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「アクロン (オハイオ州)」の版間の差分

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{{世界の市
{{世界の市
| 正式名称 = アクロン
|正式名称= アクロン
| 公用語名称 = City of Akron
|公用語名称 = City of Akron
|愛称= Summit City(頂点の街)、Rubber Capital of the World(世界のゴムの都)<ref name="WashingtonPost_RubberCapital">Mandel, Peter. [http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2004/04/25/AR2005040310418.html Bouncing Around Akron, Rubber Capital of the World]. Washington Post. 2004年4月25日. 2016年2月11日閲覧.</ref>、City of Invention(発明の街)
| 愛称 = Rubber Capital of the World
| 標語 =
|標語=
| 画像 = AkronMontage3.jpg
|画像= AkronOhioSky.jpg
| 画像サイズ指定 = 250px
|画像サイズ指定= 250px
| 画像の見出し =
|画像の見出し=
| 市旗 =
|市旗=
| 市章 =
|市章=
|位置図= Summit County Ohio incorporated and unincorporated areas Akron highlighted.svg
| 位置図 = OHMap-doton-Akron.png
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|位置図サイズ指定= 250px
|位置図の見出し= 右: オハイオ州におけるサミット郡の位置<br />左: サミット郡におけるアクロンの市域
| 位置図見出し =
|下位区分名= [[アメリカ合衆国]]
| 緯度度 = 41 | 緯度分 = 4 | 緯度秒 = 23 | N(北緯)及びS(南緯) = N
|下位区分種類1= 州
| 経度度 = 81 | 経度分 = 31 | 経度秒 = 4 | E(東経)及びW(西経) = W
| 成立区分 = 設立
|下位区分名1= [[オハイオ州]]
|下位区分種類2= 郡
| 成立日 = [[1825年]]
|下位区分名2= [[サミット郡 (オハイオ州)|サミット郡]]
| 成立区分1 = 編入
|最高行政執行者称号=
| 成立日1 = [[1835年]](村)
|最高行政執行者名=
| 成立区分2 = -
| 成立日2 = [[1865年]](市)
|成立区分= 創設
|成立日= 1825年
| 旧名 =
|規模= 市
| 創設者 =
|総面積(平方キロ)= 161.54
| 下位区分名 = {{USA}}
|総面積(平方マイル)= 62.37
| 下位区分種類1 = [[アメリカ合衆国の州|州]]
|陸上面積(平方キロ)= 160.66
| 下位区分名1 = [[オハイオ州]]
|陸上面積(平方マイル)= 62.03
| 下位区分種類2 = [[オハイオ州の郡一覧|郡]]
|水面面積(平方キロ)= 0.88
| 下位区分名2 = [[サミット郡 (オハイオ州)|サミット郡]]
|水面面積(平方マイル)= 0.34
| 規模 = 市
|水面面積比率=
| 最高行政執行者称号 = 市長
|市街地面積(平方キロ)=
| 最高行政執行者名 = Don Plusquellic
|市街地面積(平方マイル)=
| 最高行政執行者所属党派 = [[民主党 (アメリカ)|民主党]]
|面積(平方キロ) = 161.6
|都市圏面積(平方キロ)=
|面積(平方マイル) = 62.4
|都市圏面積(平方マイル)=
|人口の時点= 2010年
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|人口に関する備考=
| 陸上面積(平方マイル) = 62.1
|総人口= 199,110
| 水面面積(平方キロ) = 0.9
| 水面面積(平方マイル) = 0.3
|人口密度(平方キロ当たり)= 1,239.3
|人口密度(平方マイル当たり)= 3,209.9
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|都市圏人口= 703,200
| 市街地面積(平方キロ) =
| 街地面積(平方マイル) =
|圏人口密度(平方キロ)=
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|等時帯= [[東部標準時]]
| 標高(メートル) = 291
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| 人口に関する備考 =
|緯度度= 41 |緯度分= 4 |緯度秒= 23 |N(北緯)及びS(南緯)= N
| 総人口 = 217,074
|経度度= 81 |経度分= 31 |経度秒= 4 |E(東経)及びW(西経)= W
| 人口密度(平方キロ当たり) = 3,497.3
|標高(メートル)= 306
| 人口密度(平方マイル当たり) = 1,350.3
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|公式ウェブサイト= http://www.akronohio.gov/
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| 等時帯 = [[東部標準時]]
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| 公式ウェブサイト = http://www.ci.akron.oh.us
| 備考 =
}}
}}
<!-- 以上Infobox。これより下記事本文。-->
'''アクロン''' (Akron) は[[アメリカ合衆国]][[オハイオ州]]北東部の[[サミット郡 (オハイオ州)|サミット郡]]に位置する[[工業都市]]である。[[2000年]]現在の国勢調査で、この都市は総人口217,074人である。ここはサミット郡内で最大都市であり郡庁所在地である。


'''アクロン'''('''Akron''')は、[[アメリカ合衆国]][[オハイオ州]]北東部に位置する都市。[[クリーブランド (オハイオ州)|クリーブランド]]の南約55kmに位置する。人口は199,110人([[2010年]][[国勢調査]])<ref name="FactFinder">[http://factfinder2.census.gov/main.html American FactFinder]. U.S. Census Bureau. 2011年2月4日.</ref>で、オハイオ州では[[コロンバス (オハイオ州)|コロンバス]]、クリーブランド、[[シンシナティ]]、[[トレド (オハイオ州)|トレド]]に次ぐ第5の都市である。アクロンに郡庁を置く[[サミット郡 (オハイオ州)|サミット郡]]、およびその東に隣接する[[ポーテージ郡 (オハイオ州)|ポーテージ郡]]の2郡からなる[[アメリカ合衆国大都市統計地域|都市圏]]は703,200人(2010年国勢調査)<ref name="FactFinder" />の人口を抱えている。より広域的には、アクロンはクリーブランドの[[合同統計地域|広域都市圏]]に含まれており、その人口は350万人を超える<ref name="FactFinder" />。
同市は[[アメリカ合衆国]]で82番目の規模を持ち、オハイオ州では5番目の規模である。同市の北部約20kmに[[クリーブランド (オハイオ州)|クリーブランド市]]、南部にカントン市が位置する。3つの市は合計290万人の人口を誇り、州最大の大都市圏を形成する。


アクロンは[[1825年]]に創設され、その初期から運河交通の要所となり、様々な産業が興った。[[南北戦争]]前後から[[20世紀]]初頭にかけては、北軍の食糧となったオーツ麦のバー、全米初のパトロールカー、ヨードを添加した食塩など、次々と発明品が生み出された。同じ頃、[[グッドリッチ]]、[[グッドイヤー]]、[[ファイアストン]]、ゼネラルタイヤと、[[タイヤ]]メーカーが相次いで創業し、これらタイヤメーカーが労働者用の住宅地開発にあたったこともあって、[[1910年代]]の10年間で人口は3倍増、工業都市として高成長を遂げたアクロンは「世界のゴムの都」と呼ばれた。20世紀も後半に入るとタイヤメーカーは買収や移転で次々とアクロンを離れ、グッドイヤーを残すのみとなったが、残された研究インフラの存在によって、アクロンは[[重合体|ポリマー]]産業の中心地へと変貌を遂げてきている。
希有な事項として、市街地がアメリカの南北の[[分水嶺]]をなすことがある。市街に隣接する池からは南に向けてミシシッピ川を経由してメキシコ湾へ、北に向けては[[五大湖]]から北大西洋へ流出する。

産業面以外でも、アクロンは革新的な出来事が多く起きた街であった。[[1847年]]には、今日全米で標準となっている[[K-12]]の学年制教育の先駆けとなったアクロン学校法が成立した。南北戦争前夜には、[[ジョン・ブラウン (奴隷制度廃止運動家)|ジョン・ブラウン]]がアクロンを事業活動の拠点とし、元奴隷であった[[ソジャーナ・トゥルース]]が奴隷制度廃止と女性の権利を訴える演説をアクロンで行った。全米で初めて、[[アルコール依存症]]が疾患として認められ、治療が行われ、[[アルコホーリクス・アノニマス]]が発祥したのもアクロンであった。

== 歴史 ==
=== 初期 ===
[[File:TownplotpfAkron.jpg|left|thumb|180px|アクロンの最初の区画([[1825年]])]]

[[1811年]]、現在のアクロン市ではブフテル・アベニューとブロードウェイ・ストリートの交差点があるあたりに、コネチカット土地会社の測量家ポール・ウィリアムズと、[[コネチカット西部保留地]]の将軍サイモン・パーキンスが入植し、当時掘削中であったオハイオ・アンド・エリー運河の最高点であったこの地に入植地の創設を提案した<ref name="HistoricTimeline_1800-1849">[http://www.akronohio.gov/cms/site/2cdaf98b9523ff5c/index.html Akron's Historic Timeline: 1800-1849]. City of Akron. 2016年2月6日閲覧.</ref>。入植地の名は、[[ギリシア語]]で「頂上」もしくは「高いところ」を意味する{{lang|grc|ἄκρον}}から付けられた<ref>Liddell, Henry George and Robert Scott. [http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus:text:1999.04.0057:entry=a%29/kron {{lang|grc|ἄκρον}}]. ''A Greek-English Lexicon''. Oxford: Clarendon Press. 1940年. 2016年2月6日閲覧.</ref><ref name="OhioHistoryCentral_Akron">[http://www.ohiohistorycentral.org/w/Akron,_Ohio Akron, Ohio]. ''Ohio History Central''. Ohio Historical Society. 2016年2月6日閲覧.</ref>。その後[[1825年]]、現在のサウスアクロン地区に相当する地域が区画され、オハイオ運河の掘削に携わった[[アイルランド]]系労働者たちの小屋、およそ100棟がその近くに建てられた。その後、[[1833年]]にはエリアキム・クロスビーが「ノースアクロン」を創設し、[[1836年]]にサウスアクロン・ノースアクロンの2つが合併して、アクロンという1つの村として正式に法人化された<ref name="HistoricTimeline_1800-1849" />。

[[1840年]]、[[ポーテージ郡 (オハイオ州)|ポーテージ]]、[[メダイナ郡 (オハイオ州)|メダイナ]]、および[[スターク郡 (オハイオ州)|スターク]]各郡のそれぞれ一部を分割・再編する形で、[[サミット郡 (オハイオ州)|サミット郡]]が創設されると、翌[[1841年]]には、サミット郡議会が[[カヤホガフォールズ (オハイオ州)|カヤホガフォールズ]]を[[郡庁所在地]]に指定したが、[[オハイオ州議会|州議会]]がこれを覆し、郡庁所在地は住民投票に基づいて決めるようにと差し戻した。その結果、郡庁はアクロンに置かれることになった<ref name="doyle">Doyle, William B, LL.B. ''Centennial History of Summit County, Ohio and Representative Citizens''. Chicago: Biographical Publishing Company. 1908年.</ref>。その頃、アクロンから[[ペンシルベニア州]][[ビーバー (ペンシルベニア州)|ビーバー]]へと通ずるペンシルベニア・アンド・オハイオ運河が開通し、[[せっ器|炻器]]、[[下水道|下水管]]、[[漁具]]、農作業道具などの産業が興った<ref name="Henry">Howe, Henry. ''Historical collections of Ohio: An encyclopedia of the state: History both general and local, geography with descriptions of its counties, cities and villages, its agricultural, manufacturing, mining and business development, sketches of eminent and interesting characters, etc., with notes of a tour over it in 1886''. State of Ohio, Laning Printing Company. 1896年.</ref>。[[1847年]]には、アクロン学校法が成立し、今日ではアメリカ合衆国全土で用いられている、[[K-12]]の学年制による教育の先駆けとなった<ref name="OhioHistoryCentral_AkronSchoolLaw">[http://www.ohiohistorycentral.org/w/Akron_School_Law Akron School Law]. ''Ohio History Central''. Ohio Historical Society. 2016年2月6日閲覧.</ref>。

=== 南北戦争前夜から「頂点の街」へ ===
[[南北戦争]]前夜のアクロンでは2人の著名な[[奴隷制度廃止運動]]家が活躍した。[[1844年]]、[[ジョン・ブラウン (奴隷制度廃止運動家)|ジョン・ブラウン]]は、 共同事業者であったサイモン・パーキンスの豪邸と道1本を隔てた対面側に自身の家を移し、アクロンを事業活動の拠点とした。[[1851年]]には、オハイオ女性の権利大会がアクロンで開催され、[[ソジャーナ・トゥルース]]が原稿無しで、後に ''Ain't I A Woman?'' と名付けられることになる演説を行った<ref>[http://www.nps.gov/wori/learn/historyculture/sojourner-truth.htm Women's Rights National Historical Park: Sojourner Truth]. National Park Service. 2016年2月6日閲覧.</ref>。

[[File:JohnBuchtel.jpg|left|thumb|180px|アクロン大学のキャンパス内に立つジョン・R・ブフテルの像]]

[[1870年]]、地元実業家にして博愛主義者であったジョン・R・ブフテルの出資で、[[アクロン大学]]の前身となる、ユニバーサリスト教会系のブフテル・カレッジが創立した<ref name="OhioHistoryCentral_UofAkron">[http://www.ohiohistorycentral.org/w/University_of_Akron University of Akron]. ''Ohio History Central''. Ohio Historical Society. 2016年2月6日閲覧.</ref>。また、この頃、ルイス・ミラーとウォルター・ブライスの2人の博愛主義者と建築家ジェイコブ・スナイダーは、アクロン・プランという[[デザインパターン (建築)|デザインパターン]]を確立し、[[1872年]]に初めてこの様式を用いてアクロンのファースト・メソジスト監督教会堂を建てた<ref name="Englert">Englert, Robert T. [http://www.oprhp.state.ny.us/hpimaging/hp_view.asp?GroupView=100832 National Register of Historic Places Registration: First Presbyterian Church]. New York State Office of Parks, Recreation and Historic Preservation. 2004年2月. 2016年2月6日閲覧.</ref>。その後、[[第一次世界大戦]]時に至るまで、[[会衆派教会|会衆派]]、[[バプテスト教会|バプテスト]]、[[長老派教会|長老派]]などの多数の教会堂が、この様式を用いて建てられた<ref name="Kilde">Kilde, Jeanne Halgren. ''When Church Became Theatre: The Transformation of Evangelical Architecture and Worship in Nineteenth-Century America''. p.185. Oxford University Press. 2005年. ISBN 978-0-19-517972-9.</ref><ref name="Jenks">Jenks, Christopher Stephen. [https://web.archive.org/web/20030318161630/http://www.sacredplaces.org/PSP-InfoClearingHouse/articles/American%20Religious%20Buildings.htm American Religious Buildings: The Akron Plan Sunday School'']. ''Partners for Sacred Places''. New York Landmarks Conservancy. 1995年12月. 2016年2月6日閲覧.</ref>。

南北戦争と前後して、アクロンでは次々と発明品が生まれ、近代的な産業も興っていった。フェルディナンド・シューマッハーは[[1856年]]に工場を買収し、[[エンバク|オーツ麦]]のバーを大量生産し、南北戦争時には[[北軍]]に供給した。南北戦争の終結後も、このバーに対する需要は高いものとなった。[[1883年]]には、地元の[[ジャーナリスト]]がアクロン・トイ・カンパニーを設立し、近代的な玩具製造事業を始めた。翌[[1884年]]には、サミュエル・C・ダイクが[[粘土]]製の[[ビー玉]]を大量生産に乗せた。これらの他、アクロンではゴム風船、アヒルの玩具、人形、ボール、[[乳母車]]の緩衝装置、茶色の小瓶などが発明された。[[1895年]]には、アクロンと[[クリーブランド (オハイオ州)|クリーブランド]]を結ぶ、全長35.5マイル(57.1km)の[[インターアーバン]]、アクロン・ベッドフォード・アンド・クリーブランド鉄道が開通した<ref>Grant, Roger. [http://ech.case.edu/cgi/article.pl?id=I5 Interurbans]. ''The Encyclopedia of Cleveland History''. 2016年2月6日閲覧.</ref>。[[1899年]]には、市当局は地元警察に、全米初となる[[パトロールカー]]を配備した<ref name="PoliceTechnology">Bellis, Mary. [http://inventors.about.com/od/fstartinventions/a/forensic_3.htm Police Technology and Forensic Science]. About.com. 2016年2月6日閲覧.</ref>。[[1916年|1916]]-[[1920年|20年]]にかけては、10,000人の女学生が、[[塩|食塩]]に[[ヨウ素|ヨード]]を添加することで[[甲状腺腫]]を予防する、後に「アクロン実験」として知られることになる実験に参加した。この実験は成功を収め、後に世界中で[[ヨード欠乏症]]による甲状腺腫を激減させることにつながった<ref>Price, Mark J. [http://www.ohio.com/news/akron-experiment-makes-medical-history-1.151855 Local history: Akron experiment makes medical history]. ''Akron Beacon Journal''. 2009年3月8日. 2016年2月6日閲覧.</ref>。ボストン・デイリー・グローブ紙はこの頃、アクロンを ''Summit City'' (頂点の街)と呼んだ<ref name="Popik">''Boston Daily Globe''. p,17. 1889年8月25日. Qtd by Barry Popik in [http://www.barrypopik.com/index.php/new_york_city/entry/summary12/ Smoky City]. 2005年3月27日. 2016年2月6日閲覧.</ref>。

=== 1900年のアクロン暴動 ===
[[1900年]]8月21日、黒人男性が6歳の白人少女に性的暴行を加えたとして逮捕され、翌朝自白した。すると地元新聞紙は自白を誇張して書き立て、市全体に極度の憤怒と憎悪を煽り立てた。やがて22日夜、事態は暴動へと発展した。この暴動で市政府の庁舎は焼失し、死者2人を出し、鎮圧には[[州兵]]の動員を要した。暴動の最中、この黒人男性はクリーブランドへと護送され、24日に弁護士無しで裁判にかけられ、無期懲役刑に処せられた。その後[[1913年]]、この黒人男性は公正な裁判を受けられずに服役させられたとして、州知事に恩赦された<ref>[http://www.ohiohistoryhost.org/ohiomemory/wp-content/uploads/2015/05/AkronRiot.pdf Akron Riot of 1900]. ''Ohio History Connection''. 2016年2月6日閲覧.</ref>。

=== 「世界のゴムの都」 ===
[[File:Goodyear Tire and Rubber Company Plant, Akron, Ohio (62371).jpg|right|thumb|250px|グッドイヤー本社工場(1930-45年頃)]]

アメリカ合衆国において[[貨物自動車|トラック]][[運輸業|運送業]]が生まれた頃、アクロンは ''Rubber Capital of the World'' (世界のゴムの都)と呼ばれた。[[1870年]]に創業した[[グッドリッチ]]を皮切りに、[[1898年]]創業の[[グッドイヤー]]<ref>[https://corporate.goodyear.com/en-US/about/history/beginnings.html Goodyear's Beginnings]. Goodyear Tire & Rubber. 2016年2月7日閲覧.</ref>、[[1900年]]創立の[[ファイアストン]](現[[ブリヂストン]]傘下、ブリヂストン・アメリカズ)<ref>[http://www.firestonetire.com/about/history Who We Are]. Bridgestone Americas. 2016年2月7日閲覧</ref>、そして[[1915年]]創立のゼネラルタイヤ(現[[コンチネンタル (自動車部品製造業)|コンチネンタルタイヤ]])<ref>[http://generaltire.com/company 100 Years of Adventure]. Continental Tire. 2016年2月7日閲覧.</ref>と、4社の[[タイヤ]]メーカーが相次いで創業し、本社をアクロンに置いた。これらのタイヤメーカーは膨れ上がった住宅需要に応えて住宅地を開発し、労働者用の安価な住宅を建てた。グッドイヤーの創業社長、[[フランク・セイバーリング]]は自社従業員用の住宅を建てるべく、グッドイヤー・ハイツ地区を開発した<ref>Childress, David M. [http://activerain.com/blogsview/1167334/goodyear-heights-ohio-homes-have-a-rich-history Goodyear Heights Ohio Homes Have a Rich History]. ActiveRain. 2009年7月25日. 2016年2月7日閲覧.</ref>。同様に、ハーベイ・ファイアストンはファイアストン・パーク地区を開発した<ref>Childress, David M. [http://activerain.com/blogsview/1166043/firestone-park-ohio-homes-are-unique Firestone Park Ohio Homes Are Unique]. ActiveRain. 2009年7月24日. 2016年2月7日閲覧.</ref>。

[[1917年]]、グッドイヤーは子会社グッドイヤー・ツェッペリンを創立し、[[ツェッペリン]]型飛行船の建造を開始した。同社の建造した飛行船はまず、[[第一次世界大戦]]において敵地の爆撃および偵察に用いられたが、その一方で同社も自社製品の宣伝に用いていた。[[第二次世界大戦]]中には、同社は104隻の軍用飛行船を建造した。第二次世界大戦終結後は、同社の飛行船は専ら宣伝に用いられた<ref name="OhioHistoryCentral_Blimp">[http://www.ohiohistorycentral.org/w/Goodyear_Blimps Goodyear Blimps]. ''Ohio History Central''. Ohio Historical Society. 2016年2月7日閲覧.</ref><ref name="OhioHistoryCentral_Zeppelin">[http://www.ohiohistorycentral.org/w/Goodyear_Zeppelin_Company Goodyear Zeppelin Company]. ''Ohio History Central''. Ohio Historical Society. 2016年2月7日閲覧.</ref>。

[[1910年代]]の10年間で、アクロンは人口増加率201.8%を記録し、全米で最も高い成長を遂げた都市となった。[[1920年]]の国勢調査では、アクロンの人口は208,435人を数え、全米で32位、州内では[[トレド (オハイオ州)|トレド]](243,164人、全米26位)や[[コロンバス (オハイオ州)|コロンバス]](237,031人、全米28位)に肉薄した<ref>[http://www.census.gov/population/www/documentation/twps0027/tab15.txt Table 15. Population of the 100 Largest Urban Places: 1920]. U.S. Bureau of the Census. 1998年6月15日. 2016年2月7日閲覧.</ref>。当時のアクロンの人口の約1/3は移民、もしくはその子孫で、その中には[[クラーク・ゲーブル]]もいた<ref name="OhioHistoryCentral_ClarkGable">[http://www.ohiohistorycentral.org/w/Clark_Gable Clark Gable]. ''Ohio History Central''. Ohio Historical Society. 2016年2月7日閲覧.</ref>。[[1928年]]には、アクロンは住民投票の結果に基づいてケンモアを合併し、その人口をさらに増やした<ref name="HistoricTimeline_1900-1949">[http://www.akronohio.gov/cms/site/3ebf14b0491bf7f7/index.html Akron's Historic Timeline: 1800-1849]. City of Akron. 2016年2月7日閲覧.</ref>。

しかし、工業都市としての高成長の陰で労働問題も起きた。劣悪な環境で、低賃金での労働を強いられていたアクロンのタイヤ工場労働者は、[[1935年]]にユナイテッド・ラバー・ワーカーズという[[労働組合]]を立ち上げた。翌[[1936年]]、グッドイヤーが賃金カットと増産の計画を発表すると、同社の労働者はこれへの抗議として、工場内での[[座り込み]]による[[ストライキ]]を行った。工場を占拠されたため、いわゆる「スト破り」の労働者を臨時に雇って生産を続けることもできず、経営側は工場施設の破壊を恐れて警備員を派遣することにも消極的にならざるを得なかった。市長は警察を動員して事態の収拾を図ったが、警官が出動を拒否した。やがて、グッドイヤーはユナイテッド・ラバー・ワーカーズを認め、より労働者側に有利な条件での労使交渉に臨まざるを得なくなった<ref name="OhioHistoryCentral_RubberStrike">[http://www.ohiohistorycentral.org/w/Akron_Rubber_Strike_of_1936 Akron Rubber Strike of 1936]. ''Ohio History Central''. Ohio Historical Society. 2016年2月7日閲覧.</ref>。

=== 衰退と遺産 ===
第二次世界大戦後の[[1950年代]]、[[モータリゼーション]]に伴うタイヤの需要増加で、アクロンは20世紀前半に比較するとその速度は鈍化したもののさらに成長し、[[1960年]]には人口290,351人(全米45位)でピークに達した<ref>[http://www.census.gov/population/www/documentation/twps0027/tab19.txt Table 19. Population of the 100 Largest Urban Places: 1960]. U.S. Bureau of the Census. 1998年6月15日. 2016年2月7日閲覧.</ref>。しかし、その後は[[ラストベルト]]内に位置する他の多くの工業都市と同様に、アクロンは衰退し、人口は減少に転じていった。アクロンの地域経済を支えたタイヤ製造業も、買収などによってアクロンの街を去り、[[21世紀]]に入るまでアクロンに残ったのはグッドイヤーただ1社のみとなった。

[[File:Goodyear Polymer Center.jpg|left|thumb|250px|グッドイヤー・ポリマー・センター]]

しかし、タイヤ製造業はアクロンの街に研究インフラという遺産を残した。この研究インフラの存在によって、アクロンはタイヤや[[プラスチック]]のみならず、[[潤滑剤]]や超強力繊維、[[液晶ディスプレイ]]にも応用される、[[重合体|ポリマー]]の街へと変貌を遂げている。21世紀に入り、アクロンは400社のポリマー関連企業が集中する「ポリマー・バレー」の中心都市となり、アクロンの市域内だけでも94社が立地している。アクロン大学のキャンパス内にはグッドイヤー・ポリマー・センターが立地し、研究者が[[ハイテク]]分野への応用を目指して研究を進めている<ref name="Newsweek_TechCities">[http://www.newsweek.com/2001/04/29/a-new-brand-of-tech-cities.html A New Brand Of Tech Cities]. Newsweek. 2001年4月29日. 2016年2月7日閲覧.</ref>。

また、[[2007年]]には、アメリカ合衆国の都市としては初めて、アクロンは[[ドイツ]]のシュマック・バイオガス社と共同で、[[下水道]]の[[ヘドロ]]から[[バイオガス]]を生成し、発電する施設が建てられた。この施設で生成されたバイオガスは[[メタン]]を約60%、[[二酸化炭素]]を約35%含んでいる<ref name="BuildersExchange">"Akron leads the way". ''Builders Exchange''. Vol.7. Issue 03. 2007年.</ref>。

[[2008年]]には、アクロンは3度目の全米都市賞を受賞し、これを契機に ''City of Invention'' (発明の街)と呼ばれるようになった。2008-[[2012年|12年]]にかけては、長年の工業都市化の間に自浄能力を失い、「ドブ川」化し、下流のカヤホガ川の水質悪化の元凶ともなっていたリトル・カヤホガ川の改修が行われ、水質が改善した<ref>[http://enviroscienceinc.com/wp-content/uploads/2015/02/AKRONRIVERWALKLITTLECUYAHOGA.pdf Akron Riverwalk Development Project - Little Cuyahoga River Restoration Project]. EnviroService. 2016年2月13日閲覧.</ref>。しかしその一方で、4年制大学はおろか、コミュニティ・カレッジやテクニカル・カレッジの卒業率すら低く、技能のある労働者が不足しているなど、問題も抱えている<ref>Harper, John. [http://www.cleveland.com/akron/index.ssf/2014/11/akron_short_on_skilled_workers_hudson_budget_shaquille_oneal_shaqtin_fool_cuyahoga_riverwalk.html Akron short on skilled workers, Hudson tightens its belt, Cuyahoga Falls anticipates Riverwalk: Summit County news roundup]. Northeast Ohio Media Group. 2014年11月20日. 2016年2月13日閲覧.</ref>。


== 地理 ==
== 地理 ==
アクロンは{{ウィキ座標度分秒|41|4|23|N|81|31|4|W|}}に位置している。市は[[五大湖地域]]の[[オハイオ州]]北東部、[[エリー湖]]岸からは南へ約63km、州北東部の中心都市である[[クリーブランド (オハイオ州)|クリーブランド]]からは南へ約55kmである。
アクロンは北緯41度4分23秒、西経81度31分4秒 (41.073155, -81.517900) に位置している。


[[アメリカ合衆国統計局]]によると、この都市は総面積161.6 [[平方キロメートル|km&sup2;]] (62.4 [[平方マイル|mi&sup2;]]).である。のうち160.8 km&sup2; (62.1 mi&sup2;) が陸地で0.9 km&sup2; (0.3 mi&sup2;) が水域である。総面積の0.54%が水域となる。
[[アメリカ合衆国国勢調査局]]によると、アクロン市は総面積161.54km<sup>2</sup>(62.37mi<sup>2</sup>)である。のうち160.66km<sup>2</sup>(62.03mi<sup>2</sup>)が陸地で0.88km<sup>2</sup>(0.34mi<sup>2</sup>)が水域である。総面積の0.55%が水域となっている。市域は[[アルゲイニー台地]]の西縁に位置しており、その地形は起伏に富んでいるため、標高は地域によって異なるが、ダウンタウンの標高は306mである。


== 気候 ==
=== 気候 ===
{{climate chart
アクロンの気候は四季がはっきりしており、特に冬の厳しい寒さと降雪に特徴付けられる、大陸性の気候である。最も暑い7月の平均気温は約22℃、最高気温の平均は約28℃で、日中32℃を超えることは平年で月に1-2日程度である。最も寒い1月の平均気温は氷点下3℃、最低気温の平均は氷点下7℃で、月のほとんどの日は気温が氷点下に下がる。降水量は1年を通じてほぼ平均しており、月間70-110mm程度であるが、冬季の1月・2月はやや少なく、月間55-65mm程度である。年間降水量は1,000mm程度である。また、冬季の12月から3月にかけての月間降雪量は20-27cm、年間降雪量は120cmに達する<ref name=weatherbase>[http://www.weatherbase.com/weather/weather.php3?s=12527 Historical Weather for Akron, Ohio, United States of America]. Weatherbase.com. 2015年10月3
| アクロン
日閲覧.</ref>。[[ケッペンの気候区分]]では、アクロンは[[アメリカ合衆国中西部|中西部]]の大部分に分布する[[亜寒帯湿潤気候]](''Dfa'')に属する。
| -7.2 | 0.6 | 66.0
| -5.9 | 2.6 | 58.4
| -1.9 | 8.1 | 76.2
| 3.8 | 15.3 | 91.4
| 9.2 | 20.7 | 109.2
| 14.3 | 25.6 | 96.5
| 16.6 | 27.8 | 104.1
| 15.9 | 26.8 | 91.4
| 11.8 | 22.8 | 88.9
| 5.8 | 16.1 | 71.1
| 1.1 | 9.6 | 83.8
| -4.5 | 2.8 | 71.1
| float = right
| clear = both
| source = [http://www.weatherbase.com/weather/weather.php3?s=12527 Weatherbase.com]
}}


アクロンの気候は四季がはっきりしており、特に冬の厳しい寒さと降雪に特徴付けられる、大陸性の気候である。最も暑い7月の平均気温は約22℃、最高気温の平均は約28℃で、日中32℃を超えることは平年で月に1-2日程度である。最も寒い1月の平均気温は氷点下3℃、最低気温の平均は氷点下7℃で、月のほとんどの日は気温が氷点下に下がる。降水量は1年を通じてほぼ平均しており、月間70-110mm程度であるが、冬季の1月・2月はやや少なく、月間55-65mm程度である。年間降水量は1,000mm程度である。また、冬季の12月から3月にかけての月間降雪量は20-27cm、年間降雪量は120cmに達する<ref name=weatherbase />。[[ケッペンの気候区分]]では、アクロンは[[アメリカ合衆国中西部|中西部]]の大部分に分布する[[亜寒帯湿潤気候]](''Dfa'')に属する。
== 人口動静 ==
[[2000年]]現在の[[国勢調査]]で、この都市は217,074人、90,116世帯、及び53,709家族が住んでいる。[[人口密度]]は1,350.3/km² (3,497.3/mi²) である。605.3/km² (1,567.9/mi²) の平均的な密度に97,315軒の家が建っている。この都市の人種的な構成は白人67.22%、アフリカン・アメリカン28.48%、ネイティブ・アメリカン0.26%、アジア1.50%、太平洋諸島系0.02%、その他の人種0.43%、及び混血2.07%である。人口の1.16%はヒスパニックまたはラテン系である。


{| class="wikitable" style="width: 80%; text-align:center; margin: 0 auto 0 auto;"
この都市の世帯ごとの平均的な収入は31,835 USドルであり、家族ごとの平均的な収入は39,381 USドルである。男性は31,898 USドルに対して女性は24,121 USドルの平均的な収入がある。この都市の一人当たりの収入 ([[:en:per capita income|per capita income]]) は17,596 USドルである。人口の17.5%及び家族の14.0%は[[貧困線]]以下である。全人口のうち18歳未満の25.7%及び65歳以上の9.7%は貧困線以下の生活を送っている。
|+ '''アクロンの気候'''<ref name=weatherbase>[http://www.weatherbase.com/weather/weather.php3?s=12527 Historical Weather for Akron, Ohio, United States of America]. Weatherbase.com. 2016年2月8日閲覧.</ref>
|-
!
! [[1月]] !! [[2月]] !! [[3月]] !! [[4月]] !! [[5月]] !! [[6月]] !! [[7月]] !! [[8月]] !! [[9月]] !! [[10月]] !! [[11月]] !! [[12月]] !! 年
|-
! 平均気温([[セルシウス度|℃]])
| -3.3 || -1.7 || 3.1 || 9.6 || 14.9 || 19.9 || 22.2 || 21.4 || 17.3 || 10.9 || 5.3 || -0.9 || 9.9
|-
! 降水量([[ミリメートル|mm]])
| 66.0 || 58.4 || 76.2 || 91.4 || 109.2 || 96.5 || 104.1 || 91.4 || 88.9 || 71.1 || 83.8 || 71.1 || 1,008.1
|-
! 降雪量([[センチメートル|cm]])
| 31.5 || 26.7 || 20.8 || 6.9 || 0.3 || - || - || - || - || 1.0 || 7.6 || 25.9 || 120.7
|}


=== 都市概観と建築物 ===
[[2003年]]7月1日アメリカ合衆国統計局はアクロン市の人口が212,215人になるだろうと予測している。
[[File:FirstMeritTower.jpg|right|thumb|180px|ファーストメリット・タワー]]


アクロンのダウンタウンは西に州道59号線、東に州道8号線、北にリトル・カヤホガ川、南に[[州間高速道路]][[州間高速道路76号線|I-76]]/[[州間高速道路77号線|77]]に囲まれた地域に形成されている。起伏に富む地形のため、アクロンの街路はダウンタウンにおいても複雑に入り組んでいる。ダウンタウンにおいて東西に通る通りはメイン・ストリートを境に西(W)と東(E)に、また南北に通る通りはマーケット・ストリートを境に北(N)と南(S)に分かれている。ダウンタウンの東側には[[アクロン大学]]のキャンパスが広がっている。
== 地域 ==
=== チャペルヒル ===
チャペルヒル (Chapel Hill) はアクロンの2つの大きな商業地域の1つである。


アクロンで最も高い建物は、ダウンタウンのミル・ストリートとメイン・ストリートの南東角に建つ、高さ100.6m、27階建てのファーストメリット・タワーである。この[[アール・デコ]]様式の超高層ビルは[[1931年]]に完成した<ref>[http://www.emporis.com/buildings/125771/firstmerit-tower-akron-oh-usa FirstMerit Tower]. Emporis. 2016年2月9日閲覧.</ref>。ファーストメリット・タワーは、[[2007年]]に[[アメリカ合衆国国家歴史登録財|国家歴史登録財]]に登録された<ref name="NRHP_SummitCountyOH">[http://www.nationalregisterofhistoricplaces.com/OH/Summit/state.html OHIO - Summit County]. ''National Register of Historic Places''. 2016年2月9日閲覧.</ref>。
アクロン市の統計によると2,934世帯の5,466人が暮らしている。チャペルヒルは79%が白人である。1世帯平均収入 (1999年) はアクロン市の平均より約7,000ドル低い、33,930ドルである。


=== イレット ===
== 政治 ==
[[File:Ocasek.jpg|left|thumb|250px|オハイオ州、サミット郡、およびアクロン市の政府機関が入った合同庁舎<ref name="OcasekBuilding">[http://oba.ohio.gov/html/ocasek.htm Senator Oliver R. Ocasek Government Office Building]. Ohio Building Authority. 2016年2月11日閲覧.</ref>]]
イレット (Ellet) は高速道路 I-76、川、及び空港により他の地域と物理的に分断されている。


アクロンは[[市長制]]を採っている。市長は市の公式な長であると同時に行政の最高責任者であり、1) 市議会の採択した法令・条例の施行、2) 予算案の作成および市議会への提出、3) 市の財政状況および要望の市議会への報告、4) 市職員の任命および罷免、5) 市政府各局の管理・監督、6) 市が関与している、もしくは契約している事項についての条件の閲覧、および 7) 条例の導入およびその議論への参加について権利を有し、また義務を負う。市長は全市からの選挙で選出され、その任期は4年である<ref name="CityCharter_Mayor">"Mayor". Sec. 52, 54. ''Charter of the City of Akron, Ohio''. City of Akron. 2015年9月21日.</ref>。多選には特に制限は設けられておらず、例えば、[[1987年]]に市長に就任したドナルド・プラスケリックは7選し、[[2015年]]5月31日に辞任するまで、28年間にわたって市長を務めた<ref>Harper, John. [http://www.cleveland.com/akron/index.ssf/2015/05/akron_mayor_don_plusquellic_to_1.html Akron Mayor Don Plusquellic to step down May 31]. Northeast Ohio Media Group. 2015年5月8日. 2016年2月11日閲覧.</ref><ref>Johnston, Laura. [http://www.cleveland.com/akron/index.ssf/2015/05/akron_mayor_don_plusquellic_al.html Akron Mayor Don Plusquellic alludes to Beacon Journal coverage in resignation letter]. Northeast Ohio Media Group. 2015年5月8日. 2016年2月11日閲覧.</ref>。
アクロン市の統計によると7,892世帯の18,132人が暮らしている。イレットは94%が白人である。1世帯平均収入 (1999年) はアクロン市の平均である40,864ドルである。


市の立法機関である市議会は13人の議員から成っている。そのうち10人は市を10区にわけた小選挙区から1人ずつ選出され、残りの3人は全市から選出される。市議会議長は議員の中から選出される。また、書記官は市議員とは別に、市議会によって任命される。小選挙区選出、全市選出のいずれであっても、市議員の任期は4年である<ref name="CityCharter_Council">"The Council". Sec. 28, 32. ''Charter of the City of Akron, Ohio''. City of Akron. 2015年9月21日.</ref>。
== 世界一のタイヤの町 ==
世界的なゴム工業の町として知られ、創業時から[[本社]]を持つ[[グッドイヤー|グッドイヤータイヤ]]&ラバーを始め、[[ファイアストン]]([[ブリヂストン]]の子会社)、BFグッドリッチ、ジェネラルタイヤなどの大手タイヤメーカーが[[工場]]や研究機関を構えている。[[デトロイト (ミシガン州)|デトロイト市]]や[[クリーブランド (オハイオ州)|クリーブランド市]]の自動車工業の発展に伴って、タイヤ産業が隆盛を誇った。また、タイヤの他に飛行船[[アクロン (飛行船)|アクロン号など]]や気球製造も行われており、近年では[[ポリマー]]の研究なども盛んになっている。


== メディア ==
== 治安 ==
[[File:AkronPoliceCar.jpg|right|thumb|250px|アクロン市警のパトロールカー]]
=== ラジオ放送局 ===
* WZIP 88.1 (大学 – [[アクロン大学]])
* WAPS 91.3 (Adult Album Alternative - Akron Schools)
* WAKR 1590 (トーク)
* WAKS 96.5 (Top-40)
* WHLO 640 (ニュース・トーク)
* WJMP 1520 (Nostalgia)
* WKSU 89.7 ([[National Public Radio]])
* WONE 97.5 (クラシックロック)
* WNIR 100.1 (ニュース・トーク)
* WSTB 88.9 (Streetsboro 高等学校)
* WTOU 1350 (スポーツ)
* WQMX 94.9 (カントリー)


アクロンの治安は同じ州北東部の[[クリーブランド (オハイオ州)|クリーブランド]]や[[ヤングスタウン (オハイオ州)|ヤングスタウン]]よりは良く、CQプレス社傘下、[[モーガン・クイットノー]]社による「全米の危険な都市」ランキングでもワースト25に入ったことは無いが、全米ではあまり良い部類には入らない。同社の[[2015年]]のレポート([[2013年]]の[[連邦捜査局|FBI]]のデータを使用)では、アクロンは対象441都市中、54番目に危険であるという結果であった。州内の他の対象都市と比べると、アクロンの治安はクリーブランドよりは大幅に良く、[[シンシナティ]]や[[デイトン (オハイオ州)|デイトン]]よりはかなり良く、[[トレド (オハイオ州)|トレド]]よりはやや良く、[[コロンバス (オハイオ州)|コロンバス]]よりはやや悪い<ref>[http://data.sagepub.com/sagestats/document.php?id=6373 Crime Rate Rankings (City)]. CQ Press, SAGE Publications. 2015年. 2016年2月11日閲覧.</ref>。
=== テレビジョン放送局 ===
* WAOH-LP (The Cat)
* WAKN-LP (Akron Television, Inc))
* WBNX (WB Syndicate)
* WEAO ([[PBS]])
* WVPX ([[PAX]])


アクロンを中心としたサミット郡は[[メタンフェタミン]]の乱用が頻繁に起こっており、「オハイオのメタンフェタミンの都」と呼ばれてきた。アメリカ合衆国[[麻薬取締局]]の国立秘密薬物製造所登録情報によると、サミット郡においてメタンフェタミン使用場所として登録されている場所は102ヶ所あり、これはオハイオ州の郡の中では最多、全米の郡でも3番目に多い<ref name="BeaconJournal_Meth">Armon, Rick. [http://www.ohio.com/news/summit-county-has-third-most-methamphetamine-sites-in-u-s-1.111446 Summit County has third most methamphetamine sites in U.S]. Beacon Journal. 2008年9月5日. 2016年2月11日閲覧.</ref>。[[2004年]]1月-[[2009年]]8月の間、サミット郡は州内で最も多くの場所がメタンフェタミン使用場所として登録された郡であり、そのほとんどはアクロン市内である<ref name="NCLR_Ohio">[http://www.justice.gov/dea/seizures/oh.pdf National Clandestine Laboratory Register – Ohio]. ([http://www.webcitation.org/5o4cZWTDC アーカイブ]). U.S. Department of Justice. 2009年8月19日. 2016年2月11日閲覧.</ref>。当局は、[[メキシコ]]から流入する麻薬の取り締まりが強化されたのに伴って、地元で違法薬物を精製するようになったことが原因と見ている<ref name="BeaconJournal_Raids">Armon, Rick. ''Meth lab raids jump 42% in Summit''. Beacon Journal. 2009年2月15日.</ref>。これに対し、当時アクロン市長であったドナルド・プラスケリックは[[2008年]]、メタンフェタミン撲滅に向けて、アクロン市警となお一層の協力関係を築いていく声明を出した<ref name="Plusquellic_SoCP_2008">Williamson, Mark. [http://www.ci.akron.oh.us/news_releases/2008/0207.htm News Releases 2008: State of the City Presentation]. ([http://web.archive.org/web/20100109015625/http://www.ci.akron.oh.us/News_Releases/2008/0207.htm アーカイブ]) City of Akron. 2008年2月7日. 2016年2月11日閲覧.</ref>。
=== 新聞 ===

* [http://www.ohio.com/ Akron Beacon Journal] (この都市の主要な新聞)
== 経済 ==
* [http://www.buchtelite.com/ the Buchtelite] (アクロン大学)
[[File:Goodyear Innovation Center, Akron, Ohio (7981735108).jpg|left|thumb|250px|建設中のグッドイヤー本社新社屋([[2012年]])]]
* [http://www.akron.com/ West Side Leader] (Leader Publications)

アクロンには[[フォーチュン500]]に入る企業2社、[[グッドイヤー]]およびファーストエナジーが本社を置いている。グッドイヤーはアクロンのみならず、アメリカ合衆国を代表する、そして[[ブリヂストン]]および[[ミシュラン]]と共に世界3大に数えられるタイヤメーカーで、[[1999年]]10月までは[[ダウ平均株価|ダウ工業株30種平均]]の構成銘柄の1つでもあった。[[20世紀]]中盤までアクロンの地域経済を共に支え、アクロンを「世界のゴムの都」と呼ばせしめた他のタイヤメーカーが買収や移転で次々とアクロンを去る中で、同社はただ1社アクロンに残った<ref name="BeaconJournal_Goodyear">Byard, Katie. ''Goodyear has tentative deal to stay in Akron''. Beacon Journal. 2007年12月5日.</ref>。同社は[[2013年]]、老朽化した本社旧社屋からI-76を隔てた南側に新社屋を建て、移転した<ref>[https://corporate.goodyear.com/en-US/about/history.html History]. Goodyear Tire & Rubber. 2016年2月14日閲覧.</ref><ref>Fehrenbach, Pete. [http://www.industryweek.com/expansion-management/goodyear-opens-new-global-hq-slideshow#slide-0-field_images-67682 Goodyear Opens New Global HQ]. IndustryWeek. 2013年5月10日. 2016年2月14日閲覧.</ref><ref>Brown, Eliot. [http://www.wsj.com/articles/SB10001424127887323687604578469303489122038 Where the Rubber Meets the Headquarters]. Wall Street Journal. 2013年5月8日. 2016年2月14日閲覧.</ref>。

ファーストエナジーは[[1997年]]にオハイオ・エジソンがセンテリアを吸収合併したことにより設立された[[電力会社]]で、その後GPUとアルゲイニーエナジーを合併して全米最大の電力会社となった。また、同社はダウ公共株15種を構成する銘柄の1つでもある。同社はその傘下に10社の電力会社を持っており、オハイオ州をはじめ、[[ペンシルベニア州|ペンシルベニア]]、[[ウエストバージニア州|ウェストバージニア]],、[[バージニア州|バージニア]]、[[メリーランド州|メリーランド]]、[[ニュージャージー州|ニュージャージー]]、および[[ニューヨーク州|ニューヨーク]]の7州にまたがる、170,000km<sup>2</sup>を超える地域に600万棟以上の顧客を持っている<ref>[https://www.firstenergycorp.com/about.html About Us]. FirstEnergy. 2016年2月14日閲覧.</ref>。

その他には、手の[[消毒薬|消毒剤]]メーカーであるGOJOインダストリーズ<ref>[http://www.gojo.com/united-states/about-gojo.aspx About GOJO]. GOJO Industries. 2016年2月15日閲覧.</ref>、熱可塑性[[エラストマー]]のアドバンスト・エラストマー・システムズ<ref>[http://www.downtownakron.com/go/advanced-elastomer-systems-lp Advanced Elastomer Systems LP]. Downtown Akron Partnership. 2016年2月15日閲覧.</ref>、ファーストメリット銀行<ref>[https://www.firstmerit.com/about-us/facts-about-firstmerit/index.html Facts About FirstMerit]. FirstMerit Corporation. 2016年2月15日閲覧.</ref>、[[合成樹脂|プラスチック]]およびタイヤ修理用品メーカーのマイヤーズ・インダストリーズ<ref>[http://www.myersindustries.com/About-Us.aspx About Myers Industries - A Plastics Manufacturer and Tire Repair Supply Distributor]. Myers Industries. 2016年2月15日閲覧.</ref>、地元雑貨店チェーンのアクメ・フレッシュ・マーケット<ref>[http://www.acmestores.com/my-store-locations/ My Store Locations]. Acme Fresh Market. 2016年2月15日閲覧.</ref>、および[[装身具|宝飾品]]小売のスターリング・ジュエラーズ<ref>[http://www.sterlingjewelers.com/ContentView?catalogId=10001&langId=-1&storeId=10603&cmsId=about_kay_3 The Sterling Family of Jewelers] Sterling Jewelers. 2016年2月15日閲覧.</ref>がアクロンに本社を置いている。また、ブリヂストンは[[2012年]]、研究開発施設を備えた技術センターをアクロン市内に建て、同社の製品開発部門をこの技術センターに移転した<ref name="BeaconJournal_BridgestoneTechCenter">Mackinnon, Jim. [http://www.ohio.com/news/top-stories/tech-center-plans-progressing-1.130576 Tech center plans progressing: Summit County might vote on Bridgestone incentives on Monday. Akron's vote expected by end of the year]. Beacon Journal. 2009年11月25日. 2016年2月15日閲覧.</ref>。また、クリーブランドに本社を置く地元銀行キー・バンクは、ダウンタウンにアクロン地域本店を置いているほか、市内に5店の支店を置いている<ref>McFee, Michelle Jarboe. [http://www.cleveland.com/business/index.ssf/2009/05/keybank_starts_work_on_new_akr.html KeyBank starts work on new Akron headquarters building]. Plain Dealer. 2009年5月21日. 2016年2月15日閲覧.</ref><ref>[https://locations.key.com/oh/akron.html Branches in Akron, Ohio]. KeyBank. 2016年2月15日閲覧.</ref>。

=== ポリマー・バレー ===
[[File:Polymer Valley Map.png|right|thumb|200px|ポリマー・バレーの位置]]

20世紀も後半に入り、[[1970年代]]以降になると、それまでアクロンの地域経済を支えていたタイヤメーカーは次々とアクロンを去って行ったが、残された研究インフラの存在によって、アクロンはハイテク産業にも応用される、ポリマー産業の街へと変貌を遂げた<ref name="Newsweek_TechCities" />。[[1980年代|1980]]-[[1990年代|90年代]]にかけて、サミット郡を中心に、[[マホニング郡 (オハイオ州)|マホニング]]、[[スターク郡 (オハイオ州)|スターク]]、[[ポーテージ郡 (オハイオ州)|ポーテージ]]、[[トランブル郡 (オハイオ州)|トランブル]]、および[[コロンビアナ郡 (オハイオ州)|コロンビアナ]]の州北東部6郡にまたがる地域には新たにポリマー関連企業が流入し、一帯は「ポリマー・バレー」と呼ばれるようになった。アクロン大学や[[ケース・ウェスタン・リザーブ大学]]はポリマーの世界的研究者を擁し、またこの地にポリマー技術者を輩出するようになった。また、地元の高校においてもポリマー製品の製造が学べるようになった。元々天然資源や交通手段に恵まれていたところに、研究・教育環境が充実したことが加わって、オハイオ州のポリマー産業の45%がポリマー・バレーに集中し、州内のみならず、全米的にもポリマー産業の中心地としての認知度が高まってきている<ref name="OhioHistoryCentral_PolymerValley">[http://www.ohiohistorycentral.org/w/Polymer_Valley Polymer Valley]. ''Ohio History Central''. Ohio Historical Society. 2016年2月15日閲覧.</ref>。ポリマー・バレーに立地するポリマー関連企業は400社を数え、そのうち94社はアクロン市内に集中している<ref name="Newsweek_TechCities" />。

== 医療 ==
[[File:AkronHealth.jpg|left|thumb|400px|
<table border="0" width="100%">
<tr><td colspan="2">'''アクロン市内の代表的な病院'''</td></tr>
<tr><td>左上: アクロン総合医療センター</td><td>右上: アクロン小児病院</td></tr>
<tr><td>左下: セント・トーマス病院</td><td>右下: アクロン・シティ病院</td></tr>
</table>
]]

アクロンは地域の医療の中心地にもなっている。ダウンタウンの東に立地するアクロン・シティ病院から、州道8号線を隔てた西側に広がるアクロン大学のキャンパス、そのすぐ西に立地するアクロン小児病院、そしてそのさらに西、州道59号線沿いに立地するアクロン総合医療センターを結ぶ線は、市当局が[[2010年]]に ''Biomedical Corridor'' (生体医学回廊)と定めており、医療や関連する研究開発および人材育成に地区内の土地、建物や施設を用いることを奨励している<ref name="BeaconJournal_BiomedicalCorridor">Warsmith, Stephanie. ''Akron's biomedical corridor taking shape''. Beacon Journal. 2010年1月23日.</ref>。

[[1914年]]に開院したアクロン総合医療センターは、もともと州内で10位以内に入る評価を受けている病院であった。[[2015年]]、同院を持つ医療法人、アクロン総合保健システムは、全米でも5本の指に入る評価を受けている病院、[[クリーブランド・クリニック]]の傘下に入った<ref>[http://my.clevelandclinic.org/about-cleveland-clinic/newsroom/releases-videos-newsletters/2015-11-2-akron-general-health-system-joins-cleveland-clinic Akron General Health System Joins Cleveland Clinic]. Cleveland Clinic. 2016年2月18日閲覧.</ref>。

アクロン小児病院は[[1890年]]に保育園として始まったが、やがて州北東部最大の[[小児科]]専門病院へと発展していった<ref>[https://www.akronchildrens.org/cms/about_akron_childrens/index.html About Akron Children's]. Akron Children's Hospital. 2016年2月18日.</ref>。[[1974年]]、同院の医師ハワード・イーゲルおよびアーロン・フリーマンは、世界で初めて、[[熱傷|火傷]]の治療に用いるための人間の皮膚を実験室で培養することに成功した<ref name="BIA_InnovationTimeline">[http://bioinnovationinstitute.org/_docs/BIA_History_Innovation_Timeline.pdf The BioInnovation Institute in Akron: History of Innovation Timeline]. ([http://wayback.archive.org/web/20090219055209/http://bioinnovationinstitute.org/_docs/BIA_History_Innovation_Timeline.pdf アーカイブ]) p.21. Austen BioInnovation Institute in Akron. 2008年. 2016年2月18日閲覧.</ref>。同院は[[USニューズ&ワールド・レポート]]誌の病院ランキングでは、7つの診療分野で全米50位以内に入る評価を受けている<ref>[http://health.usnews.com/best-hospitals/area/oh/akron-childrens-hospital-6410055/rankings Akron Children's Hospital: Rankings & Ratings]. U.S. News & World Report. 2016年2月18日閲覧.</ref>。

アクロン・シティ病院は[[1892年]]に開院した病院で、現在では重傷の患者に対し24時間体制で救急医療を施すことのできる、レベルIのトラウマ・センターに指定されている<ref>[http://www.summahealth.org/locations/hospitals/akron Summa Akron City Hospital]. Summa Health System. 2016年2月18日閲覧.</ref>。一方、セント・トーマス病院は[[カトリック教会|カトリック]]のクリーブランド司教区の婦人会衆、シスターズ・オブ・チャリティーズ・オブ・セント・オーガスティンが[[1922年]]に設立した病院である。同院は全米で初めて、[[アルコール依存症]]を疾患として認め、その治療を始めた病院で、[[アルコホーリクス・アノニマス]]の発祥の地でもある<ref>[http://www.summahealth.org/locations/hospitals/stthomas Summa St. Thomas Hospital]. Summa Health System. 2016年2月18日閲覧.</ref>。両院は[[1989年]]に合併し、サンマ保健システムとなった<ref>[http://www.summahealth.org/locations Locations]. Summa Health System. 2016年2月18日閲覧.</ref>。同システムはその後、南西郊のバーバートンに立地するバーバートン病院を加え<ref>[http://www.summahealth.org/locations/hospitals/barberton Summa Barberton Hospital]. Summa Health System. 2016年2月18日閲覧.</ref>、バイブラ・ヘルスケアとの合弁でアクロン・シティ病院の東隣にリハビリテーション病院を<ref>[http://www.summahealth.org/locations/hospitals/summarehabhospital Summa Rehab Hospital]. Summa Health System. 2016年2月18日閲覧.</ref>、またウェスタン・リザーブ病院パートナーズとの合弁で[[カヤホガフォールズ (オハイオ州)|カヤホガフォールズ]]にウェスタン・リザーブ病院を<ref>[http://www.summahealth.org/locations/hospitals/westernreservehospital Western Reserve Hospital]. Summa Health System. 2016年2月18日閲覧.</ref>それぞれ開院した。

== 交通 ==
[[File:CAK Terminal and Tower.jpg|right|thumb|250px|アクロン・カントン地域空港]]

アクロンに最も近い商業空港は、ダウンタウンから南東へ18km<ref>[http://www.gcr1.com/5010web/airport.cfm?Site=CAK Akron-Canton Rgn'l]. ([http://www.gcr1.com/5010web/REPORTS/AFD02042016CAK.pdf Form 5010]) ''Airport Master Record''. Federal Aviation Administration. 2016年2月4日. 2016年2月19日閲覧.</ref>、アクロンと[[カントン (オハイオ州)|カントン]]の中間に立地する[[アクロン・カントン空港]]([[IATA空港コード|IATA]]: '''CAK''')である。この空港には[[デルタ航空]]と[[ユナイテッド航空]]のほか、[[サウスウエスト航空]]、[[USエアウェイズ]]、およびアレジャイアント航空が就航しており、16都市・17空港への直行便がある<ref>[http://www.akroncantonairport.com/routes-and-airlines/airlines Airlines], [http://www.akroncantonairport.com/images/maps/cak-route-map-new.jpg Route Map]. Akron-Canton Airport. 2016年2月19日閲覧.<br />[[ニューヨーク]]へは[[ラガーディア空港]]と[[ニューアーク・リバティー国際空港]]の2空港への便が就航している。</ref>。この空港はアクロン・カントン両都市圏の空港であるのみならず、[[クリーブランド (オハイオ州)|クリーブランド]]都市圏の第2空港という位置づけにもなっている。より規模の大きな空港としては、クリーブランド都市圏の第1空港で、クリーブランドのダウンタウンの南西17km<ref>[http://www.gcr1.com/5010web/airport.cfm?Site=CLE Cleveland Hopkins Int'l]. ([http://www.gcr1.com/5010web/REPORTS/AFD02042016CLE.pdf Form 5010]) ''Airport Master Record''. Federal Aviation Administration. 2016年2月4日. 2016年2月19日閲覧.</ref>、アクロンのダウンタウンからは北西へ約60kmに立地する、旧[[コンチネンタル航空]]の[[ハブ空港]]であった[[クリーブランド・ホプキンス国際空港]](IATA: '''CLE''')がある。ダウンタウンの南東約7km<ref>[http://www.gcr1.com/5010web/airport.cfm?Site=AKR Akron Fulton Int'l]. ([http://www.gcr1.com/5010web/REPORTS/AFD02042016AKR.pdf Form 5010]) ''Airport Master Record''. Federal Aviation Administration. 2016年2月4日. 2016年2月19日閲覧.</ref>に立地するアクロン・フルトン国際空港(IATA: '''AKC''')は、[[アメリカ合衆国移民・関税執行局|移民・関税執行局]](ICE)の施設を持っており、そのため「[[国際空港]]」としての要件を満たし、空港名にも「国際空港」とついているものの、実態は[[ゼネラル・アビエーション]]空港である。

アクロンでは[[州間高速道路76号線|I-76]]と[[州間高速道路77号線|I-77]]の2本の[[州間高速道路]]が交わる。I-76は西へは[[メダイナ (オハイオ州)|メダイナ]]の南で[[州間高速道路71号線|I-71]]に接続し、アクロンからクリーブランドを経由することなく[[コロンバス (オハイオ州)|コロンバス]]・[[シンシナティ]]方面へと至る短絡路としての役割を果たしている。一方、東へは[[ヤングスタウン (オハイオ州)|ヤングスタウン]]を経由して[[ペンシルベニア州]]に入り、[[ピッツバーグ]]・[[ハリスバーグ (ペンシルベニア州)|ハリスバーグ]]・[[フィラデルフィア]]方面へと至る。I-77はオハイオ州東部を南北に縦断する高速道路で、北へはクリーブランドのダウンタウンで[[州間高速道路90号線|I-90]]に接続し、南へは[[ウェストバージニア州]]の州都[[チャールストン (ウェストバージニア州)|チャールストン]]や、[[アパラチア山脈]]を越えて[[シャーロット (ノースカロライナ州)|シャーロット]]方面へと至る。この2本の州間高速道路の共用区間はダウンタウンの南を東西に通っており、ダウンタウンには州間高速道路は通っていないが、I-77の延長線上、ダウンタウンの東を通る州道8号線、およびI-76・I-77共用区間からダウンタウンの西を通る州道59号線がともに高速道路規格になっている。州道8号線はダウンタウンから北へも高速道路規格になっており、カヤホガフォールズ等、北郊とダウンタウンを結ぶ役割も果たしている。

ダウンタウンの北には[[カヤホガ・バレー・シーニック鉄道]]のアクロン・ノースサイド駅が立地している。この鉄道は、もともとは[[1880年]]にカントンの南、タスカワラス・バレーからアクロンやクリーブランドに[[石炭]]を運ぶために敷かれ、沿線の旅客輸送も行っていたバレー鉄道であった。しかし、20世紀も後半に入ると旅客・貨物とも自動車がその主役を担うようになり、この鉄道を用いた輸送は下火になっていった。その後、[[1972年]]にこの鉄道の線路を用いて[[カヤホガバレー国立公園]]の観光列車を走らせるようになり、今日に至っている<ref>[http://www.cvsr.com/overview About Cuyahoga Valley Scenic Railroad]. Cuyahoga Valley Scenic Railroad. 2016年2月20日閲覧.</ref><ref>[http://www.nps.gov/cuva/planyourvisit/train.htm Cuyahoga Valley National Park: Scenic Train Ride]. National Park Service. 2016年2月20日閲覧.</ref>。

[[File:AkronIntermodalTransitCenter.jpg|left|thumb|250px|アクロン・インターモーダル・トランジット・センター]]

アクロンにおける公共交通機関は、アクロン都市圏地域交通局(METRO RTA)の運営する[[路線バス]]網が主となっている。この路線バス網は35系統を有し、アクロン市内のみならず、サミット郡内を広くカバーしている<ref>[http://www.akronmetro.org/metro-maps-schedules.aspx Metro System Map]. Metro Regional Transit Authority. 2016年2月20日閲覧.</ref>。同局の路線バス網の中心となっているのは、ダウンタウンに立地するアクロン・インターモーダル・トランジット・センターである<ref>[http://www.akronmetro.org/metro-transit-center.aspx Downtown Transit Center]. Metro Regional Transit Authority. 2016年2月20日閲覧.</ref>。このトランジット・センターは[[2009年]]に設置されたもので、使用電力の1/3を[[ソーラーパネル]]で賄い、また[[地熱]]を冷暖房に利用するなど、環境に配慮した設計になっている<ref>Farkas, Karen. ''Solar panels make Akron's new transit center a leader in Ohio''. Plain Dealer. 2008年12月31日.</ref>。また、カントンを中心に[[スターク郡 (オハイオ州)|スターク郡]]内をカバーするスターク地域交通局(SARTA)は、アクロン・カントン両市のダウンタウンをI-76経由で結ぶバスを毎時1本運行している<ref>[http://www.sartaonline.com/Content/uploads/81-web-2383.pdf #81 Downtown Canton/Akron Express]. Start Area Regional Transit Authority. 2016年2月20日閲覧.</ref>。また、[[ケント (オハイオ州)|ケント]]の路線バス網を運営するポーテージ地域交通局(PARTA)は、アクロンとケントを結ぶバスを運行している<ref>[http://www.partaonline.org/wp-content/uploads/2015/10/PARTA_Sch-Maps_91-92.pdf #91/92 Akron Express]. Portage Area Regional Transit Authority. 2016年2月20日閲覧.</ref>。SARTAとPARTAのバスもアクロン・インターモーダル・トランジット・センターに発着する。また、アクロン・インターモーダル・トランジット・センターは[[グレイハウンド (バス)|グレイハウンド]]やバロンズ・バス、ゴーバスのバスターミナルも兼ねており、[[ワシントンD.C.]]方面とクリーブランド・[[デトロイト]]・[[シカゴ]]方面とを結ぶグレイハウンドのバスや、クリーブランドと[[アセンズ (オハイオ州)|アセンズ]]・ウェストバージニア州[[パーカーズバーグ (ウェストバージニア州)|パーカーズバーグ]]方面とを結ぶゴーバスのバスが停車する<ref>[http://locations.greyhound.com/bus-stations/us/ohio/akron/bus-station-250020 Akron Bus Station]. Greyhound. 2016年2月20日閲覧.</ref><ref>[http://www.baronsbus.com/bus-stop-locations Bus Stop Locations]. Barons Bus Lines. 2016年2月20日閲覧.</ref><ref>[http://ridegobus.com/routes/cleveland-athens-2/cleveland-athens-stop-locations/ Cleveland-Parkersburg-Athens Stop Locations]. GOBUS. 2016年2月20日閲覧.</ref>。

== 教育 ==
[[File:University of Akron Arts and Sciences.JPG|right|thumb|250px|アクロン大学]]

[[アクロン大学]]はダウンタウン北東部に218[[エーカー]](882,000m<sup>2</sup>)のキャンパスを構えている<ref name="UofAkron_About">[https://www.uakron.edu/about_ua/ About UA]. University of Akron. 2016年2月21日閲覧.</ref>。同学は[[1870年]]にユニバーサリスト教会系の[[私立大学]]、ブフテル・カレッジとして創立したが、[[1913年]]に市に移管され、[[1967年]]に州に移管された<ref name="UofAkron_History">[https://www.uakron.edu/about_ua/history/ UA's Beginnings]. University of Akron. 2016年2月21日閲覧.</ref>。[[1988年]]には、同学はそれまで教養学部にあったポリマー科学科と工学部にあったポリマー工学科を分離・統合する形で、世界で初めてポリマー科学・工学部を創設した<ref>[https://www.uakron.edu/cpspe/about-us/ About Us]. College of Polymer Science and Polymer Engineering, University of Akron. 2016年2月21日閲覧.</ref>。同学は総合大学と[[コミュニティ・カレッジ]]の役割を兼ねており、31の準学士、96の学士、80の修士、20の博士、2つの[[ジュリス・ドクター]]の学位プログラムを有しているのに加えて、81の[[履修証明|サーティフィケート]]プログラムを提供し、学部に約21,000人、大学院に約3,600人、[[プロフェッショナル・スクール]]に約400人の学生を抱えている<ref name="UofAkron_QuickFacts">[https://www.uakron.edu/about_ua/quick_facts.dot Quick Facts]. University of Akron. 2016年2月21日閲覧.</ref>。また、同学のスポーツチーム、ジップスは[[全米大学体育協会|NCAA]]のディビジョンI([[アメリカンフットボール|フットボール]]はFBS/旧I-A)のミッド・アメリカン・カンファレンスに所属し、男子7種目、女子10種目で競っている<ref>[http://www.gozips.com/landing/index Home]. Akron Zips, University of Akron. 2016年2月21日閲覧.</ref>。

[[File:ASCPL CIMG9632.jpg|left|thumb|250px|アクロン・サミット郡公立図書館本館]]

アクロンにおける[[K-12]]課程はアクロン公立学区の管轄下にある公立学校によって主に支えられている。同学区は小学校30校、中学校9校、高校9校を有し、約22,000人の児童・生徒を抱えている<ref>[http://www.akronschools.com/about About]. Akron Public Schools. 2016年2月21日閲覧.</ref>。[[2013年]]には、グッドイヤーの旧社屋を利用した小中一貫(幼稚園・1-8年生)の[[チャーター・スクール]]、アクロン予備学校が開校した<ref>[http://www.ohio.com/news/local/charter-school-to-open-in-former-goodyear-headquarters-in-east-akron-1.401853 Charter school to open in former Goodyear headquarters in East Akron]. Beacon Journal. 2013年5月29日. 2016年2月21日閲覧.</ref>。このほか、アクロンには[[レブロン・ジェームズ]]の母校であるカトリック系のセント・ビンセント=セント・メアリーズ高校など、私立の学校もある。

アクロン・サミット郡公立図書館はダウンタウンの本館のほか、郡内17ヶ所に支館を、そして[[移動図書館]]を持っている。同館は[[1874年]]に設立された。同館は書籍・CD・DVDをあわせて190万点を所蔵している<ref>[http://www.akronlibrary.org/events/Library%20Fact%20Sheet%202015.pdf Library Fact Sheet]. Akron-Summit County Public Library. 2016年2月21日閲覧.</ref>。[[2015年]]、同館はライブラリー・ジャーナル誌の図書館格付で4つ星に認定された<ref name="LJIndex2015">Lance, Keith Curry and Ray Lyons. [http://lj.libraryjournal.com/2015/11/managing-libraries/lj-index/class-of-2015/the-star-libraries-2015-by-expenditure-category/ LJ Index 2015: The Star Libraries by Expenditure Category]. Library Journal. 2015年11月2日. 2016年2月21日閲覧.</ref>。

== 文化 ==
=== 名所・芸術と文化施設 ===
[[File:AkronArtMuseum2009.jpg|right|thumb|250px|アクロン美術館]]

アクロン美術館はダウンタウン、ハイ・ストリートとマーケット・ストリートの南東角に立地している。同館は[[1922年]]に、[[ギャラリー (美術)|ギャラリー]]と芸術教室を兼ねたアクロン・アート・インスティテュートとしてアクロン・サミット郡公立図書館旧館の地下で開館した。その後[[1960年代]]以降、芸術教室よりも美術品の収集に力を入れるようになり、[[1980年]]にアクロン美術館に改称、翌[[1981年]]には改装された旧郵便局([[1899年]]建設)に移転し、[[2007年]]にはジョン・S・アンド・ジェームズ・L・ナイト・ビルディングを加えて増床した<ref>[https://akronartmuseum.org/history/ History]. Akron Art Museum. 2016年2月23日閲覧.</ref>。[[2015年]]には、同館南側のオープン・スペースに野外ギャラリーでもあるバド・アンド・スージー・ロジャース・ガーデンという庭園が開園した<ref>[https://akronartmuseum.org/features/garden.8496 The Bud and Susie Rogers Garden]. Akron Art Museum. 2015年7月1日. 2016年2月23日閲覧.</ref>。同館の収蔵品は年代的には1850年代から2000年代まで、ジャンル的には風景画・肖像画から抽象画・ポップアートまで、そして絵画・写真・彫刻・版画と多岐にわたっており、館内のみならずオンラインでも展示・公開している<ref>[https://akronartmuseum.org/collection/ Online Collection]. Akron Art Museum. 2016年2月23日閲覧.</ref>。

[[File:Stan Hywett Front.JPG|left|thumb|250px|スタン・ハイウェット・ホール・アンド・ガーデンズ]]

ダウンタウンの北西約5kmにはスタン・ハイウェット・ホール・アンド・ガーデンズが立地している。70エーカー(283,000m<sup>2</sup>)の敷地に建つこのチューダー・リバイバル様式の家屋は、もともとは[[1912年|1912]]-[[1915年|15年]]にかけて建てられた、[[グッドイヤー]]の創業者、[[フランク・セイバーリング]]の豪邸であった<ref>[http://www.stanhywet.org/history History]. Stan Hywet Hall & Gardens. 2016年2月23日閲覧.</ref>。家屋は博物館として、また庭園および温室も、一般に公開されている<ref>[http://www.stanhywet.org/manor-house The Manor House], [http://www.stanhywet.org/gardens The Gardens], [http://www.stanhywet.org/corbin-conservatory The Corbin Conservatory], [http://www.stanhywet.org/gate-lodge The Gate Lodge]. Stan Hywet Hall & Gardens. 2016年2月23日閲覧.</ref>。また、馬車庫は講堂になっており、企業の行事や結婚式などに使われている<ref>[http://www.stanhywet.org/carriage-house The Carriage House]. Stan Hywet Hall & Gardens. 2016年2月23日閲覧.</ref>。スタン・ハイウェット・ホール・アンド・ガーデンズは、[[1975年]]に[[アメリカ合衆国国家歴史登録財|国家歴史登録財]]に<ref name="NRHP_SummitCountyOH" />、また[[1981年]]には[[アメリカ合衆国国定歴史建造物|国定歴史建造物]]に<ref name="NHL_OH_p3">[http://www.nps.gov/nhl/find/statelists/oh/OH.pdf Listing of National Historic Landmarks by State: Ohio]. p.3. National Park Service. 2016年2月23日閲覧.</ref>、それぞれ登録された。

=== 演技芸術 ===
[[File:AkronArtsHall.jpg|right|thumb|250px|E・J・トーマス演技芸術ホール]]

E・J・トーマス演技芸術ホールはアクロン大学のキャンパス内に立地している。このホールは[[1973年]]にアクロン大学と地元有志によって建てられたもので、同学の学生および教職員が利用するほか、地元[[オーケストラ]]のアクロン交響楽団の本拠地にもなっている。このホールは3階層に分かれて配置された2,955席を有し、年間集客数40万人を数える<ref>[http://uaevents.com/site/page.php?id=135 About EJ Thomas Hall]. ''UAEvents.com''. University of Akron. 2016年2月25日閲覧.</ref>。

ダウンタウンのチャーチ・ストリートとメイン・ストリートの突き当たりにはアクロン・シビック・シアターが立地している。この劇場は[[1929年]]にマーカス・ロウによって建てられ、当初はロウズ・シアターと呼ばれた。[[2001年]]6月から翌[[2002年]]11月にかけては、老朽化した施設の全面的な改修が行われた<ref name="CivicTheatre_History">[http://www.akroncivic.com/site/page.php?id=410 History]. Akron Civic Theatre. 2016年2月25日閲覧.</ref>。アクロン・シビック・シアターは、1973年に国家歴史登録財に登録された<ref name="NRHP_SummitCountyOH" />。

また、アクロン・シビック・シアターの南西に隣接する第3閘門公園には野外劇場があり、[[戦没将兵追悼記念日|メモリアル・デー]]から[[レイバー・デー (アメリカ合衆国)|レイバー・デー]]までの夏季期間中、80以上のコンサートなどのイベントが行われる<ref name="CivicTheatre_History" />。

=== イベント ===
毎年[[12月31日|大晦日]]の夜には、第3閘門公園東側のメイン・ストリートを主会場に、アクロン美術館、シビック・シアター、公立図書館本館、ジョン・S・ナイト・センター(コンベンションセンター)、サミット・アートスペース、グレイストーン・ホール、およびジオン・ルーテル教会など、ダウンタウンの各所を副会場として、ファースト・ナイト・アクロンという[[年越し]]イベントが行われる。主会場および各副会場ではコンサートや映画の放映、その他演技芸術の公演などが行われる。そしてイベントの最後、[[1月1日]]の午前0時になると[[花火]]が打ち上げられる<ref>[http://www.firstnightakron.org/maps Maps & Directions] ([http://www.firstnightakron.org/_files/docs/first-night-map-2016.pdf Map in PDF: 2016年]), [http://www.firstnightakron.org/entertainment/schedule Entertainment Schedule]. ''Akron First Night''. Downtown Akron Partnership. 2016年2月28日閲覧.</ref>。

=== 食文化 ===
[[File:Ferdinand Schumacher.png|left|thumb|200px|フェルディナンド・シューマッハー]]

現代アメリカ合衆国の食文化を代表するもののいくつかはアクロンで生まれた。[[1851年]]に[[ドイツ]]からアクロンに移入したフェルディナンド・シューマッハーは、この地で雑貨屋を始めたが、その商品のうちの1つである[[エンバク|オーツ麦]]だけはどうしても売れ行きを伸ばすことができなかった。というのも、当時のこの地においては、オーツ麦は人間の食糧としてではなく、家畜の餌として栽培されていたに過ぎなかったからであった。そこでシューマッハーは[[1854年]]、オーツ麦を砕いて、1[[オンス]](28g)の正方形に成形した。これが[[オートミール]]、ひいては[[シリアル食品]]の誕生であった。こうして食べやすくしたオーツ麦は瞬く間に広がり、[[1856年]]には工場を買収して大量生産を始め、[[南北戦争]]時には北軍の食糧にもなり、オーツ麦の需要は膨れ上がった。終戦後、シューマッハーの更なる研究によってオーツ麦のフレークも生みだされ、全米でヒット商品になった。やがてシューマッハーは、[[クエーカーオーツカンパニー]]の前身の1つであるアメリカン・シリアル・カンパニーの初代社長に就任した<ref name="OhioHistoryCentral_FSchumacher">[http://www.ohiohistorycentral.org/w/Ferdinand_Schumacher Ferdinand Schumacher]. ''Ohio History Central''. Ohio Historical Society. 2016年2月28日閲覧.</ref>。

諸説紛々ではあるものの、[[ハンバーガー]]発祥の地の1つに挙げられているのがアクロンである<ref name="TimeOutNY">Izzo, Christina. [http://www.timeout.com/newyork/restaurants/the-history-of-the-hamburger-an-american-invention The history of the hamburger: An American invention]. ''Time Out New York''. Time Out. 2013年8月5日. 2016年2月28日閲覧.</ref><ref name="SeriousEats">Kuban, Adam. [http://aht.seriouseats.com/archives/2005/08/the_history_of.html The History of the Hamburger]. Serious Eats. 2005年8月6日. 2016年2月28日閲覧.</ref><ref>他には、[[ウィスコンシン州]][[シーモア (ウィスコンシン州)|シーモア]]([[アップルトン (ウィスコンシン州)|アップルトン]]北郊)で当時15歳の少年チャーリー・ナグリーンが生み出したという説や、[[コネチカット州]][[ニューヘイブン (コネチカット州)|ニューヘイブン]]の食堂店主ルイス・ラッセンが売り出したものが最初という説がある。</ref>。[[1885年]]、チャールズとフランクのメンチズ兄弟は、[[ニューヨーク州]]西端の[[エリー郡 (ニューヨーク州)|エリー郡]]、[[バッファロー (ニューヨーク州)|バッファロー]]南郊のハンバーグ村で開かれたエリー・カウンティ・フェアで[[ソーセージ]][[パテ (料理)|パティ]]をはさんだ[[サンドイッチ]]を調理・販売していたところ、ソーセージパティが足りなくなり、しかし地元の精肉店でも豚挽肉を調達できなくなって、仕方なく、当時は格が下がるとされた牛挽肉を使い、味を調えるために[[コーヒー]]の粉末や[[ブラウン・シュガー]]を入れたパティを焼き、はさんで出したところ、これが好評となった。フランクが客から料理名を尋ねられた時に、見上げたバナーに記されていたハンバーグという村の名から、とっさに「ハンバーガー」と答えた。これがハンバーガーの始まりだとしているのがアクロン説である<ref name="TimeOutNY" /><ref name="SeriousEats" /><ref name="HamburgerFest_History">[http://hamburgerfestival.com/festival-history/ Festival History: The Story]. ''National Hamburger Festival''. 2016年2月28日閲覧.</ref>。このことから、アクロンでは毎年8月中旬に、第3閘門公園で全米ハンバーガー祭が開かれる。毎年2万人以上が来場するこのイベントでは、出店したハンバーガー店が腕を競い合うほか、10分の制限時間内にどれだけハンバーガーを食べられるかを競うハンバーガー大食いコンテスト<ref>[http://hamburgerfestival.com/contest-info/amateur-hamburger-eating/ Amateur Hamburger Eating]. ''National Hamburger Festival''. 2016年2月28日閲覧.</ref>、[[ケチャップ]]で満たされたビニールプールの中からハンバーガーを口のみでつかみ取りするボビング・フォー・バーガーズ<ref>[http://hamburgerfestival.com/contest-info/bobbing-for-burgers/ Bobbing for Burgers]. ''National Hamburger Festival''. 2016年2月28日閲覧.</ref>、ハンバーガー・フェスティバル・クイーン・ページェントという[[ミス・コンテスト]]<ref>[http://hamburgerfestival.com/contest-info/hamburger-festival-queen-pageant/ Hamburger Featival Queen Pageant]. ''National Hamburger Festival''. 2016年2月28日閲覧.</ref>などのコンテストや、コンサートが行われる<ref>[http://hamburgerfestival.com/event-schedule/ Event Schedule]. ''National Hamburger Festival''. 2016年2月28日閲覧.</ref>。

=== スポーツ ===
[[File:Canal park evening akron ohio 2005.jpg|right|thumb|250px|キャナル・パーク]]

アクロンには[[北米4大プロスポーツリーグ]]のチームは置かれていないものの、その下部のチームは置かれている。[[野球]]の[[アクロン・ラバーダックス]]は[[クリーブランド・インディアンス]]傘下のAA級[[マイナーリーグ]]チームであり、[[イースタンリーグ (北米)|イースタンリーグ]]西地区に所属している。ラバーダックスはダウンタウンに立地する[[キャナル・パーク (アクロン)|キャナル・パーク]]を本拠地としている。

市の南端に立地するファイアストン・カントリークラブでは、毎年プロ[[ゴルフ]]の[[ブリヂストン招待選手権]]が開かれる。[[1999年]]より、この大会は[[世界ゴルフ選手権]]の1つとなっている。

そして、アクロンは[[ソープボックス]]の競技会、オール・アメリカン・ソープボックス・ダービーの開催地でもある。この大会は[[1934年]]に[[デイトン (オハイオ州)|デイトン]]で始まったが、翌[[1935年]]、ソープボックスのレースに適した、起伏に富む地形を理由にアクロンに移った。アクロンでの最初の大会は公道で行われたが、翌[[1936年]]、アクロン・フルトン国際空港に隣接する地に、ダービー・ダウンズという恒久的な会場が造られ、以後の大会はそこで行われている<ref>[http://www.soapboxderby.org/aasbd-race-program/history.aspx History]. Soap Box Derby. 2016年2月28日閲覧.</ref>。

=== 公園とレクリエーション ===
[[File:LockThreePark 7-4-09.jpg|left|thumb|250px|第3閘門公園]]

ダウンタウンに立地する第3閘門公園は、その名が示す通り、オハイオ・アンド・エリー運河の第3[[閘門]]跡の周辺に整備された公園である。この公園は[[2001年]]、当時の市長ドナルド・プラスケリックが設置を計画し、メイン・ストリート沿いに建ち並んでいた、荒廃した建物を市当局が取り壊してその跡地を整備し、[[2003年]]に開園した。同園は前述のファースト・ナイト・アクロンや[[アメリカ独立記念日|独立記念日]]の花火をはじめ、野外劇場でのコンサートなど、様々なイベントの会場になっている。また、冬季には園内に屋外[[スケートリンク]]も設けられる<ref>[http://www.akronohio.gov/cms/site/f4c96d5cadb03e19/index.html Lock 3]. City of Akron. 2016年3月5日閲覧.</ref><ref>[http://lock3live.com/page/our-history Our History]. ''Lock 3 Live''. City of Akron. 2016年3月5日閲覧.</ref><ref>[http://www.downtownakron.com/go/lock-3 Lock 3]. Downtown Akron Partnership. 2016年3月5日閲覧.</ref>。

また、オハイオ・アンド・エリー運河沿いには、[[クリーブランド (オハイオ州)|クリーブランド]]から[[カヤホガバレー国立公園]]、アクロン、[[マシロン (オハイオ州)|マシロン]]を通って[[ニューフィラデルフィア (オハイオ州)|ニューフィラデルフィア]]に至る、[[カヤホガ郡 (オハイオ州)|カヤホガ]]・サミット・[[スターク郡 (オハイオ州)|スターク]]・[[タスカラワス郡 (オハイオ州)|タスカラワス]]の4郡にまたがる、全長163kmの遊歩道/自転車道が設けられている<ref>[http://ohioeriecanal.org/about-the-trail.html About the Trail]. Ohio and Erie Canalway Coalition. 2016年3月5日閲覧.</ref><ref>[http://ohioanderiecanalway.com/Main/Pages/56.aspx The Towpath Trail], [http://www.ohioanderiecanalway.com/Resource.ashx?sn=n2015DRAFTTowpathTrailMapONLY-2 Map]. ''Ohio and Erie Canalway''. Ohio & Erie Canalway Association. 2016年3月5日閲覧.</ref>。

ダウンタウンから州道59号線を隔てたすぐ西側にはアクロン動物園が立地している。同園は[[1900年]]に市の創設者の1人であるサイモン・パーキンスの子孫、ジョージ・パーキンスおよびアン・パーキンスが寄付した79エーカー(320,000m<sup>2</sup>)の土地で、寄贈された2匹の[[ヒグマ]]を飼育したことに始まった。やがて同園は時代が下るにつれて敷地を広げ、[[サル]]、[[ジャガー]]、[[鷲|ワシ]]、[[レッサーパンダ]]、[[スマトラトラ]]、[[ライオン]]、[[フンボルトペンギン]]、[[ユキヒョウ]]、[[コモドオオトカゲ]]、[[ガラパゴスゾウガメ]]、[[ハイイログマ]]といった具合に飼育する動物の種を増やし、「トラの谷」、「野生の伝説」、「コモド王国」といったテーマ化を進めていった。また、園内には[[クラゲ]]や[[タコ]]などを飼育する、「礁への旅」と名付けられた[[水族館]]や、地元オハイオ州の花木を植えた庭園もある<ref>[https://www.akronzoo.org/History/3/33/293 History], [https://www.akronzoo.org/Map.aspx?P=1 Map]. Akron Zoo. 2016年3月5日閲覧.</ref>。

市の北西部に広がるサンド・ラン・メトロ公園の西隣には、104エーカー(420,000m<sup>2</sup>)のF・A・セイバーリング自然王国が立地している。グッドイヤーの創業者で、土地の寄贈者であるセイバーリングの名を冠したこの自然公園内には、地元の動植物に関する事物を展示するビジターセンターがあり、庭園や3本の遊歩道が整備されている<ref>[http://www.summitmetroparks.org/ParksAndTrails/FASeiberlingNatureRealm.aspx Nature Realm]. Summit Metro Parks. 2016年3月5日閲覧.</ref>。

== 人口動態 ==
{{Wikisource|オハイオ州アクロン市の人口統計データ}}

=== 都市圏人口 ===
アクロンの都市圏を形成する各郡の人口は以下の通りである(2010年国勢調査)<ref name="FactFinder" />。''クリーブランド・アクロン・カントン広域都市圏全体の人口については、[[クリーブランド (オハイオ州)#都市圏人口]]を参照のこと。''

;アクロン都市圏
{| class="wikitable" style="width: 80%; text-align:center; margin: 0 auto 0 auto;"
! 郡 !! 州 !! 人口
|-
| '''[[サミット郡 (オハイオ州)|サミット郡]]''' || [[オハイオ州]] || align="right" | 541,781人
|-
| [[ポーテージ郡 (オハイオ州)|ポーテージ郡]] || オハイオ州 || align="right" | 161,419人
|- style="background-color:#e0e0e0"
| colspan="2" | '''合計''' || align="right" | 703,200人
|}

=== 市域人口推移 ===
以下にアクロン市における[[1840年]]から[[2010年]]までの人口推移を表およびグラフでそれぞれ示す<ref>Gibson, Campbell. [http://www.census.gov/population/www/documentation/twps0027/twps0027.html Population of the 100 Largest Cities and Other Urban Places in the United States: 1790 to 1990]. US Census Bureau. 2005年.</ref>。

{| class="wikitable" style="float:right; margin-left:3px; text-size:80%; text-align:right"
! 統計年 !! 人口
|-
| [[1840年]] || 1,664人
|-
| [[1850年]] || 3,266人
|-
| [[1860年]] || 3,477人
|-
| [[1870年]] || 10,006人
|-
| [[1880年]] || 16,512人
|-
| [[1890年]] || 27,601人
|-
| [[1900年]] || 42,728人
|-
| [[1910年]] || 69,067人
|-
| [[1920年]] || 208,435人
|-
| [[1930年]] || 255,040人
|-
| [[1940年]] || 244,791人
|-
| [[1950年]] || 274,605人
|-
| [[1960年]] || 290,351人
|-
| [[1970年]] || 275,425人
|-
| [[1980年]] || 237,177人
|-
| [[1990年]] || 223,019人
|-
| [[2000年]] || 217,074人
|-
| [[2010年]] || 199,110人
|}

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== 姉妹都市 ==
== 姉妹都市 ==
[[File:Chemnitz Germany Akron Sister City.jpg|right|thumb|180px|姉妹都市のケムニッツが記された道標]]
* {{flagicon|GER}} [[ケムニッツ]]、[[ドイツ]]

アクロンは以下2都市と[[姉妹都市]]提携を結んでいる<ref>[http://www.akronohio.gov/cms/site/824853b8ae0c3880/index.html Sister Cities]. City of Akron. 2016年2月6日閲覧.</ref>。

* {{flagicon|Germany}} [[ケムニッツ]]([[ドイツ]])<ref>[http://www.chemnitz.de/chemnitz/en/facets-of-a-charming-city/twin-cities/index.html Twin Towns]. Stadt Chemnitz. 2016年2月6日閲覧.</ref>
* {{flagicon|Israel}} [[キリヤット・エクロン]]([[イスラエル]])

== 註 ==
{{reflist}}

== 推奨文献 ==
* Dyer, Joyce. ''Gum-Dipped: A Daughter Remembers Rubber Town''. Akron: University of Akron Press. 2003年. ISBN 978-1931968171.
* Endres, Kathleen. ''Akron's Better Half: Women's Clubs and the Humanization of a City, 1825–1925''. Akron: University of Akron Press. 2006年. ISBN 978-1931968362.
* Endres, Kathleen. ''Rosie the Rubber Worker: Women Workers in Akron's Rubber Factories during World War II''. Kent: Kent State University Press. 2000年. ISBN 978-0873386678.
* Gieck, Jack. ''A Photo Album of Ohio's Canal Era, 1825–1913''. Revised Edition. Kent: Kent State University Press. 1992年. ISBN 978-0873383530.
* Gieck, Jack. ''Early Akron's Industrial Valley: A History of the Cascade Locks''. Kent: Kent State University Press. 2007年. ISBN 978-0873389280.
* Jones, Alfred Winslow. ''Life, Liberty, and Property: A Story of Conflict and a Measurement of Conflicting Rights''. Akron: University of Akron Press. 1999年. ISBN 978-1884836404.
* Lane, Samuel Alanson. ''Fifty Years and Over of Akron and Summit County''. Akron: Beacon Job Department. 1892年.
* Love, Steve and David Giffels. ''Wheels of Fortune: The Story of Rubber in Akron, Ohio''. Akron: University of Akron Press. 1999年. ISBN 978-1884836374.
* Love, Steve, Ian Adams, and Barney Taxel. ''Stan Hywet Hall & Gardens''. Reprint Edition. Akron: University of Akron Press. 2015年. ISBN 978-1629220284.
* McGovern, Frances. ''Fun, Cheap, and Easy: My Life in Ohio Politics, 1949–1964''. Akron: University of Akron Press. 2002年. ISBN 978-1884836794.
* McGovern, Frances. ''Written on the Hills: The Making of the Akron Landscape''. Akron: University of Akron Press. 1996年. ISBN 978-1884836213.
* Musarra, Russ and Chuck Ayers. ''Walks around Akron''. Akron: University of Akron Press. 2007年. ISBN 978-1931968430.
* Olin, Oscar Eugene, et al. ''A Centennial History of Akron, 1825-1925''. Akron: Summit County Historical Society. 1925年.
* Reese, John S. ''Guide Book for the Tourist and Traveler over the Valley Railway''. Kent: Kent State University Press, 2002年. ISBN 978-0873387354.


== 外部リンク ==
== 外部リンク ==
{{Commonscat|Akron, Ohio}}
* [http://akron.blog63.fc2.com/ Akron Life]
* [http://www.ci.akron.oh.us/ City of Akron(英語版)]
* [http://www.akronohio.gov/ City of Akron] - 市の公式サイト
* [http://www.visitakron-summit.org/ Akron/Summit Convention & Visitors Bureau(英語版)]
* [http://www.akronhistory.org/ History of Akron and Summit County]
* [http://www.ascpl.lib.oh.us/ Akron-Summit County Public Library(英語版)]
* [http://www.visitakron-summit.org/ Akron/Summit Convention & Visitors Bureau]
* [http://www.akronlibrary.org/ Akron-Summit County Public Library]
* [http://maps.google.com/maps?ll=41.073155,-81.5179&spn=0.11,0.18 Google Maps(英語版)]
* [http://www.ohio.com/ Akron Beacon Journal]
* [http://maps.google.com/maps?ll=41.073155,-81.5179&spn=0.11,0.18 Google Satellite Images(英語版)]
* [http://www.city-data.com/city/Akron-Ohio.html Akron, Ohio] - City-Data.com

{{Coord|41.073155|-81.517900|display=title}}


{{オハイオ州}}
{{オハイオ州}}

[[Category:オハイオ州の都市|あくろん]]
[[Category:オハイオ州の都市|あくろん]]

2016年3月15日 (火) 13:00時点における版

アクロン市
City of Akron
愛称 : Summit City(頂点の街)、Rubber Capital of the World(世界のゴムの都)[1]、City of Invention(発明の街)
位置
右: オハイオ州におけるサミット郡の位置 左: サミット郡におけるアクロンの市域の位置図
右: オハイオ州におけるサミット郡の位置
左: サミット郡におけるアクロンの市域
座標 : 北緯41度4分23秒 西経81度31分4秒 / 北緯41.07306度 西経81.51778度 / 41.07306; -81.51778
歴史
創設 1825年
行政
アメリカ合衆国
 州 オハイオ州
 郡 サミット郡
 市 アクロン市
地理
面積  
  市域 161.54 km2 (62.37 mi2)
    陸上   160.66 km2 (62.03 mi2)
    水面   0.88 km2 (0.34 mi2)
標高 306 m (1,004 ft)
人口
人口 (2010年現在)
  市域 199,110人
    人口密度   1,239.3人/km2(3,209.9人/mi2
  都市圏 703,200人
その他
等時帯 東部標準時 (UTC-5)
夏時間 東部夏時間 (UTC-4)
公式ウェブサイト : http://www.akronohio.gov/

アクロンAkron)は、アメリカ合衆国オハイオ州北東部に位置する都市。クリーブランドの南約55kmに位置する。人口は199,110人(2010年国勢調査[2]で、オハイオ州ではコロンバス、クリーブランド、シンシナティトレドに次ぐ第5の都市である。アクロンに郡庁を置くサミット郡、およびその東に隣接するポーテージ郡の2郡からなる都市圏は703,200人(2010年国勢調査)[2]の人口を抱えている。より広域的には、アクロンはクリーブランドの広域都市圏に含まれており、その人口は350万人を超える[2]

アクロンは1825年に創設され、その初期から運河交通の要所となり、様々な産業が興った。南北戦争前後から20世紀初頭にかけては、北軍の食糧となったオーツ麦のバー、全米初のパトロールカー、ヨードを添加した食塩など、次々と発明品が生み出された。同じ頃、グッドリッチグッドイヤーファイアストン、ゼネラルタイヤと、タイヤメーカーが相次いで創業し、これらタイヤメーカーが労働者用の住宅地開発にあたったこともあって、1910年代の10年間で人口は3倍増、工業都市として高成長を遂げたアクロンは「世界のゴムの都」と呼ばれた。20世紀も後半に入るとタイヤメーカーは買収や移転で次々とアクロンを離れ、グッドイヤーを残すのみとなったが、残された研究インフラの存在によって、アクロンはポリマー産業の中心地へと変貌を遂げてきている。

産業面以外でも、アクロンは革新的な出来事が多く起きた街であった。1847年には、今日全米で標準となっているK-12の学年制教育の先駆けとなったアクロン学校法が成立した。南北戦争前夜には、ジョン・ブラウンがアクロンを事業活動の拠点とし、元奴隷であったソジャーナ・トゥルースが奴隷制度廃止と女性の権利を訴える演説をアクロンで行った。全米で初めて、アルコール依存症が疾患として認められ、治療が行われ、アルコホーリクス・アノニマスが発祥したのもアクロンであった。

歴史

初期

アクロンの最初の区画(1825年

1811年、現在のアクロン市ではブフテル・アベニューとブロードウェイ・ストリートの交差点があるあたりに、コネチカット土地会社の測量家ポール・ウィリアムズと、コネチカット西部保留地の将軍サイモン・パーキンスが入植し、当時掘削中であったオハイオ・アンド・エリー運河の最高点であったこの地に入植地の創設を提案した[3]。入植地の名は、ギリシア語で「頂上」もしくは「高いところ」を意味するἄκρονから付けられた[4][5]。その後1825年、現在のサウスアクロン地区に相当する地域が区画され、オハイオ運河の掘削に携わったアイルランド系労働者たちの小屋、およそ100棟がその近くに建てられた。その後、1833年にはエリアキム・クロスビーが「ノースアクロン」を創設し、1836年にサウスアクロン・ノースアクロンの2つが合併して、アクロンという1つの村として正式に法人化された[3]

1840年ポーテージメダイナ、およびスターク各郡のそれぞれ一部を分割・再編する形で、サミット郡が創設されると、翌1841年には、サミット郡議会がカヤホガフォールズ郡庁所在地に指定したが、州議会がこれを覆し、郡庁所在地は住民投票に基づいて決めるようにと差し戻した。その結果、郡庁はアクロンに置かれることになった[6]。その頃、アクロンからペンシルベニア州ビーバーへと通ずるペンシルベニア・アンド・オハイオ運河が開通し、炻器下水管漁具、農作業道具などの産業が興った[7]1847年には、アクロン学校法が成立し、今日ではアメリカ合衆国全土で用いられている、K-12の学年制による教育の先駆けとなった[8]

南北戦争前夜から「頂点の街」へ

南北戦争前夜のアクロンでは2人の著名な奴隷制度廃止運動家が活躍した。1844年ジョン・ブラウンは、 共同事業者であったサイモン・パーキンスの豪邸と道1本を隔てた対面側に自身の家を移し、アクロンを事業活動の拠点とした。1851年には、オハイオ女性の権利大会がアクロンで開催され、ソジャーナ・トゥルースが原稿無しで、後に Ain't I A Woman? と名付けられることになる演説を行った[9]

アクロン大学のキャンパス内に立つジョン・R・ブフテルの像

1870年、地元実業家にして博愛主義者であったジョン・R・ブフテルの出資で、アクロン大学の前身となる、ユニバーサリスト教会系のブフテル・カレッジが創立した[10]。また、この頃、ルイス・ミラーとウォルター・ブライスの2人の博愛主義者と建築家ジェイコブ・スナイダーは、アクロン・プランというデザインパターンを確立し、1872年に初めてこの様式を用いてアクロンのファースト・メソジスト監督教会堂を建てた[11]。その後、第一次世界大戦時に至るまで、会衆派バプテスト長老派などの多数の教会堂が、この様式を用いて建てられた[12][13]

南北戦争と前後して、アクロンでは次々と発明品が生まれ、近代的な産業も興っていった。フェルディナンド・シューマッハーは1856年に工場を買収し、オーツ麦のバーを大量生産し、南北戦争時には北軍に供給した。南北戦争の終結後も、このバーに対する需要は高いものとなった。1883年には、地元のジャーナリストがアクロン・トイ・カンパニーを設立し、近代的な玩具製造事業を始めた。翌1884年には、サミュエル・C・ダイクが粘土製のビー玉を大量生産に乗せた。これらの他、アクロンではゴム風船、アヒルの玩具、人形、ボール、乳母車の緩衝装置、茶色の小瓶などが発明された。1895年には、アクロンとクリーブランドを結ぶ、全長35.5マイル(57.1km)のインターアーバン、アクロン・ベッドフォード・アンド・クリーブランド鉄道が開通した[14]1899年には、市当局は地元警察に、全米初となるパトロールカーを配備した[15]1916-20年にかけては、10,000人の女学生が、食塩ヨードを添加することで甲状腺腫を予防する、後に「アクロン実験」として知られることになる実験に参加した。この実験は成功を収め、後に世界中でヨード欠乏症による甲状腺腫を激減させることにつながった[16]。ボストン・デイリー・グローブ紙はこの頃、アクロンを Summit City (頂点の街)と呼んだ[17]

1900年のアクロン暴動

1900年8月21日、黒人男性が6歳の白人少女に性的暴行を加えたとして逮捕され、翌朝自白した。すると地元新聞紙は自白を誇張して書き立て、市全体に極度の憤怒と憎悪を煽り立てた。やがて22日夜、事態は暴動へと発展した。この暴動で市政府の庁舎は焼失し、死者2人を出し、鎮圧には州兵の動員を要した。暴動の最中、この黒人男性はクリーブランドへと護送され、24日に弁護士無しで裁判にかけられ、無期懲役刑に処せられた。その後1913年、この黒人男性は公正な裁判を受けられずに服役させられたとして、州知事に恩赦された[18]

「世界のゴムの都」

グッドイヤー本社工場(1930-45年頃)

アメリカ合衆国においてトラック運送業が生まれた頃、アクロンは Rubber Capital of the World (世界のゴムの都)と呼ばれた。1870年に創業したグッドリッチを皮切りに、1898年創業のグッドイヤー[19]1900年創立のファイアストン(現ブリヂストン傘下、ブリヂストン・アメリカズ)[20]、そして1915年創立のゼネラルタイヤ(現コンチネンタルタイヤ[21]と、4社のタイヤメーカーが相次いで創業し、本社をアクロンに置いた。これらのタイヤメーカーは膨れ上がった住宅需要に応えて住宅地を開発し、労働者用の安価な住宅を建てた。グッドイヤーの創業社長、フランク・セイバーリングは自社従業員用の住宅を建てるべく、グッドイヤー・ハイツ地区を開発した[22]。同様に、ハーベイ・ファイアストンはファイアストン・パーク地区を開発した[23]

1917年、グッドイヤーは子会社グッドイヤー・ツェッペリンを創立し、ツェッペリン型飛行船の建造を開始した。同社の建造した飛行船はまず、第一次世界大戦において敵地の爆撃および偵察に用いられたが、その一方で同社も自社製品の宣伝に用いていた。第二次世界大戦中には、同社は104隻の軍用飛行船を建造した。第二次世界大戦終結後は、同社の飛行船は専ら宣伝に用いられた[24][25]

1910年代の10年間で、アクロンは人口増加率201.8%を記録し、全米で最も高い成長を遂げた都市となった。1920年の国勢調査では、アクロンの人口は208,435人を数え、全米で32位、州内ではトレド(243,164人、全米26位)やコロンバス(237,031人、全米28位)に肉薄した[26]。当時のアクロンの人口の約1/3は移民、もしくはその子孫で、その中にはクラーク・ゲーブルもいた[27]1928年には、アクロンは住民投票の結果に基づいてケンモアを合併し、その人口をさらに増やした[28]

しかし、工業都市としての高成長の陰で労働問題も起きた。劣悪な環境で、低賃金での労働を強いられていたアクロンのタイヤ工場労働者は、1935年にユナイテッド・ラバー・ワーカーズという労働組合を立ち上げた。翌1936年、グッドイヤーが賃金カットと増産の計画を発表すると、同社の労働者はこれへの抗議として、工場内での座り込みによるストライキを行った。工場を占拠されたため、いわゆる「スト破り」の労働者を臨時に雇って生産を続けることもできず、経営側は工場施設の破壊を恐れて警備員を派遣することにも消極的にならざるを得なかった。市長は警察を動員して事態の収拾を図ったが、警官が出動を拒否した。やがて、グッドイヤーはユナイテッド・ラバー・ワーカーズを認め、より労働者側に有利な条件での労使交渉に臨まざるを得なくなった[29]

衰退と遺産

第二次世界大戦後の1950年代モータリゼーションに伴うタイヤの需要増加で、アクロンは20世紀前半に比較するとその速度は鈍化したもののさらに成長し、1960年には人口290,351人(全米45位)でピークに達した[30]。しかし、その後はラストベルト内に位置する他の多くの工業都市と同様に、アクロンは衰退し、人口は減少に転じていった。アクロンの地域経済を支えたタイヤ製造業も、買収などによってアクロンの街を去り、21世紀に入るまでアクロンに残ったのはグッドイヤーただ1社のみとなった。

グッドイヤー・ポリマー・センター

しかし、タイヤ製造業はアクロンの街に研究インフラという遺産を残した。この研究インフラの存在によって、アクロンはタイヤやプラスチックのみならず、潤滑剤や超強力繊維、液晶ディスプレイにも応用される、ポリマーの街へと変貌を遂げている。21世紀に入り、アクロンは400社のポリマー関連企業が集中する「ポリマー・バレー」の中心都市となり、アクロンの市域内だけでも94社が立地している。アクロン大学のキャンパス内にはグッドイヤー・ポリマー・センターが立地し、研究者がハイテク分野への応用を目指して研究を進めている[31]

また、2007年には、アメリカ合衆国の都市としては初めて、アクロンはドイツのシュマック・バイオガス社と共同で、下水道ヘドロからバイオガスを生成し、発電する施設が建てられた。この施設で生成されたバイオガスはメタンを約60%、二酸化炭素を約35%含んでいる[32]

2008年には、アクロンは3度目の全米都市賞を受賞し、これを契機に City of Invention (発明の街)と呼ばれるようになった。2008-12年にかけては、長年の工業都市化の間に自浄能力を失い、「ドブ川」化し、下流のカヤホガ川の水質悪化の元凶ともなっていたリトル・カヤホガ川の改修が行われ、水質が改善した[33]。しかしその一方で、4年制大学はおろか、コミュニティ・カレッジやテクニカル・カレッジの卒業率すら低く、技能のある労働者が不足しているなど、問題も抱えている[34]

地理

アクロンは北緯41度4分23秒 西経81度31分4秒 / 北緯41.07306度 西経81.51778度 / 41.07306; -81.51778に位置している。市は五大湖地域オハイオ州北東部、エリー湖岸からは南へ約63km、州北東部の中心都市であるクリーブランドからは南へ約55kmである。

アメリカ合衆国国勢調査局によると、アクロン市は総面積161.54km2(62.37mi2)である。そのうち160.66km2(62.03mi2)が陸地で0.88km2(0.34mi2)が水域である。総面積の0.55%が水域となっている。市域はアルゲイニー台地の西縁に位置しており、その地形は起伏に富んでいるため、標高は地域によって異なるが、ダウンタウンの標高は306mである。

気候

アクロン
雨温図説明
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66
 
1
-7
 
 
58
 
3
-6
 
 
76
 
8
-2
 
 
91
 
15
4
 
 
109
 
21
9
 
 
97
 
26
14
 
 
104
 
28
17
 
 
91
 
27
16
 
 
89
 
23
12
 
 
71
 
16
6
 
 
84
 
10
1
 
 
71
 
3
-5
気温(°C
総降水量(mm)
出典:Weatherbase.com
インペリアル換算
123456789101112
 
 
2.6
 
33
19
 
 
2.3
 
37
21
 
 
3
 
47
29
 
 
3.6
 
60
39
 
 
4.3
 
69
49
 
 
3.8
 
78
58
 
 
4.1
 
82
62
 
 
3.6
 
80
61
 
 
3.5
 
73
53
 
 
2.8
 
61
42
 
 
3.3
 
49
34
 
 
2.8
 
37
24
気温(°F
総降水量(in)

アクロンの気候は四季がはっきりしており、特に冬の厳しい寒さと降雪に特徴付けられる、大陸性の気候である。最も暑い7月の平均気温は約22℃、最高気温の平均は約28℃で、日中32℃を超えることは平年で月に1-2日程度である。最も寒い1月の平均気温は氷点下3℃、最低気温の平均は氷点下7℃で、月のほとんどの日は気温が氷点下に下がる。降水量は1年を通じてほぼ平均しており、月間70-110mm程度であるが、冬季の1月・2月はやや少なく、月間55-65mm程度である。年間降水量は1,000mm程度である。また、冬季の12月から3月にかけての月間降雪量は20-27cm、年間降雪量は120cmに達する[35]ケッペンの気候区分では、アクロンは中西部の大部分に分布する亜寒帯湿潤気候Dfa)に属する。

アクロンの気候[35]
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均気温( -3.3 -1.7 3.1 9.6 14.9 19.9 22.2 21.4 17.3 10.9 5.3 -0.9 9.9
降水量(mm 66.0 58.4 76.2 91.4 109.2 96.5 104.1 91.4 88.9 71.1 83.8 71.1 1,008.1
降雪量(cm 31.5 26.7 20.8 6.9 0.3 - - - - 1.0 7.6 25.9 120.7

都市概観と建築物

ファーストメリット・タワー

アクロンのダウンタウンは西に州道59号線、東に州道8号線、北にリトル・カヤホガ川、南に州間高速道路I-76/77に囲まれた地域に形成されている。起伏に富む地形のため、アクロンの街路はダウンタウンにおいても複雑に入り組んでいる。ダウンタウンにおいて東西に通る通りはメイン・ストリートを境に西(W)と東(E)に、また南北に通る通りはマーケット・ストリートを境に北(N)と南(S)に分かれている。ダウンタウンの東側にはアクロン大学のキャンパスが広がっている。

アクロンで最も高い建物は、ダウンタウンのミル・ストリートとメイン・ストリートの南東角に建つ、高さ100.6m、27階建てのファーストメリット・タワーである。このアール・デコ様式の超高層ビルは1931年に完成した[36]。ファーストメリット・タワーは、2007年国家歴史登録財に登録された[37]

政治

オハイオ州、サミット郡、およびアクロン市の政府機関が入った合同庁舎[38]

アクロンは市長制を採っている。市長は市の公式な長であると同時に行政の最高責任者であり、1) 市議会の採択した法令・条例の施行、2) 予算案の作成および市議会への提出、3) 市の財政状況および要望の市議会への報告、4) 市職員の任命および罷免、5) 市政府各局の管理・監督、6) 市が関与している、もしくは契約している事項についての条件の閲覧、および 7) 条例の導入およびその議論への参加について権利を有し、また義務を負う。市長は全市からの選挙で選出され、その任期は4年である[39]。多選には特に制限は設けられておらず、例えば、1987年に市長に就任したドナルド・プラスケリックは7選し、2015年5月31日に辞任するまで、28年間にわたって市長を務めた[40][41]

市の立法機関である市議会は13人の議員から成っている。そのうち10人は市を10区にわけた小選挙区から1人ずつ選出され、残りの3人は全市から選出される。市議会議長は議員の中から選出される。また、書記官は市議員とは別に、市議会によって任命される。小選挙区選出、全市選出のいずれであっても、市議員の任期は4年である[42]

治安

アクロン市警のパトロールカー

アクロンの治安は同じ州北東部のクリーブランドヤングスタウンよりは良く、CQプレス社傘下、モーガン・クイットノー社による「全米の危険な都市」ランキングでもワースト25に入ったことは無いが、全米ではあまり良い部類には入らない。同社の2015年のレポート(2013年FBIのデータを使用)では、アクロンは対象441都市中、54番目に危険であるという結果であった。州内の他の対象都市と比べると、アクロンの治安はクリーブランドよりは大幅に良く、シンシナティデイトンよりはかなり良く、トレドよりはやや良く、コロンバスよりはやや悪い[43]

アクロンを中心としたサミット郡はメタンフェタミンの乱用が頻繁に起こっており、「オハイオのメタンフェタミンの都」と呼ばれてきた。アメリカ合衆国麻薬取締局の国立秘密薬物製造所登録情報によると、サミット郡においてメタンフェタミン使用場所として登録されている場所は102ヶ所あり、これはオハイオ州の郡の中では最多、全米の郡でも3番目に多い[44]2004年1月-2009年8月の間、サミット郡は州内で最も多くの場所がメタンフェタミン使用場所として登録された郡であり、そのほとんどはアクロン市内である[45]。当局は、メキシコから流入する麻薬の取り締まりが強化されたのに伴って、地元で違法薬物を精製するようになったことが原因と見ている[46]。これに対し、当時アクロン市長であったドナルド・プラスケリックは2008年、メタンフェタミン撲滅に向けて、アクロン市警となお一層の協力関係を築いていく声明を出した[47]

経済

建設中のグッドイヤー本社新社屋(2012年

アクロンにはフォーチュン500に入る企業2社、グッドイヤーおよびファーストエナジーが本社を置いている。グッドイヤーはアクロンのみならず、アメリカ合衆国を代表する、そしてブリヂストンおよびミシュランと共に世界3大に数えられるタイヤメーカーで、1999年10月まではダウ工業株30種平均の構成銘柄の1つでもあった。20世紀中盤までアクロンの地域経済を共に支え、アクロンを「世界のゴムの都」と呼ばせしめた他のタイヤメーカーが買収や移転で次々とアクロンを去る中で、同社はただ1社アクロンに残った[48]。同社は2013年、老朽化した本社旧社屋からI-76を隔てた南側に新社屋を建て、移転した[49][50][51]

ファーストエナジーは1997年にオハイオ・エジソンがセンテリアを吸収合併したことにより設立された電力会社で、その後GPUとアルゲイニーエナジーを合併して全米最大の電力会社となった。また、同社はダウ公共株15種を構成する銘柄の1つでもある。同社はその傘下に10社の電力会社を持っており、オハイオ州をはじめ、ペンシルベニアウェストバージニア,、バージニアメリーランドニュージャージー、およびニューヨークの7州にまたがる、170,000km2を超える地域に600万棟以上の顧客を持っている[52]

その他には、手の消毒剤メーカーであるGOJOインダストリーズ[53]、熱可塑性エラストマーのアドバンスト・エラストマー・システムズ[54]、ファーストメリット銀行[55]プラスチックおよびタイヤ修理用品メーカーのマイヤーズ・インダストリーズ[56]、地元雑貨店チェーンのアクメ・フレッシュ・マーケット[57]、および宝飾品小売のスターリング・ジュエラーズ[58]がアクロンに本社を置いている。また、ブリヂストンは2012年、研究開発施設を備えた技術センターをアクロン市内に建て、同社の製品開発部門をこの技術センターに移転した[59]。また、クリーブランドに本社を置く地元銀行キー・バンクは、ダウンタウンにアクロン地域本店を置いているほか、市内に5店の支店を置いている[60][61]

ポリマー・バレー

ポリマー・バレーの位置

20世紀も後半に入り、1970年代以降になると、それまでアクロンの地域経済を支えていたタイヤメーカーは次々とアクロンを去って行ったが、残された研究インフラの存在によって、アクロンはハイテク産業にも応用される、ポリマー産業の街へと変貌を遂げた[31]1980-90年代にかけて、サミット郡を中心に、マホニングスタークポーテージトランブル、およびコロンビアナの州北東部6郡にまたがる地域には新たにポリマー関連企業が流入し、一帯は「ポリマー・バレー」と呼ばれるようになった。アクロン大学やケース・ウェスタン・リザーブ大学はポリマーの世界的研究者を擁し、またこの地にポリマー技術者を輩出するようになった。また、地元の高校においてもポリマー製品の製造が学べるようになった。元々天然資源や交通手段に恵まれていたところに、研究・教育環境が充実したことが加わって、オハイオ州のポリマー産業の45%がポリマー・バレーに集中し、州内のみならず、全米的にもポリマー産業の中心地としての認知度が高まってきている[62]。ポリマー・バレーに立地するポリマー関連企業は400社を数え、そのうち94社はアクロン市内に集中している[31]

医療

アクロン市内の代表的な病院
左上: アクロン総合医療センター右上: アクロン小児病院
左下: セント・トーマス病院右下: アクロン・シティ病院

アクロンは地域の医療の中心地にもなっている。ダウンタウンの東に立地するアクロン・シティ病院から、州道8号線を隔てた西側に広がるアクロン大学のキャンパス、そのすぐ西に立地するアクロン小児病院、そしてそのさらに西、州道59号線沿いに立地するアクロン総合医療センターを結ぶ線は、市当局が2010年Biomedical Corridor (生体医学回廊)と定めており、医療や関連する研究開発および人材育成に地区内の土地、建物や施設を用いることを奨励している[63]

1914年に開院したアクロン総合医療センターは、もともと州内で10位以内に入る評価を受けている病院であった。2015年、同院を持つ医療法人、アクロン総合保健システムは、全米でも5本の指に入る評価を受けている病院、クリーブランド・クリニックの傘下に入った[64]

アクロン小児病院は1890年に保育園として始まったが、やがて州北東部最大の小児科専門病院へと発展していった[65]1974年、同院の医師ハワード・イーゲルおよびアーロン・フリーマンは、世界で初めて、火傷の治療に用いるための人間の皮膚を実験室で培養することに成功した[66]。同院はUSニューズ&ワールド・レポート誌の病院ランキングでは、7つの診療分野で全米50位以内に入る評価を受けている[67]

アクロン・シティ病院は1892年に開院した病院で、現在では重傷の患者に対し24時間体制で救急医療を施すことのできる、レベルIのトラウマ・センターに指定されている[68]。一方、セント・トーマス病院はカトリックのクリーブランド司教区の婦人会衆、シスターズ・オブ・チャリティーズ・オブ・セント・オーガスティンが1922年に設立した病院である。同院は全米で初めて、アルコール依存症を疾患として認め、その治療を始めた病院で、アルコホーリクス・アノニマスの発祥の地でもある[69]。両院は1989年に合併し、サンマ保健システムとなった[70]。同システムはその後、南西郊のバーバートンに立地するバーバートン病院を加え[71]、バイブラ・ヘルスケアとの合弁でアクロン・シティ病院の東隣にリハビリテーション病院を[72]、またウェスタン・リザーブ病院パートナーズとの合弁でカヤホガフォールズにウェスタン・リザーブ病院を[73]それぞれ開院した。

交通

アクロン・カントン地域空港

アクロンに最も近い商業空港は、ダウンタウンから南東へ18km[74]、アクロンとカントンの中間に立地するアクロン・カントン空港IATA: CAK)である。この空港にはデルタ航空ユナイテッド航空のほか、サウスウエスト航空USエアウェイズ、およびアレジャイアント航空が就航しており、16都市・17空港への直行便がある[75]。この空港はアクロン・カントン両都市圏の空港であるのみならず、クリーブランド都市圏の第2空港という位置づけにもなっている。より規模の大きな空港としては、クリーブランド都市圏の第1空港で、クリーブランドのダウンタウンの南西17km[76]、アクロンのダウンタウンからは北西へ約60kmに立地する、旧コンチネンタル航空ハブ空港であったクリーブランド・ホプキンス国際空港(IATA: CLE)がある。ダウンタウンの南東約7km[77]に立地するアクロン・フルトン国際空港(IATA: AKC)は、移民・関税執行局(ICE)の施設を持っており、そのため「国際空港」としての要件を満たし、空港名にも「国際空港」とついているものの、実態はゼネラル・アビエーション空港である。

アクロンではI-76I-77の2本の州間高速道路が交わる。I-76は西へはメダイナの南でI-71に接続し、アクロンからクリーブランドを経由することなくコロンバスシンシナティ方面へと至る短絡路としての役割を果たしている。一方、東へはヤングスタウンを経由してペンシルベニア州に入り、ピッツバーグハリスバーグフィラデルフィア方面へと至る。I-77はオハイオ州東部を南北に縦断する高速道路で、北へはクリーブランドのダウンタウンでI-90に接続し、南へはウェストバージニア州の州都チャールストンや、アパラチア山脈を越えてシャーロット方面へと至る。この2本の州間高速道路の共用区間はダウンタウンの南を東西に通っており、ダウンタウンには州間高速道路は通っていないが、I-77の延長線上、ダウンタウンの東を通る州道8号線、およびI-76・I-77共用区間からダウンタウンの西を通る州道59号線がともに高速道路規格になっている。州道8号線はダウンタウンから北へも高速道路規格になっており、カヤホガフォールズ等、北郊とダウンタウンを結ぶ役割も果たしている。

ダウンタウンの北にはカヤホガ・バレー・シーニック鉄道のアクロン・ノースサイド駅が立地している。この鉄道は、もともとは1880年にカントンの南、タスカワラス・バレーからアクロンやクリーブランドに石炭を運ぶために敷かれ、沿線の旅客輸送も行っていたバレー鉄道であった。しかし、20世紀も後半に入ると旅客・貨物とも自動車がその主役を担うようになり、この鉄道を用いた輸送は下火になっていった。その後、1972年にこの鉄道の線路を用いてカヤホガバレー国立公園の観光列車を走らせるようになり、今日に至っている[78][79]

アクロン・インターモーダル・トランジット・センター

アクロンにおける公共交通機関は、アクロン都市圏地域交通局(METRO RTA)の運営する路線バス網が主となっている。この路線バス網は35系統を有し、アクロン市内のみならず、サミット郡内を広くカバーしている[80]。同局の路線バス網の中心となっているのは、ダウンタウンに立地するアクロン・インターモーダル・トランジット・センターである[81]。このトランジット・センターは2009年に設置されたもので、使用電力の1/3をソーラーパネルで賄い、また地熱を冷暖房に利用するなど、環境に配慮した設計になっている[82]。また、カントンを中心にスターク郡内をカバーするスターク地域交通局(SARTA)は、アクロン・カントン両市のダウンタウンをI-76経由で結ぶバスを毎時1本運行している[83]。また、ケントの路線バス網を運営するポーテージ地域交通局(PARTA)は、アクロンとケントを結ぶバスを運行している[84]。SARTAとPARTAのバスもアクロン・インターモーダル・トランジット・センターに発着する。また、アクロン・インターモーダル・トランジット・センターはグレイハウンドやバロンズ・バス、ゴーバスのバスターミナルも兼ねており、ワシントンD.C.方面とクリーブランド・デトロイトシカゴ方面とを結ぶグレイハウンドのバスや、クリーブランドとアセンズ・ウェストバージニア州パーカーズバーグ方面とを結ぶゴーバスのバスが停車する[85][86][87]

教育

アクロン大学

アクロン大学はダウンタウン北東部に218エーカー(882,000m2)のキャンパスを構えている[88]。同学は1870年にユニバーサリスト教会系の私立大学、ブフテル・カレッジとして創立したが、1913年に市に移管され、1967年に州に移管された[89]1988年には、同学はそれまで教養学部にあったポリマー科学科と工学部にあったポリマー工学科を分離・統合する形で、世界で初めてポリマー科学・工学部を創設した[90]。同学は総合大学とコミュニティ・カレッジの役割を兼ねており、31の準学士、96の学士、80の修士、20の博士、2つのジュリス・ドクターの学位プログラムを有しているのに加えて、81のサーティフィケートプログラムを提供し、学部に約21,000人、大学院に約3,600人、プロフェッショナル・スクールに約400人の学生を抱えている[91]。また、同学のスポーツチーム、ジップスはNCAAのディビジョンI(フットボールはFBS/旧I-A)のミッド・アメリカン・カンファレンスに所属し、男子7種目、女子10種目で競っている[92]

アクロン・サミット郡公立図書館本館

アクロンにおけるK-12課程はアクロン公立学区の管轄下にある公立学校によって主に支えられている。同学区は小学校30校、中学校9校、高校9校を有し、約22,000人の児童・生徒を抱えている[93]2013年には、グッドイヤーの旧社屋を利用した小中一貫(幼稚園・1-8年生)のチャーター・スクール、アクロン予備学校が開校した[94]。このほか、アクロンにはレブロン・ジェームズの母校であるカトリック系のセント・ビンセント=セント・メアリーズ高校など、私立の学校もある。

アクロン・サミット郡公立図書館はダウンタウンの本館のほか、郡内17ヶ所に支館を、そして移動図書館を持っている。同館は1874年に設立された。同館は書籍・CD・DVDをあわせて190万点を所蔵している[95]2015年、同館はライブラリー・ジャーナル誌の図書館格付で4つ星に認定された[96]

文化

名所・芸術と文化施設

アクロン美術館

アクロン美術館はダウンタウン、ハイ・ストリートとマーケット・ストリートの南東角に立地している。同館は1922年に、ギャラリーと芸術教室を兼ねたアクロン・アート・インスティテュートとしてアクロン・サミット郡公立図書館旧館の地下で開館した。その後1960年代以降、芸術教室よりも美術品の収集に力を入れるようになり、1980年にアクロン美術館に改称、翌1981年には改装された旧郵便局(1899年建設)に移転し、2007年にはジョン・S・アンド・ジェームズ・L・ナイト・ビルディングを加えて増床した[97]2015年には、同館南側のオープン・スペースに野外ギャラリーでもあるバド・アンド・スージー・ロジャース・ガーデンという庭園が開園した[98]。同館の収蔵品は年代的には1850年代から2000年代まで、ジャンル的には風景画・肖像画から抽象画・ポップアートまで、そして絵画・写真・彫刻・版画と多岐にわたっており、館内のみならずオンラインでも展示・公開している[99]

スタン・ハイウェット・ホール・アンド・ガーデンズ

ダウンタウンの北西約5kmにはスタン・ハイウェット・ホール・アンド・ガーデンズが立地している。70エーカー(283,000m2)の敷地に建つこのチューダー・リバイバル様式の家屋は、もともとは1912-15年にかけて建てられた、グッドイヤーの創業者、フランク・セイバーリングの豪邸であった[100]。家屋は博物館として、また庭園および温室も、一般に公開されている[101]。また、馬車庫は講堂になっており、企業の行事や結婚式などに使われている[102]。スタン・ハイウェット・ホール・アンド・ガーデンズは、1975年国家歴史登録財[37]、また1981年には国定歴史建造物[103]、それぞれ登録された。

演技芸術

E・J・トーマス演技芸術ホール

E・J・トーマス演技芸術ホールはアクロン大学のキャンパス内に立地している。このホールは1973年にアクロン大学と地元有志によって建てられたもので、同学の学生および教職員が利用するほか、地元オーケストラのアクロン交響楽団の本拠地にもなっている。このホールは3階層に分かれて配置された2,955席を有し、年間集客数40万人を数える[104]

ダウンタウンのチャーチ・ストリートとメイン・ストリートの突き当たりにはアクロン・シビック・シアターが立地している。この劇場は1929年にマーカス・ロウによって建てられ、当初はロウズ・シアターと呼ばれた。2001年6月から翌2002年11月にかけては、老朽化した施設の全面的な改修が行われた[105]。アクロン・シビック・シアターは、1973年に国家歴史登録財に登録された[37]

また、アクロン・シビック・シアターの南西に隣接する第3閘門公園には野外劇場があり、メモリアル・デーからレイバー・デーまでの夏季期間中、80以上のコンサートなどのイベントが行われる[105]

イベント

毎年大晦日の夜には、第3閘門公園東側のメイン・ストリートを主会場に、アクロン美術館、シビック・シアター、公立図書館本館、ジョン・S・ナイト・センター(コンベンションセンター)、サミット・アートスペース、グレイストーン・ホール、およびジオン・ルーテル教会など、ダウンタウンの各所を副会場として、ファースト・ナイト・アクロンという年越しイベントが行われる。主会場および各副会場ではコンサートや映画の放映、その他演技芸術の公演などが行われる。そしてイベントの最後、1月1日の午前0時になると花火が打ち上げられる[106]

食文化

フェルディナンド・シューマッハー

現代アメリカ合衆国の食文化を代表するもののいくつかはアクロンで生まれた。1851年ドイツからアクロンに移入したフェルディナンド・シューマッハーは、この地で雑貨屋を始めたが、その商品のうちの1つであるオーツ麦だけはどうしても売れ行きを伸ばすことができなかった。というのも、当時のこの地においては、オーツ麦は人間の食糧としてではなく、家畜の餌として栽培されていたに過ぎなかったからであった。そこでシューマッハーは1854年、オーツ麦を砕いて、1オンス(28g)の正方形に成形した。これがオートミール、ひいてはシリアル食品の誕生であった。こうして食べやすくしたオーツ麦は瞬く間に広がり、1856年には工場を買収して大量生産を始め、南北戦争時には北軍の食糧にもなり、オーツ麦の需要は膨れ上がった。終戦後、シューマッハーの更なる研究によってオーツ麦のフレークも生みだされ、全米でヒット商品になった。やがてシューマッハーは、クエーカーオーツカンパニーの前身の1つであるアメリカン・シリアル・カンパニーの初代社長に就任した[107]

諸説紛々ではあるものの、ハンバーガー発祥の地の1つに挙げられているのがアクロンである[108][109][110]1885年、チャールズとフランクのメンチズ兄弟は、ニューヨーク州西端のエリー郡バッファロー南郊のハンバーグ村で開かれたエリー・カウンティ・フェアでソーセージパティをはさんだサンドイッチを調理・販売していたところ、ソーセージパティが足りなくなり、しかし地元の精肉店でも豚挽肉を調達できなくなって、仕方なく、当時は格が下がるとされた牛挽肉を使い、味を調えるためにコーヒーの粉末やブラウン・シュガーを入れたパティを焼き、はさんで出したところ、これが好評となった。フランクが客から料理名を尋ねられた時に、見上げたバナーに記されていたハンバーグという村の名から、とっさに「ハンバーガー」と答えた。これがハンバーガーの始まりだとしているのがアクロン説である[108][109][111]。このことから、アクロンでは毎年8月中旬に、第3閘門公園で全米ハンバーガー祭が開かれる。毎年2万人以上が来場するこのイベントでは、出店したハンバーガー店が腕を競い合うほか、10分の制限時間内にどれだけハンバーガーを食べられるかを競うハンバーガー大食いコンテスト[112]ケチャップで満たされたビニールプールの中からハンバーガーを口のみでつかみ取りするボビング・フォー・バーガーズ[113]、ハンバーガー・フェスティバル・クイーン・ページェントというミス・コンテスト[114]などのコンテストや、コンサートが行われる[115]

スポーツ

キャナル・パーク

アクロンには北米4大プロスポーツリーグのチームは置かれていないものの、その下部のチームは置かれている。野球アクロン・ラバーダックスクリーブランド・インディアンス傘下のAA級マイナーリーグチームであり、イースタンリーグ西地区に所属している。ラバーダックスはダウンタウンに立地するキャナル・パークを本拠地としている。

市の南端に立地するファイアストン・カントリークラブでは、毎年プロゴルフブリヂストン招待選手権が開かれる。1999年より、この大会は世界ゴルフ選手権の1つとなっている。

そして、アクロンはソープボックスの競技会、オール・アメリカン・ソープボックス・ダービーの開催地でもある。この大会は1934年デイトンで始まったが、翌1935年、ソープボックスのレースに適した、起伏に富む地形を理由にアクロンに移った。アクロンでの最初の大会は公道で行われたが、翌1936年、アクロン・フルトン国際空港に隣接する地に、ダービー・ダウンズという恒久的な会場が造られ、以後の大会はそこで行われている[116]

公園とレクリエーション

第3閘門公園

ダウンタウンに立地する第3閘門公園は、その名が示す通り、オハイオ・アンド・エリー運河の第3閘門跡の周辺に整備された公園である。この公園は2001年、当時の市長ドナルド・プラスケリックが設置を計画し、メイン・ストリート沿いに建ち並んでいた、荒廃した建物を市当局が取り壊してその跡地を整備し、2003年に開園した。同園は前述のファースト・ナイト・アクロンや独立記念日の花火をはじめ、野外劇場でのコンサートなど、様々なイベントの会場になっている。また、冬季には園内に屋外スケートリンクも設けられる[117][118][119]

また、オハイオ・アンド・エリー運河沿いには、クリーブランドからカヤホガバレー国立公園、アクロン、マシロンを通ってニューフィラデルフィアに至る、カヤホガ・サミット・スタークタスカラワスの4郡にまたがる、全長163kmの遊歩道/自転車道が設けられている[120][121]

ダウンタウンから州道59号線を隔てたすぐ西側にはアクロン動物園が立地している。同園は1900年に市の創設者の1人であるサイモン・パーキンスの子孫、ジョージ・パーキンスおよびアン・パーキンスが寄付した79エーカー(320,000m2)の土地で、寄贈された2匹のヒグマを飼育したことに始まった。やがて同園は時代が下るにつれて敷地を広げ、サルジャガーワシレッサーパンダスマトラトラライオンフンボルトペンギンユキヒョウコモドオオトカゲガラパゴスゾウガメハイイログマといった具合に飼育する動物の種を増やし、「トラの谷」、「野生の伝説」、「コモド王国」といったテーマ化を進めていった。また、園内にはクラゲタコなどを飼育する、「礁への旅」と名付けられた水族館や、地元オハイオ州の花木を植えた庭園もある[122]

市の北西部に広がるサンド・ラン・メトロ公園の西隣には、104エーカー(420,000m2)のF・A・セイバーリング自然王国が立地している。グッドイヤーの創業者で、土地の寄贈者であるセイバーリングの名を冠したこの自然公園内には、地元の動植物に関する事物を展示するビジターセンターがあり、庭園や3本の遊歩道が整備されている[123]

人口動態

都市圏人口

アクロンの都市圏を形成する各郡の人口は以下の通りである(2010年国勢調査)[2]クリーブランド・アクロン・カントン広域都市圏全体の人口については、クリーブランド (オハイオ州)#都市圏人口を参照のこと。

アクロン都市圏
人口
サミット郡 オハイオ州 541,781人
ポーテージ郡 オハイオ州 161,419人
合計 703,200人

市域人口推移

以下にアクロン市における1840年から2010年までの人口推移を表およびグラフでそれぞれ示す[124]

統計年 人口
1840年 1,664人
1850年 3,266人
1860年 3,477人
1870年 10,006人
1880年 16,512人
1890年 27,601人
1900年 42,728人
1910年 69,067人
1920年 208,435人
1930年 255,040人
1940年 244,791人
1950年 274,605人
1960年 290,351人
1970年 275,425人
1980年 237,177人
1990年 223,019人
2000年 217,074人
2010年 199,110人

姉妹都市

姉妹都市のケムニッツが記された道標

アクロンは以下2都市と姉妹都市提携を結んでいる[125]

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推奨文献

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外部リンク

座標: 北緯41度04分23秒 西経81度31分04秒 / 北緯41.073155度 西経81.517900度 / 41.073155; -81.517900