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== 概要 == |
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2020年10月13日 (火) 12:09時点における版
東京女学館短期大学 | |
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大学設置 | 1956年 |
創立 | 1886年 |
廃止 | 2003年 |
学校種別 | 私立 |
設置者 | 学校法人東京女学館 |
本部所在地 | 東京都町田市鶴間1105 |
学部 |
国際文化学科 情報社会学科 |
東京女学館短期大学(とうきょうじょがっかんたんきだいがく、英語: Tokyo Jogakkan Junior College[1])は、東京都町田市鶴間1105に本部を置いていた日本の私立大学である。1956年に設置され、2003年に廃止された。大学の略称は東京女学館短大。学生募集は2000年度まで。翌年度より東京女学館大学の設置準備により短期大学は学生募集を停止し、2003年9月30日 正式廃止[2]。なお、東京女学館大学は2013年度より学生募集を停止し、在学生の卒業または除籍・退学などにより学生の在籍がいなくなった2017年11月16日に廃校となった。詳細は東京女学館大学を参照。
概要
大学全体
- 学校法人東京女学館により1956年に設置された日本の私立短期大学。1954年に専攻科が設置され、短期大学に改組された。小学校・中学校・高等学校と同一の広尾(羽沢)キャンパスであったが、1978年度に短期大学のみ南町田キャンパスに移転した。学科は、文科のみの単科短期大学であったが、1995年に2学科体制となった。
建学の精神(校訓・理念・学是)
- 東京女学館短期大学における建学の精神は「知性豊かな気品のある婦人の養成」[3]
教育および研究
- 短期大学の設置から40年近く文科として、日本文化・欧米文化・情報社会をベースとした専門教育が行われてきた。1995年度に2学科に改組されてからは、日本文化・欧米文化については国際文化学科、情報社会を情報社会学科において新に教育が行われるようになった[3]。
学風および特色
- 東京女学館の前身である女子教育奨励会は、伊藤博文を創立委員長、北白川宮能久親王を会長として発足し、「諸外国の人々と対等に交際できる国際性を備えた、知性豊かな気品ある女性の育成」を目標とした。[4]。
- 1996年度より海外語学研修が行われていた[3]。
沿革
- 1886年 日本初の内閣総理大臣である伊藤博文を創立委員長として、女子教育奨励会創立委員会が発足される。
- 1887年 北白川宮能久親王を会長として、女子教育奨励会が発足される。
- 1888年 女子教育奨励会が東京女学館を設立(雲州屋敷)。
- 1923年 関東大震災により虎の門校舎が全焼する。宮内省により渋谷羽沢の地を貸与される。
- 1954年 東京女学館高等学校に専攻科を置く。
- 1956年 東京女学館短期大学文科を置く。
- 1978年 町田市の南町田キャンパスに移転。
- 1995年 文科を改組し、2学科とする。
- 2000年度をもって募集を終了。翌年度より東京女学館大学へ移行。
- 2003年9月30日 正式廃止[2]。
基礎データ
所在地
- 東京都町田市鶴間1105
教育および研究
組織
学科
- 国際文化学科入学定員は150名。
- 情報社会学科:入学定員は90名。
専攻科
- なし
別科
- なし
取得資格について
附属機関
- 学術資料館
研究
- 『東京女学館短期大学紀要』あり[6]
学生生活
部活動・クラブ活動・サークル活動
- 東京女学館短期大学で活動していたクラブ活動
学園祭
- 東京女学館短期大学の学園祭は、広尾キャンパス時代は中・高と同時に開催され、南町田キャンパスに移転後は「秋麗祭」として独自開催した。[7]また、同窓会組織である「白菊会」によるバザーなどが催された[3]。
跡地
跡地は、町田市都市づくり部都市政策課による南町田駅周辺地区拠点整備基本方針によって再利用が検討され[8]、高層マンションとなることが決定された。2018年12月には大部分の建物が撤去された。
大学関係者と組織
大学関係者組織
大学関係者一覧
大学関係者
歴代学長
教員
- 井上光貞:専攻科時代の教員。
- 田村幸策
- 深作安文
- 秋山謙蔵
- 伊豆山善太郎
- 井手成三
- 牛島信義
- 四竈経夫:海軍中将・四竈孝輔の息子。東京女学館中学・高等学校長。
- 大多和顕
- 高階順治:東大名誉教授の高階秀爾は長男にあたる。
- 石上七鞘
- 樋口清之
- 加藤千恵:元千葉商科大学・千葉短期大学名誉学長である加藤寛の娘にあたる。
出身者
施設
キャンパス
寮
- なし
対外関係
他大学との協定
系列校
卒業後の進路について
就職について
- 全学科を含め、一般企業への就職者が多く、丸井・オンワード樫山・兼松・三井ホーム・野村不動産・髙島屋・伊勢丹・三越・トヨペット店・トヨタ自動車・ヤナセ・マクドナルド・三菱東京UFJ銀行・国民生活金融公庫・三井住友銀行・静岡銀行・UFJ信託銀行・野村證券・日興コーディアル証券・三菱UFJ証券・三菱UFJニコス・あいおい損害保険・三菱重工業・コクド・日産自動車・日本電気・東芝・日立製作所・澁澤倉庫・日本石油・オムロン・凸版印刷・JFEエンジニアリング・オリンパス・荏原製作所・村田製作所・バンダイ・東レ・日清紡績・京セラ・日本航空・全日本空輸・日本エアシステム・東京電力・東京ガス・ジェイティービー・近畿日本ツーリスト・品川プリンスホテル・ニューオータニ・ウェスティンホテル東京・ぎょうせい・中央出版などに就職している[3]。
編入学・進学実績
- 国際文化学科:桜美林大学・共立女子大学・恵泉女学園大学・駒澤大学・実践女子大学・白百合女子大学・玉川大学・帝京大学・東京家政学院大学・武蔵工業大学(現東京都市大学)・明治大学・明星大学・相模女子大学・フェリス女学院大学・横浜商科大学ほか[3]
- 情報社会学科:川村学園女子大学・文京学院大学・淑徳大学・昭和女子大学・専修大学・大東文化大学・東海大学・法政大学・明治学院大学・産業能率大学・立命館大学ほか[3]
参考文献
- 『東京女学館短期大学史』(東京女学館史料編纂室編:2013年)
- 『東京女学館短期大学史 史料編』(東京女学館史料編纂室編:2015年)
- 『東京女学館史料編纂室報』
- 『全国学校総覧』
- 『短期大学一覧』
- 『教員養成課程認定大学・短期大学等総覧』(全国高等学校長協会編。第一法規出版)
- 『日本の私立短期大学』(日本私立短期大学協会発行:1980年)
- 『進学年鑑』(『私大コース』シリーズ別冊)
- 『全国短期大学高等専門学校一覧』(文部省高等教育局技術教育課監修)
- 『短期大学教育』第49号(日本私立短期大学協会発行:1992年)
- 『短大蛍雪』(全国短大&専修・各種学校受験年鑑シリーズ。旺文社)
- 『全国短期大学受験要覧』(廣潤社)
- 『全国短期大学案内』(教学社)
- 『全国短期大学受験案内』(晶文社)
- 『全国短期大学案内』(梧桐書院)
- 『短大蛍雪』(2000年5月臨時増刊。旺文社)
- 『東京女学館短期大学』:入学案内小冊子