サ・イラ
「サ・イラ」(仏: Ah ! ça ira, ça ira, ça ira)はフランス革命の際に流行した歌で、「ラ・マルセイエーズ」や「ラ・カルマニョール」 (La Carmagnole) と並んで代表的な革命歌のひとつ。1790年5月に歌われたのを最初の記録とする。その後、革命後期に至るまでいくつかの言い回しの変化を経て、今日知られる有名なものとなった。
「ア・サ・イラ」または「アサイラ」とも表記する。
オリジナル版
[編集]原曲は「ル・カリヨン・ナショナル(Le Carillon national)」という人気のあったコントルダンス曲で、テアトル・ボージョレーのバイオン奏者(資料によっては打楽器奏者ともいう)のベクールが作曲した。この曲は、王妃マリー・アントワネット自身も、しばしばクラブサンで演奏したと言われている。オリジナルの「サ・イラ」はこの曲に兵士出身の辻歌手ラドレが、即興で自作の歌詞をつけたといわれている。
この曲の題名と反復句は、大陸会議の代表としてフランスで大変人気のあったベンジャミン・フランクリンの影響を受けていた。彼は、アメリカ独立戦争について尋ねられるといつも、いささか怪しいフランス語で「ア、サ・イラ、サ・イラ」(上手く行くよ)と答えるのだった。
この歌は、1790年7月14日の全国連盟祭(Fête de la Fédération; 革命1周年の祭典)の前の「手押し車の日」(journée des brouettes; 革命の1周年を記念する祭典のために貴族も庶民も手押し車を押して会場設営に励んだという。)の期間に大いに広まった。しかし14日の夕方、にわか雨に見舞われて散会した時に、ある共和主義者の市民が「貴族は街灯に吊るせ」という繰り返しの句を入れ、民衆の興奮が爆発する結果になった。
Ah ! ça ira, ça ira, ça ira Le peuple en ce jour sans cesse répète, |
ああ!うまくいく、うまくいく、うまくいく 人々はこの日、何度も何度も繰り返す |
Nos ennemis confus en restent là Et nous allons chanter « Alléluia ! » |
われらの敵は混乱し、立ちすくむ そしてわれらはアレルヤを歌うだろう |
Suivant les maximes de l'évangile Du législateur tout s'accomplira. |
福音書の教えに従い 立法者によって全ては成し遂げられるだろう |
Pierrette et Margot chantent la guinguette Réjouissons-nous, le bon temps viendra ! |
ピエレとマルゴがギャンゲットで歌っている 喜べ、よい時代がやってくるだろう |
Ah ! ça ira, ça ira, ça ira Par les flambeaux de l'auguste assemblée, |
ああ!うまくいく、うまくいく、うまくいく 威厳ある議会の光輝により |
Ah ! ça ira, ça ira, ça ira Quand l'aristocrate protestera, |
ああ!うまくいく、うまくいく、うまくいく 貴族たちが抗議したとしても |
Petits comme grands sont soldats dans l'âme, Pendant la guerre aucun ne trahira. |
幼き者も老いたる者もみな兵士の心をもち 戦争のさなかに裏切ることはないだろう |
Ah ! ça ira, ça ira, ça ira Lafayette dit : « Vienne qui voudra ! |
ああ!うまくいく、うまくいく、うまくいく ラファイエットは言う、「志のある者は来たれ! |
サン・キュロット版
[編集]フランス革命も後期になるとサン・キュロットによって歌詞がより過激なものに変化した。オリジナル版が、貴族や聖職者の支配を排除し、民衆の正義を実現するといった内容であったのに対し、貴族や聖職者の処刑をはっきりと叫び、求める内容になっていった。
Ah! ça ira, ça ira, ça ira les aristocrates à la lanterne! |
ああ!うまくいく、うまくいく、うまくいく 貴族どもを街灯へ! |
Si on n' les pend pas On les rompra |
吊るすのでなけりゃ 奴らを壊そう |
Nous n'avions plus ni nobles, ni prêtres, Ah ! ça ira, ça ira, ça ira, |
われらはもはや貴族も聖職者ももたぬ ああ!うまくいく、うまくいく、うまくいく |
その後
[編集]この歌は恐怖政治の時代の後も生き残った。そして総裁政府(1795年 - 1799年)の時期にはショーの前に歌うことが義務付けられたが、執政政府(1799年 - 1804年)期には禁じられた。
トリビア
[編集]- 元宮廷音楽家のクロード=ベニーニュ・バルバトルは、1792年にラ・マルセイエーズとこの歌のピアノもしくはオルガン用の編曲(楽譜)を残している。彼の元パトロンたちが迫害・処刑される中で、自身の迫害を免れるために作られたと見られる。
- フランス海軍の戦列艦「ラ・クーローヌ」(王冠の意)は1792年にこの歌にちなんで「サ・イラ」と改名した。
- サッシャ・ギトリーの映画「シ・ヴェルサイユ・メテ・コンテ」(Si Versailles m'était conté, 1954年)の主題歌として、サン・キュロット版に近い内容の歌詞がエディット・ピアフによって歌われた。
- イギリス陸軍西ヨークシャー連隊(第14歩兵連隊)の速歩行進曲として使われた。ファマールの戦い(1793年)で、第14連隊は「サ・イラ」の音楽に合わせてフランス軍を攻撃し、勝利した。連隊は後日、その栄誉として、連隊の速歩行進曲としてこの曲を与えられた。それは今もヨークシャー連隊によって受け継がれている。
関連リンク
[編集]外部リンク
[編集]- Ça ira (1954) - エディット・ピアフの歌唱
- Original version - マルク・オジュレの歌唱(MP3データ)
参考文献
[編集]- 河野健二 (1989), 『資料フランス革命』, 岩波書店, ISBN 4-00-002669-0 - pp.226-232に「サ・イラ」の全訳あり