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{{otheruses||渡辺淳一の小説|麻酔 (小説)}} |
{{otheruses|麻酔全般|医学分野の一つとしての麻酔科学|麻酔科学|日本における医師の専門の一つとしての麻酔科医|麻酔科医|渡辺淳一の小説|麻酔 (小説)}}{{Infobox interventions |
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{{Infobox interventions |
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| name = 麻酔 |
| name = 麻酔 |
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| image = [[File:Preoxygenation before anesthetic induction.jpg|300px]] |
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| eMedicine = 1271543 |
| eMedicine = 1271543 |
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'''麻酔'''(ますい)とは、ヒトまたは動物を対象として誘発される、感覚または意識の制御された一時的な喪失の状態を指す。 |
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'''麻酔'''(ますい、'''痲酔'''とも)とは、[[薬物]]などによって人為的に[[疼痛]]をはじめとする[[感覚]]をなくすことである。主に医療で治療などにおける患者・動物の苦痛を軽減させると同時に、筋の緊張を抑える目的で用いられる。これにより、[[手術]]を受けることができ、また、耐え難い苦痛を取り除くことができる。麻酔は通常、局所の感覚のみを失わせる'''[[局所麻酔]]'''と全身に作用する'''[[全身麻酔]]'''の処置手段がある。 |
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麻酔には、'''鎮痛'''([[疼痛|痛み]]の緩和または防止)、'''不動化'''(筋肉の弛緩)、'''[[健忘]]'''(記憶の喪失)、および'''{{仮リンク|無意識状態|en|Unconsciousness}}'''、これら4つの一部または全部が含まれる {{Efn|日本では鎮静、鎮痛、筋弛緩の3要素ないしは、これに有害反射の抑制を加えた4要素と記載しているテキストが多い。}}。麻酔薬の作用下にある個体は、「麻酔がかかっている」と呼ばれる。 |
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薬物以外の麻酔として、[[催眠術]]、[[鍼灸]]、[[脳低温療法]]があるが一般的に行われていない。薬草を起源とするものに、古くから[[アヘン]]や[[医療大麻|大麻]]があり、19世紀前後には[[亜酸化窒素]]の麻酔作用が発見された。コカインの局所麻酔作用は19世紀中ごろに発見され、改良された[[リドカイン]]は昭和18年(1943年)に登場している。 |
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麻酔をかけないと耐えられないような強い痛みを伴う処置や、技術的に不可能な処置も、麻酔をかければ痛みを感じさせずに行うことができる。麻酔には、大きく分けて3つの種類がある。 |
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* [[全身麻酔]]は、注射や吸入の薬剤を用いて[[中枢神経系]]の活動を抑制し、意識を失わせて全[[感覚]]をなくさせるものである。 |
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* [[鎮静]]は中枢神経系への抑制が全身麻酔よりは軽いため、無意識状態まで陥ることなく、[[不安]]や[[長期記憶]]の形成を抑制することができる。 |
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* 区域麻酔(広義の[[局所麻酔]]):身体の特定部位からの神経伝達を遮断するもの。状況に応じて、単独で(この場合、患者の意識は完全に保たれる)、または全身麻酔や鎮静と組み合わせて行われる。例えば、歯の治療のために歯の感覚を麻痺させたり、手足全体の感覚を抑制するために[[神経ブロック]]を用いるなど、薬剤の標的を[[末梢神経]]として、身体の一部分にのみ麻酔をかけることができる。また、[[硬膜外麻酔]]や[[脊髄くも膜下麻酔]]は、脊髄幹そのものに作用し、ブロックした部位に供給される神経から入ってくる感覚をすべて遮断することができる。 |
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医学的(または獣医学的)処置の準備に際して、医師は、処置の種類および特定の患者に適した麻酔の種類および麻酔深度を達成するために、薬剤を選択する。用いられる薬剤の種類には、[[全身麻酔薬]]、[[局所麻酔薬]]、[[催眠薬]]{{Efn|2023年1月時点で、英語版では催眠薬hypnoticsと鎮静薬sedativeが区別されて記載されているが、日本語版では厳密な区別はなされていない。}}、[[解離性麻酔薬]]、[[鎮静薬]]、{{仮リンク|補助療法|en|adjuvant therapy|label=麻酔補助薬}}、{{仮リンク|神経筋遮断薬|en|Neuromuscular-blocking drug}}、[[麻薬]]、[[鎮痛剤|鎮痛薬]]などがある。 |
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麻酔中あるいは麻酔後の合併症のリスクは、麻酔を行う手技のリスクと切り離すことが難しい場合が多いものの、主に、患者の健康状態、手技自体の複雑さとストレス、麻酔技術の3つの要因に関連していると言われている。これらの要因のうち、最も大きな影響を及ぼすのは患者の健康状態である。周術期の主なリスクとしては、死亡、[[心筋梗塞]]、[[肺血栓塞栓症|肺塞栓症]]などがあるが、軽微なリスクとしては、[[術後嘔気嘔吐|術後の吐き気や嘔吐]]、{{仮リンク|再入院|en|Hospital readmission}}などがある。[[局所麻酔薬]]の毒性、気道外傷、[[悪性高熱症]]など、より直接的に特定の麻酔薬や技術に起因する症状もある。 |
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==語源== |
==語源== |
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麻酔は |
麻酔はanesthesie(アネステジア)の訳語として[[1850年]]([[嘉永]]3年)に[[蘭方医学|蘭方医]][[杉田成卿]]が、Joseph Schlesingerが書いた麻酔の医学書であるDie Einathmung des Schwefel-Aethers in ihren Wirkungen auf Menschen und Thiere, besonders als ein Mittel bei chirurgischen Operationen den Schmerz zu umgehen(特に外科手術の痛みを回避する手段としての、人間と動物への影響における硫黄エーテルの吸入)のオランダ語翻訳本を日本語に翻訳した済生備考二巻を執筆した時に作った造語である<ref>{{Cite web |url=https://da.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/portal/assets/2da30615-00d0-4b0e-a178-a9b821f3eed2 |title=済生備考 二巻 |access-date=2022-12-18 |publisher=東京大学学術資産等アーカイブズポータル |year=1850 |author=杉田成郷}}</ref><ref>{{Cite web |url=http://jsmh.umin.jp/journal/29-2/219-220.pdf |title=「麻酔」の語史学的研究 |access-date=2023-02-08 |author=松木明知 |archive-date=2023-02-08 |archive-url=https://web.archive.org/web/20220302112015/http://jsmh.umin.jp/journal/29-2/219-220.pdf}}</ref>。旧字体では、「痲酔」と表記されることも多かった。字義的には旧字の「痲」や「痳」を用いるのは間違いで「痳」は植物の[[麻]]ではなく[[淋病]]を意味する別の文字である<ref>{{Cite web |title=痳 {{!}} 漢字一字 {{!}} 漢字ペディア |url=https://www.kanjipedia.jp/kanji/0007205000 |website=www.kanjipedia.jp |access-date=2022-12-11}}</ref>。 |
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英語のAnesthesiaも造語で、1846年にアメリカの著明な作家・医師である[[オリバー・ウェンデル・ホームズ・シニア]]がギリシャ語の無感覚 (without sensation)にちなんで名付けたものである<ref name="Fenster2001" /><ref name="Sullivan235">{{Cite book|洋書 |title=New England Men of Letters |year=1972. |publisher=The Macmillan Company |page=235 |author=Sullivan, Wilson. |location=New York}}</ref>。すなわち、現代の麻酔に該当する概念が提唱されてから、[[江戸時代]]の日本でその訳語が造出されるまでに4年しか経っていない。 |
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幕末のころから「麻酔」が正しい表記であり旧字の「痲」や「痳」を用いるのは間違いで「痳」は植物の[[麻]]ではなく[[淋病]]を意味する全く別の文字である。 |
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日本在来種の麻は麻薬成分を含まず、麻酔が日本に入った当時の麻は麻薬とは認識されておらず、麻酔が麻薬に由来するのも間違いで、原義の意味では麻薬ではなくエーテル麻酔を指して用いられており、麻のように真っ直ぐに安定しながら酔っ払って死んでいるような状態にできる薬だから麻酔で麻薬とは関係ない。 |
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== 適応 == |
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英語のAnesthesiaはギリシャ語の無感覚(without sensation)に由来する。 |
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麻酔の目的は、次の3つの基本的な目標または[[臨床評価項目|エンドポイント]](臨床評価項目)に集約される:<ref name="Miller 2010">{{Cite book |title=Miller's Anesthesia |edition=Seventh |publisher=Churchill Livingstone Elsevier |year=2010 |isbn=978-0-443-06959-8 |location=US}}</ref>{{Rp|236}} |
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* [[鎮静|鎮静・催眠]](一時的に[[意識]]を失い、それに伴い[[記憶]]も失うこと。薬学的な文脈では、鎮静という言葉は通常この技術的な意味を持つが、より一般的な、あるいは心理学的な意味としては、催眠は必ずしも薬物によって引き起こされるわけではない意識の変容を意味する。項目「[[鎮静]]」を参照) |
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* 鎮痛(感覚の喪失、[[自律神経系#自律神経反射|自律神経反射]]を鈍らせる) |
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* [[筋弛緩剤|筋弛緩]] |
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麻酔の種類によって、[[臨床評価項目|エンドポイント]]に与える影響は異なる。例えば、[[局所麻酔]]は鎮痛に、[[ベンゾジアゼピン|ベンゾジアゼピン系]]鎮静剤 ([[鎮静]]または「{{仮リンク|トワイライト麻酔|en|twilight anesthesia}}」{{Efn|英語圏ではtwilight anesthesia、と称され、いわゆる「浅い麻酔」で鎮静と麻酔の中間に位置するものとして、広く行われている地域が存在する。2023年1月現在、日本の代表的な医学論文データベース、医学中央雑誌においては、該当する訳語も概念も検索で確認できない。本稿ではトワイライト麻酔で訳語を統一する。}}に用いる)は[[健忘]]に、そして[[全身麻酔]]はすべてのエンドポイントに影響を及ぼす事が可能である。麻酔の目標は、生体へのリスクを最小限に抑えながら、予定されている外科手技に必要なエンドポイントを達成することである。 |
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[[ファイル:Operating_room_anesthetic_station.jpg|右|サムネイル|手術室の麻酔器周辺]] |
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麻酔の目的を達成するために、薬物は神経系の異なるが相互に関連した部分に作用する。例えば鎮静は、[[脳|脳内]]の[[神経核]]に作用して発生し、[[睡眠]]の活性化に似ている。その効果は、人の[[アウェアネス|意識]]を低下させ、{{仮リンク|侵害刺激|en|Noxious stimulus}}に対する反応を低下させることである<ref name="Miller 2010">{{Cite book |title=Miller's Anesthesia |edition=Seventh |publisher=Churchill Livingstone Elsevier |year=2010 |isbn=978-0-443-06959-8 |location=US}}</ref>{{Rp|245}}。 |
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[[記憶]]の喪失([[健忘]])は、脳の複数の(しかし特定の)領域に対する薬物の作用によって生じる。記憶は、いくつかの段階([[記憶#短期記憶|短期]]、[[記憶#長期記憶|長期]]、[[ワーキングメモリ|持続]])を経て、{{仮リンク|顕在記憶|en|Explicit memory}}または[[手続き記憶|非顕在記憶]]として作られるが、その強さは、[[シナプス可塑性]]と呼ばれるニューロン間の結合の強さによって決定される<ref name="Miller 2010">{{Cite book |title=Miller's Anesthesia |edition=Seventh |publisher=Churchill Livingstone Elsevier |year=2010 |isbn=978-0-443-06959-8 |location=US}}</ref>{{Rp|246}}。各麻酔薬は、投与量を変えると、記憶形成に対する独特の作用によって健忘をもたらす。[[吸入麻酔薬]]は、意識消失に必要な用量以上であれば、[[神経核|核]]の全体的な抑制を通じて確実に健忘をもたらす。[[ミダゾラム]]のような薬物は、長期記憶の形成を阻害することによって、異なる経路で健忘をもたらす<ref name="Miller 2010" />{{Rp|249}}。 |
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しかしながら、麻酔中に[[夢]]を見たり、麻酔中に何も起きている徴候がないにもかかわらず、手術中に意識があることもある。[[全身麻酔]]中に夢を見る人は22%、「{{仮リンク|術中覚醒|en|Anesthesia awareness}}」と呼ばれる何らかの意識を持っていた人は1000人に1〜2人と推定されている<ref name="Miller 2010">{{Cite book |title=Miller's Anesthesia |edition=Seventh |publisher=Churchill Livingstone Elsevier |year=2010 |isbn=978-0-443-06959-8 |location=US}}</ref>{{Rp|253}}。ヒト以外の動物が全身麻酔中に夢を見るかどうかは不明である。 |
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== 手技 == |
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麻酔は、直接的な治療手段ではなく、[[医師]]や[[獣医師]]が、痛みを伴ったり困難であったりする、疾患の治療や診断を可能にするものであるという点で特異である。したがって、最良の麻酔とは、患者へのリスクが最も低く、かつ手技を完了するために必要なエンドポイントを達成できるものである。麻酔の第一段階は、[[病歴|病歴聴取]]、[[診察]](理学所見)、[[臨床検査]]からなる術前リスク評価である。患者・動物の術前の身体状態を診断することで、医師は麻酔のリスクを最小化することができる。病歴が十分に記載されていれば、56%の確率で正しい診断が得られ、理学所見取得により73%に増加する。[[臨床検査]]は診断に役立つが、その割合は3%に過ぎず、麻酔の前に十分な病歴と身体検査を行う必要性が強調される。術前の評価や準備が不適切であることが、麻酔の有害事象の11%の根本原因である<ref name="Miller 2010">{{Cite book |title=Miller's Anesthesia |edition=Seventh |publisher=Churchill Livingstone Elsevier |year=2010 |isbn=978-0-443-06959-8 |location=US}}</ref>{{Rp|1003}}。 |
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麻酔が安全に行われるかどうかは、高度な訓練を受けた医療従事者のチームがうまく機能するかどうか次第である。麻酔を中心とした[[診療科|医学の専門分野]]を[[麻酔科学]]といい、この分野を専門とする医師を[[麻酔科医]]と呼ぶ<ref name="pmid29734240" />。また、{{仮リンク|周術期看護|en|Perioperative nursing|label=周術期看護師}}、{{仮リンク|麻酔看護師|en|nurse anesthetists}}、{{仮リンク|麻酔科助手|en|Certified anesthesiologist assistant}}、{{仮リンク|麻酔科技師|en|anaesthetic technician}}、{{仮リンク|麻酔補助者|en|Anaesthesia associate}}、{{仮リンク|手術室医療助手|en|operating department practitioner}}、{{仮リンク|麻酔科技師|en|Certified Anesthesia Technologist}}など、麻酔に携わる医療従事者の肩書きや役割は、地域によってさまざまである。[[世界保健機関]]と{{仮リンク|世界麻酔科学会連合|en|World Federation of Societies of Anaesthesiologists}}が共同で承認した麻酔の安全な実施のための国際基準は、局所麻酔で行う最小限の鎮静や表面的な手技を除いて、麻酔を麻酔科医が提供、監督、指導すべきことを強く推奨している<ref name="pmid29734240">{{Cite journal|date=June 2018|title=World Health Organization-World Federation of Societies of Anaesthesiologists (WHO-WFSA) International Standards for a Safe Practice of Anesthesia|url=https://escholarship.org/uc/item/8qj6d507|journal=Anesthesia and Analgesia|volume=126|issue=6|pages=2047–55|DOI=10.1213/ANE.0000000000002927|PMID=29734240|postscript=6}}</ref>。動物においても、訓練され、'''監視能力のある''' ('''vigilant''')麻酔科医が継続的にケアをする必要がある。 |
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麻酔科医がいない場合は、麻酔科医が現地で指導・監督すべきであり、それが不可能な国や環境では、地域または国の麻酔科医主導の枠組みの中で、現地で最も有能な人物がケアを主導すべきである<ref name="pmid29734240" />。組織酸素化、灌流および血圧の臨床的および生体的連続モニタリング、[[聴診]]および[[カプノグラフィ|炭酸ガス検出]]による[[気道確保]]器具の正しい留置の確認、{{仮リンク|WHO手術安全チェックリスト|en|WHO Surgical Safety Checklist}}を用いること、手技後の患者のケアを安全に引き継ぐことなど、{{仮リンク|患者安全|en|patient safety}}に関する最低基準は提供者にかかわらず同じものが適用される<ref name="pmid29734240" />。 |
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== 広義の麻酔 == |
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{| class="wikitable floatright" style="text-align:center;font-size:90%;width:45%;margin-left:1em" |
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{{出典の明記|date=2016年7月|section=1}} |
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|+ style="background:#E5AFAA;" |'''[[ASA-PS|ASA PS分類]]'''<ref name="Henry2011">{{Cite journal|date=April 2011|title=The ASA classification and peri-operative risk|journal=Annals of the Royal College of Surgeons of England|volume=93|issue=3|pages=185–87|DOI=10.1308/rcsann.2011.93.3.185a|PMID=21477427|PMC=3348554}}</ref> |
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上記、狭義の麻酔に加えて、手術中の生命維持を行う医療も麻酔に含まれている。痛みや意識を取るという狭い意味での麻酔に加えて、生命維持に必要な、呼吸管理、循環管理、体液管理、中枢神経管理を手術中に同時進行で病態治療を行ってゆく。したがって、術前・術中・術後の生命維持の総合医学として高度に専門的な知識と実践が要求され、きわめて専門的な知識が必要とされるため、[[医師]]、[[歯科医師]]、獣医師においても別に研修を積む必要がある。 |
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! abbr="Class" |ASA class |
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! abbr="Description" |身体状況 |
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|- |
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|ASA 1 |
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|健常人 |
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|- |
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|ASA 2 |
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|軽度の[[全身疾患]] |
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|- |
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|ASA 3 |
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|重度の全身疾患 |
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|- |
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|ASA 4 |
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|常時[[生命]]への脅威となり得る重度の全身疾患 |
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|- |
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|ASA 5 |
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|[[手術]]なしでは生存不可能であろう瀕死の患者 |
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|- |
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|ASA 6 |
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|[[臓器提供]]予定の[[脳死]]患者 |
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|- |
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|E |
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|緊急手術時は"E"の接尾辞を付加 |
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|} |
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[[リスクアセスメント|リスク評価]]のひとつは、患者の健康状態に基づいている。米国麻酔科学会は、患者の術前の身体状態を層別化する6段階のスケールを開発した。これは[[ASA-PS]]と呼ばれている。この尺度は、患者の一般的な健康状態が麻酔に関係するとして、リスクを評価するものである<ref name="Henry2011">{{Cite journal|date=April 2011|title=The ASA classification and peri-operative risk|journal=Annals of the Royal College of Surgeons of England|volume=93|issue=3|pages=185–87|DOI=10.1308/rcsann.2011.93.3.185a|PMID=21477427|PMC=3348554}}</ref>。 |
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より詳細な術前[[病歴]]聴取は、遺伝子疾患([[悪性高熱症]]や{{仮リンク|偽コリンエステラーゼ欠損症|en|pseudocholinesterase deficiency}}など)、習慣([[喫煙]]、[[薬物乱用|薬物]]、[[アルコール乱用|アルコール]]類の使用)、身体的特徴([[肥満]]や[[気道困難]]など)、麻酔に影響を与える可能性のある併存疾患(特に[[心臓病|心疾患]]や[[呼吸器疾患]])の発見を目的とする。[[診察|理学所見]]は、臨床検査に加えて、病歴で発見されたものの影響を定量化するのに役立つ<ref name="Miller 2010">{{Cite book |title=Miller's Anesthesia |edition=Seventh |publisher=Churchill Livingstone Elsevier |year=2010 |isbn=978-0-443-06959-8 |location=US}}</ref>{{Rp|1003–09}}。 |
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==資格== |
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日本では診療科として麻酔科を名乗るには、厚生労働大臣の「[[麻酔科医|麻酔科標榜医]]」の許可を取る必要がある。[[医療法]]第70条2項、及び[[医療法施行規則]]第42条の4に基づく。ただし麻酔科標榜医制度の適用は、[[医師]]に限られる。 |
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患者の健康状態の一般的な評価とは別に、手術に関連する特定の要因の評価も麻酔のために考慮する必要がある。例えば、[[出産]]時の麻酔は、母親だけでなく、胎児のことも考えなければならない。肺や[[気道]]を占拠している[[悪性腫瘍|癌]]や[[腫瘍]]は、全身麻酔を行う上では特に問題となる。麻酔をかける患者・動物の健康状態や、手技の完了に必要なエンドポイントを見極めた上で、麻酔薬の種類を選択する。手術方法と麻酔法の選択は、合併症のリスクを減らし、回復に必要な時間を短縮し、{{仮リンク|手術侵襲|en|surgical stress}}反応を最小限に抑えることを目的としている。 |
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== 麻酔の種類 == |
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=== 局所麻酔 === |
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{{Main|局所麻酔}} |
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麻酔薬を局部に作用させ[[末梢神経]]の活動を抑える。投与法、遮断部位によって表面麻酔、浸潤麻酔、周囲浸潤麻酔、伝達麻酔に分けられる。 |
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=== 全身麻酔 === |
=== 全身麻酔 === |
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[[ファイル:Vaporizer_Sevoflurane_001_JPN.jpg|左|サムネイル|[[麻酔器#気化器|麻酔器の気化器]]。内部には液体の麻酔薬が入っており、吸入用のガスに変換する(この場合は[[セボフルラン]])。]] |
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{{Main|全身麻酔}} |
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[[ファイル:Mask_Ventilation.jpg|左|サムネイル|吸入麻酔を受ける患者]] |
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静脈[[注射]]ないし[[気体|ガス]]の吸入によって[[中枢神経]]に薬物を作用させる。多くの全身麻酔では中枢神経系の機能を抑制したり、大脳新皮質を解離させたりして[[意識]]を可逆的に失わせる。筋弛緩を伴う吸入麻酔の際は人工呼吸器が必須であり、[[気化器]]やモニタリング機器と一体になった[[麻酔器]]が用いられる。 |
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麻酔は、中枢神経系の、別個だが重複する部位に作用する薬物によって達成されるエンドポイント(上述)の組み合わせである。全身麻酔(鎮静や局所麻酔とは対照的)には、動きの欠如([[麻痺]])、{{仮リンク|無意識状態|en|unconsciousness}}、[[闘争・逃走反応|ストレス反応]]の軽減という3つの主要な目標がある。歴史上、麻酔の初期には、麻酔薬は最初の2つを確実に達成することができ、外科医は必要な手技を行うことができたが、外科的侵襲による血圧と脈拍の極端な上昇が致命的となり、多くの患者が死亡した。やがて、外科的ストレス反応を鈍らせる必要性が脳神経外科医[[ハーヴェイ・ウィリアムス・クッシング|ハーヴェイ・クッシング]]によって明らかにされ、彼は{{仮リンク|ヘルニア修復術|en|Hernia repair}}の前に局所麻酔薬を注射した<ref name="Miller 2010">{{Cite book |title=Miller's Anesthesia |edition=Seventh |publisher=Churchill Livingstone Elsevier |year=2010 |isbn=978-0-443-06959-8 |location=US}}</ref>{{Rp|30}} 。これが、外科的[[死亡率]]の低下につながるストレス反応を軽減する他の薬剤の開発につながった。 |
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[[全身麻酔]]のエンドポイントを達成するための最も一般的なアプローチは、吸入全身麻酔薬を用いることである。[[吸入麻酔薬]]は、脂溶性に相関する独自の力価を持っている。{{仮リンク|全身麻酔薬の作用理論|en|Theories of general anaesthetic action}}については諸説あるが、中枢神経系のタンパク質の空洞に直接結合するため、この関係が存在するとされる。吸入麻酔薬は、中枢神経系のさまざまな部位に作用を及ぼすと考えられている。たとえば、吸入麻酔薬の不動作作用は[[脊髄]]への影響から生じるが、鎮静、催眠、健忘は脳の部位が関与する<ref name="Miller 2010">{{Cite book |title=Miller's Anesthesia |edition=Seventh |publisher=Churchill Livingstone Elsevier |year=2010 |isbn=978-0-443-06959-8 |location=US}}</ref>{{Rp|515}}。 吸入麻酔薬の効力は、[[最小肺胞内濃度]] ({{Lang-en|Minimum Alveolar Concentration (MAC)}})によって定量化される。MACは、被験者の50%が痛み刺激に反応しなくなる麻酔薬の投与量の割合である。一般にMACが高いほど、その麻酔薬は効き目が弱い。 |
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==副作用== |
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[[ファイル:Anesthesia_medications.JPG|サムネイル|全身麻酔下の手術で使用されることが予定されている薬剤が調製された[[注射器]]: |
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薬物を用いる場合、体質によっては使うと危険な場合([[アナフィラキシー]]など)があり注意を要する。国にもよるがかつては[[阿片]]や[[モルヒネ]]などの[[麻薬]]が用いられたこともあり、これらを使用した患者や取り扱いを行なう者に[[依存症]]が発生することもあった。現在使われている[[麻酔薬]]はこういった危険が少ないものが増えてきているが、これらも使い過ぎるのはやはり危険である。 |
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- [[プロポフォール]]([[鎮静薬]] |
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=== せん妄 === |
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麻酔からの覚醒時に[[せん妄]]と呼ばれる[[意識障害|意識変容]]が起こることがある。大半の患者はせん妄を覚えており、苦痛な経験だったとの調査報告がある。せん妄は意識障害だから覚えていない、というのは全くの誤解である<ref name="jspm_nl440903">{{cite web |url=https://www.jspm.ne.jp/newsletter/nl_44/nl440903.html |title=進行性がん患者と介護者における、せん妄のインパクトと苦痛の記憶 |publisher=[[日本緩和医療学会]] |date=2009-8 |accessdate=2016-9-5}}</ref>。 |
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- [[エフェドリン]]([[昇圧剤|昇圧薬]] - [[フェンタニル]]([[鎮痛剤|鎮痛薬]] |
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{{quotation| |
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{{番号付きリスト|style="list-style-type:upper-alpha" |
|||
| 注意を向け、集中し、維持し、他に転じる能力や、環境認識の障害がある。 |
|||
| その障害は短期間のうちに出現し、1日のうちで重篤さが変動する傾向がある。 |
|||
| 新規の認知機能障害の発現がある。<br>(記憶欠損・見当識障害・言語障害・知覚障害・視空間能力障害など) |
|||
| AとCの障害は、既存の、確立された、あるいは発症しつつある認知症では十分に説明できず、昏睡など重篤な覚醒水準の低下を背景に生じたものではない。 |
|||
| その障害が、別の身体疾患、物質の中毒・離脱、毒物への暴露などの直接的な生理学的結果によるものか、複数の病因により引き起こされたものである。 |
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}} |
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A–Eをすべて満たすものをせん妄と診断する。 |
|||
|せん妄delirium [[DSM-5]] 診断基準}} |
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- [[アトラクリウム]]([[神経筋遮断薬]] |
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せん妄は、軽度ないし中等度の意識混濁に活発な精神運動興奮が加わるもので、幻視を中心とした幻覚、錯覚、不安、妄想が次々に現れる。その間外界の刺激は、ある程度受け入れられるが、多くは後に強い健忘を残す。 |
|||
- 臭化[[グリコピロニウム]](商品名:ロビノール)分泌物減少 |
|||
せん妄の要因を |
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]] |
|||
理想的な麻酔薬は、血圧、脈拍、呼吸に好ましくない変化を与えることなく、催眠、健忘、鎮痛、筋弛緩をもたらすものである。1930年代、吸入式全身麻酔薬は[[注射|静脈注射]]の全身麻酔薬で補強されるようになった。薬剤を併用する事により、麻酔をかける個体にとってより良いリスクプロファイルを提供し、より早く回復させることができるようになった。後に、麻酔後最初の7日間で死亡する確率は、薬剤の組み合わせによって低くなることが示された。例えば、麻酔の開始には[[プロポフォール]](注射)を用い、ストレス反応を軽減するために[[フェンタニル]](注射)を用い、[[健忘]]を確実にするために[[ミダゾラム]](注射)を投与し、効果を維持するために手技中に[[セボフルラン]](吸入)を使用することが考えられる。最近開発された、いくつかの静脈注射薬により、必要ならば全身麻酔薬の吸入を完全に回避することができるようになった([[全静脈麻酔]])<ref name="Miller 2010">{{Cite book |title=Miller's Anesthesia |edition=Seventh |publisher=Churchill Livingstone Elsevier |year=2010 |isbn=978-0-443-06959-8 |location=US}}</ref>{{Rp|720}}。 |
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==== 医療機器 ==== |
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# 直接因子(例:薬物、臓器障害、代謝異常) |
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吸入麻酔薬の供給システムの中核となる機器は[[麻酔器]]である。[[麻酔器#気化器|気化器]]、[[人工呼吸器]]、 麻酔回路、余剰ガス排泄装置、圧力計などを備えている。麻酔器の目的は、一定の圧力で麻酔ガスを供給し、呼吸のための酸素を供給し、二酸化炭素や他の麻酔ガスの余剰物を除去することである。麻酔ガスは助燃性であるため、機械がすぐに使える状態であること、安全機能が有効であること、電気的な危険性がないことを確認するために、さまざまなチェックリストが考案されている<ref name="Machine_checklist">{{Cite journal|date=September 2013|title=Anaesthesia machine: checklist, hazards, scavenging|journal=Indian Journal of Anaesthesia|volume=57|issue=5|pages=533–40|DOI=10.4103/0019-5049.120151|PMID=24249887|PMC=3821271}}</ref>。[[静脈麻酔薬]]は、[[ボーラス投与]]または[[シリンジポンプ]]によって投与される。また、[[気道確保]]や患者のモニタリングに用いる小型の器具も数多くある。この分野の最新の機器に共通しているのは、機械の致命的な誤用が起こる確率を下げる[[フェイルセーフ]]システムを備えていることである<ref name="Machine_safety">{{Cite journal|date=September 2013|title=Safety features in anaesthesia machine|journal=Indian Journal of Anaesthesia|volume=57|issue=5|pages=472–80|DOI=10.4103/0019-5049.120143|PMID=24249880|PMC=3821264}}</ref>。 |
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# 誘発因子(例:入院環境、ライン・モニター類、酸素投与・間欠的空気圧迫法、身体抑制) |
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# 準備因子(例:年齢、認知症・脳梗塞。パーキンソン病などの基礎疾患) |
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==== モニター ==== |
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の三つに分けるととらえ易い。 |
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[[ファイル:Maquet_Flow-I_anesthesia_machine.jpg|サムネイル|様々な[[バイタルサイン]]を監視する[[生体情報モニタ]]システムと統合された[[麻酔器]]。]] |
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全身麻酔を受ける患者は、安全性を確保するために継続的な生理学的[[生体情報モニタ|モニター]]を受ける必要がある。米国では、[[アメリカ麻酔科学会]](ASA)が、[[全身麻酔]]、[[区域麻酔]]、[[鎮静]]を受ける患者に対する最低限のモニタリングガイドラインを制定している。その内容は、心電図(ECG)、心拍数、血圧、吸気・呼気ガス、血液の酸素飽和度(パルスオキシメトリー)、体温などである。英国では、麻酔科医協会(AAGBI)が全身麻酔および区域麻酔の最低監視ガイドラインを定めている。小手術の場合、一般的に[[心拍数]]、[[酸素飽和度]]、[[血圧]]、酸素・二酸化炭素・吸入麻酔薬の吸気・呼気濃度のモニタリングが含まれる。より侵襲性の高い手術では、体温、尿量、血圧、{{仮リンク|中心静脈圧|en|central venous pressure}}、[[肺動脈カテーテル|肺動脈圧]]、[[肺動脈楔入圧]]、[[心拍出量]]、[[バイスペクトラルインデックス|脳活動]]、[[神経筋接合部]]などのモニタリングもある。さらに、手術室の環境は、周囲の温度と湿度、および手術室職員の健康に有害である可能性のある呼気中麻酔薬の蓄積を監視しなければならない<ref name="AAGBI_Monitoring">{{Cite conference|url=http://www.aagbi.org/sites/default/files/standardsofmonitoring07.pdf|title=Recommendations for Standards of Monitoring During Anaesthesia and Recovery 4th Edition|publisher=Association of Anaesthetists of Great Britain and Ireland|access-date=21 February 2014|editor=Birks RJS|date=March 2007|archive-url=https://web.archive.org/web/20150513045417/http://www.aagbi.org/sites/default/files/standardsofmonitoring07.pdf|archive-date=13 May 2015}}</ref>。 |
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=== 鎮静 === |
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高度侵襲手術により、患者の身体は大きな負担を必然的にうける。長時間手術は薬剤の投与量が増えるとともに、体内では薬物の移行に時間がかかる臓器に徐々に薬物が蓄積される。蓄積された薬物は投与中止後も血液中に移行し作用が遷延する。 |
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[[鎮静]](古くは[[解離性麻酔薬|解離性麻酔]]、現在では[[監視下麻酔管理]] ({{Lang-en-short|Monitored Anesthesia Care (MAC)}})は、[[催眠]]、[[抗不安薬|抗不安]]、[[健忘]]、[[抗てんかん薬|抗けいれん]]、中枢性筋弛緩の特性を生み出すものである。鎮静剤を投与する側から見ると、患者は眠くなり、リラックスして物忘れしたように見えるので、不快な手技をより容易に完了することができるようになる。[[ベンゾジアゼピン|ベンゾジアゼピン系]]などの鎮静剤は、通常、鎮痛剤([[麻薬]]や[[局所麻酔薬]]など、またはその両方)と一緒に投与されるが、これは鎮静剤だけでは十分な鎮痛が得られないためである<ref name="Reddy">{{Cite journal|date=November 1994|title=The benzodiazepines as adjuvant analgesics|journal=Journal of Pain and Symptom Management|volume=9|issue=8|pages=510–14|DOI=10.1016/0885-3924(94)90112-0|PMID=7531735}}</ref>。 |
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動物の場合、鎮静剤を投与されると、その効果は、全身がリラックスし、健忘(記憶を失う)し、時間が早く過ぎるという感覚である。[[ベンゾジアゼピン|ベンゾジアゼピン系]]、[[プロポフォール]]、[[チオペンタール]]、[[ケタミン]]、[[吸入麻酔薬]]など、多くの薬物が鎮静効果をもたらすことができる。全身麻酔に対する鎮静の有利な点は、一般に気道や呼吸の補助を必要とせず([[気管挿管]]や[[人工呼吸器]]を使用しない)、[[循環器|心血管系]]への影響も少ないため、患者・動物によってはより安全性が高まる可能性がある<ref name="Miller 2010">{{Cite book |title=Miller's Anesthesia |edition=Seventh |publisher=Churchill Livingstone Elsevier |year=2010 |isbn=978-0-443-06959-8 |location=US}}</ref>{{Rp|736}}。 |
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中枢神経系の手術は意識そのものに影響を与える場合がある。また広範囲に操作が及ぶ手術も侵襲が大きく、覚醒遅延の要因となる。 |
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=== 区域麻酔 === |
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<div class="thumb tmulti tright"><div class="thumbinner multiimageinner" style="width:184px;max-width:184px"><div class="trow"><div class="tsingle" style="width:182px;max-width:182px"><div class="thumbimage">[[File:Fermoral_nerve_block.jpg|代替文=|206x206ピクセル]]</div><div class="thumbcaption">超音波ガイド大腿神経ブロック</div></div></div><div class="trow"><div class="tsingle" style="width:182px;max-width:182px"><div class="thumbimage">[[File:Liquor_bei_Spinalanaesthesie.JPG|代替文=|180x180ピクセル]]</div><div class="thumbcaption">脊髄くも膜下麻酔時の[[クモ膜]]穿刺後に脊髄針からの[[脳脊髄液]]の流出を確認している。 |
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</div></div></div></div></div><!-- 「局所麻酔薬」にも、節として同様の部分がある。いずれ、「局所麻酔」を改稿したあかつきにはそちらに統合すべきか。 -->[[局所麻酔薬]] ({{Lang-en-short|local anesthetic}})を用いて体の一部から痛みを遮断することを、一般に区域麻酔 ({{Lang-en-short|regional anesthesia}})と呼ぶ。区域麻酔には、組織そのものに注射するもの、四肢の患部の静脈に注射するもの、患部に感覚を供給する神経幹の周りに注射するものなど、さまざまな種類がある。後者は(広義の)[[神経ブロック]] ({{Lang-en-short|nerve block}})と呼ばれ、[[神経ブロック|末梢神経ブロック]]と[[脊髄幹ブロック]]に分けられる。[[局所麻酔]] ({{Lang-en-short|local anesthesia}})は広義には区域麻酔、狭義には浸潤麻酔と[[表面麻酔]]を意味するが、厳密に区別して記載されていないことも多い。 |
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区域麻酔の種類は以下の通り:<ref name="Miller 2010">{{Cite book |title=Miller's Anesthesia |edition=Seventh |publisher=Churchill Livingstone Elsevier |year=2010 |isbn=978-0-443-06959-8 |location=US}}</ref>{{Rp|926–31}} |
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== 麻酔薬の拮抗薬 == |
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; [[ネオスチグミン]] |
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* 浸潤麻酔:少量の局所麻酔薬を狭い範囲に注射し、あらゆる感覚を止める([[創傷|裂傷]]の閉鎖時、持続注入、歯の麻酔等)。効果はほぼ即時である。 |
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: 神経筋遮断が残存している患者において非脱分極性[[筋弛緩薬]]を拮抗する。 |
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* [[神経ブロック|末梢神経ブロック]]:身体の特定の部分に感覚をもたらす神経の近くに局所麻酔薬を注射する。薬剤の力価により、麻酔の発現速度や持続時間に大きな差がある({{仮リンク|下歯槽神経ブロック|en|Inferior alveolar nerve block}}、[[腸骨筋膜コンパートメントブロック]]など<ref name="Mallinson2019">{{Cite journal|year=2019|title=Fascia iliaca compartment block: a short how-to guide|journal=Journal of Paramedic Practice|volume=11|issue=4|pages=154–55|DOI=10.12968/jpar.2019.11.4.154|ISSN=1759-1376}}</ref>)。 |
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: 作用機序:[[アセチルコリンエステラーゼ]]を阻害し、[[アセチルコリン]]のニコチン様作用とムスカリン様作用を増強する<ref name="ビジュアル麻酔の手引き">{{Cite book|author=アーサー アチャバヒアン|title=ビジュアル麻酔の手引き|date=2015年9月30日発行|year=2015|accessdate=|publisher=メディカルサイエンスインターナショナル|author2=ルチル グプタ|author3=|author4=|author5=|author6=|author7=|author8=|author9=}}</ref>。 |
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* [[静脈内区域麻酔]](Bierブロックとも呼ばれる):薬剤が四肢の外に拡散しないように駆血帯を巻き、静脈から希釈した局所麻酔薬を[[止血帯|駆血帯]]遠位に注入する。 |
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; [[スガマデクス]] |
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* ''[[脊髄幹ブロック]](脊髄幹麻酔)'': 中枢神経系の一部または周辺に局所麻酔薬を注射または注入する(詳細は後述の[[脊髄くも膜下麻酔]]、[[硬膜外麻酔]]、仙骨麻酔で説明する)。 |
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: [[ロクロニウム]]、[[ベクロニウム]]、[[パンクロニウム]]といった非脱分極性ステロイド筋弛緩薬に選択的に結合し、神経筋遮断を拮抗する。特にロクロニウムに対して効果が高い。 |
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* [[表面麻酔]]:粘膜や皮膚から拡散するように特別に処方された局所麻酔薬で、患部に薄い層の鎮痛効果を得られる(例:{{仮リンク|リドカイン/プリロカイン|en|Lidocaine/prilocaine|label=EMLAパッチ}})。 |
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: FDAで未承認であり、米国では使用できない<ref name="ビジュアル麻酔の手引き"></ref> 。 |
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* {{仮リンク|膨潤麻酔|en|Tumescent anesthesia}}:脂肪吸引の際に、ごく低濃度の局所麻酔薬を{{仮リンク|皮下組織|en|subcutaneous tissues}}に大量に注入する。 |
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; [[ナロキソン]] |
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* 局所麻酔薬全身性投与:[[神経因性疼痛]]を緩和するために、局所麻酔薬を全身投与(経口または静脈内)する。 |
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: [[モルヒネ]]の拮抗薬(μ[[オピオイド受容体]]の競合的拮抗薬)である<ref name="ビジュアル麻酔の手引き"></ref> 。 |
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; [[フルマゼニル]] |
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2018年の[[コクラン (組織)|コクラン]]レビューでは、区域麻酔が[[開胸術]]後3~18カ月、[[帝王切開]]後3~1カ月の残存術後痛の頻度を減らす可能性があるという中程度の質のエビデンスが見出された<ref name=":0">{{Cite journal|date=20 Jun 2018|title=Local anaesthetics and regional anaesthesia versus conventional analgesia for preventing persistent postoperative pain in adults and children|url=|journal=Cochrane Database Syst Rev|volume=6|issue=2|pages=CD007105|DOI=10.1002/14651858.CD007105.pub4|PMID=29926477|PMC=6377212}}</ref>。乳がん手術の3~12ヵ月後では、質の低いエビデンスが見つかった<ref name=":0" />。このレビューでは、レビュー対象以外の手術および区域麻酔に対してはこれらのエビデンスが当てはまるとは限らない、とされている<ref name=":0" />。 |
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: ベンゾジアゼピン系薬物の鎮静作用と催眠作用に拮抗する<ref name="ビジュアル麻酔の手引き"></ref> 。 |
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: |
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==== 神経ブロック ==== |
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[[局所麻酔薬]]を、ある部位全体の感覚を伝達する太い神経の周りに注射することを、[[神経ブロック]]または伝達麻酔という。神経ブロックは[[歯科]]でもよく用いられ、例えば、下の歯の処置のために[[下顎神経]]が対象となる。太い神経(上肢の[[斜角筋]]間ブロックや下肢の[[大腰筋]]溝ブロックなど)では、[[超音波検査|超音波]]または電気刺激によって神経と針の位置を同定する。超音波ガイド単独、または末梢神経刺激を併用して神経ブロックを施行すれば、感覚・運動ブロックの成功率改善、鎮痛補助の必要性の減少、合併症の減少において優れていることを裏付けるエビデンスがある<ref>{{Cite journal|last=Lewis|first=Sharon R.|last2=Price|first2=Anastasia|last3=Walker|first3=Kevin J.|last4=McGrattan|first4=Ken|last5=Smith|first5=Andrew F.|date=2015-09-11|title=Ultrasound guidance for upper and lower limb blocks|journal=The Cochrane Database of Systematic Reviews|volume=2015|issue=9|pages=CD006459|DOI=10.1002/14651858.CD006459.pub3|ISSN=1469-493X|PMID=26361135|PMC=6465072}}</ref>。神経に作用させるためには大量の局所麻酔薬が必要なため、局所麻酔薬の[[極量]]を考慮する必要がある。神経ブロックは、膝や股関節、肩の人工関節置換術などの大きな手術の後に、持続的に注入する方法としても用いられており、合併症の軽減と関連している可能性もあるとされる<ref name="Ullah">{{Cite journal|date=February 2014|title=Continuous interscalene brachial plexus block versus parenteral analgesia for postoperative pain relief after major shoulder surgery|journal=The Cochrane Database of Systematic Reviews|volume=2014|issue=2|pages=CD007080|DOI=10.1002/14651858.CD007080.pub2|PMID=24492959|PMC=7182311}}</ref>。神経ブロックは、より中枢側の[[硬膜外麻酔]]や[[脊髄くも膜下麻酔]]と比較して、神経学的合併症のリスクとの関連も低いとされる<ref name="Miller 2010">{{Cite book |title=Miller's Anesthesia |edition=Seventh |publisher=Churchill Livingstone Elsevier |year=2010 |isbn=978-0-443-06959-8 |location=US}}</ref>{{Rp|1639–41}}。 |
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==== 脊髄くも膜下麻酔、硬膜外麻酔、仙骨ブロック ==== |
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[[脊髄幹ブロック|脊髄幹麻酔]]は、[[腹|腹部]]、[[骨盤]]または[[脚|下肢]]の鎮痛を目的として、[[脊髄]]の周囲に[[局所麻酔薬]]を注入するものである。脊髄([[クモ膜下腔]]への注射)、硬膜外(クモ膜下腔の外側の[[硬膜外腔]]への注射)、仙骨([[仙骨裂孔]]経由での[[仙骨硬膜外腔]]への注射)に分類される。脊髄くも膜下麻酔と硬膜外麻酔は、脊髄幹麻酔で最も一般的に行われる手技である。 |
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[[脊髄くも膜下麻酔]](脊椎麻酔とも)は、低用量の麻酔薬で迅速な麻酔効果発現と強力な感覚遮断を提供する「[[ボーラス投与|ボーラス注射]]」であり、通常、[[神経筋遮断]](随意運動不可能)も伴う。[[硬膜外麻酔]]では、より大量の麻酔薬を[[硬膜外腔]]に留置した[[カテーテル]]から注入し、効果が薄れ始めたら麻酔薬を追加することができる。硬膜外麻酔は、脊髄くも膜下麻酔と比較して運動機能への影響は少ない。 |
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脊髄幹麻酔は[[動脈]]および[[静脈]]の{{仮リンク|血管拡張|en|vasodilation}}を引き起こすため、[[低血圧|血圧低下]]がよく生じる。この低下は、循環血液量の75%を占める循環器系の静脈側によって大きく影響される。麻酔域が第5胸椎レベルより上に及ぶと、この[[生理学|生理学的]]効果はより大きくなる。 |
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=== 急性痛の管理 === |
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[[ファイル:PCA-01.JPG|右|240x240ピクセル|A patient-controlled analgesia [[輸液ポンプ|infusion pump]], configured for [[硬膜外麻酔|epidural]] administration of [[フェンタニル|fentanyl]] and [[ブピバカイン|bupivacainefor]] postoperative [[ペインクリニック|analgesia]]]] |
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{{仮リンク|侵害知覚|en|Nociception}}(痛覚)は、身体に生得の回路として組み込まれているわけではない。むしろ、持続的な痛み刺激とは、その侵害知覚システムを感作し、疼痛管理を困難にするか、慢性疼痛の発生を促進するような動的な過程である。このため、先制的な急性痛の管理は、急性痛と慢性痛の両方を軽減する可能性があり、手術、それを行う環境(入院/外来)、個人に合わせて行われる<ref name="Miller 2010">{{Cite book |title=Miller's Anesthesia |edition=Seventh |publisher=Churchill Livingstone Elsevier |year=2010 |isbn=978-0-443-06959-8 |location=US}}</ref>{{Rp|2757}}。 |
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疼痛管理は、先制的なもの([[麻酔科学]]では先攻鎮痛と呼ばれる)と[[オンデマンド]]のものとに分類される。オンデマンドの鎮痛剤には、一般的に[[オピオイド]]や[[非ステロイド性抗炎症薬]]が含まれるが、[[亜酸化窒素|亜酸化窒素吸入]]<ref name="Klomp">{{Cite journal|date=September 2012|title=Inhaled analgesia for pain management in labour|journal=The Cochrane Database of Systematic Reviews|volume=12|issue=9|pages=CD009351|DOI=10.1002/14651858.CD009351.pub2|PMID=22972140}}</ref>や[[ケタミン]]なども用いてよい<ref>{{Cite journal|date=2015-10-01|title=Role of ketamine in acute postoperative pain management: a narrative review|journal=BioMed Research International|volume=2015|pages=749837|DOI=10.1155/2015/749837|PMID=26495312|PMC=4606413}}</ref>。オンデマンド薬物療法は、医師による投与、あるいは患者自身による[[患者管理鎮痛法]](patient-controlled analgesia: '''PCA''')を用いて行うことができる。PCAは、従来の方法と比較すると、わずかだが、痛みのコントロールが良好で患者の満足度も向上させることが示されている<ref name="Hudcova">{{Cite journal|date=June 2015|title=Patient controlled opioid analgesia versus non-patient controlled opioid analgesia for postoperative pain|journal=The Cochrane Database of Systematic Reviews|volume=2020|issue=6|pages=CD003348|DOI=10.1002/14651858.CD003348.pub3|PMID=26035341|PMC=7387354}}</ref>。一般的な先攻鎮痛には、硬膜外麻酔<ref name="Jones">{{Cite journal|date=March 2012|title=Pain management for women in labour: an overview of systematic reviews|journal=The Cochrane Database of Systematic Reviews|volume=3|issue=3|pages=CD009234|DOI=10.1002/14651858.CD009234.pub2|PMID=22419342|PMC=7132546|postscript=6}}</ref>や神経ブロックがある<ref name="Klomp" />。[[腹部大動脈瘤]]手術後の疼痛コントロールについて検討したあるレビューによると、硬膜外麻酔は術後3日までの期間において、より良い疼痛緩和(特に動作時)をもたらすことがわかった。また、術後の[[気管挿管]]の期間を約半分に短縮することができた。また、術後の[[人工呼吸器|人工呼吸]]期間や[[心筋梗塞]]の発生も硬膜外鎮痛により減少することが分かっている<ref name="pmid26731032">{{Cite journal|date=January 2016|title=Epidural pain relief versus systemic opioid-based pain relief for abdominal aortic surgery|journal=The Cochrane Database of Systematic Reviews|volume=2017|issue=1|pages=CD005059|DOI=10.1002/14651858.CD005059.pub4|PMID=26731032|PMC=6464571}}</ref>。 |
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== リスクと合併症 == |
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麻酔に関連するリスクや合併症は、[[罹患率]](麻酔が原因で起こる病気や障害)と[[死亡率]](麻酔が原因で起こる死)のいずれかに分類される。麻酔が罹患率や死亡率にどのように寄与しているかを定量的に把握することは、手術前の健康状態や手術手技の難易度などもリスク要因になるため、難しい場合もある。 |
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[[ファイル:Mortality_rates_by_ASA_status_from_Anesthesiology,_V_97,_No_6,_Dec_2002_p1615.png|左|サムネイル|[[ASA-PS]]による麻酔関連死亡率の違い<ref name="Lagasse">{{Cite journal|date=December 2002|title=Anesthesia safety: model or myth? A review of the published literature and analysis of current original data|journal=Anesthesiology|volume=97|issue=6|pages=1609–17|DOI=10.1097/00000542-200212000-00038|PMID=12459692}}</ref>]] |
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19世紀初頭に麻酔が発明される以前は、手術による[[ストレス (生体)|生理的ストレス]]が大きな合併症を引き起こし、[[ショック]]による死亡も少なくなかった。手術が速ければ速いほど、合併症の発生率は低くなった(超短時間の四肢切断の報告に繋がった)。麻酔の登場により、より複雑な手術や救命手術が可能になり、手術による生理的ストレスは軽減されたが、麻酔のリスクという要素が加わった。麻酔に直接関連した最初の死亡例が報告されたのは、エーテル麻酔の導入から2年後のことであった<ref name="Chaloner">{{Cite journal|date=August 2001|title=Amputations at the London Hospital 1852–1857|journal=Journal of the Royal Society of Medicine|volume=94|issue=8|pages=409–12|DOI=10.1177/014107680109400812|PMID=11461989|PMC=1281639}}</ref>。 |
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手術合併症は重大 (Major)なもの([[心筋梗塞]]、[[肺炎]]、[[肺血栓塞栓症|肺塞栓症]]、[[腎不全]]/[[慢性腎臓病]]、術後の[[認知障害|認知機能障害]]、{{仮リンク|麻酔アレルギー|en|Allergic reactions to anesthesia|label=アレルギー}})と軽微 (Minor)なもの(軽い[[術後嘔気嘔吐|吐き気、嘔吐]]、再入院)に分類される。通常、患者(または動物)の健康状態、実施される手術の種類、麻酔薬の間には、罹患率と死亡率につながる要因に重複がある。各要因の[[相対危険度]]を理解するためには、患者の健康状態に完全に起因する死亡率が1:870であることをまず考慮する。これを手術要因(1:2860)または麻酔単独(1:185,056)と比較すると、麻酔死亡率における最大の要因は患者の健康状態であることがわかる。これらの統計は、1954年に行われた麻酔の死亡率に関する最初の研究とも比較できる。この研究では、すべての原因による死亡率は1:75で、麻酔だけに起因する死亡率は1:2680と報告されている<ref name="Miller 2010">{{Cite book |title=Miller's Anesthesia |edition=Seventh |publisher=Churchill Livingstone Elsevier |year=2010 |isbn=978-0-443-06959-8 |location=US}}</ref>{{Rp|993}}。危険因子の層別化が異なるため、死亡率統計間の直接比較は、時間や国を超えて信頼できるものではない。しかし、どの程度のものなのかはわからない<ref name="Lagasse">{{Cite journal|date=December 2002|title=Anesthesia safety: model or myth? A review of the published literature and analysis of current original data|journal=Anesthesiology|volume=97|issue=6|pages=1609–17|DOI=10.1097/00000542-200212000-00038|PMID=12459692}}</ref>が、麻酔の安全性が著しく向上したというエビデンスはある<ref name="Braz">{{Cite journal|date=Oct 2009|title=Mortality in anesthesia: a systematic review|journal=Clinics|volume=64|issue=10|pages=999–1006|DOI=10.1590/S1807-59322009001000011|PMID=19841708|PMC=2763076}}</ref>。 |
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罹患率や死亡率を一律に記載するのではなく、手術と麻酔を組み合わせた[[相対危険度]]の要因として、多くの因子が報告されている。例えば、60~79歳の患者に対する手術は、60歳未満の患者に比べて2.3倍リスクが高くなる。また、[[ASA-PS]]スコアが3、4、5であれば、ASAスコアが1、2の人に比べて10.7倍リスクが高くなる。その他の変数としては、80歳以上(60歳未満の人に比べて3.3倍)、性別(女性は0.8倍と低い)、手術の緊急性(緊急の場合は4.4倍)、手技を行う人の経験(経験8年未満、または600件未満の場合は1.1倍)、麻酔の種類(区域麻酔は全身麻酔より低リスク<ref name="Miller 2010">{{Cite book |title=Miller's Anesthesia |edition=Seventh |publisher=Churchill Livingstone Elsevier |year=2010 |isbn=978-0-443-06959-8 |location=US}}</ref>{{Rp|984}})などがある。 妊産婦、新生児、老人はすべて合併症のリスクが高いので、特別な予防措置が必要かもしれない<ref name="Miller 2010" />{{Rp|969–86}}。 |
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2016年12月14日、[[アメリカ食品医薬品局]]は、「3歳未満の子どもや妊娠後期の妊婦の手術や手技の際に全身麻酔薬や鎮静剤を繰り返しまたは長時間用いることは、子どもの脳の発達に影響を与える可能性がある」という警告を公示した<ref>{{Cite journal|last=Research|first=Center for Drug Evaluation and|date=2019-06-18|title=FDA Drug Safety Communication: FDA review results in new warnings about using general anesthetics and sedation drugs in young children and pregnant women|url=https://www.fda.gov/drugs/drug-safety-and-availability/fda-drug-safety-communication-fda-review-results-new-warnings-about-using-general-anesthetics-and|journal=FDA|language=en}}</ref>。この警告に対して、米国産科婦人科学会は、妊婦への使用に関する直接的なエビデンスがなく、「この警告のせいで、医療従事者が医学的に適切な治療を妊娠中患者に提供することを不適切に思いとどまらせる可能性がある」と批判している<ref>American College of Obstetricians and Gynecologists [http://www.acog.org/About-ACOG/News-Room/Practice-Advisories/FDA-Warnings-Regarding-Use-of-General-Anesthetics-and-Sedation-Drugs "Practice Advisory: FDA Warnings Regarding Use of General Anesthetics and Sedation Drugs in Young Children and Pregnant Women"], ACOG Website, 21 December 2016. Retrieved on 3 January 2017.</ref>。患者擁護団体は、無作為臨床試験は倫理的に問題があること、障害の機序は動物で確立されていること、麻酔薬を複数回用いることで幼児の学習障害発症リスクが有意に上昇し、ハザード比2.12(95%信頼区間、1.26-3.54)となった研究結果を指摘した<ref>Kennerly Loutey [https://www.kennerlyloutey.com/anesthesia-pregnant-women-young-children/ "Anesthesia in Pregnant Women And Young Children: The FDA Versus ACOG"], Website, Retrieved on 3 January 2017.</ref>。 |
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== 回復 == |
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麻酔直後の時期を[[全身麻酔#覚醒・抜管|覚醒]]と称する。全身麻酔や鎮静剤からの覚醒時は、合併症の危険性が残っているため、慎重なモニタリングが必要である<ref name="AAGBI_Recovery">{{Cite journal|date=March 2013|title=Immediate post-anaesthesia recovery 2013: Association of Anaesthetists of Great Britain and Ireland|journal=Anaesthesia|volume=68|issue=3|pages=288–97|DOI=10.1111/anae.12146|PMID=23384257|postscript=6}}</ref>。[[術後嘔気嘔吐|吐き気や嘔吐]]は9.8%と報告されているが、麻酔薬の種類や手技によって異なる。[[気道確保]]の必要性は6.8%、[[尿閉]](50歳以上に多い)は2.7%、[[低血圧]]は2.7%と報告されている。[[低体温症|低体温]]、{{仮リンク|術後シバリング|en|Postanesthetic shivering|label=震え}}、混乱は、手術中は筋肉が動かない(その結果、熱産生が行われない)ため、術直後によくみられる<ref name="Miller 2010">{{Cite book |title=Miller's Anesthesia |edition=Seventh |publisher=Churchill Livingstone Elsevier |year=2010 |isbn=978-0-443-06959-8 |location=US}}</ref>{{Rp|2707}}。さらに、麻酔後のまれに起こる症状として、機能的神経症状障害(functional neurological symptom disorder: FNSD)の発生が考えられる。 |
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{{仮リンク|術後認知機能障害|en|Postoperative cognitive dysfunction}}(POCD、Post Anesthetic confusionとも)とは、手術後の[[認識|認知]]機能の障害のことである。また、{{仮リンク|覚醒時せん妄|en|emergence delirium}}(術後すぐの錯乱)や早期認知機能障害(術後1週間の認知機能低下)を表す言葉としても多義的に用いられることがある。3つの主体(せん妄、早期POCD、長期POCD)は別個だが、術後のせん妄の発生からは早期POCDの発生を予測できる。せん妄や早期POCDと、長期POCDの間には関連はないようである<ref name="Rudolph2008">{{Cite journal|date=September 2008|title=Delirium is associated with early postoperative cognitive dysfunction|journal=Anaesthesia|volume=63|issue=9|pages=941–47|DOI=10.1111/j.1365-2044.2008.05523.x|PMID=18547292|PMC=2562627}}</ref> 。[[カリフォルニア大学ロサンゼルス校|UCLA]]のDavid Geffen School of Medicineで行われた最近の研究によると、脳は一連の活動クラスター、すなわち「ハブ」を経由して、意識に戻る道を進むとされている。[[カリフォルニア大学ロサンゼルス校|UCLA]]の麻酔科学講師のアンドリュー・ハドソン医師は、「麻酔からの回復は、単に麻酔が『切れる』だけでなく、脳が迷路のような活動状態の中から、意識を持てるような状態に戻る道を見つけ出す結果でもある」と述べている。簡単に言えば、脳が自ら再起動するのである」と述べている<ref>{{Cite web |title=How brain 'reboots' itself to consciousness after anesthesia |url=https://www.sciencedaily.com/releases/2014/06/140618135834.htm |website=ScienceDaily |access-date=2023-01-28 |language=en}}</ref>。 |
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長期にわたるPOCDは、認知機能の微妙な低下であり、数週間、数ヶ月、またはそれ以上続くことがある。最も一般的なのは、本人の親族による、注意力、記憶力の欠如、以前は本人にとって大切だった活動(クロスワードなど)への興味喪失の報告である。同様に、仕事をしている人は、以前と同じスピードで仕事をこなすことができなくなったと報告することがある<ref name="Deiner">{{Cite journal|date=December 2009|title=Postoperative delirium and cognitive dysfunction|journal=British Journal of Anaesthesia|volume=103|issue=Suppl 1|pages=i41–46|DOI=10.1093/bja/aep291|PMID=20007989|PMC=2791855}}</ref>。心臓手術後にPOCDが発生し、その主な原因は[[塞栓|微小塞栓]]の形成であることを示す十分なエビデンスがある。また、POCDは心臓以外の手術でも発生する可能性がある。非心臓手術におけるその原因はあまり明らかではないが、高齢がその発生の危険因子である<ref name="Miller 2010">{{Cite book |title=Miller's Anesthesia |edition=Seventh |publisher=Churchill Livingstone Elsevier |year=2010 |isbn=978-0-443-06959-8 |location=US}}</ref>{{Rp|2805–16}}。 |
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== 歴史 == |
== 歴史 == |
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[[ファイル:Statue_of_Hua_Tuo_in_GDMU.jpg|右|サムネイル|[[華佗]]]] |
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=== 薬物を用いない麻酔 === |
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全身麻酔の最初の試みは、おそらく[[先史時代]]に投与された[[薬草]]療法であったと思われる。[[アルコール]]は最も古くから知られている[[鎮静薬|鎮静剤]]の一つであり、数千年前の古代[[メソポタミア]]で用いられていた<ref name="Powell1996">{{Cite book |title=The origins and ancient history of wine (Food and nutrition in history and anthropology) |edition=1 |volume=11 |chapter=Chapter 9: Wine and the vine in ancient Mesopotamia: the cuneiform evidence |pages=96–124 |publisher=Gordon and Breach Publishers |location=Amsterdam |year=1996 |isbn=978-90-5699-552-2 |chapter-url=https://books.google.com/books?id=aXX2UcT_yw8C&pg=PA97}}</ref>。[[シュメール]]人は、[[紀元前]]3400年頃にはメソポタミア南部で[[アヘン]][[ケシ]]を栽培し、収穫していたと言われている<ref name="Neligan1927">{{Cite journal|year=1928|title=The opium question, with special reference to Persia (book review)|journal=Transactions of the Royal Society of Tropical Medicine and Hygiene|volume=21|issue=4|pages=339–40|DOI=10.1016/S0035-9203(28)90031-0}}</ref><ref name="Booth1996">{{Cite book |title=Opium: A History |chapter=The discovery of dreams |page=[https://archive.org/details/opiumhistory00boot/page/15 15] |publisher=Simon & Schuster, Ltd. |location=London |year=1996 |isbn=978-0-312-20667-3 |chapter-url=https://books.google.com/books?id=8XHV8JAoAi4C&q=Opium:+A+History |url=https://archive.org/details/opiumhistory00boot/page/15}}</ref>。古代エジプトでは、外科手術用の器具<ref name="Ebers1889">{{Cite book |title=Papyrus Ebers |edition=1 |volume=2 |publisher=Bei S. Hirzel |location=Leipzig |language=de |year=1889 |oclc=14785083 |url=https://archive.org/details/papyrusebersdie00ebergoog |access-date=2010-09-18 |editor-link=Georg Ebers}}</ref><ref name="Pahor1992I">{{Cite journal|date=August 1992|title=Ear, nose and throat in ancient Egypt|journal=The Journal of Laryngology and Otology|volume=106|issue=8|pages=677–87|DOI=10.1017/S0022215100120560|PMID=1402355}}</ref>、原始的な鎮痛剤と鎮静剤(おそらく[[マンドレイク]]の果実の抽出物)が使用されていた<ref name="Sullivan1996">{{Cite journal|date=August 1996|title=The identity and work of the ancient Egyptian surgeon|journal=Journal of the Royal Society of Medicine|volume=89|issue=8|pages=467–73|DOI=10.1177/014107689608900813|PMID=8795503|PMC=1295891}}</ref>。 |
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薬物を用いない麻酔として[[催眠術]]が長い歴史を持っている<ref name="Rooney">アン・ルーニー『医学は歴史をどう変えてきたか:古代の癒やしから近代医学の奇跡まで』立木勝訳 東京書籍 2014年 ISBN 9784487808748 p.158.</ref>。このほか、[[低体温法]]、[[経皮的末梢神経電気刺激|電気麻酔]]や[[鍼|針麻酔]]というものも存在する。日本では[[江戸時代]]には既に氷を用いた低体温法が存在したという。針麻酔は、一般には[[1958年]]に上海市第一人民病院で行われた扁桃腺摘出手術を嚆矢とし、過去に類似の麻酔法があったとの説もあるが明確な記録がない<ref>山下泰徳、村上えい子「針麻酔に関する初歩的研究」『日本東洋医学会誌』1975年、26巻、1号、p39-45</ref>。1972年の米中国交回復時の[[リチャード・ニクソン|ニクソン大統領]]訪中のニュースとともに針麻酔が報道され世界に知られるようになった<ref>後藤修司「世界の代替医療事情:アメリカにおける鍼灸の認識」『漢方と最新治療』2002年、11巻、1号、p13</ref>。 |
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中国の[[扁鵲]](へんじゃく、紀元前300年頃)は伝説的な内科医・外科医で、外科手術に全身麻酔を用いたと伝えられている{{要出典|date=May 2019}}。にもかかわらず、歴史上初めて麻酔薬を調合した人物は中国の[[華佗]]であると考えられているが、彼の処方はまだ完全に解明されてはいない<ref>{{Cite book |last=Mair |first=Victor H. |author-link=Victor H. Mair |year=1994 |chapter=The Biography of Hua-t'o from the "History of the Three Kingdoms" |title=The Columbia Anthology of Traditional Chinese Literature |editor=Victor H. Mair |publisher=Columbia University Press |pages=688–96}}</ref>。 |
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=== 薬草を起源とするもの === |
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[[先史時代]]には[[薬草]]による麻酔が利用されていた。[[アヘン]]と[[大麻]]の二つが最も重要な薬草として利用されていた。それらは[[経口]]で摂取するか、燃やしてその煙を吸い込むことで利用された。[[エタノール|アルコール]]も最も古くから知られている鎮痛剤で(血管を拡張させる作用の存在は知られていなかった)、古代メソポタミアで利用された<ref name=Powell1996>{{cite book |title= The origins and ancient history of wine (Food and nutrition in history and anthropology) |edition=1 |volume=11 |chapter= Chapter 9: Wine and the vine in ancient Mesopotamia: the cuneiform evidence |pages= 96–124 |author = Powell MA |editors= McGovern PE, Fleming SJ, Katz SH |publisher= Gordon and Breach Publishers |location= Amsterdam |year=1996 |isbn=978-90-5699-552-2 |url= https://books.google.com/?id=aXX2UcT_yw8C&pg=PA97 }}</ref>。[[南アメリカ]]では[[チョウセンアサガオ]]から抽出された[[スコポラミン]]が[[コカ]]のように用いられた。[[インカ文明]]ではコカと酒を麻酔に使用した[[穿頭|穿頭術]]が行われていた。古代エジプトでは、[[マンドレーク]]の果実から抽出された物が使用され<ref name="Sullivan1996">{{cite journal |last= Sullivan |first=R |title= The identity and work of the ancient Egyptian surgeon |journal=Journal of the Royal Society of Medicine |volume=89 |issue=8 |pages= 467–73 |year=1996 |pmc= 1295891 |pmid= 8795503 |doi=}}</ref>、中世ヨーロッパではそれに[[ヒヨス]]([[ヒヨスチアミン]])などの[[トロパンアルカロイド]]を多く含む[[ナス科]]植物を組み合わせて使用した。[[中国]]では[[後漢]]末期、[[華佗]]が「麻沸散」という麻酔を使い、手術を行ったと『[[三国志 (歴史書)|三國志]]』に記録されている。麻沸散の成分は不明だが、これも大麻を使ったものではないかといわれている。 |
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ヨーロッパ、アジア、アメリカ大陸では、強力な[[トロパン]][[アルカロイド]]を含む様々な[[ナス属]]の植物が麻酔に用いられた。13世紀のイタリアでは、{{仮リンク|テオドリコ・デ・ボルゴニョーニ|it|Teodorico de' Borgognoni|label=テオドリコ・デ・ボルゴニョーニ}}がアヘン剤とともに同様の混合物を用いて意識を失わせ、19世紀までこの混合アルカロイドによる治療が、不十分ながら全身麻酔の主役であった。これは、アラブの医師が用いていた「睡眠用スポンジ(海綿)」に由来する。12世紀後半に{{仮リンク|サレルノ医学校|en|Schola Medica Salernitana}}の医学者によって、13世紀には{{仮リンク|ウーゴ・デ・ボルゴニョーニ|it|Ugo de' Borgognoni}}(1180-1258)によってヨーロッパにもたらされた。そのスポンジはウーゴの息子で同じ外科医の{{仮リンク|テオドリコ・デ・ボルゴニョーニ|it|Teodorico de' Borgognoni|label=テオドリコ・デ・ボルゴニョーニ}}(1205-1298)が普及させ、記録を残した。この麻酔法は、アヘン、[[マンドレイク]]、[[ドクニンジン]]の汁などを溶かした溶液にスポンジを浸し、乾燥させて保存するものであった。手術の直前にスポンジを湿らせ、患者の鼻の下に当てると、全てが上手くいけば、その蒸気で患者は意識を失った<ref>{{Cite journal|last=Juvin|first=Phillippe|last2=Desmonts|first2=Jean-Marie|date=July 2000|title=The Ancestors of Inhalational Anesthesia: The Soporific Sponges (XIth–XVIIth Centuries): How a Universally Recommended Medical Technique Was Abruptly Discarded|url=https://pubs.asahq.org/anesthesiology/article/93/1/265/491/The-Ancestors-of-Inhalational-Anesthesia-The|journal=Anesthesiology|volume=93|issue=1|pages=265–269|accessdate=2023-01-15}}</ref>。 |
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日本においては、[[江戸時代]]に外科医であった[[華岡青洲]]が曼陀羅華の実([[チョウセンアサガオ]])、草烏頭([[トリカブト]])、当帰([[トウキ]])などの6種類の薬草に麻酔効果があることを発見し、実母の於継と妻の加恵の実験協力と犠牲の上に[[全身麻酔]]薬「[[通仙散]]」を完成させた<ref name=hanaoka01>{{Cite journal|和書|author=松木明知|year=1973|title=華岡青洲による最初の全身麻酔の期日について|journal=日本医史学雑誌|volume=19|issue=2|pages=p.p.193-197}}</ref>。[[文化 (元号)|文化]]元年([[1804年]])[[10月13日 (旧暦)|10月13日]]、華岡青洲は経口の通仙散を用いた全身麻酔下での手術により、[[大和国]][[宇智郡]]五條村の藍屋勘の[[乳癌]]摘出に成功している<ref name=hanaoka01 />。はっきりした記録が残っているものでは世界最初の麻酔手術である<ref>{{Cite journal|和書|authorlink=天野陽介|year=2009|title=日本の名医:55:503:華岡青洲|journal=活|volume=51|issue=5|pages=p.p.78-79}}</ref>。 |
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[[インカ帝国|インカ文明]]では、[[シャーマニズム|シャーマン]]が[[コカ]]の葉を噛み、麻酔のためにつけた傷口に唾を吐きながら頭蓋骨の手術を行っていたため、局所麻酔薬が用いられたことになっている<ref name="Ruetsch2001">{{Cite journal|date=August 2001|title=From cocaine to ropivacaine: the history of local anesthetic drugs|journal=Current Topics in Medicinal Chemistry|volume=1|issue=3|pages=175–82|DOI=10.2174/1568026013395335|PMID=11895133}}</ref>。その後、[[コカイン]]が単離され、最初の有効な局所麻酔薬となった。1859年に{{仮リンク|カール・コラー (眼科医)|en|Karl Koller (ophthalmologist)|label=カール・コラー}}が[[精神科医]][[ジークムント・フロイト]]の提案で、1884年に{{仮リンク|眼科手術|en|Eye surgery}}に用いたのが最初とされている<ref name="Koller1884">{{Cite journal|author-link=Karl Koller (ophthalmologist)|year=1884|title=Über die verwendung des kokains zur anästhesierung am auge|journal=Wiener Medizinische Wochenschrift|volume=34|pages=1276–309|language=de}}</ref>。ドイツの外科医{{仮リンク|アウグスト・ビーア|en|August Bier}}(1861-1949)は、1898年にコカインを初めて[[脊髄くも膜下麻酔]]に用いた<ref name="Bier1899">{{Cite journal|author-link=August Bier|year=1899|title=Versuche über cocainisirung des rückenmarkes|url=https://zenodo.org/record/1428422|journal=Deutsche Zeitschrift für Chirurgie|volume=51|issue=3–4|pages=361–69|language=de|DOI=10.1007/BF02792160}}</ref>。ルーマニアの外科医ニコラエ・ラコヴィチェアヌ=ピテシュティ ({{Lang|ro|Nicolae Racoviceanu Piteşti}}, 1860-1942)は、[[オピオイド]]を髄腔内鎮痛に用いた最初の人物で、その経験を1901年にパリで発表している<ref name="Brill2003">{{Cite journal|date=September 2003|title=A history of neuraxial administration of local analgesics and opioids|journal=European Journal of Anaesthesiology|volume=20|issue=9|pages=682–89|DOI=10.1017/S026502150300111X|PMID=12974588}}</ref>。 |
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=== 初期の吸入麻酔薬 === |
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[[19世紀]]における有効な麻酔薬の開発は、[[ジョゼフ・リスター]]による消毒の技術とともに、[[手術]]の成功の鍵の一つとなった。[[ヘンリー・ヒックマン]]は1820年代に二酸化炭素を用いた実験を行った。[[ジョセフ・プリーストリー]]によって分離された[[亜酸化窒素]](笑気ガス)の麻酔作用は1795年に[[トマス・ベドーズ]]の助手である、イギリスの化学者[[ハンフリー・デービー]]により証明され、1800年に論文として発表された。しかし、初期には亜酸化窒素の医学的な用途は限られており、その主な役割は娯楽であった。[[1844年]]12月、[[アメリカ合衆国]]の[[歯科医師]]である[[ホーレス・ウェルズ]]は[[抜歯]]を無痛で行うために亜酸化窒素を使用した。翌[[1845年]]、彼は[[マサチューセッツ総合病院]]で公開デモを行ったが、失敗を犯し、患者に大きな痛みを感じさせた。この失敗のために彼はすべての支援を失った。 |
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[[ファイル:Anaesthesia_exhibition,_1946_Wellcome_M0009908.jpg|サムネイル|[[ハンフリー・デービー]]卿による「亜酸化窒素に関する化学的および哲学的研究」(1800年)。556-557頁に外科手術時の疼痛緩和における[[亜酸化窒素]]の麻酔特性が概説されている。]] |
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歯科医師である[[ウィリアム・クラーク]]{{要曖昧さ回避|date=2019年2月}}は[[1842年]]1月、1540年に発見されていた硫酸エーテル([[ジエチルエーテル]])の抽出を行った。同年3月、[[ジョージア州]]のDanielsvilleにおいて[[クロフォード・ロング]]が最初に麻酔を手術で用いた。少年の首にある[[嚢胞]]をとる手術であった。しかし、彼は後になるまでこの情報を発表しなかった。 |
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最も有名な麻酔薬である[[ジエチルエーテル|エーテル]]は、8世紀には合成されていたかもしれないが<ref name="Barash">{{Cite book |chapter=The history of Anesthesiology |edition=4th |publisher=Lippincott Williams & Wilkins |year=2001 |isbn=978-0-7817-2268-1 |page=3 |title=Clinical Anesthesia}}</ref><ref name="Lullus">{{Cite book |title=McGraw-Hill's PCAT |publisher=McGraw-Hill |page=39 |url=https://books.google.com/books?id=8MwxkLP87IUC&pg=PA39 |isbn=978-0-07-160045-3 |date=2008}}</ref>、16世紀の医師で博識の[[パラケルスス]]が、エーテルを吸わせた鶏は眠りに落ちるばかりか、痛みを感じないことを指摘しているにもかかわらず、その麻酔の重要性が認められるまでには、何世紀もかかった。19世紀初頭には、エーテルは人間にも用いられるようになったが、それは単に{{仮リンク|娯楽用麻薬|en|Recreational drug use}}としてであった<ref name="Fenster2001">{{Cite book |title=Ether Day: The Strange Tale of America's Greatest Medical Discovery and the Haunted Men Who Made It |publisher=HarperCollins |location=New York |year=2001 |chapter=Power Struggle |pages=[https://archive.org/details/etherdaystranget00fens/page/106 106–16] |isbn=978-0-06-019523-6 |chapter-url=https://archive.org/details/etherdaystranget00fens |url=https://archive.org/details/etherdaystranget00fens/page/106}}</ref>。 |
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一方、1772年、イギリスの科学者[[ジョゼフ・プリーストリー]]が[[亜酸化窒素]]というガスを発見した。当初、人々はこのガスも他の[[窒素酸化物]]と同じように、少量でも致死量になると考えていた。しかし、1799年、イギリスの化学者であり発明家でもある[[ハンフリー・デービー]]は、自分自身で実験して確かめようと考えた。デービーは、驚くべきことに亜酸化窒素が自分を笑わせることを発見し、このガスを「笑気」と名づけた<ref name="Davy">{{Cite book |title=Oxford Textbook of Anaesthesia |date=2017 |publisher=Oxford University Press |page=529}}</ref>。1800年、デービーは亜酸化窒素が手術中の痛みを和らげる麻酔薬となる可能性について書いているが、当時は誰もそれ以上この問題を追及しなかった<ref name="Davy" />。 |
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[[1846年]]10月16日、歯科医師である[[ウィリアム・T・G・モートン]]は[[マサチューセッツ総合病院]]に招待され、硫酸エーテルを麻酔として用いた最初の公開手術を行った。首から腫瘍を切除する手術であった。 |
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1804年11月14日、日本人医師・[[華岡青洲]]が、世界で初めて[[全身麻酔]]を用いた手術に成功した<ref>{{Cite journal|last=Izuo|first=Masaru|date=2004-11-01|title=Medical history: Seishu hanaoka and his success in breast cancer surgery under general anesthesia two hundred years ago|url=https://doi.org/10.1007/BF02968037|journal=Breast Cancer|volume=11|issue=4|pages=319–24|language=en|DOI=10.1007/BF02968037|ISSN=1880-4233|PMID=15604985}}</ref>。華岡は、日本の伝統医学と、[[蘭学]]の外科学や漢方医学を学んだ。長年の研究と実験の結果、彼は遂に[[チョウセンアサガオ]]などの生薬を配合した「[[通仙散]](麻佛散)」という処方を開発した<ref>{{Cite journal|last=Ogata|first=Tomio|date=1973|title=Seishu Hanaoka and his anaesthesiology and surgery*|url=https://associationofanaesthetists-publications.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/j.1365-2044.1973.tb00549.x|journal=Anaesthesia|volume=28|issue=6|pages=645–52|language=en|DOI=10.1111/j.1365-2044.1973.tb00549.x|ISSN=1365-2044|PMID=4586362}}</ref>。 |
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モートンがLetheonと名づけ、アメリカ合衆国での特許をとった[[有機化合物|化合物]]を彼は秘密にしようと努力したが、それにもかかわらず、1846年末までにはこの発見と化合物の性質に関するニュースはヨーロッパに広まった。[[ロバート・リストン]]、[[:en:Ernst Dieffenbach|エルンスト・ディーフェンバッハ]]、[[ニコライ・ピロゴフ]]、[[:en:James Syme|ジェームズ・サイム]]などの評価の高い外科医たちはジエチルエーテルを用いた手術を試みるようになった。 |
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華岡の無痛手術の成功はすぐに評判となり、日本各地から患者が訪れるようになった。華岡はその後も、[[悪性腫瘍]]の切除、[[膀胱結石]]の摘出、四肢の切断など、多くの手術を通仙散を用いて行っている<ref>{{Cite book |last=Hyodo |first=M. |url=https://books.google.com/books?id=ljBTn8HBBjcC |title=The Pain Clinic IV: Proceedings of the Fourth International Symposium, Kyoto, Japan, 18-21 November 1990 |last2=Oyama |first2=T. |last3=Oyama |first3=Tsutomu |last4=Swerdlow |first4=Mark |date=1992 |publisher=VSP |isbn=978-90-6764-147-0 |language=en}}</ref>。1835年に亡くなるまで、花岡は乳癌の手術を150件以上行っている。しかし、この発見は1854年、[[江戸幕府|徳川幕府]]の[[鎖国]]政策により、鎖国が解けるまで花岡の業績が公表されなかったため、世界に貢献することはなかった<ref>{{Cite journal|last=Toby|first=Ronald P.|date=1977|title=Reopening the Question of Sakoku: Diplomacy in the Legitimation of the Tokugawa Bakufu|url=https://www.jstor.org/stable/132115|journal=Journal of Japanese Studies|volume=3|issue=2|pages=323–63|DOI=10.2307/132115|ISSN=0095-6848|JSTOR=132115}}</ref>。その後、[[西洋]]における近代麻酔薬の発明者と称される[[クロウフォード・ロング]]が、[[ジョージア州]]ジェファーソンで全身麻酔を用いるまで、40年近い歳月が流れた<ref>{{Cite news |title=An Account of the First Use of Sulphuric Ether by... : Survey of Anesthesiology |language=en-US |newspaper=LWW |url=https://journals.lww.com/surveyanesthesiology/Citation/1991/12000/An_Account_of_the_First_Use_of_Sulphuric_Ether_by.49.aspx |access-date=2021-02-22}}</ref>。 |
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[[クロロホルム]]もジエチルエーテルと並んで急速に発達した。クロロホルムはジエチルエーテルと異なり手術室では常温で引火せず、また、麻酔導入にはジエチルエーテルより扱いやすいと考えられていた。クロロホルムは[[1831年]]に発見され、[[有機化合物]]に関する幅広い研究の中で、[[1847年]]にクロロホルムの有効性が発見され、[[ジェームズ・シンプソン]]が無痛分娩に成功した。クロロホルムの使用は広がり、1853年、ジョン・スノーがレオポルド王子出生時に[[ヴィクトリア (イギリス女王)|ヴィクトリア女王]]にそれを与えた時に国王の認可を受けた。しかし、クロロホルム麻酔は重篤な心毒性、不整脈を引き起こし、死者が相次いだため、まったく用いられなくなった。 |
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ロングは、友人たちが[[ジエチルエーテル]]を飲んでふらふらと歩いているときに、怪我をしても痛みを感じないことに気がついた。彼はすぐに外科手術に使えると考えた。ちょうど、この「エーテル騒ぎ」に参加していたジェームス・ベナブルという学生が、小さな腫瘍を2つ切除してほしいと希望していた。しかし、ベナブルは手術の痛みを恐れて、手術をずっと先延ばしにしていた。そこで、ロングはエーテルを使って手術をすることを提案した。1842年3月30日、ベナブルは無痛手術に成功した。しかし、ロングがこの発見を発表したのは、1849年になってからである<ref name="Long1849">{{Cite journal|author-link=Crawford Long|year=1849|title=An account of the first use of Sulphuric Ether by Inhalation as an Anesthetic in Surgical Operations|journal=Southern Medical and Surgical Journal|volume=5|pages=705–13}}</ref>。 |
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その後、導入麻酔薬と維持麻酔薬は別の麻酔薬を使用する麻酔法が主流となり、ジエチルエーテルは維持麻酔薬として最も優れているとされた。しかし手術室の電子化にともない、ジエチルエーテルの引火性が問題となり、先進国では使用されなくなった。ただ今でもその優れた特性から、発展途上国では維持麻酔薬として頻用されている。 |
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[[ファイル:Southworth_&_Hawes_-_First_etherized_operation_(re-enactment).jpg|右|サムネイル|1846年10月16日、モートンの[[ジエチルエーテル|エーテル]]手術の再現({{仮リンク|サウスワース&ホーズ社|en|Southworth & Hawes}}製[[ダゲレオタイプ]])]] |
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[[ファイル:Ether_inhaler,_c._1846,_developed_by_William_T._G._Morton_-_National_Museum_of_American_History_-_DSC06167.JPG|サムネイル|モートンのエーテル吸入器]] |
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[[ホーレス・ウェルズ]]は、1845年に[[ボストン]]の[[マサチューセッツ総合病院]]で、吸入麻酔薬の最初の公開デモンストレーションを行った。しかし、[[亜酸化窒素]]の投与が不適切であったため、痛みに泣き叫ぶ者が出た<ref name="NMAH">{{Cite web |url=http://americanhistory.si.edu/collections/object.cfm?key=35&objkey=113 |title=Miniature Portrait of Horace Wells |publisher=National Museum of American History, Smithsonian Institution |access-date=2008-06-30}}</ref>。1846年10月16日、ボストンの歯科医[[ウィリアム・T・G・モートン]]は、同じ会場で医学生に[[ジエチルエーテル]]を用いた実演を行い、成功させた<ref>{{Cite web |title=The painful story behind modern anesthesia |url=https://www.pbs.org/newshour/rundown/the-painful-story-behind-modern-anesthesia/ |publisher=pbs.org |date=16 October 2013 |access-date=2023-01-28}}</ref>。ロングの研究を知らないモートンは、マサチューセッツ総合病院に招かれ、無痛手術の新しい技術を披露することになった。モートンが麻酔をかけた後、外科医{{仮リンク|ジョン・コリンズ・ウォーレン|en|John Collins Warren}}が{{仮リンク|エドワード・ギルバート・アボット|en|Edward Gilbert Abbott}}の首から腫瘍を摘出した。これは、現在{{仮リンク|エーテルドーム|en|Ether Dome}}と呼ばれている手術用円形劇場で行われた。それまで懐疑的だったウォーレンは感動して、「諸君、これは誤魔化しではない」と言い放った。その後まもなく、[[アメリカ人]]の医師で作家の[[オリバー・ウェンデル・ホームズ・シニア]]は、モートンへの手紙の中で、発生した状態を「麻酔: anaesthesia」と名付け、その手技を「麻酔薬: anaesthetic」と名付けることを提案した<ref name="Fenster2001">{{Cite book |title=Ether Day: The Strange Tale of America's Greatest Medical Discovery and the Haunted Men Who Made It |publisher=HarperCollins |location=New York |year=2001 |chapter=Power Struggle |pages=[https://archive.org/details/etherdaystranget00fens/page/106 106–16] |isbn=978-0-06-019523-6 |chapter-url=https://archive.org/details/etherdaystranget00fens |url=https://archive.org/details/etherdaystranget00fens/page/106}}</ref><ref name="Sullivan235" />。 |
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モートンは当初、この麻酔薬の正体を隠そうとし、「レテオン」と名付けていた。彼はこの物質の[[米国の特許制度|米国特許]]を取得したが、この麻酔薬の成功のニュースは、1846年末には急速に広まった。[[ロバート・リストン|リストン]]、{{仮リンク|ヨハン・フリードリヒ・ディーフェンバッハ|en|Johann Friedrich Dieffenbach|label=ディーフェンバッハ}}、[[ニコライ・ピロゴフ|ピロゴフ]]、{{仮リンク|ジェームズ・サイメ|en|James Syme|label=サイメ}}などヨーロッパの名だたる外科医が、さっそくエーテルを使って数多くの手術を行った。アメリカ生まれの医師ブートは、ロンドンの歯科医{{仮リンク|ジェームス・ロビンソン(歯科医)|en|James Robinson (dentist)|label=ジェームス・ロビンソン}}に、ロンズデール嬢の歯科手術を行うように勧めた。これは、術者兼麻酔医の最初のケースであった。同じ1846年12月19日、スコットランドのダンフリース王立病院では、スコット医師が外科手術にエーテルを用いている<ref>{{Cite journal|date=December 1965|title=The first European trial of anaesthetic ether: the Dumfries claim|journal=British Journal of Anaesthesia|volume=37|issue=12|pages=952–57|DOI=10.1093/bja/37.12.952|PMID=5323141}}</ref>。南半球で初めて麻酔を用いたのは、同じ年の[[タスマニア州]][[ローンセストン]]であった。エーテルは嘔吐が多く、[[可燃物|爆発的に燃えやすい]]という欠点があり、イギリスでは[[クロロホルム]]に取って代わられた{{要出典|date=May 2019}}。 |
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=== 局所麻酔薬 === |
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最初の有効な[[局所麻酔薬]]は[[コカイン]]であった。[[1859年]]に分離されたコカインは[[眼科学|眼科]]医であるカール・コラー([[:en:Karl Koller (ophthalmologist)|en]])によって[[1884年]]に用いられたのが最初である。その前までは、医師は塩と氷を混ぜたもので冷たさによる麻痺を得るなどしており、これは限られた場合でしか使えないものだった。この感覚脱失はエーテルや[[クロロエチン]]のスプレーでも引き起こせた。 |
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1831年にアメリカの医師サミュエル・ガスリー(1782-1848)が発見し、数ヵ月後にフランスのウジェーヌ・スーベラン(1797-1859)とドイツのユストゥス・フォン・リービヒ(1803-1873)が独立して発見したクロロホルムは、1834年にジャン・バティスト・デュマ(1800-1884)が命名し化学的特性を明らかにした。1842年、ロンドンの{{仮リンク|ロバート・モーティマー・グローバー|en|Robert Mortimer Glover}}博士が、実験動物にクロロホルムの麻酔効果を発見した<ref>{{Cite journal|date=April 2004|title=The short, tragic life of Robert M. Glover|url=http://www.ph.ucla.edu/epi/snow/anaesthesia59_394_400_2004.pdf|journal=Anaesthesia|volume=59|issue=4|pages=394–400|DOI=10.1111/j.1365-2044.2004.03671.x|PMID=15023112}}</ref>。 |
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コカインはすぐに[[プロカイン]](1905年)、[[オイカイン]](1900年)、[[ストバイン]](1904年)、[[リドカイン]](1943年)など安全な派生物に置き換えられた。 |
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1847年、スコットランドの産科医[[ジェームズ・シンプソン]]は、クロロホルムの麻酔作用を初めて人体で実証し、医療に用いる薬として普及させることに貢献した<ref name="eb">{{Cite encyclopedia |title=Sir James Young Simpson |encyclopedia=Encyclopædia Britannica}}</ref>。この最初の供給元は地元の薬剤師であるジェームズ・ダンカンと{{仮リンク|ウィリアム・フロックハート|en|William Flockhart}}で、その使用は急速に広まり、1895年までに英国で毎週75万回投与されるようになった。シンプソンは、[[フローレンス・ナイチンゲール]]への供給をフロックハートに依頼した<ref>{{Cite journal|last=Worlin|first=P. M.|date=1998|title=Duncan and Flockhart: the Story of Two Men and a Pharmacy|journal=Pharmaceutical Historian|volume=28|issue=2|pages=28–33|PMID=11620310}}</ref>。クロロホルムは、1853年に[[ジョン・スノウ (医師)|ジョン・スノウ]]が、[[レオポルド (オールバニ公)|レオポルド皇太子]]の陣痛時に[[ヴィクトリア (イギリス女王)|ヴィクトリア女王]]に投与し、王室の承認を得ている。出産という体験において、クロロホルムは女王の期待に応え、女王は「計り知れない喜びを感じた」と述べている<ref>{{Cite news |title=Queen Victoria uses chloroform in childbirth, 1853 |url=https://www.ft.com/content/1e2ce5d6-aad3-11dd-897c-000077b07658 |archive-url=https://ghostarchive.org/archive/20221210/https://www.ft.com/content/1e2ce5d6-aad3-11dd-897c-000077b07658 |archive-date=10 December 2022 |newspaper=Financial Times |date=28 November 2017}}</ref>。しかし、クロロホルムに欠陥がなかったわけでもない。クロロホルム投与が直接の原因とされる最初の死亡事故は、1848年1月28日、ハンナ・グリーナーの死後、記録されたものである<ref>{{Cite journal|date=1997-01-01|title=[History of chloroform anesthesia]|journal=Anaesthesiologie und Reanimation|volume=22|issue=6|pages=144–52|PMID=9487785}}</ref>。これは、訓練されていないクロロホルムの取り扱いによる多くの死亡例の最初のものであった。外科医は、訓練を受けた麻酔科医の必要性を認識し始めた。サッチャー{{Who|date=2023年1月28日 (土) 12:15 (UTC)}}が書いているように、麻酔科医の資質は「(1)その仕事が要求する従属的な役割に満足すること、(2)麻酔を自分の関心のあることの一つにすること、(3)麻酔科医という立場を、外科医の手技を見て学ぶ立場とは考えず、(4)比較的低い給料を受け入れ、(5)外科医の求めるスムーズな麻酔と弛緩状態を提供するために、高いレベルの技術を身につける天賦の才能と知性がある」とされた<ref>{{Cite book |title=Nurse Anesthesia |publisher=Elsevier |year=2018 |isbn=978-0323443920 |location=St. Louis Missouri |pages=2–4}}</ref>。こうした麻酔科医の資質は、従順な[[医学生]]や、一般人にすら、よく見受けられた。外科医は、麻酔を施す看護師を探すことが多くなった。[[南北戦争]]の頃には、多くの看護師が外科医の支援を受けながら専門的な訓練を受けていた。 |
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=== 初期のオピオイド === |
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[[オピオイド]]はラコヴィセアヌ=ピテスティによって最初に使用され、[[1901年]]に発表された。 |
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ロンドンの[[ジョン・スノウ (医師)|ジョン・スノウ]]は、1848年5月以降、『ロンドン医事公報』に「蒸気の吸入による麻酔について」という記事を掲載した<ref>{{Cite journal|date=June 1992|title=On Narcotism by the Inhalation of Vapours by John Snow MD|journal=Journal of the Royal Society of Medicine|volume=85|issue=6|pages=371|PMC=1293529}}</ref>。また、スノウは、今日の[[麻酔器]]の前身である[[吸入麻酔薬]]の投与に必要な機器の製造にも携わっていた<ref>{{Cite web |url=http://patinaa.blogfa.com/?p=2 |title=Anesthesia LAND |website=patinaa.blogfa.com |access-date=2016-12-02 |archive-url=https://web.archive.org/web/20161203123748/http://patinaa.blogfa.com/?p=2 |archive-date=3 December 2016}}</ref>。 |
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=== 20世紀 === |
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20世紀は以下に示す麻酔薬が使われていた。 |
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1860年11月に生まれたアリス・マガウは、しばしば「麻酔の母」と呼ばれる。ウィリアム・メイヨー、チャールズ・メイヨー父子([[メイヨー・クリニック|メイヨークリニック]]の創設者・外科医)の専属麻酔看護師としての彼女の名声は、メイヨーが麻酔看護師による麻酔への彼の満足と信頼を説明した1905年の記事の中でメイヨー自身の言葉によって確固たるものとなった。「麻酔の問題は最も重要な問題です。私たちには、頼りになる正規の麻酔看護師がいるので、私は手術に全力を注ぐことができるのです」。マガウは自分の症例を徹底的に記録し、これらの麻酔を記録した。14,000件以上の手術麻酔を検討した出版物の中で、マガウは麻酔に関連する死亡例がなく、麻酔の提供に成功したことを示している。マガウは別の記事において、「エーテル単独で674回、クロロホルム単独で245回、エーテルとクロロホルムの併用で173回、合計1,092回の麻酔を行った。この1,092回のうち、事故は一度もなかったと報告できる」と述べた。マガウの記録と成果は、看護師による麻酔の提供が、患者のリスクを増大させることなく外科界に貢献することを定義する遺産を作り出したのである。実際、マガウの治療成績は、今日の医療従事者のそれを凌ぐものであった<ref>{{Cite journal|last=Goode|first=Victoria|date=February 2015|title=Alice Magaw: A Model for Evidence-Based Practice|url=https://www.aana.com/docs/default-source/aana-journal-web-documents-1/alice-magaw-0215-pp50-55.pdf?sfvrsn=ccd848b1_4|journal=AANA Journal|volume=83|issue=1|pages=50–55|PMID=25842634}}</ref>。 |
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* [[チオペンタール]] (1934年) |
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* [[ベンゾジアゼピン]] |
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* [[プロポフォール]] (2,6-ジ-イソプロピルフェノール) |
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* [[エトミデート]] |
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* [[ケタミン]] |
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* [[クラーレ]](1942年) |
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* [[フェンタニル]] |
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* [[ハロセン]] |
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* [[サクシニールコリン]] |
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* [[エンフルレン]] |
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* [[デルモルフィン]] |
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* [[キセノン]] |
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* 新しい合成オピオイド - [[ペチジン|メペリジン]]、[[アルフェンタニル]]、[[サフェンタニル]](1981年)、[[レミフェンタニル]] |
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1914年、麻酔科医{{仮リンク|ジェームズ・テイロー・グワスミー|en|James Tayloe Gwathmey}}博士と化学者{{仮リンク|チャールズ・バスカビル|en|Charles Baskerville}}博士によって、麻酔に関する最初の総合的な医学教科書「Anesthesia」が執筆された<ref name=":1">{{Cite journal|date=March 1993|title=James Tayloe Gwathmey: seeds of a developing specialty|journal=Anesthesia and Analgesia|volume=76|issue=3|pages=642–47|DOI=10.1213/00000539-199303000-00035|PMID=8452281}}</ref>。この本は、麻酔の歴史、生理学、吸入麻酔、直腸麻酔、静脈麻酔、脊椎麻酔などの技術について詳しく書かれており、数十年にわたり麻酔学の標準書として使用された<ref name=":1" />。 |
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== 全身麻酔にかかわる用語または概念 == |
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; [[肺胞内濃度]] |
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これらの有名な初期の麻酔薬の中では、亜酸化窒素のみが今日でも広く使われ、クロロホルムやエーテルは、より安全だが、ときに高価な[[全身麻酔薬]]に、コカインはより効果的で乱用の可能性が低い[[局所麻酔薬]]に取って代わられた<ref>{{Cite web |title=Celebrating 75 years of Anaesthesia: our past, present and future {{!}} Association of Anaesthetists |url=https://anaesthetists.org/Home/Celebrating-75-years-of-Anaesthesia-our-past-present-and-future |access-date=2022-10-17 |website=anaesthetists.org}}</ref>。 |
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: [[吸入麻酔薬]]の肺胞内における濃度である。これはほぼ、神経組織内での分圧に比例するとされ、麻酔深度を調節する重要な指標となる。実際の測定には、呼気終末濃度がほぼ肺胞内濃度と等しいためこれが用いられる。同じ濃度の吸入麻酔薬を用いるなら、心拍出量は少ない方が肺胞内濃度は上昇しやすい。 |
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; [[最小肺胞内濃度]](MAC) |
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=== 薬物を用いない麻酔 === |
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: 吸入麻酔薬の強さを比較する手段で、侵害刺激に対し、50%の人が反応をやめるような肺胞内濃度と定義されている。 |
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薬物を用いない麻酔としては、[[催眠術]]が長い歴史を持っている<ref name="Rooney">アン・ルーニー『医学は歴史をどう変えてきたか:古代の癒やしから近代医学の奇跡まで』立木勝訳 東京書籍 2014年 ISBN 9784487808748 p.158.</ref>。このほか、人為的低体温、鍼麻酔というものも存在した<ref name=":2">{{Cite journal|author=澄川耕二|year=1988|title=第6回日中臨床麻酔学討論会|journal=臨床麻酔|volume=22|page=261}}</ref>。鍼麻酔は、一般には[[1958年]]に[[中華人民共和国]]の上海市第一人民病院で行われた扁桃腺摘出手術を嚆矢とし、過去に類似の麻酔法があったとの説もあるが明確な記録がない<ref>山下泰徳、村上えい子「針麻酔に関する初歩的研究」『日本東洋医学会誌』1975年、26巻、1号、p39-45</ref>。1972年の米中国交回復時の[[リチャード・ニクソン|ニクソン大統領]]訪中のニュースとともに鍼麻酔が報道され世界に知られるようになった<ref>後藤修司「世界の代替医療事情:アメリカにおける鍼灸の認識」『漢方と最新治療』2002年、11巻、1号、p13</ref>。しかし、この時期はまさに[[文化大革命]]の渦中で、中国において医学の進歩は完全に停滞しており、鍼麻酔の効果が過度に強調された時期と重なっている<ref name=":2" />。 |
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; 麻酔深度 |
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: 全身麻酔の強弱を表す概念的な用語である。不必要に麻酔深度を深くすると薬剤の過量投与につながる恐れがあるが逆に麻酔深度が浅すぎると手術中に意識がある状態になってしまう。手術中は適切な麻酔深度を保つことが必要である。麻酔深度の定量的な評価をする試みとしてBIS(Bispectral index)モニタやエントロピーモニタが開発されている。 |
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== 社会・文化的側面 == |
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; 血液/ガス分配係数 |
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{{See|en:Anesthesia provision in the United States|麻酔科医|en:Nurse anesthetist}} |
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: 血液/ガス分配係数(blood/gas partition coefficient)は、麻酔の導入と回復の速さに比例する値である。平衡状態に達した吸入麻酔薬の濃度に対する血液中の吸入麻酔薬の濃度の比であり、吸入麻酔薬の導入と麻酔からの回復の速さを示す指標となる。すなわち、この値が小さい麻酔薬は導入と麻酔からの回復が速くなる。 |
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ほぼすべての医療従事者がある程度は麻酔薬を使用するが、専門の医療従事者の多くは、医学、看護学、歯科学など、それぞれの専門分野を持っている。 |
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; 油/ガス分配係数 |
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: 麻酔の強さに比例する値である。 |
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周術期医療、麻酔計画の立案、麻酔薬の投与など、[[麻酔科学]]を専門とする[[医師]]は、アメリカでは麻酔科医 (anesthesiologist)、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドでは麻酔科医 (anaesthesiologist)または麻酔科医 (anaesthetist)として知られる。イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、香港、日本では、麻酔薬はすべて医師が投与している。また、109カ国では{{仮リンク|麻酔看護師|en|Nurse anesthetists}}が麻酔を担当している<ref name="IFNA">{{Cite web |title=Nurse anesthesia worldwide: practice, education and regulation |website=Downloads |publisher=International Federation of Nurse Anesthetists |year=2010 |url=http://ifna-int.org/ifna/e107_files/downloads/Practice.pdf |access-date=2012-06-13}}</ref>。米国では、麻酔の35%は医師が単独で、約55%は麻酔科医が認定麻酔看護師(CRNA)や麻酔アシスタントを医学的に指導する麻酔ケアチーム(ACT)で、約10%はCRNAが単独で行っている<ref name="IFNA" /><ref name="Physician2007">{{Cite journal|date=March 2004|title=Is physician anesthesia cost-effective?|journal=Anesthesia and Analgesia|volume=98|issue=3|pages=750–57, table of contents|DOI=10.1213/01.ANE.0000100945.56081.AC|PMID=14980932}}</ref><ref name="When2007">{{Cite journal|date=May 1989|title=When do anesthesiologists delegate?|journal=Medical Care|volume=27|issue=5|pages=453–65|DOI=10.1097/00005650-198905000-00002|PMID=2725080}}</ref>。また、麻酔を補助する{{仮リンク|麻酔科助手|en|Certified anesthesiologist assistant}}(米国)や{{仮リンク|医療助手|en|Anaesthesia associate}}(麻酔科)(英国)も存在する<ref name="Five">{{Cite web |title=Five facts about AAs |publisher=American Academy of Anesthesiologist Assistants |archive-url=https://web.archive.org/web/20060926091707/http://www.anesthetist.org/content/view/14/38/ |archive-date=2006-09-26 |url=http://www.anesthetist.org/content/view/14/38/ |access-date=2010-11-25}}</ref>。 |
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== 特殊な対象患者 == |
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手術({{仮リンク|心臓血管外科麻酔|en|Cardiothoracic anesthesiology}}、[[脳神経外科学|脳神経外科]]など)、患者([[小児科学|小児]]麻酔、{{仮リンク|老年麻酔科学|en|Geriatric anesthesia}}、{{仮リンク|肥満学|en|Bariatrics|label=肥満}}麻酔、[[産科麻酔科学]]など)、特殊な状況([[外傷]]、[[病院前救護]]、[[ロボット支援手術]]、極限環境など)により、麻酔を変更する必要がある場合は多い。 |
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== 脚注 == |
== 脚注 == |
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{{脚注ヘルプ}} |
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=== 注釈 === |
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{{Reflist}} |
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{{Notelist}} |
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=== 出典 === |
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== 関連項目 == |
== 関連項目 == |
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* [[麻酔科学]] |
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* [[歯科麻酔学]] |
* [[歯科麻酔学]] |
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* [[麻酔科医]] |
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* [[日本麻酔科学会]]、{{仮リンク|アメリカ麻酔科学会|en|American Society of Anesthesiologists}} |
* [[日本麻酔科学会]]、{{仮リンク|アメリカ麻酔科学会|en|American Society of Anesthesiologists}} |
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* [[麻酔記録装置]] |
* [[麻酔記録装置]] |
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* [[リスクマネジメント]]、[[患者安全]]、{{ill2|術中覚醒|en|Anesthesia awareness}} |
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* [[せん妄]] |
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* [[リスクマネジメント]]、[[ASA-PS]]、[[患者安全]]、{{ill2|術中覚醒|en|Anesthesia awareness}} |
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* [[バイスペクトラルインデックス]]、{{ill2|マランパティスコア|en|Mallampati score}}、[[筋弛緩モニタ]] |
* [[バイスペクトラルインデックス]]、{{ill2|マランパティスコア|en|Mallampati score}}、[[筋弛緩モニタ]] |
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* [[交差耐性]] |
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* [[神経ブロック]] |
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* {{ill2|麻酔科で使用する器具|en|Instruments used in anesthesiology}} |
* {{ill2|麻酔科で使用する器具|en|Instruments used in anesthesiology}} |
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* [[生体材料]] |
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* [[内視鏡]] |
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* {{仮リンク|透視下手術|en|Fluorescence image-guided surgery}} |
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* {{仮リンク|催眠下手術|en|Hypnosurgery}} |
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* {{仮リンク|ジェット換気|en|Jet ventilation}} |
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* {{仮リンク|外科手技一覧|en|List of surgical procedures}} |
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* {{仮リンク|ドレーン (医学)|en|Drain (surgery)}} |
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* {{仮リンク|鉛管硬直|en|Wooden chest}} |
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* [[外科学]] |
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* [[心臓血管外科学]] |
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== 外部リンク == |
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* [http://guidance.nice.org.uk/CG3 NICE Guidelines on pre-operative tests] |
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* [https://web.archive.org/web/20140228165534/http://www.asahq.org/Home/For-Members/Clinical-Information/ASA-Physical-Status-Classification-System ASA Physical Status Classification] |
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* [https://web.archive.org/web/20140222041728/http://www.dmoz.org/search?q=anesthesia DMOZ link to anesthesia society sites] |
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* {{Kotobank}} 記載のメインは1984~1994刊の日本大百科全書となっており、30年以上前の麻酔臨床についてのものなので現代の臨床に即していないが、医学史的に興味深い記載が多い。 |
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{{General anesthetics}} |
{{General anesthetics}} |
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{{麻酔}}{{医学}}{{看護}} |
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<!--2023/01/28 現在、使えないテンプレート{{Medicine}}{{Ancient anaesthesia-footer}}{{pain}}--> |
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2023年4月9日 (日) 12:44時点における版
麻酔 | |
---|---|
治療法 | |
MeSH | E03.155 |
MedlinePlus | anesthesia |
eMedicine | 1271543 |
麻酔(ますい)とは、ヒトまたは動物を対象として誘発される、感覚または意識の制御された一時的な喪失の状態を指す。
麻酔には、鎮痛(痛みの緩和または防止)、不動化(筋肉の弛緩)、健忘(記憶の喪失)、および無意識状態、これら4つの一部または全部が含まれる [注釈 1]。麻酔薬の作用下にある個体は、「麻酔がかかっている」と呼ばれる。
麻酔をかけないと耐えられないような強い痛みを伴う処置や、技術的に不可能な処置も、麻酔をかければ痛みを感じさせずに行うことができる。麻酔には、大きく分けて3つの種類がある。
- 全身麻酔は、注射や吸入の薬剤を用いて中枢神経系の活動を抑制し、意識を失わせて全感覚をなくさせるものである。
- 鎮静は中枢神経系への抑制が全身麻酔よりは軽いため、無意識状態まで陥ることなく、不安や長期記憶の形成を抑制することができる。
- 区域麻酔(広義の局所麻酔):身体の特定部位からの神経伝達を遮断するもの。状況に応じて、単独で(この場合、患者の意識は完全に保たれる)、または全身麻酔や鎮静と組み合わせて行われる。例えば、歯の治療のために歯の感覚を麻痺させたり、手足全体の感覚を抑制するために神経ブロックを用いるなど、薬剤の標的を末梢神経として、身体の一部分にのみ麻酔をかけることができる。また、硬膜外麻酔や脊髄くも膜下麻酔は、脊髄幹そのものに作用し、ブロックした部位に供給される神経から入ってくる感覚をすべて遮断することができる。
医学的(または獣医学的)処置の準備に際して、医師は、処置の種類および特定の患者に適した麻酔の種類および麻酔深度を達成するために、薬剤を選択する。用いられる薬剤の種類には、全身麻酔薬、局所麻酔薬、催眠薬[注釈 2]、解離性麻酔薬、鎮静薬、麻酔補助薬、神経筋遮断薬、麻薬、鎮痛薬などがある。
麻酔中あるいは麻酔後の合併症のリスクは、麻酔を行う手技のリスクと切り離すことが難しい場合が多いものの、主に、患者の健康状態、手技自体の複雑さとストレス、麻酔技術の3つの要因に関連していると言われている。これらの要因のうち、最も大きな影響を及ぼすのは患者の健康状態である。周術期の主なリスクとしては、死亡、心筋梗塞、肺塞栓症などがあるが、軽微なリスクとしては、術後の吐き気や嘔吐、再入院などがある。局所麻酔薬の毒性、気道外傷、悪性高熱症など、より直接的に特定の麻酔薬や技術に起因する症状もある。
語源
麻酔はanesthesie(アネステジア)の訳語として1850年(嘉永3年)に蘭方医杉田成卿が、Joseph Schlesingerが書いた麻酔の医学書であるDie Einathmung des Schwefel-Aethers in ihren Wirkungen auf Menschen und Thiere, besonders als ein Mittel bei chirurgischen Operationen den Schmerz zu umgehen(特に外科手術の痛みを回避する手段としての、人間と動物への影響における硫黄エーテルの吸入)のオランダ語翻訳本を日本語に翻訳した済生備考二巻を執筆した時に作った造語である[1][2]。旧字体では、「痲酔」と表記されることも多かった。字義的には旧字の「痲」や「痳」を用いるのは間違いで「痳」は植物の麻ではなく淋病を意味する別の文字である[3]。 英語のAnesthesiaも造語で、1846年にアメリカの著明な作家・医師であるオリバー・ウェンデル・ホームズ・シニアがギリシャ語の無感覚 (without sensation)にちなんで名付けたものである[4][5]。すなわち、現代の麻酔に該当する概念が提唱されてから、江戸時代の日本でその訳語が造出されるまでに4年しか経っていない。
適応
麻酔の目的は、次の3つの基本的な目標またはエンドポイント(臨床評価項目)に集約される:[6]:236
- 鎮静・催眠(一時的に意識を失い、それに伴い記憶も失うこと。薬学的な文脈では、鎮静という言葉は通常この技術的な意味を持つが、より一般的な、あるいは心理学的な意味としては、催眠は必ずしも薬物によって引き起こされるわけではない意識の変容を意味する。項目「鎮静」を参照)
- 鎮痛(感覚の喪失、自律神経反射を鈍らせる)
- 筋弛緩
麻酔の種類によって、エンドポイントに与える影響は異なる。例えば、局所麻酔は鎮痛に、ベンゾジアゼピン系鎮静剤 (鎮静または「トワイライト麻酔」[注釈 3]に用いる)は健忘に、そして全身麻酔はすべてのエンドポイントに影響を及ぼす事が可能である。麻酔の目標は、生体へのリスクを最小限に抑えながら、予定されている外科手技に必要なエンドポイントを達成することである。
麻酔の目的を達成するために、薬物は神経系の異なるが相互に関連した部分に作用する。例えば鎮静は、脳内の神経核に作用して発生し、睡眠の活性化に似ている。その効果は、人の意識を低下させ、侵害刺激に対する反応を低下させることである[6]:245。
記憶の喪失(健忘)は、脳の複数の(しかし特定の)領域に対する薬物の作用によって生じる。記憶は、いくつかの段階(短期、長期、持続)を経て、顕在記憶または非顕在記憶として作られるが、その強さは、シナプス可塑性と呼ばれるニューロン間の結合の強さによって決定される[6]:246。各麻酔薬は、投与量を変えると、記憶形成に対する独特の作用によって健忘をもたらす。吸入麻酔薬は、意識消失に必要な用量以上であれば、核の全体的な抑制を通じて確実に健忘をもたらす。ミダゾラムのような薬物は、長期記憶の形成を阻害することによって、異なる経路で健忘をもたらす[6]:249。
しかしながら、麻酔中に夢を見たり、麻酔中に何も起きている徴候がないにもかかわらず、手術中に意識があることもある。全身麻酔中に夢を見る人は22%、「術中覚醒」と呼ばれる何らかの意識を持っていた人は1000人に1〜2人と推定されている[6]:253。ヒト以外の動物が全身麻酔中に夢を見るかどうかは不明である。
手技
麻酔は、直接的な治療手段ではなく、医師や獣医師が、痛みを伴ったり困難であったりする、疾患の治療や診断を可能にするものであるという点で特異である。したがって、最良の麻酔とは、患者へのリスクが最も低く、かつ手技を完了するために必要なエンドポイントを達成できるものである。麻酔の第一段階は、病歴聴取、診察(理学所見)、臨床検査からなる術前リスク評価である。患者・動物の術前の身体状態を診断することで、医師は麻酔のリスクを最小化することができる。病歴が十分に記載されていれば、56%の確率で正しい診断が得られ、理学所見取得により73%に増加する。臨床検査は診断に役立つが、その割合は3%に過ぎず、麻酔の前に十分な病歴と身体検査を行う必要性が強調される。術前の評価や準備が不適切であることが、麻酔の有害事象の11%の根本原因である[6]:1003。
麻酔が安全に行われるかどうかは、高度な訓練を受けた医療従事者のチームがうまく機能するかどうか次第である。麻酔を中心とした医学の専門分野を麻酔科学といい、この分野を専門とする医師を麻酔科医と呼ぶ[7]。また、周術期看護師、麻酔看護師、麻酔科助手、麻酔科技師、麻酔補助者、手術室医療助手、麻酔科技師など、麻酔に携わる医療従事者の肩書きや役割は、地域によってさまざまである。世界保健機関と世界麻酔科学会連合が共同で承認した麻酔の安全な実施のための国際基準は、局所麻酔で行う最小限の鎮静や表面的な手技を除いて、麻酔を麻酔科医が提供、監督、指導すべきことを強く推奨している[7]。動物においても、訓練され、監視能力のある (vigilant)麻酔科医が継続的にケアをする必要がある。
麻酔科医がいない場合は、麻酔科医が現地で指導・監督すべきであり、それが不可能な国や環境では、地域または国の麻酔科医主導の枠組みの中で、現地で最も有能な人物がケアを主導すべきである[7]。組織酸素化、灌流および血圧の臨床的および生体的連続モニタリング、聴診および炭酸ガス検出による気道確保器具の正しい留置の確認、WHO手術安全チェックリストを用いること、手技後の患者のケアを安全に引き継ぐことなど、患者安全に関する最低基準は提供者にかかわらず同じものが適用される[7]。
ASA class | 身体状況 |
---|---|
ASA 1 | 健常人 |
ASA 2 | 軽度の全身疾患 |
ASA 3 | 重度の全身疾患 |
ASA 4 | 常時生命への脅威となり得る重度の全身疾患 |
ASA 5 | 手術なしでは生存不可能であろう瀕死の患者 |
ASA 6 | 臓器提供予定の脳死患者 |
E | 緊急手術時は"E"の接尾辞を付加 |
リスク評価のひとつは、患者の健康状態に基づいている。米国麻酔科学会は、患者の術前の身体状態を層別化する6段階のスケールを開発した。これはASA-PSと呼ばれている。この尺度は、患者の一般的な健康状態が麻酔に関係するとして、リスクを評価するものである[8]。
より詳細な術前病歴聴取は、遺伝子疾患(悪性高熱症や偽コリンエステラーゼ欠損症など)、習慣(喫煙、薬物、アルコール類の使用)、身体的特徴(肥満や気道困難など)、麻酔に影響を与える可能性のある併存疾患(特に心疾患や呼吸器疾患)の発見を目的とする。理学所見は、臨床検査に加えて、病歴で発見されたものの影響を定量化するのに役立つ[6]:1003–09。
患者の健康状態の一般的な評価とは別に、手術に関連する特定の要因の評価も麻酔のために考慮する必要がある。例えば、出産時の麻酔は、母親だけでなく、胎児のことも考えなければならない。肺や気道を占拠している癌や腫瘍は、全身麻酔を行う上では特に問題となる。麻酔をかける患者・動物の健康状態や、手技の完了に必要なエンドポイントを見極めた上で、麻酔薬の種類を選択する。手術方法と麻酔法の選択は、合併症のリスクを減らし、回復に必要な時間を短縮し、手術侵襲反応を最小限に抑えることを目的としている。
全身麻酔
麻酔は、中枢神経系の、別個だが重複する部位に作用する薬物によって達成されるエンドポイント(上述)の組み合わせである。全身麻酔(鎮静や局所麻酔とは対照的)には、動きの欠如(麻痺)、無意識状態、ストレス反応の軽減という3つの主要な目標がある。歴史上、麻酔の初期には、麻酔薬は最初の2つを確実に達成することができ、外科医は必要な手技を行うことができたが、外科的侵襲による血圧と脈拍の極端な上昇が致命的となり、多くの患者が死亡した。やがて、外科的ストレス反応を鈍らせる必要性が脳神経外科医ハーヴェイ・クッシングによって明らかにされ、彼はヘルニア修復術の前に局所麻酔薬を注射した[6]:30 。これが、外科的死亡率の低下につながるストレス反応を軽減する他の薬剤の開発につながった。
全身麻酔のエンドポイントを達成するための最も一般的なアプローチは、吸入全身麻酔薬を用いることである。吸入麻酔薬は、脂溶性に相関する独自の力価を持っている。全身麻酔薬の作用理論については諸説あるが、中枢神経系のタンパク質の空洞に直接結合するため、この関係が存在するとされる。吸入麻酔薬は、中枢神経系のさまざまな部位に作用を及ぼすと考えられている。たとえば、吸入麻酔薬の不動作作用は脊髄への影響から生じるが、鎮静、催眠、健忘は脳の部位が関与する[6]:515。 吸入麻酔薬の効力は、最小肺胞内濃度 (英語: Minimum Alveolar Concentration (MAC))によって定量化される。MACは、被験者の50%が痛み刺激に反応しなくなる麻酔薬の投与量の割合である。一般にMACが高いほど、その麻酔薬は効き目が弱い。
理想的な麻酔薬は、血圧、脈拍、呼吸に好ましくない変化を与えることなく、催眠、健忘、鎮痛、筋弛緩をもたらすものである。1930年代、吸入式全身麻酔薬は静脈注射の全身麻酔薬で補強されるようになった。薬剤を併用する事により、麻酔をかける個体にとってより良いリスクプロファイルを提供し、より早く回復させることができるようになった。後に、麻酔後最初の7日間で死亡する確率は、薬剤の組み合わせによって低くなることが示された。例えば、麻酔の開始にはプロポフォール(注射)を用い、ストレス反応を軽減するためにフェンタニル(注射)を用い、健忘を確実にするためにミダゾラム(注射)を投与し、効果を維持するために手技中にセボフルラン(吸入)を使用することが考えられる。最近開発された、いくつかの静脈注射薬により、必要ならば全身麻酔薬の吸入を完全に回避することができるようになった(全静脈麻酔)[6]:720。
医療機器
吸入麻酔薬の供給システムの中核となる機器は麻酔器である。気化器、人工呼吸器、 麻酔回路、余剰ガス排泄装置、圧力計などを備えている。麻酔器の目的は、一定の圧力で麻酔ガスを供給し、呼吸のための酸素を供給し、二酸化炭素や他の麻酔ガスの余剰物を除去することである。麻酔ガスは助燃性であるため、機械がすぐに使える状態であること、安全機能が有効であること、電気的な危険性がないことを確認するために、さまざまなチェックリストが考案されている[9]。静脈麻酔薬は、ボーラス投与またはシリンジポンプによって投与される。また、気道確保や患者のモニタリングに用いる小型の器具も数多くある。この分野の最新の機器に共通しているのは、機械の致命的な誤用が起こる確率を下げるフェイルセーフシステムを備えていることである[10]。
モニター
全身麻酔を受ける患者は、安全性を確保するために継続的な生理学的モニターを受ける必要がある。米国では、アメリカ麻酔科学会(ASA)が、全身麻酔、区域麻酔、鎮静を受ける患者に対する最低限のモニタリングガイドラインを制定している。その内容は、心電図(ECG)、心拍数、血圧、吸気・呼気ガス、血液の酸素飽和度(パルスオキシメトリー)、体温などである。英国では、麻酔科医協会(AAGBI)が全身麻酔および区域麻酔の最低監視ガイドラインを定めている。小手術の場合、一般的に心拍数、酸素飽和度、血圧、酸素・二酸化炭素・吸入麻酔薬の吸気・呼気濃度のモニタリングが含まれる。より侵襲性の高い手術では、体温、尿量、血圧、中心静脈圧、肺動脈圧、肺動脈楔入圧、心拍出量、脳活動、神経筋接合部などのモニタリングもある。さらに、手術室の環境は、周囲の温度と湿度、および手術室職員の健康に有害である可能性のある呼気中麻酔薬の蓄積を監視しなければならない[11]。
鎮静
鎮静(古くは解離性麻酔、現在では監視下麻酔管理 (英: Monitored Anesthesia Care (MAC))は、催眠、抗不安、健忘、抗けいれん、中枢性筋弛緩の特性を生み出すものである。鎮静剤を投与する側から見ると、患者は眠くなり、リラックスして物忘れしたように見えるので、不快な手技をより容易に完了することができるようになる。ベンゾジアゼピン系などの鎮静剤は、通常、鎮痛剤(麻薬や局所麻酔薬など、またはその両方)と一緒に投与されるが、これは鎮静剤だけでは十分な鎮痛が得られないためである[12]。
動物の場合、鎮静剤を投与されると、その効果は、全身がリラックスし、健忘(記憶を失う)し、時間が早く過ぎるという感覚である。ベンゾジアゼピン系、プロポフォール、チオペンタール、ケタミン、吸入麻酔薬など、多くの薬物が鎮静効果をもたらすことができる。全身麻酔に対する鎮静の有利な点は、一般に気道や呼吸の補助を必要とせず(気管挿管や人工呼吸器を使用しない)、心血管系への影響も少ないため、患者・動物によってはより安全性が高まる可能性がある[6]:736。
区域麻酔
局所麻酔薬 (英: local anesthetic)を用いて体の一部から痛みを遮断することを、一般に区域麻酔 (英: regional anesthesia)と呼ぶ。区域麻酔には、組織そのものに注射するもの、四肢の患部の静脈に注射するもの、患部に感覚を供給する神経幹の周りに注射するものなど、さまざまな種類がある。後者は(広義の)神経ブロック (英: nerve block)と呼ばれ、末梢神経ブロックと脊髄幹ブロックに分けられる。局所麻酔 (英: local anesthesia)は広義には区域麻酔、狭義には浸潤麻酔と表面麻酔を意味するが、厳密に区別して記載されていないことも多い。
区域麻酔の種類は以下の通り:[6]:926–31
- 浸潤麻酔:少量の局所麻酔薬を狭い範囲に注射し、あらゆる感覚を止める(裂傷の閉鎖時、持続注入、歯の麻酔等)。効果はほぼ即時である。
- 末梢神経ブロック:身体の特定の部分に感覚をもたらす神経の近くに局所麻酔薬を注射する。薬剤の力価により、麻酔の発現速度や持続時間に大きな差がある(下歯槽神経ブロック、腸骨筋膜コンパートメントブロックなど[13])。
- 静脈内区域麻酔(Bierブロックとも呼ばれる):薬剤が四肢の外に拡散しないように駆血帯を巻き、静脈から希釈した局所麻酔薬を駆血帯遠位に注入する。
- 脊髄幹ブロック(脊髄幹麻酔): 中枢神経系の一部または周辺に局所麻酔薬を注射または注入する(詳細は後述の脊髄くも膜下麻酔、硬膜外麻酔、仙骨麻酔で説明する)。
- 表面麻酔:粘膜や皮膚から拡散するように特別に処方された局所麻酔薬で、患部に薄い層の鎮痛効果を得られる(例:EMLAパッチ)。
- 膨潤麻酔:脂肪吸引の際に、ごく低濃度の局所麻酔薬を皮下組織に大量に注入する。
- 局所麻酔薬全身性投与:神経因性疼痛を緩和するために、局所麻酔薬を全身投与(経口または静脈内)する。
2018年のコクランレビューでは、区域麻酔が開胸術後3~18カ月、帝王切開後3~1カ月の残存術後痛の頻度を減らす可能性があるという中程度の質のエビデンスが見出された[14]。乳がん手術の3~12ヵ月後では、質の低いエビデンスが見つかった[14]。このレビューでは、レビュー対象以外の手術および区域麻酔に対してはこれらのエビデンスが当てはまるとは限らない、とされている[14]。
神経ブロック
局所麻酔薬を、ある部位全体の感覚を伝達する太い神経の周りに注射することを、神経ブロックまたは伝達麻酔という。神経ブロックは歯科でもよく用いられ、例えば、下の歯の処置のために下顎神経が対象となる。太い神経(上肢の斜角筋間ブロックや下肢の大腰筋溝ブロックなど)では、超音波または電気刺激によって神経と針の位置を同定する。超音波ガイド単独、または末梢神経刺激を併用して神経ブロックを施行すれば、感覚・運動ブロックの成功率改善、鎮痛補助の必要性の減少、合併症の減少において優れていることを裏付けるエビデンスがある[15]。神経に作用させるためには大量の局所麻酔薬が必要なため、局所麻酔薬の極量を考慮する必要がある。神経ブロックは、膝や股関節、肩の人工関節置換術などの大きな手術の後に、持続的に注入する方法としても用いられており、合併症の軽減と関連している可能性もあるとされる[16]。神経ブロックは、より中枢側の硬膜外麻酔や脊髄くも膜下麻酔と比較して、神経学的合併症のリスクとの関連も低いとされる[6]:1639–41。
脊髄くも膜下麻酔、硬膜外麻酔、仙骨ブロック
脊髄幹麻酔は、腹部、骨盤または下肢の鎮痛を目的として、脊髄の周囲に局所麻酔薬を注入するものである。脊髄(クモ膜下腔への注射)、硬膜外(クモ膜下腔の外側の硬膜外腔への注射)、仙骨(仙骨裂孔経由での仙骨硬膜外腔への注射)に分類される。脊髄くも膜下麻酔と硬膜外麻酔は、脊髄幹麻酔で最も一般的に行われる手技である。
脊髄くも膜下麻酔(脊椎麻酔とも)は、低用量の麻酔薬で迅速な麻酔効果発現と強力な感覚遮断を提供する「ボーラス注射」であり、通常、神経筋遮断(随意運動不可能)も伴う。硬膜外麻酔では、より大量の麻酔薬を硬膜外腔に留置したカテーテルから注入し、効果が薄れ始めたら麻酔薬を追加することができる。硬膜外麻酔は、脊髄くも膜下麻酔と比較して運動機能への影響は少ない。
脊髄幹麻酔は動脈および静脈の血管拡張を引き起こすため、血圧低下がよく生じる。この低下は、循環血液量の75%を占める循環器系の静脈側によって大きく影響される。麻酔域が第5胸椎レベルより上に及ぶと、この生理学的効果はより大きくなる。
急性痛の管理
侵害知覚(痛覚)は、身体に生得の回路として組み込まれているわけではない。むしろ、持続的な痛み刺激とは、その侵害知覚システムを感作し、疼痛管理を困難にするか、慢性疼痛の発生を促進するような動的な過程である。このため、先制的な急性痛の管理は、急性痛と慢性痛の両方を軽減する可能性があり、手術、それを行う環境(入院/外来)、個人に合わせて行われる[6]:2757。
疼痛管理は、先制的なもの(麻酔科学では先攻鎮痛と呼ばれる)とオンデマンドのものとに分類される。オンデマンドの鎮痛剤には、一般的にオピオイドや非ステロイド性抗炎症薬が含まれるが、亜酸化窒素吸入[17]やケタミンなども用いてよい[18]。オンデマンド薬物療法は、医師による投与、あるいは患者自身による患者管理鎮痛法(patient-controlled analgesia: PCA)を用いて行うことができる。PCAは、従来の方法と比較すると、わずかだが、痛みのコントロールが良好で患者の満足度も向上させることが示されている[19]。一般的な先攻鎮痛には、硬膜外麻酔[20]や神経ブロックがある[17]。腹部大動脈瘤手術後の疼痛コントロールについて検討したあるレビューによると、硬膜外麻酔は術後3日までの期間において、より良い疼痛緩和(特に動作時)をもたらすことがわかった。また、術後の気管挿管の期間を約半分に短縮することができた。また、術後の人工呼吸期間や心筋梗塞の発生も硬膜外鎮痛により減少することが分かっている[21]。
リスクと合併症
麻酔に関連するリスクや合併症は、罹患率(麻酔が原因で起こる病気や障害)と死亡率(麻酔が原因で起こる死)のいずれかに分類される。麻酔が罹患率や死亡率にどのように寄与しているかを定量的に把握することは、手術前の健康状態や手術手技の難易度などもリスク要因になるため、難しい場合もある。
19世紀初頭に麻酔が発明される以前は、手術による生理的ストレスが大きな合併症を引き起こし、ショックによる死亡も少なくなかった。手術が速ければ速いほど、合併症の発生率は低くなった(超短時間の四肢切断の報告に繋がった)。麻酔の登場により、より複雑な手術や救命手術が可能になり、手術による生理的ストレスは軽減されたが、麻酔のリスクという要素が加わった。麻酔に直接関連した最初の死亡例が報告されたのは、エーテル麻酔の導入から2年後のことであった[23]。
手術合併症は重大 (Major)なもの(心筋梗塞、肺炎、肺塞栓症、腎不全/慢性腎臓病、術後の認知機能障害、アレルギー)と軽微 (Minor)なもの(軽い吐き気、嘔吐、再入院)に分類される。通常、患者(または動物)の健康状態、実施される手術の種類、麻酔薬の間には、罹患率と死亡率につながる要因に重複がある。各要因の相対危険度を理解するためには、患者の健康状態に完全に起因する死亡率が1:870であることをまず考慮する。これを手術要因(1:2860)または麻酔単独(1:185,056)と比較すると、麻酔死亡率における最大の要因は患者の健康状態であることがわかる。これらの統計は、1954年に行われた麻酔の死亡率に関する最初の研究とも比較できる。この研究では、すべての原因による死亡率は1:75で、麻酔だけに起因する死亡率は1:2680と報告されている[6]:993。危険因子の層別化が異なるため、死亡率統計間の直接比較は、時間や国を超えて信頼できるものではない。しかし、どの程度のものなのかはわからない[22]が、麻酔の安全性が著しく向上したというエビデンスはある[24]。
罹患率や死亡率を一律に記載するのではなく、手術と麻酔を組み合わせた相対危険度の要因として、多くの因子が報告されている。例えば、60~79歳の患者に対する手術は、60歳未満の患者に比べて2.3倍リスクが高くなる。また、ASA-PSスコアが3、4、5であれば、ASAスコアが1、2の人に比べて10.7倍リスクが高くなる。その他の変数としては、80歳以上(60歳未満の人に比べて3.3倍)、性別(女性は0.8倍と低い)、手術の緊急性(緊急の場合は4.4倍)、手技を行う人の経験(経験8年未満、または600件未満の場合は1.1倍)、麻酔の種類(区域麻酔は全身麻酔より低リスク[6]:984)などがある。 妊産婦、新生児、老人はすべて合併症のリスクが高いので、特別な予防措置が必要かもしれない[6]:969–86。
2016年12月14日、アメリカ食品医薬品局は、「3歳未満の子どもや妊娠後期の妊婦の手術や手技の際に全身麻酔薬や鎮静剤を繰り返しまたは長時間用いることは、子どもの脳の発達に影響を与える可能性がある」という警告を公示した[25]。この警告に対して、米国産科婦人科学会は、妊婦への使用に関する直接的なエビデンスがなく、「この警告のせいで、医療従事者が医学的に適切な治療を妊娠中患者に提供することを不適切に思いとどまらせる可能性がある」と批判している[26]。患者擁護団体は、無作為臨床試験は倫理的に問題があること、障害の機序は動物で確立されていること、麻酔薬を複数回用いることで幼児の学習障害発症リスクが有意に上昇し、ハザード比2.12(95%信頼区間、1.26-3.54)となった研究結果を指摘した[27]。
回復
麻酔直後の時期を覚醒と称する。全身麻酔や鎮静剤からの覚醒時は、合併症の危険性が残っているため、慎重なモニタリングが必要である[28]。吐き気や嘔吐は9.8%と報告されているが、麻酔薬の種類や手技によって異なる。気道確保の必要性は6.8%、尿閉(50歳以上に多い)は2.7%、低血圧は2.7%と報告されている。低体温、震え、混乱は、手術中は筋肉が動かない(その結果、熱産生が行われない)ため、術直後によくみられる[6]:2707。さらに、麻酔後のまれに起こる症状として、機能的神経症状障害(functional neurological symptom disorder: FNSD)の発生が考えられる。
術後認知機能障害(POCD、Post Anesthetic confusionとも)とは、手術後の認知機能の障害のことである。また、覚醒時せん妄(術後すぐの錯乱)や早期認知機能障害(術後1週間の認知機能低下)を表す言葉としても多義的に用いられることがある。3つの主体(せん妄、早期POCD、長期POCD)は別個だが、術後のせん妄の発生からは早期POCDの発生を予測できる。せん妄や早期POCDと、長期POCDの間には関連はないようである[29] 。UCLAのDavid Geffen School of Medicineで行われた最近の研究によると、脳は一連の活動クラスター、すなわち「ハブ」を経由して、意識に戻る道を進むとされている。UCLAの麻酔科学講師のアンドリュー・ハドソン医師は、「麻酔からの回復は、単に麻酔が『切れる』だけでなく、脳が迷路のような活動状態の中から、意識を持てるような状態に戻る道を見つけ出す結果でもある」と述べている。簡単に言えば、脳が自ら再起動するのである」と述べている[30]。
長期にわたるPOCDは、認知機能の微妙な低下であり、数週間、数ヶ月、またはそれ以上続くことがある。最も一般的なのは、本人の親族による、注意力、記憶力の欠如、以前は本人にとって大切だった活動(クロスワードなど)への興味喪失の報告である。同様に、仕事をしている人は、以前と同じスピードで仕事をこなすことができなくなったと報告することがある[31]。心臓手術後にPOCDが発生し、その主な原因は微小塞栓の形成であることを示す十分なエビデンスがある。また、POCDは心臓以外の手術でも発生する可能性がある。非心臓手術におけるその原因はあまり明らかではないが、高齢がその発生の危険因子である[6]:2805–16。
歴史
全身麻酔の最初の試みは、おそらく先史時代に投与された薬草療法であったと思われる。アルコールは最も古くから知られている鎮静剤の一つであり、数千年前の古代メソポタミアで用いられていた[32]。シュメール人は、紀元前3400年頃にはメソポタミア南部でアヘンケシを栽培し、収穫していたと言われている[33][34]。古代エジプトでは、外科手術用の器具[35][36]、原始的な鎮痛剤と鎮静剤(おそらくマンドレイクの果実の抽出物)が使用されていた[37]。
中国の扁鵲(へんじゃく、紀元前300年頃)は伝説的な内科医・外科医で、外科手術に全身麻酔を用いたと伝えられている[要出典]。にもかかわらず、歴史上初めて麻酔薬を調合した人物は中国の華佗であると考えられているが、彼の処方はまだ完全に解明されてはいない[38]。
ヨーロッパ、アジア、アメリカ大陸では、強力なトロパンアルカロイドを含む様々なナス属の植物が麻酔に用いられた。13世紀のイタリアでは、テオドリコ・デ・ボルゴニョーニがアヘン剤とともに同様の混合物を用いて意識を失わせ、19世紀までこの混合アルカロイドによる治療が、不十分ながら全身麻酔の主役であった。これは、アラブの医師が用いていた「睡眠用スポンジ(海綿)」に由来する。12世紀後半にサレルノ医学校の医学者によって、13世紀にはウーゴ・デ・ボルゴニョーニ(1180-1258)によってヨーロッパにもたらされた。そのスポンジはウーゴの息子で同じ外科医のテオドリコ・デ・ボルゴニョーニ(1205-1298)が普及させ、記録を残した。この麻酔法は、アヘン、マンドレイク、ドクニンジンの汁などを溶かした溶液にスポンジを浸し、乾燥させて保存するものであった。手術の直前にスポンジを湿らせ、患者の鼻の下に当てると、全てが上手くいけば、その蒸気で患者は意識を失った[39]。
インカ文明では、シャーマンがコカの葉を噛み、麻酔のためにつけた傷口に唾を吐きながら頭蓋骨の手術を行っていたため、局所麻酔薬が用いられたことになっている[40]。その後、コカインが単離され、最初の有効な局所麻酔薬となった。1859年にカール・コラーが精神科医ジークムント・フロイトの提案で、1884年に眼科手術に用いたのが最初とされている[41]。ドイツの外科医アウグスト・ビーア(1861-1949)は、1898年にコカインを初めて脊髄くも膜下麻酔に用いた[42]。ルーマニアの外科医ニコラエ・ラコヴィチェアヌ=ピテシュティ (Nicolae Racoviceanu Piteşti, 1860-1942)は、オピオイドを髄腔内鎮痛に用いた最初の人物で、その経験を1901年にパリで発表している[43]。
最も有名な麻酔薬であるエーテルは、8世紀には合成されていたかもしれないが[44][45]、16世紀の医師で博識のパラケルススが、エーテルを吸わせた鶏は眠りに落ちるばかりか、痛みを感じないことを指摘しているにもかかわらず、その麻酔の重要性が認められるまでには、何世紀もかかった。19世紀初頭には、エーテルは人間にも用いられるようになったが、それは単に娯楽用麻薬としてであった[4]。
一方、1772年、イギリスの科学者ジョゼフ・プリーストリーが亜酸化窒素というガスを発見した。当初、人々はこのガスも他の窒素酸化物と同じように、少量でも致死量になると考えていた。しかし、1799年、イギリスの化学者であり発明家でもあるハンフリー・デービーは、自分自身で実験して確かめようと考えた。デービーは、驚くべきことに亜酸化窒素が自分を笑わせることを発見し、このガスを「笑気」と名づけた[46]。1800年、デービーは亜酸化窒素が手術中の痛みを和らげる麻酔薬となる可能性について書いているが、当時は誰もそれ以上この問題を追及しなかった[46]。
1804年11月14日、日本人医師・華岡青洲が、世界で初めて全身麻酔を用いた手術に成功した[47]。華岡は、日本の伝統医学と、蘭学の外科学や漢方医学を学んだ。長年の研究と実験の結果、彼は遂にチョウセンアサガオなどの生薬を配合した「通仙散(麻佛散)」という処方を開発した[48]。
華岡の無痛手術の成功はすぐに評判となり、日本各地から患者が訪れるようになった。華岡はその後も、悪性腫瘍の切除、膀胱結石の摘出、四肢の切断など、多くの手術を通仙散を用いて行っている[49]。1835年に亡くなるまで、花岡は乳癌の手術を150件以上行っている。しかし、この発見は1854年、徳川幕府の鎖国政策により、鎖国が解けるまで花岡の業績が公表されなかったため、世界に貢献することはなかった[50]。その後、西洋における近代麻酔薬の発明者と称されるクロウフォード・ロングが、ジョージア州ジェファーソンで全身麻酔を用いるまで、40年近い歳月が流れた[51]。
ロングは、友人たちがジエチルエーテルを飲んでふらふらと歩いているときに、怪我をしても痛みを感じないことに気がついた。彼はすぐに外科手術に使えると考えた。ちょうど、この「エーテル騒ぎ」に参加していたジェームス・ベナブルという学生が、小さな腫瘍を2つ切除してほしいと希望していた。しかし、ベナブルは手術の痛みを恐れて、手術をずっと先延ばしにしていた。そこで、ロングはエーテルを使って手術をすることを提案した。1842年3月30日、ベナブルは無痛手術に成功した。しかし、ロングがこの発見を発表したのは、1849年になってからである[52]。
ホーレス・ウェルズは、1845年にボストンのマサチューセッツ総合病院で、吸入麻酔薬の最初の公開デモンストレーションを行った。しかし、亜酸化窒素の投与が不適切であったため、痛みに泣き叫ぶ者が出た[53]。1846年10月16日、ボストンの歯科医ウィリアム・T・G・モートンは、同じ会場で医学生にジエチルエーテルを用いた実演を行い、成功させた[54]。ロングの研究を知らないモートンは、マサチューセッツ総合病院に招かれ、無痛手術の新しい技術を披露することになった。モートンが麻酔をかけた後、外科医ジョン・コリンズ・ウォーレンがエドワード・ギルバート・アボットの首から腫瘍を摘出した。これは、現在エーテルドームと呼ばれている手術用円形劇場で行われた。それまで懐疑的だったウォーレンは感動して、「諸君、これは誤魔化しではない」と言い放った。その後まもなく、アメリカ人の医師で作家のオリバー・ウェンデル・ホームズ・シニアは、モートンへの手紙の中で、発生した状態を「麻酔: anaesthesia」と名付け、その手技を「麻酔薬: anaesthetic」と名付けることを提案した[4][5]。
モートンは当初、この麻酔薬の正体を隠そうとし、「レテオン」と名付けていた。彼はこの物質の米国特許を取得したが、この麻酔薬の成功のニュースは、1846年末には急速に広まった。リストン、ディーフェンバッハ、ピロゴフ、サイメなどヨーロッパの名だたる外科医が、さっそくエーテルを使って数多くの手術を行った。アメリカ生まれの医師ブートは、ロンドンの歯科医ジェームス・ロビンソンに、ロンズデール嬢の歯科手術を行うように勧めた。これは、術者兼麻酔医の最初のケースであった。同じ1846年12月19日、スコットランドのダンフリース王立病院では、スコット医師が外科手術にエーテルを用いている[55]。南半球で初めて麻酔を用いたのは、同じ年のタスマニア州ローンセストンであった。エーテルは嘔吐が多く、爆発的に燃えやすいという欠点があり、イギリスではクロロホルムに取って代わられた[要出典]。
1831年にアメリカの医師サミュエル・ガスリー(1782-1848)が発見し、数ヵ月後にフランスのウジェーヌ・スーベラン(1797-1859)とドイツのユストゥス・フォン・リービヒ(1803-1873)が独立して発見したクロロホルムは、1834年にジャン・バティスト・デュマ(1800-1884)が命名し化学的特性を明らかにした。1842年、ロンドンのロバート・モーティマー・グローバー博士が、実験動物にクロロホルムの麻酔効果を発見した[56]。
1847年、スコットランドの産科医ジェームズ・シンプソンは、クロロホルムの麻酔作用を初めて人体で実証し、医療に用いる薬として普及させることに貢献した[57]。この最初の供給元は地元の薬剤師であるジェームズ・ダンカンとウィリアム・フロックハートで、その使用は急速に広まり、1895年までに英国で毎週75万回投与されるようになった。シンプソンは、フローレンス・ナイチンゲールへの供給をフロックハートに依頼した[58]。クロロホルムは、1853年にジョン・スノウが、レオポルド皇太子の陣痛時にヴィクトリア女王に投与し、王室の承認を得ている。出産という体験において、クロロホルムは女王の期待に応え、女王は「計り知れない喜びを感じた」と述べている[59]。しかし、クロロホルムに欠陥がなかったわけでもない。クロロホルム投与が直接の原因とされる最初の死亡事故は、1848年1月28日、ハンナ・グリーナーの死後、記録されたものである[60]。これは、訓練されていないクロロホルムの取り扱いによる多くの死亡例の最初のものであった。外科医は、訓練を受けた麻酔科医の必要性を認識し始めた。サッチャー[誰?]が書いているように、麻酔科医の資質は「(1)その仕事が要求する従属的な役割に満足すること、(2)麻酔を自分の関心のあることの一つにすること、(3)麻酔科医という立場を、外科医の手技を見て学ぶ立場とは考えず、(4)比較的低い給料を受け入れ、(5)外科医の求めるスムーズな麻酔と弛緩状態を提供するために、高いレベルの技術を身につける天賦の才能と知性がある」とされた[61]。こうした麻酔科医の資質は、従順な医学生や、一般人にすら、よく見受けられた。外科医は、麻酔を施す看護師を探すことが多くなった。南北戦争の頃には、多くの看護師が外科医の支援を受けながら専門的な訓練を受けていた。
ロンドンのジョン・スノウは、1848年5月以降、『ロンドン医事公報』に「蒸気の吸入による麻酔について」という記事を掲載した[62]。また、スノウは、今日の麻酔器の前身である吸入麻酔薬の投与に必要な機器の製造にも携わっていた[63]。
1860年11月に生まれたアリス・マガウは、しばしば「麻酔の母」と呼ばれる。ウィリアム・メイヨー、チャールズ・メイヨー父子(メイヨークリニックの創設者・外科医)の専属麻酔看護師としての彼女の名声は、メイヨーが麻酔看護師による麻酔への彼の満足と信頼を説明した1905年の記事の中でメイヨー自身の言葉によって確固たるものとなった。「麻酔の問題は最も重要な問題です。私たちには、頼りになる正規の麻酔看護師がいるので、私は手術に全力を注ぐことができるのです」。マガウは自分の症例を徹底的に記録し、これらの麻酔を記録した。14,000件以上の手術麻酔を検討した出版物の中で、マガウは麻酔に関連する死亡例がなく、麻酔の提供に成功したことを示している。マガウは別の記事において、「エーテル単独で674回、クロロホルム単独で245回、エーテルとクロロホルムの併用で173回、合計1,092回の麻酔を行った。この1,092回のうち、事故は一度もなかったと報告できる」と述べた。マガウの記録と成果は、看護師による麻酔の提供が、患者のリスクを増大させることなく外科界に貢献することを定義する遺産を作り出したのである。実際、マガウの治療成績は、今日の医療従事者のそれを凌ぐものであった[64]。
1914年、麻酔科医ジェームズ・テイロー・グワスミー博士と化学者チャールズ・バスカビル博士によって、麻酔に関する最初の総合的な医学教科書「Anesthesia」が執筆された[65]。この本は、麻酔の歴史、生理学、吸入麻酔、直腸麻酔、静脈麻酔、脊椎麻酔などの技術について詳しく書かれており、数十年にわたり麻酔学の標準書として使用された[65]。
これらの有名な初期の麻酔薬の中では、亜酸化窒素のみが今日でも広く使われ、クロロホルムやエーテルは、より安全だが、ときに高価な全身麻酔薬に、コカインはより効果的で乱用の可能性が低い局所麻酔薬に取って代わられた[66]。
薬物を用いない麻酔
薬物を用いない麻酔としては、催眠術が長い歴史を持っている[67]。このほか、人為的低体温、鍼麻酔というものも存在した[68]。鍼麻酔は、一般には1958年に中華人民共和国の上海市第一人民病院で行われた扁桃腺摘出手術を嚆矢とし、過去に類似の麻酔法があったとの説もあるが明確な記録がない[69]。1972年の米中国交回復時のニクソン大統領訪中のニュースとともに鍼麻酔が報道され世界に知られるようになった[70]。しかし、この時期はまさに文化大革命の渦中で、中国において医学の進歩は完全に停滞しており、鍼麻酔の効果が過度に強調された時期と重なっている[68]。
社会・文化的側面
ほぼすべての医療従事者がある程度は麻酔薬を使用するが、専門の医療従事者の多くは、医学、看護学、歯科学など、それぞれの専門分野を持っている。
周術期医療、麻酔計画の立案、麻酔薬の投与など、麻酔科学を専門とする医師は、アメリカでは麻酔科医 (anesthesiologist)、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドでは麻酔科医 (anaesthesiologist)または麻酔科医 (anaesthetist)として知られる。イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、香港、日本では、麻酔薬はすべて医師が投与している。また、109カ国では麻酔看護師が麻酔を担当している[71]。米国では、麻酔の35%は医師が単独で、約55%は麻酔科医が認定麻酔看護師(CRNA)や麻酔アシスタントを医学的に指導する麻酔ケアチーム(ACT)で、約10%はCRNAが単独で行っている[71][72][73]。また、麻酔を補助する麻酔科助手(米国)や医療助手(麻酔科)(英国)も存在する[74]。
特殊な対象患者
手術(心臓血管外科麻酔、脳神経外科など)、患者(小児麻酔、老年麻酔科学、肥満麻酔、産科麻酔科学など)、特殊な状況(外傷、病院前救護、ロボット支援手術、極限環境など)により、麻酔を変更する必要がある場合は多い。
脚注
注釈
出典
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関連項目
- 歯科麻酔学
- 日本麻酔科学会、アメリカ麻酔科学会
- 麻酔記録装置
- リスクマネジメント、患者安全、術中覚醒
- バイスペクトラルインデックス、マランパティスコア、筋弛緩モニタ
- 麻酔科で使用する器具
- 生体材料
- 内視鏡
- 透視下手術
- 催眠下手術
- ジェット換気
- 外科手技一覧
- ドレーン (医学)
- 鉛管硬直
- 外科学
- 心臓血管外科学
外部リンク
- NICE Guidelines on pre-operative tests
- ASA Physical Status Classification
- DMOZ link to anesthesia society sites
- 『麻酔』 - コトバンク 記載のメインは1984~1994刊の日本大百科全書となっており、30年以上前の麻酔臨床についてのものなので現代の臨床に即していないが、医学史的に興味深い記載が多い。