コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

「野津田岳人」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
Cewbot (会話 | 投稿記録)
m Bot作業依頼: サッカー選手の改名に伴うリンク修正依頼 (大﨑淳矢) - log
141行目: 141行目:
== 略歴 ==
== 略歴 ==
* Jリーグ初出場 : 2012年3月17日J1第2戦対清水エスパルス戦([[静岡市清水日本平運動公園球技場|アウスタ]])
* Jリーグ初出場 : 2012年3月17日J1第2戦対清水エスパルス戦([[静岡市清水日本平運動公園球技場|アウスタ]])
** 73分、[[大淳矢]]と途中交代出場
** 73分、[[大淳矢]]と途中交代出場
* Jリーグ初得点 : 2013年5月19日J1第12戦対ヴァンフォーレ甲府戦(Eスタ)
* Jリーグ初得点 : 2013年5月19日J1第12戦対ヴァンフォーレ甲府戦(Eスタ)
** 85分、[[佐藤寿人]]と途中交代出場、86分ゴール
** 85分、[[佐藤寿人]]と途中交代出場、86分ゴール

2020年11月30日 (月) 03:56時点における版

野津田 岳人
名前
愛称 ガクト、PG
カタカナ ノツダ ガクト
ラテン文字 NOTSUDA Gakuto
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1994-06-06) 1994年6月6日(30歳)
出身地 広島県広島市
身長 177cm
体重 72kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 サンフレッチェ広島
ポジション MF
背番号 7
利き足 左足
ユース
シーガル広島FC(井口小)
2007-2009 サンフレッチェ広島Jr.ユース(井口中)
2010-2012 サンフレッチェ広島ユース(吉田高)
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2012- サンフレッチェ広島 79 (10)
2014-2015 Jリーグ・アンダー22選抜 4 (1)
2016 アルビレックス新潟 (loan) 18 (2)
2017 清水エスパルス (loan) 11 (0)
2017-2018 ベガルタ仙台 (loan) 35 (5)
1. 国内リーグ戦に限る。2019年12月5日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

野津田 岳人(のつだ がくと、1994年6月6日 - )は、広島県広島市西区出身のプロサッカー選手Jリーグサンフレッチェ広島所属。ポジションはミッドフィールダー。サンフレッチェ広島ユース出身。

来歴

プロ入り前

幼稚園の頃から地元クラブのシーガル広島FCでプレーし、小学生年代6年生のときにはキャプテンを務めた[1][2]

2007年、サンフレッチェ広島ジュニアユースに入団する。2008年、JFAプレミアカップ決勝進出に貢献している[3]

2009年からユースに参加し、2010年正式にユースに昇格する。同年高1のときからレギュラーに抜擢され[4]、2011年高校2年時にはチームの中心選手となり、高円宮杯3連覇(第21回高円宮杯2011年高円宮杯プレミア2012年高円宮杯プレミア)に貢献、自身もチャンピオンシップで2度MVP(2011年2012年)を受賞した[5]FUJI XEROX SUPER CUP NEXT GENERATION MATCHでは2年連続でU-18Jリーグ選抜に選ばれている。吉田靖率いるU-19日本代表には初期から選ばれている。

2011年高2からトップチームに2種登録選手として登録され、2012年高3時も引き続き登録された。この年から就任した森保一監督に評価され[1]、同年3月にJ1デビューを果たした。

サンフレッチェ広島

2013年トップチームに昇格、背番号は前年シーズンに森脇良太が着用していた「24」。同期入団に朴亨鎮浅野拓磨金廷錫がいる。2016シーズンより背番号が「17」に変更。

レンタル時代

2016年3月29日にオリンピック出場を目指すために出場機会を求め[6]アルビレックス新潟へ期限付き移籍する事が発表された[7]。4月16日 ナビスコカップ第3節VS川崎フロンターレとの試合で新潟デビュー。

2017年、清水エスパルスに期限付き移籍で加入した[8] が、8月7日にベガルタ仙台に期限付きで移籍することが発表された[9]。9月10日、第25節のサガン鳥栖戦で移籍後初得点を決めた。12月28日、仙台から期限付き移籍期限延長が発表され[10]、2018年も引き続き仙台でプレー。

サンフレッチェ広島復帰

2019年シーズンより広島に復帰。背番号は、2016年シーズンまで森崎浩司が着用し憧れのあった「7」にし、3-6-1のシャドーのポジションで開幕スタメンを果たす。

日本代表

吉武博文率いるU-16日本代表候補にも選ばれていたが、最終的には落選し、2011 FIFA U-17ワールドカップ出場は叶わなかった。

U-21日本代表からは常連メンバーになって中島翔哉矢島慎也らとともに2014年アジア競技大会では中盤のレギュラーとして活躍。

所属クラブ

ユース経歴

プロ経歴

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2012 広島 29 J1 5 0 2 0 0 0 7 0
2013 24 20 4 1 0 3 0 24 4
2014 18 2 2 1 2 2 22 5
2015 19 4 5 2 3 2 27 8
2016 17 0 0 - - 0 0
新潟 37 18 2 1 0 1 0 20 2
2017 清水 14 11 0 4 0 0 0 15 0
仙台 16 12 3 - - 12 3
2018 23 2 5 0 4 1 32 3
2019 広島 7 17 0 1 0 2 0 20 0
2020
通算 日本 J1 143 17 21 3 15 5 179 25
総通算 143 17 21 3 15 5 179 25

その他の公式戦

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 期間通算
出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 期間通算
2014 J-22 - J3 2 1 2 1
2015 2 0 2 0
通算 日本 J3 4 1 4 1
総通算 4 1 4 1
国際大会個人成績 FIFA
年度 クラブ 背番号 出場 得点 出場 得点
AFCACLクラブW杯
2012 広島 29 - 0 0
2013 24 5 0 -
2014 8 1 -
2015 - 1 0
2016 17 3 0 -
2019 7 6 0 -
通算 AFC 22 1 1 0

その他の国際公式戦

略歴

  • Jリーグ初出場 : 2012年3月17日J1第2戦対清水エスパルス戦(アウスタ
  • Jリーグ初得点 : 2013年5月19日J1第12戦対ヴァンフォーレ甲府戦(Eスタ)

タイトル

クラブ

サンフレッチェ広島ユース
サンフレッチェ広島

個人

  • 高円宮杯U-18サッカーリーグ チャンピオンシップ・MVP(2011年、2012年)

代表歴

主な出演

CM

脚注

  1. ^ a b “ヒデ2世”広島ユースMF野津田が躍動”. 日刊スポーツ (2012年2月15日). 2012年5月14日閲覧。
  2. ^ 運命的な再会・・・”. サンフレッチェ・ラジオ・サポーターズクラブ “GOA〜L” (2012年3月22日). 2012年5月14日閲覧。
  3. ^ JFAプレミアカップ2008決勝公式記録” (PDF). 日本サッカー協会 (2008年5月5日). 2012年5月14日閲覧。
  4. ^ 広島ユースMF野津田岳人(1年)_茨城で見せた“サンフレ劇場”!”. ゲキサカ (2010年9月13日). 2012年5月14日閲覧。
  5. ^ 高円宮杯2年連続MVPの広島・野津田「サポーターの皆さんに恩返し」”. ゲキサカ (2013年1月15日). 2013年1月18日閲覧。
  6. ^ 「五輪に出場したい」…広島MF野津田岳人、新潟へ期限付き移籍”. サッカーキング (2016年3月29日). 2016年3月29日閲覧。
  7. ^ サンフレッチェ広島から野津田 岳人選手 期限付き移籍加入のお知らせ”. アルビレックス新潟 (2016年3月29日). 2016年3月29日閲覧。
  8. ^ 野津田岳人選手(サンフレッチェ広島) 期限付き移籍にて加入決定のお知らせ”. 清水エスパルス (2016年12月26日). 2016年12月26日閲覧。
  9. ^ 野津田岳人選手 期限付き移籍加入のお知らせ”. ベガルタ仙台 (2017年8月7日). 2017年8月7日閲覧。
  10. ^ 野津田岳人選手 期限付き移籍延長のお知らせ”. ベガルタ仙台 (2017年12月28日). 2017年12月28日閲覧。
  11. ^ 誰だか分かる? 明治安田生命がJリーグの新CMを公開「さぁ、次の夢を育てよう。」”. サッカーキング (2016年2月23日). 2016年2月23日閲覧。

参考資料

関連項目

外部リンク