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「本木」の版間の差分

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== 小・中学校の学区 ==
== 小・中学校の学区 ==
区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる<ref name="school”>{{Cite web|url=http://www.city.adachi.tokyo.jp/gakumu/k-kyoiku/shochu/h29-kuikihyo-kuikizu.html|title=区立小・中学校の通学区域表・通学区域図|publisher=足立区|date=2017-04-15|accessdate=2017-12-07}}</ref>。なお、足立区では[[公立学校選択制|学校選択制度]]を導入しており、区内全域から選択することが可能。ただし、小学校に関しては、2018年(平成30年)度から学区域または学区域に隣接する学校のみの選択になる。<ref>{{Cite web|url=http://www.city.adachi.tokyo.jp/gakumu/k-kyoiku/shochu/sentaku-h29-gakkousenntakuseido.html|title=学校選択制度について|publisher=足立区|date=2017-06-01|accessdate=2017-12-07}}</ref><ref>{{Cite web|url=http://www.city.adachi.tokyo.jp/gakumu/gakkosentakuseido-kaisei.html|title=小学校の「学校選択制度の改正」について|publisher=足立区|date=2017-05-03|accessdate=2017-12-07}}</ref>。
区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる<ref name="school">{{Cite web|url=http://www.city.adachi.tokyo.jp/gakumu/k-kyoiku/shochu/h29-kuikihyo-kuikizu.html|title=区立小・中学校の通学区域表・通学区域図|publisher=足立区|date=2017-04-15|accessdate=2017-12-07}}</ref>。なお、足立区では[[公立学校選択制|学校選択制度]]を導入しており、区内全域から選択することが可能。ただし、小学校に関しては、2018年(平成30年)度から学区域または学区域に隣接する学校のみの選択になる。<ref>{{Cite web|url=http://www.city.adachi.tokyo.jp/gakumu/k-kyoiku/shochu/sentaku-h29-gakkousenntakuseido.html|title=学校選択制度について|publisher=足立区|date=2017-06-01|accessdate=2017-12-07}}</ref><ref>{{Cite web|url=http://www.city.adachi.tokyo.jp/gakumu/gakkosentakuseido-kaisei.html|title=小学校の「学校選択制度の改正」について|publisher=足立区|date=2017-05-03|accessdate=2017-12-07}}</ref>。
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!丁目!!番地!!小学校!!中学校
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2017年12月29日 (金) 00:19時点における版

日本 > 東京都 > 足立区 > 本木
本木
本木の位置(東京23区内)
本木
本木
本木の位置
北緯35度45分43.08秒 東経139度47分6.88秒 / 北緯35.7619667度 東経139.7852444度 / 35.7619667; 139.7852444
日本の旗 日本
都道府県 東京都
特別区 足立区
人口
2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
 • 合計 4,013人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
123-0853[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 足立

本木(もとき)(古くからの在住者は、[もとぎ]と発音する)は、東京都足立区町名住居表示実施済みで、現行行政地名は本木一丁目および二丁目。郵便番号は123-0853[2]

地理

足立区中部、荒川堤防の北側に広がる。古くからの工場住宅が多い。隣接する地域は、北は興野・西新井本町、東は関原、西は本木東町、本木南町、南は一級河川荒川を挟んで対岸に千住および小台、西はである。

地名の由来

「本木」の名称の由来は諸説あり定かでない。

歴史

多くの史跡を持つ本木の地にはかなり古くから人が住んでいたと推測されるが、実際に本木村の名が初めて文献に登場するのは江戸時代に入ってからのことである。

かつての本木地区の範囲は広く、現在の本木北町本木南町本木西町本木東町のほか、関原・扇の大半や小台・千住桜木の一部を含んでいた。足立区が成立した際に、本木地区は範囲が広大であったため本木町一丁目~六丁目まで分けられて町名が定められたが、住居表示の実施などによって多くの地域で町名が変えられていき、現在は本木一・二丁目(かつての本木町一丁目・二丁目の尾竹橋通りより西側の地域)と本木東町・本木西町・本木北町・本木南町(かつての本木町三丁目の大半)のみに本木の地名が残っている。

1890年には荒川沿いに屠場が設けられ、そこに浅草から皮革業者が流入[4]1913年、荒川放水路の完成により、屠場は千住屠場(1913年4月開設、1937年1月、芝浦屠場への統合に伴い廃場)に吸収された[5]

その後、1923年関東大震災で焼け出された浅草の業者の流入を含め、靴職人や草履職人の「靴屋長屋」が多数建設され、隣接する梅田地区と共にバタ屋・皮革業・在日朝鮮人の都市細民が集まる巨大スラムに発展[4]。もともと本木や梅田では江戸時代から浅草紙の紙漉業が農家の副業として盛んだったため、バタ屋の移住はその原料入手に便利だとの理由で地元民の受け入れるところとなり、「一夜にしてバタ屋千軒」と呼ばれる状況が出現した[6]。以後、1930年以降の昭和恐慌期から第二次世界大戦中にも貧民や被災民が多数流入し、今日に至る。不良住宅が大規模に密集しているため、1960年頃の「不良住宅調査」では「全国最大のスラム」と形容された[4]


旧本木村域における町名の変遷
本木の旧小字 足立区成立時の地名 現在の住居表示
東耕地 本木町一丁目 本木一丁目(一部)
関原一丁目(一部)
関原二丁目(一部)
千住桜木二丁目(一部)
亀田耕地
亀田四番耕地
西亀田耕地
北村中耕地
本木町二丁目 本木二丁目
関原二丁目(一部)
関原三丁目(一部)
西新井栄町一丁目(一部)
西新井本町二丁目(一部)
南村中耕地
村中耕地
六番耕地
本木町三丁目 本木東町
本木北町
本木西町(一部)
本木南町(一部)
興野一丁目(一部)
興野二丁目(一部)
三番耕地
四番耕地
五番耕地
本木町四丁目 扇一丁目(一部)
一番耕地
二番耕地
本木町五丁目 扇二丁目(一部)
扇三丁目(一部)
西新井本町五丁目(一部)
堤外耕地
七番堤外耕地
八番堤外耕地
九番堤外耕地
十番堤外耕地
十一番堤外耕地
十二番堤外耕地
本木町六丁目 本木一丁目(一部)
関原一丁目(一部)
小台一丁目(一部)
千住桜木一丁目(一部)
千住桜木二丁目(一部)
千住元町(一部)
本木南町(一部)
本木西町(一部)
扇一丁目(一部)
扇二丁目(一部)

年表

  • 1889年5月1日 - 東京府南足立郡本木村が周辺の村と合併し、西新井村が成立。南足立郡西新井村大字本木となる(西新井村は後に町制が施行され西新井町となる)。
  • 1932年10月1日 - 南足立郡が東京市足立区となる。本木は、本木町一丁目から六丁目まで分割されて町名が定められる。
  • 1948年11月1日 - 本木町六丁目の荒川放水路堤南地域のうち「新渡し」より東側が千住桜木町に、西側が小台町に編入される。
  • 1961年8月1日 - 本木町三丁目の大半の地域と本木町一丁目・興野町の一部が本木東町本木西町本木北町本木南町に再編される。
  • 1967年8月1日 - 本木東町・本木西町・本木北町・本木南町に住居表示が実施される。
  • 1968年12月1日 - 本木町三・四・五丁目の一部に住居表示が実施され、西新井本町二・五丁目、興野一・二丁目に編入される。
  • 1969年8月1日 - 本木町一丁目・本木町二丁目・興野町の一部に住居表示が実施され、本木一・二丁目が設置される。同日、本木町一丁目・本木町二丁目の一部に住居表示が実施され、関原一-三丁目に編入される。
  • 1970年8月1日 - 本木町二丁目の残存地域に住居表示が実施され、西新井栄町二丁目に編入される。
  • 1971年11月1日 - 本木町四・五丁目の一部に住居表示が実施され、扇一・二丁目に編入される。
  • 1989年5月15日 - 荒川河川敷部分のみに残存していた足立区の旧町名が全て廃止され、住居表示実施済み町域に編入される。これに伴い、河川敷のみに残存していた本木町一・三・四・五・六丁目は、本木一丁目・本木西町・本木南町などの住居表示実施済み町域に編入された。

世帯数と人口

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
本木一丁目 828世帯 1,734人
本木二丁目 1,085世帯 2,279人
1,913世帯 4,013人

小・中学校の学区

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[7]。なお、足立区では学校選択制度を導入しており、区内全域から選択することが可能。ただし、小学校に関しては、2018年(平成30年)度から学区域または学区域に隣接する学校のみの選択になる。[8][9]

丁目 番地 小学校 中学校
本木一丁目 全域 足立区立本木小学校 足立区立第六中学校
本木二丁目 4番〜20番
1番〜3番 足立区立関原小学校
その他 足立区立第七中学校

交通

路線バス

北01
北02・北03
北05
鹿02はるかぜ

道路・橋梁

施設

  • 足立区立本木東保育園
  • 本木一丁目中公園
  • 本木東公園
  • 本木二丁目ことり児童遊園
  • 本木東児童遊園
  • 本木みどり児童遊園
  • いずみ記念病院
  • 光輪寺
  • 中曽根神社
  • 冬木弁天堂

出身有名人

脚注

  1. ^ a b 足立区の町丁別の世帯と人口”. 足立区 (2017年12月4日). 2017年12月7日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年12月7日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月7日閲覧。
  4. ^ a b c 西井一夫『続・昭和二十年東京地図』p.67-72(筑摩書房、1987年)
  5. ^ 川元祥一・藤沢靖介『東京の被差別部落』p.33(三一書房、1984年)
  6. ^ 川元祥一・藤沢靖介『東京の被差別部落』p.34(三一書房、1984年)
  7. ^ 区立小・中学校の通学区域表・通学区域図”. 足立区 (2017年4月15日). 2017年12月7日閲覧。
  8. ^ 学校選択制度について”. 足立区 (2017年6月1日). 2017年12月7日閲覧。
  9. ^ 小学校の「学校選択制度の改正」について”. 足立区 (2017年5月3日). 2017年12月7日閲覧。

外部リンク