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2022年、[[1月16日]]の仙台サンプラザホール大会で、金剛を脱退し正規軍に加入する。 |
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[[4月29日]]の両国国技館大会で行われた、仁王との敗者リングネーム剥奪&髪切りマッチに、勝利しリングネームを守った。 |
[[4月29日]]の両国国技館大会で行われた、仁王との敗者リングネーム剥奪&髪切りマッチに、勝利しリングネームを守ったが、[[6月23日]]の新宿FACE大会で行われた、敗者追放マッチに敗れNOAH追放となった。 |
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== 得意技 == |
== 得意技 == |
2022年6月23日 (木) 10:59時点における版
覇王 | |
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プロフィール | |
リングネーム |
覇王 さとう ゆうき 佐藤 悠己 剣舞[1] |
本名 | 佐藤 悠己 |
ニックネーム |
超覚醒[2] 悪い子レスラー |
身長 | 162cm |
体重 | 75kg |
誕生日 | 1985年11月25日(39歳) |
出身地 | 熊本県熊本市 |
所属 | フリー |
トレーナー |
ディック東郷 はやて |
デビュー | 2005年10月22日 |
佐藤 悠己(さとう ゆうき、1985年11月25日 - )は、日本の男性プロレスラー。リングネームは覇王(はおう)。血液型B型。熊本県熊本市出身。所属。
経歴
プロレスラーを志したのは、中学時代に愛読していた漫画『浦安鉄筋家族』で、主人公の大沢木小鉄が友達にプロレス技をかけていたことに興味を持ったのがきっかけだった。
その後、SUPER CREW立ち上げを知り、第一期生募集に魅力を感じたことと、ディック東郷に憧れていたこともあり、19歳で上京して入門。
2005年10月22日のSUPER CREW新木場1stRING大会における対佐々木大輔戦でデビュー。なお、この試合はSUPER CREW第1回自主興行の第1試合だった。その後SUPER CREWの解散に伴い、レスリングドリーマーズへ移籍。
2007年よりフリーとして、主に大日本プロレス、プロレスリング・エルドラド、アイスリボン等のリングに上がっている。
2008年10月24日のアイスリボン千本桜ホール大会にて、りほとのタッグで高梨マサ子、趙雲子組からインターナショナル・リボンタッグ王座を奪取。
2009年3月26日、りほの負傷欠場により、インターナショナル・リボンタッグ王座を返上。
2009年5月28日の大日本プロレス後楽園ホール大会をもって、約一年間活動してきた同団体内のユニット・メンズクラブを脱退。翌5月29日に自身のブログで発表と同時にブログを閉鎖した。
2010年5月30日タイトルを『新☆カピバラ生活』としてブログ再開。
2011年2月13日、大石真翔、旭志織、ヒロ・トウナイの新チーム「リトル☆ギャラクシー〜小銀河〜」に参加すると共に、同日付けでKAIENTAI DOJOに正式入団。
2014年12月28日、「K-SPECIAL 〜年内最終興行〜」においてヒールユニット凶月へ加入し、ヒールターンを果たす。
2015年1月25日、「CLUB-K SUPER in Blue Field」において梶トマトからUWA世界ミドル級王座を奪取し、第61代王者となる。
2019年1月23日、大日本&K-DOJO合同興行「D―BREAK」で浅川紫悠とタッグを組み橋本和樹、青木優也と対戦。反則戦法、インサイドワーク、奇襲を活かして試合を盛り上げ、12分29秒で浅川が青木をフォールして勝利。敗れた1人の橋本は反則三昧のファイトに呆れるコメントを出した[3]。
5月31日、リングネームを平仮名表記のさとうゆうきに変更。
10月12日、同年12月12日付で2AWを退団することが発表された[4]。
12月14日、プロレスリング・ノア金剛興行「DIAMOND」に金剛の新メンバーとしてサプライズ登場。リングネームを覇王に改め、同じく金剛新メンバーのHi69改め仁王とタッグを組み宮脇純太・諸橋晴也組と対戦。覇王が諸橋晴也からファイヤーバードスプラッシュからの片エビ固めにより、10分42秒で勝利[5]。
2020年11月、プロレスリング・ノアの所属選手となる。
2022年、1月16日の仙台サンプラザホール大会で、金剛を脱退し正規軍に加入する。 4月29日の両国国技館大会で行われた、仁王との敗者リングネーム剥奪&髪切りマッチに、勝利しリングネームを守ったが、6月23日の新宿FACE大会で行われた、敗者追放マッチに敗れNOAH追放となった。
得意技
- ファイヤーバードスプラッシュ
- スイングDDT
- ニュートルネードクラッチ
- トルネードクラッチ系の丸め込み技を指す総称。
入場曲
- 初代 : Gettin' Hi 5Mic(餓鬼レンジャー)
- 2代目 : STILL TELLING LIES(CUBAN LINK)
- 3代目 : EPISODE V (SBK FEATURING KJ)
- 4代目 : TAKE ME ANYWHERE (DRIVAL BROTHER'z)
タイトル歴
- STRONGEST-K TAG王座(第17代、第30代、第33代)(パートナーはヒロ・トウナイ→真霜拳號→タンク永井)
- 千葉6人タッグ王座(初代、第7代)(パートナーは旭志織、ヒロ・トウナイ→本田アユム、最上九)
- UWA世界ミドル級王座(第56代、第61代)
- BO-SO ゴールデンタッグトーナメント優勝(2015年)(パートナーはタンク永井)
- アイアンマンヘビーメタル級王座(第922代、第925代、第928代、第933代)
- インターナショナルリボンタッグ王座(第4代)(パートナーは、りほ)
脚注
- ^ 剣舞の本名は非公表であるが、佐藤悠己が扮しているではないかといわれている。
- ^ 覇王 | プロレスリング・ノア公式サイト | PRO-WRESTLING NOAH OFFICIAL SITE - ウェイバックマシン(2021年1月22日アーカイブ分)
- ^ 『週刊プロレス』NO.1996 2019年2月13日号 pp.116-117
- ^ “さとうゆうき選手退団のお知らせ”. 2AW公式ブログ. (2019年10月12日) 2019年12月6日閲覧。
- ^ “Hi69改め仁王、さとうゆうき改め覇王、「金剛」に加入、1・4後楽園でGHCジュニアタッグ挑戦を表明…12・14「金剛興行」全成績”. スポーツ報知. (2019年12月15日) 2019年12月15日閲覧。
外部リンク
- プロレスリング・ノア公式サイト 選手紹介 (覇王)
- 覇王 (@HAOH_KONGO) - X(旧Twitter)
- 覇王 (@haoh_kongo) - Instagram