フスト・ビジャール
| ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
コロコロ時代(2016年) | ||||||
名前 | ||||||
本名 |
フスト・ウィルマール・ビジャール・ビベロス Justo Wilmar Villar Viveros | |||||
ラテン文字 | Justo VILLAR | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 | パラグアイ | |||||
生年月日 | 1977年6月30日(47歳) | |||||
出身地 | セリート | |||||
身長 | 180cm | |||||
体重 | 80kg | |||||
選手情報 | ||||||
ポジション | GK | |||||
クラブ1 | ||||||
年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
1996-2000 | ソル・デ・アメリカ | 103 | (0) | |||
2001-2004 | リベルタ | 109 | (0) | |||
2004-2008 | ニューウェルズ | 135 | (0) | |||
2008-2011 | バリャドリード | 44 | (0) | |||
2011-2013 | エストゥディアンテス | 18 | (0) | |||
2013 | ナシオナル | 13 | (0) | |||
2013-2017 | コロコロ | 87 | (0) | |||
2017-2018 | ナシオナル | 0 | (0) | |||
代表歴2 | ||||||
1997 | パラグアイ U-20 | 5 | (0) | |||
2000 | パラグアイ U-23 | 4 | (0) | |||
1999-2018 | パラグアイ | 120 | (0) | |||
1. 国内リーグ戦に限る。 2. 2018年6月12日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
フスト・ウィルマール・ビジャール・ビベロス(Justo Wilmar Villar Viveros, 1977年6月30日 - )は、パラグアイ・ニェーンブク県セリート出身の元同国代表サッカー選手。ポジションはゴールキーパー。
来歴
[編集]クラブ
[編集]クルブ・ソル・デ・アメリカからデビューし、エベル・ウーゴ・アルメイダの指導を受けた。2001年にクルブ・リベルタに移籍し、2002年には24年ぶりのリーグ優勝を果たし、2003年にはリーグ連覇した。2004年、アルゼンチンのニューウェルズ・オールドボーイズに移籍し、2004アペルトゥーラでリーグ優勝し、アルゼンチンの報道陣から年間最優秀選手とみなされた。2004年にはパラグアイ最優秀選手にも選ばれた。
2008年夏、スペインのレアル・バリャドリードに移籍した。シーズン序盤はセルヒオ・アセンホの控えだったが、12月7日のCAオサスナ戦でデビューし、3か月半の間レギュラーとして出場した。シーズン終盤は再びアセンホがレギュラーを務めた[1]。アセンホがアトレティコ・マドリードに移籍して迎えた2009-10シーズンはヘタフェCFから復帰したハコボ・サンスの控えとして開幕を迎えたが、7節までに16失点したハコボの代わりに8節からゴールを守った。しかし、2010年3月28日に行われたシェレスCD戦で退場処分を受け、その後はハコボにポジションを再び譲りチームも最終節のFCバルセロナ戦で大敗して2部に降格した。
2011年、エストゥディアンテス・デ・ラ・プラタに移籍した。2013年、クルブ・ナシオナルに移籍した。
2017年7月19日、CSDコロコロからクルブ・ナシオナルに復帰することが発表された[2]。
代表
[編集]1997年にFIFA U-20ワールドカップに出場した。パラグアイ代表として2001年、2004年、2007年の3回のコパ・リベルタドーレス、2002年と2006年、2010年の3回のFIFAワールドカップに出場した。2006 FIFAワールドカップは正GKとして大会を迎えたが、初戦のイングランド戦で開始8分に負傷し、その後の試合に出場できなかった[3]。2010 FIFAワールドカップ南米予選には18試合のうち17試合に出場した。本大会でも正GKとして出場し、ゲームキャプテンを務めた。初戦のイタリア戦では1失点を喫したものの、その後は安定した守備で無失点に抑え、チームの首位通過に貢献した。決勝トーナメント1回戦の日本戦でも安定した守備でPK戦の末、勝利し、準々決勝のスペイン戦ではシャビ・アロンソのPKを止めるなど存在感をアピールし、試合は敗北したもののパラグアイを初のベスト8に導いた。引退試合として招集された2018年6月12日の日本戦に先発出場し、前半12分に交代した[3]。この試合で代表を引退し、代表歴代2位となる通算120試合出場を記録した[3]。
代表歴
[編集]出場大会
[編集]試合数
[編集]- 国際Aマッチ 120試合 0得点(1999年-2018年)[4]
パラグアイ代表 | 国際Aマッチ | |
---|---|---|
年 | 出場 | 得点 |
1999 | 8 | 0 |
2000 | 1 | 0 |
2001 | 1 | 0 |
2002 | 0 | 0 |
2003 | 9 | 0 |
2004 | 8 | 0 |
2005 | 9 | 0 |
2006 | 5 | 0 |
2007 | 11 | 0 |
2008 | 9 | 0 |
2009 | 10 | 0 |
2010 | 12 | 0 |
2011 | 11 | 0 |
2012 | 5 | 0 |
2013 | 4 | 0 |
2014 | 2 | 0 |
2015 | 7 | 0 |
2016 | 7 | 0 |
2017 | 0 | 0 |
2018 | 1 | 0 |
通算 | 120 | 0 |
タイトル
[編集]クラブ
[編集]- リベルタ
- リーガ・パラグアージャ : 2002, 2003
- ニューウェルズ
- プリメーラ・ディビシオン : 2004アペルトゥーラ
- コロコロ
- カンペオナート・ナシオナル : 2014クラウスーラ, 2015アペルトゥーラ
個人
[編集]- パラグアイ最優秀選手賞 : 2004
- コパ・アメリカゴールデングローブ賞(最優秀GK賞) : 2011
脚注
[編集]- ^ zerozero.pt. “Justo Villar Época 2008/2009”. 2009年8月31日閲覧。
- ^ “Justo Villar ficha por Nacional de Paraguay tras su polémica salida de Colo Colo”. Emol.com (2017年7月19日). 2017年10月7日閲覧。
- ^ a b c “パラグアイの40歳守護神、日本戦で代表引退。2010年W杯決勝Tでも対戦”. フットボールチャンネル. (2018年6月12日) 2018年6月14日閲覧。
- ^ フスト・ビジャール - National-Football-Teams.com
外部リンク
[編集]- Justo Villar (@Justo_Villar1) - X(旧Twitter)
- フスト・ビジャール - National-Football-Teams.com
- フスト・ビジャール - Soccerway.com
- フスト・ビジャール - FootballDatabase.eu
- フスト・ビジャール - WorldFootball.net
- フスト・ビジャール - Transfermarkt.comによる選手データ
- フスト・ビジャール - FIFA主催大会成績
- フスト・ビジャール - BDFutbol.com
- フスト・ビジャール - AS.com
- BDFutbol profile
- パラグアイのサッカー選手
- サッカーパラグアイ代表選手
- クラブ・リベルタの選手
- ニューウェルズ・オールドボーイズの選手
- レアル・バリャドリードの選手
- エストゥディアンテス・デ・ラ・プラタの選手
- クラブ・ナシオナルの選手
- CSDコロコロの選手
- コパ・アメリカ1999出場選手
- コパ・アメリカ2001出場選手
- コパ・アメリカ2004出場選手
- コパ・アメリカ2007出場選手
- コパ・アメリカ2011出場選手
- コパ・アメリカ2015出場選手
- コパ・アメリカ・センテナリオ出場選手
- FIFAワールドカップパラグアイ代表選手
- 2002 FIFAワールドカップ出場選手
- 2006 FIFAワールドカップ出場選手
- 2010 FIFAワールドカップ出場選手
- FIFAセンチュリークラブ
- 1977年生
- 存命人物