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猪熊兼幹

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
猪熊兼幹
時代 昭和時代
生誕 (1899-08-10) 1899年8月10日
死没 (1967-06-12) 1967年6月12日(67歳没)
主君 昭和天皇
氏族 卜部猪熊家
父母 父:猪熊浅麻呂
兄弟 兼幹兼繁
子供 兼年
奉職神社 白鳥神社香川県東かがわ市
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猪熊 兼幹(いのくま かねもと[1])は、日本の神職官僚猪熊浅麻呂の長男[2]。弟は猪熊兼繁[3]。祖父の猪熊夏樹白鳥神社の10代宮司・宮中進講(皇族のための教師)。子に猪熊兼年。甥に猪熊兼勝。大甥に猪熊兼樹


生涯

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官僚として

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1899年明治32年)8月2日京都府に生まれる[1]

1924年大正13年)、明治大学法学部を卒業し、同年内閣属となる[1]

1930年昭和5年)、内閣統計局統計官補に任じられた[1]

祠官として

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1933年(昭和8年)、白鳥神社社掌に就任する[1]

1945年(昭和20年)、父で社司の浅麻呂が帰幽したことに伴い、同社社司に昇任する[1]

1946年(昭和21年)、制度の廃止を受けて同社宮司に就任、同年神社庁副庁長に任じられる[1]

1962年(昭和37年)、神社本庁評議員を務める[1]

1967年(昭和42年)6月12日、帰幽した[1]。行年68歳[2]

脚注

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  1. ^ a b c d e f g h i 神社新報社 1986, p. 359.
  2. ^ a b 猪熊兼年 2002, p. 101.
  3. ^ 猪熊兼年 2002, p. 103.

参考文献

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