柘植駅
柘植駅 | |
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駅舎(2015年11月) | |
つげ Tsuge | |
所在地 | 三重県伊賀市柘植町 |
所属事業者 | 西日本旅客鉄道(JR西日本) |
電報略号 | ツケ |
駅構造 | 地上駅 |
ホーム | 2面3線[1] |
乗車人員 -統計年度- |
308人/日(降車客含まず) -2019年- |
開業年月日 | 1890年(明治23年)2月19日[2] |
乗入路線 2 路線 | |
所属路線 | ■関西本線 |
キロ程 |
79.9 km(名古屋起点) 亀山から20.0 km |
◄加太 (8.9 km) (6.2 km) 新堂► | |
所属路線 | ■草津線 |
キロ程 | 0.0 km(柘植起点) |
(5.3 km) 油日► | |
備考 | 簡易委託駅 |
柘植駅(つげえき)は、三重県伊賀市柘植町にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅である[1]。
概要
[編集]三重県で最初に開業した駅であり[3][4][5]、旧・伊賀町の代表駅であった。当駅の所属線である関西本線[6]と、当駅を起点とする草津線との接続駅となっている。
1900年(明治33年)11月に発表された『鉄道唱歌』第5集関西参宮南海編(作詞:大和田建樹、作曲:多梅稚)では
と歌われている。なお、「トンネル」とは加太トンネル(関西本線)のことである。
当駅は近畿統括本部が管轄する。草津線についても三重県と滋賀県の県境付近にある境界標までの約1.4 kmの区間は近畿統括本部の管理である。大阪近郊区間の端の駅である。当駅の事務管コードは▲620806を使用している[7]。
歴史
[編集]年表
[編集]- 1890年(明治23年)
- 1897年(明治30年)1月15日:関西鉄道当駅 - 上野駅(現・伊賀上野駅)間の支線が開業。
- 1907年(明治40年)10月1日:関西鉄道が国有化[2]。官営鉄道の駅となる。
- 1909年(明治42年)10月12日:線路名称制定により、四日市方面および上野方面が関西本線、三雲方面が草津線となる[11]。
- 1972年(昭和47年)4月1日:貨物営業廃止(旅客駅となる)[6]。
- 1984年(昭和59年)2月1日:荷物扱い廃止[6]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道の駅となる[2]。
- 2018年(平成30年)3月17日:草津線でICカード「ICOCA」の利用が可能となる[12]。
- 2021年(令和3年)
駅構造
[編集]単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、合計2面3線のホームを持つ[1]地上駅で、関西本線は列車交換が可能である。駅舎は単式の1番のりば側にあり、島式の2・3番のりばへは駅の北側にある跨線橋で連絡している。跨線橋には「柘植のホント!かるた」ボードを掲げ、郷土の名所や松尾芭蕉などを紹介している[3][14]。簡易委託駅であり、出札窓口は月曜 - 金曜の日中に営業する。
トイレは1番のりばの跨線橋階段横に設置されている。明治時代の建造でかつては男女共用であったが、近年改修されて男女別になった。
のりば
[編集]のりば | 路線 | 方向 | 行先 | 備考 |
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1 | 関西本線 | 下り | 伊賀上野・加茂方面[15] | 一部2番のりば |
2 | 上り | 亀山方面[15] | 一部3番のりば | |
3 | 草津線 | - | 貴生川・草津方面[15] | 一部2番のりば |
- 付記事項
- かつては1番のりばと2番のりばの間に中線があった(※留置線として一部は存続)。なお、2番のりば・3番のりばと北側留置線には架線が張られているが、1番のりばには架線が張られていない。
- 当駅の運転取り扱い上はのりば案内表示と運転番線の呼称が逆となり、3番のりばが「1番線」、2番のりばが「2番線」、1番のりばは「4番線」となる(※撤去された中線は「3番線」だった)。草津線が先に開通したため、亀山方面と草津方面が直線的に敷かれており、JR難波方面が分岐するような形となっている。
- 亀山駅 - 加茂駅間の使用車両がキハ120形気動車に変更された時にホームが嵩上げされた。かつては改札口の上部やホームに反転フラップ式案内表示機が設置されていたが、急行「かすが」の廃止を機にすべて撤去された。
- 2・3番のりばには柘植乗務員乗継詰所があり、当駅の構内には柘植駅乗務員宿泊所を併設している。早朝および夜間に草津線を走行する電車の入換作業があるため、夜間から朝のラッシュ時間帯には、運転取り扱い社員がいる。
- 蒸気機関車が走っていた頃は、当駅 - 亀山駅間の「加太越」のための補機機関車がここで折り返していた。そのための給水塔や転車台があったが、今は撤去されている。なお、ホーム北側にはかつて貨物列車の組成用ヤードとして使われた側線が残っており、現在は草津線を走行する電車の留置線(夜間滞泊用)として使われる。
- 当駅と大阪駅の間が経路特定区間に指定されていた時期があり、この区間をまたがって乗車する場合は関西本線・城東線(現在の大阪環状線の東半分)経由で乗車しても距離が短い草津線・東海道本線経由で運賃を計算していた。
旧式施設
[編集]駅舎西側には、1890年(明治23年)の開業時に建てられた煉瓦積みの危険品庫(ランプ小屋)がある。駅舎は建物財産標が付いていないため建築年は不明。ホームの基礎はフランス積み煉瓦で、上屋は1890年1月と1919年(大正8年)12月付の建物財産標が付いた物が現存する。
蒸気機関車時代に使用されていた転車台が完全な形で残っているが[16]、雑草に覆われている[17]。
-
構内(2013年10月、草津線の列車内から)
-
ホーム(2007年9月)
-
ランプ小屋(2005年10月)
利用状況
[編集]「三重県統計書」によると、近年の1日平均乗車人員は以下の通り[18]。この数字には各線の乗り換え客は含まれていない。
年度 | 1日平均 乗車人員 |
---|---|
1997年 | 485 |
1998年 | 486 |
1999年 | 515 |
2000年 | 520 |
2001年 | 475 |
2002年 | 470 |
2003年 | 492 |
2004年 | 478 |
2005年 | 479 |
2006年 | 467 |
2007年 | 466 |
2008年 | 436 |
2009年 | 418 |
2010年 | 393 |
2011年 | 404 |
2012年 | 391 |
2013年 | 376 |
2014年 | 341 |
2015年 | 339 |
2016年 | 336 |
2017年 | 327 |
2018年 | 322 |
2019年 | 308 |
駅周辺
[編集]駅の南には旧伊賀街道とその宿場町が残るが、駅周囲には市街地は形成されていない。かつて乗換駅として賑わっていた頃は駅前に旅館が軒を連ねていた[3]。なお、名阪国道は当駅から南へ約850メートル離れた所を通り、それに沿うように国道25号が並行する。
- 中村屋[注釈 1]
- 柘植タクシー営業所
- トウペ三重工場[1]
- 伊藤精工柘植工場[19]
- 黒抗池
- 奥中山池
- 玉林寺
- 青葉台団地
- 伊賀市立柘植小学校
- 名阪国道
- 伊賀ドライブイン
- 国道25号
- 三重県道・滋賀県道50号伊賀信楽線
- 柘植川
バス路線
[編集]駅前を通る三重・滋賀県道50号線上にいがまち行政サービス巡回車「柘植駅前」停留所があり、柘植・西柘植線(消防署東分署前 - 保健福祉センター)が乗り入れる(※平日のみ運行)。かつては三重交通の柘植本線(上野産業会館 行[注釈 2])が当停留所を発着していた。
その他
[編集]- (ホーム上にある)上屋の下や跨線橋に忍者の人形やイラストがある[4][20]。なお、これらは伊賀流忍者博物館・伊賀上野城へのアクセス案内を兼ねており[4]、伊賀上野駅にも同様の案内がある(伊賀上野駅には人形は設置していない)。
- 2020年(令和2年)2月19日に開業130周年記念式典が当駅のホーム上で開かれ、沿線住民や鉄道OB会のメンバーら約60人が参加した[5]。この時に鉄道唱歌(先述)の合唱が行われ、当駅の開業130周年を祝う歌詞を含む歌唱も併せて披露している[注釈 3][21]。
隣の駅
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b c d e 『週刊 JR全駅・全車両基地』 16号 奈良駅・新今宮駅・王寺駅ほか70駅、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2012年11月25日、20頁。
- ^ a b c d e 石野 1998, p. 347.
- ^ a b c 河野晴気「波の詩 県内初の鉄道駅」中日新聞2019年10月27日付朝刊、三重版12ページ
- ^ a b c 「行かねばならぬ… 関西本線非電化区間あと2駅 青春18きっぷ握りしめ柘植に降り立つ」『日刊スポーツ』2022年3月10日。オリジナルの2022年3月13日時点におけるアーカイブ。2023年10月9日閲覧。
- ^ a b 「JR柘植駅、130周年祝う 三重県内初の鉄道駅」『中日スポーツ』2020年2月20日。2023年10月9日閲覧。
- ^ a b c d 石野 1998, p. 338.
- ^ 日本国有鉄道旅客局(1984)『鉄道・航路旅客運賃・料金算出表 昭和59年4月20日現行』。
- ^ 「関西参宮鉄道案内記」(明治31年10月8日発行)に掲載された写真。「鉄道史料」第83号(鉄道史資料保存会、1996年)に再録。
- ^ 「関西鉄道 三雲柘植間延長線開業広告」『官報』1988号(1890年02月18日)、大蔵省印刷局、1890年2月18日、184頁。doi:10.11501/2945240 。
- ^ 「関西鉄道 幹線全通広告」『官報』2249号(1890年12月25日)、大蔵省印刷局、1890年12月25日、346頁。doi:10.11501/2945503 。
- ^ 朝日新聞出版分冊百科編集部 編「関西本線・草津線・奈良線・おおさか東線」『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』8号、曽根悟 監修、朝日新聞出版、2009年8月30日、13頁。
- ^ 『2018年春 草津線ICOCA利用可能エリア拡大日が決まりました』(プレスリリース)西日本旅客鉄道、2017年12月15日。オリジナルの2019年6月5日時点におけるアーカイブ 。2021年1月19日閲覧。
- ^ 『関西本線 加茂駅〜亀山駅間 ICOCAエリア拡大日決定! 〜2021年3月13日サービス開始〜』(PDF)(プレスリリース)西日本旅客鉄道、2021年1月19日。オリジナルの2021年1月19日時点におけるアーカイブ 。2021年1月19日閲覧。
- ^ 「つげPR、駅にパネル設置 来年・JR柘植開業130年記念 伊賀 /三重」『毎日新聞』2019年3月18日。2023年10月9日閲覧。
- ^ a b c “柘植駅|構内図”. 西日本旅客鉄道. 2022年7月25日閲覧。
- ^ “柘植駅の転車台の復元” (PDF). 伊賀市. 2022年9月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月11日閲覧。
- ^ “【てくてく歩記】県内初の鉄道駅沿線を歩く 伊賀市・柘植町周辺”. 伊賀タウン情報ユー(YOU). 株式会社ユー (2018年4月28日). 2022年8月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年12月4日閲覧。
- ^ 三重県統計書 - 三重県
- ^ “伊藤精工 会社情報”. 伊藤精工. 2022年4月15日閲覧。
- ^ 「降り立つと忍者が頭上に 柘植駅(三重県)」『日本経済新聞』櫻井寛、2017年9月22日。2023年10月9日閲覧。
- ^ 伊賀タウン情報YOU(公式チャンネル): “鉄道唱歌で祝う 開業130周年の記念式典 伊賀・JR柘植駅”. YouTube (2020年2月19日). 2023年10月9日閲覧。
参考文献
[編集]- 石野哲 編『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 II』(初版)JTB、1998年10月1日。ISBN 978-4-533-02980-6。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 柘植駅|駅情報:JRおでかけネット - 西日本旅客鉄道