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山本コウタロー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
山本 コウタロー
出生名 山本 厚太郎(やまもと こうたろう)
生誕 (1948-09-07) 1948年9月7日
出身地 日本の旗 日本東京都千代田区
死没 (2022-07-04) 2022年7月4日(73歳没)
ジャンル フォークソング
職業
活動期間 1969年 - 2022年
レーベル
事務所 オフィスプロフィット
共同作業者

山本 コウタロー(やまもと コウタロー、本名:山本 厚太郎(やまもと こうたろう)、1948年昭和23年〉9月7日[1] - 2022年令和4年〉7月4日)は、日本シンガーソングライタータレント政治活動家環境学者。白鷗大学名誉教授オフィスプロフィット所属。芸名は山本 コウタロー(コタローではない)だが、作曲や大学で教鞭を執るときは本名で行っていた。

略歴

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東京都千代田区四番町に生まれる[2]千代田区立麹町中学校東京都立日比谷高等学校卒業。一浪し、上智大学経済学部に入学。上智大学在学中に東京大学受験を志すも東大紛争により、一橋大学社会学部に転学。

大学在学中からフォーク・グループソルティー・シュガーのメンバーとして活動[2]。日本におけるコミックソングの代表作の一つともいえる「走れコウタロー」を1970年にリリース[2]。その面白さから第12回日本レコード大賞新人賞を受賞するヒットソングとなった[2]1971年、ソルティー・シュガー解散後、高田渡シバらとともに武蔵野タンポポ団のメンバーとして、第3回全日本フォークジャンボリーに参加。歴史の転換点として伝説化しているサブステージでの吉田拓郎の「人間なんて」の長時間演奏ではステージに上がり、バックコーラスを務めた。この頃からなぎらけんいち(現:なぎら健壱)らと親交を持つ。 1972年、一橋大学社会学部卒業。卒論は「たくろう・スーパースター」という題名で、後に『誰も知らなかったよしだ拓郎』(八曜社、1974年)として出版された[3][4]

その後ソロ活動を経て、1974年に森一美(男性、元・黒崎とかずみ)、板垣秀雄(元・ピピ&コット)とフォークグループ「山本コウタローとウィークエンド(1976年以降はウィークエンドに改称)」を結成。1974年6月1日土曜日)に発売されたデビュー曲「岬めぐり」がオリコン5位の大ヒット。「走れコウタロー」と並んで、現在でも歌い継がれるスタンダードとなっている(2008年には京急三崎口駅の電車到着メロディ、2017年2月10日より京急三浦海岸駅の電車到着メロディに採用されている)。

1971年から1978年までTBSラジオの深夜放送『パック・イン・ミュージック金曜日の第1部パーソナリティを担当[2]、第2部は後に山本のパートナーとなった吉田真由美(DJ、映画評論家)が担当。『パック・イン・ミュージック』終了後、単身アメリカに渡り、約2年間生活。帰国後『アメリカあげます』(ほんの木社)を書き上げた。その後は、『森田一義アワー 笑っていいとも!』の火曜日金曜日のレギュラーとテレビ番組司会(『午後は○○おもいッきりテレビ』初代司会者)、タレント、役者などで活躍。ニッポン放送バイタリス・フォーク・ビレッジ→ライオン・フォーク・ビレッジ』のパーソナリティも担当した。

バンド・エイド」や「USAフォー・アフリカ」の影響を受けて[5][6][7][8]1986年に「核兵器廃絶のコンサートをやりたい」と南こうせつに相談し[6]、同年から原爆被災者の特別養護老人ホームの建設と平和祈念を主な目的として、毎年8月6日前後に10年の間、広島市チャリティコンサート「広島ピースコンサート」「HIROSHIMA 1987-1997」を開催した[5][6][7][8][9][10]。趣旨に賛同した多くのミュージシャンが、所属事務所レコード会社の垣根を超えて毎年参加した[5][7][8][10]。同イベントは日本のミュージシャンの社会に対する意識の向上に貢献したと評価される[7]。山本は南や大友康平らとその後も広島での慰問を続け[11]、山本の公の場での最後の歌唱は、2019年8月の広島だったという[2]

地球環境問題に造詣が深く、1987年4月に白鷗大学経営学部非常勤講師[2]、1997年4月から1999年3月まで白鷗大学女子短期学部非常勤講師(併任)、1999年4月から2007年3月まで白鷗大学経営学部教授、2007年4月から2019年3月まで白鷗大学教育学部発達科学科教授を務め、2019年4月から白鷗大学名誉教授[2]。白鷗大学で32年間に渡り教鞭を執り、2009年9月からは福岡政行の後任として同大学硬式野球部長も務めた[2][12]

1989年第15回参院選比例区環境政党ちきゅうクラブ」より立候補するも落選[2]

1995年、環境学を学ぶため英国に留学。

2005年より、山本コウタローとウィークエンドのオリジナルメンバーである森、山本のマネージャーの見崎孝雄(元・ラニアルズ)、オラン本柳らと共に「山本コウタローとほぼウイークエンド」を結成。ライブ活動を開始。アルバムも発売した。

2008年5月より、『渡る世間は鬼ばかり』(第9シリーズ)に出演。角野卓造演じる小島勇の友人という役どころを演じる。角野とは中学時代からの親友でもあり、一緒にバンドを組んでいたこともある。出演に際しては、橋田壽賀子が山本のコンサートを鑑賞し、山本を大いに気に入ったという経緯から、橋田からの熱烈なオファーがあり、実現したもの。他に1985年のドラマ『もしも、学校が…!?』にも出演。同作では共演する三田村邦彦片岡鶴太郎とユニット「THE SCHOOL!」を結成、主題歌と挿入歌を歌っている。

2019年、白鷗大学を定年退職、同大学名誉教授に就任。

2022年7月4日、脳内出血のため死去[13]。73歳没。訃報は同月15日に公表された[14]

人物

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  • 環境学者・社会学者として、団塊の世代へ提唱するセカンドライフの食と健康、男女共同参画の問題、教育平和問題といった講演活動に勤しんだ。
  • 大学の卒論を書籍化した初めての著書『誰も知らなかったよしだ拓郎』(八曜社、1974年)は[4]、"現役ミュージシャンが書いた現役ミュージシャンの伝記" という非常に珍しい本である[15]
  • バンド時代は遅刻魔。NHK『あの人に会いたい』の中で、「走れコウタロー」はいつもバンドの練習に遅刻していたため、メンバーが走れ走れコウタロー!とからかわれて歌われ、それを面白いから曲にしたらどうかと出したらヒットしてしまったと語っている。
  • 東京ヤクルトスワローズのファン[2]。『プロ野球ai』のインタビュー記事によると、前述の通り1978年に渡米したが、同年秋に一時帰国。ヤクルトがセ・リーグで首位争いをしているとの知らせを聞き、「このようなチャンスは二度とない」と思い立ったためで、球団創設以来初の日本一達成まで神宮球場など各野球場で声援を送った。
  • 選択的夫婦別姓制度導入に賛同、山本も事実婚。「つれあい、即ち同居人とは戸籍上の婚姻関係はありません。彼女から結婚はしないで夫婦別姓で行きましょうと言われ、今となってはそれで良かったと思っています」と述べている。

ディスコグラフィー

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山本コウタロー(ソロ)名義

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シングル

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発売日 規格 規格品番 タイトル 作詞 作曲 編曲
ビクターレコード
1972年3月25日 EP SF-21 A 村の郵便配達 山上路夫 かまやつひろし 青木望
B 人生は旅だよ
ビクター音楽産業
1972年11月25日 EP SF-38 A 早川義夫さんに捧げる唄 山本コウタロー
B 1972年6月26日晴
1973年10月25日 SF-59 A 君のために 岡本おさみ 吉田拓郎 吉田拓郎
瀬尾一三
B 怪人二十面相の恋 山本厚太郎 和田博巳
日本コロムビア / TRIAD
1980年6月5日 EP AK-656-J A 渚の歌がきこえる 山本厚太郎 瀬尾一三
B 真夏の夜のシンフォニー
1980年10月5日 AH-84J A 君のなかの海 喜多条忠 山本厚太郎 徳武弘文
B 波照間島 山本厚太郎
日本コロムビア
1981年10月1日 EP CH-105 A 青春水たまり 喜多条忠 山本厚太郎 青木望
B なつかしき友よ
NEWSレコード
1984年9月21日 EP 7E-0026 A 美保子へ 秋元康 宇崎竜童 飛沢宏元
B 悲しいくらい普通の流れ 後藤次利

アルバム

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発売日 規格 規格品番 アルバム
ビクターレコード
1972年3月25日 LP SF-1030 卒業記念
2006年12月20日 CD(紙ジャケ) VICL-62205
日本コロムビア
1980年6月20日 LP LX-7080-J カリフォルニア・ブランチ
2016年5月26日 オンデマンドCD CORR-11136
NEWSレコード
1984年10月21日 LP N28E-23 10月の距離
オフィス・プロフィット
2013年9月20日 CD OPCD-101 Moonlight All Night

タイアップ

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曲名 タイアップ 収録作品
青春水たまり フジテレビ系テレビアニメスペシャル『ぼくらマンガ家 トキワ荘物語』主題歌 シングル「青春水たまり」
なつかしき友よ フジテレビ系テレビアニメスペシャル『ぼくらマンガ家 トキワ荘物語』挿入歌

山本コウタローとウィークエンド名義

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シングル

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発売日 規格 規格品番 タイトル 作詞 作曲 編曲
山本コウタローとウィークエンド
1974年6月1日 EP SOLB-142-0D A 岬めぐり 山上路夫 山本厚太郎 瀬尾一三
B あの日の僕でなく 南高節
1974年10月20日 SOLB-189-OD[注釈 1] A 落葉の舗道 山上路夫 山本厚太郎 瀬尾一三
B 明日もここで会おうよ 板垣秀雄 森一美
1975年4月5日 SOLB-256-OD[注釈 2] A はぐれ雲 喜多条忠・山本厚太郎 山本厚太郎 松任谷正隆
B 春でした 森一美 松任谷正隆
1975年8月1日 SOLB-301-OD A めぐる季節に 岡本おさみ 森一美 松任谷正隆
瀬尾一三
B 最後のバカンス 荒井由実 山本厚太郎 松任谷正隆
ウィークエンド
1976年3月20日 EP SOLB-389-OD A 幸せの鐘 山本厚太郎 瀬尾一三
B 寒い誕生日 板垣秀雄
1976年8月1日 06SH-52 A 祈り 山本厚太郎 瀬尾一三
B ブルースカイ・ドライブ 山本厚太郎 森一美
1977年3月5日 06SH-138 A カリフォルニア・ドリーム 山本厚太郎 森一美 瀬尾一三
B 早春
1977年9月1日 06SH-241 A 卒業間近 山本厚太郎 瀬尾一三
B 愛飛行(LOVE FLIGHT) 森一美
1978年3月1日 06SH-287 A 懐かしき海の唄 山本厚太郎 山本厚太郎 森一美
B ストップ 森一美

アルバム

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発売日 レーベル 規格 規格品番 アルバム 備考
山本コウタローとウィークエンド
1972年3月25日 CBS・ソニー LP SOLL-94-OD ハロー!ウィークエンド
1991年6月15日 CD SRCL-1881
2006年9月20日 GT music CD MHCL-912 2006年デジタル・リマスタリング版
1975年8月20日 CBS・ソニー LP SOLL-154-OD 虹を下さい
2006年9月20日 GT music CD MHCL-913 2006年デジタル・リマスタリング版
ウィークエンド
1976年7月5日 CBS・ソニー LP 25AH-36 ウィークエンド ビッグ ライヴ’76
2006年9月20日 GT music CD MHCL-914 2006年デジタル・リマスタリング版
1977年8月1日 CBS・ソニー LP 25AH-197 DAY and NIGHT いつも君のことを
2006年9月20日 GT music CD MHCL-915 2006年デジタル・リマスタリング版
1978年2月1日 CBS・ソニー LP 25AH-405 ハロー!グッバイ!
2006年9月20日 GT music CD MHCL-916 2006年デジタル・リマスタリング版
山本コウタローとほぼウィークエンド
2007年8月29日 Di-p Music Design CD 心のままに
2008年7月10日 CD DIPM-1002/3

※ Disc2は、1977年12月2日のウィークエンドリサイタルライブ(東京九段会館)

著書

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  • 『誰も知らなかったよしだ拓郎』(八曜社、1974年
  • 『われらフォーク世代』(荒地出版社、1975年)
  • 『たいこめ辞典』(岡田直也共著、TBSパックインミュージック編、八曜社、1978年 / 翔泳社、1995年7月、ISBN 4881352474))
  • 『かぐや姫:今日を超えて』(八曜社、1978年)
  • 『アメリカあげます!』(小学館、1980年)
  • 『カリフォルニアの巨人たち』(アンソニー・フォウセット著、山本コウタロー訳、八曜社、1980年)
  • 『自然な関係』(吉田真由美共著、教育史料出版会、1984年)
  • ぼくの音楽人間カタログ』〈新潮文庫〉、新潮社、1984年5月25日。ISBN 4101350019
  • 燃えよエコトピアン : 「本来イズム」宣言なのだ晶文社、1984年7月15日。
  • 『思春期:生きて在る日日』(朝日新聞社、1986年、ISBN 4022555157
  • 『やせて快適、元気食:コウタローのハッピー自然食』(日之出出版、1989年、ISBN 4891980753
  • 『ぼくのピース・メッセージ:Hiroshima'87-'97への道のり』(岩波ジュニア新書、1990年6月、ISBN 4005001777
  • 『フロイトのラブレター』(山本コウタロー翻訳・文、モード学園出版局、1992年9月、ISBN 4895910784
  • 『ぼくのエコロジー・ライフ:迷路さまよう「地球」を救え』(労働旬報社、1992年12月、ISBN 4845102811
  • 『耕せコウタロー』(家の光協会、1993年7月、ISBN 4259544195
  • 『誰も知らなかった吉田拓郎』(改題、文庫ぎんが堂2009年ISBN 9784781670164

出演

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映画

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テレビドラマ

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その他のテレビ番組

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ラジオ番組

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CM

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脚注

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注釈

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  1. ^ オリコン32位。
  2. ^ オリコン95位。

出典

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  1. ^ a b c d e DJ名鑑 1987三才ブックス、1987年2月15日、160頁。
  2. ^ a b c d e f g h i j k “山本コウタローさん、4日未明に73歳で死去…「走れコウタロー」がアニメやゲームで使われ若い世代にも人気”. スポーツ報知 (報知新聞社). (2022年7月16日). オリジナルの2022年7月16日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20220716085713/https://hochi.news/articles/20220715-OHT1T51237.html?page=1 2022年7月16日閲覧。 
  3. ^ その5441『逢坂誠二の徒然日記』(7138)”. 衆議院議員 逢坂誠二(おおさかせいじ) (2022年7月17日). 2022年7月27日閲覧。
  4. ^ a b 重見吉徳 (2022年7月19日). “【マーケットを語らず Vol.69】脱炭素と日本株式(中):産業技術の1970年代”. フィデリティ投信. 2022年7月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月27日閲覧。
  5. ^ a b c 『シンプジャーナル ベストセレクション'80s』自由国民社、2003年、297-301頁。 
  6. ^ a b c “南こうせつ、山本コウタローさんへ追悼コメント発表「出会って52年、また一緒に歌いたかった」”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ新聞社). (2022年7月15日). オリジナルの2022年7月16日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20220716031225/https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202207150001664.html 2022年7月16日閲覧。 笹森文彦 (2022年7月16日). “【悼む】山本コウタローさん「しかたがある人生」を 戦火に生きた父の無念…教壇で平和の心説く”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ新聞社). オリジナルの2022年7月16日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20220716082053/https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202207150001664.html 2022年7月16日閲覧。 
  7. ^ a b c d Now & Then vol.4-02 - 佐野元春
  8. ^ a b c 田家秀樹『読むJ-POP 1945-1999私的全史』徳間書店、1999年、258-261頁。ISBN 9784198610579 
  9. ^ “天風録 山本コウタローさんのメッセージ”. 中国新聞 (中国新聞社). (2022年7月17日). オリジナルの2022年7月16日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20220716221454/https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/189314 2022年7月26日閲覧。 
  10. ^ a b イベントについて(広島ピースコンサート) | こうせつについて | 南こうせつ 南こうせつオフィシャルホームページProfile Themes of The Lecture of 山本コウタロー Official WebsiteLIVE 広島平和コンサート ALIVE HIROSHIMA 1987-1997misatowatanabe.com 渡辺美里オフィシャルサイト南こうせつ さん - DAYS! - 広島FMぼくのピース・メッセージ : HIROSHIMA'87-'97への道のり
  11. ^ 大友康平(HOUND DOG) @iehok Twitter(2019年8月6日4:12)
  12. ^ 阪神ドラフト1位指名の白鷗大・大山、「走れコウタロー」山本厚太郎氏から熱いムチ!(『サンケイスポーツ2016年10月23日付記事)
  13. ^ 歌手の山本コウタローさん死去「走れコウタロー」などがヒット - 日本放送協会(NHK NEWS WEB) 2022年7月15日 12時54分
  14. ^ 「走れコウタロー」シンガー・ソングライターの山本コウタローさん死去 73歳 脳内出血 - Sponichi Annex 2022年7月15日
  15. ^ ゆるふわ愛され音楽ニュースサイト - ナタリー 山本コウタローの名著「誰も知らなかった吉田拓郎」文庫化山本コウタロー・小室等・吉田拓郎・三橋一夫・井上陽水・岡林信康他『われらフォーク世代』荒地出版、1975年、35-36頁。 別冊宝島編集部『音楽誌が書かないJポップ批評44 拓郎&陽水と「フォーク黄金時代」』宝島社〈別冊宝島1346〉、2006年、64–68頁。ISBN 9784796654258 音楽出版社 編『吉田拓郎読本』音楽出版社、2008年、67頁。ISBN 9784861710414 

関連項目

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外部リンク

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