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竹ヶ鼻町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
たけがはなちょう
竹ヶ鼻町
廃止日 1954年4月1日
廃止理由 新設合併
正木村足近村小熊村竹ヶ鼻町上中島村下中島村江吉良村堀津村福寿村桑原村 → 羽島市
現在の自治体 羽島市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 岐阜県
羽島郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
面積 5.38 km2.
総人口 11,737
(1954年)
隣接自治体 岐阜県羽島郡正木村江吉良村堀津村上中島村下中島村足近村小熊村福寿村
愛知県中島郡朝日村
竹ヶ鼻町役場
所在地 岐阜県羽島郡竹ヶ鼻町狐穴3016
座標 北緯35度19分12秒 東経136度42分12秒 / 北緯35.31992度 東経136.70336度 / 35.31992; 136.70336座標: 北緯35度19分12秒 東経136度42分12秒 / 北緯35.31992度 東経136.70336度 / 35.31992; 136.70336
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竹ヶ鼻町(たけがはなちょう)は、かつて岐阜県羽島郡に存在したである。

現在の羽島市竹鼻町とその周辺に該当する。

名称

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  • 竹ヶ鼻は竹ケ鼻と表記される場合も多い。
  • 竹ヶ鼻は、明治以降から竹鼻とも呼称していたと推測される。

歴史

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  • かつてこの地域は尾張国葉栗郡であったが、1586年天正14年)の大洪水により木曽川の流れが大きく変わり、この地域は美濃国に編入され、美濃国羽栗郡となる。
  • 江戸時代末期、この地域は尾張藩領、天領であった。
  • 1889年(明治22年)7月1日 - 竹ヶ鼻村が町制施行。竹ヶ鼻町になる。
  • 1897年(明治30年)4月1日[1] - 羽栗郡と中島郡と合併して羽島郡となる。
  • 1926年(大正15年)5月1日 - 駒塚村を編入する。
  • 1935年(昭和10年)6月22日 - 日本航空輸送の郵便機が町内に墜落。五戸全焼。同町出身の操縦士1人が死亡[2]
  • 1954年(昭和29年)4月1日 - 正木村、江吉良村、堀津村、上中島村、下中島村、桑原村、足近村、小熊村、福寿村と合併羽島市が発足。同日竹ヶ鼻町廃止。

経済

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美濃路脇往還の竹鼻街道・駒塚街道(富田[3] - 竹鼻 - 大垣)の中継地、木曽川長良川の水運(逆川を利用)の中継地として、商業の街として栄えた。また、江戸時代後期からは美濃縞織物)の生産の中心地であった。現在も古い商家の町並みが残る。江戸時代の建物は1891年(明治24年)の濃尾地震によってほとんど焼失しており、現在の建物は濃尾地震以後に建てられたものである。

交通

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鉄道

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教育

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小学校

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中学校

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高等学校

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娯楽

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名所・旧跡・観光スポット

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脚注

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  1. ^ 揖斐郡志』、揖斐郡教育会、1924年12月、292-295頁
  2. ^ 郵便機が民家に墜落、五戸全焼『新愛知新聞』昭和10年6月23日(『昭和ニュース事典第5巻 昭和10年-昭和11年』本編p144 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)
  3. ^ 美濃路萩原宿起宿の間の一里塚のある地名。現・一宮市富田
  4. ^ 1944年休止。1969年廃止

関連項目

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