敦賀町
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つるがちょう 敦賀町 | |
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廃止日 | 1937年4月1日 |
廃止理由 |
新設合併 敦賀町、松原村 → 敦賀市 |
現在の自治体 | 敦賀市 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 中部地方(北陸地方) |
都道府県 | 福井県 |
郡 | 敦賀郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
総人口 |
26,831人 (国勢調査、1935年) |
隣接自治体 | 敦賀郡松原村、中郷村、東郷村、東浦村 |
敦賀町役場 | |
所在地 | 福井県敦賀郡敦賀町 |
座標 | 北緯35度38分52秒 東経136度03分52秒 / 北緯35.64783度 東経136.064392度座標: 北緯35度38分52秒 東経136度03分52秒 / 北緯35.64783度 東経136.064392度 |
ウィキプロジェクト |
敦賀町(つるがちょう)は福井県敦賀郡にあった町。現在の敦賀市の中心部にあたる。現在の敦賀市は別の自治体である。
地理
[編集]歴史
[編集]→詳細は「敦賀市 § 歴史」を参照
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、敦賀町(松栄町、川崎町、結城町、大金町、幸町、大黒町、末広町、晴明町、蓬莱町、富貴町、旭町、神楽町、大島町、橘町、桜町、大内町、御手洗町、曙町、堺町、常盤町、浪花町、大湊町、天満町及び入舟町)、泉村、津内村及び三島村の区域をもって、敦賀町が発足する。
- 1937年(昭和11年)4月1日 - 敦賀町及び松原村が合併して、敦賀市が発足する。
経済
[編集]- 農業
『大日本篤農家名鑑』によれば敦賀町の篤農家は、「山本傳兵衛、西岡三良太夫、喜多村謙吉、安田寅吉、桃井孫一郎、川端常七、大和田亮吉、井垣三四郎、濱野五兵衛、西岡治左衛門、大和田荘七、上田三右衛門、磯見彦七、宇野三右衛門、土持兼白、南文蔵」などがいた[1]。
交通
[編集]鉄道路線
[編集]道路
[編集]出身・ゆかりのある人物
[編集]- 大和田荘七(福井県多額納税者、大和田銀行、大和田貯蓄銀行各頭取) - 大和田銀行を創設。
- 大和田金之助(大和田銀行監査役)
- 大和田久兵衛(大和田銀行理事)
- 大和田正吉(福井県多額納税者、大和田銀行専務取締役、大和田貯蓄銀行取締役)
- 荘司市太郎(工学博士、大阪工業試験所長)[3]
脚注
[編集]- ^ 『大日本篤農家名鑑』484頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年1月25日閲覧。
- ^ 左京区から敦賀市に至る道も敦賀街道と呼ばれるが、別物である。
- ^ 『大日本博士録 VOLUME V』工学225頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年4月9日閲覧。
参考文献
[編集]- 大日本篤農家名鑑編纂所編『大日本篤農家名鑑』大日本篤農家名鑑編纂所、1910年。
- 『大日本博士録 VOLUME V』発展社、1921 - 1930年。
- 『角川日本地名大辞典 18 福井県』。