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「脊髄くも膜下麻酔」の版間の差分

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'''脊髄くも膜下麻酔'''(せきずいくもまくかますい)とは、[[局所麻酔]]のひとつであり、[[クモ膜下腔]]に麻酔薬を注入し、[[脊髄]]の[[前根]]、[[後根]]をブロックする方法である。脊髄自体にはほんど効果はなくあくで神経根に作用すると考えられている。かつて椎麻酔と言わていたSpinal略されることが多い
[[ファイル:Spinal_anaesthesia.jpg|代替文=Durchführung einer Spinalanästhesie am sitzenden Patienten|サムネイル|{{仮リンク|脊椎針|de|Spinalkanüle|redirect=1}}から[[局所麻酔薬]]を注入している。]]'''脊髄くも膜下麻酔'''(せきずいくもまくかますい)とは、[[クモ膜下腔|くも膜下腔]]に[[局所麻酔薬]]を注入し、[[脊髄]]の[[前根]]、[[後根]]をブロックする{{仮リンク|区域麻酔|de|Regionalanästhesie|redirect=1}}の一種である。'''脊椎麻酔'''({{Lang-en-short|spinal anesthesia}}、ラテン語の ''spinalis''「脊椎/脊髄の」[[麻酔|Anästhesie]]「麻酔」に由来)'''腰椎麻酔'''({{Lang-en-short|lumbar anesthesia}}、ラテン語の''lumbalis''「腰部の」から)も呼ば他に'''くも膜下ブロック''' (Sub-arachnoid Block: '''SAB''')呼ばれることもある


== 特徴 ==
== 概要 ==
腰椎の間から[[脳脊髄液]]中に[[局所麻酔薬]](場合によっては他の薬剤も)を注射することで、[[脊髄神経|脊髄に由来する神経]]の[[シグナル伝達|信号伝達]]が抑制される。その結果、下半身の[[交感神経系]]、[[感覚神経]]、[[運動神経]]が一時的に可逆的に遮断される。起こりうる副作用としては、[[低血圧]]、[[吐き気]]、背中の痛みなどがあり、{{仮リンク|硬膜穿刺後頭痛|en|Post-dural-puncture headache|redirect=1}}が麻酔後の数日間で起こることがある。重篤な[[合併症]](脊髄に関連した[[血腫]]や[[感染]]、神経損傷)はまれである。
[[画像:Spinal anaesthesia.jpg|thumb|230px|脊髄くも膜下麻酔の様子]]
* 他の局所麻酔に比べて少ない麻酔薬の量で強力な麻酔効果が得られる。
* 循環・呼吸管理上の問題で通常下腹部以下の手術に用いられる。
* 通常はカテーテルを挿入しないため持続投与ができず、短時間の手術に適応が限られる。
* [[硬膜外麻酔]]と比較して述べられることが多い。


他の局所麻酔法に比べて、少ない麻酔薬の量で強力な麻酔効果が得られるが、通常はカテーテルを挿入しないため麻酔薬の持続投与ができず、短時間の手術に[[適応 (医学)|適応]]が限られる。
== 適応 ==

* 下腹部の手術、会陰の手術、下肢の手術
19世紀末、特に{{仮リンク|アウグスト・ビーア|en|August Bier}}と{{仮リンク|テオドール・タフィエ|en|Théodore Tuffier}}(1857-1929)によって臨床に導入されたこの麻酔方法は、その後のアメリカでの発展がないわけではなかったが、[[全身麻酔]]の進歩とともに麻酔臨床における重要性を失っていった。20世紀に入ると、特定の患者群に対する区域麻酔の利点が明らかになり、この手技の復権が始まった。標準的な麻酔法として、脊髄くも膜下麻酔は今日、下腹部、骨盤、下肢、産科の多くの手術に使用されており、これらの手術では、腰部(腰椎または腰椎領域)および胸部(胸椎領域)で実施可能な[[硬膜外麻酔]]など、脊髄に近い他の区域麻酔や、全身麻酔の代替となるものである。
* 術後疼痛管理
== 原理 ==
* [[癌性疼痛|癌性疼痛管理]]

=== 解剖学的基礎と脊髄くも膜下麻酔の原理 ===
[[ファイル:Spinal anesthesia jp.svg|代替文=Prinzip der Durchführung einer Spinalanästhesie, waagrechter Querschnitt (Transversalebene)|左|サムネイル|脊髄くも膜下麻酔の模式図(横断面)]]
人間の[[脊椎]]は24個の[[椎骨]]からなり、体軸の力学的安定性を確保している。これらは[[靭帯]]で連結され、それぞれが[[椎体]]、[[脊髄]](図では➀)とその膜を囲む[[椎弓]]、2つの[[横突起]]、後方(背側)の[[棘突起]]からなる。[[脊髄神経]]は椎骨と椎骨の間から出ており、身体を分節的に支配し、運動機能と知覚を可能にし、また[[自律神経系]]の線維も含んでいる。

中枢神経系の一部として、脊髄は[[髄膜]]に囲まれている。内側から外側に向かって、脊髄に直接接している[[軟膜]]、[[くも膜]]、そして 外側の境界として[[硬膜]]である。''軟膜とくも膜の''間には脳脊髄液腔([[くも膜下腔]])があり、[[脳脊髄液]]が循環している。

脊髄くも膜下麻酔の際、このくも膜下腔は細い中空針で穿刺される。針は[[皮膚]]、[[椎骨]]の[[棘突起]]間の靭帯({{仮リンク|棘上靱帯|en|Ligamentum supraspinale|redirect=1}}、{{仮リンク|棘間靱帯|en|Ligamentum interspinale|redirect=1}}、{{仮リンク|黄靱帯|en|Ligamentum flavum|redirect=1}})を貫通して、さらに[[硬膜外腔]](図の➂)(脂肪組織と血管で満たされ、髄膜の外側にある)を経て、''硬膜とくも膜を''貫通し、その先端がくも膜下腔(図の➁)で静止する。[[局所麻酔薬]]はこの腔内に注入され({{仮リンク|髄腔内|en|intrathecal|redirect=1|label=髄腔内投与}})、脊髄神経の[[前根]]と[[後根]]に作用し、[[信号伝達 (生理学)|神経インパルスを伝達]]する機能を一時的に停止させる。

ヒトの発育過程において、脊柱は脊髄よりも早く成長するため、脊髄は(成人の場合)第1/第2腰椎の[[脊髄円錐]]のレベルで終わるが、関連する脊髄神経は足側(尾側)に移動し続け、脊柱管から出てくる。それによって[[馬尾]]が形成される。このような状況により、脊髄を損傷することなく中位腰椎のレベルで穿刺することができる{{Sfn|Rossaint|2008|pp=620–624}}{{Sfn|Jankovic|2003|pp=263–271}}{{Sfn|Gerheuser|2005|pp=1246–1248}}。
[[ファイル:Prinzip der Spinalanaesthesie jp.svg|代替文=Prinzip der Durchführung einer Spinalanästhesie, senkrechter Querschnitt in der Körpermitte (Sagittalebene)|左|サムネイル|脊髄くも膜下麻酔の[[矢状断]]像]]

=== 使用薬剤 ===
脊髄くも膜下麻酔の効果時間は、使用する薬剤によって異なる。[[局所麻酔薬]]は、脊髄くも膜下麻酔を行う際に使用される標準的な薬剤である。これらは神経内に拡散し、細胞膜の[[ナトリウムチャネル]]を遮断し、ナトリウムイオンの流入を減少させる。このようにして、[[活動電位]]の形成が妨げられ、神経における[[信号伝達 (生理学)|信号伝達]]ができなくなる。[[ファイル:Bupivacaine_Structural_Formulae.png|代替文=Strukturformeln von Bupivacain, eines der am häufigsten genutzten Lokalanästhetika|サムネイル|最もよく使用される[[局所麻酔薬]]の一つである[[ブピバカイン]]の[[構造式]]。[[光学異性体]]を持ち、[[ラセミ体]]として市販されている。]]

[[リドカイン]]は、効果発現時間が短く、作用時間が60~90分と中程度であるため、長い間脊髄くも膜下麻酔の標準とされてきたが、一時的および永続的な神経損傷の報告を受けて、現在ではほとんど使用されていない<ref>D. Zaric, C. Christiansen, N. L. Pace, Y. Punjasawadwong: ''Transient neurologic symptoms (TNS) following spinal anaesthesia with lidocaine versus other local anaesthetics.'' In: ''Cochrane Database Syst Rev.'' 2005 Oct 19;(4), S. CD003006. PMID 16235310</ref>。[[ブピバカイン]]は広く使用されている薬剤で、作用時間が長く、リドカインとは対照的に神経損傷の発生率は低いと報告されている。[[比重 (医学)|等比重]]および[[比重 (医学)|高比重]]溶液の両方が存在する。[[メピバカイン]]、[[プリロカイン]]、[[ロピバカイン]]なども使用されている。[[プロカイン]]は米国では使用されているが、ヨーロッパではほとんど使用されていない。プリロカインとメピバカインの作用時間は約1時間と比較的短く、外来で行われる短時間の処置に使用するには魅力的である。しかし、[[エステル型]]の局所麻酔薬であるプロカインは、アミド型に属する他の局所麻酔薬よりも[[アレルギー|アレルギー反応]]のリスクが高い{{Sfn|Rossaint|2008|p=639}}。日本では、かつては、以前は0.3%ペルカミンS([[ジブカイン]])、ネオペルカミンS(ジブカインと[[テーカイン]]の合剤)も用いられていたが神経毒性を疑われ、現在は販売されていない。他にテトカイン([[テトラカイン]])も使用されてきたが、日本では2023年度限りで販売終了となる見込みである<ref>{{Cite web |url=https://www.kyorin-pharm.co.jp/prodinfo/information/pdf/202305tetocainesoldout.pdf |title=製造販売中止のご案内 |access-date=2023-06-22 |publisher=杏林製薬株式会社}}</ref>。

他の薬剤(添加薬)との併用は、局所麻酔薬の効果を長持ちさせ、副作用を軽減することを目的としている。例えば、[[オピオイド]]の添加がよく行われている。この目的のために、[[フェンタニル]]や{{仮リンク|スフェンタニル|en|Sufentanil|redirect=1}}のような[[脂溶性]]のものが使用され、脊髄[[後角]]にある[[オピオイド受容体]]を介して作用する。[[痒み|かゆみ]]、[[吐き気]]、[[呼吸抑制]]といった典型的なオピオイドの副作用が起こることがある。[[モルヒネ]]などの水溶性オピオイド誘導体では、呼吸抑制と鎮静作用が強くなるため、患者を長時間[[モニター (医学)|モニター]]する必要がある<ref>Dorothee H. Bremerich: Stellungnahme zum Leserbrief ''Ist die Mischung Bupivacain+Sufentanil+Morphin intrathekal für sie SPA zur Sectio obsolet?'' In: ''Anästhesiologie & Intensivmedizin.'' Band 60, 2019, S. 578–581, hier: S. 580, Tabelle 1: ''International geforderte Überwachungsintervalle nach rückenmarknaher Applikation von Morphin''.</ref>。[[クロニジン]]<ref>N. Elia, X. Culebras, C. Mazza, E. Schiffer, M. R. Tramèr: ''Clonidine as an adjuvant to intrathecal local anesthetics for surgery: systematic review of randomized trials.'' In: ''Reg Anesth Pain Med.'' 2008 Mar-Apr;33(2), S. 159–167. PMID 18299097</ref>や[[ケタミン]]<ref>K. Govindan, R. Krishnan, M. P. Kaufman, R. Michael, R. J. Fogler, J. Gintautas: ''Intrathecal ketamine in surgeries for lower abdomen and lower extremities.'' In: ''Proc West Pharmacol Soc.'' 2001; 44, S. 197–199. PMID 11793982</ref>の使用はあまり一般的ではない<ref>M. A. Chaney: ''Side effects of intrathecal and epidural opioids.'' In: ''Can J Anaesth.'' 1995 Oct;42(10), S. 891–903. PMID 8706199</ref>。アドレナリンは、その効果を延長させるために他の局所麻酔法では添加されるが、脊髄くも膜下麻酔での使用には適さないとされる{{Sfn|Gerheuser|2005|p=1257}}{{Efn|市販されている脊髄くも膜下麻酔用のブピバカイン製剤にはアドレナリンが添加されていないが、症例報告としてはアドレナリン添加による作用時間延長の報告例がある。}}。

=== 麻酔範囲の決定要因 ===
脊髄くも膜下麻酔の効果の程度は、注入された薬剤が[[クモ膜下腔|くも膜下腔]]にどのように広がるかどうかに依存する。これは主に、局所麻酔薬の総投与量と[[比重 (医学)|比重]]によって決まる。脊髄くも膜下麻酔に用いられる局所麻酔薬は、髄液と同じ比重を持つ''等比重液''と、[[グルコース]]の添加によってより高い比重を持つ''高比重液''とに分類される<ref>{{Cite web |title=医療用医薬品 : マーカイン (マーカイン注脊麻用0.5%高比重 他) |url=https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00045956 |website=www.kegg.jp |access-date=2023-07-22 |language=ja}}</ref>。等比重液の大部分は穿刺部位のくも膜下腔に留まる。しかし、比重はわずかに温度に依存するため、体内での加温により、高比重液よりも拡散の予測が難しくなる。高比重液は重力に従って下方に沈むため、患者の[[体位]]によって麻酔薬の広がりをコントロールできる。高位麻酔は頭低位、低位麻酔は頭高位とすることにより達成される。等比重液と同様の広がりは、仰臥位で達成でき、サドルブロックは座位で、側臥位では片側優位の麻酔効果が得られる。低比重液の使用は例外的な場合にのみ行われる{{Sfn|Rossaint|2008|p=636}}<ref name="Hocking">{{Cite journal|last=Hocking|first=G.|last2=Wildsmith|first2=J.A.W.|date=2004-10|title=Intrathecal drug spread|url=https://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S0007091217358543|journal=British Journal of Anaesthesia|volume=93|issue=4|pages=568–578|language=en|doi=10.1093/bja/aeh204}}</ref>{{Efn|低比重液による脊髄くも膜下麻酔は日本では[[テトラカイン]]によって行うことができたが、2024年度以降は販売中止により不可能となる見込みである。詳細は[[テトラカイン]]の項を参照。}}。

麻酔薬の拡散に影響するその他の因子(決定因子)は、患者個々で変化の大きい髄液量とくも膜下腔の空間的条件である。後者は患者の体格に影響される。[[肥満]]、[[妊娠]]、[[腹水]]など、腹腔内の圧力が高くなると、くも膜下腔が圧迫され、それに応じて投与量を減らさなければならない<ref name="Hocking" />。注射の速度、注入される総量、局所麻酔薬と髄液の意図的な攪拌''(Barbotageと呼ばれる。脊椎針に局所麻酔薬を充填したシリンジを接続し、髄液吸引と髄腔注入を数回繰り返す'')は、麻酔の広がりにそれほど影響しない{{Sfn|Rossaint|2008|p=636}}。

=== 硬膜外麻酔や腰椎穿刺との違い ===
[[ファイル:Unterschied_Spinalanästhesie-Periduralanästhesie.png|代替文=Schematische Darstellung von Spinalanästhesie (A) und Periduralanästhesie (B)|左|サムネイル|脊髄くも膜下麻酔では穿刺針が[[硬膜]]を貫いて[[クモ膜下腔|くも膜下腔]]に到達する(A)が、硬膜外麻酔では穿刺針は硬膜手前の[[硬膜外腔]]に留まり、カテーテルが留置される(B)。]]

脊髄くも膜下麻酔では、注射針が硬い髄膜(''[[硬膜]]'')を貫通するため、注入された局所麻酔薬は[[クモ膜下腔]]の''[[脳脊髄液]]''中に自由に広がり、神経線維がそこで麻酔される。一方、[[硬膜外麻酔]]では、''硬''膜に穴を開けない。カテーテルは硬膜の外側の[[硬膜外腔]]に挿入されるため、[[局所麻酔薬]]は主に''髄膜の外側で''脊髄からつながる[[脊髄神経]]に作用する。脊髄くも膜下麻酔では、麻酔が効いているレベルより下のすべての神経線維、つまり下半身全体が薬剤の髄液中への広がりにより麻酔されるのに対し、硬膜外麻酔では、穿刺レベルの対応する[[デルマトーム|皮膚分節]]を中心に麻酔効果が及ぶ<ref>F. Gerheuser, A. Roth: ''Periduralanästhesie.'' In: ''Anaesthesist.'' Band 56, Nr. 5, Mai 2007, S. 499–523, [[doi:10.1007/s00101-007-1181-1]], PMID 17431551.</ref>。脊髄くも膜下麻酔では歩行は不能もしくは困難となるが、硬膜外麻酔では歩行は可能である{{Efn|胸部硬膜外麻酔では麻酔範囲が胸髄周辺に留まるために歩行可能だが、腰部硬膜外麻酔では、麻酔範囲が腰髄周辺となり、下肢の運動神経に影響が及ぶために歩行は難しくなる。}}。

{{Main|硬膜外麻酔}}

[[腰椎穿刺]]では、脊髄くも膜下麻酔とほぼ同じ方法でくも膜下腔を穿刺する。腰椎穿刺は、[[頭蓋内圧|髄液圧]]の測定や診断用[[脳脊髄液|髄液]]サンプリングに使用され、[[髄膜炎|中枢神経系の感染症]]や[[転移 (医学)|転移]]が疑われる場合や抗体診断のために行われる<ref>{{Cite web |url=http://www.uni-duesseldorf.de/awmf/ll/030-107.htm |title=Diagnostische Liquorpunktion |access-date=2007-12-15 |archive-url=https://web.archive.org/web/20071215002741/http://www.uni-duesseldorf.de/awmf/ll/030-107.htm |archive-date=2007-12-15 |deadlinkdate=2023-07-20}}</ref>。[[化学療法 (悪性腫瘍)|化学療法]]では、腰椎穿刺によって[[抗がん剤|抗癌剤]]が{{仮リンク|髄腔内|en|intrathecal|redirect=1}}に注入されることもある<ref>{{Cite web |title=診療ガイドライン {{!}} がん診療ガイドライン {{!}} 日本癌治療学会 |url=http://www.jsco-cpg.jp/childhood-leukemia/guideline/ |access-date=2023-07-20 |language=ja}}</ref>。

{{Main|腰椎穿刺}}

=== 脊髄くも膜下麻酔の派生手技 ===
[[ファイル:Dermatoms.svg|代替文=Betäubte Dermatome bei einer mittelhohen Spinalanästhesie|サムネイル|[[皮膚分節|皮膚分節(デルマトーム)]]]]

脊髄くも膜下麻酔は通常、1回の注射(''シングルショット'')で行われる。感覚ブロックの範囲によって、低位([[デルマトーム|皮膚分節]]Th12以下、鼠径部レベル)、中位(分節Th10まで、へそのレベル)、高位(分節Th4まで、乳首レベル)に区別される。脊髄くも膜下麻酔の特殊な形態として、主に陰部領域(S2-5)を支配する[[仙骨神経]]を標的として行われる'''サドルブロック'''がある。

あまり一般的ではないが、脊髄くも膜下麻酔では、カテーテルを挿入することで、薬剤を連続的に投与することもできる('''持続脊髄くも膜下麻酔'''、Continuous Spinal Anesthesia: CSA)<ref>{{Cite journal|last=Denny|first=N M|last2=Selander|first2=D E|date=1998-10|title=Continuous spinal anaesthesia|url=https://doi.org/10.1093/bja/81.4.590|journal=British Journal of Anaesthesia|volume=81|issue=4|pages=590–597|doi=10.1093/bja/81.4.590|issn=0007-0912}}</ref>。もう一つの派生手技としては、脊髄くも膜下麻酔と硬膜外麻酔の併用({{仮リンク|脊髄くも膜下併用硬膜外麻酔|en|Combined spinal and epidural anaesthesia|label=脊髄くも膜下併用硬膜外麻酔、Combined spinal epidural anesthesia: CSEA|redirect=1}})がある。この場合、[[ツーイ針|硬膜外麻酔針]]の中から{{仮リンク|脊椎針|de|Spinalkanüle|redirect=1}}を進め、脊髄くも膜下麻酔を行う{{Efn|この方法は、硬膜外麻酔と脊髄くも膜下麻酔の穿刺部位が同じ場所であり、針の中から針を通す、すなわち、"Needle through needle"と呼ばれる方法である。他には、硬膜外麻酔と脊髄くも膜下麻酔を別々の穿刺椎間から行う方法もある。}}。その後、硬膜外カテーテルを[[硬膜外腔]]に挿入する。このカテーテルから、必要に応じて薬剤を投与することができ、また効果的な術後[[疼痛管理|疼痛治療]]が可能となる<ref>{{Cite journal|last=Neruda|first=B.|date=2005-08|title=[Development and current status of combined spinal epidural anaesthesia]|url=https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16078156/|journal=Anasthesiologie, Intensivmedizin, Notfallmedizin, Schmerztherapie: AINS|volume=40|issue=8|pages=459–468|doi=10.1055/s-2004-826090|issn=0939-2661|pmid=16078156}}</ref>。

{{Main|{{仮リンク|脊髄くも膜下併用硬膜外麻酔|en|Combined spinal and epidural anaesthesia|label=脊髄くも膜下併用硬膜外麻酔、Combined spinal epidural anesthesia: CSEA|redirect=1}}}}

== 適応と禁忌 ==

=== 適応 ===
[[ファイル:Caesarian.jpg|代替文=Kaiserschnitt|サムネイル|[[帝王切開]]の多くは脊髄くも膜下麻酔で行われている。]]

脊髄くも膜下麻酔は標準的な麻酔法で、比較的簡単に行うことができ、すぐに効果が現れ、痛みを完全に取り除くことができる。下腹部の外科手術([[鼠径ヘルニア|鼠径ヘルニア手術]]など)、骨盤部の[[婦人科学|婦人科]]手術や[[泌尿器科学|泌尿器科]]手術、下肢の[[整形外科学|整形外科]]手術、外傷の手術、血管手術などに使用できる、[[全身麻酔]]や[[硬膜外麻酔]]の代替となり得る麻酔法である。持続脊髄くも膜下麻酔は、術後の疼痛治療を継続できる可能性もある{{Efn|2023年現在、日本では専用のカテーテルが販売されておらず、行うことが難しい。}}。一方、脊髄くも膜下麻酔は、上腹部や胸部より高位の手術には適さない{{Sfn|Jankovic|2003|p=272}}。

産科では、[[帝王切開]]のための脊髄くも膜下麻酔は標準的な手技である。ドイツでは1990年代まで[[全身麻酔]]が主流であったが、2005年までには脊髄くも膜下麻酔が優先される麻酔法として明確に定着した{{Efn|日本では、戦前・戦後から一貫して帝王切開の麻酔は脊髄くも膜下麻酔が標準麻酔法である。}}<ref>{{Cite journal|last=Stamer|first=U. M.|last2=Wiese|first2=R.|last3=Stuber|first3=F.|last4=Wulf|first4=H.|last5=Meuser|first5=T.|date=2005-02|title=Change in anaesthetic practice for Caesarean section in Germany|url=https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1399-6576.2004.00583.x|journal=Acta Anaesthesiologica Scandinavica|volume=49|issue=2|pages=170–176|language=en|doi=10.1111/j.1399-6576.2004.00583.x|issn=0001-5172}}</ref>。脊髄くも膜下麻酔は、妊婦の[[全身麻酔]]に伴う[[誤嚥]]リスクの増大を回避できる。しかし、緊急分娩で脊髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔が十分に効果を発揮するまでの時間が待てない場合は、全身麻酔が依然として必要である<ref>{{Cite journal|last=Hempel|first=V.|date=2001-01|title=[Spinal anesthesia for cesarean section]|url=https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11227314/|journal=Anasthesiologie, Intensivmedizin, Notfallmedizin, Schmerztherapie: AINS|volume=36|issue=1|pages=57–60|doi=10.1055/s-2001-10239-8|issn=0939-2661|pmid=11227314}}</ref>。

脊髄くも膜下麻酔は、[[悪性高熱症|悪性高熱]]リスクのある患者において、このような合併症を回避する方法のひとつである。また、[[気道確保]]が困難であることが予想され、かつ患者が絶食状態でない場合には、全身麻酔よりも脊髄くも膜下麻酔を優先したほうが良い{{Sfn|Jankovic|2003|p=272}}。閉塞性肺疾患([[気管支喘息]]、[[COPD]])のある患者も、全身麻酔を回避した方がよい。

脊髄くも膜下麻酔がさまざまな合併症([[深部静脈血栓症]]、[[肺塞栓症]]、[[出血]]、肺合併症)の発生率を低下させ、死亡率も低下させる可能性があるとの指摘がある<ref>{{Cite journal|last=Rodgers|first=Anthony|last2=Walker|first2=Natalie|last3=Schug|first3=S.|last4=McKee|first4=A.|last5=Kehlet|first5=H.|last6=Zundert|first6=A. van|last7=Sage|first7=D.|last8=Futter|first8=M.|last9=Saville|first9=G.|date=2000-12-16|title=Reduction of postoperative mortality and morbidity with epidural or spinal anaesthesia: results from overview of randomised trials|url=https://www.bmj.com/content/321/7275/1493|journal=BMJ|volume=321|issue=7275|pages=1493|language=en|doi=10.1136/bmj.321.7275.1493|issn=0959-8138|pmid=11118174}}</ref>が、決定的な評価を行うにはデータが不十分である。脊髄くも膜下麻酔が、重度の心疾患や肺疾患の{{仮リンク|既往歴|en|Past medical history|redirect=1|label=既往歴(Past medical history)}}を持つ患者にとって利点があるかどうかも議論の的となっている<ref>E. Tziavrangos, S. A. Schug: ''Regional anaesthesia and perioperative outcome.'' In: ''Curr Opin Anaesthesiol.'' 2006 Oct;19(5), S. 521–525. PMID 16960485</ref>。[[全身麻酔]]に対する優位性はまだ証明されていない<ref>F. Wappler, K. Bangert: ''Perioperatives Management bei kardialen Risikopatienten.'' In: ''Anasthesiol Intensivmed Notfallmed Schmerzther.'' Band 40, Nr. 5, Mai 2005, S. 284–291. PMID 15902608.</ref>。

=== 禁忌 ===
絶対{{仮リンク|禁忌 (医学)|en|Contraindication|label=禁忌}}は、使用する麻酔薬に対する[[アレルギー]]、穿刺部位の局所感染、未治療の全身感染症([[菌血症]])、未治療の{{仮リンク|循環血液量減少|en|Hypovolemia|label=}}、頭蓋内圧亢進、遺伝的[[凝固障害]]や[[抗血栓薬|抗血栓療法]]による明らかな出血傾向(下表参照)である{{Sfn|Rossaint|2008|p=631}}。このような抗血栓薬による治療は、脊髄くも膜下麻酔を行う前に4時間([[ヘパリン|未分画ヘパリン]])または、12時間(予防的低用量の[[低分子量ヘパリン]])または24時間(治療的用量の低分子量ヘパリン)中断しなければならない。[[クロピドグレル]]は7日前から、[[チクロピジン]]は10日前から中止し、[[クマリン|クマリン系]]薬剤(ワーファリンなど)服用後は[[PT-INR]]<1.4に達していなければならない。低用量(1日100mgまで)の[[アセチルサリチル酸]]単独による治療では、かつては休薬期間を設けていたが、もはや休薬する必要はない({{仮リンク|ドイツ麻酔科学・集中治療医学会|de|Deutsche Gesellschaft für Anästhesiologie und Intensivmedizin|label=ドイツ麻酔科学・集中治療医学会(Deutschen Gesellschaft für Anästhesie und Intensivmedizin: DGAI)|redirect=1}}の勧奨)<ref name=":0">{{Cite web |url=https://www.ai-online.info/images/ai-ausgabe/2007/10-2007/supplement-4-2007/2007_10_S109-S124_Rueckenmarksnahe%20Regionalanaesthesien%20und%20Thrombo-embolie--prophylaxe%20antithrombot.pdf |title=Rückenmarksnahe Regionalanästhesien und Thromboembolie prophylaxe/antithrombotische Medikation* |access-date=2023-07-23 |publisher=Anästhesiologie & Intensivmedizin |author=W. Gogarten, H. Van Aken, J. Büttner, H. Riess, H. Wulf, H. Bürkle}}</ref>。

血小板の不足([[血小板減少症]])は出血性合併症のリスクを高める。脊髄くも膜下麻酔を実施できる絶対的な下限は、専門学会によって定義されていない。むしろ、血液凝固の全体的な状況を考慮しなければならない<ref>''Durchführung von Analgesie- und Anästhesieverfahren in der Geburtshilfe''. 2. überarbeitete Empfehlungen der Deutschen Gesellschaft für Anästhesiologie und Intensivmedizin und des Berufsverbandes Deutscher Anästhesisten in Zusammenarbeit mit der Deutschen Gesellschaft für Gynäkologie und Geburtshilfe. In: ''Anästh. Intensivmed.'', 50, 2009, S. S490–S495</ref>。脊髄くも膜下麻酔の前に血小板濃縮製剤を輸血して血液中の血小板数を増加させることは、50,000/μl未満の値から推奨されており、これを下限値の目安とすることができる。脊髄くも膜下麻酔より太い針を使用する[[硬膜外麻酔]]では、80,000/μl未満で血小板輸血が推奨されている<ref>''Querschnitts-Leitlinien (BÄK) zur Therapie mit Blutkomponenten und Plasmaderivaten.'' 4. überarbeitete und aktualisierte Auflage 2014, Deutsches Ärzteblatt, Jg. 112, Heft 6, 6. Februar 2015</ref>。

相対的禁忌には、慢性背部痛、[[抗生物質]]治療中の全身感染、[[強直性脊椎炎]]、重症の[[大動脈弁狭窄症]]またはその他の心臓弁膜症、[[脊髄空洞症]]、[[肺高血圧|肺高血圧症]]が含まれる。これらの疾患では、脊髄くも膜下麻酔の有益性と危険性を秤にかける必要がある{{Sfn|Rossaint|2008|p=631}}。
{| class="wikitable"
|+[[脊髄幹麻酔]]と[[抗血栓薬|抗血栓療法]]の推奨時間間隔<ref>Wiebke Gogarten, Hugo K Van Aken: ''Perioperative Thromboseprophylaxe – Thrombozytenaggregationshemmer – Bedeutung für die Anästhesie.'' In: ''AINS – Anästhesiologie • Intensivmedizin • Notfallmedizin • Schmerztherapie.'' Ausgabe 04, April 2012, S. 242–254, [[doi:10.1055/s-002-23167]].</ref><ref>S. A. Kozek-Langenecker, D. Fries, M. Gütl, N. Hofmann, P. Innerhofer, W. Kneifl, L. Neuner, P. Perger,T. Pernerstorfer, G. Pfanner u.&nbsp;a.: ''Lokoregionalanästhesien unter gerinnungshemmender Medikation. Empfehlungen der Arbeitsgruppe Perioperative Gerinnung (AGPG) der Österreichischen Gesellschaft für Anästhesiologie und Intensivmedizin (ÖGARI).'' In: ''Der Anaesthesist.'' Volume 54, Number 5 (2005), S. 476–484, [[doi:10.1007/s00101-005-0827-0]].</ref>
!薬剤名
!穿刺またはカテーテル抜去前の休薬期間
!穿刺またはカテーテル抜去後の再開時間
|-
|[[ヘパリン|未分画ヘパリン]]
|4–6時間
|1時間
|-
|[[低分子量ヘパリン]]予防的投与量
|12時間
|4時間
|-
|低分子量ヘパリン治療的投与量
|24時間
|4時間
|-
|[[フォンダパリヌクス]]
|36–42時間
|6–12時間
|-
|[[ワルファリン|ワーファリン]]
|[[プロトロンビン時間|PT-INR]] < 1.4
|カテーテル抜去直後より
|-
|[[クロピドグレル]]
|7日
|カテーテル抜去直後より
|-
|[[プラスグレル]]
|7–10日
|6時間
|-
|[[チクロピジン]]
|10日
|カテーテル抜去直後より
|-
|{{仮リンク|アブシキシマブ|en|Abciximab|redirect=1}}
|48時間
|4時間
|-
|{{仮リンク|チロフィバン|en|Tirofiban|redirect=1}}
|8時間
|4時間
|-
|[[プロスタサイクリン]]
|0,5時間
|sofort
|-
|[[ダビガトラン]]
|> 34時間
|4–6時間
|-
|[[リバーロキサバン]]
|22–26時間
|4–6時間
|-
|[[アピキサバン]]
|26–30時間
|4–6時間
|-
|[[チカグレロル]]
|5日
|6時間
|-
|[[シロスタゾール]]
|42時間
|5時間
|-
|[[ジピリダモール]]
|48時間
|カテーテル抜去直後より
|-
|[[アセチルサリチル酸]]
|休薬不要
|休薬不要
|}


== 手技 ==
== 手技 ==
基本的にはL3/4を目標に穿刺する。不可能ならL4/5やL5/S1を目標にする。椎体の数え方は体表解剖学の知識を利用する。頸部で最も突出しているのがC7、肩甲棘を結んだ線がTh3の下縁、肩甲骨下縁を結んだ線がTh7の下縁、腸骨稜を結んだ線([[ヤコビ線]])がL4下縁を通る。またThとLでは[[棘突起]]の大きさが違うということも参考になる。


== 麻酔薬 ==
=== 準備 ===
他の麻酔法と同様に、事前に患者と麻酔科医との間で[[インフォームド・コンセント]]の場が持たれる。合併症や十分な効果が得られない場合には、麻酔法を[[全身麻酔]]に変更しなければならないこともあるため、手術当日は[[絶食|絶飲食]]が必要である。手術前の[[麻酔前投薬|前投薬]]として、気持ちを落ち着かせ緊張を和らげる薬([[鎮静薬|鎮静剤]])が投与されることもある。
日本では主に[[局所麻酔]]薬が用いられる。代表的なのは0.5%マーカイン([[ブピバカイン]])、テトカイン([[テトラカイン]])。以前は0.3%ペルカミンS(ジブカイン)、ネオペルカミンS(ジブカインとテーカインの合剤)も用いられていたが神経毒性を疑われており、現在はあまり使用されない。[[オピオイド]]を[[局所麻酔薬]]に併用することもある。その場合は塩酸[[モルヒネ]]か[[フェンタニル]]を用いる。多くの薬剤で高比重と等比重が用意されており、麻酔高の調節に用いることができる。


緊急用の医薬品や器材を準備した上で、[[静脈路確保|静脈路を確保]]する。脊髄くも膜下麻酔は[[座位]]または側臥位で行う。座位では、助手が患者を前方から支える。患者は基本的な[[モニター (医学)|モニター]]([[心電図モニタ]]、[[パルスオキシメーター|パルスオキシメトリー]]、{{仮リンク|血圧測定|en|Blood pressure measurement|redirect=1}})により継続的に監視される。
== 麻酔高 ==
麻酔高の調節は体位や麻酔薬の選択で調節が可能である(投与量は麻酔範囲との相関が低いことが知られている)。しかしそれらは非常に経験的であるため必ず麻酔範囲の確認が必要となる。代表的な手術において必要な麻酔高を以下に示す。
; 下腹部手術
: 子宮全摘、卵巣手術 Th7
: 虫垂切除 Th4(腸管牽引をするため)
: 前立腺全摘 Th10
: 膀胱部分切除 Th10
: 鼠径ヘルニア Th10
; 鼠径部以下
: TUR Th10
: 精巣手術 Th10
: 下肢手術 Th10 ([[ターニケット]]を用いることが多いため)
: 外陰部、肛門 S


=== 穿刺手技 ===
麻酔高を判定するには[[デルマトーム]]を参考とする。特にわかりやすいものとしては、腕がC領域、乳頭はTh4、剣状突起はTh6、臍部はTh12、大腿はL領域、膝がL3、大腿後部はS2、足底部はS1、肛門がS3である。
[[ファイル:Spinal_needles.jpg|代替文=Spinalnadeln vom Typ Quincke|左|サムネイル|{{仮リンク|脊椎針|de|Spinalkanüle|redirect=1}}]]


脊髄くも膜下麻酔を行うには、第2腰椎と第3腰椎(L2/L3)または第3腰椎と第4腰椎(L3/L4)の間に{{仮リンク|脊椎針|de|Spinalkanüle|redirect=1}}を穿刺する。複数回の消毒と[[浸潤麻酔|局所浸潤麻酔]]の後、[[無菌操作|無菌手技]]で2つの[[棘突起]]の間に針を刺入する。穿刺は、棘突起の平面に対して後方からまっすぐ''(正中アプローチ)''、または10°のわずかな側方偏位''(傍正中アプローチ'')で行われる。あるいは、''Taylorによる側方''アプローチを用いることもでき、この場合、穿刺は側方および下方から45°の角度で行う。
体位調節で必要なレベルの麻酔効果が得られなかった場合は再び穿刺し麻酔薬を追加するしかない。麻酔薬によるブロックは細い[[神経線維]]から順に効果が現れることが知られており、[[交感神経]]、[[温覚]]、[[痛覚]]、[[触覚]]、[[圧覚]]、[[運動神経]]という順にブロックされていく。痛覚の判定を行うピンプリックテスト、温覚の判定を行うコールドサインテスト、運動神経の判定を行うBromageスケールが有名である。


背中を丸める(いわゆる[[猫背]])ことで棘突起間の距離を広げることができるため、患者の協力は重要である。特に高齢者では、骨化した靭帯が針の前進の妨げとなる。このため、太い''イントロデューサー針を''使用することも多い。これが靭帯構造を貫通したら、そこから実際の細い穿刺針を挿入し、クモ膜下腔に穿刺する。穿刺針が神経根に触れると、穿刺中に足に短時間のしびれ({{仮リンク|パレステジア|en|Paresthesia|redirect=1}})が生じることがある。針が硬膜を通過すると、透明な脳脊髄液が針から滴り落ち、針が正しく刺入されたことが分かる。[[ファイル:Liquor_bei_Spinalanaesthesie.JPG|代替文=Durchführung der Spinalanästhesie beim sitzenden Patienten. Der abtropfende Liquor zeigt die korrekte Lage der Kanüle an.|左|サムネイル|脊椎針から髄液が流出している。]]
== 効果判定 ==

前節で述べたようにデルマトームに従って各部位における麻酔高の判定を行う。最も重要なことは呼吸の抑制があるかである。呼吸は[[横隔神経]]、すなわちC領域で駆動されている。すなわち上肢が動くうちは呼吸停止は考えにくい。但し、高齢者や呼吸機能障害を合併している患者の場合はThレベルの呼吸補助筋の働きがおちることで呼吸困難を訴えることがある。腕がC領域、乳頭はTh4、剣状突起はTh6、臍部はTh10、大腿はL領域、膝がL3、大腿後部はS2、足底部はS1、肛門がS3というデルマトームは必ず覚えておき、麻酔の分布に異常を感じたら繰り返し効果判定は行うべきである。
[[注射器|シリンジ]]で[[局所麻酔薬]]を注入する前に、透明な髄液が脊椎針から流出し続けることを確認しておくべきである。血の混じった髄液(血管の穿刺が疑われる)や髄液の流出がない場合は、脊椎針を抜いて再度挿入する必要がある。くも膜下腔に適切な量の局所麻酔薬を注入した後、効果はほとんどすぐに現れ、脚や臀部が温かくなる感覚から始まる。数分以内に、感覚低下と無痛が現れ、可動域が制限される。
; ピンプリックテスト

=== 麻酔範囲の調節 ===
[[脊髄くも膜下麻酔#麻酔範囲の決定要因|「麻酔範囲の決定要因」]]の節で述べたように[[デルマトーム]]を参考に、麻酔範囲の判定を行う。高比重液の場合、くも膜下腔に局所麻酔薬を注入してからの麻酔領域の広がりは分単位で変化するため、麻酔効果判定を頻回に行う必要がある。高比重液を使用すれば、患者の体位によって麻酔領域の広がりを調節できる(中・高位麻酔、サドルブロック、左右どちらかの片効き麻酔)。しかし、麻酔領域が脊髄高位に波及しすぎると、[[呼吸困難]]が生じる。胸髄レベルの麻酔で同部位からの神経支配を受ける肋間筋の筋力低下が起こる。さらに麻酔領域が高位の頚髄レベルに及ぶと、[[第4頸神経|第4頚神経]]の分枝である[[横隔神経]]が麻痺し、横隔神経に支配される横隔膜にまで麻痺が及ぶ。横隔膜の麻痺は呼吸停止を引き起こすことから、麻酔レベルはこのレベルまでは広げるべきでは無い。上肢の筋肉の運動支配は大半が[[頸神経|頚神経]]なので、上肢に麻酔効果が及べば、頚神経領域にまで麻酔効果が及んでいることを示唆しており、第4頚神経麻痺からの呼吸不全を回避するために、麻酔薬が高比重液ならば頭高位としてくも膜下腔中の麻酔薬がこれ以上頭側に広がらないようにする必要がある。麻酔薬によるブロックは細い[[神経線維]]から順に効果が現れることが知られており、[[交感神経]]、[[温覚]]、[[痛覚]]、[[触覚]]、[[圧覚]]、[[運動神経]]という順にブロックされていく。痛覚の判定を行うピンプリックテスト、温覚の判定を行うコールドサインテスト、運動神経の判定を行うBromageスケールが有名である。必要なレベルの麻酔効果が得られなかった場合は再びくも膜下腔を穿刺し麻酔薬を追加するか、他の麻酔方法(多くは[[全身麻酔]])に切り替える。

==== ピンプリックテスト ====
: 痛覚刺激を感じるかを調べるテストである。針など尖ったもの(但し出血しない程度)を皮膚にあててチクチクするかどうかを尋ねる。
: 痛覚刺激を感じるかを調べるテストである。針など尖ったもの(但し出血しない程度)を皮膚にあててチクチクするかどうかを尋ねる。
; コールドサインテスト
: 温覚の消失を確認するテストである。アルコール綿(ワンショットプラスなど)を皮膚にあてて冷たいかどうかを尋ねる。当てた感じ、圧覚はブロックされるのが相当後であるので必ず冷たいかどうかで判定する。
; Bromageスケール
: 踵膝を十分に動かせる場合はⅠ(遮断されていない)、膝がやっと動く場合はⅡ(部分遮断ブロック)、踵のみが動く場合はⅢ(ほぼ完全遮断ブロック)、踵膝が動かない場合はⅣ(完全遮断ブロック)となる。


==== コールドサインテスト ====
交感神経、温覚、痛覚、触覚、圧覚、運動神経という順にブロックされていく、という法則を利用するとBromageスケールで十分わかることになるが、細かな判定ができないので必ず他の試験を併用する必要がある。
: 温覚の消失を確認するテストである。アルコール綿を皮膚にあてて冷たいかどうかを尋ねる。当てた感じ、圧覚はブロックされるのが相当後であるので必ず冷たいかどうかで判定する。

==== Bromageスケール ====
: 運動機能の評価尺度である。踵膝を十分に動かせる場合はⅠ(ブロックされていない)、膝がやっと動く場合はⅡ(不完全ブロック)、踵のみが動く場合はⅢ(ほぼ完全ブロック)、踵膝が動かない場合はⅣ(完全ブロック)となる。

麻酔薬を注射した後、使用する薬剤にもよるが、1~2.5時間は手術が可能である。ストレス軽減のため、適切な薬剤(主に[[ミダゾラム]]などの[[ベンゾジアゼピン系]])の[[静脈内投与]]により、患者は[[鎮静]]されることもある。脊髄くも膜下麻酔の「固定時間」という以前の概念は現在では時代遅れと考えられており、注入された麻酔薬がくも膜下腔内で上昇することにより[[合併症]]が生じる可能性があるため、手術の全期間中、専門スタッフと[[モニタリング (医学)|モニタリング]]によって患者を監視する必要がある。手術が終了すると、脊髄くも膜下麻酔の効果がある程度回復するまで、{{仮リンク|麻酔後回復室|en|Post-anesthesia care unit|label=麻酔後回復室(Post-anesthesia care unit: PACU)|redirect=1}}でモニタリングを継続する{{Sfn|Jankovic|2003|pp=273-278}}{{Sfn|Rossaint|2008|pp=634-642}}{{Sfn|Gerheuser|2005|p=1253}}。

== 副作用と合併症 ==
脊髄くも膜下麻酔で比較的よくみられる副作用は、[[低血圧]]、[[不整脈]]、背部痛、[[吐き気]]、[[嘔吐]]のほか、術後の{{仮リンク|硬膜穿刺後頭痛|en|Post-dural-puncture headache|redirect=1}}や[[尿閉]]である。これらの問題は通常、継続的な[[モニタリング (医学)|モニタリング]]により[[麻酔科医]]がすぐに気づき、後遺症なく治療される{{Sfn|Rossaint|2008|p=643}}{{Sfn|Jankovic|2003|p=285}}。

重篤な循環障害や、直接的な損傷、感染、出血による永続的な神経損傷などの重篤な[[合併症]]はまれな事象である。これらの頻度を決定することは困難である。問題点としては、十分な患者数を有する研究がないこと、これらの研究における損傷の定義が不正確で多様であること(異質であること)、手術手技自体、体位、既存の(おそらく未知の)疾患、または自然発生的な事象(出血、感染)など、他の可能性のある損傷機序との鑑別がしばしば困難であることなどが挙げられる<ref name="Brull">{{Cite journal|last=Brull|first=Richard|last2=McCartney|first2=Colin J. L.|last3=Chan|first3=Vincent W. S.|last4=El-Beheiry|first4=Hossam|date=2007-04|title=Neurological Complications After Regional Anesthesia: Contemporary Estimates of Risk|url=https://journals.lww.com/anesthesia-analgesia/pages/articleviewer.aspx?year=2007&issue=04000&article=00042&type=Fulltext|journal=Anesthesia & Analgesia|volume=104|issue=4|pages=965|language=en-US|doi=10.1213/01.ane.0000258740.17193.ec|issn=0003-2999}}</ref><ref>E. M. Pogatzki-Zahn, M. Wenk, H. Wassmann, W. L. Heindel, H. Van Aken: ''Schwere Komplikationen durch Regionalanalgesieverfahren – Symptome, Diagnose und Therapie.'' In: ''Anasthesiol Intensivmed Notfallmed Schmerzther.'' 2007 Jan;42(1), S. 42–52. Review: PMID 17253336</ref>。

=== 循環器系合併症 ===
動脈[[血圧]]の低下([[低血圧]])は脊髄くも膜下麻酔の最も一般的な副作用で、多くの患者に起こる。これは、下半身の[[交感神経系]]の麻酔([[交感神経遮断]])により血管が広がり({{仮リンク|血管拡張|en|Vasodilatation|redirect=1}})、循環血液量が相対的に減少するため、心臓への還流量が減少することによる。脊髄くも膜下麻酔の広がりが大きいほど、血圧降下作用は顕著になる。心拍数の低下([[徐脈]])や[[吐き気]]を伴うこともある。

この血液低下は、特に{{仮リンク|循環血液量減少|en|Hypovolemia|label=}}の患者に顕著であるため、{{仮リンク|晶質液|de|Vollelektrolytlösung|redirect=1}}を脊髄くも膜下麻酔を行う前に予防的に[[点滴静脈注射]]し、このような循環血液量の不足を補う。[[出血]]、体位変換操作、{{仮リンク|駆血解除|de|Blutleere|label=駆血解除(ターニケット止血帯の緊縛解除)|redirect=1}}も低血圧を助長する。低血圧の治療には、点滴による循環血液量増加、頭部をわずかに下げる''([[トレンデレンブルグ位]]''<!-- 、局所麻酔薬の広がりには10°程度までほとんど影響しない(要出典) -->)、必要であれば薬物投与を行う。{{仮リンク|カフェドリン・テオドレナリン|de|Cafedrin-Theodrenalin|redirect=1}}(商品名''アクリノール'')、[[エフェドリン]]、[[フェニレフリン]]、またはまれに[[ノルアドレナリン]]などの[[カテコールアミン]]誘導体が使用される。徐脈の場合は、[[アトロピン]]または{{仮リンク|オルシプレナリン|en|Orciprenalin|redirect=1}}も使用される<ref>Jankovic 2003, S. 285.</ref>。血圧または心拍数の障害は通常、効果的に治療できるが、[[心停止]]に至るような重症型が起こることはまれである(約3/10,000)<ref>{{Cite journal|last=Kopp|first=Sandra L.|last2=Horlocker|first2=Terese T.|last3=Warner|first3=Mary Ellen|last4=Hebl|first4=James R.|last5=Vachon|first5=Claude A.|last6=Schroeder|first6=Darrell R.|last7=Gould|first7=Allan B. Jr|last8=Sprung|first8=Juraj|date=2005-03|title=Cardiac Arrest During Neuraxial Anesthesia: Frequency and Predisposing Factors Associated with Survival|url=https://journals.lww.com/anesthesia-analgesia/pages/articleviewer.aspx?year=2005&issue=03000&article=00042&type=Fulltext|journal=Anesthesia & Analgesia|volume=100|issue=3|pages=855|language=en-US|doi=10.1213/01.ANE.0000144066.72932.B1|issn=0003-2999}}</ref>。

=== 硬膜穿刺後頭痛 ===
{{Main|{{仮リンク|硬膜穿刺後頭痛|en|Post-dural-puncture headache|redirect=1|label=硬膜穿刺後頭痛(Post Dural Puncture Headache: PDPH)}}}}'''{{仮リンク|硬膜穿刺後頭痛|en|Post-dural-puncture headache|redirect=1|label=硬膜穿刺後頭痛(Post Dural Puncture Headache: PDPH)}}'''は脊髄くも膜下麻酔の不快な副作用の一つであるが、通常予後は良好である。その発生機序は、[[硬膜]]の穿孔部位からの[[脳脊髄液|脳脊髄''液'']]漏出と推定されている。脳脊髄液はこの漏出部から漏出し、漏出量が産生量を上回ると脳脊髄液腔に陰圧が生じる。痛みに敏感な脳の構造([[髄膜]]、血管、[[大脳鎌]])の牽引、代償的な血管拡張、脳静脈からの血流の減少による[[頭蓋内圧]]の上昇などが組み合わさって、頭痛が生じる。この症候群は、{{仮リンク|アウグスト・ビーア|en|August Bier}}による脊髄くも膜下麻酔の報告ですでに言及されていた(1899年、下記参照)。[[ファイル:Spinal_Needles.JPG|代替文=Anschliff verschiedener Spinalnadeltypen. A. Quincke (schneidend), B. Sprotte, C. Ballpen (beide atraumatisch)|サムネイル|さまざまなタイプの脊椎針の先端<ref>{{Cite journal|last=Calthorpe|first=N.|date=2004-12|title=Historical Article|url=https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1365-2044.2004.03976.x|journal=Anaesthesia|volume=59|issue=12|pages=1231–1241|language=en|doi=10.1111/j.1365-2044.2004.03976.x|issn=0003-2409}}</ref>。A.クインケ(Quincke)針、B.スプロッテ(Sprotte)針、C.ボールペン(Aはカッティング、B、Cはいずれも非カッティング針)]]

頭痛は、使用した{{仮リンク|脊椎針|de|Spinalnadel|redirect=1}}にもよるが、患者の0.5~18%にみられ、通常、穿刺後2日目に始まる。患者が横になっているときに改善し、座ったり立ったりしたとき、または患者が頭を振ったり腹圧が高まったりしたときに悪化する。穿刺後の頭痛は、吐き気、嘔吐、めまい、[[項部硬直]]、背部痛、光や音に対する過敏症、[[複視]]や視覚障害の発生([[第3脳神経|第3]]、[[第4脳神経|4]]、[[第6脳神経|6脳神経]]の刺激による)、聴力低下や[[耳鳴り]]([[聴神経|第8脳神経]]の刺激による)を伴うことがある。

治療は主に、安静、十分な水分補給、[[鎮痛剤]]による保存的治療が行われる。これらの措置が奏功しない場合は、さまざまな侵襲的治療法が用いられるが、''[[硬膜外自己血パッチ]]は''その中で最も選択される方法と考えられている。これは、患者から血液を[[無菌操作|無菌的]]に採取し、腰椎穿刺部位のレベルで再度穿刺し、血液を[[硬膜外腔]]に注入するものである。これにより髄膜の穿孔が圧迫され、閉鎖される。

{{Main|硬膜外血液パッチ}}

硬膜穿刺後頭痛の予防のための最も重要な対策は、非カッティング{{Efn|カッティングはcutting、すなわち、針先が穿刺に伴って刺入経路にある髄膜などの組織を傷害することを意味する。反対語は非カッティング、non-cuttingであり、atraumatic(非外傷性)とも称される。}}''(ペンシルポイント先端'')の可能な限り細い穿刺針を使用することである。この針は、直径が大きく、先端が斜めに研磨されたカッティング針(クインケ針など)に比べて、頭痛の発生率がはるかに低い(0.5~1%)<ref>{{Cite journal|last=Kessler|first=Paul|last2=Wulf|first2=Hinnerk|date=2008-05|title=Duraperforation - postpunktioneller Kopfschmerz - Prophylaxe- und Therapiemöglichkeiten|url=http://www.thieme-connect.de/DOI/DOI?10.1055/s-2008-1079107|journal=AINS - Anästhesiologie · Intensivmedizin · Notfallmedizin · Schmerztherapie|volume=43|issue=5|pages=346–353|language=de|doi=10.1055/s-2008-1079107|issn=0939-2661}}</ref><ref>{{Cite journal|last=Turnbull|first=D.K.|last2=Shepherd|first2=D.B.|date=2003-11|title=Post-dural puncture headache: pathogenesis, prevention and treatment|url=https://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S0007091217363080|journal=British Journal of Anaesthesia|volume=91|issue=5|pages=718–729|language=en|doi=10.1093/bja/aeg231}}</ref>。1979年に導入されたスプロッテ針の非カッティング先端は、[[麻酔科医]]で[[ペインクリニック|ペインクリニック医]]のGünter Sprotte(1945年生)がPajunk社と共同で開発したものである<ref>''40 Jahre Sprotte®. Eine Erfolgsgeschichte seit vier Jahrzehnten.'' In: ''Anästhesiologie & Intensivmedizin.'' Band 61, Januar 2020, Heftrücken.</ref>。

=== 神経学的合併症 ===
神経の損傷は、脊髄くも膜下麻酔による一次的損傷と二次的に生じる損傷とに分類することができる。一次的損傷の機序は、注射針による機械的損傷または注入された溶液の[[神経毒性]]により、二次的な損傷機序は、感染症および体内の空間を占有する性質の出血({{仮リンク|腫瘤効果|en|Mass effect (medicine)|label=腫瘤効果(Mass effect)|redirect=1}}、下記参照)であり、これらは神経を圧迫することによって損傷を引き起こしうる<ref name="Ohnesorg">{{Cite journal|last=Ohnesorge|first=H.|last2=Beck|first2=H.|date=2003-07|title=[Neurological complications after regional anaesthesia]|url=https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12822119|journal=Anasthesiologie, Intensivmedizin, Notfallmedizin, Schmerztherapie: AINS|volume=38|issue=7|pages=472–475|doi=10.1055/s-2003-40072|issn=0939-2661|pmid=12822119}}</ref>。

手術後に起こる神経損傷は、脊髄くも膜下麻酔による針損傷によるものはまれであり、{{仮リンク|手術体位|en|Surgical positions|label=手術体位(Surgical positions)|redirect=1}}、[[手術]]そのもの、または{{仮リンク|既往歴|en|Past medical history|redirect=1|label=既往歴(Past medical history)}}などの独立した要因の結果であることが多い。脊髄くも膜下麻酔による脊髄神経損傷の発生率は3.8/10,000と推定され、その多くは可逆的である<ref name="Brull" />。

'''''一過性神経症状'''''(Transent Neurological Symptoms: '''TNS''')とは、脊髄くも膜下麻酔後に脚に放散する左右対称の臀部痛<ref>{{Cite journal|last=Forget|first=Patrice|last2=Borovac|first2=Josip A|last3=Thackeray|first3=Elizabeth M|last4=Pace|first4=Nathan L|date=2019-12-01|title=Transient neurological symptoms (TNS) following spinal anaesthesia with lidocaine versus other local anaesthetics in adult surgical patients: a network meta‐analysis|url=https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6885375/|journal=The Cochrane Database of Systematic Reviews|volume=2019|issue=12|pages=CD003006|doi=10.1002/14651858.CD003006.pub4|issn=1469-493X|pmc=6885375|pmid=31786810}}</ref>のことで、通常、麻酔後数時間以内に始まり、数日以内にまた収まる。これは局所麻酔薬の毒性によるもので、患者の約1%にみられる{{Efn|近年は、脊髄くも膜下麻酔にリドカインがほぼ、用いられなくなり、発症率は低下しているものと考えられる。}}。しかし、リドカインを使用した場合、その割合は有意に高くなる<ref>L. H. Eberhart, A. M. Morin, P. Kranke, G. Geldner, H. Wulf: ''Transiente neurologische Symptome nach Spinalanästhesie: Eine quantitative systematische Übersicht (Metaanalyse) randomisierter kontrollierter Studien.'' In: ''Anaesthesist.'' 2002 Jul;51(7), S. 539–546. PMID 12243039</ref><ref>D. Zaric, C. Christiansen, N. L. Pace, Y. Punjasawadwong: ''Transient neurologic symptoms after spinal anesthesia with lidocaine versus other local anesthetics: a systematic review of randomized, controlled trials.'' In: ''Anesth Analg.'' 2005 Jun;100(6), S. 1811–1816. PMID 15920219</ref>。

まれに起こる[[馬尾症候群]](0.02-0.16/10,000)<ref name="Brull" />の原因も、局所麻酔薬の神経毒性による。[[下肢]]の脱力、排尿・排便障害、生殖器の感覚障害が臨床徴候である。この障害はしばしば永続的である<ref name="Ohnesorg" />。

=== 出血 ===
針を[[脊柱管]]に進める際に血管を損傷すると、[[硬膜外腔]]又は脊柱管内での出血を引き起こすことがある。しかし、このような方法で腔内[[血腫]]が生じることは非常にまれであり、その頻度は1:220,000と推定される。凝固障害に罹患している患者や[[抗血栓薬]]を服用している患者では、リスクがわずかに増加する(約40,000分の1)。臨床的には、血腫による圧迫レベル以下の、{{仮リンク|反射消失|de|Areflexie|redirect=1}}、[[筋力低下]]、[[感覚障害]]が顕著であり、脊髄くも膜下麻酔の効果が消失した後に判明する。脊髄出血は永続的な神経損傷を引き起こす可能性があるため、疑わしい症例では[[核磁気共鳴画像法|MRI]]検査を実施し、診断を確定する必要がある。出血による神経の圧迫が確認された場合は、ただちに外科的治療({{仮リンク|椎弓切除術|en|laminectomy|redirect=1}})を行わなければならない。予防法としては、出血を避けるために、抗血栓薬の投与と脊髄近傍の穿刺の間には一定の間隔を空けなければならない(上表参照)<ref name=":0" /><ref name="Ohnesorg" />{{Sfn|Rossaint|2008|pp=627-630}}。

=== 感染 ===
一回法の脊髄くも膜下麻酔(持続法ではなく)後の感染性合併症は非常にまれである。考えられる原因は、既存の感染症からの菌の拡散、汚染された{{仮リンク|脊椎針|de|Spinalnadel|redirect=1}}や不十分な[[無菌]]手技による穿刺で、病原体がくも膜下腔や硬膜外腔に侵入することである。起こりうる症状は、髄膜の炎症([[髄膜炎]])と硬膜外腔(硬膜と骨膜の間)の{{仮リンク|硬膜外膿瘍|en|Epidural abscess|label=膿瘍|redirect=1}}の形成である。頻度に関する信頼できる数値は得られていない。カテーテル処置のリスクは大きく異なり、1:1,000~1:100,000と推定されているが、一回穿刺で発生することはまれである。脊髄くも膜下麻酔と無関係に発生する膿瘍(1万分の0.2~1.2)との鑑別は困難である。最も一般的な病原体は[[ブドウ球菌]]であり、この細菌は[[皮膚細菌叢]]において高率に[[常在菌|常在]]していることから、穿刺部位の徹底的な消毒と穿刺の際の厳密な[[無菌操作|無菌手技]]の重要性を示している。

髄膜炎は通常、24~48時間後に発熱、[[項部硬直|項部硬直(髄膜刺激症状)]]、[[頭痛]]、[[羞明]]などの症状が現れる。疑いがあれば、[[髄液検査]]によって病原体を特定し、的を絞った[[抗生物質]]療法で治療できるようにするために、診断的[[腰椎穿刺]]を実施しなければならない。極めて稀に起こる''無菌性髄膜炎は''、病原体が検出されない特殊な型である。その原因としては穿刺器材の洗浄物質に対する[[炎症]]や[[過敏反応]]の可能性が報告されている<ref>{{Cite journal|last=Doghmi|first=Nawfal|last2=Meskine|first2=Amine|last3=Benakroute|first3=Aziz|last4=Bensghir|first4=Mustapha|last5=Baite|first5=Abdelouahed|last6=Haimeur|first6=Charki|date=2017|title=Aseptic meningitis following a bupivacaine spinal anesthesia|url=http://www.panafrican-med-journal.com/content/article/27/192/full/|journal=Pan African Medical Journal|volume=27|language=en|doi=10.11604/pamj.2017.27.192.9327|issn=1937-8688|pmc=PMC5579419|pmid=28904717}}</ref>。

{{仮リンク|硬膜外膿瘍|en|Epidural abscess|redirect=1}}は重篤な合併症である。症状はさまざまで、発熱、背部痛、神経障害などがある。高感度な診断法として、特に画像診断([[核磁気共鳴画像法|MRI]])がある。治療的には抗生物質が使用され、ほとんどの症例で早期の外科的治療が必要である。症例の3分の1には重篤な神経障害が残り、さらに3分の1には軽度の神経障害が残る。[[敗血症]]の発症による死亡率は約10~15%である<ref name="Ohnesorg" /><ref>{{Cite journal|last=Grewal|first=S.|last2=Hocking|first2=G.|last3=Wildsmith|first3=J. a. W.|date=2006-03|title=Epidural abscesses|url=https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16431882|journal=British Journal of Anaesthesia|volume=96|issue=3|pages=292–302|doi=10.1093/bja/ael006|issn=0007-0912|pmid=16431882}}</ref>{{Sfn|Rossaint|2008|pp=625-627,648}}。

=== その他の副作用 ===
[[吐き気]]と[[嘔吐]]は脊髄くも膜下麻酔の最大15%で起こる。背部痛は患者の約10%が報告するが、{{仮リンク|背部痛|en|Back pain|redirect=1}}、手術、{{仮リンク|手術体位|en|Surgical positions|label=体位|redirect=1}}との因果関係は難しい。[[尿閉]]は、手術中に膀胱に留置カテーテルを挿入していない患者の1.5~3%に起こる。原因は、膀胱を空にする働きを持つ[[交感神経系]]の抑制的影響と、その逆の働きをもつ[[副交感神経系|副交感神経]]系の促進的影響の不均衡である<ref name="Schmidt 2010 p.">{{Cite book |last=Schmidt |first=Robert |title=Physiologie des Menschen mit Pathophysiologie; mit 85 Tabellen; mit herausnehmbarem Repetitorium |publisher=Springer-Medizin-Verl |location=Heidelberg |year=2010 |isbn=978-3-642-01650-9}}</ref>。治療には、[[尿道カテーテル|滅菌使い捨てカテーテル]]留置が必要な場合がある。

重篤な副作用は、薬が過剰投与された場合など、脊髄くも膜下麻酔が脊髄の高位に効きすぎることである。麻酔効果がくも膜下腔全体に広がると、'''''全脊髄くも膜下麻酔'''('''全脊麻''')と''呼ばれる。[[意識障害]]、[[呼吸停止]]、[[心停止]]が起こることがあり、[[気管挿管]]と[[人工呼吸]]、[[カテコールアミン|カテコラミン]]療法、必要であれば[[心肺蘇生法|心肺蘇生]]を行わねばならない。適切な治療により、通常は完全回復が可能である{{Sfn|Gerheuser|2005|p=1266}}。

脊髄くも膜下麻酔の技術的失敗(穿刺困難、針の曲がり、ごくまれに針の破損)は、脊椎針の直径に直接依存する。標準的な針(25[[ゲージ (医学)|ゲージ]])では、この割合は5%未満であるが、針が細くなると増加する。針の太さが大きいほど穿刺後頭痛の発生率が高くなるため、脊髄くも膜下麻酔の成功率と合併症はトレードオフの関係にある{{Sfn|Rossaint|2008|p=643}}{{Sfn|Jankovic|2003|p=285}}。

== 歴史 ==
腰部髄液腔の最初の穿刺は、1891年に[[キール (ドイツ)|キール]]の {{仮リンク|ハインリヒ・クインケ|en|Heinrich Quincke}}が行ったが、これは髄液の診断サンプリングのためであった。彼は、この目的のために先端を斜めにカットした穿刺針''(クインケ針'')を開発した<ref>H. I. Quincke: ''Die Lumbalpunktion des Hydrocephalus.'' In: ''Berl Med Wochenschr.'' 1891; 28, S. 929–933.</ref>。[[ファイル:August_Bier.jpg|左|サムネイル|{{仮リンク|アウグスト・ビーア|en|August Bier}} (1861–1949)、'''脊髄くも膜下麻酔'''のパイオニア]]
1898年8月24日、同じくキールで、外科医{{仮リンク|アウグスト・ビーア|en|August Bier}}と助手のアウグスト・ヒルデブラント(1868~1954)が、[[コカイン]]を注射する相互実験で脊髄くも膜下麻酔に成功した<ref>August Bier: ''Versuche über Cocainisierung des Rückenmarks.'' In: ''Deutsche Zeitschrift für Chirurgie.'' Band 51, 1899, S. 361–368.</ref><ref>H. Orth, I. Kis: ''Schmerzbekämpfung und Narkose.'' In: Franz Xaver Sailer, Friedrich Wilhelm Gierhake (Hrsg.): ''Chirurgie historisch gesehen. Anfang – Entwicklung – Differenzierung.'' Dustri-Verlag, Deisenhofen bei München 1973, ISBN 3-87185-021-7, S. 1–32, hier: S. 25.</ref>。 コカインを注射した結果、「脛に鉄のハンマーで強い打撃」や「睾丸を強く押したり引っ張ったり」しても、痛みを感じなくなった。その後、両者とも吐き気と嘔吐を伴う激しい後頭部痛を発症した<ref name="Oehme">{{Cite web |title=Rückenmarksanästhesie mit Kokain: Die Prioritätskontroverse zur Lumbalanästhesie |url=https://www.aerzteblatt.de/archiv/13611/Rueckenmarksanaesthesie-mit-Kokain-Die-Prioritaetskontroverse-zur-Lumbalanaesthesie |website=Deutsches Ärzteblatt |date=1998-10-09 |access-date=2023-07-24 |language=de |first=Deutscher Ärzteverlag GmbH, Redaktion Deutsches |last=Ärzteblatt}}</ref>。[[ファイル:James_Leonard_Corning.jpg|サムネイル|{{仮リンク|ジェームズ・レナード・コーニング|en|James Leonard Corning}}(1855–1923)、アメリカの[[神経学|神経学者]]で[[神経幹ブロック|脊髄幹ブロック]]のパイオニア|左]]
米国の{{仮リンク|ジェームズ・レナード・コーニング|en|James Leonard Corning|label=ジェームズ・レナード・コーニング(James Leonard Corning)}}は、ビーアらの発表の13年前の1885年にすでに同様の実験を行っており、脊髄に近い組織にコカインを注射し、脚と生殖器のしびれが観察された<ref>J. L. Corning: ''Spinal anaesthesia and local medication of the cord.'' In: ''New York State Medical Journal'' Band 42, 1885, S. 483.</ref>。この過程で脊髄くも膜下麻酔が達成されたのか、それとも薬剤がその手前の靭帯組織にのみ投与されたのかは議論の余地がある。1898年に動物実験で脊髄くも膜下麻酔を研究したビーアの1899年の発表に続いて<ref>H. Orth, I. Kis: ''Schmerzbekämpfung und Narkose.'' In: Franz Xaver Sailer, Friedrich Wilhelm Gierhake (Hrsg.): ''Chirurgie historisch gesehen. Anfang – Entwicklung – Differenzierung.'' Dustri-Verlag, Deisenhofen bei München 1973, ISBN 3-87185-021-7, S. 1–32, hier: S. 20.</ref>、この種の麻酔法で最初に成功したのはビーアとコーニングの両者であると主張する論争が展開された。その結果、ビーアは助手のヒルデブラントと不仲になり、ヒルデブラントはビーアが自分を共著者として挙げていなかったことに不満を抱いていた。今日、コーニングは脊髄くも膜下麻酔の実験的・理論的前提条件を作り上げたと評価され、ビーアは脊髄くも膜下麻酔の臨床への応用とその後の定着に成功したと評価されている<ref name="Oehme" />。ビーアは、以前から推奨していたコカインによる脊髄くも膜下麻酔がしばしば重大な事故につながるとして、この手技に警告を発していた。彼が再び脊髄くも膜下麻酔を行うようになったのは、1903年にフランスの{{仮リンク|エルネスト・フルノー|en|Ernest Fourneau|label=エルネスト・フルノー(Ernest Fourneau)|redirect=1}}が開発した毒性の低い局所麻酔薬''{{仮リンク|ストバイン|en|Amylocaine}}''が利用できるようになってからであった。脊髄くも膜下麻酔を最初に行ったアメリカ人は[[サンフランシスコ]]の外科医ダドリー・テイト(Dudley Tait)、グイド・E・カグリエリ(Guido E. Caglieri)<ref>D. Tait, G. Caglieri: ''Experimental and clinical notes on the subarachnoid espace.'' In: ''Journal of the American Medical Association.'' Band 35, 1900, S. 6 ff.</ref>、[[ニューオーリンズ]]の[[血管外科学|血管外科医]]ルドルフ・マタス(Rudolph Matás、1860-1957)で、1899年に<ref>Rudolph Matas, Felix A. Larue, Hermann B. Gessner, Carroll Allen: ''Intraspinal Cocainization. Report of succesful spinal anaesthesia.'' In: ''Journal of the American Medical Association.'' Band 33, (30. Dezember) 1899, S. 1659 (''Medical News'').</ref>フェリックス・A・ラルー(Felix A. Larue)、 ヘルマン・B・ゲスナー(Hermann B. Gessner) そしてキャロル・アレン(Carroll Allen)の協力を得て痔核手術に実施した<ref>Merlin D. Larson: [http://anesthesiology.pubs.asahq.org/article.aspx?articleid=1948642 Tait and Caglieri: The First Spinal Anesthetic in America].</ref><ref>Albert Faulconer, Thomas Edward Keys: ''Rudolph Matas.'' In: ''Foundations of Anesthesiology.'' Charles C Thomas, Springfield (Illinois) 1965, S. 858.</ref>。

フランス人の{{仮リンク|テオドール・タフィエ|en|Théodore Tuffier|label=テオドール・タフィエ(Théodore Tuffier)|redirect=1}}(1857-1929)は、1899年に泌尿生殖器の外科手術に脊髄くも膜下麻酔を推奨した<ref>T. Tuffier: ''L’analgésie cocainique par voie rachidienne.'' In: ''Bull. et mem. de la soc. chir. de Paris.'' Band 27, 1899, S. 413 ff.</ref><ref>H. Orth, I. Kis: ''Schmerzbekämpfung und Narkose.'' 1973, S. 20.</ref>。フランスの{{仮リンク|ピエール・マリー|en|Pierre Marie|label=ピエール・マリー(Pierre Marie)|redirect=1}}、{{仮リンク|ジョルジュ・ギラン|en|Georges Guillain|label=ジョルジュ・ギラン(Georges Guillain)|redirect=1}}、{{仮リンク|シャルル・アシャール|de|Charles Achard (Mediziner)|label=シャルル・アシャール(Charles Achard)|redirect=1}}などの[[医師]]も、[[坐骨神経痛]]や[[腰痛]]のような腰部や下肢の[[神経痛]]の治療にコカインのくも膜下注射を行っていた<ref>Jean-Athanase Sicard: ''The Extradural Injection of Agents by the Sacrococcygeal Route.'' (Übersetzung von ''Les injections médicamenteuses extradurales par voie sacrococcygienne.'' In: ''Comptes rendus hebdomadaires des séances et mémoires de la Société de biologie.'' Band 53, (20. April) 1901, S. 396–398.) In: Albert Faulconer, Thomas Edward Keys: ''Foundations of Anesthesiology.'' Charles C Thomas, Springfield (Illinois) 1965, S. 921–923, hier: 921 f.</ref>。

20世紀初頭、脊髄くも膜下麻酔は[[産科学|産科医療]]に定着した。しかし1930年代には、[[帝王切開]]時の脊髄くも膜下麻酔による死亡例に関する出版物が刊行され、この麻酔法は評判を落とし、代わりに[[妊婦]]は「自然分娩法」や「精神予防法」を用いることが推奨されるようになった。出産時の疼痛治療が軽視されたため、この時期は「産科麻酔の暗黒時代」とも呼ばれる。この見方が再び変わったのは1950年代になってからである。今日では、帝王切開を行う際には脊髄くも膜下麻酔が標準的な処置となっている<ref>W. Gogarten, H. Van Aken: ''[http://www.anesthesia-analgesia.org/cgi/content/full/91/4/773 A century of regional analgesia in obstetrics.]'' In: ''Anesth Analg.'' 2000 Oct,91(4), S. 773–775. PMID 11004024</ref>。


1951年、''Whitacre''と''Hart''が''ペンシルポイント''針を開発した。この針が臨床に導入されたことで、それまでかなりの割合の患者が経験していた脊髄くも膜下麻酔後の頭痛の割合が大幅に減少した<ref>{{Cite journal|last=Hart|first=J. R.|last2=Whitacre|first2=R. J.|date=1951-10-13|title=Pencil-point needle in prevention of postspinal headache|url=https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/14873528|journal=Journal of the American Medical Association|volume=147|issue=7|pages=657–658|doi=10.1001/jama.1951.73670240021006k|issn=0002-9955|pmid=14873528}}</ref>。
一般に脊椎麻酔は効果が3分位で現れてくる。不必要な範囲まで麻酔しないように体位で調節する。とくに全脊麻にならないように注意する。基本的には麻酔薬注入後15分程度で効果判定を行い、麻酔域が変化しないように調節する。マーカインでは60分位、ペルカミンSなら30分位は麻酔域が上昇する可能性がある。体位変換で十分な麻酔域が得られなかったら再度脊髄くも膜下麻酔を行う。


手術中に穿刺部位に脊椎針を残す最初の持続的脊髄くも膜下麻酔は、外科医H. P. ''ディーンによって''1907年にはすでに行われていた<ref>H. P. Dean: ''Discussion on the Relative Value of Inhalation and Injection Methods of Inducing Anaesthesia.'' In: ''Br Med J.'' 1907; 5, S. 869–877.</ref>。しかし、十分に細いカテーテルの開発によってこの手技が確立され、許容できるほど低い硬膜穿刺後頭痛の発生率が達成されるようになったのは、20世紀後半になってからであった。
== 術中合併症 ==
血圧低下、徐脈が起こりやすいので、[[昇圧薬]](エフェドリンなど)や硫酸アトロピンは準備しておくことが必須である。また低血圧予防として[[輸液]]が必要である。
; 血圧低下
: 交感神経節前線維(B繊維)のブロックによる静脈拡張が原因と考えられている。知覚、運動麻痺(A,C繊維)より早く起こる。このことから静脈収縮作用のみをもつ昇圧薬が最も望ましいが2007年現在、そのような薬物は存在しない。輸液とエフェドリンが用いられる。最低でも平均動脈血圧が50mmHgを保つように心がける。
; 徐脈
: T1~5の交感神経心臓枝のブロックや血圧低下に反応した心臓の圧受容器の反射によるものと考えられている。血圧が維持できないような徐脈や進行性を認めない限り、硫酸アトロピンは不要と考えられている。
; 呼吸抑制
: 横隔膜(C3~C5支配)は基本的に抑制されることはまずない。外肋間筋、内肋間筋、腹直筋といった呼吸補助筋はThレベルの麻酔で麻痺となるが高齢者や呼吸機能障害者以外では問題となることは少ない。低血圧や鎮静薬、[[鎮痛薬]]によって延髄呼吸中枢が抑制されたりTh4より高位に麻酔がきくと喘息発作が誘発されることはある。治療の基本は酸素投与である。
; 悪心、嘔吐
: 交感神経ブロックよる、胃液分泌亢進や消化管蠕動運動亢進、または血圧低下による[[化学受容器引き金帯|CTZ]]の刺激によっておこる。酸素投与、輸液、硫酸アトロピン、昇圧薬投与で改善することもある。[[消化管機能改善薬]]も適応がある。
; 全脊髄くも膜下麻酔
: 脊髄くも膜下麻酔の際に局所麻酔薬の作用が[[脳幹|脳幹部]]にまで及び、血圧低下、呼吸停止、全身の筋弛緩、意識消失、瞳孔散大、[[対光反射]]消失が起こること。徐々に進行することが多い。呼吸補助をしながら循環管理を行う。脊髄くも膜下麻酔の際、あるいは[[硬膜外麻酔]]で硬膜穿刺になっていることに気づかず予定量の局所麻酔薬を使用した後に起こる。正しく脊髄くも膜下麻酔されていても起こることがある。


== 術後合併症 ==
== 脚注 ==
; PDPH(硬膜穿刺後頭痛、脊椎麻酔後頭痛)
: 硬膜の穿刺孔から[[脳脊髄液#髄液漏|髄液漏出]]により脳圧の低下とそれによる脳支持組織の牽引が原因と考えられている。術後1〜2日で発症し坐位、立位で増悪するのが特徴である。治療は[[輸液]]、安静、NSAIDs、カフェインなどが有効とされている。治療抵抗性の場合は自己血パッチを行うこともある。
; [[馬尾症候群]]
: 膀胱直腸障害、性機能障害、会陰部から下肢にかけての知覚運動障害が特徴である。神経根の障害である。
; 尿閉
: 一過性の無菌性[[髄膜炎]]と考えられている。通常は2〜3日で軽快する。馬尾症候群と鑑別が必要。
; 脳神経障害
: 脳脊髄圧の変化による神経の牽引や圧迫によるもの(低髄液圧)と考えられている。[[外転神経]]麻痺で[[複視]]、[[聴神経]]麻痺で突発性難聴となる。動眼神経、滑車神経も同様に侵されることがある。
; 髄膜炎
: 項部硬直、頭痛がみられる。
; 硬膜外血腫、硬膜外膿瘍
: 症状に進行性があるのが特徴である。麻酔がきれたあと(目安として6時間後)、すぐにわかる。緊急除圧術の適応となる。
; 神経障害


<!-- == 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
{{脚注ヘルプ}}
{{Reflist}} -->== サドル麻酔 ==
脊髄くも膜下麻酔の1つで、麻酔域を仙骨神経領域に限定する方法である。サドルブロックとも呼ばれ、肛門周囲や[[会陰]]部の手術が適応となる。自転車の[[サドル (自転車)|サドル]]が当たる範囲が麻痺するため、このような名前が付いたとされる。麻酔方法としては、座位で穿刺し、高比重液を1mL程度注入し、そのまま座位を保つ。麻酔域の固定後、手術体位をとる。麻酔域が仙骨領域のみであるため、血圧低下はほとんど起こらない。


=== 注釈 ===
== 参考文献 == <!-- {{Cite book}} --> <!-- {{Cite journal}} -->


{{Notelist}}
* 病態生理に基づく臨床薬理学 ISBN 4895924610
* 麻酔科必修マニュアル 羊土社 ISBN 4897063442
* STEP 麻酔科 海馬書房 ISBN 4907704275
* イヤーノート内科外科等編 2007年版 メディックメディア ISBN 9784896321500
* 麻酔科シークレット メディカルサイエンスインターナショナル ISBN 9784895923224
* 麻酔科レジデントマニュアル ISBN 4906472443
* 麻酔科研修チェックノート 改訂第2版 ISBN 9784758105682


== 関連項目 ==
=== 出典 ===
{{Reflist}}
<!-- {{Commonscat|}} -->
== 参考文献 ==
{{節スタブ}}


* {{Citebook|洋書 |title=Regionalblockaden und Infiltrationstherapie |year=2003 |publisher=Abw Wissenschaftsverlag |first=D. |last=Jankovic |edition=3 |isbn=3-936072-16-7 |ref=harv}}
== 外部リンク == <!-- {{Cite web}} -->
* {{Citebook|洋書 |title=Die Anästhesiologie: Allgemeine und spezielle Anästhesiologie, Schmerztherapie und Intensivmedizin |year=2008 |publisher=Springer |first=R. |last=Rossaint |author2=C. Werner |author3=B. Zwißler |ref=harv |isbn=978-3-540-76301-7 |edition=2}}
{{節スタブ}}
* {{Citebook|洋書 |title=Spinalanästhesie |date=2005 Dec |year=2005 |publisher=Springer |pages=1245–1267 |first=F. |last=Gerheuser |author2=D. Craß |volume=54 |issue=12 |pmid=16317479 |journal=Anaesthesist |type=Review}}
* {{Citebook|洋書 |title=Repetitorium Anästhesiologie |year=2007 |publisher=Springer |last=Heck |first=Michael |ref=harv |author2=Michael Fresenius |edition=5 |isbn=978-3-540-46575-1}}


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[[Category:区域麻酔]]

2023年8月28日 (月) 06:16時点における版

Durchführung einer Spinalanästhesie am sitzenden Patienten
脊椎針ドイツ語版から局所麻酔薬を注入している。

脊髄くも膜下麻酔(せきずいくもまくかますい)とは、くも膜下腔局所麻酔薬を注入し、脊髄前根後根をブロックする区域麻酔の一種である。脊椎麻酔: spinal anesthesia、ラテン語の spinalis「脊椎/脊髄の」とAnästhesie「麻酔」に由来)または腰椎麻酔: lumbar anesthesia、ラテン語のlumbalis「腰部の」から)とも呼ばれる。他にくも膜下ブロック (Sub-arachnoid Block: SAB)と呼ばれることもある。

概要

腰椎の間から脳脊髄液中に局所麻酔薬(場合によっては他の薬剤も)を注射することで、脊髄に由来する神経信号伝達が抑制される。その結果、下半身の交感神経系感覚神経運動神経が一時的に可逆的に遮断される。起こりうる副作用としては、低血圧吐き気、背中の痛みなどがあり、硬膜穿刺後頭痛英語版が麻酔後の数日間で起こることがある。重篤な合併症(脊髄に関連した血腫感染、神経損傷)はまれである。

他の局所麻酔法に比べて、少ない麻酔薬の量で強力な麻酔効果が得られるが、通常はカテーテルを挿入しないため麻酔薬の持続投与ができず、短時間の手術に適応が限られる。

19世紀末、特にアウグスト・ビーア英語版テオドール・タフィエ英語版(1857-1929)によって臨床に導入されたこの麻酔方法は、その後のアメリカでの発展がないわけではなかったが、全身麻酔の進歩とともに麻酔臨床における重要性を失っていった。20世紀に入ると、特定の患者群に対する区域麻酔の利点が明らかになり、この手技の復権が始まった。標準的な麻酔法として、脊髄くも膜下麻酔は今日、下腹部、骨盤、下肢、産科の多くの手術に使用されており、これらの手術では、腰部(腰椎または腰椎領域)および胸部(胸椎領域)で実施可能な硬膜外麻酔など、脊髄に近い他の区域麻酔や、全身麻酔の代替となるものである。

原理

解剖学的基礎と脊髄くも膜下麻酔の原理

Prinzip der Durchführung einer Spinalanästhesie, waagrechter Querschnitt (Transversalebene)
脊髄くも膜下麻酔の模式図(横断面)

人間の脊椎は24個の椎骨からなり、体軸の力学的安定性を確保している。これらは靭帯で連結され、それぞれが椎体脊髄(図では➀)とその膜を囲む椎弓、2つの横突起、後方(背側)の棘突起からなる。脊髄神経は椎骨と椎骨の間から出ており、身体を分節的に支配し、運動機能と知覚を可能にし、また自律神経系の線維も含んでいる。

中枢神経系の一部として、脊髄は髄膜に囲まれている。内側から外側に向かって、脊髄に直接接している軟膜くも膜、そして 外側の境界として硬膜である。軟膜とくも膜の間には脳脊髄液腔(くも膜下腔)があり、脳脊髄液が循環している。

脊髄くも膜下麻酔の際、このくも膜下腔は細い中空針で穿刺される。針は皮膚椎骨棘突起間の靭帯(棘上靱帯英語版棘間靱帯英語版黄靱帯英語版)を貫通して、さらに硬膜外腔(図の➂)(脂肪組織と血管で満たされ、髄膜の外側にある)を経て、硬膜とくも膜を貫通し、その先端がくも膜下腔(図の➁)で静止する。局所麻酔薬はこの腔内に注入され(髄腔内投与英語版)、脊髄神経の前根後根に作用し、神経インパルスを伝達する機能を一時的に停止させる。

ヒトの発育過程において、脊柱は脊髄よりも早く成長するため、脊髄は(成人の場合)第1/第2腰椎の脊髄円錐のレベルで終わるが、関連する脊髄神経は足側(尾側)に移動し続け、脊柱管から出てくる。それによって馬尾が形成される。このような状況により、脊髄を損傷することなく中位腰椎のレベルで穿刺することができる[1][2][3]

Prinzip der Durchführung einer Spinalanästhesie, senkrechter Querschnitt in der Körpermitte (Sagittalebene)
脊髄くも膜下麻酔の矢状断

使用薬剤

脊髄くも膜下麻酔の効果時間は、使用する薬剤によって異なる。局所麻酔薬は、脊髄くも膜下麻酔を行う際に使用される標準的な薬剤である。これらは神経内に拡散し、細胞膜のナトリウムチャネルを遮断し、ナトリウムイオンの流入を減少させる。このようにして、活動電位の形成が妨げられ、神経における信号伝達ができなくなる。

Strukturformeln von Bupivacain, eines der am häufigsten genutzten Lokalanästhetika
最もよく使用される局所麻酔薬の一つであるブピバカイン構造式光学異性体を持ち、ラセミ体として市販されている。

リドカインは、効果発現時間が短く、作用時間が60~90分と中程度であるため、長い間脊髄くも膜下麻酔の標準とされてきたが、一時的および永続的な神経損傷の報告を受けて、現在ではほとんど使用されていない[4]ブピバカインは広く使用されている薬剤で、作用時間が長く、リドカインとは対照的に神経損傷の発生率は低いと報告されている。等比重および高比重溶液の両方が存在する。メピバカインプリロカインロピバカインなども使用されている。プロカインは米国では使用されているが、ヨーロッパではほとんど使用されていない。プリロカインとメピバカインの作用時間は約1時間と比較的短く、外来で行われる短時間の処置に使用するには魅力的である。しかし、エステル型の局所麻酔薬であるプロカインは、アミド型に属する他の局所麻酔薬よりもアレルギー反応のリスクが高い[5]。日本では、かつては、以前は0.3%ペルカミンS(ジブカイン)、ネオペルカミンS(ジブカインとテーカインの合剤)も用いられていたが神経毒性を疑われ、現在は販売されていない。他にテトカイン(テトラカイン)も使用されてきたが、日本では2023年度限りで販売終了となる見込みである[6]

他の薬剤(添加薬)との併用は、局所麻酔薬の効果を長持ちさせ、副作用を軽減することを目的としている。例えば、オピオイドの添加がよく行われている。この目的のために、フェンタニルスフェンタニル英語版のような脂溶性のものが使用され、脊髄後角にあるオピオイド受容体を介して作用する。かゆみ吐き気呼吸抑制といった典型的なオピオイドの副作用が起こることがある。モルヒネなどの水溶性オピオイド誘導体では、呼吸抑制と鎮静作用が強くなるため、患者を長時間モニターする必要がある[7]クロニジン[8]ケタミン[9]の使用はあまり一般的ではない[10]。アドレナリンは、その効果を延長させるために他の局所麻酔法では添加されるが、脊髄くも膜下麻酔での使用には適さないとされる[11][注釈 1]

麻酔範囲の決定要因

脊髄くも膜下麻酔の効果の程度は、注入された薬剤がくも膜下腔にどのように広がるかどうかに依存する。これは主に、局所麻酔薬の総投与量と比重によって決まる。脊髄くも膜下麻酔に用いられる局所麻酔薬は、髄液と同じ比重を持つ等比重液と、グルコースの添加によってより高い比重を持つ高比重液とに分類される[12]。等比重液の大部分は穿刺部位のくも膜下腔に留まる。しかし、比重はわずかに温度に依存するため、体内での加温により、高比重液よりも拡散の予測が難しくなる。高比重液は重力に従って下方に沈むため、患者の体位によって麻酔薬の広がりをコントロールできる。高位麻酔は頭低位、低位麻酔は頭高位とすることにより達成される。等比重液と同様の広がりは、仰臥位で達成でき、サドルブロックは座位で、側臥位では片側優位の麻酔効果が得られる。低比重液の使用は例外的な場合にのみ行われる[13][14][注釈 2]

麻酔薬の拡散に影響するその他の因子(決定因子)は、患者個々で変化の大きい髄液量とくも膜下腔の空間的条件である。後者は患者の体格に影響される。肥満妊娠腹水など、腹腔内の圧力が高くなると、くも膜下腔が圧迫され、それに応じて投与量を減らさなければならない[14]。注射の速度、注入される総量、局所麻酔薬と髄液の意図的な攪拌(Barbotageと呼ばれる。脊椎針に局所麻酔薬を充填したシリンジを接続し、髄液吸引と髄腔注入を数回繰り返す)は、麻酔の広がりにそれほど影響しない[13]

硬膜外麻酔や腰椎穿刺との違い

Schematische Darstellung von Spinalanästhesie (A) und Periduralanästhesie (B)
脊髄くも膜下麻酔では穿刺針が硬膜を貫いてくも膜下腔に到達する(A)が、硬膜外麻酔では穿刺針は硬膜手前の硬膜外腔に留まり、カテーテルが留置される(B)。

脊髄くも膜下麻酔では、注射針が硬い髄膜(硬膜)を貫通するため、注入された局所麻酔薬はクモ膜下腔脳脊髄液中に自由に広がり、神経線維がそこで麻酔される。一方、硬膜外麻酔では、膜に穴を開けない。カテーテルは硬膜の外側の硬膜外腔に挿入されるため、局所麻酔薬は主に髄膜の外側で脊髄からつながる脊髄神経に作用する。脊髄くも膜下麻酔では、麻酔が効いているレベルより下のすべての神経線維、つまり下半身全体が薬剤の髄液中への広がりにより麻酔されるのに対し、硬膜外麻酔では、穿刺レベルの対応する皮膚分節を中心に麻酔効果が及ぶ[15]。脊髄くも膜下麻酔では歩行は不能もしくは困難となるが、硬膜外麻酔では歩行は可能である[注釈 3]

腰椎穿刺では、脊髄くも膜下麻酔とほぼ同じ方法でくも膜下腔を穿刺する。腰椎穿刺は、髄液圧の測定や診断用髄液サンプリングに使用され、中枢神経系の感染症転移が疑われる場合や抗体診断のために行われる[16]化学療法では、腰椎穿刺によって抗癌剤髄腔内英語版に注入されることもある[17]

脊髄くも膜下麻酔の派生手技

Betäubte Dermatome bei einer mittelhohen Spinalanästhesie
皮膚分節(デルマトーム)

脊髄くも膜下麻酔は通常、1回の注射(シングルショット)で行われる。感覚ブロックの範囲によって、低位(皮膚分節Th12以下、鼠径部レベル)、中位(分節Th10まで、へそのレベル)、高位(分節Th4まで、乳首レベル)に区別される。脊髄くも膜下麻酔の特殊な形態として、主に陰部領域(S2-5)を支配する仙骨神経を標的として行われるサドルブロックがある。

あまり一般的ではないが、脊髄くも膜下麻酔では、カテーテルを挿入することで、薬剤を連続的に投与することもできる(持続脊髄くも膜下麻酔、Continuous Spinal Anesthesia: CSA)[18]。もう一つの派生手技としては、脊髄くも膜下麻酔と硬膜外麻酔の併用(脊髄くも膜下併用硬膜外麻酔、Combined spinal epidural anesthesia: CSEA英語版)がある。この場合、硬膜外麻酔針の中から脊椎針ドイツ語版を進め、脊髄くも膜下麻酔を行う[注釈 4]。その後、硬膜外カテーテルを硬膜外腔に挿入する。このカテーテルから、必要に応じて薬剤を投与することができ、また効果的な術後疼痛治療が可能となる[19]

適応と禁忌

適応

Kaiserschnitt
帝王切開の多くは脊髄くも膜下麻酔で行われている。

脊髄くも膜下麻酔は標準的な麻酔法で、比較的簡単に行うことができ、すぐに効果が現れ、痛みを完全に取り除くことができる。下腹部の外科手術(鼠径ヘルニア手術など)、骨盤部の婦人科手術や泌尿器科手術、下肢の整形外科手術、外傷の手術、血管手術などに使用できる、全身麻酔硬膜外麻酔の代替となり得る麻酔法である。持続脊髄くも膜下麻酔は、術後の疼痛治療を継続できる可能性もある[注釈 5]。一方、脊髄くも膜下麻酔は、上腹部や胸部より高位の手術には適さない[20]

産科では、帝王切開のための脊髄くも膜下麻酔は標準的な手技である。ドイツでは1990年代まで全身麻酔が主流であったが、2005年までには脊髄くも膜下麻酔が優先される麻酔法として明確に定着した[注釈 6][21]。脊髄くも膜下麻酔は、妊婦の全身麻酔に伴う誤嚥リスクの増大を回避できる。しかし、緊急分娩で脊髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔が十分に効果を発揮するまでの時間が待てない場合は、全身麻酔が依然として必要である[22]

脊髄くも膜下麻酔は、悪性高熱リスクのある患者において、このような合併症を回避する方法のひとつである。また、気道確保が困難であることが予想され、かつ患者が絶食状態でない場合には、全身麻酔よりも脊髄くも膜下麻酔を優先したほうが良い[20]。閉塞性肺疾患(気管支喘息COPD)のある患者も、全身麻酔を回避した方がよい。

脊髄くも膜下麻酔がさまざまな合併症(深部静脈血栓症肺塞栓症出血、肺合併症)の発生率を低下させ、死亡率も低下させる可能性があるとの指摘がある[23]が、決定的な評価を行うにはデータが不十分である。脊髄くも膜下麻酔が、重度の心疾患や肺疾患の既往歴(Past medical history)英語版を持つ患者にとって利点があるかどうかも議論の的となっている[24]全身麻酔に対する優位性はまだ証明されていない[25]

禁忌

絶対禁忌は、使用する麻酔薬に対するアレルギー、穿刺部位の局所感染、未治療の全身感染症(菌血症)、未治療の循環血液量減少英語版、頭蓋内圧亢進、遺伝的凝固障害抗血栓療法による明らかな出血傾向(下表参照)である[26]。このような抗血栓薬による治療は、脊髄くも膜下麻酔を行う前に4時間(未分画ヘパリン)または、12時間(予防的低用量の低分子量ヘパリン)または24時間(治療的用量の低分子量ヘパリン)中断しなければならない。クロピドグレルは7日前から、チクロピジンは10日前から中止し、クマリン系薬剤(ワーファリンなど)服用後はPT-INR<1.4に達していなければならない。低用量(1日100mgまで)のアセチルサリチル酸単独による治療では、かつては休薬期間を設けていたが、もはや休薬する必要はない(ドイツ麻酔科学・集中治療医学会(Deutschen Gesellschaft für Anästhesie und Intensivmedizin: DGAI)ドイツ語版の勧奨)[27]

血小板の不足(血小板減少症)は出血性合併症のリスクを高める。脊髄くも膜下麻酔を実施できる絶対的な下限は、専門学会によって定義されていない。むしろ、血液凝固の全体的な状況を考慮しなければならない[28]。脊髄くも膜下麻酔の前に血小板濃縮製剤を輸血して血液中の血小板数を増加させることは、50,000/μl未満の値から推奨されており、これを下限値の目安とすることができる。脊髄くも膜下麻酔より太い針を使用する硬膜外麻酔では、80,000/μl未満で血小板輸血が推奨されている[29]

相対的禁忌には、慢性背部痛、抗生物質治療中の全身感染、強直性脊椎炎、重症の大動脈弁狭窄症またはその他の心臓弁膜症、脊髄空洞症肺高血圧症が含まれる。これらの疾患では、脊髄くも膜下麻酔の有益性と危険性を秤にかける必要がある[26]

脊髄幹麻酔抗血栓療法の推奨時間間隔[30][31]
薬剤名 穿刺またはカテーテル抜去前の休薬期間 穿刺またはカテーテル抜去後の再開時間
未分画ヘパリン 4–6時間 1時間
低分子量ヘパリン予防的投与量 12時間 4時間
低分子量ヘパリン治療的投与量 24時間 4時間
フォンダパリヌクス 36–42時間 6–12時間
ワーファリン PT-INR < 1.4 カテーテル抜去直後より
クロピドグレル 7日 カテーテル抜去直後より
プラスグレル 7–10日 6時間
チクロピジン 10日 カテーテル抜去直後より
アブシキシマブ英語版 48時間 4時間
チロフィバン英語版 8時間 4時間
プロスタサイクリン 0,5時間 sofort
ダビガトラン > 34時間 4–6時間
リバーロキサバン 22–26時間 4–6時間
アピキサバン 26–30時間 4–6時間
チカグレロル 5日 6時間
シロスタゾール 42時間 5時間
ジピリダモール 48時間 カテーテル抜去直後より
アセチルサリチル酸 休薬不要 休薬不要

手技

準備

他の麻酔法と同様に、事前に患者と麻酔科医との間でインフォームド・コンセントの場が持たれる。合併症や十分な効果が得られない場合には、麻酔法を全身麻酔に変更しなければならないこともあるため、手術当日は絶飲食が必要である。手術前の前投薬として、気持ちを落ち着かせ緊張を和らげる薬(鎮静剤)が投与されることもある。

緊急用の医薬品や器材を準備した上で、静脈路を確保する。脊髄くも膜下麻酔は座位または側臥位で行う。座位では、助手が患者を前方から支える。患者は基本的なモニター心電図モニタパルスオキシメトリー血圧測定英語版)により継続的に監視される。

穿刺手技

Spinalnadeln vom Typ Quincke
脊椎針ドイツ語版

脊髄くも膜下麻酔を行うには、第2腰椎と第3腰椎(L2/L3)または第3腰椎と第4腰椎(L3/L4)の間に脊椎針ドイツ語版を穿刺する。複数回の消毒と局所浸潤麻酔の後、無菌手技で2つの棘突起の間に針を刺入する。穿刺は、棘突起の平面に対して後方からまっすぐ(正中アプローチ)、または10°のわずかな側方偏位(傍正中アプローチ)で行われる。あるいは、Taylorによる側方アプローチを用いることもでき、この場合、穿刺は側方および下方から45°の角度で行う。

背中を丸める(いわゆる猫背)ことで棘突起間の距離を広げることができるため、患者の協力は重要である。特に高齢者では、骨化した靭帯が針の前進の妨げとなる。このため、太いイントロデューサー針を使用することも多い。これが靭帯構造を貫通したら、そこから実際の細い穿刺針を挿入し、クモ膜下腔に穿刺する。穿刺針が神経根に触れると、穿刺中に足に短時間のしびれ(パレステジア英語版)が生じることがある。針が硬膜を通過すると、透明な脳脊髄液が針から滴り落ち、針が正しく刺入されたことが分かる。

Durchführung der Spinalanästhesie beim sitzenden Patienten. Der abtropfende Liquor zeigt die korrekte Lage der Kanüle an.
脊椎針から髄液が流出している。

シリンジ局所麻酔薬を注入する前に、透明な髄液が脊椎針から流出し続けることを確認しておくべきである。血の混じった髄液(血管の穿刺が疑われる)や髄液の流出がない場合は、脊椎針を抜いて再度挿入する必要がある。くも膜下腔に適切な量の局所麻酔薬を注入した後、効果はほとんどすぐに現れ、脚や臀部が温かくなる感覚から始まる。数分以内に、感覚低下と無痛が現れ、可動域が制限される。

麻酔範囲の調節

「麻酔範囲の決定要因」の節で述べたようにデルマトームを参考に、麻酔範囲の判定を行う。高比重液の場合、くも膜下腔に局所麻酔薬を注入してからの麻酔領域の広がりは分単位で変化するため、麻酔効果判定を頻回に行う必要がある。高比重液を使用すれば、患者の体位によって麻酔領域の広がりを調節できる(中・高位麻酔、サドルブロック、左右どちらかの片効き麻酔)。しかし、麻酔領域が脊髄高位に波及しすぎると、呼吸困難が生じる。胸髄レベルの麻酔で同部位からの神経支配を受ける肋間筋の筋力低下が起こる。さらに麻酔領域が高位の頚髄レベルに及ぶと、第4頚神経の分枝である横隔神経が麻痺し、横隔神経に支配される横隔膜にまで麻痺が及ぶ。横隔膜の麻痺は呼吸停止を引き起こすことから、麻酔レベルはこのレベルまでは広げるべきでは無い。上肢の筋肉の運動支配は大半が頚神経なので、上肢に麻酔効果が及べば、頚神経領域にまで麻酔効果が及んでいることを示唆しており、第4頚神経麻痺からの呼吸不全を回避するために、麻酔薬が高比重液ならば頭高位としてくも膜下腔中の麻酔薬がこれ以上頭側に広がらないようにする必要がある。麻酔薬によるブロックは細い神経線維から順に効果が現れることが知られており、交感神経温覚痛覚触覚圧覚運動神経という順にブロックされていく。痛覚の判定を行うピンプリックテスト、温覚の判定を行うコールドサインテスト、運動神経の判定を行うBromageスケールが有名である。必要なレベルの麻酔効果が得られなかった場合は再びくも膜下腔を穿刺し麻酔薬を追加するか、他の麻酔方法(多くは全身麻酔)に切り替える。

ピンプリックテスト

痛覚刺激を感じるかを調べるテストである。針など尖ったもの(但し出血しない程度)を皮膚にあててチクチクするかどうかを尋ねる。

コールドサインテスト

温覚の消失を確認するテストである。アルコール綿を皮膚にあてて冷たいかどうかを尋ねる。当てた感じ、圧覚はブロックされるのが相当後であるので必ず冷たいかどうかで判定する。

Bromageスケール

運動機能の評価尺度である。踵膝を十分に動かせる場合はⅠ(ブロックされていない)、膝がやっと動く場合はⅡ(不完全ブロック)、踵のみが動く場合はⅢ(ほぼ完全ブロック)、踵膝が動かない場合はⅣ(完全ブロック)となる。

麻酔薬を注射した後、使用する薬剤にもよるが、1~2.5時間は手術が可能である。ストレス軽減のため、適切な薬剤(主にミダゾラムなどのベンゾジアゼピン系)の静脈内投与により、患者は鎮静されることもある。脊髄くも膜下麻酔の「固定時間」という以前の概念は現在では時代遅れと考えられており、注入された麻酔薬がくも膜下腔内で上昇することにより合併症が生じる可能性があるため、手術の全期間中、専門スタッフとモニタリングによって患者を監視する必要がある。手術が終了すると、脊髄くも膜下麻酔の効果がある程度回復するまで、麻酔後回復室(Post-anesthesia care unit: PACU)英語版でモニタリングを継続する[32][33][34]

副作用と合併症

脊髄くも膜下麻酔で比較的よくみられる副作用は、低血圧不整脈、背部痛、吐き気嘔吐のほか、術後の硬膜穿刺後頭痛英語版尿閉である。これらの問題は通常、継続的なモニタリングにより麻酔科医がすぐに気づき、後遺症なく治療される[35][36]

重篤な循環障害や、直接的な損傷、感染、出血による永続的な神経損傷などの重篤な合併症はまれな事象である。これらの頻度を決定することは困難である。問題点としては、十分な患者数を有する研究がないこと、これらの研究における損傷の定義が不正確で多様であること(異質であること)、手術手技自体、体位、既存の(おそらく未知の)疾患、または自然発生的な事象(出血、感染)など、他の可能性のある損傷機序との鑑別がしばしば困難であることなどが挙げられる[37][38]

循環器系合併症

動脈血圧の低下(低血圧)は脊髄くも膜下麻酔の最も一般的な副作用で、多くの患者に起こる。これは、下半身の交感神経系の麻酔(交感神経遮断)により血管が広がり(血管拡張英語版)、循環血液量が相対的に減少するため、心臓への還流量が減少することによる。脊髄くも膜下麻酔の広がりが大きいほど、血圧降下作用は顕著になる。心拍数の低下(徐脈)や吐き気を伴うこともある。

この血液低下は、特に循環血液量減少英語版の患者に顕著であるため、晶質液ドイツ語版を脊髄くも膜下麻酔を行う前に予防的に点滴静脈注射し、このような循環血液量の不足を補う。出血、体位変換操作、駆血解除(ターニケット止血帯の緊縛解除)ドイツ語版も低血圧を助長する。低血圧の治療には、点滴による循環血液量増加、頭部をわずかに下げるトレンデレンブルグ位)、必要であれば薬物投与を行う。カフェドリン・テオドレナリンドイツ語版(商品名アクリノール)、エフェドリンフェニレフリン、またはまれにノルアドレナリンなどのカテコールアミン誘導体が使用される。徐脈の場合は、アトロピンまたはオルシプレナリン英語版も使用される[39]。血圧または心拍数の障害は通常、効果的に治療できるが、心停止に至るような重症型が起こることはまれである(約3/10,000)[40]

硬膜穿刺後頭痛

硬膜穿刺後頭痛(Post Dural Puncture Headache: PDPH)英語版は脊髄くも膜下麻酔の不快な副作用の一つであるが、通常予後は良好である。その発生機序は、硬膜の穿孔部位からの脳脊髄漏出と推定されている。脳脊髄液はこの漏出部から漏出し、漏出量が産生量を上回ると脳脊髄液腔に陰圧が生じる。痛みに敏感な脳の構造(髄膜、血管、大脳鎌)の牽引、代償的な血管拡張、脳静脈からの血流の減少による頭蓋内圧の上昇などが組み合わさって、頭痛が生じる。この症候群は、アウグスト・ビーア英語版による脊髄くも膜下麻酔の報告ですでに言及されていた(1899年、下記参照)。

Anschliff verschiedener Spinalnadeltypen. A. Quincke (schneidend), B. Sprotte, C. Ballpen (beide atraumatisch)
さまざまなタイプの脊椎針の先端[41]。A.クインケ(Quincke)針、B.スプロッテ(Sprotte)針、C.ボールペン(Aはカッティング、B、Cはいずれも非カッティング針)

頭痛は、使用した脊椎針ドイツ語版にもよるが、患者の0.5~18%にみられ、通常、穿刺後2日目に始まる。患者が横になっているときに改善し、座ったり立ったりしたとき、または患者が頭を振ったり腹圧が高まったりしたときに悪化する。穿刺後の頭痛は、吐き気、嘔吐、めまい、項部硬直、背部痛、光や音に対する過敏症、複視や視覚障害の発生(第346脳神経の刺激による)、聴力低下や耳鳴り第8脳神経の刺激による)を伴うことがある。

治療は主に、安静、十分な水分補給、鎮痛剤による保存的治療が行われる。これらの措置が奏功しない場合は、さまざまな侵襲的治療法が用いられるが、硬膜外自己血パッチその中で最も選択される方法と考えられている。これは、患者から血液を無菌的に採取し、腰椎穿刺部位のレベルで再度穿刺し、血液を硬膜外腔に注入するものである。これにより髄膜の穿孔が圧迫され、閉鎖される。

硬膜穿刺後頭痛の予防のための最も重要な対策は、非カッティング[注釈 7](ペンシルポイント先端)の可能な限り細い穿刺針を使用することである。この針は、直径が大きく、先端が斜めに研磨されたカッティング針(クインケ針など)に比べて、頭痛の発生率がはるかに低い(0.5~1%)[42][43]。1979年に導入されたスプロッテ針の非カッティング先端は、麻酔科医ペインクリニック医のGünter Sprotte(1945年生)がPajunk社と共同で開発したものである[44]

神経学的合併症

神経の損傷は、脊髄くも膜下麻酔による一次的損傷と二次的に生じる損傷とに分類することができる。一次的損傷の機序は、注射針による機械的損傷または注入された溶液の神経毒性により、二次的な損傷機序は、感染症および体内の空間を占有する性質の出血(腫瘤効果(Mass effect)英語版、下記参照)であり、これらは神経を圧迫することによって損傷を引き起こしうる[45]

手術後に起こる神経損傷は、脊髄くも膜下麻酔による針損傷によるものはまれであり、手術体位(Surgical positions)英語版手術そのもの、または既往歴(Past medical history)英語版などの独立した要因の結果であることが多い。脊髄くも膜下麻酔による脊髄神経損傷の発生率は3.8/10,000と推定され、その多くは可逆的である[37]

一過性神経症状(Transent Neurological Symptoms: TNS)とは、脊髄くも膜下麻酔後に脚に放散する左右対称の臀部痛[46]のことで、通常、麻酔後数時間以内に始まり、数日以内にまた収まる。これは局所麻酔薬の毒性によるもので、患者の約1%にみられる[注釈 8]。しかし、リドカインを使用した場合、その割合は有意に高くなる[47][48]

まれに起こる馬尾症候群(0.02-0.16/10,000)[37]の原因も、局所麻酔薬の神経毒性による。下肢の脱力、排尿・排便障害、生殖器の感覚障害が臨床徴候である。この障害はしばしば永続的である[45]

出血

針を脊柱管に進める際に血管を損傷すると、硬膜外腔又は脊柱管内での出血を引き起こすことがある。しかし、このような方法で腔内血腫が生じることは非常にまれであり、その頻度は1:220,000と推定される。凝固障害に罹患している患者や抗血栓薬を服用している患者では、リスクがわずかに増加する(約40,000分の1)。臨床的には、血腫による圧迫レベル以下の、反射消失ドイツ語版筋力低下感覚障害が顕著であり、脊髄くも膜下麻酔の効果が消失した後に判明する。脊髄出血は永続的な神経損傷を引き起こす可能性があるため、疑わしい症例ではMRI検査を実施し、診断を確定する必要がある。出血による神経の圧迫が確認された場合は、ただちに外科的治療(椎弓切除術英語版)を行わなければならない。予防法としては、出血を避けるために、抗血栓薬の投与と脊髄近傍の穿刺の間には一定の間隔を空けなければならない(上表参照)[27][45][49]

感染

一回法の脊髄くも膜下麻酔(持続法ではなく)後の感染性合併症は非常にまれである。考えられる原因は、既存の感染症からの菌の拡散、汚染された脊椎針ドイツ語版や不十分な無菌手技による穿刺で、病原体がくも膜下腔や硬膜外腔に侵入することである。起こりうる症状は、髄膜の炎症(髄膜炎)と硬膜外腔(硬膜と骨膜の間)の膿瘍英語版の形成である。頻度に関する信頼できる数値は得られていない。カテーテル処置のリスクは大きく異なり、1:1,000~1:100,000と推定されているが、一回穿刺で発生することはまれである。脊髄くも膜下麻酔と無関係に発生する膿瘍(1万分の0.2~1.2)との鑑別は困難である。最も一般的な病原体はブドウ球菌であり、この細菌は皮膚細菌叢において高率に常在していることから、穿刺部位の徹底的な消毒と穿刺の際の厳密な無菌手技の重要性を示している。

髄膜炎は通常、24~48時間後に発熱、項部硬直(髄膜刺激症状)頭痛羞明などの症状が現れる。疑いがあれば、髄液検査によって病原体を特定し、的を絞った抗生物質療法で治療できるようにするために、診断的腰椎穿刺を実施しなければならない。極めて稀に起こる無菌性髄膜炎は、病原体が検出されない特殊な型である。その原因としては穿刺器材の洗浄物質に対する炎症過敏反応の可能性が報告されている[50]

硬膜外膿瘍英語版は重篤な合併症である。症状はさまざまで、発熱、背部痛、神経障害などがある。高感度な診断法として、特に画像診断(MRI)がある。治療的には抗生物質が使用され、ほとんどの症例で早期の外科的治療が必要である。症例の3分の1には重篤な神経障害が残り、さらに3分の1には軽度の神経障害が残る。敗血症の発症による死亡率は約10~15%である[45][51][52]

その他の副作用

吐き気嘔吐は脊髄くも膜下麻酔の最大15%で起こる。背部痛は患者の約10%が報告するが、背部痛英語版、手術、体位英語版との因果関係は難しい。尿閉は、手術中に膀胱に留置カテーテルを挿入していない患者の1.5~3%に起こる。原因は、膀胱を空にする働きを持つ交感神経系の抑制的影響と、その逆の働きをもつ副交感神経系の促進的影響の不均衡である[53]。治療には、滅菌使い捨てカテーテル留置が必要な場合がある。

重篤な副作用は、薬が過剰投与された場合など、脊髄くも膜下麻酔が脊髄の高位に効きすぎることである。麻酔効果がくも膜下腔全体に広がると、全脊髄くも膜下麻酔全脊麻)と呼ばれる。意識障害呼吸停止心停止が起こることがあり、気管挿管人工呼吸カテコラミン療法、必要であれば心肺蘇生を行わねばならない。適切な治療により、通常は完全回復が可能である[54]

脊髄くも膜下麻酔の技術的失敗(穿刺困難、針の曲がり、ごくまれに針の破損)は、脊椎針の直径に直接依存する。標準的な針(25ゲージ)では、この割合は5%未満であるが、針が細くなると増加する。針の太さが大きいほど穿刺後頭痛の発生率が高くなるため、脊髄くも膜下麻酔の成功率と合併症はトレードオフの関係にある[35][36]

歴史

腰部髄液腔の最初の穿刺は、1891年にキールハインリヒ・クインケ英語版が行ったが、これは髄液の診断サンプリングのためであった。彼は、この目的のために先端を斜めにカットした穿刺針(クインケ針)を開発した[55]

アウグスト・ビーア英語版 (1861–1949)、脊髄くも膜下麻酔のパイオニア

1898年8月24日、同じくキールで、外科医アウグスト・ビーア英語版と助手のアウグスト・ヒルデブラント(1868~1954)が、コカインを注射する相互実験で脊髄くも膜下麻酔に成功した[56][57]。 コカインを注射した結果、「脛に鉄のハンマーで強い打撃」や「睾丸を強く押したり引っ張ったり」しても、痛みを感じなくなった。その後、両者とも吐き気と嘔吐を伴う激しい後頭部痛を発症した[58]

ジェームズ・レナード・コーニング英語版(1855–1923)、アメリカの神経学者脊髄幹ブロックのパイオニア

米国のジェームズ・レナード・コーニング(James Leonard Corning)英語版は、ビーアらの発表の13年前の1885年にすでに同様の実験を行っており、脊髄に近い組織にコカインを注射し、脚と生殖器のしびれが観察された[59]。この過程で脊髄くも膜下麻酔が達成されたのか、それとも薬剤がその手前の靭帯組織にのみ投与されたのかは議論の余地がある。1898年に動物実験で脊髄くも膜下麻酔を研究したビーアの1899年の発表に続いて[60]、この種の麻酔法で最初に成功したのはビーアとコーニングの両者であると主張する論争が展開された。その結果、ビーアは助手のヒルデブラントと不仲になり、ヒルデブラントはビーアが自分を共著者として挙げていなかったことに不満を抱いていた。今日、コーニングは脊髄くも膜下麻酔の実験的・理論的前提条件を作り上げたと評価され、ビーアは脊髄くも膜下麻酔の臨床への応用とその後の定着に成功したと評価されている[58]。ビーアは、以前から推奨していたコカインによる脊髄くも膜下麻酔がしばしば重大な事故につながるとして、この手技に警告を発していた。彼が再び脊髄くも膜下麻酔を行うようになったのは、1903年にフランスのエルネスト・フルノー(Ernest Fourneau)英語版が開発した毒性の低い局所麻酔薬ストバイン英語版が利用できるようになってからであった。脊髄くも膜下麻酔を最初に行ったアメリカ人はサンフランシスコの外科医ダドリー・テイト(Dudley Tait)、グイド・E・カグリエリ(Guido E. Caglieri)[61]ニューオーリンズ血管外科医ルドルフ・マタス(Rudolph Matás、1860-1957)で、1899年に[62]フェリックス・A・ラルー(Felix A. Larue)、 ヘルマン・B・ゲスナー(Hermann B. Gessner) そしてキャロル・アレン(Carroll Allen)の協力を得て痔核手術に実施した[63][64]

フランス人のテオドール・タフィエ(Théodore Tuffier)英語版(1857-1929)は、1899年に泌尿生殖器の外科手術に脊髄くも膜下麻酔を推奨した[65][66]。フランスのピエール・マリー(Pierre Marie)英語版ジョルジュ・ギラン(Georges Guillain)英語版シャルル・アシャール(Charles Achard)ドイツ語版などの医師も、坐骨神経痛腰痛のような腰部や下肢の神経痛の治療にコカインのくも膜下注射を行っていた[67]

20世紀初頭、脊髄くも膜下麻酔は産科医療に定着した。しかし1930年代には、帝王切開時の脊髄くも膜下麻酔による死亡例に関する出版物が刊行され、この麻酔法は評判を落とし、代わりに妊婦は「自然分娩法」や「精神予防法」を用いることが推奨されるようになった。出産時の疼痛治療が軽視されたため、この時期は「産科麻酔の暗黒時代」とも呼ばれる。この見方が再び変わったのは1950年代になってからである。今日では、帝王切開を行う際には脊髄くも膜下麻酔が標準的な処置となっている[68]

1951年、WhitacreHartペンシルポイント針を開発した。この針が臨床に導入されたことで、それまでかなりの割合の患者が経験していた脊髄くも膜下麻酔後の頭痛の割合が大幅に減少した[69]

手術中に穿刺部位に脊椎針を残す最初の持続的脊髄くも膜下麻酔は、外科医H. P. ディーンによって1907年にはすでに行われていた[70]。しかし、十分に細いカテーテルの開発によってこの手技が確立され、許容できるほど低い硬膜穿刺後頭痛の発生率が達成されるようになったのは、20世紀後半になってからであった。

脚注

注釈

  1. ^ 市販されている脊髄くも膜下麻酔用のブピバカイン製剤にはアドレナリンが添加されていないが、症例報告としてはアドレナリン添加による作用時間延長の報告例がある。
  2. ^ 低比重液による脊髄くも膜下麻酔は日本ではテトラカインによって行うことができたが、2024年度以降は販売中止により不可能となる見込みである。詳細はテトラカインの項を参照。
  3. ^ 胸部硬膜外麻酔では麻酔範囲が胸髄周辺に留まるために歩行可能だが、腰部硬膜外麻酔では、麻酔範囲が腰髄周辺となり、下肢の運動神経に影響が及ぶために歩行は難しくなる。
  4. ^ この方法は、硬膜外麻酔と脊髄くも膜下麻酔の穿刺部位が同じ場所であり、針の中から針を通す、すなわち、"Needle through needle"と呼ばれる方法である。他には、硬膜外麻酔と脊髄くも膜下麻酔を別々の穿刺椎間から行う方法もある。
  5. ^ 2023年現在、日本では専用のカテーテルが販売されておらず、行うことが難しい。
  6. ^ 日本では、戦前・戦後から一貫して帝王切開の麻酔は脊髄くも膜下麻酔が標準麻酔法である。
  7. ^ カッティングはcutting、すなわち、針先が穿刺に伴って刺入経路にある髄膜などの組織を傷害することを意味する。反対語は非カッティング、non-cuttingであり、atraumatic(非外傷性)とも称される。
  8. ^ 近年は、脊髄くも膜下麻酔にリドカインがほぼ、用いられなくなり、発症率は低下しているものと考えられる。

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参考文献

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