河井栄蔵
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河井 栄蔵(榮藏、かわい えいぞう、1890年(明治23年)1月30日[1] - 1965年(昭和40年)8月10日[2])は、大正から昭和期の労働運動家、弁護士、政治家。衆議院議員。
経歴
[編集]愛媛県出身[1][2]。1917年(大正6年)東京帝国大学法科大学法律学科(独法)を卒業した[1][2]。
同年、弁護士となる[1][2]。1919年(大正8年)全国坑夫組合を結成し会長に就任[1]。1920年(大正9年)全日本鉱夫総連合本部理事となるが、まもなく労働運動から身を引き大阪で弁護士を開業した[1]。その他、(株) 大行社化機製作所取締役、有限責任第一貯蓄信用組合理事を務めた[2]。
1946年(昭和21年)4月の第22回衆議院議員総選挙に大阪府第1区から日本社会党公認で出馬して落選[3]。1947年(昭和22年)4月の第23回総選挙に大阪府第1区から出馬して当選し[4]、衆議院議員に1期在任した[2]。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 衆議院事務局編『衆議院議員総選挙一覧 第22回』衆議院事務局、1950年。
- 衆議院事務局編『衆議院議員総選挙一覧 第23回』衆議院事務局、1948年。
- 『市民・社会運動人名事典』日外アソシエーツ、1990年。
- 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。