「ハンプティ・ダンプティ」の版間の差分
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en:Humpty Dumpty 19:44, 13 January 2014(UTC) を翻訳。「認知科学への応用」節は出典なく、翻訳元の英語版からも消滅しているので除去した タグ: サイズの大幅な増減 |
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{{otheruses|ハンプティ・ダンプティ}} |
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<!--英語版ウィキペディア“[[w:Humpty Dumpty]]”19:43, 18 May 2005 の版から訳出--> |
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| title = ハンプティ・ダンプティ |
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| caption = W.W.デンスロウによるイラスト。1904年。 |
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'''ハンプティ・ダンプティ'''({{lang-en-short|Humpty Dumpty}})は、[[ |
'''ハンプティ・ダンプティ'''({{lang-en-short|Humpty Dumpty}})は、英語の[[童謡]]([[マザーグース]])のひとつであり、またその童謡に登場するキャラクターの名前である。童謡のなかではっきり明示されているわけではないが、このキャラクターは一般に擬人化された卵の姿で親しまれており、英語圏では童謡自体とともに非常にポピュラーな存在である。この童謡のもっとも早い文献での登場は18世紀後半の[[イングランド]]で出版されたもので、メロディは[[1870年]]、{{仮リンク|ジェイムズ・ウィリアム・エリオット|en|James William Elliott}}がその著書『わが国の童謡と童歌』において記録したものが広く用いられている。童謡の起源については諸説あり、はっきりとはわかっていない。 |
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もともとは[[なぞなぞ]]歌であったと考えられるこの童謡とキャラクターは、[[ルイス・キャロル]]の『[[鏡の国のアリス]]』(1872年)をはじめとして、様々な文学作品や映画、演劇、音楽作品などにおいて引用や言及の対象とされてきた。[[アメリカ合衆国]]においては、俳優{{仮リンク|ジョージ・L・フォックス|en|George L. Fox}}が[[パントマイム (イギリス)|パントマイム劇]]の題材に用いたことをきっかけに広く知られるようになった。現代においても児童向けの題材として頻繁に用いられるばかりでなく、「ハンプティ・ダンプティ」はしばしば危うい状況や、ずんぐりむっくりの人物を指す言葉としても用いられている。 |
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<blockquote> |
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''Humpty Dumpty sat on a wall.''<br /> |
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''Humpty Dumpty had a great fall.''<br /> |
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''All the king's horses and all the king's men''<br /> |
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''couldn't put Humpty together again.'' |
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</blockquote> |
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<blockquote> |
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ハンプティ・ダンプティが 塀の上<br /> |
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ハンプティ・ダンプティが おっこちた<br /> |
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王様の馬みんなと 王様の家来みんなでも<br /> |
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ハンプティを元に 戻せなかった |
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</blockquote> |
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== 詞とメロディ == |
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実際には、詩の中でハンプティ・ダンプティが卵であると明言されているわけではない。[[1810年]]に印刷されたこの詩の初版によれば、この詩は[[なぞなぞ]]であり、「ハンプティ・ダンプティ」を背の低い不器用者とする[[18世紀]]の俗語としての用法は、誤用であるとしている<ref>卵と違い、不器用者は塀から転落しても回復不能な損害を負ったりはしない。</ref>。現在では「卵」という解答が非常に知られているために、もはやこの詩がなぞなぞとして扱われることはない。[[民俗学者]]により、[[フランス語]]の「ブール・ブール」(Boule Boule)や[[スウェーデン語]]の「チル・リル」(Thille Lille)などの多言語における似たようななぞなぞが記録されているが、これらは英語の「ハンプティ・ダンプティ」ほど広く知られてはいない。 |
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[[File:Humpty Dumpty 1 - WW Denslow - Project Gutenberg etext 18546.jpg|thumb|190px|W.W.デンスロウのマザーグース物語集(1902年)の1ページ。ここではなぞなぞ歌として、「卵」という答えとともに童謡の詞が記載されている。]] |
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現代においては一般に以下の形の詞が知られている。 |
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{{quote|<poem>Humpty Dumpty sat on a wall, |
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==詩への言及== |
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Humpty Dumpty had a great fall. |
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[[Image:Humpty Dumpty Tenniel.jpg|right|200px|thumb|『鏡の国のアリス』の挿絵より、[[ジョン・テニエル]]筆によるハンプティ・ダンプティ]] |
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All the king's horses and all the king's men |
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[[File:Peter Newell - Through the looking glass and what Alice found there 1902 - page 110.jpg|right|200px|thumb|ハンプティ・ダンプティ]] |
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Couldn't put Humpty together again.<ref name=OpieA213215>I. and P. Opie, eds, ''The Oxford Dictionary of Nursery Rhymes'' (Oxford: Oxford University Press, 1997), ISBN 978-0-19-860088-6, pp. 213–5. </ref></poem>}} |
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[[File:Denslow's Humpty Dumpty 1904.jpg|right|200px|thumb|ハンプティ・ダンプティ]] |
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[[File:Humpty Dumpty 1 - WW Denslow - Project Gutenberg etext 18546.jpg|right|200px|thumb|ハンプティ・ダンプティ]] |
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ハンプティ・ダンプティは、[[ルイス・キャロル]]の『[[鏡の国のアリス]]』にも登場し、アリスと[[意味論]]についての議論を交わす。 |
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{{quote|<poem>ハンプティ・ダンプティが塀に座った |
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<blockquote> |
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ハンプティ・ダンプティが落っこちた |
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「わたしは言葉を使うときに」ハンプティは、いささか威張りくさった口調で言いました。「自分がえらんだ意味だけで使うのだ――それ以上でも以下でもなく」 |
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王様の馬と家来の全部がかかっても |
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</blockquote> |
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ハンプティを元に戻せなかった</poem>}} |
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AABBの脚韻のパターンをもつ一組の四行連の詩であり、韻律は童謡においてよくつかわれる[[トロキー]]である<ref>J.Smith, ''Poetry Writing'' (Teacher Created Resources, 2002), ISBN 0-7439-3273-0, p. 95.</ref><ref>P. Hunt, ed., ''International Companion Encyclopedia of Children's Literature'' (London: Routledge, 2004), ISBN 0-203-16812-7, p. 174.</ref>。詞はもともとは「[[卵]]」をその答えとするなぞなぞ歌として作られたものと考えられるが、その答えが広く知れ渡っているため、現在ではなぞなぞとして用いられることはほとんどない<ref>鳥山淳子 『映画の中のマザーグース』 スクリーンプレイ、1996年、ISBN 4894071428、54頁。</ref>。メロディーは一般に、作曲家であり童謡収集家だった{{仮リンク|ジェイムズ・ウィリアム・エリオット|en|James William Elliott}}が、その著書『わが国の童謡と童歌』 (ロンドン、1870年)において記したものが使われている<ref>J. J. Fuld, ''The Book of World-Famous Music: Classical, Popular, and Folk'' (Courier Dover Publications, 5th edn., 2000), ISBN 0-486-41475-2, p. 502.</ref>。童謡とそのヴァリエーションを番号をつけて編纂している{{仮リンク|ラウド・フォークソング・インデックス|en|Roud Folk Song Index}}においては13026番に記録されている<ref>[http://library.efdss.org/cgi-bin/query.cgi?index_roud=on&cross=off&type=Song&access=off&op_9=or&field_9=&op_12=or&field_12=&op_13=or&field_13=&op_14=or&field_14=&op_15=or&field_15=&op_47=or&field_47=&op_16=or&field_16=&op_0=or&field_0=&op_17=or&field_17=&op_10=or&field_10=&op_11=or&field_11=&op_18=or&field_18=&op_19=or&field_19=&op_20=or&field_20=&op_21=or&field_21=&op_22=or&field_22=&op_23=or&field_23=&op_24=or&field_24=&op_5=or&field_5=&op_25=or&field_25=&op_26=or&field_26=&fieldshow=single&op=precise&query=%22humpty+dumpty%22&field=9&output=Record&length=5&submit=Submit+query "Searchable Intel database"], ''English Folk Song and Dance Society'', retrieved 18 June 2012.</ref>。 |
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またハンプティは同じく『鏡の国のアリス』で、[[ジャバウォックの詩]]にある難解な単語に対して彼流の解釈を行う。 |
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『[[オックスフォード英語辞典]]』によれば、「ハンプティ・ダンプティ」(Humpty Dumpty)という言葉は、17世紀においては[[ブランデー]]を[[エール]]と一緒に煮た飲み物の名称として用いられていた<ref name=OpieA213215/>。さらに18世紀になると「ずんぐりむっくり」を意味するスラングとしての用法も現われている。ここから「ハンプティ・ダンプティ」の語は、おそらく上述のなぞなぞにおける一種のミスディレクションとしてこの童謡に採用されたものと考えられる。この想定の上に立てばこのなぞなぞは、「ハンプティ・ダンプティ」がもし「ずんぐりむっくりの人間」のことであるならば、塀から落ちたとしても大きな怪我を負うはずはないだろう、という想定を根拠として成り立っているということになる<ref>E. Partridge and P. Beale, ''Dictionary of Slang and Unconventional English'' (Routledge, 8th edn., 2002), ISBN 0-415-29189-5, p. 582.</ref>。 |
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[[ライマン・フランク・ボーム]]の『Mother Goose in Prose』では、このなぞなぞはハンプティの死と、彼を救おうとする家来たちの試みを目撃した、王様の娘によって考え出される。 |
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またhumpには「こぶ」という意味があるほかにこれだけで「ずんぐりむっくり」を表すことがあり、dumpには「どしんと落ちる」という意味もあるため、Humpty Dumptyという名前の中にすでに「ずんぐりしたものがどしんと落ちる」という出来事が暗示されていると考えることもできる(後述の『鏡の国のアリス』には、ハンプティ・ダンプティが「僕の名前は僕の形をそのまま表している」と述べる場面がある)<ref name=CORRECTION>藤野紀男・夏目康子 『マザーグース・コレクション100』 ミネルヴァ書房、2004年、ISBN 978-4623039203、2-3頁。</ref>。このほか、HumptyはHumphreyという名前に通じる一方、DumptyはHumphreyの愛称であるDumphyやDumpに似ているという指摘もある<ref name=CORRECTION/>。 |
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== 原型 == |
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ハンプティ・ダンプティの原型については諸説ある。 |
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「ハンプティ・ダンプティ」と同様のなぞなぞ歌は、民俗学者によって英語以外の言語においても記録されている。フランス語の "Boule Boule"(ブール・ブール)、スウェーデン語・ノルウェー語の "Lille Trille"(リル・トリル)、ドイツ語圏の "Runtzelken-Puntzelken"(ルンツェルケン・プンツェルケン)または "Humpelken-Pumpelken"(フンペルケン・プンペルケン)といったものであるが、いずれも英語圏におけるハンプティ・ダンプティほどに広く知られているものではない<ref name=OpieA213215/>。 |
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* イギリスの[[イースト・アングリア]]観光局発行のパンフレットによれば、ハンプティ・ダンプティは[[清教徒革命]]時の強力な[[大砲]]であった。この大砲は[[1648年]]夏の包囲戦で[[コルチェスター]]を防衛するために、セント・メアリーズ・アト・ザ・ウォール教会の頂部に設置された。コルチェスターは議会派の拠点であったが、国王派の手に落ち、11週間に渡って占拠された。教会塔は敵軍に破壊され、吹き飛ばされた頂部から「ハンプティ」は地面に転がり落ちた。当然ながら、王様の家来(「家来」とは歩兵であり、「馬」とは騎兵のことと思われる)は、彼(ハンプティ)を修繕しようと試みたが、その試みは徒労に終わった。コルチェスターを訪れる者は、"Balkerne Hill"の頂上へと続く道の左手に、再建された教会塔を見ることができる。 |
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=== 古形 === |
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* 別の説によれば、ハンプティ・ダンプティは「せむしの君主」とあだ名されたイギリス国王[[リチャード3世 (イングランド王)|リチャード3世]]と彼の愛馬ウォールに由来する。[[ボズワースの戦い]]において、リチャード3世はウォールから転がり落ちて微塵(みじん)に刻まれたと伝えられている(しかしながら、[[シェイクスピア]]の戯曲はリチャード3世をせむし=脊椎後弯(せきついこうわん)に描いているものの、他の史料は彼が脊椎後弯でなかったことを示唆している)。 |
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[[File:MotherGooseHumptyDumpty.jpg|thumb|190px|『マザーグースの童謡集』(1877年)より、[[ウォルター・クレイン]]が描いたハンプティ・ダンプティのイラスト。この例のように人間の姿で描かれることもある。]] |
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この童謡が記録されている最古の文献は、作曲家{{仮リンク|サミュエル・アーノルド|en|Samuel Arnold (composer)}}による[[1797年]]の著書『少年少女の娯楽』である。この文献においては、童謡は以下のような形の詞になっている。 |
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{{quote|<poem> Humpty Dumpty sat on a wall, |
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* ハンプティ・ダンプティは、[[掘割]]を渡ったり城壁を乗り越えるのに使われた、[[テステュード]]と呼ばれる古代ローマの[[攻城兵器]]に由来するとも言われる。同説によれば、ハンプティ・ダンプティは、この兵器の亀甲状の外見と車輪の騒音に由来する。 |
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Humpty Dumpty had a great fall. |
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Four-score Men and Four-score more, |
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Could not make Humpty Dumpty where he was before.<ref name=OpieA213215/></poem>}} |
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{{quote|<poem>ハンプティ・ダンプティが塀に座った |
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== 認知科学への応用 == |
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ハンプティ・ダンプティが落っこちた |
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この童謡の類音[[フランス語]]から構成された表音上の変化形は、ヒューマン・コミュニケーションでの[[複雑性]]の例証として、[[ソフトウェア開発]]における、[[システム解析]]、[[ナレッジマネジメント]]、リクワイアメントマネジメントの分野でも活用されている。この例証は2か国語間あるいは近2か国語間の環境において、暗黙知の口頭言語の世界から、明示知の記述言語の世界への交雑に関わる問題点を示すのに有用である。 |
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四人の男にさらに四人が加わっても |
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ハンプティ・ダンプティをもといたところに戻せなかった</poem>}} |
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[[1803年]]に出版された『マザー・グースのメロディ』の原稿には、より遅い時代に現われた、次のような別の最終行のヴァージョンが書き留められている。"Could not set Humpty Dumpty up again"(ハンプティ・ダンプティをまた立たせることはできなかった<ref name=OpieA213215/>)。『ガートンおばさんの花輪(詩文集)』の[[1810年]]の版では以下のような詞になっている。 |
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{{quote|<poem>Humpty Dumpty sate{{ママ}} on a wall, |
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Humpti Dumpti{{ママ}} had a great fall; |
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Threescore men and threescore more, |
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Cannot place Humpty dumpty as he was before.<ref>Joseph Ritson, [http://books.google.com/books?id=XtAqAAAAYAAJ&printsec=frontcover&source=gbs_navlinks_s#v=onepage&q=&f=false ''Gammer Gurton's Garland: or, the Nursery Parnassus; a Choice Collection of Pretty Songs and Verses, for the Amusement of All Little Good Children Who Can Neither Read Nor Run''] (London: Harding and Wright, 1810), p. 36.</ref></poem>}} |
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{{quote|<poem>ハンプティ・ダンプティが塀に座った |
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ハンプティ・ダンプティが落っこちた |
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三人の男にさらに三人が加わっても |
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ハンプティ・ダンプティをもとのところに戻せなかった</poem>}} |
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{{仮リンク|ジェイムズ・ハリウェル=フィリップス|label=ジェイムズ・オーチャード・ハリウェル|en|James Halliwell-Phillipps}}が[[1842年]]に出版した童謡集では以下の形のものが収録されている。 |
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{{quote|<poem>Humpty Dumpty lay in a beck. |
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With all his sinews around his neck; |
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Forty Doctors and forty wrights |
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Couldn't put Humpty Dumpty to rights!<ref>J. O. Halliwell-Phillipps, ''The Nursery Rhymes of England'' (John Russell Smith, 6th edn., 1870), p. 122.</ref></poem>}} |
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{{quote|<poem>ハンプティ・ダンプティが小川に寝た |
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自分のすべての筋を首の周りに集めて |
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すると四人の医者と四人の職人にも |
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ハンプティ・ダンプティを立たせられなかった</poem>}} |
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== 起源をめぐる説 == |
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[[File:Richard III earliest surviving portrait.jpg|thumb|190px|ハンプティ・ダンプティはリチャード三世を指しているという説もある]] |
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前述のようにもともとなぞなぞ歌のひとつとして作られた歌と考えられるが、この童謡が特定の歴史的な事件を指し示す歌であったとする説も多く存在する。よく知られているものの一つは、キャサリン・エルウェス・トーマスが1930年に提唱したもので<ref>E. Commins, ''Lessons from Mother Goose'' (Lack Worth, Fl: Humanics, 1988), ISBN 0-89334-110-X, p. 23.</ref>、「ハンプティ・ダンプティ」がヨーク朝最後の王[[リチャード3世 (イングランド王)|リチャード三世]]を指しているという説である。リチャード三世は[[せむし]](humpback) であった言われており、彼は[[薔薇戦争]]の最後の[[ボズワースの戦い]]において、その軍勢にも関わらずリッチモンド伯ヘンリー・テューダー(のちの[[ヘンリー7世 (イングランド王)|ヘンリー7世]])に敗れて戦死している。ただし、せむしを示す言葉である「humpback」という英語は18世紀以前には記録されておらず、また童謡とリチャード三世を結びつける直接的な史料も見つかっていない<ref>J. T. Shipley, ''The Origins of English Words: A Discursive Dictionary of Indo-European Roots'' (JHU Press, 2001), ISBN 0-8018-6784-3, p. 127.</ref>。 |
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ほかにも、ハンプティ・ダンプティは「トータイズ」(tortoise)という、[[イングランド内戦]]時に使われた[[攻城兵器]]を指しているという説もある。骨組みに装甲を施したこの兵器は、[[1643年]]のグロスターの戦いにおいてグロスター市の城壁を攻略するのに用いられたが、この作戦は失敗に終わっている。この説は1956年2月16日の『オックスフォード・マガジン』において{{仮リンク|デイヴィッド・ドーブ|en|David Daube}}が提示したもので、この戦いについての同時代の記述に基づいて立てられており、発表当時は学会から喝采を浴びたが<ref>Alan Rodger. "Obituary: Professor David Daube". ''The Independent'', March 5, 1999.</ref>、在野からは「発明それ自体のためになされた発明」("ingenuity for ingenuity's sake") でありでっちあげだとして批判を受けた<ref>I. Opie, 'Playground rhymes and the oral tradition', in P. Hunt, S. G. Bannister Ray, ''International Companion Encyclopedia of Children's Literature'' (London: Routledge, 2004), ISBN 0-203-16812-7, p. 76.</ref><ref>Opie & Opie (1997), p. 254.</ref>。この説についても、やはり童謡との直接的なつながりを示すような史料は見つかっていないが<ref>Nursery Rhymes and History", ''The Oxford Magazine'', vol. 74 (1956), pp. 230–32, 272–74 and 310-12; reprinted in: Calum M. Carmichael, ed., ''Collected Works of David Daube'', vol. 4, "Ethics and Other Writings" (Berkeley, CA: Robbins Collection, 2009), ISBN 978-1-882239-15-3, pp. 365–66.</ref>、この説は[[リチャード・ロドニー・ベネット]]による子供向けのオペラ『オール・ザ・キングスメン』(1969年初演)で採用されたため一般にも広く知られることとなった<ref>Carmichael, C. M. (2004). ''Ideas and the Man: remembering David Daube''. Studien zur europäischen Rechtsgeschichte 177. Frankfurt: Vittorio Klostermann. pp. 103–104. ISBN 3-465-03363-9.</ref><ref>{{cite web |accessdate=18 September 2012 |url=http://www.universaledition.com/Sir-Richard-Rodney-Bennett/composers-and-works/composer/47/work/1081/work_introduction |
|||
|title=Sir Richard Rodney Bennett: All the King's Men |
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|publisher=Universal Edition |year=}}</ref>。 |
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[[コルチェスター]]の観光局のウェブサイトでは、1996年以降、「ハンプティ・ダンプティ」の起源が[[1648年]]の[[コルチェスターの戦い]]にあるという解説を掲載している<ref name=BSHistorian>[http://bshistorian.wordpress.com/2008/10/11/putting-the-dump-in-humpty-dumpty/ "Putting the 'dump' in Humpty Dumpty"] ''The BS Historian''. Retrieved 22 February 2010.</ref>。この解説によれば、当時城壁に囲まれた街であったコルチェスターの聖マリア教会(St Mary-at-the-Wall)の壁の上には、王党派の防護兵によって巨大な大砲が一つ据えられており、この大砲が周囲から「ハンプティ・ダンプティ」という愛称で呼ばれていた。しかし議会派からの砲撃によってこの壁が崩れると「ハンプティ・ダンプティ」は壁の上から転げ落ちてしまい、その巨大さのため何人かかっても再び起こして設置しなおすことができなかったのだという(「ハンプティ・ダンプティをもとにもどせなかった」)。 |
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2008年に出版された『イタチがとびだした ―童謡に隠された意味』において著者の{{仮リンク|アルバート・ジャック|en|Albert Jack}}は、このコルチェスターの説を裏付ける二つの詩を「ある古い書物」から発見したと報告した<ref>A. Jack, ''Pop Goes the Weasel: The Secret Meanings of Nursery Rhymes'' (London: Allen Lane, 2008), ISBN 1-84614-144-3.</ref>。しかし彼が紹介した詩の韻律は、いずれも17世紀のものでもなければこれまでに存在が確認されているいかなる韻律とも合致せず、またその内容も「王様の馬と家来」に言及していない、古いヴァージョンの「ハンプティ・ダンプティ」には合致しないことが指摘されている<ref name=BSHistorian/>。 |
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== 引用・言及 == |
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=== 『鏡の国のアリス』 === |
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{{see also|鏡の国のアリス|鏡の国のアリスのキャラクター}} |
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[[File:Humpty Dumpty Tenniel.jpg|thumb|200px|『鏡の国のアリス』より、ジョン・テニエルが描いたハンプティ・ダンプティ]] |
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ハンプティ・ダンプティは、[[ルイス・キャロル]]の児童小説『[[鏡の国のアリス]]』(1872年)に登場するキャラクターの一人としてもよく知られている。この作品では、鏡の国に迷い込んでしまった少女[[アリス (不思議の国のアリス)|アリス]]に対し、塀の上に座ったハンプティ・ダンプティは尊大な態度で言葉というものについて様々な解説を行う<ref>F. R. Palmer, ''Semantics'' (Cambridge: Cambridge University Press, 2nd edn., 1981), ISBN 0-521-28376-0, p. 8.</ref>。 |
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<blockquote> |
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「「名誉」という言葉をあなたがどういう意味で使っているのか、よくわからないわ」アリスが言いました。<br> |
|||
するとハンプティ・ダンプティは馬鹿にしたような笑いを顔に浮かべました。「もちろんわからないだろうさ、僕が説明しないかぎりね。僕は「もっともだと言って君が降参するような素敵な理由がある」という意味で「名誉だ」と言ったんだよ!」<br> |
|||
「でも、「名誉」という言葉に「もっともだと言って君が降参するような素敵な理由がある」なんて意味はないわ」アリスは抗議しました。<br> |
|||
「僕が言葉を使うときはね」とハンプティ・ダンプティはあざけるように言いました「その言葉は、僕がその言葉のために選んだ意味を持つようになるんだよ。僕が選んだものとぴったり、同じ意味にね」<br> |
|||
「問題は」とアリスは言いました「あなたがそんなふうに、言葉たちにいろんなものをたくさんつめこむことができるのかということだわ」<br> |
|||
「問題は」とハンプティ・ダンプティが言いました「僕と言葉のうちのどちらが相手の主人になるかということ、それだけさ」<br> |
|||
アリスが困ってしまって何も言えなくなると、少ししてハンプティ・ダンプティが続けました「言葉っていうのはね、それぞれに気性があるものなんだ。あいつらのいくらかは、とりわけ動詞はだが、とても高慢ちきだ。形容詞だったら君にでもどうにかなるかもしれないが、動詞は無理だね。でも僕なら大丈夫、なんでもござれさ!」<ref>L. Carroll, ''Through the Looking-Glass'' (Raleigh, NC: Hayes Barton Press, 1872), ISBN 1-59377-216-5, p. 72.</ref> |
|||
</blockquote> |
|||
以上のくだりは、[[貴族院 (イギリス)|イギリス貴族院]]が法令文書の意味を捻じ曲げたことの是非をめぐってなされた[[:en:Liversidge v Anderson|Liversidge v. Anderson [1942]]]の判決において裁判官ロード・アトキンによって引用された部分である<ref>{{cite book |first=G. |last=Lewis |title=Lord Atkin |location=London |publisher=Butterworths |year=1999 |isbn=1-84113-057-5 |page=138 }}</ref>。その後の行政の自由裁量をめぐる議論において大きな影響力を持ったイギリスのこの判決のほか、上記の場面はアメリカ合衆国でも裁判の法廷意見においてしばしば引用されており、ウエストローのデータベースによれば2008年4月19日の時点までに、2件の最高裁における事例を含む250件の判決で同様の引用が記録されている<ref>Martin H. Redish and Matthew B. Arnould, [http://www.floridalawreview.com/wp-content/uploads/2-Redish_Arnould_BOOK.pdf "Judicial review, constitutional interpretation: proposing a 'Controlled Activism' alternative"], ''Florida Law Review'', vol. 64 (6), (2012), p. 1513.</ref>。 |
|||
またA. J. Larnerは、以下の場面をもとにキャロルのハンプティ・ダンプティを[[相貌失認]]と結びつけて論じている。 |
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<blockquote> |
|||
「顔っていうのは、それで一人一人の見分けができるものよ、ふつう」アリスは考え深く意見しました。<br>「そこがまさに僕が不満を言いたいところなんだよ」ハンプティ・ダンプティは言いました「君の顔は他の人たちの顔といっしょじゃないか、こう目が二つあって(親指で空中に目の場所を示しながら)、それで真ん中に鼻だろ、口はその下だ。いつもおんなじ。たとえば片側にだけ目が二つあるとかさ、口がてっぺんにあるとか、そんなふうにしてくれたら見分けるのに少しは助けになるんだけど。」<ref>{{cite journal |first=A. J. |last=Larner |title=Lewis Carroll's Humpty Dumpty: an early report of prosopagnosia? |journal=Journal of Neurol Neurosurg Psychiatry |volume=75 |issue=7 |year=1998 |pages=1063 |doi=10.1136/jnnp.2003.027599 |pmc=1739130 |pmid=15201376}}</ref> |
|||
</blockquote> |
|||
=== その他の創作作品 === |
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フランス語における変化形の1つを以下に示す。 |
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{{Quotation|<poem> |
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注:以下、引用例は膨大でキリがないため、作品そのものに大きく関わるモチーフとして取り上げられている作品のみに限定している。 |
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{{lang|fr|''Homme petit d'homme petit, s'attend, n'avale'' |
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''Homme petit d'homme petit, à degrés de bègues folles'' |
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[[File:PunchandJudyComicsV01-0130.jpg|thumb|190px|アメリカ合衆国の漫画雑誌『パンチ&ジュディコミックス』に掲載されたハンプティ・ダンプティの漫画(作者不詳、1944年)]] |
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''Anal deux qui noeuds ours, anal deux qui noeuds s'y mènent'' |
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ハンプティ・ダンプティは英語圏においては非常にポピュラーな存在であり、『鏡の国のアリス』のほかにも多くの文学作品でキャラクターとして登場したり、詩の引用が行われたりしている。例えば[[ライマン・フランク・ボーム]]の『散文のマザーグース』(1901年)においては、「ハンプティ・ダンプティ」のなぞなぞ歌は実際にハンプティ・ダンプティの「死」を目撃したお姫様によって作り出される<ref>L. Frank Baum, ''Mother Goose in Prose'' (Mineola, NY: Courier Dover, 2002), ISBN 0-486-42086-8, pp. 207–20.</ref>。[[ニール・ゲイマン]]の初期の短編作品「二十四羽の黒つぐみ事件」では、ハンプティ・ダンプティの物語は[[フィルム・ノワール]]風のハードボイルド作品に脚色されている(この作品ではまた[[クック・ロビン]]や[[ハートの女王]]など、[[マザー・グース]]でおなじみのキャラクターが多数登場する)<ref>Neil Gaiman, ''The Case of the Four and Twenty Blackbirds'', first published in 1984 in [[Knave (magazine)|Knave]], [http://www.neilgaiman.com/p/Cool_Stuff/Short_Stories/The_Case_of_the_Four_and_Twenty_Blackbirds available online].</ref> 。{{仮リンク|ロバート・ランキン|en|Robert Rankin}}の『黙示録のホローチョコレート・バニー』(2002年)においては、ハンプティ・ダンプティはお伽噺のキャラクターを狙った連続殺人事件における被害者の一人である<ref>R. Rankin, ''The Hollow Chocolate Bunnies of the Apocalypse'' (London: Gollancz, 2009), ISBN 0-575-08543-6.</ref>。{{仮リンク|ジャスパー・フォード|en|Jasper Fforde}}は『だれがゴドーを殺したの?』(2003年)と『ビッグ・オーバーイージー』(2005年)の二作でハンプティ・ダンプティを登場させており、前者では暴動の首謀者として、後者では殺人事件の被害者としてハンプティ・ダンプティを描いている<ref>J. Fforde, ''Well of Lost Plots'' (London: Viking, 2004), ISBN 0-670-03289-1.</ref><ref>J. Fforde, ''The Big Over Easy: A Nursery Crime'' (London: Penguin, 2006), ISBN 0-14-303723-4.</ref>。キャラクターが登場するものではないが、いわゆる見立て殺人の題材に使われた例としてはヴァン・ダインの『[[僧正殺人事件]]』(1929年)があり、ここでは登場人物の一人が童謡になぞらえられて塀の上から突き落とされることによって殺されている<ref>ヴァン・ダイン 『僧正殺人事件』 井上勇訳、創元推理文庫、1959年(新版)、ISBN 4488103049。 </ref>。 |
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''Coup d'un poux tome petit tout guetteur à gaine''}} |
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</poem>|}} |
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上のフランス文が、フランス語を適切に発音するに足る充分な知識を持ってはいるが、これが童謡であると知らされていない朗誦者により、これが童謡であると知らされている聴衆に対して、ゆっくりと読み上げられた場合、朗誦者をいささか当惑させつつも、聴衆は直ちにこれがハンプティ・ダンプティの童謡であると認識するであろう。 |
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ハンプティ・ダンプティの童謡はより「真面目な」文学作品でも言及されている。例えば[[ジェイムズ・ジョイス]]の最後の小説『[[フィネガンズ・ウェイク]]』(1939年)においては、ハンプティ・ダンプティは「落ちる男」のモチーフを表現するものとして繰り返し言及される<ref>J. S. Atherton, ''The Books at the Wake: A Study of Literary Allusions in James Joyce's Finnegans Wake'' (1959, SIU Press, 2009), ISBN 0-8093-2933-6, p. 126.</ref>。[[ロバート・ペン・ウォーレン]]の『[[オール・ザ・キングスメン]]』(1946年)は、大衆主義的な地方政治家が州知事となり、やがて汚職に手を染め堕落していく様を描いた小説で、表題は「もう元にもどらない」状況を表すものとして童謡から引用されている。[[ルイジアナ州]]の上院議員[[ヒューイ・ロング]]をモデルにして書かれており、ウォーレンはこの作品で翌年の[[ピュリッツァー賞]]を受賞した。またこの小説を原作とする映画は1949年に[[アカデミー賞]]最優秀作品賞を受賞している<ref>G. L. Cronin and B. Siegel, eds, ''Conversations With Robert Penn Warren'' (Jackson, MS: University Press of Mississippi, 2005), ISBN 1-57806-734-0, p. 84.</ref>。2009年には[[ショーン・ペン]]主演でリメイク映画も制作された。同様の発想は{{仮リンク|ボブ・ウッドフォード|en|Bob Woodward}}による[[ウォーターゲート事件]]を扱った著作『オール・ザ・プレジデントメン』でも繰り返されており、この作品も[[ロバート・レッドフォード]]と[[ダスティン・ホフマン]]の主演で1976年に映画化されている<ref>M. Feeney, ''Nixon at the Movies: a Book About Belief'' (Chicago IL: University of Chicago Press, 2004), ISBN 0-226-23968-3, p. 256.</ref>。このほか[[ポール・オースター]]の処女小説『シティ・オブ・ザ・グラス』(1985年)では、ハンプティ・ダンプティは登場人物間の議論において「人間の状況のもっとも純粋な体現者」として、『鏡の国のアリス』からの長大な引用とともに言及されている<ref>P. Auster, ''The New York Trilogy'' (London: Faber, 1987). p. 81.</ref>。 |
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充分なフランス語の知識とある程度の英語の知識を持ってはいるが、ハンプティ・ダンプティの童謡を知らない人間による上の文の直訳は、以下の通りである。 |
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{{Quotation|<poem> |
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{{lang|fr|''Little man of little man, waits for himself, does not swallow '' |
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''Little man of little man, by degrees of stuttering madwomen '' |
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''Anal two that knots bears, anal two that leads '' |
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''Strike from a louse small volume any watchman with a girdle ''}} |
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(リトルマン・オブ・リトルマンは、自分を待って吸い込まない |
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リトルマン・オブ・リトルマンは、次第に口ごもる狂った女 |
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クマを結んだ肛門の2と、導く肛門の2が |
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ガードルを巻いたどんな歩哨(ほしょう)も、僅かの量のシラミから打ち付ける) |
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</poem>|}} |
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ハンプティ・ダンプティは19世紀中、アメリカ合衆国の俳優{{仮リンク|ジョージ・L・フォックス|en|George L. Fox}}の舞台において、パントマイム劇や音楽の題材にされ、ここからアメリカ合衆国でも広く知られることとなったが、ハンプティ・ダンプティは現代のポピュラー音楽においてもしばしばモチーフとして用いられている。たとえば{{仮リンク|ハンク・トンプソン|en|Hank Thompson (musician)}}の『ハンプティ・ダンプティ・ハート』(1948年)<ref>R. Kienzle, ''Southwest Shuffle: Pioneers of Honky Tonk, Western Swing, and Country Jazz'' (London: Routledge, 2003), ISBN 0-415-94103-2, p. 134.</ref>、[[モンキーズ]]の『すべての王の馬』(1966年)と[[アレサ・フランクリン]]の 『オール・ザ・キングス・ホーシズ』(1972年)(ともに原題は同じ"All the King's Horses")<ref>B. L. Cooper, ''Popular Music Perspectives: Ideas, Themes, and Patterns in Contemporary Lyrics'' (Popular Press, 1991), ISBN 0-87972-505-2, p. 60.</ref>、[[トラヴィス (バンド)|トラヴィス]]の『ハンプティ・ダンプティ・ラヴ・ソング』(2001年)<ref>{{cite web |url=http://www.amazon.com/gp/product/B002V7TL00/ref=dm_sp_alb?ie=UTF8&qid=1299347108&sr=8-1 |title=Invisible band, track #12 |publisher=[[Amazon.com]] |accessdate=5 March 2011}}</ref>などである。ジャズ音楽においては[[オーネット・コールマン]]と[[チック・コリア]]が、同じ「ハンプティ・ダンプティ」の題名でそれぞれ異なる楽曲をつくっている(ただしコリアの作品はルイス・キャロルから着想を得た1978年のコンセプトアルバム『マッド・ハッター』(1978年)のうちの一曲として作られたものである)<ref>{{cite web |url=http://www.amazon.com/dp/B00123M3J0|title=Ornette Coleman – Humpty Dumpty (LP Version)|publisher=[[Amazon.com]] |accessdate=6 July 2010}}</ref><ref>{{cite web |url=http://www.amazon.com/dp/B0000046QX |title=Chick Corea – The Mad Hatter |publisher=[[Amazon.com]] |accessdate=6 July 2010}}</ref>。 |
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== 比喩的な用法 == |
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この童謡から発展して、“Humpty Dumpty”はアメリカの俗語で「落選確実の泡沫立候補者」の意味に用いられることもある。(対義語として「当選確実の立候補者」には“Mickey Mouse”ミッキーマウスが用いられる。) |
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== 比喩として == |
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==引用作品== |
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前述のように「ハンプティ・ダンプティ」は17世紀のイギリスにおいて「ずんぐりむっくり」を指す言葉として使われていたものであったが、英語圏では現在でも童謡のキャラクターのイメージから、「ずんぐりむっくり」や頭が禿げていてつるつるしている人を言い表す言葉として用いられているほか<ref>鷲津名都江 文・監修 『マザー・グースを口ずさんで』 求龍堂グラフィックス、1995年、ISBN 978-4763095350、75頁。</ref>、童謡の内容から「非常に危なっかしい状態」あるいは「一度壊れると容易には元に戻らないもの」を指し示すための比喩としてもしばしば用いられている<ref>E. Webber and M. Feinsilber, ''Merriam-Webster's Dictionary of Allusions'' (Merriam-Webster, 1999), ISBN 0-87779-628-9, pp. 277–8.</ref>。 |
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上記『鏡の国のアリス』以外にも引用されている作品は数多く、以下に代表的な例を発表順に挙げる。 |
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*[[ヒュー・ロフティング]]著『[[ドリトル先生のサーカス]]』(1924年)の中で、ブロッサム・サーカスの団長が初対面の[[ジョン・ドリトル|ドリトル先生]]を見るなり、先生のずんぐりむっくりな体格をハンプティ・ダンプティに例える場面がある。 |
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*[[ヴァン・ダイン]]著『[[僧正殺人事件]]』(1929年)の中で、登場人物の1人がハンプティ・ダンプティの唄になぞらえられて塀の上から突き落とされて殺されている。 |
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*[[エラリー・クイーン]]著『[[フランス白粉の謎]]』(1930年)の中で、3「せむしのふさぎや 高いとこから落っこちた」、4「王さまの馬もそっくり」、5「王さまの家来もそっくり」、と各章題に用いられている。 |
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*[[エラリー・クイーン]]著『靴に棲む老婆』(1943年)の中で、太った登場人物がハンプティ・ダンプティの唄になぞらえられて殺されるのではないかと、木に登ろうとしているところを探偵[[エラリー・クイーン (探偵)|エラリー・クイーン]]が阻止しようとしている。 |
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*[[萩尾望都]]著『[[ポーの一族]]』(1972-1976年)にマザー・グースが多数引用されており、そのうちの1篇「[[メリーベルと銀のばら]]」(1973年)の中で、元に戻らないものの例えの1つとしてハンプティ・ダンプティが挙げられている。 |
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またハンプティ・ダンプティは、英語圏においては[[熱力学第二法則]]を説明する際の比喩として用いられることがある。この法則は熱量の移動の不可逆性を記述しており、[[エントロピー]]の概念と密接に関連する法則として知られているものである。この比喩に従えば、ハンプティ・ダンプティがはじめに塀の上に無事に座っている状態が「エントロピーが低い」状態、つまり乱雑さの少ない状態であり、彼が落下して自分の破片を撒き散らしてしまった状態が「エントロピーが高い」状態、すなわち乱雑さの高い状態であるということになる。そして潰れてしまったハンプティ・ダンプティを元の状態に戻すことは(完全に不可能ではないにしても)困難であり、これは孤立した[[系]]においてはエントロピーが決して低い状態に移行しないということを示している<ref name=Entropy>{{cite news|last=Chang|first=Kenneth|title=Humpty Dumpty Restored: When Disorder Lurches Into Order|url=http://www.nytimes.com/2002/07/30/science/humpty-dumpty-restored-when-disorder-lurches-into-order.html|accessdate=2013-05-02|newspaper=The New York Times|date=2002-07-30}}</ref><ref name="Entropy 2">{{cite news|last=Langston|first=Lee|title=Part III - The Second Law of Thermodynamics|url=http://www.engr.uconn.edu/pdf/HartfordCourantNIEchapter3sci10C_0708.pdf|accessdate=2013-05-02|newspaper=Hartford Courant}}</ref><ref name="Entropy 3">{{cite journal|last=Franklin|first=W.S.|title=The Second Law Of Thermodynamics: Its Basis In Intuition And Common Sense|journal=The Popular Science Monthly|date=March 1910|page=240|url=http://books.google.co.uk/books?id=WiADAAAAMBAJ&pg=PA240&lpg=PA240&dq=humpty+dumpty+thermodynamics&source=bl&ots=UobzeZanhz&sig=t_pxfXxGQNeBMNBmuFpJIZ6uRbU&hl=en&sa=X&ei=9iWDUemMFPCS0AX-zICQBw&ved=0CEkQ6AEwCQ#v=onepage&q=humpty%20dumpty%20thermodynamics&f=false|accessdate=2013-05-02}}</ref>。 |
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== 脚注 == |
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== 出典 == |
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<references/> |
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*[[鏡の国のアリスのキャラクター]] |
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*[[オール・ザ・キングスメン]] |
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== 外部リンク == |
== 外部リンク == |
2014年2月4日 (火) 10:26時点における版
「ハンプティ・ダンプティ」 | |
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Roud #13026 | |
W.W.デンスロウによるイラスト。1904年。 | |
楽曲 | |
発祥 | イギリス |
形式 | 童謡 |
言語 | 英語 |
ハンプティ・ダンプティ(英: Humpty Dumpty)は、英語の童謡(マザーグース)のひとつであり、またその童謡に登場するキャラクターの名前である。童謡のなかではっきり明示されているわけではないが、このキャラクターは一般に擬人化された卵の姿で親しまれており、英語圏では童謡自体とともに非常にポピュラーな存在である。この童謡のもっとも早い文献での登場は18世紀後半のイングランドで出版されたもので、メロディは1870年、ジェイムズ・ウィリアム・エリオットがその著書『わが国の童謡と童歌』において記録したものが広く用いられている。童謡の起源については諸説あり、はっきりとはわかっていない。
もともとはなぞなぞ歌であったと考えられるこの童謡とキャラクターは、ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』(1872年)をはじめとして、様々な文学作品や映画、演劇、音楽作品などにおいて引用や言及の対象とされてきた。アメリカ合衆国においては、俳優ジョージ・L・フォックスがパントマイム劇の題材に用いたことをきっかけに広く知られるようになった。現代においても児童向けの題材として頻繁に用いられるばかりでなく、「ハンプティ・ダンプティ」はしばしば危うい状況や、ずんぐりむっくりの人物を指す言葉としても用いられている。
詞とメロディ
現代においては一般に以下の形の詞が知られている。
Humpty Dumpty sat on a wall,
Humpty Dumpty had a great fall.
All the king's horses and all the king's men
Couldn't put Humpty together again.[1]
ハンプティ・ダンプティが塀に座った
ハンプティ・ダンプティが落っこちた
王様の馬と家来の全部がかかっても
ハンプティを元に戻せなかった
AABBの脚韻のパターンをもつ一組の四行連の詩であり、韻律は童謡においてよくつかわれるトロキーである[2][3]。詞はもともとは「卵」をその答えとするなぞなぞ歌として作られたものと考えられるが、その答えが広く知れ渡っているため、現在ではなぞなぞとして用いられることはほとんどない[4]。メロディーは一般に、作曲家であり童謡収集家だったジェイムズ・ウィリアム・エリオットが、その著書『わが国の童謡と童歌』 (ロンドン、1870年)において記したものが使われている[5]。童謡とそのヴァリエーションを番号をつけて編纂しているラウド・フォークソング・インデックスにおいては13026番に記録されている[6]。
『オックスフォード英語辞典』によれば、「ハンプティ・ダンプティ」(Humpty Dumpty)という言葉は、17世紀においてはブランデーをエールと一緒に煮た飲み物の名称として用いられていた[1]。さらに18世紀になると「ずんぐりむっくり」を意味するスラングとしての用法も現われている。ここから「ハンプティ・ダンプティ」の語は、おそらく上述のなぞなぞにおける一種のミスディレクションとしてこの童謡に採用されたものと考えられる。この想定の上に立てばこのなぞなぞは、「ハンプティ・ダンプティ」がもし「ずんぐりむっくりの人間」のことであるならば、塀から落ちたとしても大きな怪我を負うはずはないだろう、という想定を根拠として成り立っているということになる[7]。
またhumpには「こぶ」という意味があるほかにこれだけで「ずんぐりむっくり」を表すことがあり、dumpには「どしんと落ちる」という意味もあるため、Humpty Dumptyという名前の中にすでに「ずんぐりしたものがどしんと落ちる」という出来事が暗示されていると考えることもできる(後述の『鏡の国のアリス』には、ハンプティ・ダンプティが「僕の名前は僕の形をそのまま表している」と述べる場面がある)[8]。このほか、HumptyはHumphreyという名前に通じる一方、DumptyはHumphreyの愛称であるDumphyやDumpに似ているという指摘もある[8]。
「ハンプティ・ダンプティ」と同様のなぞなぞ歌は、民俗学者によって英語以外の言語においても記録されている。フランス語の "Boule Boule"(ブール・ブール)、スウェーデン語・ノルウェー語の "Lille Trille"(リル・トリル)、ドイツ語圏の "Runtzelken-Puntzelken"(ルンツェルケン・プンツェルケン)または "Humpelken-Pumpelken"(フンペルケン・プンペルケン)といったものであるが、いずれも英語圏におけるハンプティ・ダンプティほどに広く知られているものではない[1]。
古形
この童謡が記録されている最古の文献は、作曲家サミュエル・アーノルドによる1797年の著書『少年少女の娯楽』である。この文献においては、童謡は以下のような形の詞になっている。
Humpty Dumpty sat on a wall,
Humpty Dumpty had a great fall.
Four-score Men and Four-score more,
Could not make Humpty Dumpty where he was before.[1]
ハンプティ・ダンプティが塀に座った
ハンプティ・ダンプティが落っこちた
四人の男にさらに四人が加わっても
ハンプティ・ダンプティをもといたところに戻せなかった
1803年に出版された『マザー・グースのメロディ』の原稿には、より遅い時代に現われた、次のような別の最終行のヴァージョンが書き留められている。"Could not set Humpty Dumpty up again"(ハンプティ・ダンプティをまた立たせることはできなかった[1])。『ガートンおばさんの花輪(詩文集)』の1810年の版では以下のような詞になっている。
ハンプティ・ダンプティが塀に座った
ハンプティ・ダンプティが落っこちた
三人の男にさらに三人が加わっても
ハンプティ・ダンプティをもとのところに戻せなかった
ジェイムズ・オーチャード・ハリウェルが1842年に出版した童謡集では以下の形のものが収録されている。
Humpty Dumpty lay in a beck.
With all his sinews around his neck;
Forty Doctors and forty wrights
Couldn't put Humpty Dumpty to rights![10]
ハンプティ・ダンプティが小川に寝た
自分のすべての筋を首の周りに集めて
すると四人の医者と四人の職人にも
ハンプティ・ダンプティを立たせられなかった
起源をめぐる説
前述のようにもともとなぞなぞ歌のひとつとして作られた歌と考えられるが、この童謡が特定の歴史的な事件を指し示す歌であったとする説も多く存在する。よく知られているものの一つは、キャサリン・エルウェス・トーマスが1930年に提唱したもので[11]、「ハンプティ・ダンプティ」がヨーク朝最後の王リチャード三世を指しているという説である。リチャード三世はせむし(humpback) であった言われており、彼は薔薇戦争の最後のボズワースの戦いにおいて、その軍勢にも関わらずリッチモンド伯ヘンリー・テューダー(のちのヘンリー7世)に敗れて戦死している。ただし、せむしを示す言葉である「humpback」という英語は18世紀以前には記録されておらず、また童謡とリチャード三世を結びつける直接的な史料も見つかっていない[12]。
ほかにも、ハンプティ・ダンプティは「トータイズ」(tortoise)という、イングランド内戦時に使われた攻城兵器を指しているという説もある。骨組みに装甲を施したこの兵器は、1643年のグロスターの戦いにおいてグロスター市の城壁を攻略するのに用いられたが、この作戦は失敗に終わっている。この説は1956年2月16日の『オックスフォード・マガジン』においてデイヴィッド・ドーブが提示したもので、この戦いについての同時代の記述に基づいて立てられており、発表当時は学会から喝采を浴びたが[13]、在野からは「発明それ自体のためになされた発明」("ingenuity for ingenuity's sake") でありでっちあげだとして批判を受けた[14][15]。この説についても、やはり童謡との直接的なつながりを示すような史料は見つかっていないが[16]、この説はリチャード・ロドニー・ベネットによる子供向けのオペラ『オール・ザ・キングスメン』(1969年初演)で採用されたため一般にも広く知られることとなった[17][18]。
コルチェスターの観光局のウェブサイトでは、1996年以降、「ハンプティ・ダンプティ」の起源が1648年のコルチェスターの戦いにあるという解説を掲載している[19]。この解説によれば、当時城壁に囲まれた街であったコルチェスターの聖マリア教会(St Mary-at-the-Wall)の壁の上には、王党派の防護兵によって巨大な大砲が一つ据えられており、この大砲が周囲から「ハンプティ・ダンプティ」という愛称で呼ばれていた。しかし議会派からの砲撃によってこの壁が崩れると「ハンプティ・ダンプティ」は壁の上から転げ落ちてしまい、その巨大さのため何人かかっても再び起こして設置しなおすことができなかったのだという(「ハンプティ・ダンプティをもとにもどせなかった」)。
2008年に出版された『イタチがとびだした ―童謡に隠された意味』において著者のアルバート・ジャックは、このコルチェスターの説を裏付ける二つの詩を「ある古い書物」から発見したと報告した[20]。しかし彼が紹介した詩の韻律は、いずれも17世紀のものでもなければこれまでに存在が確認されているいかなる韻律とも合致せず、またその内容も「王様の馬と家来」に言及していない、古いヴァージョンの「ハンプティ・ダンプティ」には合致しないことが指摘されている[19]。
引用・言及
『鏡の国のアリス』
ハンプティ・ダンプティは、ルイス・キャロルの児童小説『鏡の国のアリス』(1872年)に登場するキャラクターの一人としてもよく知られている。この作品では、鏡の国に迷い込んでしまった少女アリスに対し、塀の上に座ったハンプティ・ダンプティは尊大な態度で言葉というものについて様々な解説を行う[21]。
「「名誉」という言葉をあなたがどういう意味で使っているのか、よくわからないわ」アリスが言いました。
するとハンプティ・ダンプティは馬鹿にしたような笑いを顔に浮かべました。「もちろんわからないだろうさ、僕が説明しないかぎりね。僕は「もっともだと言って君が降参するような素敵な理由がある」という意味で「名誉だ」と言ったんだよ!」
「でも、「名誉」という言葉に「もっともだと言って君が降参するような素敵な理由がある」なんて意味はないわ」アリスは抗議しました。
「僕が言葉を使うときはね」とハンプティ・ダンプティはあざけるように言いました「その言葉は、僕がその言葉のために選んだ意味を持つようになるんだよ。僕が選んだものとぴったり、同じ意味にね」
「問題は」とアリスは言いました「あなたがそんなふうに、言葉たちにいろんなものをたくさんつめこむことができるのかということだわ」
「問題は」とハンプティ・ダンプティが言いました「僕と言葉のうちのどちらが相手の主人になるかということ、それだけさ」
アリスが困ってしまって何も言えなくなると、少ししてハンプティ・ダンプティが続けました「言葉っていうのはね、それぞれに気性があるものなんだ。あいつらのいくらかは、とりわけ動詞はだが、とても高慢ちきだ。形容詞だったら君にでもどうにかなるかもしれないが、動詞は無理だね。でも僕なら大丈夫、なんでもござれさ!」[22]
以上のくだりは、イギリス貴族院が法令文書の意味を捻じ曲げたことの是非をめぐってなされたLiversidge v. Anderson [1942]の判決において裁判官ロード・アトキンによって引用された部分である[23]。その後の行政の自由裁量をめぐる議論において大きな影響力を持ったイギリスのこの判決のほか、上記の場面はアメリカ合衆国でも裁判の法廷意見においてしばしば引用されており、ウエストローのデータベースによれば2008年4月19日の時点までに、2件の最高裁における事例を含む250件の判決で同様の引用が記録されている[24]。
またA. J. Larnerは、以下の場面をもとにキャロルのハンプティ・ダンプティを相貌失認と結びつけて論じている。
「顔っていうのは、それで一人一人の見分けができるものよ、ふつう」アリスは考え深く意見しました。
「そこがまさに僕が不満を言いたいところなんだよ」ハンプティ・ダンプティは言いました「君の顔は他の人たちの顔といっしょじゃないか、こう目が二つあって(親指で空中に目の場所を示しながら)、それで真ん中に鼻だろ、口はその下だ。いつもおんなじ。たとえば片側にだけ目が二つあるとかさ、口がてっぺんにあるとか、そんなふうにしてくれたら見分けるのに少しは助けになるんだけど。」[25]
その他の創作作品
ハンプティ・ダンプティは英語圏においては非常にポピュラーな存在であり、『鏡の国のアリス』のほかにも多くの文学作品でキャラクターとして登場したり、詩の引用が行われたりしている。例えばライマン・フランク・ボームの『散文のマザーグース』(1901年)においては、「ハンプティ・ダンプティ」のなぞなぞ歌は実際にハンプティ・ダンプティの「死」を目撃したお姫様によって作り出される[26]。ニール・ゲイマンの初期の短編作品「二十四羽の黒つぐみ事件」では、ハンプティ・ダンプティの物語はフィルム・ノワール風のハードボイルド作品に脚色されている(この作品ではまたクック・ロビンやハートの女王など、マザー・グースでおなじみのキャラクターが多数登場する)[27] 。ロバート・ランキンの『黙示録のホローチョコレート・バニー』(2002年)においては、ハンプティ・ダンプティはお伽噺のキャラクターを狙った連続殺人事件における被害者の一人である[28]。ジャスパー・フォードは『だれがゴドーを殺したの?』(2003年)と『ビッグ・オーバーイージー』(2005年)の二作でハンプティ・ダンプティを登場させており、前者では暴動の首謀者として、後者では殺人事件の被害者としてハンプティ・ダンプティを描いている[29][30]。キャラクターが登場するものではないが、いわゆる見立て殺人の題材に使われた例としてはヴァン・ダインの『僧正殺人事件』(1929年)があり、ここでは登場人物の一人が童謡になぞらえられて塀の上から突き落とされることによって殺されている[31]。
ハンプティ・ダンプティの童謡はより「真面目な」文学作品でも言及されている。例えばジェイムズ・ジョイスの最後の小説『フィネガンズ・ウェイク』(1939年)においては、ハンプティ・ダンプティは「落ちる男」のモチーフを表現するものとして繰り返し言及される[32]。ロバート・ペン・ウォーレンの『オール・ザ・キングスメン』(1946年)は、大衆主義的な地方政治家が州知事となり、やがて汚職に手を染め堕落していく様を描いた小説で、表題は「もう元にもどらない」状況を表すものとして童謡から引用されている。ルイジアナ州の上院議員ヒューイ・ロングをモデルにして書かれており、ウォーレンはこの作品で翌年のピュリッツァー賞を受賞した。またこの小説を原作とする映画は1949年にアカデミー賞最優秀作品賞を受賞している[33]。2009年にはショーン・ペン主演でリメイク映画も制作された。同様の発想はボブ・ウッドフォードによるウォーターゲート事件を扱った著作『オール・ザ・プレジデントメン』でも繰り返されており、この作品もロバート・レッドフォードとダスティン・ホフマンの主演で1976年に映画化されている[34]。このほかポール・オースターの処女小説『シティ・オブ・ザ・グラス』(1985年)では、ハンプティ・ダンプティは登場人物間の議論において「人間の状況のもっとも純粋な体現者」として、『鏡の国のアリス』からの長大な引用とともに言及されている[35]。
ハンプティ・ダンプティは19世紀中、アメリカ合衆国の俳優ジョージ・L・フォックスの舞台において、パントマイム劇や音楽の題材にされ、ここからアメリカ合衆国でも広く知られることとなったが、ハンプティ・ダンプティは現代のポピュラー音楽においてもしばしばモチーフとして用いられている。たとえばハンク・トンプソンの『ハンプティ・ダンプティ・ハート』(1948年)[36]、モンキーズの『すべての王の馬』(1966年)とアレサ・フランクリンの 『オール・ザ・キングス・ホーシズ』(1972年)(ともに原題は同じ"All the King's Horses")[37]、トラヴィスの『ハンプティ・ダンプティ・ラヴ・ソング』(2001年)[38]などである。ジャズ音楽においてはオーネット・コールマンとチック・コリアが、同じ「ハンプティ・ダンプティ」の題名でそれぞれ異なる楽曲をつくっている(ただしコリアの作品はルイス・キャロルから着想を得た1978年のコンセプトアルバム『マッド・ハッター』(1978年)のうちの一曲として作られたものである)[39][40]。
比喩として
前述のように「ハンプティ・ダンプティ」は17世紀のイギリスにおいて「ずんぐりむっくり」を指す言葉として使われていたものであったが、英語圏では現在でも童謡のキャラクターのイメージから、「ずんぐりむっくり」や頭が禿げていてつるつるしている人を言い表す言葉として用いられているほか[41]、童謡の内容から「非常に危なっかしい状態」あるいは「一度壊れると容易には元に戻らないもの」を指し示すための比喩としてもしばしば用いられている[42]。
またハンプティ・ダンプティは、英語圏においては熱力学第二法則を説明する際の比喩として用いられることがある。この法則は熱量の移動の不可逆性を記述しており、エントロピーの概念と密接に関連する法則として知られているものである。この比喩に従えば、ハンプティ・ダンプティがはじめに塀の上に無事に座っている状態が「エントロピーが低い」状態、つまり乱雑さの少ない状態であり、彼が落下して自分の破片を撒き散らしてしまった状態が「エントロピーが高い」状態、すなわち乱雑さの高い状態であるということになる。そして潰れてしまったハンプティ・ダンプティを元の状態に戻すことは(完全に不可能ではないにしても)困難であり、これは孤立した系においてはエントロピーが決して低い状態に移行しないということを示している[43][44][45]。
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