佐久間渡
表示
佐久間 渡(さくま わたる、1893年(明治26年)9月14日[1] - 1976年(昭和51年)12月19日[2])は、大正から昭和時代の政治家。実業家。弁護士。衆議院議員。栃木県会議長。旧姓は玉川[3]。
経歴
[編集]栃木県河内郡宇都宮町(現・宇都宮市)出身[1][3][4]。玉川菊次郎の四男として生まれ、佐久間長四郎の養子となり、1922年(大正11年)家督を相続する[3]。1915年(大正4年)明治大学専門部法律科を卒業し弁護士業務に従事する[5]。
宇都宮市会議員、同議長、栃木県会議員、同議長、昭和製作所社長を歴任した[4][5]。
1942年(昭和17年)4月の第21回衆議院議員総選挙では栃木県第1区から翼賛政治体制協議会推薦で出馬し当選[5]。衆議院議員を1期務めた[5]。在任中は翼賛政治会政調内務委員を務めた[4]。戦後、公職追放となった[6][注 1]。
追放解除後の1955年(昭和30年)の栃木県知事選挙に保守系無所属で立候補したが落選した。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 「佐々間渡」とあるが誤りか。公職追放の該当事項は「推薦議員」。
出典
[編集]- ^ a b 衆議院事務局 1942, 12頁.
- ^ 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』267頁。
- ^ a b c 人事興信所 1943, サ7頁.
- ^ a b c 議会新聞社 1943, 180頁.
- ^ a b c d 衆議院、参議院 1962, 205頁.
- ^ 総理庁官房監査課 1949, 一般該当者名簿536頁.
参考文献
[編集]- 『第八十回帝国議会 衆議院議員名簿 昭和十七年六月十五日現在』衆議院事務局〈衆議院公報附録〉、1942年 。
- 人事興信所 編『人事興信録 第14版 上』人事興信所、1943年 。
- 『翼賛議員銘鑑』議会新聞社、1943年 。
- 総理庁官房監査課 編『公職追放に関する覚書該当者名簿』日比谷政経会、1949年 。
- 衆議院、参議院 編『議会制度七十年史 第11』大蔵省印刷局、1962年 。
- 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。