投げ飛ばすという方法である[13]。また戦闘時には、大顎を最大限に広げて高く掲げると同時に、左右のうち片側だけの3本の脚で足場の樹皮に踏ん張りを効かせながら、もう片側の3本の脚を交互に高く掲げ、頭を左右に振りながら勢いよく前進するという姿勢を取る[152]

また、ミヤマクワガタは相手に応じて戦法を使い分けることもできる[13]。ミヤマクワガタのオス同士が闘争に至ると、2頭のオスは互いに大顎で相手を挟み上げて戦うが、互いに力比べをするように大顎で噛み合う場合もある[101]。小型個体が相手の場合は大顎を軽く開き、耳状突起のある大きな頭部を振りかざすことで相手を跳ね飛ばそうとする一方、ノコギリクワガタやカブトムシなどの大型個体が相手の場合は大顎で強く噛みつき、時にはカブトムシの前胸背板に穴を開ける場合もある[153]。相手を挟み上げて空中に持ち上げると、そのままの状態で歩き出すことがあるが、これは敵の脚がすべて足場から離れているか否か確認するための行動と考えられる[152]。複数の敵を同時に相手にする場合も、樹皮から離れて大顎とともに掲げている脚が触角の補助として機能し、向かってくる側面の相手を捉えると同時に、その持ち上げていた脚を下ろして新たな敵の方に向き直るという戦法を取る[152]。一方で闘争中に気温が上昇してきた場合や、足場が大木で幹が平面に近くなっている場合はミヤマクワガタにとって不利な状態であり、そのような場合はいずれも戦いに消極的になる[152]。後者の理由は、ミヤマクワガタの長い脚は細い木の幹に適応したものであるため、後者の場合はミヤマクワガタはその長い脚が支障になって得意技である投げ技を使うことができず、噛みつき・締めつけ・押し出しという不得意な戦法を使うことを余儀なくされる一方、カブトムシやオオクワガタといった脚が太くて短い種にとってはこのような環境が有利なフィールドになるためである[152]

須田亨はノコギリクワガタの戦い方について、人為的に刺激を与えた際には大顎を振り上げる、左右に素早く向きを変えるなどの威嚇行動を取る他、自発的に戦う際には大顎を開いたまま相手を突き飛ばすために用い、まあまり相手を深追いしないと評している一方、ミヤマクワガタの戦い方については人為的に刺激しても足を突っ張って大顎を開いたままでほとんど挟み付けるようなことはせず、自発的に戦う際には相手を大顎で挟み、餌場から離れたところまで運んでから投げ飛ばす傾向にあり、時には逃げる相手に追い討ちをかけることもあると評している[154]

対ノコギリクワガタ

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ミヤマクワガタとノコギリクワガタが同じ環境に生息する場合、両種間で争う姿もよく観察される[155]。しかし本郷儀人が2年間かけてノコギリクワガタ70個体とミヤマクワガタ32個体を採取し、台付きの止まり木を入れた飼育ケース内で人為的に闘争させる実験を行ったところ、ノコギリクワガタ同士の闘争は93回、ミヤマクワガタ同士の闘争は69回、異なる両種間での闘争は119回発生したが[注 20][156]、両種間の闘争では79勝40敗でノコギリクワガタが優勢という結果が出た[157]

クワガタムシ同士の闘争は基本的には同種間・異種間を問わず、体や・大顎の大きい個体の方が戦闘面では有利になる傾向がある[158]。これはクワガタムシ同士の闘争の場合、体が大きい個体ほど大顎も長大化して力も強くなるためである[159]。しかしノコギリクワガタ対ミヤマクワガタの場合、ミヤマクワガタの方が相手のノコギリクワガタより体格が大きい場合でもミヤマクワガタの39勝48敗、逆にノコギリクワガタの方が体が大きい場合ではミヤマクワガタの1勝31敗という結果が出ている[160]。特に威嚇の段階で互いに引かず、本格的な闘争に発展した場合は74回あったが、その場合ミヤマクワガタはわずか21勝に終わっている[161]

本郷はこのようにミヤマクワガタが対ノコギリクワガタの闘争で不利になる理由について、両種の大顎の長さの違い(ほぼ同程度の体長の場合、ノコギリクワガタの方が大顎の長さが優勢になり、また大顎の広げ幅でもミヤマクワガタとほぼ互角になる点)や[162]、ノコギリクワガタは同種間の闘争では「上手投げ」(相手を背中側から大顎で挟み込んで投げ飛ばす戦法)、対ミヤマクワガタ戦ではカブトムシの角の使い方と同じ「下手投げ」(相手を腹側から大顎で挟み込んで投げ飛ばす戦法)をそれぞれ使い分けることができる一方、ミヤマクワガタは自分の体より上から受けた刺激には反応できず、「下手投げ」の戦法が使えない可能性がある点を挙げ、ミヤマクワガタはノコギリクワガタとの闘争の際に相手を上から抑え込むような形で挟み込もうとするが、ノコギリクワガタに腹側から挟み込まれて「下手投げ」で投げ飛ばされて敗れてしまうのであろう、と述べている[163]

繁殖

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メスをメイトガードするミヤマクワガタのオス

ミヤマクワガタの成虫は7月から8月にかけて盛んに交尾を行い、9月上旬まで交尾が観察できる[101]。交尾は昼夜を問わず行われ[164]、餌場である樹液の周りで雌雄が出会って行われることが多いが、メスがオスを性フェロモンで誘引している可能性も指摘されている[101]。交尾の際、オスは自身の身体をメスの体の上に重ねた上で、頭を下に向けてメスの動きを封じ[164]、腹部後方の3節を下方に曲げた上で伸ばし、その末端から交尾器を出してメスの交尾器に挿入する[165]

ハルニレの樹上で交尾するミヤマクワガタの雌雄

メスはオスが接近した際、交尾を拒否して逃げようとする場合があるが[164]、そのような際にはオスがメスを捕らえるために大顎を用いる場合があり[166]、大顎でメスの体を挟んだり、前方からメスに近づいて体の下へ抱え込んだりする[164]。後者の場合、オスは頭部を強く下に曲げ、メスを抱え込んだまま方向転換して交尾の姿勢を取るが、前方からメスを抱きかかえたまま長時間静止している場合もある[164]。小型のオスの場合はメスの前方を十分に遮ることができないため、大顎でメスの頭部を挟む場合がある[注 21][164]。また雌雄の体格が著しく異なると交尾が困難もしくは不可能になる場合があり、ヨーロッパミヤマクワガタ L. cerves の場合、オスの体長に比してメスが小さすぎたり大きすぎたりすると(雌雄の体長比に4:3もしくは3:4以上の差がある場合)交尾が難しくなる傾向にあることが判明している[165]

オスの大顎によって体の背面に傷を負って死んだメスも観察されている[104]。人工繁殖時にもオスとメスを一緒に飼育していると、交尾を拒否されたオスが逆上してメスを挟み殺す場合がある[167]。オスは自身が交尾した相手であるメスでも、交尾に応じなくなると攻撃するようになる[168]。小島啓史 (2019) は日本産のクワガタムシで、オスが自身と交尾したメスを挟み殺すような種はミヤマクワガタ以外に聞いたことがないと述べ[169]、またその理由については自身と交尾しないメスを他のオスと交尾済みである、つまり自身の遺伝子を残せないメスとみなすためであると考察している[170]。その一方で、オスがメスを警護するような形でペアになっていることも多い[32]

また飼育容器内でミヤマクワガタのオスがコクワガタのメスと交尾した記録があり、それ以外のクワガタムシ同士(ミクラミヤマクワガタのオスとスジクワガタのメス、ハチジョウノコギリクワガタのオスとコクワガタのメスなど)でも交尾が観察されていることから、クワガタムシのオスは他の甲虫類に比べて異種間や雌雄の識別が鈍いのではないかと考えられている[171]

産卵

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メス成虫は交尾後、白色腐朽菌によって腐朽した広葉樹の立ち枯れの根周辺の土中に産卵すると考えられている[32]。自然界では地表にわずかに突き出た切り株に産卵することが多く[123]、また地中の朽木の樹皮が剥がれた部分の木質部と、土もしくは朽木屑の隙間に潜り込み、木質部の表面をかじり取って産卵することが多いとされ、朽木そのものに産卵することはほとんどない[172]。人工繁殖の場合、産卵木(産卵用の朽木)に直接産卵することは少なく、産卵木と発酵マットとの間に産卵していることが多い[106]。土屋利行は人工繁殖の際、産卵木は産卵床というよりはメスがマットの中に潜るための足がかりであると評している[173]。このような産卵習性はノコギリクワガタに似ているが、ミヤマクワガタはノコギリクワガタより低温を好み、25℃以上だと産卵・孵化は難しくなる[30]。メスは仮に産卵に適した条件が揃った環境であっても、産卵時期に林床が25℃以下になるような場所でなければ産卵しないとする報告がある[109]。林長閑は、産卵が近いと思われるミヤマクワガタのメスを解剖して卵を摘出調査した結果から、ミヤマクワガタのメスは卵巣で20個程度の卵が成熟した(もしくは成熟が近づいた)段階で産卵を開始するのだろうと述べている[174]

またミヤマクワガタやノコギリクワガタなど、立ち枯れの地下部分や倒木の下に潜り込んで産卵する傾向が強いクワガタムシは発酵マットの代わりに黒土を産卵床として用いると産卵が誘発されるようだという文献もある[175]

寿命など

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成虫の寿命は短く、活動開始から2 - 3か月程度である[106]。自然界では9月にはほとんど見られなくなる[32]。(後述の新成虫を除き)原則として成虫で越冬することはない[1]。出現期が短いのはこのように、成虫では越冬しないためとされる[116]

しかし飼育下で温度管理を行っていると越冬して翌年の春から夏まで生存する個体もおり[50]、2023年時点では最長飼育日数310日(2022年8月1日 - 2023年6月7日)という記録がある[176][107]。またそれ以前の飼育最長記録(2018年10月13日 - 2019年7月5日の265日間)の場合、2018年6月上旬に採集されてから記録報告者の手に渡る(同年10月13日)までの期間を考慮すれば約390日間生存していたことになる[177]。これらの長寿記録の要因としては低温環境を維持したことや、交尾させずに体力を温存させたことなどが挙げられている[107]。2023年時点における最長寿記録保有者の島谷祐司[注 22]は、過去に自身が飼育して長期間生存したミヤマクワガタは跗節の欠損が発生してから約1か月後に死亡していることに言及した上で、欠損した跗節の断面から雑菌が侵入することが寿命に影響している可能性を指摘している[176]。島谷は2022年8月は17 - 18℃に設定した家庭用ワインセラー内で飼育を行い、同年9月から2023年6月に死亡するまではヨーロッパミヤマクワガタを冷蔵庫内で飼育して延命させたという話を参考に、実測温度約7℃(設定温度6℃)に維持したクールインキュベーター内で飼育したところ、その影響でミヤマクワガタは動きが緩慢になり、脚と飼育ケース内壁との衝突(および、それに起因する跗節の欠損)が抑えられ[注 23]、長生きに繋がったのではないかと考察している[179]。また島谷はメスよりオス、それも体長53 - 54 mm程度の中型個体が特に長生きしやすいという結論を得ている[180]。このような特殊な温度管理を行わなかった場合でも、1986年8月3日に野外で採取した個体を自宅の玄関で飼育していたところ、翌1987年1月13日まで生存したという報告がある[181]

小島はノコギリクワガタやミヤマクワガタについて、羽化後の生涯寿命は約1年間であるが、彼らは晩夏から秋にかけて羽化するため、翌年の初夏まで蛹室内で越冬し、結果的に寿命の大半を蛹室内で過ごしているため、繁殖のために活動できる期間は初夏から晩夏までの3か月程度になっていると考察、また彼らは短い寿命の間に子孫を残すため(長寿で温和なオオクワガタとは対照的に)好戦的な性格になり、カブトムシとの競合のために長大な大顎を有するように進化し、盛夏に出現するカブトムシより早く出現して短期間で交尾を済ませるという生存戦略を身につけたのだろうと考察している[182]

自然界では、成虫の主要な天敵鳥類であると考えられる[183]フクロウに捕食されて頭部のみになった多数のミヤマクワガタのオス[184]クマゲラの巣内から発見された複数のミヤマクワガタの死骸[185]アオバズクに捕食され腹部を失った瀕死のミヤマクワガタや、野鳥に食べられたと思われるミヤマクワガタの死骸といった観察記録がある[183]

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は光沢を有する淡い黄褐色の俵型で、長さは約3 mm、幅は約2 mmである[186]。また産卵直後は長さ2.9 mm、幅2.0 mmだったが、適度な湿気を与えた朽木の上に並べ、気温を25℃に維持して管理したところ、産卵から5日目には産卵直後の俵型から球形に近くなり、長さ3.3 mm、幅2.8 mmになったとする報告がある[187]。卵殻の表面は滑らかだが、拡大するとモザイク状の紋様が確認できる[188]

卵から成虫になるまでの期間は2 - 3年とされる[11]。卵の産卵から孵化までの日数は25℃の場合、平均24日である[187]。1齢幼虫の中胸背板には、左右各2個の微細な突起があり、「破卵器」 (egg-burster) と呼ばれる[189]。孵化する際、幼虫はこの「破卵器」を用いて内側から卵殻を破り、途中で休息を挟みながら、卵殻が裂け始めてから約20分で卵殻から脱出する[190]。飼育下では、幼虫は卵殻を食べない[187]

幼虫

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幼虫の形態

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幼虫の体型はC型に曲がった黄白色の円筒形である[191]。幼虫の体は第10腹節の背面に肛門があり、移動する際は体を曲げることでこの第10腹節を頭部に近づけ、それを起点に体の前方へ蠕動を起こし、体を伸ばして頭部を前進させるという動作を繰り返すことで、朽木の中に自ら掘ったトンネルの中を移動している[192]

幼虫は3齢が終齢幼虫で[193]、十分に成長したオス成虫の齢期ごとの 頭部の幅 / 体長の平均 は、1齢幼虫で 2.5 mm / 13 mm 、2齢幼虫で 5.5 mm / 28 mm 、3齢幼虫で 10.3 mm / 65 mm である[194]。また3齢幼虫の体長は約50 mm[191]ないし40 - 60 mm[195]、幼虫の頭部の幅は6 - 11 mm程度[196]とする文献もある。このような幼虫時代の大きさには個体差があり、成虫期の大きさに影響する[189]。また、頭蓋はオオクワガタやコクワガタに比べてやや幅広いとする文献もある[189]。林長閑により、孵化後20日目では1.5 mmだったミヤマクワガタ1齢幼虫の頭蓋幅が、孵化後170日目で2.52 mm、孵化後250日目(2齢幼虫への脱皮11日前)で2.66 mmに成長したという記録が報告されている[197]

クワガタムシ科の幼虫はルリクワガタ類を除き、単眼は退化している[198]。幼虫はノコギリクワガタなどの幼虫に似ているが、全身(特に腹端)に密に毛が生えている点で区別できる[199]。また気門は他種のクワガタムシと比較して著しく暗い茶褐色である[196]。頭部の色は、オオクワガタの幼虫の頭部(濃いオレンジ色)よりさらに濃い茶褐色である[196]。腐植物を噛み砕いて食べるという食性から、大顎は頑強で、左右で効率良く噛み合えるような形状になっている[200]。また、大顎基部には哺乳類の臼歯に相当する「臼状部」が発達しており、上咽頭(上唇の内側)には小さな突起が、下咽頭(下唇の内側)には大顎と同様の硬さの突起をそれぞれ有し、これらの部位も大顎と同様に硬い朽木を噛み砕いて食べるために役立っている[200]。大顎基部には10本前後の刺毛があり[195]、この点は他属幼虫と区別できる特徴の1つである[201]。また頭部と脚は黄褐色であるとする文献もある[202]。触角は4節で、第1節の長さは第2節の半分程度であり、刺毛はない[201]。跗爪節の刺毛は約5本で、基部は円筒形であり[201]、その先端は尖る[注 24][195]。また中脚基節の後方と後脚転節の前方には、「発音器」と呼ばれるヤスリ状の器官がある[203]。発音器は1列の細かく密な歯となっており、中脚の発音器の歯は小さくて肉眼ではわかりづらいが、後脚の発音器の歯は中脚に比べて大きい[204]。この器官を「摩擦歯」 Stridulating teeth と呼称する場合もある[201]。クワガタムシの幼虫の中脚基節の発音器は族ごとに形が異なり、ミヤマクワガタやノコギリクワガタ、オニクワガタ、コクワガタ・オオクワガタなどは1列である一方、ツヤハダクワガタマダラクワガタ、ルリクワガタ、チビクワガタなどは複数列になる[203]。これらの特徴以外にミヤマクワガタ属の幼虫に見られる他属幼虫との相違点として、頭蓋や上唇が幅広い点、触角第1節が第2節の3分の1から2分の1の長さである点が挙げられる[201]。オニクワガタの幼虫はミヤマクワガタの幼虫に類似しているが、跗爪節の先端が丸いこと、摩擦歯はミヤマクワガタのそれと異なりわずかに離れて並んでいること、またミヤマクワガタより小型である(体長20 - 30 mm)ことから区別できる[195]。また同属であるヨーロッパミヤマクワガタの幼虫とは、触角第1節と第2節の長さの比が1:3である点や、跗爪節の刺毛が2本である点から区別できる[201]

幼虫は孵化した時点で既に体内に生殖腺が形成されており[205]、オスの場合は精巣輸精管、メスの場合は卵巣輸卵管などを幼虫時代から有している[206]。コガネムシ科のオス幼虫の特徴として、第9腹節の腹面後方に輪精管とつながる小さな褐色の点があり、この点の有無で雌雄を判別することができるとされる[205]。ミヤマクワガタのオスの3齢幼虫の場合、第9腹節の後縁近くに1 mm未満の小さな窪みがある[206]。またメス幼虫の場合、腹部の背側に黄色い斑紋が強く出ている[207]

幼虫の生育

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飼育下ではオスの場合、幼虫期間は12 - 18か月である[208]。最も早い段階では産卵された年の秋に3齢幼虫まで成長するが、多くの幼虫は1齢幼虫後期か2齢幼虫でその年の冬を越す[209]。その年に3齢幼虫までならなかった幼虫は翌年の秋までに脱皮して3齢幼虫になり[209]、その冬は3齢幼虫で越冬する。幼虫は脱皮する際、蛹室と似たような空間を作るほか、脱皮殻や場合によっては自分の排泄した糞を食べる場合もある[209]。なお林長閑は野外で採集した幼虫を飼育したところ、幼虫期間に3年を要した[注 25]と発表しているが、通常は幼虫期間は約2年であると思われる[192]

幼虫の生育適温は16 - 22℃とされ、23℃以上では死亡率が上がる[208]。また常時25℃の環境で飼育すると早く成長するが蛹化には至らず、やがて死亡する[109]

幼虫の摂食活動

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卵から孵化した1齢幼虫は土中を移動して水分含有量の多い立ち枯れの地下に埋もれた腐朽部を食べる[32]。また腐葉土の中にいることもある[65]。小島啓史は朽木の中におけるクワガタムシの幼虫の行動について、まず食物となる朽木を積極的にかじってトンネルを掘った後で、木屑をゆっくり食べているようだと評している[192]

自然界では、幼虫は樹皮が残った立ち枯れの根の腐朽部分や、地面に埋没して湿度が高くなった倒木といった場所にいることが多く、蛹室は朽木の中ではなく地中に作ることが多い[211]。また鈴木知之 (2005) によれば、ヒラタクワガタやノコギリクワガタは1つの立ち枯れの根から10頭以上の幼虫が発見されることが多い一方、ミヤマクワガタの幼虫は単独か数頭で発見されることが多く、蛹は地下2 mから発見されることもあるという[193]

小島はヒラタクワガタ・ノコギリクワガタ・ミヤマクワガタなど、湿度の高い状態の朽木を好むクワガタムシは多少の塩分でもほとんど影響を受けないため、これらの種は幼虫が穿孔している朽木ごと海に流されても生存したまま海を渡ることができるが、乾燥した朽木を好み、過剰な湿度に弱いオオクワガタの幼虫は朽木ごと海に流されると死亡してしまい、海を渡ることはできないだろうと考察している[212]。一方で黒澤良彦 (1978) はミヤマクワガタやノコギリクワガタが三宅島にも分布していることが判明する以前の論文で、ミクラミヤマクワガタ・ミヤマクワガタ・ノコギリクワガタについて、彼らの幼虫が好むようなかなり腐朽した朽木は海水に漂流すれば分解してしまうため、いずれも海を渡ることはできない種であると述べていた[213]。その上で、三宅島は他の伊豆諸島の島々とは異なり、海中から噴出して以来一度も古伊豆半島(および、それから分断されて誕生した他の島々)と地続きになったことがなく、その傍証として三宅島に分布するクワガタムシはすべて硬い朽木を好むクワガタムシである、と述べていたが[214][213]、池田清彦 (1984) は三宅島が誕生するより以前に古伊豆半島から分離した八丈島にハチジョウノコギリクワガタ(当時はノコギリクワガタの亜種とみなされていた)が分布することから、この説の矛盾を指摘していた[213]。また林 (1987) は黒澤の説に対する反論として、容易に鉈の刃が立たないような硬い朽木からミヤマクワガタの幼虫を多数採集した自らの経験を述べている[215]。なおミクラミヤマクワガタは御蔵島・神津島でのみ存続しており、かつて伊豆半島を含む本土に分布していた個体群は絶滅したと考えられているが、ミヤマクワガタの生態(成虫は樹上性、幼虫は朽木を食べて生育する)とミクラミヤマクワガタの生態(成虫は地上性、幼虫は腐植土などを食べて生育する)は異なり、両種の共存は可能であるため、かつて本土に分布していたミクラミヤマクワガタはミヤマクワガタとの競合が要因で絶滅したのではなく、地上性昆虫の天敵となりうるヒキガエルの捕食圧が原因で絶滅した一方、ヒキガエルの侵入しなかった伊豆諸島では絶滅を免れたという仮説を述べている[216]

なおコガネムシ科の幼虫に夜間に地上に這い出て他の場所へ移動する場合があることが知られているが、ミヤマクワガタの幼虫も同様の行動を取る可能性が指摘されている[217]

食性
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クワガタムシ科の昆虫の幼虫は種により、白色腐朽材(白色腐朽菌によって腐朽した木材)を食する種、褐色腐朽材(褐色腐朽菌によって腐朽した木材)を食する種、軟腐朽材を食する種があるが、ミヤマクワガタとノコギリクワガタは白色腐朽材食と腐植食の中間的な性質を持つ種とされている[218]。同じ立ち枯れや切り株の地下部からミヤマクワガタの幼虫が、地上部からは他のクワガタムシ(コクワガタ・アカアシクワガタ・スジクワガタ・オオクワガタなど)やカミキリムシの幼虫がそれぞれ発見される場合もある[219]。またクヌギの切り株の根からミヤマクワガタの幼虫が、その上方からノコギリクワガタの幼虫がそれぞれ発見された事例もある[220]。幼虫は3齢幼虫になると体が大きくなり、摂食量も増大するため、小さい朽木には1個体しか棲み着いていない場合もある[221]

境野広行はクワガタムシ類の幼虫について、祖先種や原始的な種の幼虫はコガネムシ科の幼虫と同じく土中で生育し、腐植土を主に摂食していたが、進化に従って生息場所や食性を変化させていき、草本の根や根塊を経て、土中に埋もれた朽木や立ち枯れた樹木の根を食するようになり、そして進化した種では比較的腐朽が進んだ倒木だけでなく、あまり腐朽が進んでいない倒木や老衰木なども食するようになっていったという仮説を述べている[222]。小島はミヤマクワガタについて、ノコギリクワガタやヒラタクワガタと同じく土中で腐朽が進んだ高湿度の朽木を食べるが、マルバネクワガタが主に食するような更に腐朽の進んだ泥状の朽木も食する傾向にあるとした上で、ミヤマクワガタが現代の生息域にまで分布を広げた当時は競合相手が少なかったため、それ以前からの食性を変化させる必要がなかった、すなわち比較的原始的な食性を有するクワガタムシではないかと述べている[223]。土屋は幼虫飼育時の適切な湿度について、幼虫の餌となる発酵マットを握って団子状になる程度に加水するのが望ましいと評している[224]

ミヤマクワガタの幼虫が食べる朽木の樹種は、クヌギ、コナラ[225]、ブナ[11]、ヤマハンノキ、ヤシャブシもしくはヒメヤシャブシ[219]、ミズナラ、アカメガシワ、イタヤカエデアオダモ[226]などの記録があり、また雑木林の中で地中に半分埋もれた古いホダ木から発見された事例や[220]、伐採から数年が経過したアカマツの株から数頭の幼虫が採集された[注 26]事例もある[226]。また飼育下では広葉樹だけでなく針葉樹の朽木も食べることが確認されているため、幅広い食性を有すると考えられているが、本来はブナ類・ハンノキ類などの朽木を食べているものと思われる[226]。林・奥谷 (1956) はスギと思われる朽木より、広葉樹の朽木の方が発育が良いようだったと報告している[191]。小島によれば、北海道ではミヤマクワガタの幼虫が牧場近くの牛糞堆肥から出たという報告があり、また自身の採集地(本州)でもの牧場近くで70 mm以上の大型個体が複数見られたという[228]

体長70 mm程度に達したミヤマクワガタの3齢幼虫の糞は長さ9 mm、幅7 mm、厚さ4 mmの長方形である[229]。クワガタムシを含め、甲虫類の幼虫は消化管に棲むバクテリアや菌などが出す酵素を利用して消化を行う種が少なくないが、林によればミヤマクワガタの3齢幼虫の糞からも約5ミクロンの微生物が多数見出されている[230]

飼育下では、大型個体育成のためには発酵が進んでおり、栄養価の高すぎない発酵マットによる飼育が適しているとされる[106]。オオクワガタなどの飼育に用いられる「菌糸ビン」による幼虫飼育は不可能ではないが、特にメリットはないとする報告や[106]、ミヤマクワガタなど地中穿孔性の強い(幼虫が立ち枯れの地下部分や倒木の下面を好む傾向が強い)クワガタムシの幼虫には菌糸ビンは不向きであり、発酵マットが向いているとする報告もある[231]。爆発栄螺は添加剤が多くて菌糸の勢いが強いオオヒラタケ Pleurotus abalonus の菌糸ビンではミヤマクワガタの幼虫は穿孔しなかったが、カンタケ Pleurotus pulmonarius の菌糸ビンを試してみたところ順調に生育したという結果から、菌糸ビンによる飼育は死亡率が高いものの、菌糸のライフサイクルが長くて緩やかなもので、かつおが屑の水分量が多いものならば良い成果が得られるかもしれないと述べている[232]。また、近縁種であるタカサゴミヤマクワガタ(後述)の幼虫を飼育して体長86.9 mmのオス成虫を羽化させた飼育者は、発酵マットを餌に飼育温度を季節によって10 - 21℃で管理し、割り出しから約2年で羽化に至ったと述べている[233]

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2回越冬した3齢幼虫は、孵化の翌々年の初夏から初秋にかけて朽木から地下に這い出ると、土中に楕円形の蛹室を作って蛹化する[注 27][32]。林 (1987) は蛹化時期について、8月から9月が最も多いと考えられると述べている[234]。飼育下では9月28日に蛹化、11月22日に羽化したという記録もある[235]

オスの場合、蛹室の内部の長さと幅は6 cm×3 cm前後で、壁の厚さは1 cm以上である[236]。幼虫は蛹室を作る際、自らの糞で内側を平らに堅く塗り固めながら、約2週間かけて蛹室を完成させる[237]。蛹室は内部の壁が滑らかで一定の硬度があり、乾燥保存も可能である[236]。蛹室は地面と水平に作られることが多いが、飼育下では湿度が異常に高い環境の場合、斜めに蛹室を作ることもある[237]。なお、前蛹期は他の日本産クワガタムシ類と比して死亡率が高い[106]。小島によれば、蛹化・羽化の段階では25℃恒温で管理した個体は羽化まで至らずにすべての個体が死亡し、23℃固定でも羽化不全が頻発した一方、20℃固定ではすべての個体が無事に羽化したという[238]

蛹の体色は薄い黄赤色である[236]。蛹は蛹化から約2週間後に羽化して成虫になるが、新成虫はそのまま蛹室にとどまって越冬し、その翌年(孵化から3年目)の初夏になって地上に現れ、活動を開始する[239]。このように蛹室内で新成虫が越冬することが判明した時期について、山口進 (1989) は1987年のことであると述べているが[139]、それ以前の1949年5月1日に北海道旭川市で今村泰二が地中約20 cmからミヤマクワガタのオス成虫を掘り出しており、その話を聞いた常木勝次はクワガタムシ類が成虫の状態で越冬する報告はまだ見たことがないと反応している[240]。なお珍しい越冬例として、海岸近くの石の下で越冬していた事例がある[241]。飼育下では羽化してから3 - 6か月間は摂食・繁殖を行わないとする文献がある一方、羽化後3か月の個体を次の繁殖に用いることも可能だが、寿命は短くなるとする文献もある[242]

亜種

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ミヤマクワガタは日本本土に分布する原名亜種と、伊豆諸島に分布する別亜種 adachii の2亜種が知られている[12]。また日本国外に分布する複数のミヤマクワガタ属の昆虫の個体群がミヤマクワガタの亜種とみなされていたが、2020年時点ではそれらの個体群を別種とみなす学説が提唱されている[12]

ミヤマクワガタ(名義タイプ亜種)L. m. maculifemoratus Motschulsky, 1861 [8]
イズミヤマクワガタ L. m. adachii Tsukawaki, 1995[243]
伊豆諸島伊豆大島利島新島神津島三宅島に分布する[243]御蔵島八丈島からは記録されていない[138]。タイプ産地は伊豆大島の三原山である[23]。原記載は『月刊むし』第292号(1995年6月号)[138]
成虫の体長はオスで33.8 - 70.0 mm、メスで25.0 - 43.9 mmである[243]。野生のオス成虫の場合、平均体長は50 - 53 mmであり、58 mm以上が大型とされる[244]。飼育下ではオス成虫は最大体長68.7 mm[17]、最小体長29.9 mmがそれぞれ記録されている[52]
原名亜種に比べて大顎は太短く、その先端は小さく二股に分かれる[6]。また大顎はすべてフジ型になり、原名亜種のような変異は見られないが、伊豆大島以外では体長65 mm以上の大型個体は記録されていない[243]。頭部の耳状突起も原名亜種に比べて発達が悪く[6]、外側にあまり張り出すことはなく、高くもならない[138]。腹部がやや大きく[243]、腹端は丸みを帯びる[138]。総合的に見て上半身が小さく、下半身が大きいという体型が特徴である[244]。腹部の大きさがほぼ同程度の大きさの原名亜種の個体と比べて、やや交尾器が大きい[138]。また雌雄とも腿節の黄褐色部がよく発達しており、黄色味が強くなる[23]
亜種名 adachii は阿達直樹に由来する[245][6][243]
成虫は7月から9月にかけて発生し、8月にピークを迎える[243]。発生のピークは、伊豆大島では8月中旬から下旬ごろ、利島では8月の上旬から中旬[35]、神津島・三宅島では7月下旬から8月上旬とされる[24]。成虫は活発に飛翔し、オオバヤシャブシ、カラスザンショウタブアカメガシワなどの広葉樹の樹液に昼夜問わず集まるほか、夜間は灯火にも飛来する[243]
伊豆大島ではノコギリクワガタとは異なる標高に棲み分けており[246]、標高200 m以上の地点に多い[35]。またオオバヤシャブシの木の高いところにいることが多いが[246]、メスは樹液ではほとんど見られない[35]。利島ではオオバヤシャブシやアカメガシワ、神津島・三宅島ではオオバヤシャブシやカラスザンショウの樹液に集まっているが、三宅島では個体数が少ないと思われる[247]。なお、神津島では昆虫採集が禁止されている[24]

かつて亜種とされていた種

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タカサゴミヤマクワガタの雄と雌

以下の種はかつてミヤマクワガタの亜種とされていたが、2020年時点ではいずれも別種とされている[12]

チョウセンミヤマクワガタ L. dybowskyi Parry, 1873[12]
かつてはミヤマクワガタの亜種として L. m. dybowskyi の学名を与えられていたが[248][249]、Huang, H. & C.-C. Chen (2010) [注 28]では独立種とされ、タカサゴミヤマクワガタや中国四川省に分布する lhasaensis がこの種の亜種として扱われている[12]。なお中国・吉林省からミヤマクワガタの亜種として記載された L .m. jiliensis Li, 1992 はチョウセンミヤマクワガタのシノニムとされる[12]
原名亜種 L. d. dybowskyi は中国(吉林省・遼寧省北京市天津市甘粛省陝西省重慶市湖北省安徽省河南省四川省)、ロシア南東部(アムール)、朝鮮半島に分布する[12]。体長はオスで43.0 - 68.9 mm、メスで23.0 - 43.8 mmである[12]。日本のミヤマクワガタ原名亜種と比べると小型で、オスの耳状突起の後方はより丸みを帯びるなどの特徴がある[248]。また頭部中央には目立った突起はなく、オスの大顎先端はより前方を向く[12]。メスはミヤマクワガタ原名亜種と十分に区別できないとする文献[31]、黒味が強い体色であるとする文献がある[248]
タカサゴミヤマクワガタ L. d. taiwanus Miwa, 1936[12]
台湾に分布する[6][249]。本種もかつてはミヤマクワガタの亜種とされていたが、 Huang & Chen (2010) ではチョウセンミヤマクワガタの亜種として再分類された[12]
成虫の体長はオスで40.0 - 87.0 mm、メスで27.0 - 50.0 mmである[6][249][12]。飼育個体では最大体長86.9 mmの個体の記録がある[注 29][233][250]
原名亜種に比べてオスの頭部の耳状突起がより後方まで張り出す一方、前頭部の中央には衝立上の突起は見られず、わずかに盛り上がる程度となる[6]。大顎は細長くてより真っすぐ伸び、先端付近で湾曲し、先端で大きく二又に分かれるが、最先端部はややヘラ状に膨らむ[6]。大顎の基部にある内歯は小さく、その内歯から大顎の先端部にかけて小さな内歯(先端は角ばるか丸みを帯びている)が不規則に並ぶ[6]
主に標高1,000 m以上の高地に分布する[6]。成虫は4月から7月にかけて出現し、灯火によく飛来する[6]
L. d. lhasaensis Schenk, 2006
中国の四川省雅安市で記録されたチョウセンミヤマクワガタの亜種で、形態は原名亜種よりタカサゴミヤマクワガタに似ている[12]。四川省のほか、湖北省チベット自治区に分布するとする文献もある[248]。藤田宏 (2010) では独立種とされ[12]ラサミヤマクワガタの和名を与えられている[248]
成虫の体長はオスで57.9 - 68.3 mm、メスで32.0 mmである[12]。大顎は先端がやや短く、また最大内歯はミヤマクワガタやチョウセンミヤマクワガタ原名亜種などと比べてより基部寄りに生えており、やや上向きである[12]。大顎基部の内歯が小さい点から、タカサゴミヤマクワガタと近縁な関係ではないかと指摘する文献もある[248]。オスの耳状突起は周縁部が上に反る[248]
ボワローミヤマクワガタ L. boileaui Planet, 1897[25]
学名はフランスの昆虫学者 M. H. Boileau への献名である[25]ボアローミヤマクワガタとも表記されるが[248]フランス語の発音は「ボロー」が近い[25]
藤田宏 (2010) などでは中国(湖北省・陝西省・四川省・雲南省・チベット自治区)に分布するとされていたが[248][249]、佐藤仁 (2020) では分布域は四川省西部のみとされている[25]。タイプ産地は四川省に近いチベットである[248]。またベトナム南部から記録された種 L. bidentis Schenk, 2013 はボワローミヤマクワガタと同一種であると思われる[25]
原記載では独立種として記録されたが、後にミヤマクワガタの亜種[248] L. m. boileaui Planet, 1897 として扱われるようになった[251]。しかしオスの体が太短くて丸みを帯び、耳状突起も丸みを帯びて大きく突き出すことや、大顎がより強く湾曲し、脛節が黄褐色になるなど、ミヤマクワガタと明瞭に区別できる点が認められることから、藤田宏 (2010) では独立種として扱われている[248]。また原記載では L. boileavi となっていたが、これは「U」と「V」が区別されていなかった近世までの慣習に従ったもので、後に Boileau のスペルに従った学名に修正された[12]
体長はオスで43.0 - 66.4 mm、メスで33.0 - 37.4 mm[12]。藤田が調べた四川省産の標本は大顎の湾曲が強めで内歯も多く、基部の内歯は先端が二又状になってやや上に反っているが、湖北省産の標本はそれに比べて内歯が少なく、基部の内歯は先端が細まっていて上にそらないなどの特徴が見られることから、別亜種になる可能性が指摘されている[248]

人間との関わり

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ミヤマクワガタと同属であり、ヨーロッパに分布するヨーロッパミヤマクワガタ L. cervus の大顎は古代ローマ時代から護符や痛み・ひきつけの薬として用いられていたが、日本でも江戸時代以前から、青森県岩手県でミヤマクワガタのオス成虫の大顎を「の角」「蛇の冑」と呼び、好運をもたらす物として秘蔵する習慣があった[252]。ミヤマクワガタは日本全国に分布していたクワガタムシであったことから、人々との馴染も深く、1987年時点ではオオクワガタと並んで切手(「昆虫シリーズ切手第4集」)の図柄にも採用されていた[252]

またクワガタムシの体形は鎧を身に纏った戦士を思わせるものであることから、カブトムシとともに特に子供から人気を博していた[20]。特にミヤマクワガタのオスは立派な大顎と頭部の耳状突起が人々の心を捉えることや、「ミヤマ」という和名が「山奥に棲む珍しいクワガタムシ」という印象を与えることから、子供たちから人気を集めている[20]。1966年時点では、京都の夏の夜店で売られているクワガタムシの中ではミヤマクワガタが最も多い種であるとされている[115]。林 (1987) は、夏になると山地で採集されたミヤマクワガタがデパートペットショップで販売されていると述べている[20]むし社の土屋利行 (2014) によれば、日本産クワガタムシで最も人気の高い種はオオクワガタであるが[253]、ミヤマクワガタはそのオオクワガタと並んで人気の高い日本産クワガタムシである[254]。ミヤマクワガタ1種類のみを集めているコレクターもいるという[255]

今井初太郎はミヤマクワガタについて、いかにもクワガタムシらしい風貌から、古来からノコギリクワガタとともに代表的なクワガタムシとして親しまれてきた種であると評している[105]。前田信二はミヤマクワガタについて、ノコギリクワガタとともに日本産クワガタムシの中では子供たちの人気を二分する種であり、また山間部に多いことから、都会の子供には平地で見られるノコギリクワガタ以上に憧れの存在であると述べている[256]。また永幡嘉之はミヤマクワガタについて、鰓のように張り出した突起(=耳状突起)や金色の毛が子供たちから人気を集める要因であると評している[116]

読売新聞』は1976年夏に東京都内の百貨店で販売されていた昆虫について調べたところ、子供たちに一番人気があった昆虫はミヤマクワガタであり、ミヤマクワガタは近郊農家などで養殖されていたカブトムシと比べて希少だったことから1頭あたり1,200 - 1,500円と子供たちにとっては高値で販売されていたと報じている[257]。また同紙千葉版は1991年時点で子供に一番人気のあるクワガタムシとしてミヤマクワガタを挙げ、特に60 - 70 mmに達する大型のオスが子供に人気であると報じている[136]。クワガタブームの中にあった1994年時点では、ミヤマクワガタは2、3000円程度で取引されていたことが『朝日新聞』で報じられている[258]。2014年時点では1,000 - 2,500円程度で生体が販売されている[125]

大正時代には大阪の業者が「漢方薬の材料に」と奈良県までミヤマクワガタを集めに来て、地元住民から竹の皮に包んだ飴と交換する形で受け取っていたという[259]

シイタケ原木栽培の場では、クワガタムシの幼虫(特にコクワガタ)は完熟ほだ木の内部を食害してほだ木を弱らせる農業害虫として扱われる場合がある[注 30][260]広島県林業試験場の報告によれば、ほだ木に加害することが確認できたクワガタムシ科の昆虫として、ミヤマクワガタ・ノコギリクワガタ・コクワガタの3種が挙げられている[261][262]

地方名

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ミヤマクワガタの地方名には、オスの角張った頭を箱や兵隊の背嚢に見立てたハコショイハコオイヘイタイという呼称があるほか、その体型が勇猛な武者を思わせることからゲンジケンシンタケダカトウという呼称がある[263]。後閑暢夫によれば群馬県横川ではミヤマクワガタをタケダ、ノコギリクワガタを「ウエスギ」と呼称していた[264]。また滋賀県大津市おやじ栃木県鹿沼市かぐら大阪府大阪市じゅうばこという地方名がある[注 31][265]。ただし1979年時点で長野県では、ハイノショイ(背嚢背負い)やハコショイ(箱背負い)という呼称はあまり聞かれなくなっていたという[266]

近畿地方では、クワガタムシをゲンジと呼ぶことが多いとされる[267]。京都市の下鴨ではクワガタムシの総称として「ゲンジ」が用いられていたほか、ヒラタクワガタは「ベタ」、コクワガタは「トウジ」、オオクワガタは「サクラ」、ノコギリクワガタは「カジワラ」「ウシ」、ミヤマクワガタは「ヘイタイ」、メスは「ヘイケ」とそれぞれ呼称していた[268]。今村泰二は、自身が生まれ育った兵庫県播磨地方ではクワガタムシ類の総称として「ゲンジムシ」、特にヒラタクワガタの呼称として「ヤマ」もしくは「ゲンジ」を用いていた一方で、ノコギリクワガタ・ミヤマクワガタはともにヘイケと呼称されていたと述べている[269]和歌山県伊都地方[270]ないし高野地域ではミヤマクワガタのオスをゲンジと呼ぶ[271]。一方で奈良県葛城地域ではゲンジはノコギリクワガタのことを指し、やや茶色味がかったミヤマクワガタはヘイケと呼ぶことが多い[267]。ゲンジはミヤマクワガタのオスを指し、メスや他種のクワガタムシはヘイケと呼ぶ地方もある[263]。また山田卓三によれば、長野県の諏訪地方ではカブトムシだけでなく、クワガタムシを含めて「カブトムシ」という総称で呼称していたが、ミヤマクワガタは大顎の形が鋸の刃のようになっていることから「ノコギリッパ」、ノコギリクワガタは牛の角のような形の大顎から「ウシヅノ」と呼称していたという[272]

アイヌ語ではクワガタムシのオスをチクパキキリ(「チクパ」=陰茎を咬む、「キキリ」=虫 の意)、ミヤマクワガタのオスをオンネチクパキキリ(「オンネ」=年を取った、の意)と呼称する[263]。またクワガタムシを「頭に木をかじる大顎を持った虫」の意味でエクパキキリと呼称する地域もある[263]

ミヤマクワガタを取り巻く環境の変化

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1987年時点では、ミヤマクワガタの生息地となっていた丘陵地帯の雑木林が開発で破壊されたり、山の広葉樹林がクワガタムシの生息できないスギヒノキ人工林に変えられたりしたことで、生息域が狭まっていることが指摘されていた[273]神奈川県三浦半島では1970年代以降[274]、宅地開発によって[275]雑木林(コナラ・クヌギ林)が減少し、それに伴ってミヤマクワガタも減少していると評されている[274]

高温と乾燥に弱い種であるため、関東などの平野部では都市化の進展に伴って見られなくなっており[276]、東京やその近郊ではヒートアイランド現象によって数を減らしているとされている[277]。小島によれば自身が小学生だったころ[注 32]品川区目黒区にまたがる国立林業試験場(現:林試の森公園)でもミヤマクワガタを採集することができ、また1996年時点では目黒区内の実家にあった空調のないガレージでもミヤマクワガタを繁殖することができた(=気温が25℃以下になっていた)が、2017年時点では9月下旬でも気温が30℃を超えることが多くなり、空調がなければミヤマクワガタを飼育することはできなくなっていると述べている[277]。また小島は、自身の少年時代にノコギリクワガタやミヤマクワガタが豊富に見られた神奈川県横浜市青葉区こどもの国では1980年代ごろに周辺の開発が進み、乾燥に弱いミヤマクワガタが減少した後、1990年代にはカラスによる被害が社会問題化すると同時に、カラスに捕食されて頭だけになったノコギリクワガタを多数見るようになったという事例や[279]、かつてミヤマクワガタが生息していた埼玉県所沢市のハンノキ林の近くにホンダの工場が建設された際、山の湧水が枯れた結果、その林ではミヤマクワガタが次第に小型化していって最終的には姿を消し[280]、その結果として枯れ木の分解がなされなくなったことで林が乾燥して荒廃したという事例を紹介している[281]

長野県では2005年時点で、ミヤマクワガタはコクワガタやノコギリクワガタとともに普通種であり、「信州を代表するクワガタ」と評されているが、同県でも2000年代時点では以前に比べて減少傾向にあることが報じられており[276]、都市化の進展や[282]、里山が手入れされなくなって荒廃したこと[283]、およびそれらが原因で幼虫の食物であるクヌギなどの太い朽木が減少したことが、ミヤマクワガタの減少に拍車をかけている要因とされている[276]。2014年時点では温暖化の影響により、ミヤマクワガタが西日本の平野部などで減少している一方、それまでミヤマクワガタの生息地だった場所にノコギリクワガタが進出している可能性が指摘されている[284]。本郷はミヤマクワガタとノコギリクワガタのそれぞれの大顎のリーチの長さと得意な戦法に着目した上で、自身が行った実験結果から、ミヤマクワガタ対ノコギリクワガタの場合は仮にミヤマクワガタの方が体格で勝っていてもノコギリクワガタが勝利するケースが多いと指摘し(前述)、かつてミヤマクワガタの生息域だった場所にノコギリクワガタが侵入するようになったことで、ミヤマクワガタは雌雄の出会いの場となる樹液を巡る争奪戦でノコギリクワガタに敗れて交尾の機会を失い、個体数が減少していったという仮説を述べている[285]

また希少価値の高い昆虫とみなされており[286]、それが原因で乱獲されていることが減少の一因であるという声もある[287]

和歌山県高野地域では1992年から高野町の地元住民たちが、ミヤマクワガタ(ゲンジ)などの昆虫が豊富に生息できる森の再生を目指し、「ゲンジの森づくり」と題して金剛峯寺の北約1 kmにある転軸山森林公園脇の国有林にクヌギ・コナラ・クリ・ブナなどの広葉樹を植樹するなどの試みを行っている[288]。2009年4月時点で整備した「ゲンジの森」の面積は約8.2ヘクタールにおよび、この取り組みを主催している「ゲンジの森実行委員会」は子供たちの環境教育や気象動植物の保護などに力を入れていることを評価され、同年の「みどりの日 自然環境功労者環境大臣表彰」を受賞している[271]

人工繁殖

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2022年時点ではオオクワガタやヒラタクワガタ、ノコギリクワガタなどといった他の日本産の一般的なクワガタムシと同じく、累代飼育の方法が確立されている種である[289]。飼育下では幼虫期間が2年近くあることに加え、大型個体を羽化させるためには低温管理が必要になること、また羽化後も半年から1年にわたる休眠管理が必要になるため、人工繁殖には手間がかかる[50]。土屋利行はオオクワガタ、コクワガタ、ヒラタクワガタ、ノコギリクワガタの4種について、いずれも飼育を「簡単」と評している一方[253][290][291][292]、ミヤマクワガタの飼育は「やや難しい」と評している[254]。一方で、温度を25℃以下に保つことさえできれば産卵させることは難しくはないとも評している[208]

ミヤマクワガタが登場する作品

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その他

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元プロレスラーの「ミヤマ☆仮面」こと垣原賢人は、8歳のころに故郷の愛媛県新居浜市では見られなかったミヤマクワガタを、友人に誘われて行った八幡浜市で初めて見ることができた思い出をきっかけに、プロレス引退後の2006年から「ミヤマ☆仮面」として昆虫イベントを行うようになった[294]

脚注

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注釈

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  1. ^ Lucanini の和名はクワガタムシ族とする文献[1]、ミヤマクワガタ族とする文献[3][4]がある。荒谷邦雄 (2022) ではミヤマクワガタ属やホソアカクワガタ属 Cycrommatus などを含むミヤマクワガタ亜族 Lucanina をミヤマクワガタ族 Lucanini に、オオクワガタ亜族 Dorcina (クワガタ属 Dorcusオウゴンオニクワガタ属 Allotopus など)やノコギリクワガタ亜族 Prosopocoinina (ノコギリクワガタ属 Prosopocoilusフタマタクワガタ属 Hexarthrius など)をオオクワガタ族 Dorcini に分類している[4]
  2. ^ a b むし社から発行された『世界のクワガタムシ大図鑑』では、大顎の先端部から上翅の先端部までの長さを「体長」と定義している[34]
  3. ^ 五島列島では福江島のみを分布域とする文献があるが[23]、2013年時点の情報によれば、福江島以外にも園周辺の主な島には生息しているという[24]
  4. ^ 相対変異の関係は Y=Kxa の式で表すことができ、対数にすると logY=logK + a logX という式になるが、平衡定数(a の値)が1の場合(「等調」の場合)は各部分の割合が等しく、生物形は変わらない[41]。一方でa>1の場合は「優調」、a<1の場合は「劣調」という[41]
  5. ^ 妙高山とは、兵庫県氷上郡市島町(現:丹波市)にある山[43]
  6. ^ Podischnus agenor (Olivier, 1789) はサイカブト族 Oryctini Mulsant, 1842 のアシナガサイカブト属 Podischnus Burmeister, 1847 に属する種の一つで、アゲノールアシナガサイカブト[46]、またはアゲノールハネナガツノカブト[47]という和名がある。同種はメキシコからブラジルにかけて分布する体長28 - 45 mmのサイカブトの一種で[46][47]、オスの胸角は短くて先端がハート型に分岐し、その前方に黄褐色の毛が密生しているという特徴がある[46]。幼虫は地中の腐植質を食べて発育、成虫は9月から12月の雨季に地上に出現する[48]。オスの成虫はサトウキビなどの茎に穿孔し、そこを訪れたメスと交尾する[48]
  7. ^ かつては野外個体と同じ78.6 mmの個体が最大個体とされていたが、2022年には8年ぶりのレコード更新となる78.9 mmの個体が記録された[50][51]
  8. ^ 原記載地は「Yeso[69]
  9. ^ 現在の鹿児島県薩摩川内市向田町
  10. ^ 中根猛彦による観察例より[72][73]
  11. ^ 『原色昆虫大図鑑』では forma typica と呼称されている[29]
  12. ^ 大顎基部側から数えて3本目の内歯。
  13. ^ 黒澤によれば対馬からメス成虫1頭が記録されているが、朝鮮半島産の別種 dybowskyi (亜種とする見解もあり、#亜種節を参照)である可能性が指摘されている[77][31]。当該標本は1930年7月25日に対馬(下島)で採取されたやや細身のメス個体だが、それから2004年時点まで74年間にわたって対馬ではミヤマクワガタが採取された記録はない[78]
  14. ^ 伊豆大島、神津島[75]
  15. ^ 前述の栃木県の個体の子供たちを除き、23℃で飼育した個体たちはいずれもフジ型になった一方、20℃で飼育した個体たちは基本型やフジ型が混在し、16℃で育成した個体たちにはフジ型はみられず、すべて基本型やエゾ型になった[89]。また同じ20℃で羽化した基本型の成虫たちでも、父親はエゾ型だったりフジ型だったりする場合があった[89]
  16. ^ エゾ型が発生するような環境にはカブトムシは少ないと考えられる[86]
  17. ^ この時の脚の形は一定ではない[104]
  18. ^ ウスバカミキリイタヤカミキリゴマダラカミキリなど[128]
  19. ^ 本州・四国・九州のブナ帯はツヤハダクワガタマダラクワガタルリクワガタオニクワガタなどの生息域になっている[120]
  20. ^ 対戦者が同じ取り組みは除外している[156]
  21. ^ ミクラミヤマクワガタにもこのような習性が見られる[164]
  22. ^ 島谷はこれ以前にも244日間(2016年7月1日 - 2017年3月2日)、255日間(2018年7月22日 - 2019年4月2日)の長寿記録を樹立したことがある[176]
  23. ^ 該当個体は死亡まで跗節の欠損がまったくなかった[178]
  24. ^ 鋭く尖るとする文献[195]、尖らないとする文献の両方がある[201]
  25. ^ 奥谷禎一は1952年7月に兵庫県篠山の山中でミヤマクワガタの幼虫2頭を採取し、うち1頭は3年後の1955年9月に蛹化したが、もう1頭は1956年4月時点でも蛹化していなかった[210]
  26. ^ 荒谷邦雄 (1987) がアカマツとナラ類を中心とした二次林の中で、伐採後数年を経た1本のアカマツの株からミヤマクワガタの2齢幼虫2頭、3齢幼虫(終齢幼虫)7頭を採集した記録があり、成長段階の異なる幼虫たちが同じアカマツの株から同時に採集されたため、少なくとも採集時点から遡って2、3年前から複数のミヤマクワガタのメスが産卵していたものと思われる[227]
  27. ^ 蛹化・羽化の時期を秋とする文献もある[6]
  28. ^ Huang, H. & C.-C. Chen 『Stag Beetles in China I』 (2010) [56]
  29. ^ 2010年時点では体長79.6 mmの個体(2002年)が最大記録とされていたが[6]、2018年に85.3 mmの個体が発表されている[233]
  30. ^ クワガタムシの幼虫に食害されたほだ木は材の中央部に大きな穴が空き、わずかな衝撃で容易に破壊されるようになる[260]
  31. ^ 鹿沼市ではクワガタムシそのものをおにむし(メスはおにばば)、大阪市ではげんじ(メスはぶた)と呼ぶ[265]
  32. ^ 小島は1958年(昭和33年)2月21日生まれ[278]

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その他文献

関連項目

[編集]