網引駅
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網引駅 | |
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駅舎(2017年8月) | |
あびき Abiki | |
◄粟生 (3.5 km) (1.1 km) 田原► | |
所在地 | 兵庫県加西市網引町字堂の前[1] |
所属事業者 | 北条鉄道 |
所属路線 | 北条線 |
キロ程 | 3.5 km(粟生起点) |
電報略号 | ヒキ |
駅構造 | 地上駅[1] |
ホーム | 1面1線[1] |
乗降人員 -統計年度- |
55人/日 -2018年- |
開業年月日 | 1915年(大正4年)3月3日[1] |
備考 | 無人駅[1] |
網引駅(あびきえき)は、兵庫県加西市網引町にある、北条鉄道北条線の駅[1]。
ボランティア駅長により毎月第2、第4月曜に「切り絵教室体験in網引駅」が開催されている。
歴史
[編集]- 1915年(大正4年)3月3日:播州鉄道粟生駅 - 北条町駅間の開通と同時に開業。旅客・貨物の取扱を開始[1]。
- 1923年(大正12年)12月21日:播丹鉄道の駅となる[2]。
- 1943年(昭和18年)6月1日:播丹鉄道の国有化により鉄道省(→国鉄)の駅となる[2]。
- 1945年(昭和20年)3月31日:当駅北西の鶉野飛行場で試験飛行をしていた日本海軍の戦闘機「紫電改」が法華口駅との間の線路をかすめて不時着。そのため線路がゆがみ、直後に通過した上り列車が転覆。死者11人、負傷者104人の大惨事となった[1][3]。北条線列車脱線転覆事故を参照。
- 1962年(昭和37年)3月1日:貨物の取扱を廃止[2]。
- 1973年(昭和48年)10月1日:荷物扱い廃止[4]。無人駅となる[5](ただし、1年間のみ日中に限り駅員を一人配置[6])。
- 1984年(昭和59年)6月:放火により駅舎を焼失[1][7]。
- 1985年(昭和60年)4月1日:北条鉄道の駅となる[2]。
- 2003年(平成15年)8月8日:「列車転覆事故殉難の地」と書いた慰霊看板を駅に設置[8]。
- 2012年(平成24年)1月:トイレ新築[9]。
- 2013年(平成25年)
- 2014年(平成26年)2月:ホーム反対側に庭園完成。
- 2018年(平成20年)9月:駅前に立つイチョウが県「景観形成重要建造物」に指定される。[1]
駅構造
[編集]単式ホーム1面1線を有する地上駅[1]。ホームは線路の北側に置かれている。現駅舎は2013年(平成25年)2月19日に再建されたものである[7]。道路からの段差は無い。
駅前にはイチョウの大木があり、加西市の「ふるさとの樹」に指定されていることを示す札が掲げられている。また、駅の北側、田原方に「列車転覆事故殉難の地」碑が建立されている(事故については歴史の節に詳述)。駅の田原方には網引第4踏切があり、駅の南側に抜けることも可能である。
旧駅舎は1984年6月放火により焼失したが、前記の通り、2013年2月19日に再建された[7][11]。駅周辺は播磨中央自転車道中間点休憩所として、最新式多目的トイレ、駐車場、駐輪場、花壇が整備され[10]、地域住民との交流を広げる憩いの場としても活用されている。
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網引駅全景
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ホーム風景
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駅前にある紅葉したイチョウの大木
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待合室風景
利用状況
[編集]1日乗降人員推移[12] | |
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年度 | 1日平均人数 |
2011年 | 50 |
2012年 | 30 |
2013年 | 40 |
2014年 | 44 |
2015年 | 64 |
2016年 | 81 |
2017年 | 44 |
2018年 | 55 |
駅周辺
[編集]駅付近は田畑が広がるが、駅北側には集落や駐在所がある。加古川の支流である下里川と万願寺川は、駅南方で合流する。加西南産業団地は駅南側にあり、そこから更に南へ進むと網引湿原(※兵庫県の指定文化財[13][14])に至る。
- 新鮮野菜直売所あびき
- 加西警察署 網引駐在所
- 加西南産業団地
- 兵庫県道79号高砂加古川加西線
- 兵庫県道81号小野香寺線
- 兵庫県道572号播磨中央自転車道線
- 万願寺川
- 下里川
隣の駅
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c d e f g h i j 『兵庫の鉄道全駅 JR・三セク』神戸新聞総合出版センター、2011年12月15日、220頁。ISBN 9784343006028。
- ^ a b c d 曽根悟(監修) 著、朝日新聞出版分冊百科編集部 編『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 公営鉄道・私鉄』 14号 神戸電鉄・能勢電鉄・北条鉄道・北近畿タンゴ鉄道、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2011年6月19日、19頁。
- ^ 神戸新聞 (2005年8月25日). “礎-現代が残したもの- 10.海軍鶉野飛行場跡(加西市)”. 神戸新聞. 2005年11月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年7月27日閲覧。
- ^ “日本国有鉄道公示第180号”. 官報. (1973年10月1日)
- ^ 「通報 ●加古川線市場駅ほか8駅の駅員無配置について(旅客局)」『鉄道公報』日本国有鉄道総裁室文書課、1973年10月1日、9面。
- ^ 「加古川線などの営近を実施 大鉄」『交通新聞』交通協力会、1973年10月2日、1面。
- ^ a b c d “火災で焼失以来、29年ぶり 網引駅舎を再建 北条鉄道 寄付やボランティアで トイレも増築”. 神戸新聞(朝刊) (神戸新聞社): p. 23(北播). (2013年2月20日)
- ^ 神戸新聞 (2003年8月8日). “庶民の悲劇、後世に 大戦末期の北条鉄道脱線転覆”. 神戸新聞. 2003年8月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年7月27日閲覧。
- ^ “沿革”. 会社情報. 北条鉄道. 2022年12月1日閲覧。
- ^ a b 北条鉄道. “路線図・駅紹介”. 2015年12月18日閲覧。
- ^ 神戸新聞 (2005年8月25日). “網引町 - 協議委員会報告”. 2013年7月27日閲覧。
- ^ 国土数値情報(駅別乗降客数データ) - 国土交通省、2020年9月11日閲覧
- ^ “県指定文化財 網引湿原”. 加西市 (2020年11月30日). 2022年10月6日閲覧。
- ^ 山下公明(あびき湿原保存会 代表): “あびき湿原って凄い!!”. 共生のひろば. 兵庫県立人と自然の博物館. pp. 74-76 (2016年3月). 2022年10月6日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 網引駅 - 北条鉄道