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磐石博文

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

磐石 博文(ばんじゃく ひろふみ、1948年10月21日 - 2001年8月22日[1])は、奈良県御所市出身で朝日山部屋に所属した元大相撲力士。本名は辻川 博文(つじかわ ひろふみ)(旧姓・萩山)。177cm、150kg。最高位は東十両8枚目。得意技は右四つ、寄り。

経歴

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中学生の時に朝日山が訪ねて来て「夏休みに1度、東京へ遊びにおいで。ゆっくり東京見物させてあげるよ」と言われたので、相撲は嫌いだったが喜んで上京した。朝日山部屋の人達が親切に接してきたので、我慢して過ごしている内に入門を決意し、入門するにあたって墨田区立堅川中学校に転校した。 1962年9月場所に初土俵。1969年9月場所に十両昇進、翌11月場所に四股名を磐石に改める。1974年7月場所に25歳で廃業。廃業した後は飲食業を営んだ後、家業の「辻川工務店」を継いだ。

主な成績

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  • 通算成績:279勝255敗13休 勝率.522
  • 十両成績:53勝67敗 勝率.442
  • 現役在位:72場所
  • 十両在位:8場所

場所別成績

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磐石 博文
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
1962年
(昭和37年)
x x x x (前相撲) (前相撲)
1963年
(昭和38年)
東序ノ口16枚目
0–1–6 
(前相撲) 西序ノ口11枚目
3–4 
西序二段92枚目
5–2 
東序二段39枚目
6–1 
西三段目71枚目
4–3 
1964年
(昭和39年)
西三段目50枚目
4–3 
東三段目41枚目
3–4 
東三段目52枚目
4–3 
東三段目40枚目
3–4 
西三段目51枚目
4–3 
東三段目34枚目
4–3 
1965年
(昭和40年)
西三段目23枚目
4–3 
東三段目9枚目
5–2 
東幕下83枚目
2–5 
東三段目4枚目
2–5 
西三段目21枚目
4–3 
東三段目7枚目
5–2 
1966年
(昭和41年)
西幕下88枚目
3–4 
西幕下90枚目
6–1 
東幕下60枚目
5–2 
西幕下41枚目
2–5 
東幕下62枚目
5–2 
西幕下43枚目
4–3 
1967年
(昭和42年)
西幕下36枚目
4–3 
西幕下28枚目
4–3 
東幕下29枚目
2–5 
東幕下44枚目
4–3 
東幕下38枚目
4–3 
西幕下29枚目
3–4 
1968年
(昭和43年)
西幕下36枚目
5–2 
西幕下24枚目
2–5 
東幕下38枚目
4–3 
東幕下32枚目
5–2 
東幕下22枚目
4–3 
西幕下18枚目
5–2 
1969年
(昭和44年)
東幕下9枚目
5–2 
西幕下2枚目
3–4 
西幕下4枚目
4–3 
西幕下2枚目
5–2 
西十両11枚目
9–6 
東十両8枚目
7–8 
1970年
(昭和45年)
東十両10枚目
5–10 
西幕下筆頭
4–3 
東幕下筆頭
3–4 
西幕下3枚目
0–7 
東幕下28枚目
4–3 
東幕下23枚目
5–2 
1971年
(昭和46年)
東幕下11枚目
3–4 
西幕下17枚目
5–2 
東幕下8枚目
4–3 
西幕下5枚目
4–3 
西幕下3枚目
2–5 
西幕下13枚目
5–2 
1972年
(昭和47年)
東幕下7枚目
3–4 
西幕下10枚目
4–3 
東幕下8枚目
4–3 
西幕下4枚目
3–4 
西幕下9枚目
5–2 
東幕下4枚目
5–2 
1973年
(昭和48年)
東十両13枚目
9–6 
西十両9枚目
7–8 
東十両11枚目
8–7 
西十両9枚目
7–8 
西十両11枚目
1–14 
東幕下14枚目
3–4 
1974年
(昭和49年)
東幕下23枚目
3–4 
西幕下29枚目
4–3 
東幕下22枚目
3–4 
西幕下30枚目
引退
0–0–7
x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴

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  • 高津花(たかつはな)1962年9月場所 - 1963年11月場所
  • 二瀬花(ふたせはな)1964年1月場所 - 1966年1月場所
  • 萩山 博文(はぎやま ひろふみ)1966年3月場所 - 1969年9月場所
  • 磐石 博文(ばんじゃく ひろふみ)1969年11月場所
  • 磐石 龍彦(ばんじゃく たつひこ)1970年1月場所 - 1970年5月場所
  • 萩山 博文(はぎやま ひろふみ)1970年7月場所 - 1974年7月場所

その他

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萩山を名乗った期間が長いが、最高位である東十両8枚目の時の四股名は磐石である。

次男が2002年3月場所に同じ朝日山部屋に入門し、一時は父と同じ磐石の四股名を名乗っていたが、現在は伊勢ヶ濱部屋に移籍し、四股名も御室岳に改めている。

参考文献

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  • 大相撲力士名鑑平成13年版、水野尚文、京須利敏、共同通信社、2000年、ISBN 978-4764104709

出典

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関連項目

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外部リンク

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