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「観光」の版間の差分

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'''観光'''(かんこう、{{Lang-en-short|sightseeingあるいはleisure travel}}、{{Lang-fr-short|tourisme}}、{{Lang-de-short|Fremdenverkehr}})は次のような意味の用語。
{{複数の問題
*(狭義)他の国や地方を訪ね、[[風景]]・[[史跡]]・風物などを見聞したり[[体験]]すること<ref>{{Cite Kotobank |word=観光 |author=デジタル大辞泉 |accessdate=2022-05-03}}</ref><ref>大辞林</ref><ref name="sekaidaihyakka">世界大百科事典第2版</ref>。(この意味だと特定する場合は「観光行動」という)
| 脚注の不足 = 2018年8月
*(一般的な意味)楽しみを目的とする旅行全般<ref name="nihondaihyakka">『日本大百科全書』【観光】</ref>。(「観光」の一般的な意味。この意味では「観光旅行」ともいわれている。)
| 独自研究 = 2018年8月
*(広義)人々による観光行動および、関連する事象を含めた社会現象<ref name="sekaidaihyakka" /><ref name="nihondaihyakka" />。(ややまれな使い方。この意味だと特定する場合は「観光現象」という)
}}
'''観光'''(かんこう、{{Lang-en-short|sightseeingあるいはleisure travel}}、{{Lang-fr-short|tourisme}})とは、もともとは「日常の[[生活]]では見ることのできない[[風景]]・[[風俗]]・[[習慣]]などを見て回る[[旅行]]」を意味したが、旅行が安全性になり快適になるにつれて「<u>楽しみのための</u>旅」全般を指す言葉として広く使用されるようになっている<ref>『日本大百科全書』【観光】</ref>。


== 概説 ==
[[英語]]ではサイトシーイング([[:en:sightseeing]])と、ツーリズム([[:en:tourism]])をはっきり区別している。
;概念の変遷、用語、狭義・広義
英語は、原則的に[[主語]]を明記し、行為の主体は誰なのか、誰が行う行為なのかはっきりさせる言語なので、やはり主語をはっきりさせるのである。サイトシーイング(sightseeing)のほうは、特定の地で興味ある場所を訪れる行為。一方、ツーリズム(tourism)のほうは「関心を持たれる場所を訪れるための<u>商業的な組織や運営</u>」<ref>[https://www.lexico.com/definition/tourism]</ref>。つまりツーリズムのほうは観光業や観光業者にすぎず、業者側の組織や運営のことを言っているにすぎない。別概念である。なおフランス語では観光をトゥリスム({{Lang-fr-short|tourisme}})と言う。定義は「楽しみのために旅をしたり場所を訪れること」<ref>Action de voyager, de visiter un site pour son plaisir.</ref>であり、まさに観光を指している。
[[ファイル:Paris_Parvis_des_Droits_de_l'homme_towards_Eiffel_Tower.jpg|サムネイル|[[パリ]]の[[エッフェル塔]]を訪れる人々(2007年)]]
[[ファイル:Trekking.jpg|サムネイル|イタリアの山々を[[トレッキング]]する旅行者(2005年)]]
観光の定義は時代とともに変遷し、識者の間でも見解が異なっている{{Sfn|溝尾|2015|pp=4-6}}。


もともとは「日常の[[生活]]では見ることのできない[[風景]]・[[風俗]]・[[習慣]]などを見て回る[[旅行]]」を意味したが、旅行が安全性になり快適になるにつれて「楽しみのための旅」全般を指す言葉として広く使用されるようになっている<ref name=":0">{{Cite Kotobank |word=観光 |author=日本大百科全書 |accessdate=2022-05-03}}</ref>。
日本語の観光はあくまでサイトシーイング(sightseeing)のほうである。


現在、ごく一般的な意味の「観光」(つまり「(人々による)観光行動」を指す言葉としての「観光」)は、「人々が気晴らしや休息ならびに見聞を広めるために(※)、日常生活では体験不可能な文化や自然に接する余暇行動である」と規定することができる<ref name=":0" />。
本記事では、基本は日本語の定義どおり観光をする側、つまり旅行者側の視点で説明してゆく。ただし若干は観光業にも言及する。
::(※)「〜のために」は[[目的]]を示している表現であり、一般的な定義文としてはこれが妥当、無難ではある。ただし補足説明をしておくと、観光のなかには、一部ではあるが、[[ダークツーリズム]]のように「[[悲しみ]]」の感情に焦点をあて動機になっているような、つまり単純な娯楽が目的ではない場合もある<ref name="ide2012">{{Cite web |author=井出明 |date=2012-03 |url=http://jafeeosaka.web.fc2.com/pdf/B5-1ide2.pdf |title=日本におけるダークツーリズム研究の可能性 |format=PDF |work=進化経済学会論集No.16 |publisher=進化経済学会 |accessdate=2022-05-03 |authorlink=井出明 |quote=tourism という言葉は、通常「観光」と訳される。観光という訳語を当てた場合、その定義は「非日常性」と「非営利性」を持つとともに、一般的にはレジャーの一種として捉えられ、娯楽性のある楽しいものとして認識される。しかし、ダークツーリズムが意味するところは、レジャーや娯楽とは離れた対極に位置していると言って良い}}</ref>。また、昔は単に「見るだけ」「聞くだけ」というタイプの観光が多かったが、ここ数十年では[[ニューツーリズム]]という用語・概念が用いられるようになっており、(ただ何かを「見る」「聞く」だけの旅ではなく)[[体験]]を重視した旅などが模索されている<ref name=":1">{{Cite web |title=2.ニューツーリズムの概念 |url=https://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/sangyou/new_tourism.html |website=www.mlit.go.jp |access-date=2022-05-03 |publisher=観光庁 |work=ニューツーリズム創出・流通促進事業 |date=2010-07-01}}</ref><ref name=":6">{{Cite web |title=II.21世紀初頭の観光振興を考える基本的視点 |url=https://www.mlit.go.jp/kisha/oldmot/kisha00/koho00/tosin/kansin/index2_.html |access-date=2022-05-04 |publisher=国土交通省 |author=観光政策審議会 |work=21世紀初頭における観光振興方策 ~観光振興を国づくりの柱に~(答申第45号) |quote=また、「観光」という言葉は、中国の四書五経の一つ「易経」の一文である「観国之光」が語源とされているが、それは「国の文化、政治、風俗をよく観察すること」、「国の風光・文物を外部の人々に示すこと」というような意味・語感を有していたといわれていること等も考えあわせると、いわゆる「観光」の定義については、単なる余暇活動の一環としてのみ捉えられるものではなく、より広く捉えるべきである。}}</ref>。つまり自分の身体を動かして実際に何かを行うような観光も広まってきている。

また「観光」という用語は広義には(まれには)、「人々の観光行動」によって生起する社会現象<ref name=":0" />も指す。つまり人々による「観光行動」に加えてそれに関連する諸事象を含めて社会現象としての「観光現象」まで指すこともある<ref name="sekaidaihyakka" />。(このような特殊な意味だとはっきりさせる場合は、最初から「観光現象」という。)

[[日本国政府]]諮問機関による公式な定義は、[[#日本の観光政策]]を参照のこと。

=== サイトシーイングとツーリズム ===
関連性が高い英語としては、サイトシーイング({{Lang-en-short|sightseeing}})と[[:en:tourism|ツーリズム]]({{Lang-en-short|tourism}})があるが、後述するとおり日本語の「観光」とは語源が異なるため完全には対応しない<ref name=":0" />。

==== サイトシーイング ====
サイトシーイングは「現地の名所を訪れる活動<ref>{{Cite web |title=SIGHTSEEING |url=https://www.lexico.com/definition/sightseeing |website=Lexico Dictionaries |access-date=2022-05-03 |language=en |work=Oxford dictionary |quote=The activity of visiting places of interest in a particular location.}}</ref>」などと定義される。日本での観光概念と親和性が高いとされるが<ref>{{Cite Kotobank |word=sightseeing |author=世界大百科事典 |accessdate=2022-05-03}}</ref>、ごく狭義のものを指しているにすぎず{{Sfn|溝尾|2015|pp=2-4}}{{Sfn|溝尾|2015|pp=12-13}}、単なる物見遊山にとどまらなくなった今日の観光形態<ref name=":1" />を網羅しているとは言い難い。

==== ツーリズム ====
英語のツーリズム({{Lang-en-short|tourism}})は「関心を持たれる場所を訪れるための<u>商業的な組織や運営</u><ref>{{Cite web |title=TOURISM |url=https://www.lexico.com/definition/tourism |website=Lexico Dictionaries |access-date=2022-05-02 |language=en |work=Oxford dictionary |quote=The commercial organization and operation of holidays and visits to places of interest.}}</ref>」などと定義される。英語tourは、[[轆轤]]を意味するラテン語のターナス({{Lang-la-short|tornus}})を語源としており、各地を旅行して回ること(巡回旅行)を指す用語として生まれた語であることからも、内容や目的ではなく旅行の態様を重視する側面があり、商業主義の彩色が強いとされる<ref name=":0" />{{Sfn|溝尾|2015|pp=2-4}}{{sfn|竹内 et al.|2018|pp=1-4}}。したがって英語のtourismは日本語の「観光」とは別概念なので、日本語の「観光」を英語に[[翻訳]]する場合はtoursimを用いず、leisure travelなどと訳すことが多い。

一方、フランス語の{{Lang-fr-short|tourisme}}(カタカナ表記はトゥリスムやツーリスムなど<ref>日本という国は、英語は話せてもフランス語は話せない人の数が非常に多いので、フランス語を[[外来語]]として利用する場合も、流通するカタカナ表記が本来の「フランス語式読み」ではなく「英語式読み」になってしまうことは多い。つまりフランス語なのに、英語なまりの読み方をして、それをカタカナ表記にしていることはしばしばある。</ref>)の定義は「楽しみのために旅をしたり場所を訪れること<ref>{{Cite web |title=Définitions : tourisme - Dictionnaire de français Larousse |url=https://www.larousse.fr/dictionnaires/francais/tourisme/78701 |website=www.larousse.fr |access-date=2022-05-02 |language=fr |quote=Action de voyager, de visiter un site pour son plaisir. |author=Editions Larousse}}</ref>」とされ、日本での観光の概念に近いといえる。

(日本語には英語もフランス語も流入し、どちら起源の言葉も[[外来語]]として使われているので、外来語の「ツーリスム」が本当は英語由来の意味で使っているのか、フランス語由来の意味で使っているのか、人によって異なり、混乱している。また英語圏でフランス語を借用することも行われるので、そうした深い次元でも意味が錯綜する。)

ツーリズムを観光の[[上位概念、下位概念、同位概念および同一概念|上位概念]]とする解説もあり{{Sfn|溝尾|2015|pp=4-6}}、目的地での永住や営利を目的としない日常生活圏を一時的に離れる旅行全般及びそれに関連する事象とするものや<ref>{{Cite Kotobank |word=観光 |author=世界大百科事典 |accessdate=2022-05-03}}</ref>、通勤・通学以外のすべての旅行がツーリズムであるとするものもある{{Sfn|溝尾|2015|pp=2-4}}。(フランス語の定義に近いことをいっている)

ツーリズムの定義については日本国外でも意見が分かれており、ビジネス目的も含む旅行全般を指すとするものと{{efn|name="hakusyo"|2000年度版『観光白書』では「兼観光」という言葉が用いられており、楽しみを兼ねる商用旅行の存在も観光の一形態として認められている{{sfn|竹内 et al.|2018|pp=1-4}}。}}、[[レクリエーション]]{{Efn|Clare A. Gunnは、レクリエーションは公共が関与する事業であるとしている{{sfn|溝尾|2015|pp=2-4}}。一方、日本交通公社『余暇社会の旅』(1974年)p277では、レクリエーションは肉体・精神の回復、観光は精神の発展にあるものとされている{{Sfn|溝尾|2015|pp=4-6}}。}}の一形態であるとするものに大別される{{Sfn|溝尾|2015|pp=2-4}}。

[[国際連合|国連]]の[[専門機関]]である[[世界観光機関]](UNWTO)などの国際機関は、ツーリスト({{Lang-en-short|tourist}})を「個人が普段生活している環境、訪問地における雇用を除く、一年未満のビジネス、レジャー及びその他のあらゆる目的で訪問地を一泊以上滞在した者<ref>{{Cite web |title=UNWTOの資料の中で観光客(Tourists)の定義について教えてください。 |url=https://unwto-ap.org/faq/unwtoの資料の中で観光客(touristsの定義について教えて/ |website=UNWTO |access-date=2022-05-05 |date=2019-02-25}}</ref>」などと定義している{{sfn|竹内 et al.|2018|pp=1-4}}<ref>{{Cite web |title=OECD Glossary of Statistical Terms - Tourism Definition |url=https://stats.oecd.org/glossary/detail.asp?ID=2725 |website=stats.oecd.org |access-date=2022-05-05 |publisher=[[経済協力開発機構]] |quote=Tourism is defined as the activities of persons travelling to and staying in places outside their usual environment for not more than one consecutive year for leisure, business and other purposes not related to the exercise of an activity remunerated from within the place visited. |language=en |date=2001-09-25}}</ref>。


== 歴史 ==
== 歴史 ==
[[ファイル:Jean_Preudhomme.jpg|サムネイル|[[ダグラス・ハミルトン (第8代ハミルトン公爵)|第8代ハミルトン公爵]]のグランドツアー]]
人類最古の観光の形態は[[聖地]]への[[巡礼]]の旅であったと考えられている<ref name="Spain40">『現代スペイン情報ハンドブック 改訂版』三修社、2007年、40頁</ref>。
{{Seealso|旅行}}
古代において、苦痛で危険なものであった旅は、必要に迫られて行うものが大部分で、楽しみや好奇心を満たすためだけの旅は殆ど行われていなかったと考えられる。しかしながら、エジプトの[[ジェセル王のピラミッド]]付近の小神殿からは紀元前1244年に相当する日付とともに書紀の兄弟が観光旅行をしていたことを記した落書きが発見されているなど、観光を主たる目的とする旅が既にこの頃から存在していたことが伺われる<ref name=":5">{{Harvnb|石井|2022|loc=前編 第1部 第1章 旅の始まり}}</ref>。[[古代ギリシア|古代ギリシャ]]・[[古代ローマ|ローマ]]においても、[[古代オリンピック]]の観戦、神々を祀る神殿への参詣や名所旧跡を訪ねる旅が行われていたが、それらの担い手は裕福な特権階級に限られていた{{sfn|竹内 et al.|2018|pp=11-16}}。

古来から行われていた観光の形態の一つとしては[[聖地]]への[[巡礼]]の旅が挙げられる<ref name=":5" />。例えば、スペインでは世界各国から[[サンティアゴ・デ・コンポステーラ]]への巡礼者を1000年以上にわたって受け入れてきた歴史がある{{sfn|竹内 et al.|2018|pp=11-16}}<ref name="Spain40">『現代スペイン情報ハンドブック 改訂版』三修社、2007年、40頁</ref>。

近世に入ると、[[ヨーロッパ]]各地を周遊する教育の旅([[グランドツアー]])を師弟にさせることがイギリスの貴族・[[ジェントリ]]層で流行した。当時は治安が悪く道中には[[海賊]]や[[強盗]]が跋扈していたうえに、[[国際紛争]]が頻発しており、現地の[[売春]]や[[賭博]]で身を持ち崩す者も多数いたが、旅によって得られる経験とその後のキャリアは危険を補って余りあるものであった{{sfn|竹内 et al.|2018|pp=11-16}}<ref name=":3">{{Cite web |title=御朱印ブームとアニメ聖地巡礼―「脱魔術化」と「再魔術化」のはざまで― |url=http://human.kanagawa-u.ac.jp/gakkai/student/plusi11.html |website=human.kanagawa-u.ac.jp |access-date=2022-05-03 |publisher=神奈川大学人文学研究所 |author=清水菜月 |work=PLUS No.17 |date=2021-03-15}}</ref><ref>{{Cite journal|和書|author=小林麻衣子|year=2010|title=英国人のグランドツアー : その起源と歴史的発展|url=https://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/detail.php?koara_id=AA11893297-00000018-0036|journal=Booklet|volume=18|pages=36–50|publisher=慶應義塾大学アート・センター}}</ref>。また[[産業革命]]による経済成長に合わせて温泉地や海浜での夏季滞在も行われるようになり、格別の用務のない自発的な旅行が上流社会で定着していった。これらの社会現象がツーリズムの萌芽であるとされる<ref>{{Harvnb|石井|2022|loc=前編 第4部 第1章 新しい旅の形}}</ref>。

ツーリズムという言葉が登場したのは1811年のことで、『[[:en:The Sporting Magazine|Sporting Magazine]]』に掲載されたのが始まりであるとされる{{Sfn|溝尾|2015|pp=2-4}}。興味本位での見物行為が知識人の顰蹙を買っていたのか、当時は侮蔑的ニュアンスを含んでいたという<ref>{{Harvnb|石井|2022|loc=後編 第1部 序章 近代ツーリズムとは}}</ref>。


近代に入ると欧米の若者たちにもファッションとして普及し、[[蒸気機関]]による海上・陸上の交通が発達するに連れて行き先も世界各地に及ぶようになった。1840年代にイギリス人[[トーマス・クック]]([[トーマス・クック・グループ]]の創業者)が[[鉄道]]を利用した[[パッケージツアー]]を始めたのが、旅行産業の誕生であるとされる{{sfn|竹内 et al.|2018|pp=11-16}}<ref name=":3" />{{Sfn|石井|2022|loc=後編第1部 第5章 大陸間旅行の発展:帆船から蒸気船へ}}。
例えばスペインでは世界各国から[[サンティアゴ・デ・コンポステーラ]]への巡礼者を1000年以上にわたって受け入れてきた歴史がある<ref name="Spain40" />。


== 日本における観光の歴史 ==
== 日本における観光の歴史 ==
{{See also|日本の観光}}
;観光という用語の歴史 概観
「観光」の語源は古代中国『[[易経]]』にある「観国之光,利用賓于王(国の光を観る、用て王に賓たるに利し)」との一節による。この句を略した「観光」の日本での早い時期の用例としては、[[幕末]]にオランダから江戸幕府に贈られた軍艦「[[観光丸]]」のほか、[[明治時代]]初めの[[岩倉使節団|米欧使節団]]を率いた[[岩倉具視]]が、報告書である『[[米欧回覧実記]]』冒頭に「観」「光」と揮毫<ref>[https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/761502 特命全権大使米欧回覧実記. 第1篇 米利堅合衆国ノ部][[国立国会図書館]]デジタルコレクション(2018年1月6日閲覧)</ref>した。後者は「外国をよく観察して、日本に役立てる」という意味だったと思われるが、岩倉自身も[[東京奠都]]で衰退した[[京都]]経済を再生するため、外国人らによる京都観光を政府に献策している。


=== 前史 ===
用語としての観光は、朝日新聞データベース「聞蔵」による検索結果によれば、当初は固有名詞(観光丸、観光社、観光寺等)に使用されるケースしかない。普通名詞として使用された初めてのケースは、1893年10月15日に日本人軍人による海外軍事施設視察に使用された「駐馬観光」である。その後日本人軍人から外国人軍人、軍人以外の者の海外視察等へと拡大してゆき、最終的には内外の普通人の視察にも使用されるようになっていったが、いずれも国際にかかわるものである点ではかわりはなかった。
[[ファイル:"A_Tour_Guide_to_the_Famous_Places_of_the_Capital"_from_Akizato_Rito's_Miyako_meisho_zue_(1787).jpg|サムネイル|『[[拾遺都名所図会]]』(1787){{efn|「名どころは これを都の案内者 圖會はしらとも 思ふうつし画」とあり、現在でいうところの[[旅行ガイドブック]]のような役割を担っていたことがうかがえる<ref>{{Cite journal|和書|author=藤川玲満|date=2018-09-26|title=秋里籬島の狂歌 : 籬島社中と名所図会に関して|url=http://id.nii.ac.jp/1560/00000179/|journal=清心語文|issue=18|pages=14–28|publisher=ノートルダム清心女子大学日本語日本文学会|issn=1345-3416}}</ref><ref>{{Cite web |title=01.『都名所図会』と京都——観光の萌芽 |url=http://www.meisyozue.net/home/kanko |website=nishi-note |access-date=2022-05-07 |author=西野由紀}}</ref>。}}<ref>{{Cite web |title=都の案内者 |url=https://www.nichibun.ac.jp/meisyozue/kyotosyui/page7/km_01_179f.html |website=www.nichibun.ac.jp |access-date=2022-05-03 |publisher=国際日本文化研究センター}}</ref>]]
日本では[[律令制|律令国家]]成立後に[[五畿七道]]の行政区画と[[駅伝制]]が導入され、整備された街道を通じて古くから人々の往来が行われていた{{sfn|竹内 et al.|2018|pp=16-19}}。


中世には富と権力を手に入れた上皇や貴族らにより[[平安京]]から[[南都七大寺]]への参拝が行われるようになったのを皮切りに、神社仏閣への巡礼が行われるようになった{{sfn|竹内 et al.|2018|pp=16-19}}。
明治期に多くの概念が西洋から輸入され、漢語を用いて造語され、収斂していった。社会、宗教、会社、情報等がその例として認識されているが、字句としての観光はこれらの新たに造語されたものとは異なり、既に存在していたものである。前述の通り固有名詞の一部として使用され朝日データベースに登場もしている。一方tourismが用語として日本社会において造語しなければならない状況にあったのは現在の資料では不明確である。touristに関してはツーリストと外来語のカタカナ表示がなされていた。


近世に入り社会が安定した[[江戸時代]]中期以降、[[江戸幕府]]や諸藩は信仰や医療{{efn|具体的には[[湯治]]{{Sfn|溝尾|2015|pp=92-93}}。}}を目的とした旅を容認していたことから、[[伊勢神宮]]への参詣が身分を超えて広がり、[[講]]の代表者が参拝を行う代参講や集団で伊勢を目指す[[お蔭参り]]が定着した。それらは次第に名所巡りや飲食を楽しむ旅へと変容し、「旅」「行旅」「遊山」などと呼ばれた。[[寺社]]や景勝地を紹介した各地の[[名所図会]]や、『[[東海道中膝栗毛]]』のような旅行文学も刊行された<ref name=":3" />{{sfn|竹内 et al.|2018|pp=16-19}}<ref name=":4">【明治あとさき 維新150年】(1)旅/寺社参詣から文化観光へ 岩倉具視、京都再生へ「誘客」の妙手『読売新聞』朝刊2018年1月1日</ref>。
朝日新聞データベース「聞蔵」による記事検索では、ツーリストは1913年から外国人にかかわるものとして使用されているが、原語のtourist自体が当時原語国で外国人にかかわるものに限定されていたのかの立証は、これからの研究課題である。ツーリズムという用語については朝日新聞データベース「聞蔵」によれば、戦前は検索されないどころか、昭和末期までほとんど検索結果に表れてこない状況である。なお、観光が国内観光、国際観光を区別しないで使用されるようになったのは、戦後連合国の占領政策が終了する時期、つまり日本人の国内観光が活発化する頃からである。


=== 「観光」という用語の登場 ===
あまり参考にならない情報ではあるが、国土交通省の『[[観光白書]]』では「宿泊旅行」を「観光」「兼観光」「家事、帰省」「業務」「その他」に分けている。この[[解釈]]によると家事、帰省、業務、その他を除いた旅行が「観光」である。
[[ファイル:Japanese-Mission-Samurai-Sphinx-Egypt-1864.png|サムネイル|[[ギザの大スフィンクス]]前で記念撮影する[[横浜鎖港談判使節団]]]]
古代中国の書物である『[[易経]]』に「観国之光,利用賓于王(国の光を観る、用て王に賓たるに利し){{Efn|「他国の制度や文物を視察する」、転じて「他国を旅して見聞を広める」の意<ref name=":0" />。}}」との一節があり、「観光」はこれを略した成句であるというのが定説である<ref name=":0" /><ref name=":6" />{{sfn|竹内 et al.|2018|pp=1-4}}{{Sfn|溝尾|2015|pp=6-17}}<ref name=":8">{{Cite web |title=地域観光政策に関する考察 |url=https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8557843 |website=国立国会図書館デジタルコレクション |access-date=2022-05-04 |year=2008 |author=寺前秀一}}</ref>。したがって、明治期に西洋から輸入された多くの概念が[[和製漢語]]に当てはめられ理解されていったのに対し、観光という言葉そのものの起源は東洋にあるということになる。


「観光」という用語の使用が確認できる最も古いものは、1855年にオランダから[[江戸幕府]]に献上された洋式軍艦「[[観光丸]]」である。誰がどのようにしてこの艦名をつけたのか明らかになっていないが、珍しさや誇らしさを表したり「国の威光を海外に示す」という意味が込められていたと考えられる<ref name=":0" />{{Sfn|溝尾|2015|pp=6-17}}。また、明治時代初めの[[岩倉使節団|米欧使節団]]を率いた[[岩倉具視]]は、報告書である『[[米欧回覧実記]]』冒頭に「観」「光」と揮毫している{{efn|幕末維新ミュージアム霊山歴史館副館長の木村幸比古は、「他国の本質的な物事、優れた光、天下の風光をくまなく観る、理解する」という意であると解説する<ref name=":2" />。}}<ref>[https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/761502 特命全権大使米欧回覧実記. 第1篇 米利堅合衆国ノ部][[国立国会図書館]]デジタルコレクション(2018年1月6日閲覧)</ref>。岩倉は後に、[[東京奠都]]により衰退した[[京都]]の経済再生の一環として、洋風迎賓館を建てて外国の賓客をもてなすことを政府に献策している<ref name=":2">{{Cite web |title=第4回「岩倉具視と京都再生」 |url=https://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/page/0000233972.html |website=京都市情報館 |access-date=2022-05-03 |publisher=京都市 |author=木村幸比古 |work=大政奉還150周年記念プロジェクト |year=2018}}</ref><ref>{{Cite web |title=具視京都皇宮保存ニ関シ意見ヲ上ツル事 |url=https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/781065 |website=国立国会図書館デジタルコレクション |access-date=2022-05-03 |work=岩倉公実記. 下巻 2}}</ref>。なお、「観」という漢字には「示す」という意味もあり、「外国の要人に対して国の光を誇らかに示す」という意味も込められているとする説もある<ref name=":0" />。
;古代
日本でも古代から[[寺社|神社仏閣]]への参詣が行われていた。社会が安定した[[江戸時代]]中期以降、[[伊勢神宮]]などに参るついでに、名所巡りや飲食を楽しむ旅が庶民にも広がった。これらは「旅」「行旅」「遊山」などと呼ばれた。寺社や景勝地を紹介した各地の[[名所図会]]や、『[[東海道中膝栗毛]]』のような旅行文学も刊行された。


このほかに[[佐野藩]]の藩校「観光館」や国産品奨励を目的として設立された「観光社」など固有名詞の中での使用例があるが、用語として広く普及したとは言い難い{{Efn|用語としての観光は、朝日新聞データベース「聞蔵」による検索結果によれば、当初は固有名詞に使用されるケースしかない。普通名詞として使用された初めてのケースは、1893年10月15日に日本人軍人による海外軍事施設視察に使用された「駐馬観光」である。その後日本人軍人から外国人軍人、軍人以外の者の海外視察等へと拡大してゆき、最終的には内外の普通人の視察にも使用されるようになっていったが、いずれも国際にかかわるものである点ではかわりはなかった。}}{{Sfn|溝尾|2015|pp=6-17}}。
{{Seealso|旅行}}

=== 観光の変遷 ===
[[ファイル:1930s_Japan_Travel_Poster_-_Fuji.jpg|サムネイル|鉄道省のポスター(1930年代)]]
[[ファイル:Classic_Bus_1945.jpg|サムネイル|バスでの[[別府地獄めぐり]]]]
1872年の[[日本の鉄道開業]]以降、各地で[[日本の鉄道|鉄道]]のネットワークが広がってゆき、これにより国内旅行が盛んになるが<ref name=":4" />{{sfn|竹内 et al.|2018|pp=19-25}}、このころは「遊覧」や「漫遊」の語が使われるのが一般的であった{{Sfn|溝尾|2015|pp=6-17}}<ref name=":7" />。1886年に[[東京第一師範学校|東京府師範学校]]が「長途遠足」を開始し、[[内国勧業博覧会]]の開催などとも合わせて[[修学旅行]]が促進された{{sfn|竹内 et al.|2018|pp=19-25}}。1905年には鉄道を利用して[[高野山]]と伊勢へ参詣するパッケージツアーが[[南新助]]([[日本旅行]]の創業者)によって始められている{{sfn|竹内 et al.|2018|pp=19-25}}。

1893年、[[渋沢栄一]]と[[益田孝]]の旗振りにより、日本で始めて[[訪日外国人旅行|外客誘致]]に取り組んだ民間団体である喜賓会({{Lang-en-short|Welcome Society}})が設立され、設立目的に「旅行の快楽、'''観光'''の便利に」が掲げられた{{Sfn|溝尾|2015|pp=6-17}}<ref name=":7" />。喜賓会は1912年にジャパン・ツーリスト・ビューローとなり、[[日本交通公社 (公益財団法人)|日本交通公社]]の前身となっている<ref name=":7">{{Cite web |title=戦前における国際観光(外客誘致)政策 ―喜賓会、ジャパン・ツーリスト・ビューロー、国際観光局設置― |url=https://www.law-kobegakuin.jp/wp/hogaku/%e7%ac%ac36%e5%b7%bb%e3%80%80%e7%ac%ac2%e5%8f%b7%ef%bc%882006%e5%b9%b412%e6%9c%88%ef%bc%89/ |access-date=2022-05-04 |publisher=神戸学院大学法学部 |work=神戸学院法学第36巻 第2号 |year=2016 |author=中村宏}}</ref>。

1923年・1924年ごろにはアメリカ移住団の祖国訪問について「母国観光団」と大々的に新聞報道されており、観光の語が現代的な意味として一般に認知されるようになったのはこの頃からともいわれる<ref name=":0" />。


[[濱口内閣]]は、元[[帝国ホテル]]副支配人で[[熱海ホテル]]経営者の[[岸衛]]{{Efn|戦後に静岡県熱海市長を務め、『観光立国』を刊行。}}の働きかけを受け、[[外貨]]獲得のための外客誘致事業を目的とした機関の設置を決定した。これが1930年4月24日付け勅令83号によって創設された[[鉄道省]]の外局「[[国際観光局|国際'''観光'''局]]」である<ref name=":0" /><ref name=":8" /><ref name=":7" /><ref>{{Cite book|author=砂本文彦|title=『近代日本の国際リゾート 一九三〇年代の国際観光ホテルを中心に』|date=|year=2008|accessdate=|publisher=青弓社|author2=|author3=|author4=|author5=|author6=|author7=|author8=|author9=}}</ref>。名称の候補には「観光局」「国際局」「外客誘致局」などがあったが、当時の[[鉄道大臣]][[江木翼]]により決定された<ref name=":7" /><ref>[[富田 昭次]]『ホテルと日本近代』(学芸出版)</ref>。なお、英文名はBoard of <u>Tourist</u> <u>Industry</u>となっており、ツーリズムの語を用いず、国際にあたる表示もなされていない{{Efn|朝日新聞データベース「聞蔵」による記事検索では、ツーリストは1913年から外国人にかかわるものとして使用されているが、原語のtourist自体が当時原語国で外国人にかかわるものに限定されていたのかの立証は、これからの研究課題である。ツーリズムという用語については朝日新聞データベース「聞蔵」によれば、戦前は検索されないどころか、昭和末期までほとんど検索結果に表れてこない状況である。なお、観光が国内観光、国際観光を区別しないで使用されるようになったのは、戦後連合国の占領政策が終了する時期、つまり日本人の国内観光が活発化する頃からである。}}{{Sfn|溝尾|2015|pp=6-17}}。
;明治時代
明治時代に近代化が行われ[[鉄道]]が敷設されたわけだが、これにより日本人の国内旅行も更に盛んとなり、明治時代後半には遊覧旅行の意味で「観光」が使われるようになった<ref>【明治あとさき 維新150年】(1)旅/寺社参詣から文化観光へ 岩倉具視、京都再生へ「誘客」の妙手『読売新聞』朝刊2018年1月1日</ref>。


「観光」の語は原典を紐解くと[[海外旅行|アウトバウンド]]を指すものとも解釈できるが<ref name=":8" />、このように戦前の「観光」を冠する事業はインバウンドを中心としたものであった{{efn|「観光」という言葉は国内の旅行に関しても昭和初期から一部で使用されるようにはなっていた。たとえば1936年に国際観光局が発行した「観光祭記念 観光事業の栞」には「日本国中の年も村落も、それぞれその土地を美しく立派にし、観光客の誘致を図ること、之は日本国内の問題ですから国内観光事業と呼ぶことができます」と記されている。}}<ref name=":7" />。
日本政府は昭和5年([[1930年]])、[[濱口内閣]]の時に[[鉄道省]]の外局として[[国際観光局]]を創設した<ref>{{Cite book|author=砂本文彦|title=『近代日本の国際リゾート 一九三〇年代の国際観光ホテルを中心に』|date=|year=2008|accessdate=|publisher=青弓社|author2=|author3=|author4=|author5=|author6=|author7=|author8=|author9=}}</ref>。元[[帝国ホテル]]副支配人で[[熱海ホテル]]経営者の[[岸衛]](戦後に静岡県[[熱海市]]長を務め、『観光立国』を刊行)が進言し、名称は[[江木翼]][[鉄道大臣]]の意見によったと言われている。博識であった江木が『易経』を引用した<ref>[[富田 昭次]]『ホテルと日本近代』(学芸出版)</ref>。この時期には、「大変珍しいもの」という程度で用いられていたといった見方もあるが、国際観光局に先立ち1912年には[[日本交通公社 (公益財団法人)|ジャパン・ツーリスト・ビューロー]](後の日本交通公社)が設立されている。その出版物TOURIST([[1918年]][[3月]]号)では、[[アイヌ文化]]を詳しく伝えて、国の光=文化の概念の普及に努めている。


国内旅行も包含した今日の意味合いでの「観光」が定着したのは、[[マスツーリズム]]が到来した1960年代以降であるとする指摘もある{{Sfn|溝尾|2015|pp=6-17}}
概括的に言えば、観光は[[明治]]時代からある[[単語]]ではあるが、きわめて限定的にしか用いられず、むしろ今日で言う外国人観光客誘致、[[訪日外国人旅行|インバウンド]]誘致といった意味合いが込められていく。ツーリズムの訳語として充てられたのも、そうした時代背景がある。


庶民に普及した当初は観光に行くことそれ自体が贅沢でありステータスであったが、観光が身近な存在になるに連れて「どこに行くのか」「何をするのか」が次第に重視されるようになっていく<ref name=":3" />。
昭和初期から国内の旅行に関しても「観光」という言葉も一部で使用されるようにはなっていた。たとえば1936年に国際観光局が発行した「観光祭記念 観光事業の栞」には「日本国中の年も村落も、それぞれその土地を美しく立派にし、観光客の誘致を図ること、之は日本国内の問題ですから国内観光事業と呼ぶことができます」と記されている。だが、国内観光には「遊山」「遊覧」「漫遊」「行楽」などの用語が用いられ、今日の意味合いで、つまり、国内旅行の意味も含めていうところの「観光」が定着したのは1960年代以降とする指摘もある<ref>溝尾2003</ref>


== 観光業者とその業務(ツーリズム)==
== 観光業者とその業務(ツーリズム)==
[[ファイル:Seabourn_Ovation_surrounded_by_palm_trees.jpg|サムネイル|大型の[[クルーズ客船]](2021年)]]
[[ファイル:Juulchin_Tourism_Corp_07.JPG|サムネイル|モンゴルの[[観光バス]](2009年)]]
{{Main|観光業}}
{{Main|観光業}}


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;観光業者の行為の光と影
;観光業者の行為の光と影
観光業者による、特定の場所の商業主義的な選定や、大規模な業務の展開と膨大な数の人々をその場所へ連れてゆくことは、大きな影響をその場所に引き起こす。このような現象は「観光地化」と呼ばれる。
観光業者による、特定の場所の商業主義的な選定や、大規模な業務の展開と膨大な数の人々をその場所へ連れてゆくことは、大きな影響をその場所に引き起こす。このような現象は「観光地化」と呼ばれる。
{{Seealso|マスツーリズム|観光公害|ツーリストトラップ}}


{{Seealso|マスツーリズム}}
<!--
そして、ツーリズム自体もその特性によりさまざまな言葉を付加して区別している。環境に配慮したツーリズムをエコツーリズム、自然特に山や森などを扱うツーリズムをグリーンツーリズム、自然特に海を扱うツーリズムをブルーツーリズムと呼んだり、地域独自のツーリズム名が生まれたりしている。

日本でも都道府県や市町村の[[観光協会]]、観光連盟に相当する団体でも「ツーリズム」を冠する例が見られるようになってきた。例えば、[[兵庫県]]では、「社団法人ひょうごツーリズム協会」と、[[大分県]]では「財団法人ツーリズムおおいた」と「観光」を冠していない。また、大分県[[竹田市]]では市町村合併に伴い旧自治体単位であった観光協会を統合、「竹田市観光ツーリズム協会」<ref>[http://www.taketan.jp/ 竹田市観光ツーリズム協会ホームページ]</ref>として再発足した(2006年3月)。
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<!--
これは全部、記事 [[観光業]] に書くべきこと。観光に書くな。
==== ツーリズムの付く用語 ====
{{節スタブ}}
ツーリズムのつく用語は非常に多い。ただ、概念や理念が先行しているものもある。
: [[アーバンツーリズム]]、インダストリアルツーリズム<ref name=":0">{{Cite web|title=ツーリズムとは {{!}} 観光や旅行との違い・見聞にとどまらない体験や交流・10のニューツーリズム・オーバーツーリズムについても解説|url=https://honichi.com/news/2019/10/28/tourism/|website=訪日ラボ|date=2019-10-28|accessdate=2020-06-25|language=ja}}</ref>、[[インフラツーリズム]]、[[エアラインツーリズム]]、[[エコツーリズム]]、[[エスニックツーリズム]]、オーバーツーリズム<ref name=":0" />、[[オールタナティブツーリズム]]、[[ガーデン・ツーリズム|ガーデンツーリズム]]、[[カルチュラルツーリズム]]、[[グリーンツーリズム]]、[[クルーズツーリズム]]、[[アニメツーリズム]]、[[産業ツーリズム]]、[[サスティナブルツーリズム]]、[[スポーツツーリズム]]、[[スポーツ文化ツーリズム]]、スローツーリズム<ref name=":0" />、[[セックスツーリズム]]、[[ソーシャルツーリズム]]、[[ソフトツーリズム]]、[[ダークツーリズム]]、[[体験型ツーリズム]]、[[ニューツーリズム]]、[[ネイチャーツーリズム]]、[[ハードツーリズム]]、[[バリアフリーツーリズム]]、[[フィルムツーリズム]]、[[ブルーツーリズム]]、[[ヘリテージツーリズム]]、[[ヘルスツーリズム]]、[[マイクロツーリズム]]、[[マスツーリズム]]、[[メディカルツーリズム]](医療ツーリズム)<ref name=":0" />、[[ルーラルツーリズム]]、[[歴史文化ツーリズム]]など。
:: ※表記法として「ツーリズム」の前に「・」を付ける場合もある。

==== ビジター産業 ====
「ツーリズム」には観光産業という意味もあるが、これに対して'''ビジター産業'''と呼ぶこともある。もともと米国発の発想で、目的の如何を問わず、その地を訪れる全ての人(ビジター)を対象にしていこうという考え方である。ただし、米国では来訪による移動の距離や宿泊を伴うかどうかにより、近隣や日帰りの場合は除外することもある(溝尾2003年)。
-->
== 観光政策 ==
== 観光政策 ==
{{Main|観光政策}}
=== ヨーロッパ ===
ヨーロッパの[[観光政策]]では観光事業と[[世界遺産]]などの歴史的建造物の保存と活用が特に着目されている<ref name="Spain40" />。


=== ヨーロッパの観光政策 ===
イタリア、フランス、イギリス、アメリカ等の欧米諸国では歴史的建造物の修復や再生、旧市街地の活性化など先進的な取り組みが実施されている<ref name="Spain40" />。
ヨーロッパの観光政策では観光事業と[[世界遺産]]などの歴史的建造物の保存と活用が特に着目されている<ref name="Spain40" />。


イタリア、フランス、イギリス、アメリカ等の欧米諸国では歴史的建造物の修復や再生、旧市街地の活性化など先進的な取り組みが実施されている<ref name="Spain40" />。
[[ファイル:Parador_de_Cardona.jpg|サムネイル|古城を改修したパラドール(2013年)]]
また、スペインでは観光事業に歴史的建造物の保存と活用を積極的に結びつける観光政策がとられてきた<ref name="Spain40" />。具体的には歴史的建造物の[[パラドール]]としての活用である。スペインでは1960年代に観光ブームがおこり増大する観光客に対応するために新築のパラドールが次々と建設された<ref name="Spain41">『現代スペイン情報ハンドブック 改訂版』三修社、2007年、41頁</ref>。しかし、新築のパラドールの増大は既存の歴史的建造物の中に矛盾する要素を取り込むこととなったとの問題が指摘され、1960年代に建設されたパラドールにはのちに廃止されたものも多い<ref name="Spain41" />。その後、パラドールを設置する場合にはできる限り古い建物を活用し、芸術的価値・歴史的価値を検討し、その建物が宿泊施設として利用可能かどうか専門家委員会が判断する仕組みが導入されている<ref name="Spain41" />。
また、スペインでは観光事業に歴史的建造物の保存と活用を積極的に結びつける観光政策がとられてきた<ref name="Spain40" />。具体的には歴史的建造物の[[パラドール]]としての活用である。スペインでは1960年代に観光ブームがおこり増大する観光客に対応するために新築のパラドールが次々と建設された<ref name="Spain41">『現代スペイン情報ハンドブック 改訂版』三修社、2007年、41頁</ref>。しかし、新築のパラドールの増大は既存の歴史的建造物の中に矛盾する要素を取り込むこととなったとの問題が指摘され、1960年代に建設されたパラドールにはのちに廃止されたものも多い<ref name="Spain41" />。その後、パラドールを設置する場合にはできる限り古い建物を活用し、芸術的価値・歴史的価値を検討し、その建物が宿泊施設として利用可能かどうか専門家委員会が判断する仕組みが導入されている<ref name="Spain41" />。


=== 日本 ===
=== 日本の観光政策 ===
[[ファイル:Tourists_at_the_bamboo_forest_in_Kyoto_2.jpg|サムネイル|[[嵯峨野]]の竹林を観光する人々(2018年)]]
[[観光立国推進基本法|観光基本法]]の制定に際し、法案作成の事務作業をした衆議院法制局では、観光の法的定義を試みたものの困難であると断念し、観光概念は世間で使われているものと同じ意味であるとしたと伝えられている(運輸省観光局監修『観光基本法解説』学陽書房1963年p.208)。
観光基本法(1963年)の制定に際し、法案作成の事務作業をした衆議院法制局では、観光の法的定義を試みたものの困難であると断念し、観光概念は世間で使われているものと同じ意味であるとしたと伝えられている<ref>運輸省観光局監修『観光基本法解説』学陽書房1963年p.208</ref>。


1986年には、[[貿易摩擦]]を背景として、当時の[[運輸省]]が「海外旅行倍増計画(テン・ミリオン計画)」を打ち出し、[[日本人]]による[[海外旅行]]が促進された<ref>{{Cite web |title=第2章第1節 2 バブル経済とその崩壊(昭和61年(1986年)~平成14年(2002年)) |url=https://www.mlit.go.jp/npcc/hakusyo/npcc/2013/npcc201301_index_02.html |website=www.mlit.go.jp |access-date=2022-05-08 |publisher=国土交通省 |work=平成25年版 観光白書}}</ref>。
概念の明確化が求められる法令において「観光」が使用されたのは、1930年勅令83号[[国際観光局]]官制がはじめてである。朝日新聞データベースから推測されるように、世間では観光が国際にかかわるものに限定されて使用されていたにもかかわらず国際観光と表現した経緯につき、『観光の日本と将来』観光事業研究会1931年及び『観光事業10年の回顧』鉄道省国際観光局1940年に江木翼鉄道大臣(当時)の強い思い入れがあったと記述がなされている。当時の語感からすれば外遊に国際をつけて国際外遊と表現したかの印象があったのであろう。しかしこの時に観光に国際をつけたために国内観光の用語の発生する余地ができたとも考えられる。


観光政策[[審議会]]の「今後の観光政策の基本的な方向について」(答申第39号、[[1995年]][[6月2日]])」では、観光の定義を「[[余暇]]時間の中で、[[日常生活]]圏を離れて行うさまざまな活動であって、触れ合い、学び、遊ぶということを目的とするもの」とし、時間・場所(空間)・目的の3つの面から規定している{{sfn|竹内 et al.|2018|pp=1-4}}<ref>{{Cite web |title=今後の観光政策の基本的な方向について(答申第39号) |url=https://www.mlit.go.jp/singikai/unyusingikai/kankosin/kankosin39.html |website=www.mlit.go.jp |access-date=2022-05-05 |publisher=国土交通省 |author=観光政策審議会 |date=1995-06-02 |quote=なお、本答申においては、観光の定義を「余暇時間の中で、日常生活圏を離れて行う様々な活動であって、触れ合い、学び、遊ぶということを目的とするもの」と考える。}}</ref>。
国際観光局の英文名はBoard of Tourist Industryとなっており、国際にあたる表示はなされていない。


政府の観光政策[[審議会]]の「今後の観光の基本的な方向について」(答申第39号、[[1995年]][[62日]])」では、観光の定義を「[[余暇]]時間の中で、[[日常生活]]圏を離れて行うさまざまな活動であっ、触合い、学び、遊ぶということを目的とするもの」とし、「時間」、「場所・空間」、「目的」の3つの面から規定している。
さらに、「[[21世紀]]初頭における観光振興方策について」(答申第45号、[[2000年]][[121日]])によると「いわゆる『観光の定義については、単なる余暇活動の一環としのみ捉えられるものではなく、より広く捉えるべきである。」としている{{efn|name="hakusyo"}}<ref name=":6" />


[[小泉内閣総理大臣談話|小泉内閣]]のもとで2003年から[[ビジット・ジャパン・キャンペーン]]が始まり、2007年には観光基本法に代わり[[観光立国推進基本法]]が施行され観光立国推進基本計画が閣議決定されるなど、「観光立国」に向けた取り組みが行われるようになる<ref>{{Cite web |title=観光立国推進基本法 |url=https://www.mlit.go.jp/kankocho/kankorikkoku/index.html |website=www.mlit.go.jp |access-date=2022-05-05 |publisher=観光庁}}</ref>。
さらに、「[[21世紀]]初頭における観光振興方策について」(答申第45号、[[2000年]][[12月1日]])によると、「いわゆる『観光』の定義については、単なる余暇活動の一環としてのみ捉えられるものではなく、より広く捉えるべきである。」としている。


[[2008年]][[10月1日]]、[[国土交通省]]の[[外局]]として「[[観光庁]]」が発足し、第1種旅行業者の登録は、従来の国土交通省大臣登録から観光庁長官登録に変わった。
[[2008年]][[10月1日]]、[[国土交通省]]の[[外局]]として「[[観光庁]]」が発足し、第1種旅行業者の登録は、従来の国土交通省大臣登録から観光庁長官登録に変わった。

== 関連書籍 ==
* [[小口孝司]] 編 前田勇、佐々木土師二『観光の社会心理学―ひと、こと、もの 3つの視点から』千葉大学文学部人文科学叢書 北大路書房 ISBN 4762824968
* Charles R.Goeldner,J.R.Brent Ritchie『TOURISM』 - 欧米の観光学のバイブルである。心理学からマーケティングまでP624の著書である。研究者、大学院生は、必読書である。 John Wily & Sons,Inc. ISBN 9780470084595


== 脚注 ==
== 脚注 ==
{{Reflist}}
{{脚注ヘルプ}}
=== 注釈 ===
{{Notelist|2}}
=== 出典 ===
{{Reflist|25em}}


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
* {{Citation|和書|title=観光学 基本と実践|edition=改訂新|publisher=古今書院|year=2015|isbn=978-4-7722-3164-0|oclc=903211645|authorlink=溝尾良隆|first=良隆|last=溝尾}}
* [[溝尾良隆]]『観光学 基本と実践』([[古今書院]]、2003年)を参考とした。諸外国での解釈や「観光」と「レクリエーション」「レジャー」等の異同についての詳しい説明もある。
* {{Citation|edition=初|publisher=古今書院|title=入門 観光学|author=竹内正人|author2=竹内利江|author3=山田浩之|year=2018|isbn=978-4-623-07763-2|oclc=1027622420|和書|ref={{harvid|竹内 et al.|2018}}}}
*[[寺前秀一]][[「観光情報論序説 ~進化人流論の試み~」]]『地域政策研究』(高崎経済大学地域政策学会)第 11 巻第2号2008年9月 マスコミ、情報との類似性に着目して観光を論じている新しい考え方である。
* {{Cite web |title=旅と観光の世界史(通史) |author=石井昭夫 |year=2022 |url=http://www7b.biglobe.ne.jp/~aki141/sub5.html |access-date=2022-05-03 |website=石井昭夫の観光研究室 |ref={{harvid|石井|2022}}}}<!-- yearは採録年 -->

== 関連書籍 ==
* [[小口孝司]] 編 前田勇、佐々木土師二『観光の社会心理学―ひと、こと、もの 3つの視点から』千葉大学文学部人文科学叢書 北大路書房 ISBN 4762824968
* Charles R.Goeldner,J.R.Brent Ritchie『TOURISM』 - 欧米の観光学のバイブルである。心理学からマーケティングまでP624の著書である。研究者、大学院生は、必読書である。 John Wily & Sons,Inc. ISBN 9780470084595
*{{Citation |和書|title=観光情報論序説 : 進化人流論の試み |year=2008|url=https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8560906 |journal=地域政策研究|publisher=高崎経済大学地域政策学会|volume=11|issue=2|website=国立国会図書館デジタルコレクション |access-date=2022-05-03 |last=寺前 |first=秀一 |authorlink=寺前秀一}} - マスコミ、情報との類似性に着目して観光を論じている新しい考え方である。


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
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{{Commons|Category:Sightseeing spots of Japan|日本の観光地}}
{{Commons|Category:Sightseeing spots of Japan|日本の観光地}}
{{Wiktionary}}
{{Wiktionary}}
* [[コト消費]]
* [[トーマス・クック]] - パッケージツアーの産みの親で「ツーリズムの父」とも呼ばれる19世紀の英国実業家

* [[リモート観光]] - パソコンやテレビの画面、[[VR]]に世界各地のライブカメラの映像をオンラインで取得して嗜むものである。2019年新型コロナウイルスの影響下で、外出制限の中、ドローンの航空映像などを含めた様々なオンラインサイトで繰り広げられている。リモート旅行ともいう。


=== 研究・調査 ===
'''研究・調査'''
* [[観光学]]
* [[観光学]]
** [[観光学部]]
** [[観光学部]]
117行目: 154行目:
* [[Travel and Tourism Research Association]](TTRA)
* [[Travel and Tourism Research Association]](TTRA)
* [[観光経済新聞]] - [[トラベルジャーナル]] - [[旬刊旅行新聞]]
* [[観光経済新聞]] - [[トラベルジャーナル]] - [[旬刊旅行新聞]]
* [[旬刊旅行新聞|旅行・観光競争力レポート]]


=== 産業・地域振興、国際協力 ===
'''産業・地域振興、国際協力'''
* [[観光資源]] - [[観光地]] - [[国際観光]]
* [[観光協会]]
* [[観光協会]]
* [[観光資源]] - [[観光地]]
* [[観光業]]
** [[日本の観光]] - [[日本の観光地一覧]] - [[国際観光]]
* [[旅行]] - [[エコツーリズム]]
* [[観光カリスマ]]
* [[世界観光機関]]
** [[世界観光の日]]
** [[世界観光の日]]
** [[世界観光ランキング]]
** [[世界観光ランキング]]
* [[国際観光振興機構]]
* [[国際観光振興機構]]
* [[旅行・観光競争力レポート]]
* [[観光地の発展周期]]
* [[観光地の発展周期]]
* [[観光列車]] - [[観光バス]]

=== 文化 ===
* [[紀行]]

=== 弊害、問題点 ===
* [[観光公害]]
* [[ツーリストトラップ]]


== 外部リンク ==
== 外部リンク ==
* [https://www.mlit.go.jp/kankocho/ 観光庁]
* [https://www.mlit.go.jp/kankocho/ 観光庁]
* {{Kotobank}}
* [http://www7b.biglobe.ne.jp/~aki141/ 石井昭夫の観光研究室]
* [http://willypuchner.com/en/sdp1_index.htm See also ''Penguin’s Longing'' - A Project about Sightseeings] - - [[ヴィリー・プフナー]]
* [http://willypuchner.com/en/sdp1_index.htm See also ''Penguin’s Longing'' - A Project about Sightseeings] - - [[ヴィリー・プフナー]]
* {{Kotobank}}


{{主要産業}}
{{主要産業}}

2022年5月30日 (月) 00:04時点における版

観光(かんこう、: sightseeingあるいはleisure travel: tourisme: Fremdenverkehr)は次のような意味の用語。

  • (狭義)他の国や地方を訪ね、風景史跡・風物などを見聞したり体験すること[1][2][3]。(この意味だと特定する場合は「観光行動」という)
  • (一般的な意味)楽しみを目的とする旅行全般[4]。(「観光」の一般的な意味。この意味では「観光旅行」ともいわれている。)
  • (広義)人々による観光行動および、関連する事象を含めた社会現象[3][4]。(ややまれな使い方。この意味だと特定する場合は「観光現象」という)

概説

概念の変遷、用語、狭義・広義
パリエッフェル塔を訪れる人々(2007年)
イタリアの山々をトレッキングする旅行者(2005年)

観光の定義は時代とともに変遷し、識者の間でも見解が異なっている[5]

もともとは「日常の生活では見ることのできない風景風俗習慣などを見て回る旅行」を意味したが、旅行が安全性になり快適になるにつれて「楽しみのための旅」全般を指す言葉として広く使用されるようになっている[6]

現在、ごく一般的な意味の「観光」(つまり「(人々による)観光行動」を指す言葉としての「観光」)は、「人々が気晴らしや休息ならびに見聞を広めるために(※)、日常生活では体験不可能な文化や自然に接する余暇行動である」と規定することができる[6]

(※)「〜のために」は目的を示している表現であり、一般的な定義文としてはこれが妥当、無難ではある。ただし補足説明をしておくと、観光のなかには、一部ではあるが、ダークツーリズムのように「悲しみ」の感情に焦点をあて動機になっているような、つまり単純な娯楽が目的ではない場合もある[7]。また、昔は単に「見るだけ」「聞くだけ」というタイプの観光が多かったが、ここ数十年ではニューツーリズムという用語・概念が用いられるようになっており、(ただ何かを「見る」「聞く」だけの旅ではなく)体験を重視した旅などが模索されている[8][9]。つまり自分の身体を動かして実際に何かを行うような観光も広まってきている。

また「観光」という用語は広義には(まれには)、「人々の観光行動」によって生起する社会現象[6]も指す。つまり人々による「観光行動」に加えてそれに関連する諸事象を含めて社会現象としての「観光現象」まで指すこともある[3]。(このような特殊な意味だとはっきりさせる場合は、最初から「観光現象」という。)

日本国政府諮問機関による公式な定義は、#日本の観光政策を参照のこと。

サイトシーイングとツーリズム

関連性が高い英語としては、サイトシーイング(: sightseeing)とツーリズム(: tourism)があるが、後述するとおり日本語の「観光」とは語源が異なるため完全には対応しない[6]

サイトシーイング

サイトシーイングは「現地の名所を訪れる活動[10]」などと定義される。日本での観光概念と親和性が高いとされるが[11]、ごく狭義のものを指しているにすぎず[12][13]、単なる物見遊山にとどまらなくなった今日の観光形態[8]を網羅しているとは言い難い。

ツーリズム

英語のツーリズム(: tourism)は「関心を持たれる場所を訪れるための商業的な組織や運営[14]」などと定義される。英語tourは、轆轤を意味するラテン語のターナス(: tornus)を語源としており、各地を旅行して回ること(巡回旅行)を指す用語として生まれた語であることからも、内容や目的ではなく旅行の態様を重視する側面があり、商業主義の彩色が強いとされる[6][12][15]。したがって英語のtourismは日本語の「観光」とは別概念なので、日本語の「観光」を英語に翻訳する場合はtoursimを用いず、leisure travelなどと訳すことが多い。

一方、フランス語の: tourisme(カタカナ表記はトゥリスムやツーリスムなど[16])の定義は「楽しみのために旅をしたり場所を訪れること[17]」とされ、日本での観光の概念に近いといえる。

(日本語には英語もフランス語も流入し、どちら起源の言葉も外来語として使われているので、外来語の「ツーリスム」が本当は英語由来の意味で使っているのか、フランス語由来の意味で使っているのか、人によって異なり、混乱している。また英語圏でフランス語を借用することも行われるので、そうした深い次元でも意味が錯綜する。)

ツーリズムを観光の上位概念とする解説もあり[5]、目的地での永住や営利を目的としない日常生活圏を一時的に離れる旅行全般及びそれに関連する事象とするものや[18]、通勤・通学以外のすべての旅行がツーリズムであるとするものもある[12]。(フランス語の定義に近いことをいっている)

ツーリズムの定義については日本国外でも意見が分かれており、ビジネス目的も含む旅行全般を指すとするものと[注釈 1]レクリエーション[注釈 2]の一形態であるとするものに大別される[12]

国連専門機関である世界観光機関(UNWTO)などの国際機関は、ツーリスト(: tourist)を「個人が普段生活している環境、訪問地における雇用を除く、一年未満のビジネス、レジャー及びその他のあらゆる目的で訪問地を一泊以上滞在した者[19]」などと定義している[15][20]

歴史

第8代ハミルトン公爵のグランドツアー

古代において、苦痛で危険なものであった旅は、必要に迫られて行うものが大部分で、楽しみや好奇心を満たすためだけの旅は殆ど行われていなかったと考えられる。しかしながら、エジプトのジェセル王のピラミッド付近の小神殿からは紀元前1244年に相当する日付とともに書紀の兄弟が観光旅行をしていたことを記した落書きが発見されているなど、観光を主たる目的とする旅が既にこの頃から存在していたことが伺われる[21]古代ギリシャローマにおいても、古代オリンピックの観戦、神々を祀る神殿への参詣や名所旧跡を訪ねる旅が行われていたが、それらの担い手は裕福な特権階級に限られていた[22]

古来から行われていた観光の形態の一つとしては聖地への巡礼の旅が挙げられる[21]。例えば、スペインでは世界各国からサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼者を1000年以上にわたって受け入れてきた歴史がある[22][23]

近世に入ると、ヨーロッパ各地を周遊する教育の旅(グランドツアー)を師弟にさせることがイギリスの貴族・ジェントリ層で流行した。当時は治安が悪く道中には海賊強盗が跋扈していたうえに、国際紛争が頻発しており、現地の売春賭博で身を持ち崩す者も多数いたが、旅によって得られる経験とその後のキャリアは危険を補って余りあるものであった[22][24][25]。また産業革命による経済成長に合わせて温泉地や海浜での夏季滞在も行われるようになり、格別の用務のない自発的な旅行が上流社会で定着していった。これらの社会現象がツーリズムの萌芽であるとされる[26]

ツーリズムという言葉が登場したのは1811年のことで、『Sporting Magazine』に掲載されたのが始まりであるとされる[12]。興味本位での見物行為が知識人の顰蹙を買っていたのか、当時は侮蔑的ニュアンスを含んでいたという[27]

近代に入ると欧米の若者たちにもファッションとして普及し、蒸気機関による海上・陸上の交通が発達するに連れて行き先も世界各地に及ぶようになった。1840年代にイギリス人トーマス・クックトーマス・クック・グループの創業者)が鉄道を利用したパッケージツアーを始めたのが、旅行産業の誕生であるとされる[22][24][28]

日本における観光の歴史

前史

拾遺都名所図会』(1787)[注釈 3][31]

日本では律令国家成立後に五畿七道の行政区画と駅伝制が導入され、整備された街道を通じて古くから人々の往来が行われていた[32]

中世には富と権力を手に入れた上皇や貴族らにより平安京から南都七大寺への参拝が行われるようになったのを皮切りに、神社仏閣への巡礼が行われるようになった[32]

近世に入り社会が安定した江戸時代中期以降、江戸幕府や諸藩は信仰や医療[注釈 4]を目的とした旅を容認していたことから、伊勢神宮への参詣が身分を超えて広がり、の代表者が参拝を行う代参講や集団で伊勢を目指すお蔭参りが定着した。それらは次第に名所巡りや飲食を楽しむ旅へと変容し、「旅」「行旅」「遊山」などと呼ばれた。寺社や景勝地を紹介した各地の名所図会や、『東海道中膝栗毛』のような旅行文学も刊行された[24][32][34]

「観光」という用語の登場

ギザの大スフィンクス前で記念撮影する横浜鎖港談判使節団

古代中国の書物である『易経』に「観国之光,利用賓于王(国の光を観る、用て王に賓たるに利し)[注釈 5]」との一節があり、「観光」はこれを略した成句であるというのが定説である[6][9][15][35][36]。したがって、明治期に西洋から輸入された多くの概念が和製漢語に当てはめられ理解されていったのに対し、観光という言葉そのものの起源は東洋にあるということになる。

「観光」という用語の使用が確認できる最も古いものは、1855年にオランダから江戸幕府に献上された洋式軍艦「観光丸」である。誰がどのようにしてこの艦名をつけたのか明らかになっていないが、珍しさや誇らしさを表したり「国の威光を海外に示す」という意味が込められていたと考えられる[6][35]。また、明治時代初めの米欧使節団を率いた岩倉具視は、報告書である『米欧回覧実記』冒頭に「観」「光」と揮毫している[注釈 6][38]。岩倉は後に、東京奠都により衰退した京都の経済再生の一環として、洋風迎賓館を建てて外国の賓客をもてなすことを政府に献策している[37][39]。なお、「観」という漢字には「示す」という意味もあり、「外国の要人に対して国の光を誇らかに示す」という意味も込められているとする説もある[6]

このほかに佐野藩の藩校「観光館」や国産品奨励を目的として設立された「観光社」など固有名詞の中での使用例があるが、用語として広く普及したとは言い難い[注釈 7][35]

観光の変遷

鉄道省のポスター(1930年代)
バスでの別府地獄めぐり

1872年の日本の鉄道開業以降、各地で鉄道のネットワークが広がってゆき、これにより国内旅行が盛んになるが[34][40]、このころは「遊覧」や「漫遊」の語が使われるのが一般的であった[35][41]。1886年に東京府師範学校が「長途遠足」を開始し、内国勧業博覧会の開催などとも合わせて修学旅行が促進された[40]。1905年には鉄道を利用して高野山と伊勢へ参詣するパッケージツアーが南新助日本旅行の創業者)によって始められている[40]

1893年、渋沢栄一益田孝の旗振りにより、日本で始めて外客誘致に取り組んだ民間団体である喜賓会(: Welcome Society)が設立され、設立目的に「旅行の快楽、観光の便利に」が掲げられた[35][41]。喜賓会は1912年にジャパン・ツーリスト・ビューローとなり、日本交通公社の前身となっている[41]

1923年・1924年ごろにはアメリカ移住団の祖国訪問について「母国観光団」と大々的に新聞報道されており、観光の語が現代的な意味として一般に認知されるようになったのはこの頃からともいわれる[6]

濱口内閣は、元帝国ホテル副支配人で熱海ホテル経営者の岸衛[注釈 8]の働きかけを受け、外貨獲得のための外客誘致事業を目的とした機関の設置を決定した。これが1930年4月24日付け勅令83号によって創設された鉄道省の外局「国際観光」である[6][36][41][42]。名称の候補には「観光局」「国際局」「外客誘致局」などがあったが、当時の鉄道大臣江木翼により決定された[41][43]。なお、英文名はBoard of Tourist Industryとなっており、ツーリズムの語を用いず、国際にあたる表示もなされていない[注釈 9][35]

「観光」の語は原典を紐解くとアウトバウンドを指すものとも解釈できるが[36]、このように戦前の「観光」を冠する事業はインバウンドを中心としたものであった[注釈 10][41]

国内旅行も包含した今日の意味合いでの「観光」が定着したのは、マスツーリズムが到来した1960年代以降であるとする指摘もある[35]

庶民に普及した当初は観光に行くことそれ自体が贅沢でありステータスであったが、観光が身近な存在になるに連れて「どこに行くのか」「何をするのか」が次第に重視されるようになっていく[24]

観光業者とその業務(ツーリズム)

大型のクルーズ客船(2021年)
モンゴルの観光バス(2009年)

観光業者の間では、ツーリズムという言葉は自分たちの業務や組織運営や組織を指す言葉である。彼ら自身を指しているのである。昔は、物見遊山的なバスツアーなどを提供していればよかったが、近年では人々はそういったサービスでは満足しないので、近年の観光業は、体験型観光も提供するようになっている。

観光業者の行為の光と影

観光業者による、特定の場所の商業主義的な選定や、大規模な業務の展開と膨大な数の人々をその場所へ連れてゆくことは、大きな影響をその場所に引き起こす。このような現象は「観光地化」と呼ばれる。

観光政策

ヨーロッパの観光政策

ヨーロッパの観光政策では観光事業と世界遺産などの歴史的建造物の保存と活用が特に着目されている[23]

イタリア、フランス、イギリス、アメリカ等の欧米諸国では歴史的建造物の修復や再生、旧市街地の活性化など先進的な取り組みが実施されている[23]

古城を改修したパラドール(2013年)

また、スペインでは観光事業に歴史的建造物の保存と活用を積極的に結びつける観光政策がとられてきた[23]。具体的には歴史的建造物のパラドールとしての活用である。スペインでは1960年代に観光ブームがおこり増大する観光客に対応するために新築のパラドールが次々と建設された[44]。しかし、新築のパラドールの増大は既存の歴史的建造物の中に矛盾する要素を取り込むこととなったとの問題が指摘され、1960年代に建設されたパラドールにはのちに廃止されたものも多い[44]。その後、パラドールを設置する場合にはできる限り古い建物を活用し、芸術的価値・歴史的価値を検討し、その建物が宿泊施設として利用可能かどうか専門家委員会が判断する仕組みが導入されている[44]

日本の観光政策

嵯峨野の竹林を観光する人々(2018年)

観光基本法(1963年)の制定に際し、法案作成の事務作業をした衆議院法制局では、観光の法的定義を試みたものの困難であると断念し、観光概念は世間で使われているものと同じ意味であるとしたと伝えられている[45]

1986年には、貿易摩擦を背景として、当時の運輸省が「海外旅行倍増計画(テン・ミリオン計画)」を打ち出し、日本人による海外旅行が促進された[46]

観光政策審議会の「今後の観光政策の基本的な方向について」(答申第39号、1995年6月2日)」では、観光の定義を「余暇時間の中で、日常生活圏を離れて行うさまざまな活動であって、触れ合い、学び、遊ぶということを目的とするもの」とし、時間・場所(空間)・目的の3つの面から規定している[15][47]

さらに、「21世紀初頭における観光振興方策について」(答申第45号、2000年12月1日)によると、「いわゆる『観光』の定義については、単なる余暇活動の一環としてのみ捉えられるものではなく、より広く捉えるべきである。」としている[注釈 1][9]

小泉内閣のもとで2003年からビジット・ジャパン・キャンペーンが始まり、2007年には観光基本法に代わり観光立国推進基本法が施行され観光立国推進基本計画が閣議決定されるなど、「観光立国」に向けた取り組みが行われるようになる[48]

2008年10月1日国土交通省外局として「観光庁」が発足し、第1種旅行業者の登録は、従来の国土交通省大臣登録から観光庁長官登録に変わった。

脚注

注釈

  1. ^ a b 2000年度版『観光白書』では「兼観光」という言葉が用いられており、楽しみを兼ねる商用旅行の存在も観光の一形態として認められている[15]
  2. ^ Clare A. Gunnは、レクリエーションは公共が関与する事業であるとしている[12]。一方、日本交通公社『余暇社会の旅』(1974年)p277では、レクリエーションは肉体・精神の回復、観光は精神の発展にあるものとされている[5]
  3. ^ 「名どころは これを都の案内者 圖會はしらとも 思ふうつし画」とあり、現在でいうところの旅行ガイドブックのような役割を担っていたことがうかがえる[29][30]
  4. ^ 具体的には湯治[33]
  5. ^ 「他国の制度や文物を視察する」、転じて「他国を旅して見聞を広める」の意[6]
  6. ^ 幕末維新ミュージアム霊山歴史館副館長の木村幸比古は、「他国の本質的な物事、優れた光、天下の風光をくまなく観る、理解する」という意であると解説する[37]
  7. ^ 用語としての観光は、朝日新聞データベース「聞蔵」による検索結果によれば、当初は固有名詞に使用されるケースしかない。普通名詞として使用された初めてのケースは、1893年10月15日に日本人軍人による海外軍事施設視察に使用された「駐馬観光」である。その後日本人軍人から外国人軍人、軍人以外の者の海外視察等へと拡大してゆき、最終的には内外の普通人の視察にも使用されるようになっていったが、いずれも国際にかかわるものである点ではかわりはなかった。
  8. ^ 戦後に静岡県熱海市長を務め、『観光立国』を刊行。
  9. ^ 朝日新聞データベース「聞蔵」による記事検索では、ツーリストは1913年から外国人にかかわるものとして使用されているが、原語のtourist自体が当時原語国で外国人にかかわるものに限定されていたのかの立証は、これからの研究課題である。ツーリズムという用語については朝日新聞データベース「聞蔵」によれば、戦前は検索されないどころか、昭和末期までほとんど検索結果に表れてこない状況である。なお、観光が国内観光、国際観光を区別しないで使用されるようになったのは、戦後連合国の占領政策が終了する時期、つまり日本人の国内観光が活発化する頃からである。
  10. ^ 「観光」という言葉は国内の旅行に関しても昭和初期から一部で使用されるようにはなっていた。たとえば1936年に国際観光局が発行した「観光祭記念 観光事業の栞」には「日本国中の年も村落も、それぞれその土地を美しく立派にし、観光客の誘致を図ること、之は日本国内の問題ですから国内観光事業と呼ぶことができます」と記されている。

出典

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  16. ^ 日本という国は、英語は話せてもフランス語は話せない人の数が非常に多いので、フランス語を外来語として利用する場合も、流通するカタカナ表記が本来の「フランス語式読み」ではなく「英語式読み」になってしまうことは多い。つまりフランス語なのに、英語なまりの読み方をして、それをカタカナ表記にしていることはしばしばある。
  17. ^ Editions Larousse. “Définitions : tourisme - Dictionnaire de français Larousse” (フランス語). www.larousse.fr. 2022年5月2日閲覧。 “Action de voyager, de visiter un site pour son plaisir.”
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参考文献

関連書籍

  • 小口孝司 編 前田勇、佐々木土師二『観光の社会心理学―ひと、こと、もの 3つの視点から』千葉大学文学部人文科学叢書 北大路書房 ISBN 4762824968
  • Charles R.Goeldner,J.R.Brent Ritchie『TOURISM』 - 欧米の観光学のバイブルである。心理学からマーケティングまでP624の著書である。研究者、大学院生は、必読書である。 John Wily & Sons,Inc. ISBN 9780470084595
  • 寺前秀一観光情報論序説 : 進化人流論の試み」『地域政策研究』第11巻、第2号、高崎経済大学地域政策学会、2008年https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/85609062022年5月3日閲覧  - マスコミ、情報との類似性に着目して観光を論じている新しい考え方である。

関連項目

研究・調査

産業・地域振興、国際協力

外部リンク