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== 栄養学・食品科学と抗酸化物質 ==
== 栄養学・食品科学と抗酸化物質 ==
=== プロオキシダント ===
=== プロオキシダント ===
生体内では抗酸化物質として作用している生体物質が、食品などでは逆に酸化を促進することが知られている。このような物質は栄養学・食品科学の分野では<b>{{仮リンク|プロオキシダント|en|Pro-oxidant}}</b>と呼ばれる。例えばビタミンCは過酸化水素のような酸化性物質と反応する場合は抗酸化性を有するが、食品の成分として含まれる微量の銅や鉄などの金属イオン、ミオグロビンやヘモグロビンなどのヘムタンパク質などが存在する場合、空気酸化を促進することが知られている<ref name="世界大百科事典脂肪" />。
生体内では抗酸化物質として作用している生体物質が、食品などでは逆に酸化を促進することが知られている。このような物質は栄養学・食品科学の分野では'''{{仮リンク|プロオキシダント|en|Pro-oxidant}}'''と呼ばれる。例えばビタミンCは過酸化水素のような酸化性物質と反応する場合は抗酸化性を有するが、食品の成分として含まれる微量の銅や鉄などの金属イオン、ミオグロビンやヘモグロビンなどのヘムタンパク質などが存在する場合、空気酸化を促進することが知られている<ref name="世界大百科事典脂肪" />。


これは、無機化学・有機化学の分野では「フェントン試薬」または「フェントン反応」として知られている化学反応である<ref name="理化学5フェントン試薬" />。種々の金属イオンを介して分子状酸素や過酸化水素からヒドロキシラジカルが発生する。フェントン試薬は鉄(II)イオンと過酸化水素の反応であるが、アスコルビン酸がフェントン試薬の触媒サイクルを形成する例も知られている<ref>{{cite journal
これは、無機化学・有機化学の分野では「フェントン試薬」または「フェントン反応」として知られている化学反応である<ref name="理化学5フェントン試薬" />。種々の金属イオンを介して分子状酸素や過酸化水素からヒドロキシラジカルが発生する。フェントン試薬は鉄(II)イオンと過酸化水素の反応であるが、アスコルビン酸がフェントン試薬の触媒サイクルを形成する例も知られている<ref>{{cite journal

2017年8月29日 (火) 00:26時点における版

抗酸化剤の1つ、グルタチオン空間充填モデル。黄色球は酸化還元活性、すなわち抗酸化作用を有する硫黄原子。そのほか、赤色、青色、白色、黒色球はそれぞれ酸素窒素水素炭素原子
代表的な抗酸化物質
生体物質由来 アスコルビン酸(ビタミンC) 水溶性ラジカルの補足、ビタミンEなど抗酸化物質の代謝再生、酵素的ヒドロキシ化反応の補欠分子族[1]
α-トコフェロール(ビタミンE) おもに脂質の過酸化フリーラジカル反応のラジカルを補足し、リン脂質・コレステロール脂質の不飽和脂肪酸鎖を保護する[2]
グルタチオン 細胞内タンパク質のSH残基を適切な酸化状態に保つ。グルタチオンペルオキシターゼの補欠分子族として有害な過酸化物と反応し解毒作用を示す[3]
合成化合物 BHAなど 医薬品、化粧品、食品などの酸素が引き起こすラジカル反応を補足、停止させて変質を防御する。工業原料の酸化防止剤としても利用される。
抗酸化物質の例[4]
低分子化合物 高分子化合物
グルタチオンN-アセチルシステインアスコルビン酸α-トコフェロールブチルヒドロキシアニソールカテキンクエルセチン尿酸ビリルビングルコースフラボノイド セルロブラスミンアルブミンフェリチンメタロチオネインスーパーオキシドディスムターゼ(銅亜鉛型、マンガン型、分泌型)、グルタチオンペルオキシダーゼ(細胞質型、血漿型、リン脂質ヒドロベルオキシド型)、グルタチオントランスフェラーゼカタラーゼチオレドキシン

抗酸化物質(こうさんかぶっしつ、antioxidant)とは、抗酸化剤とも呼ばれ、生体内、食品、日用品、工業原料において酸素が関与する有害な反応を減弱もしくは除去する物質の総称である。特に生物化学あるいは栄養学において、狭義には脂質の過酸化反応を抑制する物質を指し、広義にはさらに生体の酸化ストレスあるいは食品の変質の原因となる活性酸素種(酸素フリーラジカル、ヒドロキシルラジカルスーパーオキシドアニオン過酸化水素など)を捕捉することによって無害化する反応に寄与する物質を含む[4]。この反応において、抗酸化物質自体は酸化されるため、抗酸化物質であるチオールアスコルビン酸またはポリフェノール類は、しばしば還元剤として作用する[5]

抗酸化物質には、生体由来の物質もあれば、食品あるいは工業原料の添加物として合成されたものもある。抗酸化物質の利用範囲は酸素化反応の防止にとどまらず、ラジカル反応の停止や酸化還元反応一般にも利用されるため、別の用途名を持つ物も少なくない。本稿においては、好気性生物の生体内における抗酸化物質の説明を中心に、医療あるいは食品添加物としての抗酸化剤を説明する。もっぱら工業原料に使われる酸化防止剤などについては関連項目の記事を併せて参照。

酸素と抗酸化物質

まず、生物化学的観点に立つと、多くの好気的生物では生体内の分子状酸素は、そのほとんどがミトコンドリアでの ATP産生において消費され、最終的には酵素的に還元されて水分子に変換され(詳細は記事ミトコンドリア電子伝達系を参照のこと)、少量の酸素がヒドロキシル化代謝反応のオキシゲナーゼ酵素の基質として利用される。また特筆すべきは活性酸素種ですら、白血球が貪食した細菌に示す殺菌作用物質として白血球内部で発生したり、活性酸素シグナリングのように局所的な化学伝達物質として利用される[6][7]など、存在場所と反応対象を代謝系が制御している状態で積極的に酸素が利用されることである。

ミトコンドリアにおけるエネルギー代謝経路。活性酸素は電子伝達系の副反応として発生する。
脂質過酸化反応のフリーラジカル機構

酸素が関与する酸化反応は生命にとって極めて重要であるが、化学種としての分子状酸素は反応性が高いために活性酸素種に変換される。このプロセスは非生物化学的であり必ずしも生物物質や酵素の関与だけに限定される現象ではない。なので環境が整えば、それは生体でもそうだし、精肉など食品でもそうだが、酸素は活性酸素プロセスを通じて周囲の水、不飽和脂質、その他の容易に酸化される生体物質に対して変質や不都合な化学反応を引き起こす[8]。この場合の活性酸素プロセスはラジカル連鎖反応であり、生体内で最も豊富に存在する水を起点として連鎖的に他の物質をラジカル化する(詳細は活性酸素に詳しい)、発生した過酸化脂質あるいは過酸化脂質ラジカルは周囲の生体物質とさらに反応して細胞膜タンパク質を変性させたり DNA切断を引き起こすなど、細胞に損傷を与える。このような生体反応は酸化ストレスとして知られており、細胞損傷や細胞死の原因の一助となる。

この時、抗酸化物質が存在する生化学システム上の意義は、活性酸素とその関連する物質をシステムから排除するために、不都合に発生した活性酸素種やそれが生体物質と反応したラジカル中間体と反応することで酸素由来の有害反応を停止させることにある。あるいは直接、抗酸化物質が活性酸素種などと反応するのではなく、触媒的に分解代謝する抗酸化酵素とも称される一連の酵素が存在する。酵素は基質特異性を持ち、活性酸素の分子の種類が異なれば、関与する酵素も異なるし、ある活性酸素種の分子を基質する酵素についても複数存在し、その散在部位も酵素の種類によって異なる。具体例を挙げるならば活性酸素種の一つである過酸化水素は酵素であるカタラーゼの作用で水と分子状酸素に分解されるということである。あるいはスーパーオキシドディスムターゼペルオキシダーゼ類など有害な酸素由来の生成物を無害化する酵素が存在する。低分子の抗酸化物質のいくつかはこれらの酵素の基質あるいは補欠分子族として有害反応の制御に関与する[5][9][7]。たとえばカタラーゼは単独で過酸化水素を分解排除するが、抗酸化物質として知られているグルタチオンは、過酸化水素や過酸化脂質を代謝するグルタチオンペルオキシターゼの基質として消費される[3][10]

活性酸素の発生部位として代表的なものにミトコンドリアおよび葉緑体が挙げられる。いずれも金属を酵素活性中心に持つ「電子伝達系」と呼ばれるオキシターゼの複合体が効率的に酸化還元反応を繰り返しエネルギー代謝の根幹をなしている[7]。とはいえ、わずかの代謝損失が存在し、それはおもに副反応であるフェントン反応により、中心金属が活性酸素種を生成する[11][12]

このよう活性酸素種が原因の酸化ストレス順応の化学進化は様々な生体内の抗酸化物質を生み出してきた。海洋生物から陸生生物への進化一環として、陸生植物はアスコルビン酸ビタミンC)、ポリフェノール類、フラボノイド類およびトコフェロール類のような海洋生物には見られない抗酸化物質の産生を始めた。さらに、ジュラ紀後期以降に地上で繁栄した被子植物は、多くの抗酸化色素を多様化させた。それは光合成時に発生する活性酸素種の障害に対する防御化学物質が多様化し、より精巧になったことを意味する[13][14]

抗酸化物質と生活

次に、栄養学や食品化学的観点に立つと、酸素は保存中の食品の金属イオンを酸化することで生体内へ吸収しにくくしたり、食品の成分を変質させることで、香りや見た目を損なう。それだけでなく、植物油中の必須脂肪酸は分子状酸素のラジカル反応により、変色、固化しさらに毒性を示す酸敗と称される不都合な反応を引き起こす[15]。このような食品としての品質劣化を防止する目的で、食物由来の食品添加物であるアスコルビン酸や α-トコフェロールが一般的に利用されている[16][17]

このような抗酸化物質は食品のみならず医薬品や化粧品の変質防止のための酸化防止剤としても利用される。また工業的には酸化防止剤の BHA や BHT およびその誘導体がゴム合成樹脂ガソリンの酸化による劣化を防ぐ目的で広く使われている。

酸化ストレスはヒトの多くの病気で原因の一つとして注目されており、疾患の予防や健康維持の目的で医薬品候補や栄養補給食品の候補として広く研究ないしは利用されている。たとえば脳卒中神経変性病の治療に対する研究が顕著である[18]。しかし、現状では酸化ストレスが病気の原因であるのかそれとも結果であるのかも不明であり、抗酸化物質は医薬分野では研究中の域を出ない。

一方、栄養補助食品の分野では多数の物質が製品化され、抗酸化物質が、健康維持や悪性腫瘍冠状動脈性心臓病高山病の予防の目的で広く利用されている[19]。しかしながらいくつかのサプリメントでは、初期の研究ではサプリメントの抗酸化物質が健康を増進させる可能性があると提案されたが、後の臨床試験ではその効果が見つからない例も見られる。さらに過剰摂取が有害である可能性が報告されるものもある[20][21]

歴史

初め、抗酸化物質という語は酸素の消費を抑える化学種を指すために用いられた。19世紀後期から20世紀初頭には大規模に研究され、金属の腐食防止やゴムの加硫反応の制御(架橋反応の停止)、あるいは燃料の酸化重合による変質やそれに起因する内燃機関のピッチ汚れなどの対策として、各種工業において抗酸化物質が使われるようになった[22][23]

それに対して、生物化学上の抗酸化物質の役割は、生体内の生物化学的、分子生物学的理解が発展する20世紀中葉以降までは詳細は不明であった。それゆえ、疾患の原因物質のように生物の外見上の特性から必須性や重要性が判明した生体物質が、後に研究の発展により抗酸化物質として再発見される例も少なくない[24][25][26]。代表的な例として α-トコフェロールを挙げる。

α-トコフェロールは、食餌中から人為的に欠損させるとネズミに不妊症を引き起こすことから、妊娠を維持するために必須な物質『ビタミンE』として発見された。生物化学あるいは細胞生物学の研究が進展し、ネズミの不妊症の原因が、酸化ストレスによる胎児の妊娠中死亡が原因と判明することで、ビタミンE の抗酸化物質としての位置付けが明らかとなった[27]。さらにビタミンE が過酸化脂質ラジカルを補足することで抗酸化作用を発現することが証明されたのは20世紀後半である[28][29]

同様にして生体外でビタミンA やビタミンC の抗酸化物質としての機能が再発見されている。さらに生物化学でエネルギー代謝系やオキシダーゼの作用機序など生体内での微量の物質変化が解明されるに従い、抗酸化物質としての役割も多岐にわたることが判明してきた。

このような生物化学的な発見は、栄養学食品科学にも応用され、食品の変質防止やミネラルの吸収促進など、多くの天然由来の抗酸化物質が酸化防止剤サプリメントとして開発、利用されている。事実として、ビタミンC やビタミンE はビタミン欠乏症の治療薬としてよりは、食品添加物の酸化防止剤として大量に消費されている[30]

さらに医学領域については活性酸素種酸化ストレスとの関係が注目を集めている。すなわち脳虚血回復後の神経損傷や、動脈硬化叢で過酸化脂質が炎症反応を介してアテロームの沈着を増悪するなど、酸化ストレスが様々な疾患老化現象に直接関与していることが発見されている。このことは抗酸化物質が脳卒中動脈硬化症あるいはアンチエイジングに利用可能であると期待されるため、既存の抗酸化物質の薬理研究や新規の抗酸化物質の発見など、抗酸化物質は盛んに様々な研究が進行する分野でもある。

生物化学としての観点

抗酸化物質の類型

活性酸素種と除去する抗酸化物質[31]
抗酸化物質 活性酸素種
O2 H2O2 OH 1O2
スーパーオキシドジスムターゼ Yes No No No
グルタチオンペルオキシダーゼ No Yes No No
ペルオキシダーゼ No Yes No No
カタラーゼ No Yes No No
アスコルビン酸 (V.C) Yes Yes No Yes
システイン No No Yes No
グルタチオン No No Yes No
リノール酸⇒過酸化脂質) No No Yes No
α-トコフェロール (V.E) No No Yes Yes
α-カロテン No No Yes No
β-カロテン No No Yes Yes
フラボノイド No No Yes No
リボフラビン (B2) No No No Yes
ビリルビン Yes No No No
尿酸 No No Yes Yes

抗酸化物質にはビタミンCやEのように、酸素が関与する有害な反応を単独で抑制する物質が知られている。このような抗酸化物質は低分子の抗酸化物質に多く認められ、多くの場合は酸素ラジカルあるいはそれから派生したラジカルを停止させる反応を起こす。低分子抗酸化物質の多くは容易に酸化される良い還元剤であるため、直接ラジカルと反応するだけでなく、後述するように酵素が関与する抗酸化反応を補助する場合も多い。低分子の抗酸化物質が直接に反応に関与する場合は反応の選択性は低く、様々なオキシダントと抗酸化物質とが反応する。一方、酵素が関与する抗酸化反応は酵素により反応するオキシダントが決定され、低分子の抗酸化物質は還元剤としての役割を果たす[16]

高分子の抗酸化物質は大きく分けるとオキシターゼとミネラル輸送・貯蔵タンパク質とに大別することができる。すなわち生体内には多種多様なオキシダーゼが存在し、活性酸素種自体を基質として代謝する酵素もあれば、発生した有害な過酸化物を分解代謝する酵素もある。またオキシダントと反応して酸化型となったビタミンCやEのような『活性を失った抗酸化物質』を、還元型に戻してリサイクルする酵素も存在する。したがって、直接あるいはリサイクルに関与し間接的に抗酸化作用を示す一部のオキシダーゼも抗酸化物質の一つと見なされる[16]

このような抗酸化物質と見なされるオキシダーゼの多くはグルタチオンビタミンC といった電子受容体を基質として消費する。すなわち酵素による過酸化物質の代謝には還元剤としての抗酸化物質の存在が必須である。これは「酵素反応は可逆反応であり、ただ反応速度を増大させるのみである」という酵素の特性に留意する必要がある。つまり生体内では電子受容体が豊富に存在するために逆反応は問題にはならない。しかし、栄養学や食品科学など非生体的な条件下においては、条件によっては生体では抗酸化物質と見なされるオキシダーゼであっても、食品に加工された状態においては酸素が関与する逆反応を加速することで抗酸化物質を消費し尽したり、活性酸素種を発生させ、それにより食品の鮮度、品質を低下させる場合もある[16][32]

これらのオキシダーゼの多くは酵素活性中心には微量ミネラルである、マンガンセレン原子などが存在している。これらの金属元素は容易に酸化還元反応を受けやすい[33]

一方、これらの微量ミネラルの体内でのADMEは特定の酸化状態であることが必要である。たとえば、鉄は鉄 (III) イオンは特定の膜トランスポーターに依存するので生体に吸収されないが[34]、鉄 (II) イオンがキレート(ラクトフェリンのように高分子の場合もあればクエン酸など低分子の場合もある)を形成して取り込まれる。さらに体内ではトランスフェリンは鉄 (III) イオンに結合して貯蔵、輸送される。このような酸化状態の特異性は、ほかの微量ミネラルでも同様に見ることができる。つまり、微量ミネラルは低分子あるいは特定のタンパク質がキレートすることで、それぞれの状況に有利な酸化状態で輸送、貯蔵される。微量ミネラル元素でも鉄イオンは酵素と結合して酵素補欠因子にならなくても、生体内の環境で金属イオンが酸化還元機能を持つ場合もある。しかし多くの場合は微量ミネラルは、生体内の環境では酵素補欠因子として酵素の活性中心に配置されて初めて酸化還元機能をもつ。いずれにしろ微量ミネラル元素を取り込んだオキシターゼは基質特異的に抗酸化作用を触媒するので、微量ミネラル元素はオキシターゼが関与する抗酸化生体システムのカギである。そのオキシターゼの存在量も、微量ミネラル元素を輸送・貯蔵に関与する分子、それは低分子あるいは高分子の微量金属元素をキレートする生体物質であるが、それらのキレート物質が欠乏すれば酵素の存在量を変動させ間接的には生体の抗酸化機能に変動をもたらす[33][32]。したがってトランスフェリンフェリチンのようなキレート物質は生体システムの観点においては抗酸化物質と見なされる。

発がん抑制のための生体防御機構

活性酸素種と抗酸化物質

活性酸素種は細胞において過酸化水素 (H2O2) およびヒドロキシラジカル(·OH) とスーパーオキシドアニオン (O2) のようなフリーラジカルを形成する[35][36][37]。ヒドロキシラジカルは特に不安定であり、即座に非特異的に多くの生体分子との反応を起こす。この化学種はフェントン反応のような金属触媒酸化還元反応によって過酸化水素から形成する[38]。これらの酸化物質は化学的連鎖反応を開始させることにより脂肪DNAタンパク質を酸化させ細胞を損傷させる[5]DNA修復機構は稀な頻度で修復ミスを発生するので突然変異の原因となり[39][40]タンパク質への損傷は酵素阻害、変性タンパク質分解の原因となる[41]

電子伝達系など代謝エネルギーの合成機構において酸素が使われる局所では副反応として活性酸素種が発生する[42]。つまりスーパーオキシドアニオン電子伝達系において副生成物として生成する[43]。特に重要なのは複合体III による補酵素Qの還元で、中間体として高反応性フリーラジカル (Q·) が形成する。この不安定中間体は電子の"漏出"を誘導し、通常の電子伝達系の反応ではなく電子が直接酸素に転移し、スーパーオキシドアニオンを形成させる[44]。また、ペルオキシドは複合体Iでの還元型フラボタンパク質の酸化からも発生する[45]。これらの酵素群は酸化物質を合成することができるが、ペルオキシドを形成するその他の過程への電子伝達系の相対的重要性は不明である[46][47]。また、植物藻類藍藻類では、活性酸素種は光合成の間に生じるが[48]、特に高光度条件のときに生成する[49]。この効果は光阻害ではカロテノイドにより相殺されるが、それには抗酸化物質と過還元状態の光合成反応中心との反応が伴い、活性酸素種の形成を防いでいる[50][51]

抗酸化物質の生体内分布

抗酸化代謝物 溶解性 ヒトの血清中での濃度 (μM)[52] 肝組織での濃度 (μmol/kg)
アスコルビン酸
ビタミンC
水溶性 50 – 60[53] 260(ヒト)[54]
グルタチオン 水溶性 4[55] 6,400(ヒト)[54]
リポ酸 水溶性 0.1 – 0.7[56] 4 – 5(ラット)[57]
尿酸 水溶性 200 – 400[58] 1,600(ヒト)[54]
ウロビリノーゲン 水溶性 3 – 13[59] 不明
ビリルビン 脂溶性 5 – 17[60] 不明
カロテン 脂溶性 β-カロテン:
0.5 – 1[61]

レチノール(ビタミンA): 1 – 3[62]

5
[63](ヒト、総カロテノイド)
α-トコフェロール
(ビタミンE)
脂溶性 10 – 40[62] 50 [54](ヒト)
ユビキノール
(補酵素Q)
脂溶性 5[64] 200(ヒト)[65]

抗酸化物質は水溶性脂溶性の2つに大きく分けられる。一般に、水溶性抗酸化物質は細胞質基質血漿中の酸化物質と反応し、脂溶性抗酸化物質は細胞膜の脂質過酸化反応を防止している[5]。これらの化合物は体内で生合成するか、食物からの摂取によって得られる[9]。それぞれの抗酸化物質は様々な濃度で体液組織に存在している。グルタチオンやユビキノンなどは主に細胞内に存在しているのに対し尿酸はより広範囲に分布している(下表参照)。稀少種でしか見られない抗酸化物質もあり、それらは病原菌にとって重要であったり、毒性因子となったりする[66]

様々な代謝物と酵素系はそれぞれ相乗効果と相互依存効果を有するが、抗酸化物質の特定の場合における重要性と相互作用は不明である[67][68]。したがって、一種の抗酸化物質は抗酸化物質系の他の構成要素の機能に依存している可能性がある[9]。また、抗酸化物質によって保護される度合いはその濃度、反応性、反応環境の影響を受ける[9]

いくつかの化合物は遷移金属キレートすることによって細胞内で触媒生成するフリーラジカルによる酸化を抑制している。特にトランスフェリンフェリチンのような鉄結合タンパク質は、キレート化することにより鉄の酸化を抑制している[69]セレン亜鉛は一般的に抗酸化栄養素と呼ばれているが元素自体は抗酸化能を持たず、抗酸化酵素と結合することによって抗酸化能を持つ。

酵素と抗酸化物質

活性酸素種の酵素経路による解毒化

化学的酸化防止剤と同様に、細胞は抗酸化酵素の相互作用網によって酸化ストレスから保護されている[5][8]酸化的リン酸化のようなプロセスによって遊離される超酸化物は最初に過酸化水素に変換され、さらなる還元を受け最終的にとなる。この解毒経路はスーパーオキシドジスムターゼカタラーゼペルオキシダーゼなど多数の酵素によるものである。

抗酸化代謝体と同様に、抗酸化防衛における酵素の寄与を互いに切り離して考えることは難しいが、抗酸化酵素を1つだけ欠損させた遺伝子導入マウスを作ることそので情報を得ることができる[70]

スーパーオキシドディスムターゼ、カタラーゼおよびペルオキシレドキシン

スーパーオキシドディスムターゼ (SOD) は、スーパーオキシドアニオンを酸素と過酸化水素に分解する酵素群である[71][72]。SODはほとんど全ての好気性細胞と細胞外液に存在する[73]。酸素が存在することによって細胞内に形成される致死性のスーパーオキシドを変化させるスーパーオキシドディスムターゼカタラーゼを欠くことにより、偏性嫌気性生物は酸素の存在下で死滅することとなる[74][リンク切れ]

SOD はそのアイソザイムによって、亜鉛マンガン、および補因子として含む。ヒトを初めとした哺乳動物や多くの脊椎動物は、3種の SOD (SOD1, SOD2, SOD3) を持ち、銅/亜鉛を含む SOD1 と 3 はそれぞれ細胞質と細胞外空間に、マンガンを含む SOD2 はミトコンドリアに存在する[72][75]。ヒトは鉄を補因子とした SOD は持たない。3種の SOD のうち、ミトコンドリアアイソザイム (SOD2) は最も生物学的に重要で、マウスはこの酵素が欠損すると生後間もなく死亡する[76]。一方、銅/亜鉛SOD (SOD1) 欠損マウスは生存能力はあるが多くは病的で低寿命(超酸化物を参照)であり、細胞外液SOD (SOD3) 欠損マウスは異常は最小限(酸素過剰症に過敏)である[70][77]植物では、SOD のアイソザイムは細胞質ミトコンドリアに存在し、葉緑体では脊椎動物酵母菌にはない鉄SOD が見られる[78]

カタラーゼマンガン補因子として用いて過酸化水素酸素に変換する酵素である[79][80]。このタンパク質はほとんどの真核細胞ペルオキシソームに局在している[81]。カタラーゼは基質が過酸化水素だけである独特な酵素で、ピンポン機構を示す。まず補因子が一分子の過酸化水素で酸化され、生成した酸素を二番目の基質へ転移させることにより補因子が再生する[82]。過酸化水素の除去は明らかに重要であるのにもかかわらず、遺伝的なカタラーゼの欠損(無カタラーゼ症)のヒト、もしくは遺伝子組み換えで無カタラーゼにしたマウスの苦痛を感じる病的影響はほとんどない[83][84]

Salmonella typhimurium由来の細菌性 2-システインペルオキシレドキシンの一つ、AhpCの十量体構造[85]

ペルオキシレドキシン類は過酸化水素やペルオキシ亜硝酸など有機ヒドロペルペルオキシドの還元を触媒するペルオキシダーゼ類である[86]。ペルオキシレドキシンは、典型的な2-システインペルオキシレドキシン、非定型な 2-システインペルオキシレドキシン、1-システインペルオキシレドキシンの3種に分けられる[87]。これらの酵素は基本的に触媒機構は同じで、活性部位の酸化還元活性システイン (peroxidatic cysteine) は基質であるペルオキシドによってスルフェン酸に酸化される[88]。このシステイン残基の過酸化により酵素は不活性化するが、スルフィレドキシンの作用によって再生される[89]。ペルオキシレドキシン1および2を欠損させたマウスでは低寿命化や溶血性貧血が起こり、植物ではペルオキシレドキシン葉緑体で発生した過酸化水素の除去に使われるため、ペルオキシレドキシンは抗酸化代謝において重要である[90][91][92]

チオレドキシン系とグルタチオン系

チオレドキシン系は12kDa のタンパク質であるチオレドキシンと、それに随伴するチオレドキシンレダクターゼからなる[93]。チオレドキシン関連のタンパク質は、シロイヌナズナのような植物も含めてゲノムプロジェクトが完了した全ての生物に存在しており、特にシロイヌナズナでは多様なアイソフォームが見られる[94]。チオレドキシンの活性部位には、保存性の高い CXXCモチーフの中に2つの近接したシステイン残基が含まれている。これにより活性部位は遊離の2つのチオール基を持つ活性型(還元型)と、ジスルフィド結合が形成された酸化型とを可逆的に移り変わることができる。活性型のチオレドキシンは効果的な還元剤として振る舞い、活性酸素種を除去することにより他のタンパク質の還元状態を保つ[95]。酸化されたチオレドキシンは、NADPH電子供与体としてチオレドキシンレダクターゼによって還元型へと再生される[96]

グルタチオン系には、グルタチオングルタチオンレダクターゼグルタチオンペルオキシダーゼおよびグルタチオン S-トランスフェラーゼが含まれる[97]。この系は動物、植物および微生物で見られる[97][98]。グルタチオンペルオキシダーゼは補因子として4つのセレン原子を含み、過酸化水素と有機ヒドロペルオキシドの分解を触媒する。動物では少なくとも4種のグルタチオンペルオキシダーゼのアイソザイムがある[99]。グルタチオンペルオキシダーゼ1は最も豊富で、効率的に過酸化水素を除去する。一方、グルタチオンペルオキシダーゼ4は脂質ヒドロペルオキシドに作用する。意外にも、グルタチオンペルオキシダーゼ1はなくとも問題はなく、この酵素を欠損させたマウスは正常寿命である[100]。しかし、グルタチオンペルオキシダーゼ1欠損マウスは酸化ストレスに過敏である[101]。グルタチオン S-トランスフェラーゼについては過酸化脂質に対し高活性が見られる[102]。これらの酵素は肝臓に高濃度で存在し、また解毒作用を持つ[103]

生体由来の抗酸化物質

尿酸

尿酸の構造

ヒトの血中に最も高濃度で存在する抗酸化物質は尿酸であり[58]、ヒト血清中の抗酸化物質全体の約半分を占める[104]。尿酸はキサンチンオキシダーゼ (EC 1.17.3.2) によりキサンチンから合成されるオキシプリンの一つで、霊長類鳥類爬虫類におけるプリンの代謝生成物である。ヒトを含むヒト上科では、尿酸はプリン代謝の酸化最終生成物である[105]。その他のほとんどの哺乳動物では、尿酸オキシダーゼ (EC 1.7.3.3) によって尿酸はさらにアラントインまで酸化される[106]。霊長類のヒト上科での尿酸オキシダーゼの欠損は、同じく霊長類の狭鼻下目でのアスコルビン酸合成の欠損に匹敵する[107]。これは尿酸が抗酸化物質として部分的にアスコルビン酸の代用となるためである[107]。尿酸は水に対する溶解度が低く、尿酸が過剰になると体内で尿酸の結晶を生成して痛風の原因となる[108]。脳卒中や心麻痺といった疾患では尿酸の役割はよく分かっていないが、尿酸濃度が高いと死亡率が増加するといくつかの研究で言及されている[109][110]。この一見したところの効果は、酸化ストレスに対する防御的機能として尿酸が活性化されることによるか、それとも尿酸が酸化促進剤として作用し病気による損傷に加担していることによるか、いずれかであるかもしれない[109][110]

血漿中の尿酸濃度は低酸素症で増大することが知られているが、被験者を高地に移動させた時の順応を見る実験[111]では、高地に移動すると血漿中に酸化ストレスの増大を意味するマーカー物質が増大する。しばらく経つと、血漿中の尿酸濃度が増大するとともにマーカー物質は減少に転じた。すなわち、水溶性抗酸化物質の尿酸が酸素が不足する組織から遊離され酸化ストレスに順応したものと考えられる。言い換えると血漿中の尿酸濃度の上昇は高地のような過酷な環境への順応においてストレス軽減に重要な役割を持つ可能性がある。このような報告があるものの、高地では薄い空気への順応のために体内で血液の濃縮が起こり、血液の濃縮に伴って単に尿酸濃度も上昇し、痛風のリスクが高まる旨の報告がある[112]

尿酸は、運動ストレス時の抗酸化物質として作用する報告がある[113]。また、ショウジョウバエにおいて酸化傷害に対する防御機構として尿酸合成が亢進している可能性を示唆する報告もある[114][信頼性要検証]

アスコルビン酸

アスコルビン酸の構造
グルタチオン-アスコルビン酸回路NADPHNADP+、GR:グルタチオンレダクターゼ、GSH:グルタチオン、GSSG:グルタチオンジスルフィド、DHAR:デヒドロアスコルビン酸レダクターゼ、DHA:デヒドロアスコルビン酸、MDAR:モノデヒドロアスコルビン酸レダクターゼ (NADH)、MDA:モノデヒドロアスコルビン酸、ASC:アスコルビン酸、APX:アスコルビン酸ペルオキシダーゼH2O2H2O

アスコルビン酸(またはビタミンC)は単糖の一つで動植物両方で見られる酸化還元触媒である。アスコルビン酸を合成する酵素は霊長類の進化の過程で喪失したためビタミンの一つとなっている[115]。ただし、霊長類のようにビタミンC の合成能を失った動物以外のほとんどの動物は、アスコルビン酸を自ら合成することができ、ビタミンC の食事での摂取を必要としていない[116]。アスコルビン酸は、プロリン残基をヒドロキシル化してヒドロキシプロリンに変換させ、このことによりプロコラーゲンコラーゲンへ変換することに必須である。このコラーゲンが適正に形成されないと皮膚組織が維持できず、代表的なビタミンC欠乏症である壊血病を発症する。その他の細胞では、グルタチオンが基質となるタンパク質ジスルフィドイソメラーゼ (EC 5.3.4.1) およびグルタレドキシン (EC 1.20.4.1) の反応により、アスコルビン酸の還元型が維持されている[117][118]。 アスコルビン酸は還元能を有する酸化還元触媒で、過酸化水素のような活性酸素種を還元することにより解毒する[119][120]。アスコルビン酸が酸化されるとモノデビトロアスコルビン酸になり、このモノデビトロアスコルビン酸がモノデヒドロアスコルビン酸レダクターゼ (NADH) (EC 1.6.5.4) と NADH により再びアスコルビン酸に還元される。アスコルビン酸の酸化型でも生体内で還元されることでビタミンC としての機能を有しており、アスコルビン酸が触媒と呼ばれる所以である。アスコルビン酸は、直接的な抗酸化機能に加え、過酸化水素などの過酸化物を無毒化する酵素であるアスコルビン酸ペルオキシダーゼ (EC 1.11.1.11) の基質となっており、特に光合成により酸素を発生させる植物にとって重要な反応である[121]。アスコルビン酸は植物のすべての部分において高濃度で存在しており、葉緑体では 20mM にも及ぶ[122]

グルタチオン

グルタチオンの構造

グルタチオンは有酸素種で見られるシステイン含有ペプチドである[97]。グルタチオンは摂取により補給する必要はなく、細胞内でアミノ酸から合成される[123]。グルタチオンはシステイン部分のチオール基が抗酸化能を持ち、酸化や還元を可逆的に行うことができる。細胞内ではグルタチオンは、グルタチオンレダクターゼにより還元型で維持され、直接酸化物質と反応するだけではなく、グルタチオン-アスコルビン酸回路グルタチオンペルオキシダーゼグルタレドキシンなどの酵素系によって他の有機物の還元を行っている[117]。グルタチオンはその濃度の高さと細胞での酸化還元状態の維持に重要な役割を果たしていることから、最も重要な細胞性抗酸化物質である[97]。いくつかの有機体のグルタチオンには、放線菌マイコチオールキネトプラスト類トリパノチオンのように他のチオールに置換しているものがある[124][125]

メラトニン

メラトニンの構造

メラトニンは容易に細胞膜血液脳関門を通過できる強力な抗酸化物質である[126]。他の抗酸化物質とは異なり、再度の酸化または還元を受けることはなく、酸化還元サイクルを形成しない。酸化還元サイクルを形成する他の抗酸化物質(ビタミンCなど)は酸化促進剤としてフリーラジカルを形成する可能性がある。しかし、メラトニンはフリーラジカルと反応すると安定な状態になるため1回酸化されるのみで、還元はされない。したがって、メラトニンは末端抗酸化物質 (terminal antioxidant) とも呼ばれる[127]

ウロビリノーゲン

ウロビリノーゲンの構造

ウロビリノーゲンは、赤血球中のヘモグロビンの構成要素であるヘムの代謝物である。古くなって用済みになったヘムは、ビリベルジンに分解され、還元されてビリルビンになる。ビリルビンは肝臓グルクロン酸抱合を受けて、胆汁の一部として十二指腸に分泌される。ビリルビンは、腸内細菌により還元されてウロビリノーゲンとなり、腸から再度体内に吸収される。ウロビリノーゲンは尿として排泄される。この循環を腸肝ウロビリノーゲンサイクルと呼ぶ。ウロビリノーゲンの一部は酸化されて尿の黄色の元であるウロビリンになり、同じく尿として排泄される。

ウロビリノーゲンは、抗酸化作用を有し[128]DPPHラジカル除去作用は他の抗酸化物質(ビタミンEビリルビンおよびβ-カロチン)よりも高い値を示す[129][130]

また、中間代謝物であるビリルビンも潜在的な抗酸化作用を示唆しており、ビリルビンは細胞内において抗酸化の生理作用を担っているのではないかという仮説が立てられる[131][132]

天然成分の抗酸化物質

トコフェロール類、トコトリエノール類(ビタミンE)

α-トコフェロールの構造

ビタミンEトコフェロール類とトコトリエノール類の共同名で、抗酸化機能を持つ脂溶性ビタミンである[133][134]。ビタミンE のうち、α-トコフェロールのバイオアベイラビリティが選択的吸収および代謝とともに最も研究がなされている[135]

α-トコフェロールは、脂質過酸化連鎖反応で生成する脂質ラジカルによる酸化から細胞膜を保護するため、最も重要な脂溶性抗酸化物質である[133][136][137][138]

つまりはフリーラジカル中間体の除去により、それによる成長反応を抑制している。この反応では酸化型である α-トコフェロキシルラジカルが生成するが、アスコルビン酸やレチノールユビキノールなど他の抗酸化物質により還元され、元の還元型にリサイクルされる[139]。これは、水溶性抗酸化物質ではない α-トコフェロールが効率的にグルタチオンペルオキシダーゼ4 (GPX4) -欠乏細胞を細胞死から保護しているという研究結果と一致する[140]。GPX4 は生体膜の内側で脂質-ヒドロペルオキシドを効率的に還元する唯一知られている酵素である。

ビタミンE の異なる型の役割とその重要性は現在のところはっきりしていないが[141][142]、その役割は抗酸化物質よりもシグナリング分子の方であることが提唱されている[143][144]。また、γ-トコフェロールは求電子性の突然変異原の求核剤として[135]、そしてトコトリエノール類はニューロンを損傷から保護していると考えられている[145][146]

カロテノイド

カロテノイドは、天然に存在する色素で、化学式 C40H56 の基本構造を持つ化合物の誘導体をいい、カロチノイドともいう[147]炭素水素のみでできているものはカロテン類、炭素と水素以外の酸素窒素などを含むものはキサントフィル類という。カロテンやキサントフィルは二重結合を多く含むので抗酸化作用が大きく、植物では酸素が多く発生する場所に多く存在する。水に溶けにくく、脂質に溶け、脂肪とともに摂取すると効率的に摂取できる。主なものは以下の通り。

ポリフェノール

ポリフェノールとは、ポリ(たくさんの)フェノールという意味で、分子内に複数のフェノール性ヒドロキシ基を持つ植物成分の総称であり、抗酸化作用を持つ物質である[148]。主なものは以下の通り。

食品中の反応に由来する抗酸化物質

メラノイジン

メイラード反応とは、還元糖とアミノ化合物(アミノ酸ペプチドおよびタンパク質)を加熱したときなどに見られる、褐色物質(メラノイジン)を生み出す反応のことである。メラノイジンは酸素や窒素を含む、多様な高分子化合物からなる混合物である。

メラノイジンは、それ自身がフリーラジカルであるが、同時にラジカル・スカベンジャーとしての作用を持つため、食品の酸化を抑制する働きがある。この作用には、メラノイジンが金属とキレートを生成して封じ込めることが関与しているとも言われる。例えば、メイラード反応によって生じたトリプトファン・グルコース反応液の抗酸化能はビタミンEであるα-トコフェロールよりも強く、合成抗酸化剤の BHABHT に匹敵するものであることが明らかになった[149]グルコースグリシンによるアミノカルボニル反応で生成した褐変物質による着色度が高いほど DPPHラジカル消去能も高くなる。着色度を示す 440nm における吸光度と DPPHラジカル消去能の間には r = 0.993 の非常に高い正の相関関係が認められる。また、玉ネギを加熱し、黄色、あめ色、茶色と褐変が進行するに従ってDPPHラジカル消去能が上昇する、との報告がある[150]

メラノイジンは、in vitro では抗酸化作用活性酸素消去活性、ヘテロ環アミノ化合物(発癌物質)に対する脱変異原活性などを有するとされている[151][信頼性要検証]。 メイラード反応が関与するものには次のような現象が挙げられる。

例えば、味噌は優れた抗酸化能力を有し、味噌のラジカル捕捉能力はその大半をメラノイジンが担っており、味噌の色調が濃いほどその能力が高まっているとされている[152]。動物実験では、味噌の摂取で肺癌胃癌乳癌肝臓癌大腸癌の抑制効果が認められ、味噌の熟成度が高いほど効果が高かったとの報告がある[153]。味噌の摂取の放射線障害防止効果については後述する。

カラメル

カラメルの推定構造(フラン・ポリマー)

カラメル化は、糖類が引き起こす酸化反応などにより褐色物質を生成する現象であり、カラメルができるメカニズムはまだ完全に解明されてはいないが、グルコースショ糖などが加熱されることで生じるフラン化合物が重合して生じる、フラン・ポリマーの構造を取るのではないかという仮説が提唱されている。カラメル化と同様に加熱によって褐色色素が生じる反応には、他にメイラード反応があるが、これはアミノ酸還元糖の両者を必要とするものであり、カラメル化とは異なる反応である。

カラメルは、メイラード反応のメラノイジンほどではないが、抗酸化作用を有する[150]。一般に、色が濃いほど抗酸化作用が強く、窒素含有量の多いものほど抗酸化作用が強くなる[154]

医薬品開発と抗酸化物質

酸化ストレスと病態

酸化ストレスはアルツハイマー型認知症[155][156]パーキンソン病[157]糖尿病合併症[158][159]関節リウマチ[160]運動ニューロン病による神経変性[161]など広範囲の病気の進行に寄与していると考えられている[18][162][163][164]。これらの多くの場合において、酸化物質が病気の要因になっているのか、それとも病気と一般的な組織の損傷から二次的に酸化物質が作り出されているのか、不明確である[35]。しかし、心血管疾患については酸化ストレスが関連していることがよく分かっている。低比重リポタンパク質(LDLコレステロール)の酸化がアテロームの発生を誘発し、それがアテローム性動脈硬化症となり、最終的には心臓血管の疾患に繋がるのである[165][166]。またフリーラジカルと DNA損傷の関連より、癌に対する抗酸化物の予防効果についても研究されている[167]

循環器疾患と抗酸化物質

血中の酸化型LDLコレステロールは心臓疾患の原因になると考えられ、また、1980年代アメリカを対象とした疫学研究からビタミンE の摂取により心臓疾患の発現のリスクを下げることが分かっていた[168][169][170]。これに対し、1日に 50 から 600mg のビタミンE を摂取させ、その効果を調査する大規模な治験が少なくとも7回行われたが、死亡総数および心臓疾患による死亡率ともにビタミンE の影響は見られなく[171]、その他の研究でもまた結果は同様で[172][173]、これらの試験または多くの栄養補助食品の使用が酸化ストレスによる疾患の予防になっているかどうかは明確ではない[174]。総合的に、心臓血管疾患には酸化ストレスが関わっているにもかかわらず、抗酸化ビタミンを使った試験では心疾患発現リスクおよび既に発現した疾患の進行を抑える効果は認められなかった[175][176]

脳虚血性疾患と抗酸化物質

はその高い代謝率と高濃度の多価不飽和脂肪のために酸化的損傷に非常に弱く[177]、抗酸化物質は脳損傷治療の薬剤として広く使われている。スーパーオキシドジスムターゼ模倣薬としては[178]チオペンタールプロポフォール脳虚血疾患の後遺症である再かん流傷害外傷性脳損傷[179]、実験的薬剤としてはジスフェントン (NXY-059)[180][181]エブセレン[182]が脳卒中の治療に応用されている。これらの化合物は、ニューロンの酸化ストレス、アポトーシスおよび神経損傷を予防しているように見える。また、抗酸化物質は、アルツハイマー型認知症パーキンソン病筋萎縮性側索硬化症のような神経変性の病気の治療[183][184]音響性外傷の予防[185]についての研究がなされている。

哺乳動物の最長寿命と抗酸化物質

血漿あるいは血清中の尿酸、α-トコフェロールカロチノイド量とヒトを含めた哺乳動物の最長寿命を比較したデータによると、これら抗酸化成分の濃度が高いほど最長寿命が長い傾向にあった。これに対してビタミンC、グルタチオン、ビタミンA濃度と最長寿命との相関は認められないと言われている[186]

アンチエイジングと抗酸化物質

果物と野菜の多い食事では抗酸化物質が多く摂取されることにより健康を増進させ老化の影響を減らすとされるが、抗酸化ビタミンの補給は老化作用に対して検知できるような効果はないため、果物と野菜の効果はその抗酸化物質の含有量とは関係がないかもしれない[187][188][189]。その理由として、ポリフェノールやビタミンE のような抗酸化分子はその他の代謝過程を変化させ、それらの変化の方が抗酸化物質の栄養素としての重要性の真の理由である、という可能性がある[143][190]

線虫での研究では、適度な酸化ストレスは活性酸素種への防御反応を誘導することによって寿命を延ばすことさえ示唆されている[191]。この、寿命が延びるのは酸化ストレスの増加が原因であるという示唆は、出芽酵母 (Saccharomyces cerevisiae) での結果と矛盾する[192]。この矛盾について哺乳類ではさらに曖昧である[193][194][195]。それでもやはり、抗酸化物質の栄養補助食品がヒトの寿命を延ばしているようには見えない[196][197]

ビタミンは、生物の生存・生育に必要な栄養素のうち、炭水化物タンパク質脂質ミネラル以外の栄養素であり、微量ではあるが生理作用を円滑に行うために必須な有機化合物であり、各種ビタミン欠乏症は寿命を縮めることがあるが、過剰なビタミンが寿命を延ばすとの報告はほとんどない。

栄養学・食品科学と抗酸化物質

プロオキシダント

生体内では抗酸化物質として作用している生体物質が、食品などでは逆に酸化を促進することが知られている。このような物質は栄養学・食品科学の分野ではプロオキシダント英語版と呼ばれる。例えばビタミンCは過酸化水素のような酸化性物質と反応する場合は抗酸化性を有するが、食品の成分として含まれる微量の銅や鉄などの金属イオン、ミオグロビンやヘモグロビンなどのヘムタンパク質などが存在する場合、空気酸化を促進することが知られている[17]

これは、無機化学・有機化学の分野では「フェントン試薬」または「フェントン反応」として知られている化学反応である[11]。種々の金属イオンを介して分子状酸素や過酸化水素からヒドロキシラジカルが発生する。フェントン試薬は鉄(II)イオンと過酸化水素の反応であるが、アスコルビン酸がフェントン試薬の触媒サイクルを形成する例も知られている[198][199][200]

2Fe3+ + アスコルビン酸 → 2Fe2+ + デヒドロアスコルビン酸 ; 鉄(II)イオンの再生
2Fe2+ + 2H2O2 → 2Fe3+ + 2OH· + 2OH ; フェントン反応

他の例としてはビタミンEもプロオキシダントとして働く。[201] 一方で、アスタキサンチンのようにプロオキシダントにはならない純粋な抗酸化物質も存在する。[202]

シネルギスト

金属イオンとキレートを形成する化合物は、天然物由来あるいは無機化合物・合成化合物など数多く知られている。一般に、キレート物質と金属イオンとの結合の強さは金属イオンの酸化状態で変化することが知られている。言い換えると、キレート化合物によっては特定の酸化状態の金属イオンと結合補足することで、前述のフェントン反応のような酸素が関与する不都合な反応を抑制する場合がある。栄養学ではそのような物質をシネルギスト(協作剤)とも呼ぶ。クエン酸などは金属キレート剤としては食品添加物として利用される。すなわち、シネルギストであるクエン酸は抗酸化剤として利用されることもある[16]

吸収阻害物質

金属キレート剤の一つ、フィチン酸の構造

比較的強力な還元性の有機酸類は消化管亜鉛などの飼料無機質と結合し、微量ミネラルの吸収阻害物質として働く場合がある[203]。主な例では、植物由来の食品に多いシュウ酸タンニンおよびフィチン酸などがある[204]カルシウムの欠乏は、肉類が少なく、マメ類やイースト菌を入れていない全粒穀物のパンなどの食生活が中心でフィチン酸の摂取が多くなっている発展途上国では珍しいことではない[205]。特定の微量ミネラルが欠乏することで生体内の抗酸化作用に関与する酵素が欠乏する。その場合、ミネラル欠乏症の原因として活性酸素の毒性が増強される例がある。

食品 含まれる還元酸
カカオ豆チョコレートホウレンソウカブダイオウ[206] シュウ酸
全粒穀物, トウモロコシ, マメ科植物[207] フィチン酸
マメ類、キャベツ[206][208] タンニン

過剰摂取とメタアナリシス(疫学調査)

丁子油に主に含まれるオイゲノールのような脂溶性の抗酸化物質は毒性用量を持ち、特に希釈していない精油(原液)を誤用することによって毒性用量を超えて摂取してしまう[209]。アスコルビン酸のような水溶性抗酸化物質は余分な用量は尿として速やかに体外排出される。そのため毒性が発現する懸念は相対的に低い[210]

実際のところ、いくつかの抗酸化物質では高濃度で摂取することにより有害な長期的影響をもたらす可能性のものがある。(いずれも脂溶性である)肺癌患者における β-カロテンレチノールの有効性試験 (CARET) の研究では、喫煙者に β-カロテンとビタミンA を含むサプリメントを与えたところ、肺癌の速度が増大するという結果が見られた[211]。後に行われた研究でもそれらの作用が確認されている[212]

治療、予防に関する医療技術をメタアナリシスの手法で評価するプロジェクトであるコクラン共同研究は抗酸化サプリメントが死亡率にどのように影響を与えているかという仮説に対してランダム化検証で一次予防効果検証および二次予防効果検証を実施した[213]。メタアナリシスは統計処理によって仮説を検証する疫学調査であり、このコクランの研究チームは公開データベースや2005年10月に発行された文献の試験結果から232,606人の被験者(385論文)の成人の結果をデータ元として取り込み、ベータカロテン、ビタミンA、ビタミンC(アスコルビン酸)、ビタミンE、およびセレン について、単独投与群、複合投与群、プラセボ投与群そして医学的治療を受けなかった群について68のランダム検証を統計解析した。その結果によると β-カロテン、ビタミンA およびビタミンE(これらは脂溶性)の補給では死亡率の増加が見られたが、ビタミンC(水溶性)では有意な効果は見られないとコクランチームは結論付けた。

これに対して、オレゴン州立大学のライナス・ポーリング研究所の B.フレイ教授は、「(膨大な試験結果を排除した)間違った方法論による結果で、有用性の点や他の点についても抗酸化サプリメントの真の健康に対する効果を理解する上では少しも役に立たない。」と述べている[214]。健康リスク評価を見ると、すべて無作為に選別された群間の比較検証では複合投与群で解析したとき死亡率の増加が見られなかったのに対し、(データ元が)高バイアス検証もしくは低バイアス検証の解析結果では単独投与群のみに死亡率の増加が見られた。加えて、これらの低バイアス検証では高齢者または既に病気を患っている人の死亡率を対象としており、低バイアス検証の結果は一般的な人には適用できない。

また、その後のコクラン共同計画からも新しいメタアナリシス解析が発表され、「ビタミンC とセレンについて(先の)ランダム化検証で追加の一次予防効果検証および二次予防効果検証を実施した結果、ビタミンC には明白な有害作用は見られなかった。セレンには明白な死亡率との関係は見られなかった。これはビタミンC とセレンの過剰摂取についてのみ評価すべきだ。」と述べている[215]

ビタミンE の摂取により死亡率が増加すると、ジョンホプキンス医大が報告している[216]のに対して、コクラン共同研究チームは、大腸癌に対する抗酸化物質の一次予防効果検証および二次予防効果検証では「ベータカロテン、ビタミンA、ビタミンC(アスコルビン酸)、ビタミンE、およびセレンは大腸癌に対する一次予防効果検証および二次予防効果検証の結果、確証は得られなかった。」と述べている[217]

また肺がんについての SU.VI.MAXメタアナリシス検証では「抗酸化物質はすべての死因に対し関連性を持たない。」と述べられているし[218][219]、Southern California Evidence-Based Practice Center の報告では「(いくつかの癌で結果が得られたが)再検証が必要である。」と結論付けている[220]

全体として、抗酸化物質のサプリメントについて行われた臨床試験の多くは健康に影響がないか、高齢者または影響を受けやすい人の死亡率をやや高めているかのどちらかを示唆している[221][222][213]

栄養補助食品と抗酸化物質

先進工業国では、多くの抗酸化物質の栄養補助食品および健康食品が広く販売されている[223]。これら栄養補助食品にはポリフェノールレスベラトロールブドウの種子またはタデの葉から採れる)[224]などの化合物、ACES製品(β-カロテン(プロビタミンA)、ビタミンC、ビタミンE、セレン:Selenium)、または緑茶アマチャヅルなど抗酸化物質を含むハーブが含まれている。食品中のある程度の抗酸化ビタミンおよびミネラルは良好な健康状態のために必須であるが、これらの抗酸化物質の栄養補助食品は有益なのか有害なのか、そしてもし有益だとしたら、どの物質がどれくらいの服用するとよいのか? それは相当疑問である[221][222][225]。実際に数名の著者らは、抗酸化物質には慢性的な疾患を予防することができるという仮説は今や反証され、最初から見当違いであったと主張している[226]。むしろ、食品中のポリフェノール類は微量濃度では細胞間シグナリング、受容体感受性、炎症性酵素活性および遺伝子調節など抗酸化物質としてではない機能を持っている可能性がある[227][228]

抗酸化物質の抗酸化能と酸化促進能の相対的重要性は現在の所は研究段階であるが、ビタミンCは体内では主に抗酸化物質として機能していると考えられている[199][229]。しかしながら、ビタミンE[230]ポリフェノール類などの食物中の抗酸化物質については十分なデータがない[231]

ポリフェノール抗酸化物質の一つ、レスベラトロールの分子構造

果物や野菜をよく摂る人は心臓疾患と神経疾患のリスクが低く[221]、野菜や果物の種類によっては癌の予防になるという証拠がある[232]。果物と野菜はよい抗酸化物質源であることから、抗酸化物質はいくつかの病気を予防していると考えられている。しかし、抗酸化物質は摂取による治験で癌および心臓疾患のような慢性疾患のリスクに明確な効果は認められないため病気の予防に関与しているとはいえない[221][222]。したがって、病気の予防には野菜や果物のその他の物質(例えばフラボノイド類)または複合混合物が関わっていると考えられる[233][234]

例えば、食事と癌について、多くの食品が癌の予防に効果を示す抗酸化物質を含む有効成分を含んでいるが、これらの有効成分を単離したものは食品の摂取と同様の効果をもたらさないようである。いくつかの研究では、食品から単離された有効成分が癌の予防に効果を示さないことが報告されている[235]。しかし、食品全体を摂取することによって癌の抑制が認められるとされている。

高用量の抗酸化物質を含む栄養補助食品の試験の一つ、"Supplémentation en Vitamines et Mineraux Antioxydants" (SU.VI.MAX) study は、いわゆる健康食に相当する栄養を補足し、その効果を調査する試験である[218]。この試験では、12,500人のフランス人の男女を対象に、低用量の抗酸化物質(アスコルビン酸:120 mg、ビタミンE:30 mg、β-カロテン:6 mg、セレン:100 μg、亜鉛:20mg)または偽薬を平均7.5年間摂取させた。結果、癌および心臓疾患に対し統計学的に見て抗酸化物質には大きな効果は認められなかった。事後分析では男性では31%の癌リスクの減少が見られたが、女性では見られなかった。これは、試験を開始した段階での血液検査の結果から試験開始当初の時点で女性被験者の方が男性被験者よりもビタミンE や β-カロテンの血中濃度が高かったことが判明しており、男性と女性で状態が初めから異なっていたためである[236]

また低カロリーの摂食は多くの動物の平均寿命と最長寿命を延ばす。この効果は酸化ストレスの減少が関与している可能性がある[237]DNA修復#カロリー制限とDNA修復の増加も参照のこと。)。Drosophila melanogasterCaenorhabditis elegans のようなモデル生物では老化に酸化ストレスが関与していることが支持されている[238][239]が、哺乳類では不明確である[193][194][195]。2009年のマウス実験のレビューでは、抗酸化系のほとんどすべての操作は寿命に影響を与えなかったと結論付けられている[240]栄養の不足は、細胞中での DNA修復の増加した状態を引き起こし、休眠状態を維持し、新陳代謝を減少させ、ゲノムの不安定性を減少させて、寿命の延長を示すと言われている。

運動との関係

運動時、酸素消費量は10倍以上に増加する[241]。これは酸化物質の大幅な増加に繋がり、運動の後の筋肉疲労の一因となる。激しい運動の後、特に24時間後に発生する筋肉痛も酸化ストレスが関係している。運動によるダメージへの免疫系の応答は運動の2から7日後がピークである。この過程では、フリーラジカルはダメージを受けた組織を除去するため好中球によって作られる。そのため、過濃度の抗酸化物質は組織の回復と適応機序を阻害することとなる[242]。この他にも、酸化防止剤のサプリメントは例えばインスリンの感受性を低下させるなど通常の健康のための機序を阻害している可能性がある[243]

増加する酸化ストレスの調整のために身体は抗酸化防衛を強化(特にグルタチオン系)している[244][245]。習慣的な運動を行う人は主な病気の発現率が低下していることから、この効果は酸化ストレスに関係している病気をある程度予防していると考えられている[246]

しかし実際には、スポーツ選手の身体能力の向上はビタミンE の補給では見られなく[247]、その脂質膜過酸化防止機能にもかかわらず、6週間のビタミンEサプリメントの投与でもウルトラマラソンのランナーでは筋損傷への効果は無かった[248]。スポーツ選手のビタミンC 摂取の必要性は考えられていないが、激しい運動の前にビタミンC の摂取量を増やすことで筋損傷が減少する兆候がある[249][250]。しかし、他の研究ではこのような効果は見られず、また、1000mg 以上の摂取では逆にその回復を阻害するという結果が数件報告されている[251]

抗酸化物質は広く癌の進行の抑制に使われているが、逆に癌の治療を妨げている可能性が示唆されている[252]。これは、治療によってさらに細胞が酸化ストレスの影響を受けやすくなるというものである。また、ガン細胞の酸化還元ストレスも減少するため、結果的に抗酸化物質サプリメントは放射線療法化学療法の有効性を減少させている可能性もある[253][254]。他方では、抗酸化物質が副作用を減少させ、寿命を延ばしていると提言している報文も存在する[255][256]

放射線との関係

スイスの科学者ラルフ・グロイブ (Ralph Graeub, 1921-2008) は、放射線ペトカウ効果を紹介する際に以下のように述べている[257][258][259]

活性酸素は放射線によっても生じ、細胞膜の脂質と作用して過酸化脂質を生成し、細胞を損傷する。低線量では活性酸素の密度が低く、再結合する割合が少なく効率よく細胞膜に達し、細胞膜に達すると連鎖反応が起こるため、放射線の影響は低線量で急激に高まる。

上記の事象は、活性酸素を消去する作用のある酵素スーパーオキシドディスムターゼ (SOD) を投入すると減少または観察されなくなることから、放射線起因の活性酸素によるメカニズムであることが裏付けられている。

個体レベルでは、活性酸素およびその反応によって生じる過酸化脂質などにより、悪性腫瘍動脈硬化症心臓病脳梗塞を含む多くの病気や老化が引き起こされる。

ペトカウは人工膜のみでなく、幹細胞膜、白血球膜などを含む生体膜を使った実験でも同様の結果を得ている。

人体中の SOD などの酵素や食物中のビタミンミネラル類などの抗酸化物質は、活性酸素に対する防御機能があり、被曝後の影響を低減させる可能性がある[258]

心筋細胞などにセシウム137が過剰に蓄積しやすく、心筋障害や不整脈などの心臓疾患が惹起されやすいことが指摘されている[260](詳細は「ユーリ・バンダジェフスキー」を参照のこと)。

放射線の照射により赤血球の溶血反応が発生するが、これは放射線による活性酸素の生成により脂質過酸化反応による膜の破壊によるものである。ビタミンEの投与により、放射線による赤血球の溶血や細胞小器官であるミトコンドリア、ミクロゾーム、リボゾームの脂質過酸化反応が顕著に抑制された。SOD(スーパーオキシドディスムターゼ)も同様の効果を示した[261]

例えば、味噌には放射能防御能力があることが報告されている[262][263][信頼性要検証]。動物実験では、十分に熟成した味噌ほど放射線防御作用が高いと言われている[153]

また、レスベラトロールに放射線障害を防ぐ働きがあることが、ピッツバーグ大学の Joel Greenberger のマウスを使った研究で判明している[264][信頼性要検証]

食品中の抗酸化物質

果物野菜は多量の抗酸化物質を含む。

活性酸素種の違いによって活性も異なるため抗酸化物質の測定はその物質により多様である[265][266][267]食品科学では、酸素ラジカル吸収能 (ORAC) が食品、飲料および食品添加物の抗酸化物質濃度を評価する最新の業界標準になっている[268][269]。 米国食品医薬品局(USDA)が食品中のORACの値をかつて公開していたが[270][271]、USDAは、食物に含まれる抗酸化物質の強さが体内の抗酸化作用に関連しているという証拠がないため、Selected Foods Release 2(2010)表の酸素ラジカル吸収能(ORAC)を示す表を2012年に削除した[272]。 この他にフォリン-チオカルトー試薬を用いる方法やトロロックス等価抗酸化能力分析法(TEAC法)がある[273]

抗酸化物質は野菜、果物、穀物、卵、肉、マメ、木の実などの食品に多量に含まれている[274][275]リコペンアスコルビン酸のようないくつかの抗酸化物質は長期貯蔵または長時間の調理によって分解するものがある[276][277]。一方、全粒小麦や茶などに含まれるポリフェノール系抗酸化物質は安定である[278][279]。また、野菜に含まれる数種のカロテノイド類のように抗酸化物質の生物学的利用能を増加させることもできるため調理や加工による影響は複雑である[280]。一般に、加工の過程で酸素に晒されるため、加工食品は非加工食品よりも抗酸化物質が少ない[281]

抗酸化物質 抗酸化物質が多く含まれる食品[208][282][283]
ビタミンC(アスコルビン酸) 果物野菜
ビタミンE(トコフェロール、トコトリエノール) 植物油
ポリフェノール(レスベラトロールフラボノイド コーヒー果物オリーブオイルチョコレートシナモンオレガノ赤ワイン
カロテノイド(リコペン、カロテン、ルテイン 果物、野菜、卵[284]

その他のビタミンは体内で合成させる。例えば、ユビキノール(補酵素Q)は腸で吸収されにくく、ヒトではメバロン酸経路にて合成される[65]。また、グルタチオンはアミノ酸から合成される。グルタチオンは腸ではシステイングリシングルタミン酸に分解されてから吸収されるため、グルタチオンの経口投与は体内のグルタチオン濃度にはほとんど影響がない[285][286]アセチルシステインのような含硫アミノ酸が高濃度であることによりグルタチオンが増加するが[287]、グルタチオン前駆体を多く摂取することが成人健常者において有益であるという根拠はない[288]。前駆体を多く摂取することは急性呼吸窮迫症候群蛋白エネルギー栄養障害の治療、もしくはアセトアミノフェンオーバードースによって生じる肝臓障害の予防に役立つと考えられている[287][289]

食品中のある成分は酸化促進剤(プロオキシダント)として作用することにより抗酸化物質の含有量を経時的に低減させることがある。抗酸化物質が消耗した食品を摂取することで酸化ストレスが惹起される時には、身体は抗酸化防衛能を高めるように反応することがある[226]イソチオシアン酸クルクミンなどは異常細胞の癌性細胞への変質を遮断したり、既存の癌細胞を殺したりする予防についての機能性化学種であると考えられている[226][290]

飲み物 抗酸化能 (n mol/mL)[291]
赤ワイン 172 - 267
白ワイン 147 - 214
ビール 12.3 - 17.0
日本酒 0
コーヒー 23.6
緑茶 16.8 - 27.8
ほうじ茶 11.8 - 17.3
紅茶 5.5
昆布茶 0

各種飲み物の抗酸化能を調査した中で、赤白双方のワインの抗酸化能が高いと報告した例がある[291]

食品添加物

抗酸化物質は食品の劣化を防ぐ食品添加物として使われている。食品は主に酸素日光が酸化の要因になるため、暗所で保管し容器で密閉して保存するが、酸素は植物の呼吸にも必要で、植物性の素材を嫌気性の環境におくとその香りや色が劣化する[292]。そのため、果物および野菜には8%未満の酸素を含ませて包装している。冷凍・冷蔵食品は、細菌類・類による劣化よりも、酸化の方が比較的早く進むため抗酸化物質は保存料の一つとして重要である[293]。これらの保存料には天然の抗酸化物質ではアスコルビン酸 (AA, E300) やトコフェロール類 (E306)、合成された抗酸化物質では没食子酸プロピル (PG, E310)、tert-ブチルヒドロキノン (TBHQ)、ブチル化ヒドロキシアニソール (BHA, E320)、ブチル化ヒドロキシトルエン (BHT, E321) が含まれる[294][295]

栄養学や食品科学の分野では、酸化による攻撃対象となる成分は不飽和脂肪が、特に問題とされる。すなわち微量でも酸化により悪臭を持つようになり[296]、ついには毒性を持つに至る[297]。酸化した脂肪は大抵は変色し、金属または硫黄臭のような不快な風味を持つようになるため、特に脂肪が多い食品の酸化を防止することは重要である。ゆえに保存加工の方法として(大量の酸素に晒すことになる)通風乾燥させることはほとんどない。代わりに密閉され酸素が少ない環境での加工である薫製塩漬け発酵が使われる。果物など脂肪が少ないものは空気乾燥する前に硫黄を含む酸化防止剤(抗酸化物質)が噴霧される。酸化は金属によって触媒されるため、バターなどの脂肪製品は金属製容器で保存してはならない。オリーブオイルなどいくつかの脂肪食品は天然の抗酸化物質により酸化から保護されているが、光酸化には過敏なままである[298]。また、抗酸化物質の保存料は脂肪をベースとした口紅モイスチャーなどの化粧品にも添加されている。

工業での利用

抗酸化物質は頻繁に工業製品に添加される。主に燃料潤滑油の安定剤として用いられ、ガソリンが重合してエンジンが目詰まりを起こすのを防ぐ[299]2007年現在、工業的抗酸化剤の世界市場は約88万トンである。これは約37億米ドル(24億ユーロ)の市場規模である[300]

抗酸化物質はゴムプラスチック接着剤などポリマー製品の強度や柔軟性の低下の原因となる酸化分解の防止のために広く用いられる[301]天然ゴムポリブタジエンなどのポリマーはその主鎖に二重結合を含み、酸化やオゾン分解の影響を受けやすい。これらは抗酸化物質で保護することが可能である。また、紫外線は結合を壊すことによりフリーラジカルを作り出すため、酸化と紫外線劣化は強く関係している。フリーラジカルは酸素と反応することによりペルオキシラジカルが生成し、連鎖反応を起こし、さらなる製品の劣化を引き起こす。そのほか、ポリプロピレンポリエチレンも酸化の影響を受ける。前者は繰り返し単位中に一級炭素原子二級炭素原子三級炭素原子が存在するが、フリーラジカルになったときの安定性が最も高い「三級炭素原子」が攻撃を受ける。ポリエチレンの酸化は低密度ポリエチレンの分枝部分(三級炭素原子)など、結合の弱い部分で起こる傾向がある。

燃料添加剤 構成物質[302] 製品[302]
AO-22 N,N '-ジ-2-ブチル-1,4-フェニレンジアミン タービン油、変圧器油油圧油、ワックス、潤滑油
AO-24 N,N '-ジ-2-ブチル-1,4-フェニレンジアミン 低温油
AO-29 2,6-ジ-tert-ブチル-4-メチルフェノール タービン油、変圧器油、油圧油、ワックス、潤滑油、ガソリン
AO-30 2,4-ジメチル-6-tert-ブチルフェノール ジェット燃料、ガソリン(航空機用ガソリンを含む)
AO-31 2,4-ジメチル-6-tert-ブチルフェノール ジェット燃料、ガソリン(航空機用ガソリンを含む)
AO-32 2,4-ジメチル-6-tert-ブチルフェノール
2,6-ジ-tert-ブチル-4-メチルフェノール
ジェット燃料、ガソリン(航空機用ガソリンを含む)
AO-37 2,6-ジ-tert-ブチルフェノール ジェット燃料、ガソリン。
航空機用ガソリンへの添加が広く承認されている

抗酸化物質に関わる年表

抗酸化物質関連年表[26]

  • 1818年 L.テナールによりカタラーゼ作用が発見される。(1900年 O.レープによりカタラーゼと命名)
  • 1921年 F.G.ホプキンスによりグルタチオンが酵母から分離発見される。
  • 1922年 H.M.エバンスによりシロネズミの不妊が、飼料に植物油を混ぜると回復することが発見される。(1923年に B.シュアがビタミンE と命名)
  • 1929年 C.エイクマン、F.G.ホプキンスらが「抗神経炎(V.B群)/成長促進 (V.E) ビタミンの発見」でノーベル生理学・医学賞を受賞。
  • 1932年 C.G.キングによりレモンからアスコルビン酸が分離発見される。
  • 1936年 H.M.エバンスにより小麦胚芽油から α-トコフェロールが分離発見される。
  • 1955年 H・テオレルが「酸化酵素の性質および作用機序の発見」でノーベル生理学・医学賞を受賞。
  • 1956年 D.ハーマンが「フリーラジカル仮説」を提唱する[303]。(活性酸素による生体傷害の最初の提唱)
  • 1957年 K.シュワルツ、C.Mフォルツらによりセレンが動物の必須ミネラルであり、ビタミンE所要量との関連を指摘する。
  • 1969年 J.M.マッコード、I.フリドビッチらによりスーパーオキシドディスムターゼ (SOD) が発見される[304]
  • 1978年 P.ミッチェル「生体膜におけるエネルギー転換の研究」(ミトコンドリアの電子伝達系の解明;1961年 - )によりノーベル化学賞を受賞。

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  • 大西鐘壽「酸素代謝の適応生理」『小児科』第41巻第0号、2000年、2265-2289頁、NAID 50001298928 
  • ニック・レーン英語版 Oxygen: The Molecule That Made the World (Oxford University Press, 2003) ISBN 0-19-860783-0
  • Barry Halliwell and John M.C. Gutteridge Free Radicals in Biology and Medicine(Oxford University Press, 2007) ISBN 0-19-856869-X
  • Jan Pokorny, Nelly Yanishlieva and Michael H. Gordon Antioxidants in Food: Practical Applications (CRC Press Inc, 2001) ISBN 0-8493-1222-1

関連項目

外部リンク