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「地震予知」の版間の差分

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'''地震予知'''(じしんよち)とは、被害をもたらしうる[[地震]]の発生を[[予知]]すること。震源断層おける[[地震波]]の発生開始より前に知ることを指し、地震の発生後に行われる[[緊急地震速報]]などは含めない。
'''地震予知'''(じしんよち)とは、[[地震]]の発生を予知ることである「地予知」という語は、広範はいわゆ[[予知]]」を含んで言うが、学術的には[[科学的方法]]により地震の時期・場所・規模の3要素を論理立てて「予測」することを指す<ref>「[http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E5%9C%B0%E9%9C%87%E4%BA%88%E7%9F%A5&dtype=0&pagenum=1&index=08005400 地震予知]」、Yahoo!百科事典(大辞泉)、2013年9月11日閲覧</ref><ref name="CCEP1102"/>。[[震源]]における断層破壊の発生後に行われる[[緊急地震速報]]などの[[地震警報システム]]は含めない<ref name="ssjnl1305"/>。なお、この従来の定義を「地震予測」とし、[[警報]]に繋がるような[[決定論]]的な予測のみを「地震予知」として区別する定義もある<ref name="Yamaoka09"/><ref name="CCEP1102"/>


[[日本]]では、[[東海地震]]に限って24時間体制で行われている[[プレスリップ]]の検出に基づく地震予知の体制が整備されているが、確実ではなく、予知できない可能性もあるとされている。また、東海地震以外の地震は、前兆現象の検出方法や予知情報が発表された時の行動が確立されておらず、予知は不可能と考えておくべきとされている<ref name="ssjfaq2-1">[[#ssjfaq|日本地震学会]]、「FAQ 2-3. 地震予知の信頼性」「2-15. 東海地震以外の地震の予知の可能性」、2013年9月7日閲覧</ref>。
== 概説 ==
人類は、地震による被害を軽減するため、建築物の強化など揺れ自体に耐えるための対策を行ってきた一方で、地震の発生時期や場所などを予見することで被害を防ごうとも試みてきた。


== 「地震予知」の定義 ==
だが様々な試みがあるものの、日時・場所を特定したものには成功していない。天変地異や災いを予見することと同様に、数千年前より試みられていることであるが、現在に至っても一般には、地震の発生を事前に日時・場所を特定して「正確に」予知することは困難とされている。
=== 従来の定義 ===
従来、地震がいつどこでどれくらいの大きさで起こるか、つまり発生時期・発生場所・規模の3つの要素を地震が発生する前に予め示すことを、地震予知といっていた<ref name="ssjfaq2-1">[[#ssjfaq|日本地震学会]]、「FAQ 2-1. 地震予知とは」、2013年9月7日閲覧</ref>。また、地震予知の中の長期予測に限って「地震予測」と呼び分ける例もあれば、「地震予知」と「地震予測」を同義で用いる例も珍しくなく、研究者の間でも用語の混乱が見られた<ref name="ssjnl1305">地震予知検討委員会「[http://www.zisin.jp/modules/pico/index.php?content_id=2708 「地震予知の科学」に関するアンケート結果報告 その2]」、日本地震学会「日本地震学会ニュースレター」、25巻、1号、2013年5月</ref>。


そもそも、この定義による「地震予知」は予測期間の短いものも長いものも含まれ、情報の活かし方が異なるため齟齬が生じていた。そのため、予測期間により区分する場合があった。予知の情報を入手したら応急的な被害回避の対応を取るようなもの、例えば「何日後に地震が起こる」「X月X日に地震が起こる」というように狭い範囲(概ね地震の数か月前以内)で日時を指定するものを「'''短期予知'''」、日本政府の[[地震調査研究推進本部]]が示す「30年以内にN%の確率で地震が起こる」のように長期的で、建築物の耐震化などの恒久的な対応に資するものを「'''長期予測'''」または「長期予知」とする区分が比較的よく使用されていたほか、短期予知のうち地震発生の2-3日前程度以内に予知を行うものを「'''直前予知'''」としてさらに区別することもあった<ref name="ssjfaq2-1"/><ref name="地震予知と社会">[[#Kaminuma|『地震予知と社会』]]、&sect;2,3</ref><ref name="Ayabe04">[[#Ayabe|綾部、2004年]]</ref><ref name="ssjplan12"/>。そのほかにも、別の基準から「長期予知」「中期予知」「短期予知」の3区分や「長期予知」「中期予知」「直前予知」の3区分とする例もあり、専門家の間でも統一されていなかった<ref>長尾年恭「地震活動を予測する -地震研究最前線 [http://jishin-info.jp/column-02/column-02b.shtml 2 長期・中期・短期予知とは]」、大地震に備える(仙台放送)、2013年9月11日閲覧</ref><ref>[[#地震予知の科学|『地震予知の科学』]]、&sect;1</ref><ref>「[http://www.seis.nagoya-u.ac.jp/yamaoka/jishin-yochi/chou-chuu-tan.html 「地震予知の科学」ダイジェスト 「長期」「中期」「直前」と分類するとわかりやすい。]」、Making of 「地震予知の科学」(名古屋大学地震火山研究センター 山岡耕春のページ)、2013年9月11日閲覧</ref>。
一言で「地震予知」と言っても、言及する内容についてさまざまな範囲や形式が考えられる。様々なものがありうるので地震学会などでは、地震予知を便宜的に「短期予知」と「長期予知」に分類することがある。


=== 新しい定義 ===
どのような情報をあらかじめ提供した場合に予知が当たったとしてよいのか、ということに関して明確な定義は学術的にもされておらず基準は曖昧である。ただし、[[天気予報]]の考え方を用いれば、一般的な「予知」の基準を導くことができる。天気予報では、例えば「東京地方の明日は、晴れのちくもり、夕方から雨でしょう。」というように<u>時間</u>と<u>場所</u>を示し、災害の恐れのあるようなものでは「台風○○号は…(中略)…、中心の気圧は955ヘクトパスカル、中心付近の最大風速は55メートルで…」というようにその<u>規模</u>を示す。これを準用すれば、「地震直前の避難行動」に役立つような正確な地震予知を出すとすれば、それは、時間的な範囲('''いつ''')や空間的な範囲('''どこで''')をある程度区切り、地震の'''規模'''を明示する必要がある、と考えられる。ただし、その範囲が過度に大きいと情報としての意味がない。例えば、「日本のどこかで」というのは広すぎて対策が難しいし、「今後1年以内」といった長期間では現実的に対策が難しい。また、「マグニチュード4程度の地震」といった被害が少ない地震の予知は効果が薄いため効率が良くない<ref name="jmafaq">[http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/faq/faq24.html 気象庁 よくある質問集 地震予知について] 気象庁</ref>。<ref>[[竹内均]]は「地震の話」で、「“明日、東京で地震が起きる”これは的中する。微小地震はしょっちゅう起きている。“東京に大地震が起きる”これも的中する。100年以内に東京で大地震が起きるのはほぼ確実」と述べ、この3要素が揃わない予知は「少なくとも“あなたはいずれ死ぬ”と言っているのと同じ」と指摘した。つまり、規模や日時の特定されない情報は予報としては無意味、ということを述べた。</ref>
{| class="wikitable" style="float:right;font-size:90%; margin:0 0.3em 0.5em 0.5em"
|+ IASPEIと日本地震学会の定義の違い
|-
|
|警報につながる確度の高いもの
|確率で表現され日常的に公表可能なもの
|-
!IASPEI
|"deterministic prediction"<br/>(決定論的予知)
|"probabilistic forecast"<br/>(確率論的予測)
|-
!rowspan="2"|日本地震学会
|style="border-right:hidden"|
|地震予測
|-
|地震予知
|style="border-top:hidden"|
|}


しかし、[[2008年]]のイタリア・[[ラクイラ地震]]の予知をめぐる騒動を受けて翌[[2009年]]に開かれた[[国際地震学及び地球内部物理学協会|IASPEI]]の「市民保護のための国際地震予測に関する検討委員会」の勧告において、従来「地震予知」と呼ばれていたものは2種類に区分できる事が明確に示された。2区分とは"deterministic prediction"(直訳:[[決定論]]的予知)と"probabilistic forecast"(直訳:[[確率論]]的予測)である。[[日本地震学会]]によれば、前者は「[[警報]]につながる確度の高いもの」、後者は「[[確率]]で表現され日常的に公表可能なもの」であると同時に、従来の定義での「地震予知」は後者には当てはまらない。つまり、「警報につながるほど確度の高い決定論的なもの」だけが厳密な意味での「地震予知」と定義されるとともに、従来「地震予知」に含められていた長期的な予測は「地震予測」に分離された<ref name="Yamaoka09">山岡耕春「{{PDFLink|[http://www.seis.nagoya-u.ac.jp/yamaoka/iweb/NU-site/LAquila_files/Ex_Sum_japanese.pdf 実用的な地震予測:利用に向けた知見とガイドラインの状況 市民保護のための国際地震予測に関する検討委員会]}}」(報告書日本語訳)、名古屋大学地震火山研究センター、2009年10月2日付、2013年9月9日閲覧。委員会参加者本人のページに掲載。参考:[http://www.seis.nagoya-u.ac.jp/yamaoka/yamaoka-j.html 著者ページ], [http://www.seis.nagoya-u.ac.jp/yamaoka/iweb/NU-site/LAquila.html 会議概要]</ref><ref name="CCEP1102">「{{PDFLink|[http://cais.gsi.go.jp/YOCHIREN/report/kaihou85/12_05.pdf 12-5 イタリアで開催された地震予測に関する国際委員会の勧告について]}}」、地震予知連絡会『会報』、85巻、2011年2月、2013年9月9日閲覧</ref><ref name="ssjplan12">「{{PDFLink|[http://www.zisin.jp/pdf/SSJplan2012.pdf 『日本地震学会の改革に向けて:行動計画 2012』の概要]}}」、日本地震学会、2012年10月11日付、2013年9月9日閲覧</ref>。
;できていない短期予知
このように「何月何日の何時に、何処でどれだけの規模の地震が発生する」といった範囲・形式での予知(短期予知)を、科学的な手段による根拠を提示して行うことは、少なくとも'''現時点ではなされていない'''。


その後も従来の定義は用いられていたが、2011年の[[東北地方太平洋沖地震]]の予見ができなかったことに対する反省を契機として、[[2012年]]秋に日本地震学会は用語の見直しを定めた。その際、勧告当初の発表から変更があり、「地震予測」は"forecast"に対する訳語ではなく、"prediction"と"forecast"を総称する語として定義された。つまり、決定論的予知が「地震予知」、決定論的予知と確率論的予測の総称が「'''地震予測'''」と定義された<ref name="ssjfaq2-1"/><ref name="地震予知と社会"/><ref name="Ayabe04"/><ref name="ssjplan12"/>。
;「長期予知」(確率的推定)
他方で、大地震においては毎回ほぼ同じ領域が震源域となり([[固有地震]]説)、地球規模の地殻変動による変位量は長期的に一定である([[プレートテクトニクス]])という考え方をもとにして、該当地域の断層の存在がある程度明らかになっている場合は、変位量や地層年代、それらの広がりや過去の活動履歴を用いて、その断層が活動した場合の活動範囲と規模、および'''長期的な発生確率'''を推定する手法(いわゆる「長期予知」)は行われている。


=== 注意点:情報の適切さ ===
[[日本地震学会]]では、「長期予知」については高い精度で推定できるとし、地震<u>発生直前</u>に正確に日時・場所を特定して予知する短期予知は難しい、との見解が主流となっている。
地震予知(新しい定義における地震予測)を考えるにあたって注意すべきとされることがある。それは、予知の3要素の適切さである。発生時間・発生場所・規模のうちいずれか1つでも曖昧に示されていると、地震予知として生かしづらい情報になってしまうことがある。例えば、「日本のどこかで」「今後1年以内」といった広範囲や長期間では現実的に対策が難しいし、「明日、東京で地震が起きる」「東京に大地震が起きる」というように3要素の1つでも欠けると予知の範囲が無制限に広がってしまう<ref group="注">[[竹内均]]は『地震の話』の中で、「明日、東京で地震が起きる」「東京に大地震が起きる」という例を挙げ、いずれも的中するとした。微小地震はしょっちゅう起きているし、歴史地震の記録から見ても東京では概ね100年以内に大地震が起きるのはほぼ確実だからである。また、こうした予知は「少なくとも“あなたはいずれ死ぬ”と言っているのと同じ」、つまり規模や日時の特定されない情報は予報としては無意味、といも述べている。</ref>。また、規模に関してはたとえ明確であっても、被害をもたらさないような小さな規模では意味がない<ref name="ssjfaq2-1"/><ref name="地震予知と社会"/><ref name="Ayabe04"/><ref>竹内均『地震の話』、主婦之友社、1950年</ref>。


このほか、特に[[ウェブページ]]や[[雑誌]]など巷に溢れている「地震予知」情報に対しては、「予知」の根拠となるデータの観測期間が十分にあるか、「予知」の根拠として地震と異常現象の関連を説明する仮説が立てられており、その仮説は一般的な科学の法則に従っているか、仮説やそれに基づく「予知」は第三者により検証可能か、また基本的事項として問合せ先が明示されているかなど、客観的に十分な検討をすることが推奨されている<ref>[[#ssjfaq|日本地震学会]]、「FAQ 2-10. Web・雑誌による地震予知情報の信頼性」、2013年9月11日閲覧</ref>。
[[文部科学省]]の特別機関である[[地震調査研究推進本部]]では、「長期予報」のほうの、日本のプレート沈み込み帯や活断層で起きうる地震について、その範囲・規模・発生確率の評価を行い主要なものを公表している<ref>[http://www.jishin.go.jp/main/p_hyoka02.htm 地震発生可能性の長期評価] 地震調査研究推進本部</ref>。


== 地震予知研究と地震予知政策の歴史 ==
こうした確率的長期評価に対する評価は様々である。東京大学の学者などは自らも関わってきた地震予知研究を「地震学の発展」と肯定的に評価する<ref>[[日本地震学会]]地震予知検討委員会編『地震予知の科学』、東京大学出版会、2007年</ref>。だが否定的な見解もあり、「確率の大小が地震防災の優先度を左右してしまう」と確率を根拠にした優先度決定に対する批判も存在する。また「確率の高い地域では危機意識の高まりにつながる一方で、低い地域では安心につながる場合があり、想定されていない断層で大地震が発生する場合もあるのだから、確率が低いからといって安心できるわけではない」といった指摘や「いつどこで大地震が起きてもおかしくない」という警鐘も繰り返されている。
=== 日本 ===
==== 黎明期 ====
19世紀後半に始まった近代[[地震学]]の中で起きた地震予知に関する著名な出来事の最古のものとして、[[今村明恒]]と[[大森房吉]]による「関東大地震論争」が挙げられる。これは、1905年(明治38年)に雑誌『[[太陽 (博文館)|太陽]]』に掲載された今村の論文が当初の趣旨とは異なる形で『[[二六新報|東京二六新報]]』に取り上げられて騒ぎとなり、社会の混乱を恐れた大森がこれを取り消すよう指示、その後も似たような騒動が続発したことから大森は今村の説を度々批判し、両名が対立するようになったものである。今村の当初の論文は、関東における[[慶安]]・[[元禄]]・[[安政]]の3つの大地震から発生間隔を平均100年として、今後50年間の間に次の大地震に襲われることを覚悟しなければならない、もし震災が起きれば東京で10 - 20万人の死者が出るだろうと前置きした上で、[[石油]][[ランプ (照明器具)|ランプ]]の廃止など震災軽減策を詳しく説いたものであったが、新聞では次の大地震の可能性だけがピックアップされてしまった。後の1923年(大正12年)に[[関東地震|大正関東地震]]([[関東大震災]])が起きた際、海外出張中であった大森は帰国の途で「予想より60年早かった」と話したと伝えられている<ref name="Rikitake01-3,7">[[#Rikitake01|力武、2001年]]、&sect;3, &sect;7</ref>。


その後、戦時下に入った日本では地震学の研究そのものが下火となる。なお終戦後初期の出来事として、1946-47年頃に中央気象台(現[[気象庁]])が地震予知の名目で[[地電流]]観測所の新設計画を出すなどして概算要求したものの、予算が多すぎるとした却下されていたことが、後の調査により分かっている([[連合国軍最高司令官総司令部|GHQ]]の指示により行われた日本の地震学の実情調査の報告書に記録されていた)<ref name="Rikitake01-3,7"/>。
=== 地震予知の種類 ===
地震予知の手法にはいくつかの種類があり、分類することができる。地震学者や行政が公式に認め取り組んでいるのは、ほとんどが[[地震学]]・[[測地学]]的な見地からの地震予知であるが、「短期予知」ではまったく成果を出していない。なお、一部の研究者は従来の地震学・測地学的手法とは異なる観測方法を用いた地震予知を研究している。
これらのほかに、地震前に広く見られると言われている種々の前兆現象([[宏観異常現象]])を予知に用いる研究をする人もいるが、地震学者からはほとんど認められていない。気象庁なども、宏観異常現象や地震雲を完全に否定しているわけではなく、可能性に含みを残しているが、科学的理解の水準が低いこと、その効率などから現状では否定している<ref name="jmafaq"/><ref>[http://wwwsoc.nii.ac.jp/ssj/FAQ/FAQ2.html FAQ・地震予知] 日本地震学会</ref>。


一方、この頃世間では近い時期に地震が発生するという噂(地震説)が広まり、当時の不安定な社会情勢もあって社会不安を引き起こした。1947年、地理調査所(現[[国土地理院]])の山口生知は神奈川県三浦半島・[[油壺]]で30cmもの隆起があったことを報告し、これが関東地震説として広まった。また同年、京都大学教授の佐々憲三は滋賀県[[逢坂山]]で[[傾斜計]]・[[歪計]]の著しい変動を観測したことから大地震の可能性を考慮して防災対策を強化するよう京都府警察部長に進言し、これが漏れて関西地震説として広まった。翌1948年には、気象研究所の井上宇胤が地震予知研究連絡委員会の会合の中で、1つ大地震が起こるとその次の大地震の場所は時間-距離グラフにより推定されるとの仮説を発表したが、これに[[萩原尊禮]]が次の地震はどこか?とからかい半分に聞いたところ、次は[[福井]]と[[秩父]]であると返答した。しかし、偶然にも2週間後に[[福井地震]]が発生、これが報道されて次は秩父に大地震が起こるという秩父地震説が広まって秩父では疎開者も出る騒動となった。翌1949年には、東北大学教授の中村左衛門太郎が[[地磁気]][[伏角]]計データの異常変化から同年3-4月頃に[[新潟市]]方面で大地震の可能性があると新聞記者に語り、これが新潟地震説として広まった。これらの地震説は検証が不十分なまま発された社会的信用のある専門家の言葉が元になっており、予知に類する情報の発信方法に課題を残す結果となった<ref name="Rikitake01-3,7"/>。
* '''地震学・測地学的観点からの予知''' - 地質構造・断層などを、従来の[[地震学]]・[[測地学]]の視点から分析する地震予知。力学的なパラメータ(地面の変位、ひずみなど)の異常を地震の前兆とする考え方。日本においては、政府や東京大学を中心とした地震学界の地震予知活動はこの手法に重点を置いたものとなっている。 
** [[応力]]変化・地盤変位などによる予知 - 主に[[プレスリップ]](前兆すべり)を検知し、大規模な地震の発生を予知する方法。[[東海地震]]の直前予知はこの手法を用いている
** [[前震]]の観測 - [[兵庫県南部地震]]などの過去の大地震において、事後に前震と考えられる地震を発見した例がある<ref>{{PDFlink|[http://cais.gsi.go.jp/KAIHOU/report/kaihou54/07-19.pdf 兵庫県南部地震の前震波形の特異性について] 京都大学防災研究所 地震予知研究センター}}</ref>。ただ、前震から本震までの間に発見して予知を行う手法はまだ確立されていない。
** 断層調査 - トレンチ調査や航空写真の解析などから、断層の活動履歴を求め、[[確率論]]的に発生の可能性を導き出すもの。長期的な地震発生確率を算出する手法として、文献調査と並びもっとも一般的な方法である([[#地学的手法による地震予知]])。


==== 政策化期 ====
* '''歴史的観点・周期性からの予知''' - [[今村明恒]]・[[東京帝国大学]]地震学教授は、地震の周期性から[[関東地震]]と[[東南海地震]]・[[南海地震]]の長期予知を行った。類似するものとして[[川角広]]の「[[南関東地震活動期説|南関東大地震69年周説]]」がある<ref>規模・発生場所を考慮せずの[[フーリエ変換|フーリエ解析]]の結果である。</ref>。元・東北大学地震・噴火予知研究観測センター教授の五十嵐丈二はソネット理論([[フラクタル]]理論)を用いて[[東海地震]]の予知を試みたが、成功には至らなかった。
戦後の経済回復に伴い、1960年頃から地震予知の本格的な研究を行おうという機運が高まった。1961年4月に萩原尊禮、[[坪井忠二]]、[[和達清夫]]の3名による「地震予知計画研究グループ」が発足、萩原の主導により検討が進められ、1962年に「地震予知―現状とその推進計画」とする報告書を発表した。この報告書は通称「ブループリント」と呼ばれ、具体的な成果の見通しを織り交ぜつつ、10年単位での観測研究を通して地震予知実用化のための基礎データを蓄積することを提言するもので、関係機関に広く配布され、その後の地震予知研究や政策に大きな影響力を持っている。「10年間に100億円を投入すれば地震予知が可能になる」と報道されたが、実際には、10年間かけて観測網を整備すれば地震予知の可否が判断できるだろうという趣旨であった。しかし現在では、報告書の内容には誤りや見通しの甘い部分もあったとされ、賛否が分かれている。なお英訳もされており、日本国外でも反響があったと伝えられている<ref name="Rikitake01-3,7"/><ref>「資料 {{PDFLink|[http://www-solid.eps.s.u-tokyo.ac.jp/~ssj2012/Blueprint.pdf ブループリント(地震予知 現状とその推進計画)]}}」、[http://www-solid.eps.s.u-tokyo.ac.jp/~ssj2012/ 日本地震学会2012年秋季大会特別シンポジウム 「ブループリント」50周年―地震研究の歩みと今後]、日本地震学会、2012年10月19日付、2013年9月13日閲覧</ref>。
* '''長期評価からの予知''' - [[2011年]][[6月9日]]、[[地震調査研究推進本部]]の[[地震調査委員会]]は過去に発生したことのない規模の[[東北地方太平洋沖地震]]を踏まえ、それ以前の長期評価方法は観測記録、歴史資料や地形・地質学的調査の成果に基づき、同じ領域で同等の規模の地震が繰り返し発生するという考え方であったが、海溝型地震の長期評価の高精度化を目指し次の事項も活用した長期評価方法へと見直しや示し方を検討すると発表した<ref>{{Cite web|date=2011-06-09|url=http://www.jishin.go.jp/main/chousa/11jun_chouki/taiou.pdf|title=東北地方太平洋沖地震に伴う長期評価に関する対応について|format=PDF|publisher=[[地震調査研究推進本部]][[地震調査委員会]]|accessdate=2011-06-10}}</ref><ref>読売新聞2011年6月10日13版37面、および[http://www.asahi.com/science/update/0609/TKY201106090603.html 地震予測の手法見直し 発生例なくても想定 政府調査委]Asahi.com 2011年6月9日</ref>。
** より長期間にわたる地震活動を把握し高精度化のため[[津波]][[堆積物]]調査、海域における活断層調査等の成果をより積極的に活用する。
** [[プレート]]運動における[[ひずみ]]や[[応力]]などを高精度で把握し、海底の地殻変動などの調査観測の結果を積極的に活用する。
** 領域間の相互作用についても考慮した評価を行い領域間で連動する地震を評価対象とする。
** 津波の事例整理にとどまらず、津波高さや浸水域等を評価方法やその示し方について検討する。
** より[[防災]]に活用されるよう、評価の内容や示し方について検討する。
* '''地震学・測地学とは異なる視点から行う地震予知''' - 地学・測地学が見落としている、力学以外の物理化学的パラメータ(ラドン濃度、[[地下水]]位など)など、定量的なデータの変化に着目し、それを地震の前兆とする考え方。関連する学問分野としては主に[[電磁気学]]、[[化学]]([[地球化学]])、[[工学]]([[無線工学]]など)などがある。ただし日本の(東京大学を中心とした)地震学会においてはこれを研究しておらず(盲点)、結果としてこうした情報は日本政府にはほとんど入ってこない。また[[宏観異常現象]]、その他の感覚的に感じられる異常などを前兆と見なす試みも古くからある。
** [[電波]]、[[電磁波]]、[[電気]]、[[磁気]]の変化などによる予知 - 物性の変化などから、地殻の変化を予見し、これから間接的に地震の発生確率を推定するもの。[[#電磁的現象]]を参照。
** 物質の化学的組成の変化による予知 - サンプル中の特定の物質の濃度変化などから、地殻の変化を予見し、これから間接的に地震の発生確率を推定するもの。[[地下水]]脈の[[ラドン]]濃度の変化などが研究されている。[[宏観異常現象#ラドン濃度]]を参照。
** 自然現象・体感などの非定量的現象の変化による予知 -これも上記と同様、地殻の変化を予見し、これから間接的に地震の発生確率を推定するもの。非定量的であることから、比較や検証をすることが難しく、批判にさらされることが多い。[[#宏観異常現象による地震予知]]を参照。


これ以後、学会と行政の両方で動きが始まる。1963年5月、旧[[文部省]]の測地学審議会において同会に地震予知部会を常設することが承認され、行政の立場から地震予知の検討を担った。同年11月7日には以前から検討を行っていた[[日本学術会議]]が政府への勧告「地震予知研究の推進について」を発表し学会の立場から地震予知を推進した。そのような中、翌1964年6月16日に[[新潟地震]]が発生する。この地震では[[新潟市]]を中心に被害をもたらし、建物被害の多さが目立った。この地震が、地震予知の機運を高めることになったとされている。翌月の7月18日には測地学審議会が「地震予知研究計画の実施について」という建議を提出し、これを基に政府内で数年単位の事業計画と予算配分が行われることになる。この建議は地震予知の第1次計画と呼ばれ、1969年の第2次計画からは"研究"の文字が省かれて「地震予知計画の実施について」となった。以降、第7次計画(1998年終了)まで継続される<ref name="Rikitake01-3,7"/>。
; まぐれ当たりと再度予知の失敗
: 日本以外では「地震予知に成功した」という話がまれに広がることがある。たとえば[[1975年]]に[[中国]]で発生した[[海城地震]]で地震予知に成功し多くの人命が救われた、とされる例である。しかし翌[[1976年]]の[[唐山地震]]では、発生する可能性が高まっていることが分かっていたものの決定的な情報がないまま結局予知することができず、約24万人が死亡した。[[ギリシャ]]では地震予知に成功した、とされる例もあるが(ある科学者の独自の警告であり、政府は予知を認めなかった)が、成功例はその1回のみで、同国ではその後も予知できないままにたびたび地震被害に見舞われている。[[アメリカ地質調査所|USGS]]では多数の[[ボアホール歪計]]や[[地震計]]を設置してアメリカパークフィールド地震の予知を目指した経緯があるが、[[2004年]]の地震予知に失敗している。<!--こうした例が示すように、何度も正確に予知できるような地震予知手法は今のところ無い。-->


1965年8月に始まった[[松代群発地震]]により、図らずも日本の地震予知研究の成熟度が試されることとなった。この地震は多くの微小地震が起こることが特徴で、計器がダメージを受けることが少なかったため観測に適しており、国内から多くの専門家が集まって観測が行われることとなった。こうした観測の成果を生かす取り組みとして、翌1966年4月に大学関係者や関連省庁職員により構成される検討会「北信地域地殻活動情報連絡会」が発足し、ここでの見解に基づいて[[気象庁]]が地震情報を発表することとなった。その後、1968年に起きた[[十勝沖地震]]を受けて国内を広く対象とした検討会の設置が求められ、この検討会をモデルとして、1969年4月に[[地震予知連絡会]](予知連)が発足する。予知連は専門家により構成され、国内の大学や関係省庁等から情報提供を受けた上で、学問的立場から地震活動情勢に対処する機関である。1970年には南関東や静岡など国内の計9地域を観測強化地域または特定観測地域に指定して観測強化を進言した(1978年に指定地域は見直された)。一方、1974年に旧[[科学技術庁]]の外部機関として地震予知研究推進連絡会議が発足、地震予知に関する政策立案や省庁間調整、予算面の調整等を担うこととなった。同会議は1976年に地震予知推進本部、1995年7月に[[地震調査研究推進本部]](推本)に改称されている。推本の中核には学識経験者で構成される政策委員会と地震調査委員会が置かれ、後者は日本の地震活動について日本政府の行政的な見解をまとめる役割を担っている<ref name="Rikitake01-3,7"/>。
== 地学的手法による地震予知 ==
地学的な理解の概略としては、地殻にたまった[[エネルギー]]がひずみとして蓄積され、それが数秒~数分という短時間に一気に解放される現象が地震である(もっとも数日から数ヶ月に渡って解放される'''[[スロースリップ]]現象'''なども、広義の地震には含まれる)。そのため、地震学者はまず[[地殻]]や[[断層]]のひずみ(変形)の量、方向などを検証し、蓄積されていると考えられるエネルギーから各断層についてそれぞれのデータを集積し、切迫度や規模などを推測する。


==== 研究の進捗と大震災 ====
この各種のデータや知見の精度を向上させることによって、既知の断層に関してはその切迫度(地震発生が近いかどうか)や、活動した際に解放され得るエネルギーを推測することは可能であり、断層が活動した際(地震が発生した際)の脅威度の比較や被害の算定、対策などに繋げていくことができる。
国策としての地震予知研究は「地震予知計画の実施について」に基づいて進められるものの、地震予知の実用化に向けた進展は芳しくなかった。当初の目安であった10年が経過した1976年の第3次計画見直し建議では、「地震予知研究は急速に進められつつあるが、客観的、定量的に予知の判断ができる段階には至っていないのが現状である」として、予知の可否を判断できるレベルに到達していないことが報告された。第7次計画(1994年-1998年)の期間中に発生した1995年の[[兵庫県南部地震]]([[阪神・淡路大震災]])は第二次世界大戦後最多の死者(当時)を数えるなど日本の社会に大きな影響をもたらした一方で、予知は成功しなかった。これにより地震予知研究や政策に対する批判が高まり、見直しが行われることとなった。同年4月の第7次計画見直し建議では、「多くの重要な課題が残されており実用的な予知の一般的な手法は未だ完成していない」として、予知の手法が確立されていないことが報告された<ref name="Rikitake01-3,7"/><ref name="eritrev97">「[http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/predict/ 地震予知計画の実施状況等のレビューについて]」、東京大学地震研究所、2013年9月21日閲覧</ref>。


1997年6月にはこれまでの研究成果とその評価をまとめた「地震予知計画の実施状況等のレビューについて」が発表される。この報告書では、計画に基づいた研究によって地震の繰り返しサイクルや発生場の解明が進んで学術的成果を上げたほか、基本的な観測体制の整備が進んでおり、防災にも生かすことができる([[地震危険度]]など)として肯定的に評価した。ただし、研究の方向は、実践的な地震予知を試みるものと「予知のため」と銘打った基礎研究に分かれており、前者が困難であるという認識が広がるにつれて後者の割合が増大していったうえ、研究が予知にどのように結びつくのかが明示されなかったとしている。また、地震予知に対する社会的要請は高い半面、社会の「地震予知」に対する認識と実際の研究との間には大きなギャップがあるとも述べた。一方、地震予知の実用化については、その糸口になる可能性のある成果はいくつか挙がっているものの、実用化の目途はいまだ立たず、地震予知の実用化が「極めて困難な課題である」ことが示された。これにより1998年からは、方針と名称を変えた「地震予知のための新たな観測研究計画」に基づくこととなった<ref name="Rikitake01-3,7"/><ref name="eritrev97"/>。
ただし、特定の断層にたまったエネルギー量がいつ地震を起こすほどになるかを判定することは容易ではない。地震は岩石の破壊によって生じる現象であるが、そもそも破壊は偶然に依存することが関係している。地震エネルギーの蓄積を弓の弦の張りに例えるなら、「弓の弦がどの程度張っているか」、つまりどの程度地震エネルギーが蓄積しているかを推測することは、既知の観測体制の整った断層に対しては、現時点でもある程度は可能である。一方、「張り詰めた弦がいつ切れるのか」、つまり特定の地殻や断層に蓄積されたエネルギーが実際にいつ解放され地震を起こすかを判定することは容易ではない。「地震予知」にはこのような偶然性の困難があることを地震学者も認める。


=== 世界 ===
地震動が発生する[[確率]]を空間的・時間的に推定したものは既に存在する。地震調査研究本部の作成した「確率論的地震動予測地図の試作版(地域限定-西日本)平成16年3月25日(地震調査研究本部、平成16年3月25日)」(参考「[http://www.jishin.go.jp/main/chousa/06_yosokuchizu/index.htm 「全国を概観した地震動予測地図」報告書]」)では、東海・[[東南海地震|東南海]]・南海などで30年以内に40 - 50%(50年以内なら80%以上)の確率で地震が起こると試算した。これらの地域では長さ数百kmの断層全体が一度に動き、広範囲に被害が及ぶような地震が度々起きたことが判っているが、「次」がいつ起きるのかはわからない。
[[アメリカ合衆国|アメリカ]]では、[[核爆発]]探知を目的とした微小地震観測の研究は最先端であったものの、地震予知については盛んではなかった。1961年の[[池田勇人]]・[[ジョン・F・ケネディ]]による日米首脳会談の際に締結された日米科学協定の一環として地震予知に関するセミナーが企画される(1964年3月に第1回が実施)など、日本から知識が移入されている。その後1964年の[[アラスカ地震]]によりアメリカでも地震予知が活発になる。1970年代に入るとEarthquake Hazards Reduction Program(EHRP、地震災害軽減計画)が開始された。予知のための物理的基礎と予知手法を研究し、地震活動度が高い地域で実施して評価を行うとともに、歴史的・地質学的基礎の観点から大地震の繰り返しの特徴や地震発生確率を正しく認識することを目標に掲げ、以後長期的に実施されている。また、地震災害の多い[[カリフォルニア州]]では独自の計画に基づいた研究も行われている<ref name="Rikitake01-3,7"/>。


旧[[ソビエト連邦|ソ連]]では1950年代後半から研究が盛んになったとされており、中央アジアの[[カザフスタン]]、[[キルギス]]、[[ウズベキスタン]]、[[タジキスタン]]、[[トルクメニスタン]]のほか極東の[[カムチャッカ]]で研究計画が実施された。[[西側諸国]]とは異なる分野の研究が多いことが特徴で、初期は[[地震波]]速度の変化をテーマとした研究が盛んとなり、一時はこの成果が伝わった西側諸国でも地震予知の有力手法と考えられた時期もあった。しかし、理論に誤りがあることが指摘されるようになってこの研究は下火となった。変わって[[ラドン]]濃度や地電流の変化の研究が活発となり、複数の研究計画が実施された<ref name="Rikitake01-3,7"/>。
時期を特定した地震の予知というものについて日本では、{{仮リンク|茂木清夫|en|Kiyoo Mogi}}([[東京大学]]名誉教授、前[[地震#地震予知連絡会|地震予知連絡会]]会長)が大きく扱い始めた。すなわち、[[1944年]]の[[東南海地震]]の直前に[[静岡県]][[掛川市]]で実施されていた[[水準測量]]で、地震の直前に異常な変動が観測された、とするものである。これがその後、日本政府の見解や世論に影響を及ぼし、「東海地震は予知可能」という考え方が広まった。一方で[[鷺谷威]]([[名古屋大学]]教授)など、その水準測量データや解釈に疑問を持つ科学者も多い。


[[中華人民共和国|中国]]では、少なくとも1960年代後半から大規模な予知計画が実施されており、1970年代まで続いている。1970年代から1980年代にかけては、[[宏観異常現象]]を重視した研究が多かった。1975年には地震の前兆として動物の異常行動を多数取り上げた『地震問答』という本が出版されている<ref name="Rikitake01-3,7"/>。
=== 個別事例 ===

; [[南海地震]]
国際的には、1967年に国際学術会議である[[国際測地学・地球物理学連合]](IUGG)傘下の[[国際地震学及び地球内部物理学協会]](IASPEI)内に国際地震予知委員会(ICEP)が設置されている。ICEPはIUGGやIASPEIの総会の度に地震予知に関するシンポジウムを開き、東側諸国の研究を西側諸国に伝える役割を担った。[[発展途上国]]における予知計画の作成も試みられたが、予算の裏付けが取れずに頓挫している。一方、1976年には[[国際連合教育科学文化機関]](UNESCO)が「地震危険度の策定と軽減に関する政府間会議」を開催し、本格的な検討を始める<ref name="Rikitake01-3,7"/>。
: 例えば、[[南海トラフ]]の沈みこみを原因とする南海地震の場合、断層(トラフ)に近い[[室戸岬]]は[[プレート]]の沈み込みに引きずられて普段から少しずつ沈み続け、地震の折に一気に跳ね上がる。トラフから離れた高知市街では、室戸の沈みこみに対して浮き上がり続け、地震の際に一気に沈下する。

: これらの傾向はこれまで同地で記録された殆どの地震について一定している。それゆえ、沈みこみが鈍化・停止したときは、地震発生が近い可能性がある。南海地震については[[道後温泉]]の水位変化などの記録も蓄積されており、[[地殻変動]]の観測以外にも予知に関する補助的な情報が豊富である。
1983年にはUNESCOとIASPEIが共同で11か国の専門家による討論会を開催、"地震予知憲章"とも呼べるような予知の指針を示した。指針は、予知の内容として、地震発生を場所-期日-マグニチュードに関する確率的[[期待値]]として表現するよう努めるべきこと、予知の評価として、予知を行う者は地震学界の適切な支持を得るべきこと、予知の発表・伝達として、予知の情報を直接マスメディアに伝えることは不必要な混乱を起こす原因になる場合があるため、予知を行う者はその情報を対応する政府機関にまず提供するべきことなどを規定している<ref name="Rikitake01-3,7"/>。
; [[東海地震]]

: また近い将来に発生するとされている東海地震については、日本の行政・研究者が予知の可能性が高いと考え、観測体制・判定会の開催・警戒宣言の発令等の手順が明確にされている。
他方、1980年頃からUNESCOでは国際的な地震予知の実験場を作る計画が持ち上がったがうまく進まず、後に高密度の恒久的観測の方が重要であることが認識されてからは棚上げ状態となっている。この計画で候補に挙がっていた[[トルコ]]の[[北アナトリア断層]]西部では、日本・アメリカ・[[ドイツ]]・[[イギリス]]などが費用を負担して共同研究を行い、成果を挙げている<ref name="Rikitake01-3,7"/>。
: 1978年に地震学者の提言を受けて、国が「[[大規模地震対策特別措置法]]」を制定し、それ以来静岡県周辺で重点的に地震や[[地殻変動]]の観測が実施されている。制定当初から、東海地震は世界で初めて「偶然ではなく狙って予知する」ことができるのではないかとの期待があった。

: 東海地震に関しては、想定震源域の大部分が陸域にあることもあって観測網を整備しやすく、[[プレスリップ]](前兆すべり)を検知しうると考えられている。地震学者の見解としては、プレスリップが観測されれば予知できる可能性があるが、観測されずに地震が発生してしまう場合もあるというのが現在の流れであり、二重の備えが必要であるとされる。
== 地震予知は可能か ==
; {{仮リンク|パークフィールド地震|en|Parkfield earthquake}}
「何月何日の何時に、何処でどれだけの規模の地震が発生する」というような、従来の定義における「短期予知」や「直前予知」、また新しい定義による警報につながるような「地震予知」については、現在の科学技術はそのレベルに到達しておらず、日本地震学会は「現時点で地震予知を行うのは'''非常に困難'''」という見解を発表しているが、将来実現する可能性にも含みを残している<ref>[[#ssjfaq|日本地震学会]]、「FAQ 2-17. 地震学会は、地震予知ができないと認めたのでしょうか?」「FAQ 2-18. 現在の状況として地震予知は 「非常に困難」なのですか?」、2013年9月11日閲覧</ref><ref name="jmafaq">[[#jmafaq|気象庁「地震予知について」]]、2013年9月11日閲覧</ref>。
: アメリカ[[カリフォルニア州]]のパークフィールドでは、約22年周期でM6程度の地震が繰り返し発生している。そこで[[アメリカ地質調査所]]が、1966年の次に発生する地震を予知しようと、ボアホール歪計・傾斜計・地震計などを重点的に配置して監視にあたった。しかし2004年[[9月28日]]のM6.0の地震の前兆現象を検出するには至らず、予知は失敗した。極めて密な観測網と監視体制が敷かれたために、「パークフィールドは地震予知の最後の砦」と表現され(とくにアメリカで出版された地震学の専門書でよく見られた)、この予知に失敗すれば地震予知は不可能とまで言われていた。そのため、2004年の予知失敗は地震学者に衝撃を与えた。

: 東海地震の予知も、パークフィールドでの方法と似通っているため、東海地震の予知も不可能だと指摘されている。
地震予知が困難とされる背景として、前兆を捉えるためには十分な密度と頻度で観測を行わなければならず、得られたデータを迅速に処理するためには多くの予算と専門家を必要とすること、また経験的な事実として前兆の現れ方は地震ごとにかなり異なるため規則性に乏しいと考えられることなどが挙げられる。日本でも、測定器を置いて長期観測を行っていても、大地震が起こって前兆が記録される機会は少なく、大地震の震源域のごく近くで観測が行われていても異常が認められなかったという例は少なくない。また傾向として、前兆として報告された事例の多くが事後調査により判明したもので、事前に報告されるものは少ないという見方もある<ref name="doe9-2">[[#doe|地震の事典]]、&sect;9-2(483-488頁)</ref>。

地震前に広く見られると言われている[[動物]]や[[植物]]などの前兆現象([[宏観異常現象]])を用いた研究もあるが、その多くは科学的な説明が十分でないことから、例えば日本の公的機関である気象庁や日本地震学会はこうした種類の前兆を実用的な地震予知に利用する事は困難だと説明している。1例として[[地震雲]]の場合を挙げると、研究報告の例はあり、無いと断言することは難しいとされるものの、そのメカニズムを十分に説明する仮説はないとされているほか、経験的・統計的な観点からも客観的評価が不十分とされ、十分な検証が必要であるとされている<ref name="jmafaq"/><ref>[[#ssjfaq|日本地震学会]]、「FAQ 2-13. 地震雲」、2013年9月11日閲覧</ref>。

また、仮に地震予知が可能となった場合に、どのように公表していくか、責任の所在をどうするべきかという問題もある<ref name="Yamaoka09"/><ref>山岡耕春「日本沈没の科学 -防災に役立つ? 地球科学の雑学 [http://jishin-info.jp/column-02/column-02b.shtml 10 地震予知と社会側の準備]」、大地震に備える(仙台放送)、2013年9月11日閲覧</ref>。

日本以外では「地震予知に成功した」という話がまれに広がることがある。たとえば[[1975年]]に[[中国]]で発生した[[海城地震]]で地震予知に成功し多くの人命が救われた、とされる例である。しかし翌[[1976年]]の[[唐山地震]]では、発生する可能性が高まっていることが分かっていたものの決定的な情報がないまま結局予知することができず、約24万人が死亡した。[[ギリシャ]]では地震予知に成功した、とされる例もあるが(ある科学者の独自の警告であり、政府は予知を認めなかった)が、成功例はその1回のみで、同国ではその後も予知できないままにたびたび地震被害に見舞われている。[[アメリカ地質調査所|USGS]]では多数の[[ボアホール歪計]]や[[地震計]]を設置してアメリカパークフィールド地震の予知を目指した経緯があるが、[[2004年]]の地震予知に失敗している。<!--こうした例が示すように、何度も正確に予知できるような地震予知手法は今のところ無い。-->

一方、従来の定義における「長期予知」、また新しい定義による「地震予測」のうち、数十年以上の単位で行う確率論的予測('''長期的な発生確率''')は、[[地震危険度]]として実用化されている<ref name="HERP04"/><ref name="doe9-1"/>。ただし、これはあくまで地震の長期的リスクを示したものに過ぎず、警報のような性質は持たない<ref name="Yamaoka09"/>。

== 地震の前兆 ==
{{See also|地震前駆現象}}
地震の前兆の定義は、資料によってその認定範囲が大きく異なる場合がある。IAPSEIが1989-1990年に行った評価では、約20のの前兆とされる事例のうち、大型余震前の余震活動低下、前震([[海城地震]]の研究報告に基づく)、地球化学的前兆([[伊豆大島近海の地震]]の研究報告に基づく)の3つだけが「全幅的に信頼できる前兆」、地殻のひずみ(1923年[[関東地震]]の研究報告に基づく)、大地震に数時間先行した土地傾斜(1944年[[東南海地震]]の研究報告に基づく)、大地震の前の地震活動や地殻活動([[日本海中部地震]]の研究報告に基づく)の3つは「追加的証拠がなければ判定しがたい事例」、それ以外の15事例は「前兆とは認められない事例」と厳しく評価している。一方、力武(1986)、[[#jma-mri90|気象研究所地震火山研究部(1990)]]、防災科学技術研究所(1995)<ref>「{{PDFLink|[http://cais.gsi.go.jp/KAIHOU/report/kaihou53/07-03.pdf 日本の地震の前兆現象]}}」地震予知連絡会『会報』、54巻、1995年8月、2013年9月21日閲覧</ref>などは「前兆とされる事例」として数百の事例を紹介している。こうした違いは前兆をふるい分けしているかどうかに起因するもので、扱う際には注意を要する<ref name="doe9-2"/>。

ここでは参考として、『[[#doe|地震の事典 第2版]]』において「地震の前兆(先行現象, precursor)といわれる現象」として紹介されている事例を示す<ref name="doe9-2"/>。
{| class="wikitable" style="font-size:90%"
|+ 地震の前兆(先行現象)といわれる現象の分類<ref name="doe9-2"/>
|-
!種類!!現象!!現象の<br/>時間規模!!観測方法
|-
|rowspan="4"|[[地殻変動]]||土地の水平歪速度の変化||長期・短期||[[グローバル・ポジショニング・システム|GPS]]、[[光波測距儀|光波測量]]、[[ひずみゲージ|ひずみ計]]、{{仮リンク|伸縮計|en|Extensometer}}など
|-
|土地の傾斜の方向や速度の変化||長期・短期||[[水準測量]]、[[傾斜計]]
|-
|土地の昇降速度の変化||長期・短期||水準測量、傾斜計、GPS、[[験潮儀|検潮]]、[[重力測定]]
|-
|[[地球潮汐]]や[[雨|降雨]]など外部からの擾乱に対する地殻のレスポンス(応答)の変化||長期||伸縮計、傾斜計、[[重力計]]など
|-
|rowspan="3"|[[地震]]活動||地震活動の異常(異常な活発化や静穏化―[[空白域]]、ドーナツパターン形成、活動の移動など)||長期||[[地震計]]
|-
|地震活動の特性の変化([[地震波]]形、[[発震機構]]、[[グーテンベルグ・リヒター則|b値]]など)||長期||地震計
|-
|前震||短期||地震計、体感
|-
|地震波||地震波の速度、減衰、散乱などの変化||長期||地震計
|-
|rowspan="7"|電磁気||[[地磁気]]の異常変化||長期・短期||[[磁力計]]、[[磁気測量]]、[[地磁気変化計]]
|-
|[[地電位]]差、[[地電流]]の異常変化||短期||[[電位差計]]
|-
|地殻の[[電気伝導率]]の変化||長期||[[電気探査]]
|-
|地磁気の短周期変化に対する地殻のレスポンスの変化||長期||{{仮リンク|地磁気地電流法|label=MT法|en|Magnetotellurics}}、[[地磁気深部探査法|GDS法]]
|-
|土地の[[電気抵抗]]の変化||短期||[[比抵抗変化計]]
|-
|[[電磁放射]]||短期||[[受信機|電波受信機]]
|-
|[[電波伝搬]]状態の変化||短期||電波受信機
|-
|rowspan="5"|[[地下水]]など||[[井戸]]の水位変化||短期||[[水位計]]、目視
|-
|[[泉]]の[[湧出量]]の変化||短期||[[流量計]]、目視
|-
|井戸や泉の水温変化||短期||[[温度計]]、体感
|-
|井戸や泉の水質([[におい]]、濁り、成分([[ラドン]]含有量など))変化||短期||[[化学分析]]、目視、嗅覚
|-
|断層ガス(地中ガス)の化学成分||短期||化学分析
|-
|rowspan="3"|その他||[[動物]]の異常行動||短期||目視
|-
|[[地鳴り]]||短期||聴覚
|-
|[[発光]]現象||短期||目視
|}

前兆検出のための観測の中で異常(anomaly)が発見されても、地震に結び付けられるものは少なく、それ以外のほとんどが[[ノイズ]]である。ノイズの中には原因が明らかなものもあるが、不明なものも多いため、前兆かノイズかの判断は難しくなる。また、前兆の出現範囲は、ふつう地震の大きさに関係があると考えられるが、地震の性質や地下構造によっても異なるだろうと考えられている。これらは、地震予知の困難さの一因にもなっている<ref name="doe9-2"/>。

なお、宇津(2001)によれば、日本のように地質構造が複雑な上に気象や海象の変化に富み、かつ社会活動が活発な国は、ノイズが多い傾向があり、大陸に比べると観測環境は厳しいという<ref name="doe9-2"/>。

=== 地震発生過程における前兆の位置付け ===
{{See also|地震発生物理学}}
地震の前兆とされるものには科学的裏付けが不十分な報告も含まれることから、前兆と地震発生との関係(シナリオ)が明らかにされていなければ、科学的な予測とは言えないとする見方がある<ref name="doe9-8">[[#doe|地震の事典]]、&sect;9-8(535-545頁)</ref>。

大中(1992,1998,2000)は[[力学]]的プロセスで区分した地震の発生過程の中で、前兆の位置付けを示した。大地震を力学的不均質場における不安定動的破壊と考えた場合、同一場所での地震の繰り返し過程は以下のようになる<ref name="doe9-8"/>。
#大地震発生直後から始まる断層強度の回復過程とテクトニック応力の増大により、[[リソスフェア]]が[[弾性|弾性的に変形]]し、[[ひずみエネルギー]]が蓄積される過程
#テクトニック応力が高まるにつれて不均質リソスフェアが局所的に非弾性的に変形する過程
#局所領域に変形が集中し破壊核が形成される過程
#動的高速破壊伝搬過程([[本震]]の発生)
#動的高速破壊伝搬過程停止直後の余効的調節過程([[余効変動]]、[[余震]])

この中で3.の破壊核形成の過程は近いうちに本震が発生する可能性が高まっている段階であって、この過程にあることを何らかの方法で検出することができればそれが前兆である。これを監視することにより、短期予知や直前予知の手法が確立されるとした。なお、動的破壊が始まるときの破壊核の大きさを臨界サイズというが、臨界サイズに至るまでの時間とその大きさはその場の地学的な環境に依存する<ref name="doe9-8"/>。

== 種類 ==
「地震予測」<ref group="注">日本地震学会の新しい定義で用いることとする。以下同じ。</ref>には多くの種類があり、学問領域も複数にわたっている。

* [[地質学]]・[[測地学]]領域の研究
** 地盤変位・[[応力]]変化 - 地盤のひずみや傾斜、水平・鉛直方向の変位の観測から、地殻の挙動を推定するもの。手法が確立されているものとして、[[東海地震]]の直前予知の基準に採用されている[[プレスリップ]](前兆すべり)、[[モール・クーロンの破壊規準|クーロンの破壊応力]]変化(ΔCFF)などがある。
** [[前震]]の観測 - 兵庫県南部地震<ref>京都大学防災研究所 地震予知研究センター「{{PDFlink|[http://cais.gsi.go.jp/KAIHOU/report/kaihou54/07-19.pdf 兵庫県南部地震の前震波形の特異性について]}}」、地震予知連絡会『会報』、54巻、7-19、1995年8月、2013年9月9日閲覧</ref>などの過去の地震において、事後に[[前震]]と考えられる地震があったことが報告されている。
** [[地質]]調査 - トレンチ調査による堆積物の分析、隆起・沈降地形の分析、航空写真の解析などから、[[断層]]や[[沈み込み帯]]の活動履歴、津波の発生履歴を求め、[[確率論]]的に発生の可能性を導き出すもの。
* 歴史的観点・統計学領域の研究 - [[歴史地震]]の調査を基本として、地震の周期性から統計的に発生の周期や確率を求めるもの。
* [[電磁気学]]領域の研究 - [[電磁波]]、[[電気]]、[[磁気]]などの変化から、地殻の変化を予見し、これから間接的に地震の発生確率を推定するもの。
* [[地球化学]]・[[水文学]]領域の研究 - 地震に先駆けて[[地下水]]や地下ガスの水位、水圧、温度、組成の変化が観測される例があり、地震の前兆として研究が行われている<ref name="Koizumi97"/>。
* 自然現象・体感など - これも上記と同様、地殻の変化を予見し、これから間接的に地震の発生確率を推定するもの。非定量的であることから、比較や検証をすることが難しく、批判にさらされることが多い。

=== 地質学・測地学 ===
==== 地殻変動 ====
古い記録では、1694年[[能代地震]]において地震の2か月前に埋木が地表に現れたほか半月前に石灯篭が風も無いのに倒れたことが記録されているが、後者は地盤の流動によるものとする指摘もある(今村、1977)。1793年[[西津軽地震]]や1802年[[佐渡地震]]では異常隆起によるものと考えられる海岸線の後退が記録されているが、前者は信憑性に疑問を呈する指摘がある(佐藤、1980)。1872年[[浜田地震]]では、地震の数十分から数分前に潮が引いてアワビを手掴みできたという記録も残っている。これらは目視によるものだが、明治以降は計器観測に代わっている。地殻変動は、水準測量や非定期的な測量により検出される定常的な地殻変動が2-3年から十数年の期間で次第に加速・減速・逆転する長期的変動と、伸縮計や傾斜計などの連続観測により検出される本震直前数分から数時間・数日の期間の短期的変動に大別される<ref name="doe9-3">[[#doe|地震の事典]]、&sect;9-3(488-500頁)</ref>。

1927年[[関原地震]]では、地震発生を挟んだ水準測量の結果から地震3か月前に震源付近で2-3cmの隆起があったほか、1961年[[長岡地震]]や同年の[[北美濃地震]]、1967年麻積地震でも、いずれも地震前に2-3cm程度の異常な隆起が観測されている<ref name="doe9-3"/>。

1943年[[鳥取地震]]では、震源から60km離れた[[生野銀山]]の傾斜計で地震の6時間ほど前から異常な変化があったことが報告されている<ref name="doe9-3"/>。

1944年昭和[[東南海地震]]では、今村明恒の要請により陸地測量部(現[[国土地理院]])が実施していた静岡県[[掛川市]]付近での水準測量の最中に地震が発生し、特筆すべきデータが得られた。地震3日前と前日では許容誤差を大きく超える測定差があり、当日の地震発生直前の測量中には水準儀の気泡が揺れて静止しないほどだったと記録されている。{{仮リンク|茂木清夫|label=茂木|en|Kiyoo Mogi}}(1982)はこれを2-3日前に始まった異常な地殻変動が本震に向けて次第に加速したためだろうと推測している<ref name="doe9-3"/>。この記録を基礎とした研究により[[プレスリップ]]理論が構築され、[[東海地震]]予知の根拠に位置付けられて、1978年制定の[[大規模地震対策特別措置法]]に基づいて警戒体制が整備された。一方で木股・[[鷺谷威|鷺谷]](2005)は、数日前から当日午前中までの測定差はプレスリップがあったと断定するには精度が低すぎ、地震直前(10分前と推定)にプレスリップがあったとすれば説明できるとしている<ref>木股文昭、鷺谷威「{{PDFlink|[http://www.seis.nagoya-u.ac.jp/INTRO/report/jishinyochiren/162_kakegawa.pdf 水準測量データの再検討による1944年東南海地震プレスリップ]}}」、地震予知連絡会トピックス、2005年2月 、2013年9月21日閲覧</ref><ref>木股文昭、鷺谷威「{{PDFlink|[http://cais.gsi.go.jp/KAIHOU/report/kaihou74/11-15.pdf 水準測量データに基づく1944年東南海地震プレスリップの再検討]}}」、地震予知連絡会『会報』、74巻、2005年9月、2013年9月21日閲覧</ref>。

1952年[[吉野地震]]では、震源から94km離れた[[逢坂山]]の伸縮計で地震の10か月ほど前から異常な変化があった<ref name="doe9-3"/>。

1964年[[新潟地震]]では、[[新潟平野]]の[[地盤沈下]]調査のために行われていた水準測量に変動が捉えられた。19世紀末の第1回測量から緩やかな隆起が続いていたが、1955-1956年に急激な隆起に転じ、いったん小休止した後に地震が発生する経過をたどったと檀原(1973)は報告しているが、茂木(1983)などのように誤差による見かけの変動であるとする見方もある。ただし、この付近では地殻変動観測所の傾斜変動のデータも異常を示している<ref name="doe9-3"/>。

1973年[[根室半島沖地震]]では、震源から約250km離れた[[えりも町|えりも]]で観測坑内の湧水量変化に異常があったほか、1978年伊豆大島近海の地震では[[石廊崎]]で地震の1か月前に気象庁設置の体積ひずみ計で異常な変化を観測している<ref name="doe9-3"/>。

1983年[[日本海中部地震]]では、水準測量と潮位の測定において[[男鹿半島]]周辺で1978年ごろから隆起が加速し、その値は地震までに約5cmに及んだ。また[[男鹿市|男鹿]]の傾斜計では1978年頃から、前述とは反対方向である東上がりの異常な傾斜変動が観測された。この地震においては、地震空白域(後節参照)が生じたことも報告されている<ref name="doe9-3"/>。

アメリカでは、1971年[[サンフェルナンド地震]]に先行して震源付近で20cm地殻に達する隆起が観測されており、これは断層面における[[クリープ]]が断層下端から地表に向けてゆっくりと進行したことが原因とする報告がある。なおカリフォルニア州南部の広範囲で約45cmに達する隆起があったとする報告があるが、これは誤差による見かけの変動に過ぎないとの反論もなされている<ref name="doe9-3"/>。

1970年代頃からは、観測データをより客観的に数値解析する試みも行われた。飯田・志知(1972)は愛知県[[犬山市|犬山]]の伸縮計と傾斜計のデータに短周期除去のディジタル処理を施して、1969年[[岐阜県中部地震]](震源-観測所の距離は48km)と1971年渥美半島沖の地震((同90km)の前兆と見られる変動を抽出している。Ishiguro(1981)は[[ベイズ推定|ベイズ法]]を応用して観測データの変動の多様な要因を分離している。Ishii(1976)は[[チェビシェフ多項式]]を用いて地殻変動を近似するモデルを作成し、実際の値とのずれから異常を判定する手法を開発、震源から80km離れた地点の傾斜計のデータから1970年秋田県南東部の地震(M6.2)の前兆と見られる変動を検出した。石川・宮武(1978)は{{仮リンク|ウィーナーフィルタ|en|Wiener filter}}を用いた手法を開発している<ref name="doe9-3"/>。

観測データの変動を複雑化させる要因として、降雨の影響がある。田中(1979)はタンクモデルを用いて降雨に対する応答を補正する手法を提唱し、山内(1985)はこのモデルによる補正がうまくいかないときに観測所の周辺でしばしば地震が発生することを報告している。岡山・兵庫の[[山崎断層]]では断層[[破砕帯]]を跨いで群列観測が行われているが、尾池・岸本(1977)はそこでの伸縮記録から、降雨後のひずみの変化に異常があると微小地震が活発化する場合があることを報告している<ref name="doe9-3"/>。

King et al.(1994)は、静的[[モール・クーロンの破壊規準|クーロン応力]]の変化が地殻内のせん断応力の変化であり、これを表すクーロン応力関数(ΔCFF)によって地震の活発化や静穏化が推定できると報告した<ref name="King et 1994">Geoffrey C. P. King, Ross S. Stein, Jian Lin. "Static stress changes and the triggering of earthquakes", ''Bulletin of the Seismological Society of America'', 84(3), 935-953, 1994.</ref>。この理論を用いたモデルで様々な推定が行われており、King et al.(1994)は1992年[[ランダース地震]]後の地震の発生しやすさの変化を例示している<ref name="King et 1994"/>。

このほかには、地殻変動の記録に含まれる潮汐の振幅や位相が地震前に変化するという報告(Nishimura,1950; Mikumo et al.,1977)や、地震の直前に[[地球潮汐]]の振幅や位相に異常が検出される可能性があるという報告(Tanaka and Kato,1974; Beaumont and Berger,1994)などがある<ref name="doe9-3"/>。

==== 地震活動 ====
<!--[[スロースリップ]]現象-->

=== 歴史的観点・統計学 ===
[[歴史地震]]から繰り返し発生する地震の様相を推定し、統計的に再来時期を求める手法は、近代地震学の初期から行われている。1905年に今村明恒は関東の歴史地震から大地震が約100年間隔で起こるとする論文を雑誌に寄稿している<ref name="Rikitake01-3,7"/>。1964年に国会の地震対策委員会で[[河角廣]]が発表した「南関東大地震69年周説」は、鎌倉における強震記録などから南関東における地震は69±13年の周期であり、その26年間はその他の期間よりも強震発生確率が4倍高いとするものであった<ref name="Kumagai77">熊谷良雄「大震時における総合的被害予測モデルに関する研究」、建築研究所『建築研究報告』78号、1-149頁、1977年3月 {{NAID|40001146543}}([http://www.kenken.go.jp/japanese/contents/publications/report/78.htm 建築研究所HPによる概要]、2013年9月14日閲覧を参考とした)</ref>。なお、どちらもマスメディアにセンセーショナルに取り上げられ、社会問題となっている<ref name="Rikitake01-3,7"/><ref name="Kumagai77"/>。

地震の周期性を説明する学説は2通りある。次回の地震までの間隔は前回の地震の規模に依存するというタイムプレディクタブルモデル(時間予測モデル, time-predictable model)と、次回の地震の大きさは前回の地震からの間隔に依存するというスリッププレディクタブルモデル(slip-predictable model)である。Shimazaki and Nakata(1980)によればタイムプレディクタブルモデルが有力とされている<ref name="doe9-1">[[#doe|地震の事典]]、&sect;9-1(476-483頁)</ref>。

元・東北大学地震・噴火予知研究観測センター教授の五十嵐丈二はソネット理論([[フラクタル]]理論)を用いて[[東海地震]]の予知を試みたが、成功には至らなかった。


== 電磁的現象 ==
=== 電磁気学 ===
{{seealso|宏観異常現象#電磁的現象}}
{{seealso|宏観異常現象#電磁的現象}}
[[電磁波]]系研究(電磁気地震学)など
[[電磁波]]系研究(電磁気地震学)など
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: 1987年4月14日、『人工衛星による雲観察に基づいた地震予知方法』が、[http://patft.uspto.gov/netacgi/nph-Parser?Sect1=PTO2&Sect2=HITOFF&p=1&u=%2Fnetahtml%2FPTO%2Fsearch-bool.html&r=4&f=G&l=50&co1=AND&d=PTXT&s1=4656867&OS=4656867&RS=4656867: 「Earthquake forecasting method」(No.4656867)]という米国の特許を取得した<ref>[http://www.menokami.jp/ 地震予知論と地震予知方法] 日本地震予知協会</ref>。
: 1987年4月14日、『人工衛星による雲観察に基づいた地震予知方法』が、[http://patft.uspto.gov/netacgi/nph-Parser?Sect1=PTO2&Sect2=HITOFF&p=1&u=%2Fnetahtml%2FPTO%2Fsearch-bool.html&r=4&f=G&l=50&co1=AND&d=PTXT&s1=4656867&OS=4656867&RS=4656867: 「Earthquake forecasting method」(No.4656867)]という米国の特許を取得した<ref>[http://www.menokami.jp/ 地震予知論と地震予知方法] 日本地震予知協会</ref>。


=== 地球化学・水文学 ===
== 宏観異常現象による地震予知 ==
{{see|宏観異常現象#ラドン濃度}}
電磁的現象については前節を参照。
{{see|宏観異常現象#大気イオン濃度}}
古くは1950年代に、日本で土壌中の気体や大気中の[[ラドン]]濃度と地震の関係に関する論文が報告されている。1966年にソ連のウズベク共和国(現在の[[ウズベキスタン]])[[タシュケント]]で起きたM5.5の地震では地下水中のラドン濃度の変化が報告されたが、そのメカニズムを示す仮説がScholzら(1973)のダイレイタンシー水拡散モデルで示されたことで研究が活発化し、1975年の中国・[[海城地震]]でも地震の前兆例として報告されている。しかし、茂木(1982)などの指摘によりダイレイタンシー水拡散モデルは疑問視されるようになり、研究は下火になっている<ref name="Koizumi97">小泉尚嗣「地球化学的地震予知研究について」、日本自然災害学会『自然災害科学』16巻1号、41-60頁、1997年5月 {{NAID|110002941627}}</ref>。

その後、疑問視されたダイレイタンシー水拡散モデルに代わって、地殻の歪みと地下水の関係が注目されるようになった。上下を[[帯水層]]に挟まれた層に保持されている「被圧地下水」は[[地球潮汐]]に伴う水位変化や噴出量変化を起こすことが知られているが、このメカニズムが地震の時にも起こるという仮説をもとに地震の前兆としての地下水の水位や水温の変化が研究され、1974年[[伊豆半島沖地震]](Wakita,1975)、1923年[[関東地震]]や1946年[[南海地震]](川辺、1991)において仮説により説明できる変化があったと報告されている。しかし、地震の際にも変化を示さない地下水も少なくなく、この仮説に対する疑問も呈されている<ref name="Koizumi97"/>。

一方、岩石中に亀裂があると岩石と地下ガスや地下水との物質のやりとりが促進されるという仮説をもとに、地震の前兆としてこれらの濃度変化が研究された。1965年に始まった[[松代群発地震]]では地下水質の変化が観測され、逆に高圧地下水が岩盤の亀裂に貫入することで地震を誘発したとする説も出されている(中村、1971)。研究の対象は主にラドンのほか、[[水素]]・[[ヘリウム]]・[[アルゴン]]などの希ガス、[[メタン]]、[[二酸化炭素]]などで、濃度や[[同位体]]比の変化が取り上げられている<ref name="Koizumi97"/>。

[[兵庫県南部地震]]でも、事後に地震に先駆けた[[地下水]]や[[温泉]]水の水位、水圧、温度、組成の変化があったことが報告されている<ref>東京大学理学部「{{PDFlink|[http://cais.gsi.go.jp/YOCHIREN/report/kaihou54/07-35.pdf 兵庫県南部地震前後の地下水化学組成の変化]}}、地震予知連絡会『会報』、54巻、7-35、1995年8月、2013年9月9日閲覧</ref><ref>京都大学防災研究所 地震予知研究センター「{{PDFlink|[http://cais.gsi.go.jp/YOCHIREN/report/kaihou54/07-37.pdf 兵庫県南部地震前後の周辺の地下水・温泉水の変化について]}}、地震予知連絡会『会報』、54巻、7-35、1995年8月、2013年9月9日閲覧</ref>。


=== 宏観異常現象 ===
地震前に異常な音を聞いたという記録がある。特に[[大正関東地震]]では、[[上原勇作]]陸軍元帥や[[佐藤鉄太郎]]陸軍中将という戦争を経験したプロの軍人が大砲の砲撃音のようなものを聞いたという経験談がある<ref>「大地震の前兆に関する資料―今村明恒博士遺稿 」古今書院 (1977/04)那須信治編</ref>。1933年の[[昭和三陸地震]]では、地震前に地鳴りや風声のような音を聞いたという証言があり、これらは地震発生後大きな揺れが到達する前に音を聞いたことによるものだと、中央気象台技師の国富信一や東京帝国大学地震研究所の井上宇胤は分析している<ref>[http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/13774/1/jib0010009.pdf 昭和8年3月3日の地震に伴った音響に就いて]地震研究所彙報別冊. 第1号, 1934.3.30, pp. 77.86</ref>。
地震前に異常な音を聞いたという記録がある。特に[[大正関東地震]]では、[[上原勇作]]陸軍元帥や[[佐藤鉄太郎]]陸軍中将という戦争を経験したプロの軍人が大砲の砲撃音のようなものを聞いたという経験談がある<ref>「大地震の前兆に関する資料―今村明恒博士遺稿 」古今書院 (1977/04)那須信治編</ref>。1933年の[[昭和三陸地震]]では、地震前に地鳴りや風声のような音を聞いたという証言があり、これらは地震発生後大きな揺れが到達する前に音を聞いたことによるものだと、中央気象台技師の国富信一や東京帝国大学地震研究所の井上宇胤は分析している<ref>[http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/13774/1/jib0010009.pdf 昭和8年3月3日の地震に伴った音響に就いて]地震研究所彙報別冊. 第1号, 1934.3.30, pp. 77.86</ref>。


101行目: 250行目:
前述したように、[[中華人民共和国|中国]]では[[1975年]]に発生した[[海城地震]]において、国家地震局が動物の行動異常による直前地震予知に成功し、死傷者の軽減に貢献した事例が有ると言われている。しかし、どんな動物が何匹、何時騒いだのかは公表されていない。その翌年に発生した[[唐山地震]]においては同方法による直前地震予知は失敗しており、以後の検証も行われていない。
前述したように、[[中華人民共和国|中国]]では[[1975年]]に発生した[[海城地震]]において、国家地震局が動物の行動異常による直前地震予知に成功し、死傷者の軽減に貢献した事例が有ると言われている。しかし、どんな動物が何匹、何時騒いだのかは公表されていない。その翌年に発生した[[唐山地震]]においては同方法による直前地震予知は失敗しており、以後の検証も行われていない。


== その他 ==
=== その他 ===
地震を発生させたり、断層への応力変化をもたらすトリガー(引き金)を予測したり観測したりすることによって、地震が発生する時期、また地震が発生しやすい時期を推定するという方法がある。主なものとして、月や太陽([[月齢]]・[[潮汐]]を含む)、[[惑星]]などの諸天体と[[地球]]との位置関係や距離関係により起こるというものや、[[太陽]]活動によるもの、低気圧や高気圧などによる[[気圧]]変化に伴うもの、周辺地域での地質活動([[火山]]活動、地震)によるものなどがある。こちらについても、宏観異常現象と同様、未科学との区別の難しさ、研究や予測に際する基礎的知識の有無、信頼性、因果関係の解明度といった諸問題がある。
=== ラドン濃度 ===
{{see|宏観異常現象#ラドン濃度}}


=== 大気イオン濃===
== 地震危険度 ==
一定期間中の地震の発生確率や最大の地震という形で[[地震危険度]]を表現する手法は、河角やアリン・コーネル([[:en:C. Allin Cornell|C. Allin Cornell]])らによって1950年代-1960年代に地震学界に受け入れられ、改良を重ねてきている。地震危険度は、文献にある歴史地震の記録だけではなく、地質調査により推定した過去の地震を対象に加え、地盤の特性([[表層地盤増幅率]])、測地学的成果による[[テクトニクス]]を考慮するなど、異なる領域の資料を集めた上で確率計算を行う。表現方法としては、震源域における地震の規模よりも、むしろ各地点における[[地震動]]の要素、つまり最大[[加速度]]、最大[[速度]]、[[震度]]など防災に役立つものを示すものが主流で、1990年代以降はさらに発展して[[構造物]]の被害や損失についても扱う場合が増えている<ref name="doe9-1"/><ref name="HERP04">「確率論的地震動予測地図の試作版(地域限定-西日本) {{PDFLink|[http://www.jishin.go.jp/main/choukihyoka/04mar_kakuritsu/setsumei_1.pdf 説明文2/4]}}」地震調査研究推進本部 地震調査委員会 長期評価部会・強震動評価部会,2004年3月25日付、2013年9月14日閲覧</ref><ref name="NIEDr263">藤原広行、河合伸一ら(地震動予測地図作成手法の研究プロジェクト)「確率論的地震動予測地図作成手法の検討と試作例 [http://www.j-map.bosai.go.jp/j-map/result/tn_236/html/report/html/2.html 確率論的地図に関する既往研究のレビュー] [http://www.j-map.bosai.go.jp/j-map/result/tn_236/html/report/html/2-A.html A], [http://www.j-map.bosai.go.jp/j-map/result/tn_236/html/report/html/2-B.html B], [http://www.j-map.bosai.go.jp/j-map/result/tn_236/html/report/html/2-C.html C]」、防災科学技術研究所『防災科学技術研究所研究資料』第263号、2002年12月</ref>。
{{see|宏観異常現象#大気イオン濃度}}


地震の発生に関する[[確率分布]]は[[ポアソン分布]]と仮定して、ポアソン過程により算出する場合が多い。定常的かつランダムに発生している地震(例えば、無数の断層を有する領域内における地震の発生確率)を扱う場合、確率は定常ポアソン過程と[[グーテンベルグ・リヒター則|グーテンベルグ・リヒターの関係式]]により表され、時間が経過しても変化しない。一方、発生確率が時とともに変化する地震(例えば、1つの断層や海溝における[[固有地震]]の発生確率)を扱う場合は、時間経過を織り込んだ非定常ポアソン過程により表される<ref name="doe9-1"/>。
=== トリガーによる推定 ===

地震を発生させたり、断層への応力変化をもたらすトリガー(引き金)を予測したり観測したりすることによって、地震が発生する時期、また地震が発生しやすい時期を推定するという方法がある。主なものとして、月や太陽([[月齢]]・[[潮汐]]を含む)、[[惑星]]などの諸天体と[[地球]]との位置関係や距離関係により起こるというものや、[[太陽]]活動によるもの、低気圧や高気圧などによる[[気圧]]変化に伴うもの、周辺地域での地質活動([[火山]]活動、地震)によるものなどがある。こちらについても、宏観異常現象と同様、未科学との区別の難しさ、研究や予測に際する基礎的知識の有無、信頼性、因果関係の解明度といった諸問題がある。
日本では、[[地震調査研究推進本部]]が2004年(平成16年)3月に「確率論的地震動予測地図の試作版(地域限定-西日本)」を発表<ref>「[http://www.jishin.go.jp/main/choukihyoka/04mar_kakuritsu/ 確率論的地震動予測地図の試作版(地域限定-西日本)]」、地震調査研究推進本部 地震調査委員会 長期評価部会・強震動評価部会、2004年3月25日付、2013年9月11日閲覧</ref>、翌2005年から2006年にかけてこれを全国に広げた「全国を概観した地震動予測地図」を発表し<ref>「[http://www.jishin.go.jp/main/chousa/06_yosokuchizu/index.htm 「全国を概観した地震動予測地図」報告書]」、地震調査研究推進本部 地震調査委員会、2006年9月25日付、2013年9月11日閲覧</ref>、その後数年おきに更新している<ref>「[http://www.jishin.go.jp/main/p_hyoka04.htm 地震動予測地図]」地震調査研究推進本部、2013年9月11日閲覧</ref>。

地震危険度の評価は、計器観測記録が残る19世紀終盤以降のデータだけでは足りず、長期間のデータが必要である。地震の見落としや過大評価があるとそれが誤差となって現れるため、データの不完全さという問題が付きまとう<ref name="doe9-1"/>。また、確率が低いからと言って地震が起こらない訳ではなく、また確率や期待される最大震度が低いからと言っても大地震が起きた時の被害が小さい訳ではない<ref name="HERP1212"/>。

そして、確率的長期評価に対する否定的な見解もあり、「確率の大小が地震防災の優先度を左右してしまう」という批判や、「確率の高い地域では危機意識の高まりにつながる一方で、低い地域では安心につながる場合があり、想定されていない断層で大地震が発生する場合もあるのだから、確率が低いからといって安心できるわけではない」という指摘、確率を取り上げるのではなく「いつどこで大地震が起きてもおかしくない」というようにランダム性を強調すべきという指摘もある。

2011年に発生した[[東北地方太平洋沖地震]]([[東日本大震災]])は評価において全く想定されておらず、地震危険度評価に対しても疑問を投げかけた。同じ領域で同じ規模の地震が繰り返し発生するという仮定に依存していた従来の評価を一部見直して連動型地震のような低頻度のものを評価できるようにし、[[津波]][[堆積物]]調査や地殻変動観測の成果を積極的に取り入れることとされた。これにより、2011年以降は「全国を概観した地震動予測地図」の更新が休止されている<ref>{{Cite web|date=2011-06-09|url=http://www.jishin.go.jp/main/chousa/11jun_chouki/taiou.pdf|title=東北地方太平洋沖地震に伴う長期評価に関する対応について|format=PDF|publisher=[[地震調査研究推進本部]][[地震調査委員会]]|accessdate=2011-06-10}}</ref><ref>読売新聞2011年6月10日13版37面、および[http://www.asahi.com/science/update/0609/TKY201106090603.html 地震予測の手法見直し 発生例なくても想定 政府調査委]Asahi.com 2011年6月9日</ref><ref name="HERP1212">「{{PDFLink|[http://www.jishin.go.jp/main/chousa/12_yosokuchizu/121221yosokuchizu.pdf 今後の地震動ハザード評価に関する検討 ~2011年・2012年における検討結果~]}}」地震調査研究推進本部、2012年12月21日付、2013年9月11日閲覧</ref>。

== 事例 ==
; [[南海地震]]
: 例えば、[[南海トラフ]]の沈みこみを原因とする南海地震の場合、断層(トラフ)に近い[[室戸岬]]は[[プレート]]の沈み込みに引きずられて普段から少しずつ沈み続け、地震の折に一気に跳ね上がる。トラフから離れた高知市街では、室戸の沈みこみに対して浮き上がり続け、地震の際に一気に沈下する。
: これらの傾向はこれまで同地で記録された殆どの地震について一定している。それゆえ、沈みこみが鈍化・停止したときは、地震発生が近い可能性がある。南海地震については[[道後温泉]]の水位変化などの記録も蓄積されており、[[地殻変動]]の観測以外にも予知に関する補助的な情報が豊富である。
; [[東海地震]]
: また近い将来に発生するとされている東海地震については、日本の行政・研究者が予知の可能性が高いと考え、観測体制・判定会の開催・警戒宣言の発令等の手順が明確にされている。
: 1978年に地震学者の提言を受けて、国が「[[大規模地震対策特別措置法]]」を制定し、それ以来静岡県周辺で重点的に地震や[[地殻変動]]の観測が実施されている。制定当初から、東海地震は世界で初めて「偶然ではなく狙って予知する」ことができるのではないかとの期待があった。
: 東海地震に関しては、想定震源域の大部分が陸域にあることもあって観測網を整備しやすく、[[プレスリップ]](前兆すべり)を検知しうると考えられている。地震学者の見解としては、プレスリップが観測されれば予知できる可能性があるが、観測されずに地震が発生してしまう場合もあるというのが現在の流れであり、二重の備えが必要であるとされる。

; {{仮リンク|パークフィールド地震|en|Parkfield earthquake}}
: アメリカ[[カリフォルニア州]]のパークフィールドでは、約22年周期でM6程度の地震が繰り返し発生している。そこで[[アメリカ地質調査所]]が、1966年の次に発生する地震を予知しようと、ボアホール歪計・傾斜計・地震計などを重点的に配置して監視にあたった。しかし2004年[[9月28日]]のM6.0の地震の前兆現象を検出するには至らず、予知は失敗した。極めて密な観測網と監視体制が敷かれたために、「パークフィールドは地震予知の最後の砦」と表現され(とくにアメリカで出版された地震学の専門書でよく見られた)、この予知に失敗すれば地震予知は不可能とまで言われていた。そのため、2004年の予知失敗は地震学者に衝撃を与えた。
: 東海地震の予知も、パークフィールドでの方法と似通っているため、東海地震の予知も不可能だと指摘されている。


== 地震予知の問題点 ==
== 地震予知の問題点 ==
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ロシアでは、政府や学会などが地震予知を統括しており、政府機関から予知情報が出された例が複数ある<ref>[[n:ロシア政府がカムチャツカから千島列島で強い地震の恐れとして準備を開始]] ウィキニュース日本語版、2005年8月26日。</ref><ref>[http://www.geocities.jp/nameneko68/a_src/ino_03.htm 3.地震予知の可能性] 1998年11月11日。</ref>。
ロシアでは、政府や学会などが地震予知を統括しており、政府機関から予知情報が出された例が複数ある<ref>[[n:ロシア政府がカムチャツカから千島列島で強い地震の恐れとして準備を開始]] ウィキニュース日本語版、2005年8月26日。</ref><ref>[http://www.geocities.jp/nameneko68/a_src/ino_03.htm 3.地震予知の可能性] 1998年11月11日。</ref>。



ただし、地震予知情報というのは、たとえ公的組織や委員会等から発信されるものであろうが、内容が不正確であれば流布されることによって社会的被害が拡大する可能性がある。
ただし、地震予知情報というのは、たとえ公的組織や委員会等から発信されるものであろうが、内容が不正確であれば流布されることによって社会的被害が拡大する可能性がある。
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== 出典 ==
== 出典 ==
=== 注釈 ===
{{Reflist|group=注}}
=== 脚注 ===
=== 脚注 ===
{{脚注ヘルプ}}
{{Reflist|2}}
<references/>


=== 参考文献 ===
== 参考文献 ==
* {{Cite book|和書
* {{Cite book|和書
| author = [[国立天文台]]編
| author = [[国立天文台]]編
194行目: 362行目:
|accessdate=2008-05-02
|accessdate=2008-05-02
}}
}}
* {{Anchors|ssjfaq}}「[http://www.zisin.jp/modules/pico/?cat_id=22 地震に関するFAQ 2)地震予知]」、日本地震学会
* {{Anchors|jmafaq}}「よくある質問集 [http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/faq/faq24.html 地震予知について]」、気象庁
* {{Cite book|和書
| author = 神沼克伊、平田光司(監修)
| year = 2003
| title = 地震予知と社会
| publisher = 古今書院
| isbn = 4-7722-4046-2
| ref = Kaminuma
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* {{Cite book|和書
| author = 日本地震学会 地震予知検討委員会(編)
| year = 2007
| title = 地震予知の科学
| publisher = 東京大学出版会
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| ref = 地震予知の科学
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* {{Cite book|和書
| author = 力武常次
| year = 2001
| title = 地震予知 発展と展望
| publisher = 日本専門図書出版
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* {{Cite book|和書
| author = 宇津徳治、 嶋悦三、山科健一郎(編)
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| title = 地震の事典
| edition = 第2版
| publisher = 朝倉書店
| isbn = 4-254-16039-9
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* {{Anchors|Ayabe}}綾部広則「書評 神沼克伊・平田光司監修『地震予知と社会』」、科学技術社会論学会、『科学技術社会論研究』3号「科学技術と社会の共生」、2004年12月 {{NAID|40006545094}}


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
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* [http://www.seisvol.kishou.go.jp/eq/ 気象庁 気象統計情報 地震・津波] - 地震・津波に関する最新情報および資料等
* [http://www.seisvol.kishou.go.jp/eq/ 気象庁 気象統計情報 地震・津波] - 地震・津波に関する最新情報および資料等
* [http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/jishin.html 気象庁 気象等の知識 地震・津波] - 地震や津波に関するメカニズム・観測・情報+過去の地震災害+東海地震などの解説
* [http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/jishin.html 気象庁 気象等の知識 地震・津波] - 地震や津波に関するメカニズム・観測・情報+過去の地震災害+東海地震などの解説
* [http://www.mri-jma.go.jp/Publish/Technical/DATA/VOL_26/26.html 地震前兆現象のデータベース] 地震火山研究部
* {{Anchors|jma-mri90}}[http://www.mri-jma.go.jp/Publish/Technical/DATA/VOL_26/26.html 地震前兆現象のデータベース] 地震火山研究部
* [http://www.jishin.go.jp/main/ 地震調査研究推進本部] - 文部科学省の特別の機関
* [http://www.jishin.go.jp/main/ 地震調査研究推進本部] - 文部科学省の特別の機関
* [http://cais.gsi.go.jp/YOCHIREN/ccephome.html 地震予知連絡会] - 省庁の代表者や学識経験者で構成
* [http://cais.gsi.go.jp/YOCHIREN/ccephome.html 地震予知連絡会] - 省庁の代表者や学識経験者で構成
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** [http://wwweic.eri.u-tokyo.ac.jp/index-ja.html 東京大学地震研究所 地震予知情報センター]
** [http://wwweic.eri.u-tokyo.ac.jp/index-ja.html 東京大学地震研究所 地震予知情報センター]
* [http://www.adep.or.jp/ 地震予知総合研究振興会]
* [http://www.adep.or.jp/ 地震予知総合研究振興会]
* [http://www.e-pisco.jp/index.html 大気イオン地震予測研究会e-PISCO]


'''地震(英語)'''
'''地震(英語)'''

2013年9月24日 (火) 16:04時点における版

地震予知(じしんよち)とは、地震の発生を予め知ることである。「地震予知」という語は、広範にはいわゆる「予知」を含んで言うが、学術的には科学的方法により地震の時期・場所・規模の3要素を論理立てて「予測」することを指す[1][2]震源における断層破壊の発生後に行われる緊急地震速報などの地震警報システムは含めない[3]。なお、この従来の定義を「地震予測」とし、警報に繋がるような決定論的な予測のみを「地震予知」として区別する定義もある[4][2]

日本では、東海地震に限って24時間体制で行われているプレスリップの検出に基づく地震予知の体制が整備されているが、確実ではなく、予知できない可能性もあるとされている。また、東海地震以外の地震は、前兆現象の検出方法や予知情報が発表された時の行動が確立されておらず、予知は不可能と考えておくべきとされている[5]

「地震予知」の定義

従来の定義

従来、地震がいつどこでどれくらいの大きさで起こるか、つまり発生時期・発生場所・規模の3つの要素を地震が発生する前に予め示すことを、地震予知といっていた[5]。また、地震予知の中の長期予測に限って「地震予測」と呼び分ける例もあれば、「地震予知」と「地震予測」を同義で用いる例も珍しくなく、研究者の間でも用語の混乱が見られた[3]

そもそも、この定義による「地震予知」は予測期間の短いものも長いものも含まれ、情報の活かし方が異なるため齟齬が生じていた。そのため、予測期間により区分する場合があった。予知の情報を入手したら応急的な被害回避の対応を取るようなもの、例えば「何日後に地震が起こる」「X月X日に地震が起こる」というように狭い範囲(概ね地震の数か月前以内)で日時を指定するものを「短期予知」、日本政府の地震調査研究推進本部が示す「30年以内にN%の確率で地震が起こる」のように長期的で、建築物の耐震化などの恒久的な対応に資するものを「長期予測」または「長期予知」とする区分が比較的よく使用されていたほか、短期予知のうち地震発生の2-3日前程度以内に予知を行うものを「直前予知」としてさらに区別することもあった[5][6][7][8]。そのほかにも、別の基準から「長期予知」「中期予知」「短期予知」の3区分や「長期予知」「中期予知」「直前予知」の3区分とする例もあり、専門家の間でも統一されていなかった[9][10][11]

新しい定義

IASPEIと日本地震学会の定義の違い
警報につながる確度の高いもの 確率で表現され日常的に公表可能なもの
IASPEI "deterministic prediction"
(決定論的予知)
"probabilistic forecast"
(確率論的予測)
日本地震学会 地震予測
地震予知

しかし、2008年のイタリア・ラクイラ地震の予知をめぐる騒動を受けて翌2009年に開かれたIASPEIの「市民保護のための国際地震予測に関する検討委員会」の勧告において、従来「地震予知」と呼ばれていたものは2種類に区分できる事が明確に示された。2区分とは"deterministic prediction"(直訳:決定論的予知)と"probabilistic forecast"(直訳:確率論的予測)である。日本地震学会によれば、前者は「警報につながる確度の高いもの」、後者は「確率で表現され日常的に公表可能なもの」であると同時に、従来の定義での「地震予知」は後者には当てはまらない。つまり、「警報につながるほど確度の高い決定論的なもの」だけが厳密な意味での「地震予知」と定義されるとともに、従来「地震予知」に含められていた長期的な予測は「地震予測」に分離された[4][2][8]

その後も従来の定義は用いられていたが、2011年の東北地方太平洋沖地震の予見ができなかったことに対する反省を契機として、2012年秋に日本地震学会は用語の見直しを定めた。その際、勧告当初の発表から変更があり、「地震予測」は"forecast"に対する訳語ではなく、"prediction"と"forecast"を総称する語として定義された。つまり、決定論的予知が「地震予知」、決定論的予知と確率論的予測の総称が「地震予測」と定義された[5][6][7][8]

注意点:情報の適切さ

地震予知(新しい定義における地震予測)を考えるにあたって注意すべきとされることがある。それは、予知の3要素の適切さである。発生時間・発生場所・規模のうちいずれか1つでも曖昧に示されていると、地震予知として生かしづらい情報になってしまうことがある。例えば、「日本のどこかで」「今後1年以内」といった広範囲や長期間では現実的に対策が難しいし、「明日、東京で地震が起きる」「東京に大地震が起きる」というように3要素の1つでも欠けると予知の範囲が無制限に広がってしまう[注 1]。また、規模に関してはたとえ明確であっても、被害をもたらさないような小さな規模では意味がない[5][6][7][12]

このほか、特にウェブページ雑誌など巷に溢れている「地震予知」情報に対しては、「予知」の根拠となるデータの観測期間が十分にあるか、「予知」の根拠として地震と異常現象の関連を説明する仮説が立てられており、その仮説は一般的な科学の法則に従っているか、仮説やそれに基づく「予知」は第三者により検証可能か、また基本的事項として問合せ先が明示されているかなど、客観的に十分な検討をすることが推奨されている[13]

地震予知研究と地震予知政策の歴史

日本

黎明期

19世紀後半に始まった近代地震学の中で起きた地震予知に関する著名な出来事の最古のものとして、今村明恒大森房吉による「関東大地震論争」が挙げられる。これは、1905年(明治38年)に雑誌『太陽』に掲載された今村の論文が当初の趣旨とは異なる形で『東京二六新報』に取り上げられて騒ぎとなり、社会の混乱を恐れた大森がこれを取り消すよう指示、その後も似たような騒動が続発したことから大森は今村の説を度々批判し、両名が対立するようになったものである。今村の当初の論文は、関東における慶安元禄安政の3つの大地震から発生間隔を平均100年として、今後50年間の間に次の大地震に襲われることを覚悟しなければならない、もし震災が起きれば東京で10 - 20万人の死者が出るだろうと前置きした上で、石油ランプの廃止など震災軽減策を詳しく説いたものであったが、新聞では次の大地震の可能性だけがピックアップされてしまった。後の1923年(大正12年)に大正関東地震関東大震災)が起きた際、海外出張中であった大森は帰国の途で「予想より60年早かった」と話したと伝えられている[14]

その後、戦時下に入った日本では地震学の研究そのものが下火となる。なお終戦後初期の出来事として、1946-47年頃に中央気象台(現気象庁)が地震予知の名目で地電流観測所の新設計画を出すなどして概算要求したものの、予算が多すぎるとした却下されていたことが、後の調査により分かっている(GHQの指示により行われた日本の地震学の実情調査の報告書に記録されていた)[14]

一方、この頃世間では近い時期に地震が発生するという噂(地震説)が広まり、当時の不安定な社会情勢もあって社会不安を引き起こした。1947年、地理調査所(現国土地理院)の山口生知は神奈川県三浦半島・油壺で30cmもの隆起があったことを報告し、これが関東地震説として広まった。また同年、京都大学教授の佐々憲三は滋賀県逢坂山傾斜計歪計の著しい変動を観測したことから大地震の可能性を考慮して防災対策を強化するよう京都府警察部長に進言し、これが漏れて関西地震説として広まった。翌1948年には、気象研究所の井上宇胤が地震予知研究連絡委員会の会合の中で、1つ大地震が起こるとその次の大地震の場所は時間-距離グラフにより推定されるとの仮説を発表したが、これに萩原尊禮が次の地震はどこか?とからかい半分に聞いたところ、次は福井秩父であると返答した。しかし、偶然にも2週間後に福井地震が発生、これが報道されて次は秩父に大地震が起こるという秩父地震説が広まって秩父では疎開者も出る騒動となった。翌1949年には、東北大学教授の中村左衛門太郎が地磁気伏角計データの異常変化から同年3-4月頃に新潟市方面で大地震の可能性があると新聞記者に語り、これが新潟地震説として広まった。これらの地震説は検証が不十分なまま発された社会的信用のある専門家の言葉が元になっており、予知に類する情報の発信方法に課題を残す結果となった[14]

政策化期

戦後の経済回復に伴い、1960年頃から地震予知の本格的な研究を行おうという機運が高まった。1961年4月に萩原尊禮、坪井忠二和達清夫の3名による「地震予知計画研究グループ」が発足、萩原の主導により検討が進められ、1962年に「地震予知―現状とその推進計画」とする報告書を発表した。この報告書は通称「ブループリント」と呼ばれ、具体的な成果の見通しを織り交ぜつつ、10年単位での観測研究を通して地震予知実用化のための基礎データを蓄積することを提言するもので、関係機関に広く配布され、その後の地震予知研究や政策に大きな影響力を持っている。「10年間に100億円を投入すれば地震予知が可能になる」と報道されたが、実際には、10年間かけて観測網を整備すれば地震予知の可否が判断できるだろうという趣旨であった。しかし現在では、報告書の内容には誤りや見通しの甘い部分もあったとされ、賛否が分かれている。なお英訳もされており、日本国外でも反響があったと伝えられている[14][15]

これ以後、学会と行政の両方で動きが始まる。1963年5月、旧文部省の測地学審議会において同会に地震予知部会を常設することが承認され、行政の立場から地震予知の検討を担った。同年11月7日には以前から検討を行っていた日本学術会議が政府への勧告「地震予知研究の推進について」を発表し学会の立場から地震予知を推進した。そのような中、翌1964年6月16日に新潟地震が発生する。この地震では新潟市を中心に被害をもたらし、建物被害の多さが目立った。この地震が、地震予知の機運を高めることになったとされている。翌月の7月18日には測地学審議会が「地震予知研究計画の実施について」という建議を提出し、これを基に政府内で数年単位の事業計画と予算配分が行われることになる。この建議は地震予知の第1次計画と呼ばれ、1969年の第2次計画からは"研究"の文字が省かれて「地震予知計画の実施について」となった。以降、第7次計画(1998年終了)まで継続される[14]

1965年8月に始まった松代群発地震により、図らずも日本の地震予知研究の成熟度が試されることとなった。この地震は多くの微小地震が起こることが特徴で、計器がダメージを受けることが少なかったため観測に適しており、国内から多くの専門家が集まって観測が行われることとなった。こうした観測の成果を生かす取り組みとして、翌1966年4月に大学関係者や関連省庁職員により構成される検討会「北信地域地殻活動情報連絡会」が発足し、ここでの見解に基づいて気象庁が地震情報を発表することとなった。その後、1968年に起きた十勝沖地震を受けて国内を広く対象とした検討会の設置が求められ、この検討会をモデルとして、1969年4月に地震予知連絡会(予知連)が発足する。予知連は専門家により構成され、国内の大学や関係省庁等から情報提供を受けた上で、学問的立場から地震活動情勢に対処する機関である。1970年には南関東や静岡など国内の計9地域を観測強化地域または特定観測地域に指定して観測強化を進言した(1978年に指定地域は見直された)。一方、1974年に旧科学技術庁の外部機関として地震予知研究推進連絡会議が発足、地震予知に関する政策立案や省庁間調整、予算面の調整等を担うこととなった。同会議は1976年に地震予知推進本部、1995年7月に地震調査研究推進本部(推本)に改称されている。推本の中核には学識経験者で構成される政策委員会と地震調査委員会が置かれ、後者は日本の地震活動について日本政府の行政的な見解をまとめる役割を担っている[14]

研究の進捗と大震災

国策としての地震予知研究は「地震予知計画の実施について」に基づいて進められるものの、地震予知の実用化に向けた進展は芳しくなかった。当初の目安であった10年が経過した1976年の第3次計画見直し建議では、「地震予知研究は急速に進められつつあるが、客観的、定量的に予知の判断ができる段階には至っていないのが現状である」として、予知の可否を判断できるレベルに到達していないことが報告された。第7次計画(1994年-1998年)の期間中に発生した1995年の兵庫県南部地震阪神・淡路大震災)は第二次世界大戦後最多の死者(当時)を数えるなど日本の社会に大きな影響をもたらした一方で、予知は成功しなかった。これにより地震予知研究や政策に対する批判が高まり、見直しが行われることとなった。同年4月の第7次計画見直し建議では、「多くの重要な課題が残されており実用的な予知の一般的な手法は未だ完成していない」として、予知の手法が確立されていないことが報告された[14][16]

1997年6月にはこれまでの研究成果とその評価をまとめた「地震予知計画の実施状況等のレビューについて」が発表される。この報告書では、計画に基づいた研究によって地震の繰り返しサイクルや発生場の解明が進んで学術的成果を上げたほか、基本的な観測体制の整備が進んでおり、防災にも生かすことができる(地震危険度など)として肯定的に評価した。ただし、研究の方向は、実践的な地震予知を試みるものと「予知のため」と銘打った基礎研究に分かれており、前者が困難であるという認識が広がるにつれて後者の割合が増大していったうえ、研究が予知にどのように結びつくのかが明示されなかったとしている。また、地震予知に対する社会的要請は高い半面、社会の「地震予知」に対する認識と実際の研究との間には大きなギャップがあるとも述べた。一方、地震予知の実用化については、その糸口になる可能性のある成果はいくつか挙がっているものの、実用化の目途はいまだ立たず、地震予知の実用化が「極めて困難な課題である」ことが示された。これにより1998年からは、方針と名称を変えた「地震予知のための新たな観測研究計画」に基づくこととなった[14][16]

世界

アメリカでは、核爆発探知を目的とした微小地震観測の研究は最先端であったものの、地震予知については盛んではなかった。1961年の池田勇人ジョン・F・ケネディによる日米首脳会談の際に締結された日米科学協定の一環として地震予知に関するセミナーが企画される(1964年3月に第1回が実施)など、日本から知識が移入されている。その後1964年のアラスカ地震によりアメリカでも地震予知が活発になる。1970年代に入るとEarthquake Hazards Reduction Program(EHRP、地震災害軽減計画)が開始された。予知のための物理的基礎と予知手法を研究し、地震活動度が高い地域で実施して評価を行うとともに、歴史的・地質学的基礎の観点から大地震の繰り返しの特徴や地震発生確率を正しく認識することを目標に掲げ、以後長期的に実施されている。また、地震災害の多いカリフォルニア州では独自の計画に基づいた研究も行われている[14]

ソ連では1950年代後半から研究が盛んになったとされており、中央アジアのカザフスタンキルギスウズベキスタンタジキスタントルクメニスタンのほか極東のカムチャッカで研究計画が実施された。西側諸国とは異なる分野の研究が多いことが特徴で、初期は地震波速度の変化をテーマとした研究が盛んとなり、一時はこの成果が伝わった西側諸国でも地震予知の有力手法と考えられた時期もあった。しかし、理論に誤りがあることが指摘されるようになってこの研究は下火となった。変わってラドン濃度や地電流の変化の研究が活発となり、複数の研究計画が実施された[14]

中国では、少なくとも1960年代後半から大規模な予知計画が実施されており、1970年代まで続いている。1970年代から1980年代にかけては、宏観異常現象を重視した研究が多かった。1975年には地震の前兆として動物の異常行動を多数取り上げた『地震問答』という本が出版されている[14]

国際的には、1967年に国際学術会議である国際測地学・地球物理学連合(IUGG)傘下の国際地震学及び地球内部物理学協会(IASPEI)内に国際地震予知委員会(ICEP)が設置されている。ICEPはIUGGやIASPEIの総会の度に地震予知に関するシンポジウムを開き、東側諸国の研究を西側諸国に伝える役割を担った。発展途上国における予知計画の作成も試みられたが、予算の裏付けが取れずに頓挫している。一方、1976年には国際連合教育科学文化機関(UNESCO)が「地震危険度の策定と軽減に関する政府間会議」を開催し、本格的な検討を始める[14]

1983年にはUNESCOとIASPEIが共同で11か国の専門家による討論会を開催、"地震予知憲章"とも呼べるような予知の指針を示した。指針は、予知の内容として、地震発生を場所-期日-マグニチュードに関する確率的期待値として表現するよう努めるべきこと、予知の評価として、予知を行う者は地震学界の適切な支持を得るべきこと、予知の発表・伝達として、予知の情報を直接マスメディアに伝えることは不必要な混乱を起こす原因になる場合があるため、予知を行う者はその情報を対応する政府機関にまず提供するべきことなどを規定している[14]

他方、1980年頃からUNESCOでは国際的な地震予知の実験場を作る計画が持ち上がったがうまく進まず、後に高密度の恒久的観測の方が重要であることが認識されてからは棚上げ状態となっている。この計画で候補に挙がっていたトルコ北アナトリア断層西部では、日本・アメリカ・ドイツイギリスなどが費用を負担して共同研究を行い、成果を挙げている[14]

地震予知は可能か

「何月何日の何時に、何処でどれだけの規模の地震が発生する」というような、従来の定義における「短期予知」や「直前予知」、また新しい定義による警報につながるような「地震予知」については、現在の科学技術はそのレベルに到達しておらず、日本地震学会は「現時点で地震予知を行うのは非常に困難」という見解を発表しているが、将来実現する可能性にも含みを残している[17][18]

地震予知が困難とされる背景として、前兆を捉えるためには十分な密度と頻度で観測を行わなければならず、得られたデータを迅速に処理するためには多くの予算と専門家を必要とすること、また経験的な事実として前兆の現れ方は地震ごとにかなり異なるため規則性に乏しいと考えられることなどが挙げられる。日本でも、測定器を置いて長期観測を行っていても、大地震が起こって前兆が記録される機会は少なく、大地震の震源域のごく近くで観測が行われていても異常が認められなかったという例は少なくない。また傾向として、前兆として報告された事例の多くが事後調査により判明したもので、事前に報告されるものは少ないという見方もある[19]

地震前に広く見られると言われている動物植物などの前兆現象(宏観異常現象)を用いた研究もあるが、その多くは科学的な説明が十分でないことから、例えば日本の公的機関である気象庁や日本地震学会はこうした種類の前兆を実用的な地震予知に利用する事は困難だと説明している。1例として地震雲の場合を挙げると、研究報告の例はあり、無いと断言することは難しいとされるものの、そのメカニズムを十分に説明する仮説はないとされているほか、経験的・統計的な観点からも客観的評価が不十分とされ、十分な検証が必要であるとされている[18][20]

また、仮に地震予知が可能となった場合に、どのように公表していくか、責任の所在をどうするべきかという問題もある[4][21]

日本以外では「地震予知に成功した」という話がまれに広がることがある。たとえば1975年中国で発生した海城地震で地震予知に成功し多くの人命が救われた、とされる例である。しかし翌1976年唐山地震では、発生する可能性が高まっていることが分かっていたものの決定的な情報がないまま結局予知することができず、約24万人が死亡した。ギリシャでは地震予知に成功した、とされる例もあるが(ある科学者の独自の警告であり、政府は予知を認めなかった)が、成功例はその1回のみで、同国ではその後も予知できないままにたびたび地震被害に見舞われている。USGSでは多数のボアホール歪計地震計を設置してアメリカパークフィールド地震の予知を目指した経緯があるが、2004年の地震予知に失敗している。

一方、従来の定義における「長期予知」、また新しい定義による「地震予測」のうち、数十年以上の単位で行う確率論的予測(長期的な発生確率)は、地震危険度として実用化されている[22][23]。ただし、これはあくまで地震の長期的リスクを示したものに過ぎず、警報のような性質は持たない[4]

地震の前兆

地震の前兆の定義は、資料によってその認定範囲が大きく異なる場合がある。IAPSEIが1989-1990年に行った評価では、約20のの前兆とされる事例のうち、大型余震前の余震活動低下、前震(海城地震の研究報告に基づく)、地球化学的前兆(伊豆大島近海の地震の研究報告に基づく)の3つだけが「全幅的に信頼できる前兆」、地殻のひずみ(1923年関東地震の研究報告に基づく)、大地震に数時間先行した土地傾斜(1944年東南海地震の研究報告に基づく)、大地震の前の地震活動や地殻活動(日本海中部地震の研究報告に基づく)の3つは「追加的証拠がなければ判定しがたい事例」、それ以外の15事例は「前兆とは認められない事例」と厳しく評価している。一方、力武(1986)、気象研究所地震火山研究部(1990)、防災科学技術研究所(1995)[24]などは「前兆とされる事例」として数百の事例を紹介している。こうした違いは前兆をふるい分けしているかどうかに起因するもので、扱う際には注意を要する[19]

ここでは参考として、『地震の事典 第2版』において「地震の前兆(先行現象, precursor)といわれる現象」として紹介されている事例を示す[19]

地震の前兆(先行現象)といわれる現象の分類[19]
種類 現象 現象の
時間規模
観測方法
地殻変動 土地の水平歪速度の変化 長期・短期 GPS光波測量ひずみ計伸縮計英語版など
土地の傾斜の方向や速度の変化 長期・短期 水準測量傾斜計
土地の昇降速度の変化 長期・短期 水準測量、傾斜計、GPS、検潮重力測定
地球潮汐降雨など外部からの擾乱に対する地殻のレスポンス(応答)の変化 長期 伸縮計、傾斜計、重力計など
地震活動 地震活動の異常(異常な活発化や静穏化―空白域、ドーナツパターン形成、活動の移動など) 長期 地震計
地震活動の特性の変化(地震波形、発震機構b値など) 長期 地震計
前震 短期 地震計、体感
地震波 地震波の速度、減衰、散乱などの変化 長期 地震計
電磁気 地磁気の異常変化 長期・短期 磁力計磁気測量地磁気変化計
地電位差、地電流の異常変化 短期 電位差計
地殻の電気伝導率の変化 長期 電気探査
地磁気の短周期変化に対する地殻のレスポンスの変化 長期 MT法GDS法
土地の電気抵抗の変化 短期 比抵抗変化計
電磁放射 短期 電波受信機
電波伝搬状態の変化 短期 電波受信機
地下水など 井戸の水位変化 短期 水位計、目視
湧出量の変化 短期 流量計、目視
井戸や泉の水温変化 短期 温度計、体感
井戸や泉の水質(におい、濁り、成分(ラドン含有量など))変化 短期 化学分析、目視、嗅覚
断層ガス(地中ガス)の化学成分 短期 化学分析
その他 動物の異常行動 短期 目視
地鳴り 短期 聴覚
発光現象 短期 目視

前兆検出のための観測の中で異常(anomaly)が発見されても、地震に結び付けられるものは少なく、それ以外のほとんどがノイズである。ノイズの中には原因が明らかなものもあるが、不明なものも多いため、前兆かノイズかの判断は難しくなる。また、前兆の出現範囲は、ふつう地震の大きさに関係があると考えられるが、地震の性質や地下構造によっても異なるだろうと考えられている。これらは、地震予知の困難さの一因にもなっている[19]

なお、宇津(2001)によれば、日本のように地質構造が複雑な上に気象や海象の変化に富み、かつ社会活動が活発な国は、ノイズが多い傾向があり、大陸に比べると観測環境は厳しいという[19]

地震発生過程における前兆の位置付け

地震の前兆とされるものには科学的裏付けが不十分な報告も含まれることから、前兆と地震発生との関係(シナリオ)が明らかにされていなければ、科学的な予測とは言えないとする見方がある[25]

大中(1992,1998,2000)は力学的プロセスで区分した地震の発生過程の中で、前兆の位置付けを示した。大地震を力学的不均質場における不安定動的破壊と考えた場合、同一場所での地震の繰り返し過程は以下のようになる[25]

  1. 大地震発生直後から始まる断層強度の回復過程とテクトニック応力の増大により、リソスフェア弾性的に変形し、ひずみエネルギーが蓄積される過程
  2. テクトニック応力が高まるにつれて不均質リソスフェアが局所的に非弾性的に変形する過程
  3. 局所領域に変形が集中し破壊核が形成される過程
  4. 動的高速破壊伝搬過程(本震の発生)
  5. 動的高速破壊伝搬過程停止直後の余効的調節過程(余効変動余震

この中で3.の破壊核形成の過程は近いうちに本震が発生する可能性が高まっている段階であって、この過程にあることを何らかの方法で検出することができればそれが前兆である。これを監視することにより、短期予知や直前予知の手法が確立されるとした。なお、動的破壊が始まるときの破壊核の大きさを臨界サイズというが、臨界サイズに至るまでの時間とその大きさはその場の地学的な環境に依存する[25]

種類

「地震予測」[注 2]には多くの種類があり、学問領域も複数にわたっている。

  • 地質学測地学領域の研究
    • 地盤変位・応力変化 - 地盤のひずみや傾斜、水平・鉛直方向の変位の観測から、地殻の挙動を推定するもの。手法が確立されているものとして、東海地震の直前予知の基準に採用されているプレスリップ(前兆すべり)、クーロンの破壊応力変化(ΔCFF)などがある。
    • 前震の観測 - 兵庫県南部地震[26]などの過去の地震において、事後に前震と考えられる地震があったことが報告されている。
    • 地質調査 - トレンチ調査による堆積物の分析、隆起・沈降地形の分析、航空写真の解析などから、断層沈み込み帯の活動履歴、津波の発生履歴を求め、確率論的に発生の可能性を導き出すもの。
  • 歴史的観点・統計学領域の研究 - 歴史地震の調査を基本として、地震の周期性から統計的に発生の周期や確率を求めるもの。
  • 電磁気学領域の研究 - 電磁波電気磁気などの変化から、地殻の変化を予見し、これから間接的に地震の発生確率を推定するもの。
  • 地球化学水文学領域の研究 - 地震に先駆けて地下水や地下ガスの水位、水圧、温度、組成の変化が観測される例があり、地震の前兆として研究が行われている[27]
  • 自然現象・体感など - これも上記と同様、地殻の変化を予見し、これから間接的に地震の発生確率を推定するもの。非定量的であることから、比較や検証をすることが難しく、批判にさらされることが多い。

地質学・測地学

地殻変動

古い記録では、1694年能代地震において地震の2か月前に埋木が地表に現れたほか半月前に石灯篭が風も無いのに倒れたことが記録されているが、後者は地盤の流動によるものとする指摘もある(今村、1977)。1793年西津軽地震や1802年佐渡地震では異常隆起によるものと考えられる海岸線の後退が記録されているが、前者は信憑性に疑問を呈する指摘がある(佐藤、1980)。1872年浜田地震では、地震の数十分から数分前に潮が引いてアワビを手掴みできたという記録も残っている。これらは目視によるものだが、明治以降は計器観測に代わっている。地殻変動は、水準測量や非定期的な測量により検出される定常的な地殻変動が2-3年から十数年の期間で次第に加速・減速・逆転する長期的変動と、伸縮計や傾斜計などの連続観測により検出される本震直前数分から数時間・数日の期間の短期的変動に大別される[28]

1927年関原地震では、地震発生を挟んだ水準測量の結果から地震3か月前に震源付近で2-3cmの隆起があったほか、1961年長岡地震や同年の北美濃地震、1967年麻積地震でも、いずれも地震前に2-3cm程度の異常な隆起が観測されている[28]

1943年鳥取地震では、震源から60km離れた生野銀山の傾斜計で地震の6時間ほど前から異常な変化があったことが報告されている[28]

1944年昭和東南海地震では、今村明恒の要請により陸地測量部(現国土地理院)が実施していた静岡県掛川市付近での水準測量の最中に地震が発生し、特筆すべきデータが得られた。地震3日前と前日では許容誤差を大きく超える測定差があり、当日の地震発生直前の測量中には水準儀の気泡が揺れて静止しないほどだったと記録されている。茂木(1982)はこれを2-3日前に始まった異常な地殻変動が本震に向けて次第に加速したためだろうと推測している[28]。この記録を基礎とした研究によりプレスリップ理論が構築され、東海地震予知の根拠に位置付けられて、1978年制定の大規模地震対策特別措置法に基づいて警戒体制が整備された。一方で木股・鷺谷(2005)は、数日前から当日午前中までの測定差はプレスリップがあったと断定するには精度が低すぎ、地震直前(10分前と推定)にプレスリップがあったとすれば説明できるとしている[29][30]

1952年吉野地震では、震源から94km離れた逢坂山の伸縮計で地震の10か月ほど前から異常な変化があった[28]

1964年新潟地震では、新潟平野地盤沈下調査のために行われていた水準測量に変動が捉えられた。19世紀末の第1回測量から緩やかな隆起が続いていたが、1955-1956年に急激な隆起に転じ、いったん小休止した後に地震が発生する経過をたどったと檀原(1973)は報告しているが、茂木(1983)などのように誤差による見かけの変動であるとする見方もある。ただし、この付近では地殻変動観測所の傾斜変動のデータも異常を示している[28]

1973年根室半島沖地震では、震源から約250km離れたえりもで観測坑内の湧水量変化に異常があったほか、1978年伊豆大島近海の地震では石廊崎で地震の1か月前に気象庁設置の体積ひずみ計で異常な変化を観測している[28]

1983年日本海中部地震では、水準測量と潮位の測定において男鹿半島周辺で1978年ごろから隆起が加速し、その値は地震までに約5cmに及んだ。また男鹿の傾斜計では1978年頃から、前述とは反対方向である東上がりの異常な傾斜変動が観測された。この地震においては、地震空白域(後節参照)が生じたことも報告されている[28]

アメリカでは、1971年サンフェルナンド地震に先行して震源付近で20cm地殻に達する隆起が観測されており、これは断層面におけるクリープが断層下端から地表に向けてゆっくりと進行したことが原因とする報告がある。なおカリフォルニア州南部の広範囲で約45cmに達する隆起があったとする報告があるが、これは誤差による見かけの変動に過ぎないとの反論もなされている[28]

1970年代頃からは、観測データをより客観的に数値解析する試みも行われた。飯田・志知(1972)は愛知県犬山の伸縮計と傾斜計のデータに短周期除去のディジタル処理を施して、1969年岐阜県中部地震(震源-観測所の距離は48km)と1971年渥美半島沖の地震((同90km)の前兆と見られる変動を抽出している。Ishiguro(1981)はベイズ法を応用して観測データの変動の多様な要因を分離している。Ishii(1976)はチェビシェフ多項式を用いて地殻変動を近似するモデルを作成し、実際の値とのずれから異常を判定する手法を開発、震源から80km離れた地点の傾斜計のデータから1970年秋田県南東部の地震(M6.2)の前兆と見られる変動を検出した。石川・宮武(1978)はウィーナーフィルタ英語版を用いた手法を開発している[28]

観測データの変動を複雑化させる要因として、降雨の影響がある。田中(1979)はタンクモデルを用いて降雨に対する応答を補正する手法を提唱し、山内(1985)はこのモデルによる補正がうまくいかないときに観測所の周辺でしばしば地震が発生することを報告している。岡山・兵庫の山崎断層では断層破砕帯を跨いで群列観測が行われているが、尾池・岸本(1977)はそこでの伸縮記録から、降雨後のひずみの変化に異常があると微小地震が活発化する場合があることを報告している[28]

King et al.(1994)は、静的クーロン応力の変化が地殻内のせん断応力の変化であり、これを表すクーロン応力関数(ΔCFF)によって地震の活発化や静穏化が推定できると報告した[31]。この理論を用いたモデルで様々な推定が行われており、King et al.(1994)は1992年ランダース地震後の地震の発生しやすさの変化を例示している[31]

このほかには、地殻変動の記録に含まれる潮汐の振幅や位相が地震前に変化するという報告(Nishimura,1950; Mikumo et al.,1977)や、地震の直前に地球潮汐の振幅や位相に異常が検出される可能性があるという報告(Tanaka and Kato,1974; Beaumont and Berger,1994)などがある[28]

地震活動

歴史的観点・統計学

歴史地震から繰り返し発生する地震の様相を推定し、統計的に再来時期を求める手法は、近代地震学の初期から行われている。1905年に今村明恒は関東の歴史地震から大地震が約100年間隔で起こるとする論文を雑誌に寄稿している[14]。1964年に国会の地震対策委員会で河角廣が発表した「南関東大地震69年周説」は、鎌倉における強震記録などから南関東における地震は69±13年の周期であり、その26年間はその他の期間よりも強震発生確率が4倍高いとするものであった[32]。なお、どちらもマスメディアにセンセーショナルに取り上げられ、社会問題となっている[14][32]

地震の周期性を説明する学説は2通りある。次回の地震までの間隔は前回の地震の規模に依存するというタイムプレディクタブルモデル(時間予測モデル, time-predictable model)と、次回の地震の大きさは前回の地震からの間隔に依存するというスリッププレディクタブルモデル(slip-predictable model)である。Shimazaki and Nakata(1980)によればタイムプレディクタブルモデルが有力とされている[23]

元・東北大学地震・噴火予知研究観測センター教授の五十嵐丈二はソネット理論(フラクタル理論)を用いて東海地震の予知を試みたが、成功には至らなかった。

電磁気学

電磁波系研究(電磁気地震学)など

電磁波系研究に関しては、次のような仮説から行われている。地殻内における歪みの蓄積によって、地殻崩壊が起こるとき、石英花崗岩(主成分はSi)などが伸縮を起こすことによって、圧電効果により電流電磁波を生じさせる。実際に岩石に圧力を掛けると、電磁波が観測されることが実験により確認されており、この地震前に生じる電磁波を観測することによって、地震の早期警戒に役立てようとする研究であるとされる。特に、大規模地震などの場合には、地殻の崩壊体積が大きくなる。よって、その分だけ地殻内に生じる電流量が大きくなるために、ある程度の精度の機器ならば検出が可能である可能性がある。ただし、大規模地震においては、地殻の崩壊はある程度の範囲に分散するため、震央部の特定は難しいとされる。また、後述する宏観異常現象もこの地震前の異常電波を動物等が感じ取り、異常行動を取ったとする説もあり、実験で人為的に発生させた電磁波を発生させると、動物等が反応し、異常行動を取る事も確認されている。

  • 実用化された地震予知(VAN法)
この電磁波を用いた地震予知で初めて実用化され、大きな成果を挙げているのがVAN法であり、複数の観測点で電磁波異常を包括的に計測し、実用上問題ない精度で発生規模・震源域・発生日時を予測することに成功している。具体的には概ね1ヶ月以内に発生する地震について、地震エネルギーもマグニチュード1前後の誤差で予知し、近隣住民に警戒を呼びかけることで被害の軽減につなげている。ただしVAN法は現時点ではギリシア固有の地質性状に特化した予知法であり、日本をはじめとする諸外国で採用するためには研究の発展が不可欠である。
  • 米国特許を取得した地震予知方法
1987年4月14日、『人工衛星による雲観察に基づいた地震予知方法』が、「Earthquake forecasting method」(No.4656867)という米国の特許を取得した[33]

地球化学・水文学

古くは1950年代に、日本で土壌中の気体や大気中のラドン濃度と地震の関係に関する論文が報告されている。1966年にソ連のウズベク共和国(現在のウズベキスタンタシュケントで起きたM5.5の地震では地下水中のラドン濃度の変化が報告されたが、そのメカニズムを示す仮説がScholzら(1973)のダイレイタンシー水拡散モデルで示されたことで研究が活発化し、1975年の中国・海城地震でも地震の前兆例として報告されている。しかし、茂木(1982)などの指摘によりダイレイタンシー水拡散モデルは疑問視されるようになり、研究は下火になっている[27]

その後、疑問視されたダイレイタンシー水拡散モデルに代わって、地殻の歪みと地下水の関係が注目されるようになった。上下を帯水層に挟まれた層に保持されている「被圧地下水」は地球潮汐に伴う水位変化や噴出量変化を起こすことが知られているが、このメカニズムが地震の時にも起こるという仮説をもとに地震の前兆としての地下水の水位や水温の変化が研究され、1974年伊豆半島沖地震(Wakita,1975)、1923年関東地震や1946年南海地震(川辺、1991)において仮説により説明できる変化があったと報告されている。しかし、地震の際にも変化を示さない地下水も少なくなく、この仮説に対する疑問も呈されている[27]

一方、岩石中に亀裂があると岩石と地下ガスや地下水との物質のやりとりが促進されるという仮説をもとに、地震の前兆としてこれらの濃度変化が研究された。1965年に始まった松代群発地震では地下水質の変化が観測され、逆に高圧地下水が岩盤の亀裂に貫入することで地震を誘発したとする説も出されている(中村、1971)。研究の対象は主にラドンのほか、水素ヘリウムアルゴンなどの希ガス、メタン二酸化炭素などで、濃度や同位体比の変化が取り上げられている[27]

兵庫県南部地震でも、事後に地震に先駆けた地下水温泉水の水位、水圧、温度、組成の変化があったことが報告されている[34][35]

宏観異常現象

地震前に異常な音を聞いたという記録がある。特に大正関東地震では、上原勇作陸軍元帥や佐藤鉄太郎陸軍中将という戦争を経験したプロの軍人が大砲の砲撃音のようなものを聞いたという経験談がある[36]。1933年の昭和三陸地震では、地震前に地鳴りや風声のような音を聞いたという証言があり、これらは地震発生後大きな揺れが到達する前に音を聞いたことによるものだと、中央気象台技師の国富信一や東京帝国大学地震研究所の井上宇胤は分析している[37]

俗に「地震前にはナマズが暴れる」「動物などが奇妙な行動をとる」といった言い習わしがあり、実際に阪神・淡路大震災の直前には大阪大学で研究用に飼育されていたネズミの異常行動が記録されている。例えば微振動や地鳴り、低周波の振動などを敏感な動物が感知して騒ぐといった説明も、可能性としては考えることができる。あるいは、地電流の異常やそれに伴う地磁気の変動なども観測されうるといった主張もある。しかし、これらの仮説や言い伝えの妥当性や信頼性、「地震予知」の根拠や方法などとして実際に役立てられるかどうかについては、全くの別問題である。

この他にも、地震が発生する前に現われるとされる気象現象や生物の行動の変化などを宏観異常現象としてとらえ、地震を予知しようとする試みがあるが、その殆どがいまだその妥当性やメカニズムに関して一般的に論ずることのできる段階にはない。

特に地震雲については、岩盤の崩壊により電磁波が生じて雲を作るとされる。しかし、雲の形と地震発生との関係が全く不明、また雲のほとんどが気象状況により発生のメカニズムが証明できるもので、否定的見解が多数派である。気象庁地震予知情報課も「占いと同レベル」としている。新潟県中越地震の直後に「地震雲では?」と寄せられた情報のほとんどは、飛行機雲高積雲、巻き雲などだったという。世間一般で言われる地震雲は、全て気象学上分類される雲のどれかに該当するという考えもある。

前述したように、中国では1975年に発生した海城地震において、国家地震局が動物の行動異常による直前地震予知に成功し、死傷者の軽減に貢献した事例が有ると言われている。しかし、どんな動物が何匹、何時騒いだのかは公表されていない。その翌年に発生した唐山地震においては同方法による直前地震予知は失敗しており、以後の検証も行われていない。

その他

地震を発生させたり、断層への応力変化をもたらすトリガー(引き金)を予測したり観測したりすることによって、地震が発生する時期、また地震が発生しやすい時期を推定するという方法がある。主なものとして、月や太陽(月齢潮汐を含む)、惑星などの諸天体と地球との位置関係や距離関係により起こるというものや、太陽活動によるもの、低気圧や高気圧などによる気圧変化に伴うもの、周辺地域での地質活動(火山活動、地震)によるものなどがある。こちらについても、宏観異常現象と同様、未科学との区別の難しさ、研究や予測に際する基礎的知識の有無、信頼性、因果関係の解明度といった諸問題がある。

地震危険度

一定期間中の地震の発生確率や最大の地震という形で地震危険度を表現する手法は、河角やアリン・コーネル(C. Allin Cornell)らによって1950年代-1960年代に地震学界に受け入れられ、改良を重ねてきている。地震危険度は、文献にある歴史地震の記録だけではなく、地質調査により推定した過去の地震を対象に加え、地盤の特性(表層地盤増幅率)、測地学的成果によるテクトニクスを考慮するなど、異なる領域の資料を集めた上で確率計算を行う。表現方法としては、震源域における地震の規模よりも、むしろ各地点における地震動の要素、つまり最大加速度、最大速度震度など防災に役立つものを示すものが主流で、1990年代以降はさらに発展して構造物の被害や損失についても扱う場合が増えている[23][22][38]

地震の発生に関する確率分布ポアソン分布と仮定して、ポアソン過程により算出する場合が多い。定常的かつランダムに発生している地震(例えば、無数の断層を有する領域内における地震の発生確率)を扱う場合、確率は定常ポアソン過程とグーテンベルグ・リヒターの関係式により表され、時間が経過しても変化しない。一方、発生確率が時とともに変化する地震(例えば、1つの断層や海溝における固有地震の発生確率)を扱う場合は、時間経過を織り込んだ非定常ポアソン過程により表される[23]

日本では、地震調査研究推進本部が2004年(平成16年)3月に「確率論的地震動予測地図の試作版(地域限定-西日本)」を発表[39]、翌2005年から2006年にかけてこれを全国に広げた「全国を概観した地震動予測地図」を発表し[40]、その後数年おきに更新している[41]

地震危険度の評価は、計器観測記録が残る19世紀終盤以降のデータだけでは足りず、長期間のデータが必要である。地震の見落としや過大評価があるとそれが誤差となって現れるため、データの不完全さという問題が付きまとう[23]。また、確率が低いからと言って地震が起こらない訳ではなく、また確率や期待される最大震度が低いからと言っても大地震が起きた時の被害が小さい訳ではない[42]

そして、確率的長期評価に対する否定的な見解もあり、「確率の大小が地震防災の優先度を左右してしまう」という批判や、「確率の高い地域では危機意識の高まりにつながる一方で、低い地域では安心につながる場合があり、想定されていない断層で大地震が発生する場合もあるのだから、確率が低いからといって安心できるわけではない」という指摘、確率を取り上げるのではなく「いつどこで大地震が起きてもおかしくない」というようにランダム性を強調すべきという指摘もある。

2011年に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)は評価において全く想定されておらず、地震危険度評価に対しても疑問を投げかけた。同じ領域で同じ規模の地震が繰り返し発生するという仮定に依存していた従来の評価を一部見直して連動型地震のような低頻度のものを評価できるようにし、津波堆積物調査や地殻変動観測の成果を積極的に取り入れることとされた。これにより、2011年以降は「全国を概観した地震動予測地図」の更新が休止されている[43][44][42]

事例

南海地震
例えば、南海トラフの沈みこみを原因とする南海地震の場合、断層(トラフ)に近い室戸岬プレートの沈み込みに引きずられて普段から少しずつ沈み続け、地震の折に一気に跳ね上がる。トラフから離れた高知市街では、室戸の沈みこみに対して浮き上がり続け、地震の際に一気に沈下する。
これらの傾向はこれまで同地で記録された殆どの地震について一定している。それゆえ、沈みこみが鈍化・停止したときは、地震発生が近い可能性がある。南海地震については道後温泉の水位変化などの記録も蓄積されており、地殻変動の観測以外にも予知に関する補助的な情報が豊富である。
東海地震
また近い将来に発生するとされている東海地震については、日本の行政・研究者が予知の可能性が高いと考え、観測体制・判定会の開催・警戒宣言の発令等の手順が明確にされている。
1978年に地震学者の提言を受けて、国が「大規模地震対策特別措置法」を制定し、それ以来静岡県周辺で重点的に地震や地殻変動の観測が実施されている。制定当初から、東海地震は世界で初めて「偶然ではなく狙って予知する」ことができるのではないかとの期待があった。
東海地震に関しては、想定震源域の大部分が陸域にあることもあって観測網を整備しやすく、プレスリップ(前兆すべり)を検知しうると考えられている。地震学者の見解としては、プレスリップが観測されれば予知できる可能性があるが、観測されずに地震が発生してしまう場合もあるというのが現在の流れであり、二重の備えが必要であるとされる。
パークフィールド地震英語版
アメリカカリフォルニア州のパークフィールドでは、約22年周期でM6程度の地震が繰り返し発生している。そこでアメリカ地質調査所が、1966年の次に発生する地震を予知しようと、ボアホール歪計・傾斜計・地震計などを重点的に配置して監視にあたった。しかし2004年9月28日のM6.0の地震の前兆現象を検出するには至らず、予知は失敗した。極めて密な観測網と監視体制が敷かれたために、「パークフィールドは地震予知の最後の砦」と表現され(とくにアメリカで出版された地震学の専門書でよく見られた)、この予知に失敗すれば地震予知は不可能とまで言われていた。そのため、2004年の予知失敗は地震学者に衝撃を与えた。
東海地震の予知も、パークフィールドでの方法と似通っているため、東海地震の予知も不可能だと指摘されている。

地震予知の問題点

現在の地震予知の大きな問題として、いくつかの点が挙げられる。

精度の低さ

日本の地震予知計画は1965年から始まって、以後、現在まで気象庁、大学、国立研究機関で国策として続けられてきている。しかし、例えば1996年から2005年までの10年間に人的被害を伴ったM6以上の地震が33回発生している(気象庁のまとめによる[45])が、予知に成功したケースは1度も無かった。日本で「現状の地震予知は疑似科学の領域である」と揶揄されるのはこのような実績の無さが原因とされる。

ロバート・ゲラー東京大学大学院教授は、短期予知も長期予知も科学的精度が十分ではなく「予知は不可能」とした上で、精度向上のために今後費やされる費用や労力は莫大である一方で、耐震などのインフラ整備がおろそかにされていて、(長期予知による)地震被害の想定は不確実性が高くリスク評価に適していないとして、「研究者は、日本政府・国民に予測不可能な事態に対処するよう呼びかけるべきだ」と述べている[46][47]

島村英紀武蔵野学院大学特任教授は、国策として1965年以来続けられてきていた地震予知計画や、「東海地震は予知できる」ことを前提とした世界最初の地震立法である大規模地震対策特別措置法(大震法、1978年制定)において、地下で起きる地震の物理現象が未解明のまま前兆現象のみを集めて地震予知を行おうとしていることについて、その前兆がほとんどあてにならないと長年にわたって指摘しつづけている[48][49][50][51][52][53][54]

金森博雄カリフォルニア工科大学名誉教授は2012年、「正しいのかどうかを評価できない情報が本当に必要なのか。検証が必要だ。」と指摘した[55]。 地震予知の科学的精度は現在、高いものとはいえない状況にある。

情報発信の経路の問題

各国の政府機関が気象予報情報に関して一定の権限をもって行っているように、「地震予知情報に関しても政府機関が権限をもって情報に信頼性を持たせなければいけない」とする人がいる。一方、「そうした権限の集約が学者による独自の予知手法の開発を妨げる」とする人もいる。

日本の気象業務法では、地震動の予報つまり緊急地震速報に関しては気象庁の独占(予報のみは許可事業)としているが、地震予知に関しては特に定めていない[56]。ただし、日本では政府が大規模地震対策特別措置法1978年制定)に基づき東海地震の予知体制を整えている。政府機関である気象庁と学会機関である地震防災対策強化地域判定会が、予知に関して直接の決定を下す仕組みとなっている。

ロシアでは、政府や学会などが地震予知を統括しており、政府機関から予知情報が出された例が複数ある[57][58]

ただし、地震予知情報というのは、たとえ公的組織や委員会等から発信されるものであろうが、内容が不正確であれば流布されることによって社会的被害が拡大する可能性がある。

司法による判断

2009年4月にイタリアで発生したラクイラ地震では、事前に群発地震があったにもかかわらず学識経験者らが過小評価が行い大きな被害が出たとして、イタリア地震委員会のメンバーら7人が過失致死罪で起訴された[59]。イタリアのANSA通信が伝えたところによると、ラクイラ市の裁判所は2012年10月23日、被告全員(専門家委員会のメンバーだった6人および防災当局職員1人)に対して禁錮6年のを言い渡した。裁判で検察は、「同委員会の《不正確、不完全で一貫性のない情報》が被害拡大につながった」とした[60]

出典

注釈

  1. ^ 竹内均は『地震の話』の中で、「明日、東京で地震が起きる」「東京に大地震が起きる」という例を挙げ、いずれも的中するとした。微小地震はしょっちゅう起きているし、歴史地震の記録から見ても東京では概ね100年以内に大地震が起きるのはほぼ確実だからである。また、こうした予知は「少なくとも“あなたはいずれ死ぬ”と言っているのと同じ」、つまり規模や日時の特定されない情報は予報としては無意味、といも述べている。
  2. ^ 日本地震学会の新しい定義で用いることとする。以下同じ。

脚注

  1. ^ 地震予知」、Yahoo!百科事典(大辞泉)、2013年9月11日閲覧
  2. ^ a b c 12-5 イタリアで開催された地震予測に関する国際委員会の勧告について (PDF) 」、地震予知連絡会『会報』、85巻、2011年2月、2013年9月9日閲覧
  3. ^ a b 地震予知検討委員会「「地震予知の科学」に関するアンケート結果報告 その2」、日本地震学会「日本地震学会ニュースレター」、25巻、1号、2013年5月
  4. ^ a b c d 山岡耕春「実用的な地震予測:利用に向けた知見とガイドラインの状況 市民保護のための国際地震予測に関する検討委員会 (PDF) 」(報告書日本語訳)、名古屋大学地震火山研究センター、2009年10月2日付、2013年9月9日閲覧。委員会参加者本人のページに掲載。参考:著者ページ, 会議概要
  5. ^ a b c d e 日本地震学会、「FAQ 2-3. 地震予知の信頼性」「2-15. 東海地震以外の地震の予知の可能性」、2013年9月7日閲覧 引用エラー: 無効な <ref> タグ; name "ssjfaq2-1"が異なる内容で複数回定義されています
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  10. ^ 『地震予知の科学』、§1
  11. ^ 「地震予知の科学」ダイジェスト 「長期」「中期」「直前」と分類するとわかりやすい。」、Making of 「地震予知の科学」(名古屋大学地震火山研究センター 山岡耕春のページ)、2013年9月11日閲覧
  12. ^ 竹内均『地震の話』、主婦之友社、1950年
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  15. ^ 「資料 ブループリント(地震予知 現状とその推進計画) (PDF) 」、日本地震学会2012年秋季大会特別シンポジウム 「ブループリント」50周年―地震研究の歩みと今後、日本地震学会、2012年10月19日付、2013年9月13日閲覧
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  17. ^ 日本地震学会、「FAQ 2-17. 地震学会は、地震予知ができないと認めたのでしょうか?」「FAQ 2-18. 現在の状況として地震予知は 「非常に困難」なのですか?」、2013年9月11日閲覧
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  20. ^ 日本地震学会、「FAQ 2-13. 地震雲」、2013年9月11日閲覧
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参考文献

関連項目

外部リンク

地震(日本語)

地震(英語)