柴山和彦
柴山 和彦 | |
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生誕 | 1952年8月27日(72歳) |
出身地 | 日本・神奈川県横須賀市 |
職業 | ギタリスト |
担当楽器 | ギター |
共同作業者 |
沢田研二 エキゾティクス JAZZ MASTER 鉄人バンド |
柴山 和彦(しばやま かずひこ、1952年8月27日 - )は日本のギタリスト。
来歴
[編集]ザ・ベンチャーズの影響を受け、ギターを始める[1]。最初のうちは兄が使っていたクラシック・ギターを触っていた[1]。中学時代から同級生とバンドを組み、どぶ板通りにあるバーで演奏していた[1]。横須賀基地周辺で音楽活動をしていたため、日本人相手に演奏することは少なく、アメリカ人相手の演奏が多かった[1]。
その後自身のバンド、ジュリエットを結成[2]。アルバム「Yokosuka Bay」を発売する。
この頃から東京でロック・フェスティバルに出演することが増え、ワンステップフェスティバルにも出演した[1]。その他の活動では、ガロのバックバンドを務める[1]。
1978年、泉谷しげるのアルバム「’80のバラッド」をきっかけに泉谷のバックバンドである、BANANAに参加する[1]。ベースは吉田建だった。
1980年、沢田研二のバックバンド、オールウェイズに参加する。この年から柴山は40年以上、沢田のバックギターを務めることとなる。
1981年、オールウェイズはメンバー変更を経てエキゾティクスとなり、1984年9月の解散まで活動する。エキゾティクスでは沢田がプロデュースしたオリジナル・アルバム「Library」を1983年10月に発売。柴山は「INNOCENT -STEP ON SHADOW-」「YOU CAN TELL ME HOW」「TONIGHT -BREAK MY HEART-」の3曲で作曲とボーカルを務めた。
1988年に再び沢田のバックバンドKrís Krínglに参加、翌1989年から引き続き沢田のバックバンドJAZZ MASTERに参加した。以降一貫して沢田のバックギタリストを務めている。
1990年、久宝留理子の1stアルバム「プラスチック・マン・ライフ」を、1991年には2ndアルバム「COOL」の音楽プロデューサーを務めた[3]。
2008年、沢田の還暦記念で京セラドーム大阪と東京ドームで開催された人間60年・ジュリー祭りに参加。6時間半で82曲を演奏した[4]。
2018年から、沢田のコンサートのバック演奏を、柴山のギターのみの体制に変更。沢田と柴山の2人だけのステージ体制は2021年まで続いた。
2020年の沢田のシングル「Help! Help! Help! Help!」では沢田と共にダブルクレジットで名前が載っている。
2024年11月7日の公演をもって、約40年務めた沢田のバックを離れた[5]。
提供曲
[編集]- 沢田研二
- 天使に涙は似合わない(2007年、アルバム「生きてたらシアワセ」)
- やわらかな後悔(2008年、アルバム「ROCK'N ROLL MARCH」)
- Smash the Rock(2009年、ミニアルバム「Pleasure Pleasure」)
- 若者よ(2010年、ミニアルバム 「涙色の空」)
- F.A.P.P(2012年、ミニアルバム 「3月8日の雲」)
- Fridays Voice(2013年、ミニアルバム「Pray」)
- 東京五輪ありがとう(2014年、ミニアルバム「三年想いよ」)
- 涙まみれFIRE FIGHTER(2015年、ミニアルバム「こっちの水苦いぞ」)
- 福幸よ(2016年、ミニアルバム「un democratic love」)
- グショグショ ワッショイ(2018年、ミニアルバム「OLD GUYS ROCK」)
- ロイヤル・ピーチ(2018年、ミニアルバム「OLD GUYS ROCK」)
- 根腐れpolitician(2019年、シングル「SHOUT!」)
- Help! Help! Help! Help!(2020年、同名シングル)
- 久宝留理子
- Hello-Good-bye(1990年、アルバム「プラスチック・マン・ライフ」)
- とれたての笑顔(1990年、アルバム プラスチック・マン・ライフ)※久宝との共作
- GOOD MISTAKE(1991年、アルバム「COOL」)
関連項目
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c d e f g 『ギター・マガジン2015年1月号』リットーミュージック、2014年12月13日。
- ^ “柴山 和彦さん | 伝説のバンド「ジュリエット」のギタリストで、一夜限りの復活ライブに挑む | 横須賀”. タウンニュース (2012年4月27日). 2022年1月16日閲覧。
- ^ (日本語) Welcome to V-Studio VS-880 Navigator: Seiji Toda 2022年1月16日閲覧。
- ^ “ジュリーが泣いた!41年で初ドーム80曲 - スポニチ Sponichi Annex 芸能”. スポニチ Sponichi Annex. 2022年1月16日閲覧。
- ^ “沢田研二のバックバンド刷新宣言にファン騒然 「未知の世界へ飛びこみたい」ジュリーの新たな挑戦とは”. AERA dot. (アエラドット) (2024年9月15日). 2024年11月18日閲覧。